ぶっちゃけ訳が分からなくて、何をすればいいのか考えるのも面倒だった。
だから欲求に任せて、湯船に飛び込んだのだった。ざっぱーん。
「あ~、生き返るぅ……」
地図でいうところのB-1――島の西側に位置する温泉で、一人湯船に浸かっている少女の名は釘宮円。
麻帆良学園中等部3-A、出席番号11番。チアリーディング部に所属していて同じくチア部の椎名桜子や柿崎美砂と仲がいい。
これに和泉亜子も加えた四人で、でこぴんロケットという学生バンドを組んでいたりもする。
短く切り揃えられた黒髪とスレンダーな身体つきが相まって、中性的な外見をしていると評されることも多い。
デタラメな人物揃いな麻帆良学園の中では、至って普通の、一般的な生徒として日々を過ごしていた。
しかし、当たり前の日常というものは、あれよあれよという間に壊れてしまったようだった。
のんびり温泉に浸かっているために、イマイチ実感は湧いていないけれど。
真っ裸になった今でも、唯一外せず身に着けたままのそれが、円の不安を煽っていた。
「どこまで本気なんだろうね、これって」
コツン、と軽く表面を叩いてみる。
鈍色をした首輪は、装着者である円自身にはよく見えない。
思いっきり顎を引いて視線を下に向ければ、どうにか視界の隅に鉄の色が見えるといったくらいだ。
「まー、さっき脱衣所で飽きるほど見ちゃったんだけどさ」
しかしいくら見たところで、この首輪を外せそうな隙は見えなかった。
ぴったりと接合されたそれは、専用の工具なり何なりがないと外せそうにない。
「119番に電話したらレスキュー隊がどうにかしてくんないかな……」
無理。電話が繋がらないことは確認済みだった。
円は深くため息をついて、まぶたを閉じて、ゆっくりと肩まで湯に浸かった。
温かさが身体に染み渡る。あ、ダメだ。なんか泣きそう。
どうしてうら若き乙女が殺し合いなんかしなくちゃいけないんだバカヤローと思いっきり泣き叫びたかった。
でも一度泣きだしたら止まりそうになかったので、ぐっとまぶたに力を込めて、少しだけ漏れた涙もばちゃばちゃと大げさな動作で顔を濡らして誤魔化した。
「……あがろ」
円だって、風呂に入るのが一種の現実逃避だということには気付いている。
いつまでもここでのんびりしていられない。
何をすればいいのか分からないけれど、ぼんやり待ってたところで状況は好転しないということくらいは分かる。
どうにかして外部と連絡を取れれば、助けが来てくれるかもしれない。
まずは自分に出来ることをやる。泣き言を言うのはそれからだ。
ぱしんと頬を叩いて、気合を入れ直す。
――と、そこで円の耳に何かの音が聞こえてきた。
「……ん?」
思わず身体が固まる。胸の動悸が早まって、頭の中できーんとヘンな音が鳴り始めた。
(うわっ、もしかしてこれって他の人が来たってこと?
どうしよ私素っ裸なんだけど……ハズレっぽいのしか入ってなかったからってリュック置いてきたの失敗?
襲ってきたらどうしよう、ばばっと逃げて服掴んで裸のまんま逃げるしかないかなーあーほんとどうすりゃいいんだろこれ)
ばばばっと頭の中を色んな思考が駆け巡って、しかしどれもまとまらず、結果として円は温泉と脱衣所を隔つガラス戸の真ん前で硬直した。
そして、がらりと戸が開いた。
相手の姿を見た円は、一拍置いて全身の力を抜いた。いや、勝手に抜けた。
多分殺し合いに乗った相手なんかじゃないだろう。なんせ、相手も全裸になっていたからだ。
殺し合いをしようっていうときに全裸になる人なんていないと思うし。
あとなんか、すっごい驚いてる。陸に揚げられた魚みたいに口をパクパクさせてる。
ファーストコンタクトさえ失敗しなければどうにかなるんじゃないかという確信があった。
ただまぁ、誰かと会うだろうことは予想してたけどこんなに早く出会うなんて思ってもなかったし、何話せばいいかなんてすぐには思いつかない。
なので、手短に、緊急を要する事柄だけをとりあえず伝える。
「あの……すみません、腰が抜けたみたいだから手を貸してくれません……?」
ぺたりと座り込んでしまっていた自分の手をすぐに取ってくれた彼女を見て、ああ、この子はきっといい子なんだろうなぁと、円はそう思った。
◇
「あー、なるほど。じゃあ春香さんも何が起きてるのかイマイチ分かってないんですね」
なんだかんだの流れで、円も再び湯船に浸かることになっていた。
湯船に浸かりながらお互いの話したいこと、聞きたいことを喋り尽くそうというよくわからない流れだったが、特に反対する理由もなくそのままお風呂にUターン。
天海春香と名乗った少女と、肩を並べていい湯を楽しんでいる。
