「私……人なんて殺せないよ」
森林地帯で、一人の少女がすすり泣いている。
彼女の名前は宮永咲。
清澄高校に通うどこにでもいる気弱な文学少女である。
麻雀が強くその姿さながら魔王のリンシャンマシーンという風潮もあるようだが、
少なくとも肩を震わせる今の咲からそのようなことは想像できない。
「殺すとか、殺されるとか、そんなオカルトありえません」
すすり泣く咲の正面に座っている一人の少女。
体育の時間に男子がふざけてボールを体操着に仕込み「おっぱいwwwwwきょにゅーwwwww」と遊んだ時のような胸の膨らみを持つ少女の名は原村和。
咲と同じく清澄高校に通う、麻雀大会全中王座のおっぱいさんである。
しかも御両親は検事さんと弁護士さん、男子にもモテモテだじぇ。
「宮永さんは、私が守ります」
「原村さん……」
「宮永さんを、泣かせたりなんかしません」
和にとって、咲は大切な友人だった。
――否。友人なんて関係をすっ飛ばしてしまいたいほどの相手である。
和が咲に抱いている感情は、友情なんて言葉で片付けられるものではなかった。
和にとって咲は初めて自分の誇りを傷つけた少女であり、また対抗心を燃え上がらせた少女でもある。
いつしかその存在は和の中で大きくなり、とうとう親友だった片岡優希よりも大きくなった。
チームメイト全員分の応援よりも、咲一人のエールの方が力を与えてくれたように。
宮永咲という存在は、和にとって、掛け替えの無い存在となっていた。
「駄目だよ……原村さんが危ない目にあうのも……」
「大丈夫ですよ……私は、常に冷静ですから」
「でもでも、こんな状況だし……」
雨に震える子犬のような瞳で見上げる咲の体を、唐突に和の体が抱きしめる。
二人の距離を近付けるのを、豊満すぎる巨大な胸が邪魔をしているが、気にせずそのまま咲を抱き寄せた。
球状の胸が咲の平らな胸に押し付けられて楕円に歪んでいく。
その柔らかなあ感触と伝わってくる体温に咲の頬が赤く染まった。
「は、原村さん……!?」
「心配入りません。どんな状況でも、どんな敵が来ても、私は負けません」
和は、ありふれた言葉を使って表現すると、咲のことを愛していた。
その感情は、本来ならば異性に抱く感情だが、同性である咲に対してその感情を抱いていた。
しかしそれを、口にしたことは一度もない。
咲の指が触れた己の指を口に含んだことはあれど、愛の言葉を囁くことにその口を使ったことなど一度もない。
和はいつも冷静で、客観的な思考をすることができたから。
女性同士の恋愛が、世間でどういう目で見られるかは分かっていた。
厳格な父に祝福されないだろうことも、咲が好奇や侮蔑の目には耐えられないであろうことも。
だから決して和は想いを口にしなかった。
きっと咲なら愛の言葉を受け入れてくれるということも、和は知っていたのに。
「だって――――宮永さんが傍にいてくれるんですから」
「え……?」
少しだけ体を離して。
涙を浮かべた咲の表情がよく見えるくらい顔を離して。
そして、笑んだ。
今まで言えなかった言葉を口にして。
「だって私は、宮永さんが、大好きですから」
驚愕を通り越し、咲の脳はしばし言葉の意味を理解できなかった。
しばし惚けるも、ようやく言葉の意味を理解する。
それでもそれが、自分がずっと夢見ていた愛の告白とすんなり認めることは出来ずにいた。
ただの友情ではないか、自分を落ち着かせるためだけの言葉ではないか――
そんな若干の不安が、咲が素直に喜ぶことを阻害している。
「気持ち悪いと思うかもしれません。重たいと思うかもしれません。
それでも私は、原村和は、宮永咲さんのことを、一人の女性として誰よりも愛しています」
再度告げられる愛の告白。
その言葉は咲の心にしっかりと届き、咲の瞳に再び涙が溢れてきた。
しかし今度は恐怖や不安からくる涙などではない。
幸せになるために、様々な感情と共に溢れでてきた涙だ。
「私も……原村さんのことが好きだよ……」
