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虫の鳴き声一つしない、風が葉を揺らす音一つしない、静かな、何の音もしない夜だった。
闇の中、彼女――ゲルトルート・バルクホルンは、戦友の身体を――生と熱が失われつつあるそれを、抱きしめていた。
エーリカ・ハルトマンが生前持ち合わせていた少女らしさは、もう残ってはいなかった。
死に至るほどの暴行を受けながらも傷ひとつ負っていない美しい顔。
あまりにも整ったその造形は、まるで完成された彫刻のようにすら感じられて――
その美しさは逆に、ハルトマンはもう生きてはいないただのモノになってしまったのだという事実を、バルクホルンに突きつけた。

――隣にいる誰かがいつか死んでしまうことに対して、覚悟はしていたつもりだった。

バルクホルンは魔女だ。エーリカも魔女で、同じ部隊に所属する仲間たちもみんな魔女で、みんな魔法が使える。戦う力を持っている。
ストライカーユニットを履き、銃火器を背負い、魔力を纏いながら人類に対して攻撃と侵攻を繰り返す化け物であるネウロイと、戦い続けている。
それは、紛れも無く戦争だった。
ネウロイとの戦線は次第に拡大し、戦争に携わる人員は増え続け、同時に死傷者の数も激増した。
バルクホルンと同じ部隊にも、国を捨てざるを得なかった者や愛する人を失った者がいた。
……バルクホルン自身、故郷と、愛する妹の両方を、失いかけた。
幸いにして妹は回復し、故郷カールスラントも部分的に奪還しつつある。
だが、これ以上失わせてはいけない。そう思って、バルクホルンは戦場を、空を駆け続けてきた。
人々の笑顔を守るために。

……だというのに、何なのだこれは。
ネウロイとは何の関係もないままに。
何の力も持たない、ただの少女に。
バルクホルンたち魔女が命を懸けて守ってきた存在に。
エーリカ・ハルトマンは、殺された。

無茶苦茶だった。信じられなかった。
バルクホルンの中にあった大切なものが、一斉にがらがらと崩れていった。
こんな仕打ちを受けるだなんて、私たちが今までやってきたことは何だったんだと――神に向かって毒づいた。
どうしてエーリカ・ハルトマンが殺されなければいけなかったんだと、いくら疑問を口にしたところで答える者などどこにもいない。
今ここで生きているのはゲルトルート・バルクホルンただ一人なのだから。

ふらりと、バルクホルンは立ち上がった。
ハルトマンは、二人がかりで殺された。その内の一人は、ここで死んでいる。
だが、もう一人はどこかへ逃げ出した。
見つけなければいけないと、バルクホルンは思った。

見つけてどうするのか、バルクホルンは決めていない。
どうしてハルトマンを殺したのか問い質すのか? ハルトマンを殺した罪を償わさせるのか?
軍人として、少女を保護するのか? 親友を殺された一人の人間として、私怨を晴らすのか?
……決めていない。決めないことに決めた。
見つけたときの感情と理性に、任せることにしたのだ。

力なく垂れるハルトマンの身体を、バルクホルンは背負った。
ハルトマンの遺体をこのまま置いていくことは出来なかった。
小柄なハルトマンの身体なら、怪力の能力を持つバルクホルンにとっては大した負担にはならない。

「軽い……な……」

ただのモノとなってしまった死体は、生きていたときに比べて重く感じるものだ。
だが、ハルトマンの身体は、それでも軽かった。
思い出す。事あるごとに怠慢の気を出していた、ハルトマンのことを。

