ザジ・レイニーデイは人ではない。
彼女は『監視者』である。
それ故に干渉を禁じられ、優れた戦闘能力は発揮せずにここまできた。
どこにでもいる大道芸人の身のこなし程度しか出来なくとも、それが人間であることの証明にはならない。
体の構造から何まで、根本的に人間とは違うのだ。
それでも彼女は、クラスメートには人間として扱われていた。
魔族であるのを黙っていたというのもあるが、きっと素直にバラしていても人間として扱ってくれていただろう。
ガイノイドである絡繰茶々丸ですらも、人間のように扱われていたあのクラス。
ザジはそれに強い興味を示していた。
彼女達が認める所の“人間”の基準というものも気になった。
だからだろうか。
ザジが好きなモノは、人間。
ある意味趣味は人間観察と言える。
彼女にとって、人間とは非常に見ていて面白いものだった。
何が人間を人間たらしめるのか。人間は特定のシチュエーションでどういう行動に出るのか。
そんなことを思いながら、ザジは日々人間達を観察していた。
さて――突然ですが、ここでクイズです。
とは言え別に、正解とかがあるわけではないのだけども。
だから、どちらかというとアンケートに近いかもしれない。
まあとにかく、考えてみて下さい。
『問題』
でーでん♪と効果音を各自脳内で鳴らしてほしい。まあとにかく。
『人間、理不尽かつ不愉快極まりない目にあうと、どういう行動を取るでしょうか』
各々方、きっと人生で多くの人を観察してきたことでしょう。
その知識を参考に、早速考えてみてください。
――はい、色々答えはありますよね。
どれもが正解なのでしょう。
貴方の思いついたそれも、きっと正解だと思います。
「だからさぁ、私ゃ思うわけよ」
しかしここは正解例として、これを挙げておきましょうか。
中年男性によくみられる『酒に逃げる』という行動を。
まさかそれを、クラスメートの女子がやるとは、ザジも思っていなかったけども。
「こんな馬鹿げたこと、夢じゃないわけないってね」
ふふんと鼻を鳴らしながら、スピリタスを煽るのは柿崎美砂。
ザジの所属する麻帆良学園中等部3-Aの仲間である。
……お酒はハタチになってから。
「……ベロンベロン」
「酔ってない酔ってない。
大体さぁ、水だと思ったらお酒だったってのがまずおかしくなぁ~い?」
「……一理ある」
美砂は、先程見た残虐ショーで動転した心を落ち着けるため、支給された荷物の中から見つかった飲み物を口にした。
ゴクゴクと喉を通し、「あ、これ水じゃないわ」と気がつく。
毒を飲んでまさかの死亡かと思いきや、ただの酒であるということが判明し、今に至るというわけだ。
「殺し合いなのにこんなのが配られる時点で、現実なわけないんらって」
確かに、おかしくはある。
だがしかし、ザジは美砂と違って、これが夢だと楽観視はしていない。
何でもかんでも夢だゲームだイベントだで片付けてしまう麻帆良の生徒と違う意味で、ザジはこのような奇妙な事態に慣れている。
こういう場合、とりあえず最悪の事態を想定しておくのがベター。
最悪の事態――つまりはこれが、本当の殺し合いだった場合だ。
夢だイベントだと思って命を落としてしまうくらいなら、本当の殺し合いを想定して動いておいた方がいい。
夢なら死んだ友人達も起きたら生き返るはずだし、取り返しのつかないことにはならないだろう。
「それにさぁー。殺し合いさせるにしては中途半端じゃーん?