グスグスと泣き始めた咲を、再び和が抱きしめる。
愛しい我が子を慰めるようにそっと頭を撫でながら、友人から恋人となった人の体温を感じる。
「ずっと……一緒ですよ……」
ここは、無法な殺し合いの場。
脅されたから、死ぬ前にせめて――そんな大義名分のせいで無法が罷り通ってしまいかねない巫山戯た場所。
殺人すら容認される、常識の無い狂った世界。
そんな世界に一つだけいいところを見出すとすれば、それはやはり法も常識も世間の目もないことだろう。
人を殺しても法的機関に責められぬのと同様に、盗みをしても強姦しても生還後に自ら告白しない限り“世間”から責められぬのと同様に、
この世界では女性同士で愛しあっても、責めてくる“障害”はない。
歪んだ愛を選んだことで父の胸を痛める心配もない。
確かにここは、最低最悪の世界。
しかしその世界の中に、ひっそりと二人だけの世界が作り上げられていた。
「うん……きっと、何とかなるよね……」
「ええ……二人だったら、何だってできますよ」
「そうだよ……ここからだって帰れるだろうし、それに――」
「帰っても、幸せになれますよね」
「うん……だってこんな非常事態でも切り抜けられたら、もう怖いものなんてないもん……」
ひしと抱き合う。
そして決意を口にする。
絶対に、二人で生きて帰ろうと。
周囲を気にしなくていい世界で得た幸福な関係を、世間の目がある日常でもきっと維持していけるだろうと。
「ええ、頑張りましょう、二人一緒に!!」
「うん……原村さんと二人なら、きっと何だって出来るよね……!」
「あーもー悪かったな二人っきりやなくて!」
なお、二人だけの世界なものの、この場にいるのは別に二人だけではない模様。
「……空気が読めませんね貴女」
「もうえらいこと黙って目をそらしたったやないか!」
「うう……恥ずかしいから席外して欲しかったよぉ……」
「何殺し合いの最中に単身放り出そうとしとんねん!!!」
見張りとして望遠鏡を覗いていたのは、姫松高校に通う愛宕洋榎。
彼女は高校こそ違えど、咲や和と同じく麻雀部に所属している。
そして彼女は“ポジション”の都合上和や咲と直接対決をしたことはないのだが、清澄高校とは対戦したことがあった。
その時に同卓していた咲達の先輩でありこの島にいる竹井久と、洋榎は浅からぬ仲になっていた。
「多分何とかなってたんじゃないですか。あ、それと離席するなら斧は置いていってくださいね」
「どんだけ自分の都合のいいよう動かそうとしとんねん!! 島中丸っとお前らの世界か!!!」
「ふ~たりのぉため~~~せ~かいはあるぅの~~~~」
「歌い上げんなや!!」
殺し合いの場だというのに緊張感が欠如しているように思えるが、暗く塞ぎこむよりはいいだろう。
元より三人に殺し合いをする気なんてないのだから、前を向いていた方がいいに決まっている。
「あーもうはよ帰ってこいや朝倉ァ!」
「まぁ実はとっくに戻ってきてて覗いてたんだけどね」
「ふざけんなお前」
そして今出ていったのが、朝倉和美。
シャッター商店街を移動している際、洋榎達に声をかけた少女だ。
まぁ、声をかけると言っても、銃を向けてという形ではあったけど。
今じゃまるでそんなことはなかったかのようにふざけあっている。
「さすがの私もあれだけ二人の世界に入られていたら空気くらい読みますからね~」
「ウチの助けを求める空気を読んだってくれや……」
和美の横から、葉加瀬聡美が顔を出す。
和美と共に商店街の探索を担当していただけあって、その手には工具が抱えられている。
「ああ、そうそう、首輪解析の資料探しで入った古本屋にこんなものあったけど」
「なんだろう、これ……?」
「使い方としては、こうやってスイッチを入れると振動するからコイツをアンタの愛しの孕村さんの股間に」
「み、宮永さんに変なこと教えないで下さいっ!」
宮永咲。
原村和。
愛宕洋榎。
朝倉和美。
葉加瀬聡美。
総勢5名の大所帯となるパーティが、殺し合いから3時間ほど経過した時点で結成されていた。