話してみて、それで分かったことといえば、二人とも何も分かっていないということくらいだった。
ここがどこなのかも、いったいどうしてこんなことに巻き込まれてしまったのかも、全然分からない。
「うーん、私はドッキリか何かじゃないかなーって思ってるんだけど……円ちゃん、ホントに仕掛け役とかじゃないの?」
「残念ながら。ドッキリだったらいいんですけどねー……それにしては、春香さんと私の共通項がなさ過ぎて」
「……ホントに殺し合い……とまではいかなくても喧嘩や殴り合いが始まってしまったときに止めてくれるようなスタッフさんもいないし」
「それにいくらドッキリっていっても、事前に予定なんかの調整はありそうですしね」
「そうなんだよね……私はこの二三日はオフの予定だったんだけど。おかしいなぁ……」
そう言って首を傾げる春香は、アイドルとして活動中なのだという。
アイドルならドッキリ番組の可能性もあるんじゃないかと考えた円の意見を、春香は否定した。
ドッキリだとしても最低限の決まりごとは存在する。それすらもない今回の事態は、はっきり言って異常だという。
「じゃあ……本物だって言うんですか? この首輪も。……あの、爆発も」
そう言った円の声は震えていた。
教室で飛び散った血。そして生まれた死体。
もしもこの催しが何かの冗談じゃないとすれば……次に死体になるのが自分であっても、なんらおかしくはない。
春香を前にして和らいでいた円の中の恐怖心が、浮かんできた悪夢のような妄想に、再度騒ぎ始めた。
「落ち着いて、円ちゃん」
震えていた円の肩に、春香はそっと手を置いた。
「もしかしたら、本当に私たち、大変なことに巻き込まれてるのかもしれない。
でも、だからこそ慌てたり怖がってたりしたらダメだと思うんだよね」
そう言って、春香は微笑んだ。
「なんで……春香さんは、笑えるんですか?」
「えーっと、それはね……アイドルだから、かな?」
春香は円をそっと抱き寄せて、言葉を続けた。
「アイドルってね、アイドル一人だけじゃアイドルじゃいられないの。
ファンのみんなが喜んでくれるから、アイドルはアイドルになれる。
だから私は笑うの。みんなに喜んでいてほしいから」
春香はにっこりと笑いながら、未だ震えの止まらない円に優しく言った。
春香の言葉を聞いた円は、少し下を向いたあと――そのまま、ばちゃんと湯船に顔を突っ込んだ。
「あ、あれっ!? 円ちゃんいったいどうしたの!?」
「――ぷはぁっ!」
顔をあげて、大きく息を吸った円は開口一番こう告げた。
「……私、春香さんのファンになります!」
「えっ、いきなりっ!? あ、でも、ありがとうございますっ!」
「チア部だからっ! 応援っ! 得意なんでっ!」
「はい、ありがとうございますっ! 天海春香、アイドル活動がんばりますっ!」
「…………ぷ」
「……あはは」
なんだか急におかしくなってきて、二人揃って笑い始めてしまった。
◇
存分に温泉を堪能した二人は、ひとまず湯から出ることにした。
目下の目的は、他の人たちと合流することだ。最初に集められた教室では、少なくとも数十人の人間がいた。
多くの人間で徒党を組むことが出来ればその分危険もなくなるはずだ、というのが二人の共通した見解だった。
「それじゃ円ちゃん、行こうか」
「はい、春香さん」
先は見えない。自分たちの身に何が起こっているのかすらはっきりと分かっていない。
だけどせめて、みんなが笑っていられるように。
そう思いながら、二人は温泉を後にした。
【B-1/温泉】
【釘宮円@魔法先生ネギま!】
【状態】 健康
【装備】 なし
【所持品】 基本支給品、不明支給品1~2
【思考・状況】
1.春香についていく
【天海春香@THE IDOLM@STER】
【状態】 健康
【装備】 なし
【所持品】 基本支給品、不明支給品1~2
【思考・状況】
1.みんなを笑顔にする
◆
――釘宮円は、天海春香に対して秘密を隠していた。
まったくの心当たりがないわけでは、なかった。
この異常事態の鍵を握っている人物の片割れ――自分たちをここに送り込んだ二人のうち一人は、円のよく知っている人物だった。
超鈴音。同じクラスの、天才少女。
だが、どうして超が殺し合いなんか開くのか、その理由はさっぱり分からない。
どうして春香に対して黙っていたのかといえば――怖かったからだ。
自分が殺し合いに加担している人間だと思われたくなかったからだ。嫌われたく――なかったからだ。
秘密を隠して、円は春香の後ろを歩いていく。
いつでも笑顔を絶やさない春香を、唯一無二の親友と重ねあわせながら。
最終更新:2016年09月08日 10:23