希望者ってわけでもないし、知らない人いっぱいいるし、選定基準おかしいっつーの。
なのに会うのは顔見知りだし、なーんか色々チグハグなのよねぇ」
ザジは黙って聞いている。
最近普通にクラスメートとも交流するようになったとはいえ、彼女は基本言葉というのを発しない。
「そんなわけで、これは夢なのれす」
ふふんと自慢げに胸を張り、美砂はスピリタスを煽る。
スピリタスを知らない人は、試しにググってみるといい。ちびるで。
「つまぁ~~~り! はじめての明晰夢なのらーーーー!!」
バンザイをしながら、美砂が急に立ち上がる。
明晰夢――夢だと自覚しながら見る夢。
確かにこれが夢だとしたら、夢だと思い込んでいる美砂にとっての明晰夢だろう。
だがしかし、これが美砂の夢だとしたら、“私の意識”が存在しているのは可笑しい。
故にザジは、これは夢ではないだろうと考える。
そして同時に、これがイベントの類でないことも、先程感じたリアルな死と血の臭いで分かっている。
言ったところでザジが夢の中の人物でないことなんて証明できず、そもそもこのへべれけさんに話が通じるようにも思えないので、特に指摘はしないが。
「飛べるっ! 飛べるっ! アイキャンフラーーーーイ!」
何を思ったか、突然駆け出しホップ・ステップ・ジャンピング。
両手を広げ大地を蹴った美砂は、顔からスライディングをかました。
高校球児も裸足で逃げ出すナイスシャチホコヘッドスライディン。
すごく痛そう。ザジは表情ひとつ変えずに心の中でそう呟く。
「あー飛べないけどやっぱ夢だわこれっぽっちも痛くない」
「……鼻血スプラッシュ……」
ダバダバと鼻血を噴出しながら、美砂が立ち上がり親指を立てる。
どう考えても痛みがないのは酒のせいだが、多分言っても聞かないだろう。
「いや~しかし残念だわ~。
夢なんらから、空くらい飛ばせてくれたらいいのに」
「……違う意味で充分トんでるから、そろそろ地に足つけるべき」
鼻血も気にせず再び酒を煽る美砂。
色々なネジがもはや完全に飛んでいた。
「何でも出来るんらったら、百合棒でも生やしてザジしゃんとイチャコラチュッチュしてみたかったんだけどなー」
「淫夢……」
「いやー明晰夢っつったらエロスかバイオレンスじゃらい?」
「まともな明晰夢を見てる人に謝るべき……」
その下品なハンドサインはどうかと思う、と思うもザジは口に出さない。
親指をああするハンドサインを知ってるというのを口にするのがちょっと憚られる。
観察する立場であるため知識豊富で耳年増ではあるのだが、ザジの内面はどちらかとピュアなのだ。
「それにさー、寝取られってーの? 私的には略奪愛って言いたいんだけどサー。
それを気軽に出来るのも、夢の魅力の一つじゃらい!」
「……同意はしかねる」
ザジは僅かに顔を顰める。
ザジは、美砂のことが嫌いではない。
“極々一般的な少女”として観察対象として非常に優秀だし、クラスメートでは貴重な恋愛話の提供者でもあるからだ。
ただ一点、彼女の“尻の軽さ”だけが、ザジは好きになれないでいる。
彼氏がいるにも関わらず、担任のネギ・スプリングフィールドにアプローチする。
冗談なのか分からないが、新たな彼氏を作ろうとする。
それが、ザジには理解できない。
「あー、まぁ、ザジしゃんは一途らからねぇ」
にまーっと、美砂がいやらしい笑みを浮かべる。
そしてガバリとザジを抱きしめた。
あまりの酒の臭さに、ザジの顔がたまらず歪む。
「長谷川とラーブラブだもんねー。羨ましいわー」
長谷川千雨。
ザジと美砂のクラスメートの、メガネをかけた目立たない少女。
彼女はクラスの仲間達と距離を取る傾向があり、孤立した存在だった。