『え~、トゥルーデ、おんぶしてよおんぶ~』

思えばハルトマンの懇願を、叶えてやったことはなかったかもしれない。
カールスラント軍人の規範から大きく外れたハルトマンの態度に檄を飛ばすばかりの毎日だった。

「一度くらい……言うことを聞いてやってもよかったかもしれないな……」

ぽつりと漏れたバルクホルンの独り言を、聞いた者はいなかった。

 ◇

『トゥルーデはさー』

『うん? なんだハルトマン』

『ほんっと姉バカだよねー』

『なっ、なななないきなりなにを言うんだ!? 私のどこが姉バカだとっ……!』

『あ、宮藤』

『なにッ!? ……って、いないじゃないか』

『あはは、こーんな見え見えの嘘に引っかかってくれるから、トゥルーデって面白いよね』

『ハールートーマーンー! まったく、お前はどうしていつもそうなんだ』

『お前にはカールスラント軍人としての心構えが足りん! でしょ? もう聞き飽きたよー』

『分かっているならそれらしくしろ! だいたいだな、お前がいつまでもしっかりしないから私がこうやって私生活まで面倒を見ることに……』

『いつもありがとね、お姉ちゃん♪』

『……そうやって誤魔化そうとしても無駄だぞ』

『うーん、宮藤がお姉ちゃんって呼んだらゼッタイそんな態度取らないだろうになぁ』

『当たり前だ。どうしてお前にお姉ちゃんと呼ばれなきゃならんのだ』

『そんなに私って妹っぽくない? 結構庇護欲唆ると思ってるんだけど』

『むしろお前こそ姉だろう』

『あー、ウルスラのこと? まー確かに私もお姉ちゃんなんだけどさ』

『まったく、少しは姉らしく妹の見本になるように心がけてみろ』

『あーあ、トゥルーデったらつまんないの。私のこと全然わかってくれないー』

『こっちこそお前の考えがこれっぽっちもわからない。いったい私にどうしろと言うんだ?』

『私のこと、妹だと思って甘やかしてよ』

『断固断る』

『えー、そんなー』

『いいかハルトマン。私はな、お前のことを妹だと思ったことは一度もない』

『えぇー……なんでそんなテンション下がることを……』

『いいから最後まで話を聞け。私にとってお前は、背中を預けられる戦友(とも)だ。
 階級こそ違うが、私とお前は対等な立場だと思っている。だからこそ妹扱いなど出来ないのだ。
 ……ん? どうしたハルトマン、なんでそんなに嬉しそうなんだ?』

『えへへ。だって嬉しいんだもん』

『まったく、変なやつだなお前も……』

『大好きだよ、トゥルーデ』

 ◇

かつての会話を思い出しながら、バルクホルンはハルトマンを背負って歩き、そしてとある場所まで辿り着いて、その足を止めた。
崖の上だった。いったい何が原因でこんな地形が生まれたのだろうか。
舗装も手摺もない自然のままのそれは相当な高さを有していて、下には巨岩がごろごろしている。
もしも注意散漫なまま夜闇を歩いていたならば、足を滑らせて下まで真っ逆さまに落ちていた可能性も少なくはない。
実際、既に、そんな運命を辿ってしまった少女が、ぴくりとも動かずに、倒れていた。

――完敗だ、と思った。
『生きているやつだけが勝者で、死んだやつはみんな敗者だ』
戦火の中、幾度と無くこんな言葉が交わされた。だから何としてでも生き残れと、そんな意味を込めた言葉だった。
それは嘘だったと、たった今気付いた。
バルクホルンはまだ生きている。だけど、間違いなく――勝者ではなく、敗者だった。
どうしようもなく、負けていた。

下で倒れている少女の服に見覚えがあった。あれは――ハルトマンを襲った二人が着ていた制服だ。
顔こそここからでは見えないが、背格好や髪型も一致している。
しかし、手足がありえない方向に曲がっている。少女の身体からは、何か――そう、血のような何か――が溢れ、巨岩を濡らしている。
誰がどう見たところで、この状況はこのように判断されるだろう。
『少女はここから足を滑らせて落下し、岩に全身を強く叩きつけられてそのまま絶命した』のだと。

感情も理性も、一瞬で霧散してしまった。やり場がなくなったのだからしょうがない。
渇いた笑いすら漏れてきそうだった。
しかし実際には顔面の筋肉は一切機能せず、無表情のままだった。
全身から力が抜けていくのが分かる。少しでも気を緩めれば、その場に崩れ落ちていただろう。
だがバルクホルンは僅かに残った気力を以って、なんとか二つの足で己の身体を支えていた。
ここで膝を突けば、もう二度と立ち上がれない気がしたから。

じっと、少女の亡骸を見つめた。
バルクホルンは、どうしようもなく負けている――だったら、死んだ彼女は、勝ったと言えるのだろうか?
言えないだろう。死んだ人間に、その先はない。
エーリカも、バルクホルンが捻り殺した少女も、崖下で絶命している少女も、みんな等しく負けている。
こんな馬鹿げた殺し合いに巻き込まれた全員が、勝者のいない争いを強制されている。

 ◇

バルクホルンは、踵を返して崖に背を向けた。
これ以上少女の死体を見ていたところで、何も変わりはしない、始まりもしない。
何より、ずっと見つめていると――そのまま自分まで崖下へ吸い込まれるかのような錯覚に陥りそうだった。
それは、甘美な誘惑だった。
全てを投げ出してしまえば、どれだけ楽になれるだろうか。
苦しみも悲しみもないままに、永遠の平穏が手に入れられるような気がした。
だがバルクホルンは、自分がそんな選択肢を選べないということは重々承知していた。
魔女として目覚めたあの日から――故郷と妹を守ると決めたあの日から――バルクホルンは、戦い続けてきた。

今さら生き方は、変えられない。
だからここでも彼女は、戦い続けるだろう。
精神を擦り減らし、痛みを抱えながら、それでも守りたい人々が笑えるように、武器を手に取るだろう。
――衝動に身を任せて一人の無力な少女を捻り殺してしまったその手で、誰かを救おうと必死に足掻くのだろう。



【一日目・黎明】
【B-2/崖近辺】

【ゲルトルート・バルクホルン@ストライクウィッチーズ】
【状態】健康、精神疲労(大)、返り血で全身血塗れ
【装備】なし
【所持品】基本支給品、ランダム支給品0~2
【思考・状況】
1.…………
2.501の皆に会いたい……あの瞳を見たい

023:第23話 投下順 025:第25話
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最終更新:2016年09月08日 10:26