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闇の中、二人の少女が組んず解れつ絡み合っていた。
しかしそれは、淫らなそれでも、甘いそれでもない。
この島で行われている邪悪遊戯――互いの命を奪い合う、殺し合いという行為そのものを、二人は行なっていた。
吐く息は荒い。少女たちの細腕にはそれまでの日常生活ではおよそ必要がなかったほどの力が込められている。
ごろごろと、無様に地面を転がりながら、少女たちは生きるために懸命になる。
相手を殺さなければ、殺されるのは自分なのだ――半ば強迫観念に近いその思考が、少女たちを衝き動かす。

初めて間近で見た、死。
死ねばいったいどうなってしまうのか――床についた深夜にそんなことを考え、眠れなくなった経験というのは思春期の少年少女ならば殆どが経験済みだろう。
いずれは自分にも訪れる終わり。その言いようのない恐怖を和らげるために、人は死について知りたがり、考えたがる。
天国って、あるのかな? 幽霊になってこの世に居残ることって出来るの? 来世では男の子になれるといいな。
そういうことを考えるうちに、この平和な世の中では生きるか死ぬかの事態なんて殆ど在り得ないことに、平均寿命まであと何十年もあることに、気付く。
そんなことで頭を悩ませるよりも、学校で出された課題が終わってないことや、友だちと喧嘩してしまったことや、気になるあの人の趣味だとか、もっと切実な『リアル』が彼女たちの頭の中を占めていく。
いつか死と向き合う日が来るかもしれない。でもそれは、今じゃない。
そう思っていた、はずなのに――

片方が、もう片方の少女を組み伏せた。馬乗りになる。
優位に立ったその少女の名は、平沢唯。
手に握られたナイフが、彼女に支給された殺し合いの道具だった。
刃渡り二十センチはあるそれは、人を殺傷するに十分な道具である。
心臓に向かって振り下ろす。頸動脈を切り裂くほどに深く首に刺す。
それだけで相手は死ぬだろう。たった、それだけ――だが、そのそれだけがどれほど難しいか。
相手を殺さなければ自分が殺されるといくら頭で理解していても、殺人という禁忌に対する心理的抵抗がまったくなくなるわけではない。
人間は、他者を殺せない生き物なのだ。
もし何の迷いもなく他者を殺せる人間がいたとすれば、それは既に人間ではない。
獣畜生か、それに類する何かに堕ちた生き物だ。

唯はまだ、人間だった。殺せない――殺したくない。
溢れた感情が涙となって零れ落ちる。鼻をすんすんと鳴らし、こらえ切れない嗚咽を漏らした。
「やだよぉ……」
まだ、遅くない。誰かを殺してしまってからでは取り返しがつかなかったかもしれないが、唯はまだ誰も殺してはいない。
いきなり襲い掛かられて、だから反射的に取っ組み合いになっただけ。殺すつもりなんてなかったから。
だからきっと、謝ればきっと、許してくれるはずだ。
ごめんねって言えば、そんなつもりはなかったからって言えば。
今まで唯が何かをしでかしてしまったときだって、ちゃんと謝れば周りは許してくれた。
仕方ないなといって、笑ってくれた。
今度もきっとそうだよ。私が謝れば――

「あなたはきっと、みんなから愛される人間だったんでしょうね」

唯が組み敷いていた少女が、小さく呟いた。その声音に込められた感情は――呆れだ。

「きっと――自分から何かを必死に求めたりしなくても、誰かにそれを与えられるような」
唯を責めるような口ぶりで、彼女のことをすべて分かったような口ぶりで。
「私の知り合いにも、そんな人がいるわ。自分がどんなに恵まれているのかを知らずに生きている人が」

しかしその言葉は、唯に向けられたものではない。その証拠に、少女の視線の先にあるのは唯ではない。
「自分からは何も掴みに行かないのに、与えられるものだけは一方的に欲しがるの」
唯ではない。だけれど、少女が言葉を向ける先にいるその人物は、きっと唯に似ている。

「どうしてそんなことをするのと聞いても、笑ってはぐらかすだけ。きっと自分から動いて、傷つくのが怖いのね」
唯と誰かを重ねあわせて、その誰かに向かって言葉を吐いている。
「だから私は、そんなものは呪いなんだって言ったのよ」