彼女にとって、物事に干渉しない“観察するだけの者”の存在は有難かったのだろう。
ルームメイトであるザジを、無碍に扱うことはしなかった。
「……言われるほど、ラブラブじゃ……」
そんな千雨と、いつしかザジは惹かれ合っていた。
美砂が彼氏とするように、ラブラブなデートをしたりガッツリねっとり肉体の関係を持ったりするわけではない。
ただ、互いに過剰な干渉はせず、でもそれまでより関わり合って、相手を想って日々を送っているだけ。
その生活は、ザジにとっては幸せなものだった。
それをラブラブと言っていいのかは、少し疑問が残るけども。
「え、そーなの? 私ゃてっきりiPS細胞で子作り秒読み状態かと……」
「……私達を一体なんだと……」
ネットアイドルなんてものをしていても、基本的に千雨は内向的である。
ウブだし、奥手だし、そーいうことにはてんで疎い。
世間体を気にしているというのもある。
もっとも、割りとバレバレみたいだけど。
朝倉和美や春日美空との決定的な差はここにあるのではなかろうか。
彼女達は、クラスメートから距離を取っているという点で、ザジや千雨と共通している。
だがしかし、和美達はザジや千雨と違い、特定人物と親密にならないというだけで、輪に溶け込んではしゃぐこと自体は好きなのである。
きっと千雨と付き合っても、羞恥などなく関係を大っぴらにしていただろう。
体の関係も、冗談めかしながらも迫っていたに違いない。
そういうこともあってか、千雨はちょっかいをかけてくる和美でなく、おとなしく傍にいるだけのザジを相手に選んでいた。
「んじゃまーとりあえずどこまでイってんのか聞かせてもらおうか」
ぐえへへへと笑いながら、美砂が再び下品なハンドサインを作る。
さっきもやっていたが、お気に入りのハンドサインなのだろうか。
完全にセクハラオヤジのそれである。
3―A公認エロ番長恐るべし。
「ほらほら、言いなさいよぉ~~。アドバイスしてあげるってぇ」
言いながら、ザジの支給品である愛媛みかんに手をかける美砂。
やらしい手つきでみかんを撫で、舐め、指を激しく突き立てる。
指を挿れられぐちゅりと押された果実から零れた汁をぺろりと舐めとり、上気した顔を淫靡に歪めた。
「何ならぁ、実技の指導もしてあげるわよぉ」
さすがのザジも苦笑いを隠し切れない。
こうなったエロ番長はスターを取ったマリオに等しい。
誰にも止められないし、まさに独壇場となる。
猥談モードの美砂を止められる猛者は、クラスに居ないのではないかという程だ。
……まあ、ほら、どっちかというと、乗っかる人のが多いしね。
「……トイレ……」
すっと立ち上がり、逃げるように茂みへと歩いて行く。
元々この手の話題は得意でなかった。
ましてや議題が自分と千雨のこととなれば、話を打ち切りたいと思わぬはずがない。
「逃げないでよー? 帰ってきたらたーっぷり聞かせてもらうから!」
内心溜息をつきながら、ちらりと後方を振り返る。
脳天気な笑顔で腕をぶんぶん振り終えた後、みかんの皮を剥き始めるのが見えた。
ここは一旦時間をあけ、クールダウンを図ろう。
相手は酔っぱらいだ、おそらく時間を空ければ話題は忘れてくれる。
まあ、万が一を考えて、話題を逸らすための作戦を考えることはしておいた方がいい気もするが。
(……ちう……)
適当な木に背中を預け、空を仰ぐ。
美砂の振った話題のせいで、千雨のことを嫌でも思い出してしまう。
今後美砂をどうあしらうか考えねばと思ったものの、思考はすぐに千雨に関する方向へ行ってしまう。
(あの場所に、ちうも居た……)
摩訶不思議な拉致行為を行われた際でも、ザジは冷静に辺りを観察していた。