商店街という人の目を引く場所のおかげというのもある。
各々が情報や道具を求めてここを訪れ、そして合流してきたのだ。
「ちなみにこんなのもあったわ。カカオ99%の」
「チョコレートですか?」
「いや、コンド――」
「あああ朝倉さんっ!」
「つーか使えんのかソレ」
「というか女性だらけのこのメンバーでいつどう使う気なんですかねぇ」
店先からスタートし、蹲って泣いていた咲を、洋榎が保護したことからこのチームは生まれた。
毒気を抜かれたのもあって、洋榎は咲を泣き止ませ、とりあえずと商店街の適当な店に拠点を設ける。
遮蔽物が多いのもあって、ペンキ屋を拠点にすることに決めた。
そして情報交換を進め、咲以外にも人がいるかもしれないと考えるに至った。
しかし、咲を安心させるためにそのことは一旦伏せ、とりあえず身の安全を確保することを優先する。
釣具店があったことを思い出し、映画や漫画で見た記憶のある釣り糸と空き缶を使った警報装置を作ろうと考えた。
そして釣具店に向かおうと道路に出、そこで和と聡美のチームに遭遇したというわけだ。
再会の喜びの余り往来で抱きしめ合う咲と和。
歓喜からくる号泣と相手の名を呼ぶ声量は些か無用心に思えたが、洋榎は咎めなかった。
自分がもし妹の絹恵や姫松高校の友人とこんな場所で再会したらあのくらいはなるだろうし、そのくらいは許されてもいいだろうという甘い考えの元だ。
聡美は冷静に注意しようとしたが、洋榎に静止されてしまう。
そして今までどうしてたのかといったような情報交換を洋榎に求められたため、抱きしめ合う二人をよそに、聡美は洋榎と情報交換をした。
といっても、やけに冷静な二人がばったり遭遇して、争う理由もなかったのと、互いに役立ちそうな物がありそうな商店街を目指していたのがあって、共に行動したということだけしか、与えられる情報などなかったのだが。
冷静で感情をあまり出さないタイプに見えていたから意外、と聡美は泣きじゃくる和を見てそう言った。
その場で洋榎は「いやいやあの超有名人・原村和かて一応普通の女子高生やねんで」とツッコンだ。
それからすぐに、二人の頭に些細な疑問が浮かんできたが、その声は茶化すような「BANG!」という声によって霧散した。
声をかけたのは、和美だった。
咲と和の声を聞き、銃を構え、いつものように不敵な笑みをたたえていた。
和美の声にビクリとした咲をからかうように見て(実際からかっていたのだろう、ケラケラと笑っていた)銃を下ろす。
そして、和美は言った。「こんな往来で大声出すと危ないわよ」と。
それで結局全員揃って洋榎が拠点に選んだペンキ屋に移動することになった。
それから、和美と聡美の提案で、二人が何か使えそうなものを探して商店街を見て回ることになる。
咲と和は色々と話したいこともあるだろうしと満場一致で居残りが決まり、
聡美と和美もクラスメートということで同時に行動することが決まり、消去法的に洋榎が見張りと護衛役として手斧片手に留守番することになったというわけだ。
「とりあえず、一旦腰を落ち着けましょう」
そうして時間は現在に戻る。
聡美の提案で、とりあえず休憩を取ることになった。
かっぱらってきた缶詰による超簡単なメニューだが、一応料理をつくることができる状況ではあるので、和と咲の二人を調理班に回した。
名目上は休憩していた二人が料理を作り、周囲の探索をしていた聡美や和美が入れ違いに休憩に入るというものだ。
勿論“名目上”なので、実際の所は違う。
いつ死ぬか分からないので咲と和は極力一緒にいさせてやろうという計らいもあったし、聡美と和美にのんびり休む気などなかった。
勿論腰を落ち着けてのんびり喋る、という形ではあるのだが、その内容は至って真面目。
この世界の考察である。
既に物資調達の際に二人でしてきたソレを、洋榎にも聞かせ、彼女にも意見を聞く。
それこそが、この時間で一番やりたいことである。