眠れる森の美女は、王子様のキスが自分を起こしてくれるのをずっと待っている。
待っている間じゅうずっと、甘い夢に浸って。
王子様がこちらを振り向かなくても、それでもいい。
だってそうすれば、ずっと夢の中で傷つかずに生きていけるんだもの。

「ずるい。生まれの幸運に甘えて、そのままへらへらと生きているような人が憎い。嫌い」

少女――犬吠埼雪華は、言葉を連ねる。

「だけど――そういう人を好きになってしまった自分は、色々と通り越して、哀れで、莫迦だわ」

誰かを理由もなく好きになるだなんて、まるで呪いだ。
そう言ったのは雪華自身だ。
だが、言ってしまえば――恋だとか愛だとか、そういうものそれ自体が、呪いのようなものなのだ。
それに縛られてしまう。それ以外考えられなくなってしまう。

「ねぇ。どうすれば相手に振り向いてもらえるのか――あなたは真剣に考えたことがある?」

――なかった。平沢唯は、犬吠埼雪華が言うところの幸運に甘えた人間以外の何者でもなかった。
気付けば周りにはいつも誰かがいてくれた。
軽音部の仲間に、クラスの友だちに、いつも自分を支えてくれる妹。
その幸運を自覚することなく、今まで生きてきた。
だからこれは――それまでの幸運の、反動なのかもしれない。

「……あれ……?」

熱と痛みが生まれていた。感じた先――腹部に、雪華の握る包丁が深々と突き刺さっている。
あ、と驚きと納得が同時に浮かんだそのあと、最初に感じたそれの数十倍の鋭さが、唯の神経を苛んだ。
声にならない絶叫が、夜の闇の中に溶けていった。その悲鳴を聞く者は、雪華の他には誰もいない。
誰か助けて。最初に、そう思った。
(あ――)
何とかしなきゃ、じゃなくて、誰か助けて。どこまでも他人任せ。
唯がそれに気付くのが早ければ、もう少しだけ違った未来があったのかもしれない。
だが気付いたそのときには、もう遅かった。
耐えがたい苦痛から逃れるべく、唯の思考はぼとりと闇の中へ落ちていき――そして、二度と浮かび上がることはなかった。

 ◇

犬吠埼雪華は、平沢唯だったものが力無くだらりと寄りかかってくるのを除け払い、立ち上がった。
人を殺した――だというのに、彼女の心には何の感慨も浮かんできやしなかった。
もっと心は恐れおののき、自らの罪をいつまでも後悔し続けるのではないかと、そう思っていたのに。
きっと、私の心は。ずっと前から、こうなることを覚悟していたのだ。
愛するものを――鳰旦蕗を手に入れるためだったら、どんな汚い手だって使ってやろうと、知らず知らずのうちにそう決めていたのだ。

……生き残れるのは、ただ一人だけ。
そう聞かされたとき、雪華が考えたのは生き残ることではなかった。
死ぬ前の心残りを、すべてなくしてしまうことだった。
欲しかったものを全部手に入れてしまいたい。そして、滅茶苦茶にしてしまいたい。
まるで子供のような欲望だ。だが――彼女のその欲に従うことにした。
鳰旦蕗の心も身体も、手に入れてしまいたい。今度は身体だけじゃなくて、心も。

ああ――それを成すために雪華が考えた方法というのが、また子供じみていた。
他に誰もいなければ、旦蕗の瞳は、雪華だけを見てくれるんじゃないか。雪華だけを考えてくれるんじゃないか。
二人だけの世界を作れれば、旦蕗はきっと私のことを好きでいてくれるに違いない。
少しでもまともな思考が出来れば、その理屈はおかしいということに気付くだろう。
しかし今の雪華にはその簡単な思考さえも出来ない。殺し合いという状況が、雪華の思考力を奪っていた。
今の彼女を動かしているのは、恋だとか、愛だとか、そういう感情。
この世で何よりも強いその感情が、雪華を衝き動かしていた。


【平沢唯@けいおん! 死亡】

【一日目/深夜】
【F-2/市街地】

【犬吠埼雪華@少女セクト】
【状態】健康
【装備】包丁
【所持品】基本支給品、ランダム支給品0~1
【思考・状況】
1.自分と旦蕗以外の人間をみんな殺す


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最終更新:2012年06月04日 03:50