そこで、愛しい人を見つけたのだ。
彼女だけじゃない。
美砂や、美砂の親友二人など、多くのクラスメートの姿を目撃した。
(ちうも、殺し合いに巻き込まれてる……)
会いたいと、思った。
そしてこの手で守り抜きたいと思った。
そのためなら、天才・超鈴音だろうと相手に出来る。
超はクラスメートだが、必要とあらば葬れる。
それほどまでに、千雨にザジは入れ込んでいた。
(……………………)
クラスメートでも、千雨のためなら葬れる。
そう、葬れるのだ。
敵対する超鈴音は勿論、千雨を殺そうとする者が現れたら、誰であろうと討てるだろう。
それが例え、観察していく内に好きになってきたクラスメートであろうとも。
殺せる。自分は、殺せる。
(……私は)
どう、すべきか。
千雨と一緒に帰りたいから。超が許せないから。
一緒に手を取り戦いたい。
(ちうを、守りたい)
だけど。
ザジは決して無敵ではない。
何でも出来る万能スーパーヒーローではない。
幾千もの人間を死滅させる力はあっても、大切な人を確実に守り通す力はない。
むしろ強大すぎる力は島の崩壊ひいては千雨の危険を招きかねないので、基本的には封印しておくべきだろう。
どういう理屈か不明ではあるが、“トモダチ”は呼べないようだし、千雨を守りながら脱出出来るのかは正直怪しい。
(……死なせたくない……)
更に、この首輪。
こればかりは、ザジにはどうしようもない。
魔法世界と魔界とではまた少々違っており、首輪に魔法がかかっていてもザジには助力すら出来ない。
千雨だったら解除できるかもしれないが――それはつまり、超の手で首輪を爆破されるとしたら、千雨ということを意味する。
さすがに徒党を組んで反抗することを予想してない、なんてことはないだろう。
徒党を組んで反抗しても、すぐさま処刑ということはないはずだ。
目的は分からないが、“殺し合い”という手段が虐殺によって失われてしまっては、超にも不都合だろうから。
だがしかし――首輪の解除に迫った場合、見せしめとして一人くらい爆殺されてもおかしくはない。
そうなった場合、恐らく処刑されるのは、ハッキング技術で首輪を解除出来るであろ千雨となる。
「……私は、ちうを死なせたくない」
かといって、千雨と二人、虐殺をして回るのも考えものだ。
そんなことになれば参加者は例外なく敵となる。
クラスメートで脅威となるであろう者も存在するし、他の参加者がどんな力を隠しているか分からない。
それなのに、早々に島中の人間を敵に回して、千雨を守り抜けるのだろうか。
「だから――――私は、ちうを優勝させる」
千雨は、心の底から大事な人だ。
手を汚しても構わないと思うくらい。
ならば取るべき道は一つ。
共に首輪を外すでも、共に虐殺を繰り広げるでもない、更に千雨の生存可能性を高める一手。
その一手のため、宣言する。
どうせどこかで監視しているのであろう、超に聞こえるように。
「蘇生なんて信じてないけど、ちうが生きてる限り――」
千雨が死んでも、千雨の蘇生のために優勝すると限らないという意味を込めて。
こうすることで、千雨を“生かした方が有益な参加者”にする。
ザジという舞台を動かす駒を活かし続けるなら、反抗的集団への見せしめには千雨以外を用いた方が有益だ――そう、思わせる。
超に宣言をした今、千雨が歯向かったとしても、上記の理由でそこまで大きな問題にはならないだろう。
むしろ、千雨は超に歯向かう大集団に入っていた方がいいように思える。
千雨には戦闘スキルがない代わりに、類まれなハッキングの知識がある。
その有用性から仲間内での護衛優先度が高まれば、千雨は多くの者に守ってもらえることになるのだから。