考察を聴かせるのなら、咲と和がいる方が効率がいいように思えるが――――同時に大勢を混乱させるのは下策という考えがあった。
それほどまでに、受け入れがたいであろうコトを告げるのだ。
「は?」
当然、告げられた洋榎もポカンと口を開ける。
それから、笑うべきかどうか困りかねたかのように言葉を足す。
「それ、冗談か何かか?」
「いえ。マジです。大マジです」
「いやそれにしても……平行世界て」
平行世界。
なんかもうSFやら何やらでお馴染みの単語である。
洋榎にはざっくりした知識しかないが、さほど大きな問題にはならない。
深い知識が要りそうなことは和美と聡美で既に話した後なのだ。
洋榎に求めているのは、平行世界に関する考察ではない。
「出会った直後に、言ってましたよね。ええと、『西の天才美少女雀士・愛宕洋榎』でしたっけ」
「滑ったネタ掘り返すのやめーや……」
洋榎が恥ずかしそうに目を背ける。
聡美への自己紹介時に、そうやってボケて見事に滑っていたのだ。
「あれは冗談にしても……その後言ってた、自分のことをホントに知らないのか、といったことは、冗談でなく聞いてましたよね」
「ま、まあ……」
一応洋榎は、高校麻雀を嗜む者だったら名前くらいは聞いたことがあるだろう程度に有名人である。
だからこそ、名前も知られていないのが少しだけショックで、「え、ホンマに知らんの」など、少々しつこく聞いたのだ。
勿論「知らないですね」と返され、今では消したい過去である。
「そして、原村さんも超がつく有名人、と」
「ま、小生意気な胸のせいやろうけどなあ」
洋榎は、和に対し何の反応も示さなかった聡美達に「おいおい、あの原村和がおるっちゅーのに」云々と言っていた。
それに、あの「あの超有名人・原村和」という言葉。
そして和の功績を説明した後、中学生という身分を明かした聡美と和美に洋榎が言った言葉。
中学生なら、普通は1年前に中学大会で旋風を巻き起こした原村和は知ってる――それが、決め手となった。
「確かに、私は世俗に疎いので、最初は私が無知なだけかと思っていました。ですが……」
「私も聞いたことないんだよねぇ」
「朝倉さんはマスコミ志望ですからニュースなどは常にチェックしていますし、学生の大会なども積極的に取材していますが……」
「テレビ中継のある学生麻雀大会だなんて、私の知る限りでは存在していない」
洋榎にとって、麻雀は超絶人気競技であり、大会は全国中継され、スター選手は認知度抜群である。
だがしかし、聡美と和美にとってそんな事実はない。
「だから平行世界、と……確かにまあ、それなら説明がつくけどなぁ……」
いくら何でも飛躍しすぎ。
そう言いたげに洋榎が言葉を濁す。
まあ無理もない。
普通、そうあっさりと受け入れられないものだ。
「ええ、普通に考えたら、これだけで平行世界の存在を断言することは出来ないでしょう」
そう言って、聡美は眼鏡を正す。
一呼吸置いて、言った。
「白状します。私は、この殺し合いの主催者の友人です」
「な……!?」
超鈴音。
主催者の一人である彼女は、聡美や和美のクラスメートであった。
いや――クラスメートなどという、浅い関係ではなかった。
「ざっくりと、言いましょう。
彼女はタイムマシンで時をさかのぼり、望む平行世界を生み出すために暗躍したこともあります」
聡美と和美は、その作戦に加担していたことがある。
だからこそ、真っ先に並行世界という可能性に思い至った。
そして、既にその存在を知っていたからこそ、受け入れることも洋榎ほど難しくはない。
「いやいやタイムマシンて……マジなん?」
「マジです」
「ついでに魔法使いや魔法世界なんてものもあるのよ」
ポロッと漏らす和美に、少しだけ聡美は眉をひそめる。
しかしすぐに真顔に戻り、洋榎に告げた。
「しかし、平行世界から集められたとしたら、その目的がわかりません」
「確かに、わざわざそないなことする理由はあんま浮かばんわなぁ」
「どうせ平行世界から引っ張ってくるのなら、魔法を知らない世界の私を連れてきた方が有利なのに、です」
