ざざん、ざざんと波が音を立てている。歩けばぎし、ぎしと音を立てそうな砂の浜が広がる海辺だった。
ほのかな月の光だけでは、そこにあるものを全て照らすにはまるで足りなかった。
倒れている影と、その傍で立ちすくむ影。二つの人影。二人の少女。
倒れているのは、真鍋和だったモノ。今はもう命も尽き、ただの肉の塊となってしまっていた。
幼馴染の少女に命を奪われ、十数年の短い人生を振り返る暇すらこの世から去ってしまった眼鏡をかけた少女。
だけど。何故か、その表情には悔しさや、悲しさなどは浮かんでいなくて。
どこかやり遂げたような達成感すら感じさせていた。
そんな和を、じっと見つめているもう一人の少女。
それが萩原雪歩だった。
彼女は自分がどうしてここにいるのか分かっていない。
ただふらふらと熱にうなされるようにさまよって、この砂浜へとたどり着いたのだ。
そして、出会ってしまった。
ここが――本当に、殺し合いをしなければならないところなんだと、そう雪歩に告げる、まだ温かさの残る死体に。
この少女を殺した犯人が、まだ近くにいるかもしれない。そんな当たり前の思考は、雪歩の頭の片隅に浮かんでいた。
だが、身体が動かなかった。頭のてっぺんからつまさきまで、身体の芯にぴしゃんと電撃が走ったように痺れていた。
頭のなかが真っ白になっていて、何から考えればいいのか分からなくなってしまっていた。
身体だけじゃなくて心まで痺れてしまっていて、何も感じてはいなかった。
急に身近になった死の恐怖に怯え、周りも気にせず泣き喚くという、萩原雪歩がいかにもやりそうな行動さえ取れないほどに、彼女は衝撃を受けていた。
死体を見てもなお――いや、死体を見たからこそ、雪歩は自分がいったい何をすればいいのか、分からなくなってしまっていた。
殺し合いが始まっているなら、自分もそれに乗る?
嫌だ。人を殺すことなんて、自分に出来るとは思えなかった。したくもなかった。
何より非力な自分が他の数十人を殺して生き残ることなど、到底出来そうにもなかった。
だったら、殺し合いをせずにみんなで生き残る方法を考える?
少し考えてみても、今の雪歩にはそんな方法など考えつきそうにもなかった。
自分の中に、そんな力があるなどとは思えなかった。
ざざん、ざざんと規則的に波の音は響く。
波の音以外はしぃんと静まり返った中で、雪歩は立っていることすら億劫になって、やがて和の死体の傍に座り込んだ。
ずっと、こうしていたいと思った。何もしたくなくなっていた。
ぼんやりと、ぼーっと死体の顔を眺める。
赤縁の眼鏡がよく似合う、ショートカットの女の子。
人目を引くような美貌こそ持ち合わせていないものの、その整った顔立ちならば知る人ぞ知る通好みの美人として通っていたのではないだろうか。
だけどその顔は今、ぺたりと貼り付けられた絵のようにまるで動かない。
彼女の時間は、死の瞬間に止まってしまっていた。
もし、私が死んだら――?
そんな想像がふと脳裏をよぎって、ぞっとする。その想像が具体的なものになる前に、無理やり頭から追いだそうとする。
でももう遅かった。頭のなかに浮かんでしまったイメージは、そのまま黒く大きくなって、ずるずると下へ降りてくる。
真っ黒で蠢くそれが雪歩の胸もとまで降りてきて、心を鷲掴みにする。
不安と恐怖でいっぱいだった。もう、限界まで達してしまいそうだった。
何かしないとそのまま自分の心が潰れてしまう予感があったから、雪歩は何かないのか、と手を動かす。
支給されていたデイパックの中を漁ると、手に、固い感触が返ってきた。
ぎゅ、とそれを握ると、すっと手に馴染んだ。
今まで何度も握ってきたもの。デイパックからそれを取り出す。
スコップ――だった。
鉄で出来た刃の部分。木で出来た握りの部分。何度も何度も使ってきた、雪歩にとっては馴染みの道具。
木の感触を確かめているうちに、ふと、閃いた。
どうして自分がこれを持たされたのか、その意味を。
自分がここで、何をするべきなのかを。
スコップを支えにして、立ち上がる。
少しだけ刃を地面に刺してみる。さらさらとした砂は、思っていたよりも軽い感触を雪歩に返した。
更にもう少し、力を込める。ぐ、と握り、深く差し込んだスコップを返し、穴を掘る。
ぐさり、ばさり。ぐさり、ばさり。
砂浜を掘って、掘って、掘る。
穴掘りは慣れたものだ。
昔から、嫌なことがあるたびに掘ってきた。
嫌な自分を埋めるために。
でも、今度は自分が埋まるためではなくて、他の誰かのために穴を掘る。
深さ1メートルほどの穴が出来た頃、雪歩はようやくその手を止めた。
穴掘りというのは、かなりの労働である。身体の芯から火照って、汗が額からつらつらと垂れる。
手の甲で流れる汗を軽く拭って、今度は目の前の死体を抱きかかえた。
血がどくどくと流れたときに、彼女の身体が持っていた熱も流れてしまったのだろう。
もう、彼女の身体は冷たくなってしまっていた。
既に死んでしまった――ただのモノだということを改めて実感する。
死体に忌避感はあった。正直なところ、触れたくなどなかった。
でもこの死体は、もしかしたら自分だったかもしれないものだ。
少し巡り合わせが違えば、ここで死んでいたのは雪歩だったかもしれない。
そんな彼女に対して、雪歩が出来る事は――せめて、彼女の分も懸命に生きること。
そして、彼女を弔うこと。
どさり、と穴の中に彼女の死体を置く。穴の大きさはちょうど良かったようだ。
彼女の顔から眼鏡だけを取って、身体に砂をかけていく。
どんどん彼女は埋まっていって、やがて見えているのは顔だけになった。
――あなたは、満足したんですか?
言葉にしたところで誰も何も返してはくれないことを知っていたから、雪歩は自分の心のなかだけで小さく呟いた。
埋める直前、もう一度まじまじと彼女の表情を見る。
いつのまにかあふれていた涙のせいで、彼女の顔はよく見えなかった。
そのまま、雪歩は彼女を埋める。少しだけこんもりとした砂の盛り上がりは、勘の良い人が見れば人が埋まっているものだと気づいてくれるだろう。
中に誰が入っているのか分かるように、雪歩は彼女の顔から取った眼鏡を、盛り上がった砂の上に置く。
両手を合わせて、名前も知らない彼女のために祈った。
自己満足なのかもしれない。死んだ彼女は、こんなことしてほしくなかったかもしれない。
だけど雪歩は、今の自分がやるべきことは、これなんだと思った。
自分のためではなく、死んだ誰かのために穴を掘る。
それが自分にこれが与えられた意味だと思うから――と、雪歩はスコップを握る力を、少し強めた。
【F-6/砂浜】
【萩原雪歩@THE IDOLM@STER】
【状態】憔悴、疲労
【装備】スコップ
【所持品】基本支給品
【思考・状況】
1.墓を掘る
最終更新:2013年09月26日 02:22