そもそも――昔の千雨ならともかく、数々の大冒険を繰り広げてきて丸くなった今の千雨は、人を殺すのに嫌悪感を示すだろう。
一緒に殺して回る、なんてのは土台無理な話だったのだ。
それに出来ることなら、自分の行いも隠し通しておきたい。
やっぱり千雨に嫌われるのは、心がとても痛むから。
だから殺しは、千雨を巻き込まずにやる。
千雨のために、見えない所で千雨と道を違える。
「私は、戦う」
宣言を終え、袖口に隠していた小型のナイフを取り出す。
美砂と違い、ザジには2つ支給品が配られていた。
一つは、美砂にも見せた愛媛みかんの詰め合わせ。
もう一つが、今手にしているナイフ。
付属の説明書によれば、とある暗殺者の愛用品だとか。
二本セットだったので、右袖と左袖に一本ずつ隠してある。
暗殺者の愛用品なだけあって、隠し持つには最適だった。
この殺し合いが事実であることも考慮して、美砂には支給された武器はみかんだけだと偽っておいたのだ。
今ならば、不意をつける。
戻って、泥酔した美砂を一思いに殺害する。
それだけで、ザジは道を踏み外せる。
それだけで、千雨が超に殺される脅威から逃れられる。
「…………」
気が乗らない。
当たり前だ。
美砂だって、大切な友人なのだ。
社交的で、こんな場面でも明るく話しかけてくれた、人間のオトモダチ。
美砂の元に戻る足取りが重い。
いっそこのまま一人逃走したかった。
けれでも千雨を処刑しないことでのメリットをアピールするためにも、ザジはここで美砂を殺さなくてはならない。
「ん~~~~~……」
たっぷり時間をかけて、ようやく戻ってきてみれば、獲物である美砂は眠りこけていた。
大股を開き派手な下着を見せつけながら、気持ちよさそうに眠っている。
傍らに放置されているみかんが手付かずなことから察するに、みかんに眠り薬の類が入っていたわけではなく、単純に酔いつぶれただけだろう。
「ザジさ~~~~~ん……」
特に意味のないうわ言だろう。
分かっていても、ナイフを握る腕が止まる。
カラカラに渇いた喉に唾を無理やり流し込んだ。
殺さなければ――そう考え、ゆっくりと美砂に歩み寄る。
「長谷川と……しあわしぇにぃ……」
こぽぉと嫌な音を立てて、美砂の口から泡立った液体が溢れ出す。
所謂、寝ゲロである。
さしものザジも寝ゲロを見るのは初めてのことだ。
やや戸惑うも、汚物にまみれたまま殺すのも忍びなく、口元を拭ってやる。
顔を横に向けてやり、嘔吐物で窒息なんて間抜けな死は避けさせるべく、口の中身も全て出させた。
(……私物も没収、か)
手品で使えるからか、ハンカチは見事没収されていた。
この分だと真っ白な鳩などの何故か持ち歩いている魔術アイテムも没収されてることだろう。
仕方がないので、地図で美砂の吐瀉物を掃除する。
地図は一つあれば十分だ。
美砂の分を回収すれば問題ではないだろう。
名残惜しむように、最後に首元を一拭い。
さあ殺そうと深呼吸をした所で、再び美砂が口を開いた。
「円ぁ……桜子ぉ……」
寝ゲロ再来じゃなかったことに安堵したザジの心に、美砂の言葉が突き刺さる。
釘宮円に椎名桜子。
どちらも美砂の親友であり、いつもトリオで楽しそうに活動していた。
皆ノリがよく、頻繁に千雨とザジに声をかけてくれた思い出がある。
円も桜子も、殺し合いに巻き込まれていた。
彼女達も殺さなければならないのかと思うと、心がチリチリと痛む。
「……ごめんなさい」
だがしかし――その胸に突き刺さる寝言が、ザジの背中を押した。
腕を素早く横に振るうとあら不思議! 何もなかった美砂のだだっ広いデコに、深々~とナイフが!
