尾田栄一郎

登録日:2019/06/01 Sat 17:42:42
更新日:2024/03/07 Thu 19:19:46
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尾田栄一郎(おだ・えいいちろう)は日本の漫画家である。
愛称は「尾田っち」。


●目次

□プロフィール

生年月日:1975年1月1日
出身地:熊本県熊本市
血液型:A型


□概要

週刊少年ジャンプを代表する漫画家の1人。
代表作は『ONE PIECE』。
変わった苗字だが本名で、家を借りる時などはペンネームなしに本名にしたことを後悔したこともあるとか。

妻は舞台版でナミ役を演じた稲葉ちあき、娘が2人いる。
ちなみに娘の学校では『僕のヒーローアカデミア』が大人気で、遠足のバスで『僕のヒーローアカデミア』OPが流れたこともあって、娘から「パパの漫画大丈夫?」と聞かれたことがあるらしい。

◇参考文献・出典

  • ONE PIECE 10周年記念誌『ONE PIECE 10th Treasures』(10年分振り返り、田中真弓との対談)
  • サイト「まんが☆天国」特集記事「まんがのチカラ」2007年12月10・17・25日インタビュー(現在は閉鎖)
  • DVD付分冊マンガ講座『ジャンプ流! vol.3 まるごと尾田栄一郎』(2016年2月4日発売)
  • 特別番組「『ONE PIECE FILM GOLD』メイキング 『まさかの神降臨!尾田栄一郎がはじめて語る、ワンピースの真実に濱田岳も驚愕 SP』」2016年7月23日放送
  • 『ONE PIECE magazine Vol.1~3』
  • サクライタケシ『少年ジャンプに人生賭けてみた』
  • ONE PIECE.com ウソップの、これはホントだ! 2017/09/13『「歴代担当編集さんに『ONE PIECE』について根掘り葉掘り聞いたぞ!」の巻』
  • バラエティ番組『ソッキング』2018年1月4日放送
  • 『サンドウィッチマンの週刊ラジオジャンプ』2018年3月24日・3月31日放送
  • バラエティ番組『ホンマでっか!?TV』スペシャル2019年1月9日放送
  • 特別番組「ワンピース最新映画公開記念番組 ひとつなぎの大宴~スタンピード編~」2019年8月5〜9日放送…偶然近くでご飯を食べていたのでスタジオに来訪
  • 特別番組「嵐ツボ」2020年8月27日放送
  • バラエティ番組『ホンマでっか!?TV』スペシャル2022年8月10日放送



□来歴

◇少年時代

父親の趣味が油絵だったので、その影響で幼い頃から絵を描くのが好きであった。
4歳の頃に漫画家という職業を知ると「大人になっても働かなくていいんだ!」と勘違いし、漫画家を目指すようになる。
初めて読んだ漫画は『怪物くん』で、これを読んだ事で漫画家になる決心がつく。
また、小学5年生の時に『キャプテン翼』に出会い、これに影響されてサッカー部へ入部している。
この経験が、自分の漫画でチームの楽しさを描くきっかけとなっている。

中学2年生の頃から本格的に漫画家の修行を開始。
小さなバイキング ビッケ』の影響で、この頃から「少年ジャンプで海賊漫画を描きたい」と目標を決めており、アイデアをコツコツと貯め始めていた。

高校の頃に小学校時代から続けていたサッカーを辞め、漫画家になるための修行に励む。
そして在学中に、『薔薇亭』支店でアルバイトをして交通事故に巻き込まれて鼻の骨が折れながらも気合いで「月火水木金土(つきひみずきこんどう)」のペンネームで短編漫画『WANTED!』を投稿。新人賞の手塚賞に準入選するという快挙を成し遂げる。

◇アシスタント時代

しかし、短編漫画『WANTED!』が入賞した当時の手塚賞が月刊少年ジャンプだったことを後で知り、週刊少年ジャンプを目指したかったので翌年には『一鬼夜行』を投稿し、1993年のポップ☆ステップ賞にて入選。

大学は九州東海大学工学部建築科に進学するが、大学生はつい遊んでしまう・埋もれてしまう危機感が大きく、『一鬼夜行』入選もあって「この時間がもったいない」と考えて、僅か1年で中退し上京。

甲斐谷忍(約1ヶ月)、徳弘正也、和月伸宏(約4ヶ月*1)などの漫画家のアシスタントを務め、1994年には読切『MONSTERS』を発表。
特に徳弘正也氏は尾田氏自身も『師匠』と語っている。