おそらく、何の意味もないということはないだろう。
相手はあの超鈴音。
意味のない布陣ということは考えられない。
「ですのでその意図を探るため、お話を伺いたいと思いまして」
「なるほど、麻雀人気の世界の情報提供担当っちゅーわけか」
「そうなりますね」
まだ半信半疑であったが、洋榎は自分の日常について語ってきかせた。
そして麻雀大会のこと、姫松高校のこと、原村和と宮永咲のこと……
後半はあまり世界と関係がないように思えたが、和美が色々聞いてきたので喋った。
単なるゴシップ記者魂から聞いてきただけじゃないのか、と思ったが、洋榎はそういう下世話なライターも嫌いじゃないので割りとペラペラ喋っていた。
「なるほど、ねぇ」
「どうやら、やはり平行世界で間違いないでしょうね。
魔法世界のような異世界と考えるには、土地名や風習などがあまりに似すぎていますし」
ある程度、情報交換は終わった。
聡美は、それじゃあ次は首輪の解析でも進めるかと、持ってきた工具セットを開け始める。
洋榎は、漫然とそれを眺める。
和美は、脇においていたソーコムピストルを弄り始める。
「しっかし、平行世界なあ。どうやったら帰れるんやろ」
「それなら多分何とかなりますよ。
おそらく今回もカシオペアというタイムマシンが使われてるんでしょうし、それを使えば……」
「……ま、使いこなせるかわからないし、超リンに使ってもらうのが一番なんだけどねぇ」
クスクス笑う和美に対し、「友情パワーで改心やな」とボケて返そうとして。
洋榎が、固まる。
「おま……何やって――――」
間の抜けた音が響き渡る。
大きくはないが、それは確かに和美の手にしたソーコムピストルから発せられた音で。
聡美後頭部につきつけられた筒から飛び出た銃弾は、脳味噌の中に侵入し、右目周りを爆散させつつ飛び出した。
ひしゃげた眼鏡が吹き飛んで、カシャンと音を立てたとほぼ同時くらいに。
顔の一部を喪失した聡美の体が前のめりに倒れた。
「……悪いね」
冷めた目で、和美は銃口を動かす。
聡美の頭部があった位置から、洋榎の薄い胸元へと。
「……ッ!」
殺される。裏切られた。仲間が殺された。
こんな馬鹿げた催し物に乗っかる気か。何考えてるんだ。
言いたいことは、たくさんあった。
ありすぎて、普段饒舌なはずなのに言葉がうまく出なくって。
「友達だったんやろ……ッ!」
出てきたのは、そんな言葉。
多分それが、一番気に入らなかったから。
初対面だった自分を裏切り殺すことよりも、ふざけた脅しに屈してしまったことよりも。
信頼し合っていたはずの友人を、あっさり殺したということが、何より納得できなくて。
「そうだよ。だから、苦しんだりしないよう、何も分からないように、真っ先に殺したんだ」
洋榎の頭に血が上る。
感情のままに言葉をぶつけようとした。
けれどもそれは叶わない。
腹から出るはずだった言葉は、口に出る前に潰えてしまう。
腹と口との中間地点に穴が開いてしまったから、口まで辿り着くことが出来ない。
頭に上るはずだった血も、途中に空いた穴から吹き出してしまう。
頭部と違い即死かどうか、和美には判断出来ない。
だから近づいて、しっかりと額に銃口を押し付けて、引き金を引く。
今度こそ確実に、洋榎の生命活動が終わりを告げた。
「ご飯できましたよー」
タイミング悪く、そこで咲が呼びに来る。
渡されてからしばらく持ち上げ狙いを定める練習はしていたが、すぐに完璧になるものではない。
今から銃口を向けて確実に撃ち抜くのは難しいだろう。
「え!?」
だから、頭部を撃ち抜くため腰を落とした状態のまま、低空タックルを見舞う。
転倒し、混乱した咲の首を腕で固定し、無理矢理引きずり和のいるキッチンへと歩いていった。
(まったく、嫌になるわ)
聡美達には黙っていたが、和美は既に死体に遭遇している。
死体の主は、春日美空。
クラスの中ではイタズラ大好き少女として、魔法使いとしては野次馬根性丸出しの謎のシスターとして。