首に赤い線を刻んでもよかったのだが、返り血を避けるためにこの方法を選んだのだ。
美砂もおそらく、自分が死んだと気付かぬまま痛みも感じず死んだことだろう。
「今まで、ありがとうございました」
心からの感謝を込めて。
営業のそれと違った意味合いを持たせて、敬意を持って言葉を紡ぐ。
美砂のおかげで楽しい日々を過ごせたし、ここに来ても和ませてもらった。
千雨とのことを相談したら乗ってくれるし、良い人だったと思う。
それに――美砂の寝言のおかげで、完全に覚悟が固まった。
(私は、弱い)
観察者として舞台を見ているだけの時は、担任教師ネギ・スプリングフィールドに多大な期待をよせていた。
犠牲を出さずに全てを救ってくれることを期待していた。
それでもそのネギでさえ、完璧にはいかなかった。
ネギにとって大切な人である神楽坂明日菜――彼女を犠牲にすることで、ネギは世界を救うプランを打ち出せたのだ。
人には、誰しも、限界がある。
何もかもを救えるようなスーパーヒーローなど居ない。
あの輝かしい経歴と才能を持つネギでさえ、実現できなかったのだ。
予期せぬ形で舞台にいきなり立たされた観客なんかに、そんなことが出来るわけががない。
(だからこそ――)
ザジにとって、美砂は大切な友人だった。
けれどもその想いの強さは、桜子や円のそれの足元にも及ぶまい。
円や桜子への想いも、美砂のそれとは比べ物にならない。
彼女達麻帆良チアリーディングトリオは、特別な絆で結びついていたから。
ならば彼女達の命は、ザジが背負うべきものではないのだろう。
美砂が、円が、桜子が、互いに背負うべきものだ。
救える相手に限りがあるなら、その相手に彼女達を入れるべきではないし、ザジもまた彼女達に救ってもらうべきではない。
ただの弱い人間として、
自分と、そして選りすぐった大切な人のため、
同じく自分の守りたい者のために動く人達と、
限りある“救い”を求め、そして奪い合う。
ザジは、愛しい千雨のため。
持ちすぎて手から溢れ落ちないよう、手を差し伸べる相手を一人だけに絞り。
悪ではない相手であろうと、容赦無く倒し尽くす。
(私には、ちうしかいない)
最後に、美砂をもう一度一瞥する。
守る対象に出来なかったけど、それでもトモダチだったから。
様々な想いを胸に、美砂の亡骸を見つめる。
大股開きの足も揃え、スカートも整えておいた。
腕も、胸の上で組ませてある。
もうこれ以上、美砂の亡骸に触れる口実もない。
もう戻れない日々に想いを馳せる。
そしてそれらをここに捨て、ただひたすら千雨のために足を進め始めた。
「――――さようなら」
さようなら、大事なトモダチ。
さようなら、楽しかった麻帆良の日々。
監視者だった道化師は、客席を捨て舞台に上がる。
孤独な舞台で、掌の上で、悲愴かつ滑稽に踊るべく。
血濡れの化粧で、道化師は、ナイフを振るう。
戻れぬ道を、降りれぬ舞台を、踏みしめながら突き進む。
道化師は、もう、正真正銘“人間”ではなくなった。
【柿崎美砂@魔法先生ネギま! 死亡】
【ザジ・レイニーデイ@魔法先生ネギま!】
【状態】健康
【装備】ソーニャのナイフ@キルミーベイベー
【所持品】愛媛みかん(残り5個)@現実、スピリタス@現実、基本支給品×1、美砂の分の水と食料
【思考・状況】
1・千雨を何としてでも生き残らせる
※水と食料と地図とスピリタスだけ自分のデイパックに移し、その他筆記具などの美砂の支給品は邪魔になるので美砂のデイパックごと死体の側に放置されています。
※ソーニャのナイフが一本美砂の額に深々と刺さっています。
【スピリタス@現実】
ポーランドの誇るキチガイじみたアルコール度数のお酒。
96度のウォッカであり、飲みながらタバコを吸うと大惨事になるレベルの危険物である。
多分、ライター辺りがあれば十二分に凶器になる。
消毒用アルコールにも使えるが、決して原液で飲むものではない。
なお美砂はこれを原液でいった模様。ザジが手を下さなくてもアル中になって死んでた可能性すらある。
【愛媛みかん@現実】
何の変哲もない愛媛産みかん。6個入。
毒が入っているというわけではないが、目に汁が入るとすっごく痛い。
食べてよし、投げてよしである。ジャグリングにも最適のサイズ。
【ソーニャのナイフ@キルミーベイベー】
ソーニャがしこたま持っているであろうナイフ。
もっと具体的に言えば、2巻表紙で手に持っているナイフ。
しこたま持っているであろうアイテムなのに、支給してくれたのはたったの2本である。
1本にしなかったのは、せめてもの情けだろうか。
なお、大道芸的なものが得意なザジには扱いやすいサイズの模様。
暗殺に用いるものであるため、隠し持ちやすい。
最終更新:2012年06月04日 03:39