当時の尾田氏の才能を見抜き、あえて厳しくした担当久島薫氏によって多くのネームをボツにされては新しいネームをほぼ毎週提出するという根性で力を蓄える。

読切の案すら約1年ほどボツにされ続けることには当然内心不安だったようで、久島氏とはケンカのような打ち合わせをしていたこともあった。
2018年六本木での『創刊50周年記念 週刊少年ジャンプ展VOL.2』のコメントでは、「描いても描いても雑誌に漫画を載せてもらえない地獄の2年。今考えればたった2年だが当時はまだ漫画家になれるかどうかの瀬戸際なわけで1本落ちる度、子供の頃に光り輝いていた漫画家への道が薄暗く不確かな物になっていく。これがウケなかったら終わりだ。」と、当時の心境を振り返っている。
『ジャンプ流 vol.3 尾田栄一郎』&ドラマ『オー・マイ・ジャンプ!~少年ジャンプが地球を救う』2018年3月17日放送では、2年間紙面にすらのらず精神的に追い詰められて一度は1週間部屋すら出られなくなり水で生き延びるような状態になってしまうが、今まで厳しかった久島から「俺は、お前みたいに頑張って、報われなかったヤツを今まで見たことがない」と言われて元気を取り戻す。
漫画のイロハを叩き込んだ久島氏に尾田氏も感謝しているという。

多くのアイディアをボツにされ続け背水の陣になっていたが久島氏のはげましもあり、ついに自分が子供の頃から温めていた海賊漫画の構想を出して『ONE PIECE』の原型となる『ROMANCE DAWN』を1996年7月ジャンプ増刊号にて発表する。
読切発表後、『ONE PIECE』は、過去『ドラゴンボール(DRAGON BALL)』にも携わった当時の編集長である鳥嶋和彦から強い反対に遭って3度も連載会議に落選し、その度に原稿をブラッシュアップして、茨木政彦と佐々木尚ら編集者たちの熱い後押しもあって鳥嶋和彦も渋々折れて連載へ。

◇『ONE PIECE』連載へ

そして1997年。満を持して週刊少年ジャンプで初連載『ONE PIECE』の連載を開始。新人ながら1話は人気アンケート1位を獲得。瞬く間に人気作へ。
連載スタートの挨拶で、尾田氏が鳥嶋和彦に「もし、ONE PIECEが売れたら『ギャフン』って言ってください」と言っていたところ、次の新年会で尾田氏と鳥嶋氏が再会した時に「約束したから『ギャフン』って言ってください」と言って、鳥嶋も「分かったよ、『ギャフン!』」と言った*2

1999年にはアニメ化がされ、人気に拍車が掛かった。
その後は一気に人気漫画家の仲間入りをし、海外でも爆発的人気を誇る。
2015年には「最も多く発行された単一作家によるコミックシリーズ」としてギネス世界記録に認定され、その人気は衰える様子を見せない。

ドラゴンボール』終了後の週刊少年ジャンプの柱として、雑誌を支えている。

2013年に扁桃周囲膿瘍で入院しており、退院してしばらくは何週かに1回休載するようになる(この件が後に磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~が連載されるきっかけになっている)。
ちなみに2014年に病気を完治させるために扁桃腺を切除している。

2016年に熊本地震が発生すると、積極的に復興プロジェクトに協力。
その際に8億円を寄付しており、2018年に熊本県民栄誉賞を受賞している。

2023年6月には、これまでの無理もあってか乱視がひどくなったため1か月休載して目の手術もすることとなった。


□制作・作風

ここでは主に『ONE PIECE』の制作・作風について解説する。

◇スケジュール

1週間のスケジュールは、ネーム作成に3日、仕上げに3日、単行本準備に1日と、休日は基本ゼロ。
また、カラー原稿には2日費やすので、これ以上の仕事量となる。
しかも毎日の作業時間は14時間以上なので、ほとんど『ONE PIECE』を描くための作業をしている事になる。

2016年7月23日放送の映画『FILM GOLD』公開記念SPでは、ネームに行き詰まっても、自分が逃げないようにとアシスタントに早めに入ってもらっていると語った。
2022年の週刊少年サンデー2022年35号での青山剛昌との対談では、体調に気を遣うようになったため無理をしないことも意識していると語っている。

入院して以降は、ようやく編集部が『ビビった』ため、休みを取れるようになり、近年は数週に1回程度の休載が常態化している。
それでも群集シーンや動物、背景は全て自分で描いている。
しかしスクリーントーンは「キリがなく貼るのに時間がかかる」という理由でほとんど使用しない。