それなりに、つるんでいた仲である。
ちょっとだけ、「こいつとなら、付き合うのも悪くないよなぁ」なんて思ったことだってあった。
――その美空が、死んでいた。
死因はおそらく転落死。
商店街の屋根を飛び回っていて、うっかり落下したのだろう。
(でもここでは、そんな想いをこれからもしなきゃいけないんだ)
だがしかし、普通にいけば美空がそんな間抜けなことをするはずがない。
そして美空をそんな目にあわせた奴がいるのなら、美空の死体なんていう絶好の囮にかかった和美を見逃すはずがない。
となると、こうなったのは、主催である超が一枚噛んでいるのではと考える。
魔法には、魔法の仕様を制限させるものがあると聞いたことがある。
おそらく、アーティファクトに何らかの制御がかかっており、それに気付かずいつものノリで飛び回ろうとして墜落したのだろう。
(ごめんね、美空。弔ってもやれなくて)
美空の支給品をこっそりもらい、どうすべきか考えた。
最初は、正義感に燃えていた。
美空の仇を絶対に取ってやろうと。
だがその決意は、聡美との遭遇で、見事に打ち砕かれる。
(ごめんね、ハカセ。無事に帰ったら、今回の件で知ったデータ、持ち帰ってやるからさ)
聡美に会って、クラスメートの安否を心配した時。
聡美はこう言ったのだ。
――大丈夫ですよ、相坂さんなら幽霊ですし、多分ここにはいませんから。
確かにさよとは仲がよかったが、幽霊であるし、和美としてもあまり心配はしていなかった。
だからこそ、その言葉が少しだけ引っかかった。
そして、そう口にした意味を説明するかのように、聡美は言った。
――ま、私とて、恋人を心配する気持ちくらい、理解できないでもないですから。
さよと、恋人。
冗談めかしていうならともかく、この場面で言われるには不適切だ。
何せ自分は、クラスメートの長谷川千雨に冗談めかしつつアプローチをかけている。
それは聡美も、クラスの皆も知っているはずのこと。
――平行世界かもしれません。
だから、平行世界と言われて、合点がいった。
聡美の世界と、自分の世界は別なのだと。
聡美は聡美・和美と洋榎・和・咲が同じ世界だと考えていたようだが、そうではなかったのだ。
二人で物資の調達中に、様々な情報を引き出したが、やはり細部が自分の知っている世界とは違った。
「宮永さん!?」
だから、殺すことにした。
だってここに居る皆は、自分の知る皆とは違うから。
自分が優勝し、超に頼み、皆が生きてる自分の世界に戻ればハッピーエンドなのだ。
心は、痛い。
けれど、その先のハッピーエンドを思えばどうということはない。
「逃げ……!」
和を逃がそうとする咲の背中をドンと押し、和の方に倒れこませる。
和は当然、咲に駆け寄ってきた。
銃口が向けられていても、まるで咲しか視界に入っていないかのように。
「……ごめん」
引き金を、引く。
予備弾薬があるから、ちゃんとすぐに死ねるよう、ありったけの銃弾を吐き出させる。
和と咲の体にいくつもの穴が開き、折り重なるようにして倒れた。
「ちゃんと帰った世界線では、幸せになるよう祈るわ」
ゆっくり弾丸を装填し、和の頭部に銃口をつける。
そして引き金を引いて、顔の確認をしがたい有様にした。
「……せめて、二人一緒に死ねるようには配慮したから。
まあ、それで、許してくれとは言えないけど」
そう言うと、ペンキの棚から適当なペンキを取り出し、和と咲にぶちまける。
狙いすましたかのような真っ赤なペンキに、思わず苦笑いが出た。
それから洗面台に向かい、軽く血を洗いながら作業に入る。
(大丈夫、ちゃんと観察はした)
4人の殺害を決めても、しばらく泳がせた理由。
それは勿論情報収集のためだ。
それでも殺害しやすい別行動中に行動を起こさなかったのは、平行世界があるという確信を得る目的とは別に、和の情報を得るためである。
美空のデイパックには、使い慣れた“変装道具”が入っていた。
取材の際、数多の人間になりすますのに使った道具。
それを使い、“朝倉和美”を辞めるために。
聡美との物資調達で別行動を取った際、こっそり制作しておいたのだ。
(……救いようのないクズだなぁ、ホント)
鏡の中に映るのは、原村和の顔をした殺人鬼。
この中で変装できる対象が、胸の都合で和だけだったというのもあり、変装相手に彼女を選んだ。
口調・交友関係はある程度頭に叩き込んだし、微妙なミスは平行世界関係ということで乗り切る。
(自分のままで人を殺すのに、耐えられないんだもんなぁ)
洋榎の言葉や和の行動、咲の視線は、和美の心に傷をつけていた。
そこまで無敵の精神力など持っていない。
責められれば、胸が痛い。
ましてや正しいなんて自分でも思っていないことなのだから。
(さて……行こうか。今から私は原村和。殺人鬼、原村和だ)
まずいと思ったら、集団に溶け込む。
いけると思ったら、殺しにかかる。
どう行動したっていい。
最悪詰みかけたら、“朝倉和美”になればいいだけの話なのだ。
(死亡者が呼ばれた後は溶け込み作戦は難しくなりそうだし、さっさと行動移らないとね)
もう一度、鏡の中を覗き込む。
鏡越しに見た世界はどこまでも狂っていて。
現実とは思えない光景が広がっていた。
(そう、ここは現実じゃない)
鏡の世界だとでも思おう。
似たような、けれども違う人達のいる世界。
ここから帰れば、夢オチだったかのように、今まで通りの日常が待っている。
「……サヨナラ」
仲間だった4つの骸に別れを告げ、“原村和”は歩き出す。
元いた正しい世界へと帰るために。
鏡の中から出てきたような参加者達を滅ぼすべく。
道を外れた哀れな迷子が、歩き始めた。
【春日美空@魔法先生ネギま! 死亡】
【葉加瀬聡美@魔法先生ネギま! 死亡】
【愛宕洋榎@咲-Saki- 死亡】
【宮永咲@咲-Saki- 死亡】
【原村和@咲-Saki- 死亡】
【1日目・黎明】
【E-01/商店街】
【朝倉和美@魔法先生ネギま!】
【状態】原村和に変装中
【装備】サイレンサー付きソーコムピストル@現実
【所持品】手斧@現実、那波千鶴の望遠鏡@魔法先生ネギま!、カセットコンロ@現実、葉加瀬聡美の不明支給品(確認済)
【思考・状況】
1.生き残って、“クラスメートが全員生きている世界”に帰る
2.そのために原村和として人を殺して回る
※商店街の路地裏に腕を胸で組まされた春日美空の転落死体が放置されています。
※ペンキ屋の中、キッチンに顔に赤ペンキをぶちまけられた原村和と宮永咲の銃殺死体が放置されています。
※ペンキ屋の中、寝室に愛宕洋榎と葉加瀬聡美の銃殺死体が放置されています。
【サイレンサー付きソーコムピストル@現実】
朝倉和美の支給品。
12発装填出来るが、サブマシンガン並に重い。
また、サイレンサーとはいえ完全に音を消せるわけではない。
正式名称はサプレッサー付きH&K MARK 23、もしくはサプレッサー付きMK23 MOD0である。
【手斧@現実】
愛宕洋榎の支給品。
女子には若干重いが、使い方がシンプルでわかりやすく物を壊すのにも使える汎用性が高い武器。
威力も上々で、頭に当たれば「大丈夫、大丈夫」なんて言うまもなく命を落とすであろうくらいには強力。
【カセットコンロ@現実】
宮永咲の支給品。
これでどこでも簡単に火を起こせるし、料理もできるぞ!
【那波千鶴の望遠鏡@魔法先生ネギま!】
原村和の支給品。
天文部員・那波千鶴愛用の望遠鏡。
別に特殊な効果があるとかそういうことではない。
千鶴の家の財力を考えると、それなりに上質のものと思われる。
【朝倉和美の変装用具@魔法先生ネギま!】
春日美空の支給品。
朝倉和美が取材の際別人になりすますため使用していたマスク作成材料一式。
原作では簡単に破けるマスクで源しずなに変装していた。
麻帆良特有の超技術の結晶なのかは不明。
原村和に変装する際材料を使い切ったため、パテなどの道具はボロを出さぬため放置していった。
最終更新:2012年11月08日 09:18