休みと言ってもいつも休めているわけでは無く、各種インタビューやジャニーズなどをはじめとする様々なコラボ企画、映画『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』以降は、映画制作関係の仕事も増えている。
2017年より、「体力的に今を逃したらもう関わることは出来ない」ということもあって、数年以上にわたって更にアメリカでの実写化にも関わった。

◇巨乳好き

自他共に認めるおっぱいバカであり、作中に何人も巨乳の女性を登場させている。
初登場の時にはスレンダーだったキャラも、連載が進むに連れてボン!・キュ~・ボンになっている。
ただ、和服に関しては指摘があったので帯の上に乳が乗らないようにしている。
近年はウエストの細さも以前よりリアル寄りになっている。

◇ストーリー構成・こだわり

ストーリーよりも演出が大事と言う考えを持っている。
話を作る時は、まず見せ場を先に作ってから、次にそこに読者を惹きつけるためのストーリーを考えるようにしている。
『ONE PIECE』はファンタジーの世界であるが、人間の感情だけはリアリティのあるものになるようにしており、そこをしっかり守らないと 全て嘘になる と語っている。

新章に突入する時は、毎回新しい漫画を描く気分で取り組んでいる。

田中真弓との対談では、「ドラマのあるバトル漫画」にしたのは、普通のバトル漫画にした場合は『ドラゴンボール』に勝てない・『ドラゴンボール』と比較されて自分が潰れると考えたためと語っている。
同時に、感動話を狙って描くような事はせず、作家が読者を感動させようとして話を作ると、そのキャラクターが押しつぶされる事になると考えている。
また、キャラクターが泣くシーンは、自分自身が涙を流したシーンである。

また逆転王道パターンの前振りにしても鬼畜外道キャラやエグい陰鬱シーンにも定評があり、登場人物の過去に悲劇を盛り盛りにするドSっぷりから男の天竜人に準えて「 オダセン聖 」とも呼ばれている。
このいわゆる尊厳破壊に関しては徳弘正也氏の影響を色濃く受けているとファンの間で噂されている。

登場人物の台詞で説明させる事を嫌い、極力絵と動きで表現して分からせるようにしている。例えば「ルフィの心の中の声」という手法は使わず、ルフィの考えたことは常に言動で表現している。
流行りものネタは廃れていくという理由で扱わず、古典的なものや自分が発信するもので構成するようにしている。

完璧なものはつまらない 」と考えている。
そのため、シャーロット・カタクリのようにあえて「完璧というコンプレックス・重圧に悩むキャラ」をつくったり、田中真弓との対談では、神・エネルのクールな姿は驚き顔(通称「エネル顔」)を描くためだけの前振りだったと明かしている。

週刊誌連載と言う事もあり、読者をとにかく楽しませるために毎週何か1つは読者をびっくりさせるものを入れようと心がけている。
また、「作中で恋愛は描かない」「殺人や死亡シーンはなるべく描かない*3」「激しい戦いの後はルフィ達が宴を始める」という事を必ず守っており、
15歳の頃の自分が見て楽しめるものになっているかどうか確認しながら作品を作っている。

◇作画

徳弘正也から教わった、「描き込みは伝わるんだぞ」が心に残っており、作画に手抜きをしない。

また、当然アナログ作画ではじまった『ONE PIECE』だが、『ONEPIECEイラスト集COLORWALK8 WOLF』にて、往年のファンのことも考えて、『ONE PIECE』はアナログ作画で終えるつもりだと語っている。

きちんとデジタルに興味をもっており、近年は単行本表紙の下書きをデジタルで行ったり、『ONE PIECE magazine』でのお遊びイラストは清書も含めてデジタルで描いてみる試みを楽しんでいる。

『ONE PIECE』では極端にデフォルメされたキャラもいるが、これはトイデザイナーのマイケル・ラウの影響もあると『ONE PIECE magazine』Vol.9で語られている。
また、『COLOR WALK7』での徳弘正也との対談で『新ジャングルの王者ターちゃん』281話で背景のたくさんのキャラクターを描く仕事を任されて頑張ったものの、完成した原稿を見て「自分の絵が人物をシルエットで描きわけられていない」ことに愕然したことを明かしている。
そのときの反省からいろんな輪郭を描いて全部違う顔を作る練習をして今日に至ったとのこと。

◇テレビアニメ制作

自身の漫画スケジュールから、アニメ制作は基本的にノータッチ。

37巻SBSによれば、アニメスタッフからアニメオリジナルの『悪魔の実』の名称と能力について、原作とかぶる予定がないかチェックする程度。

といっても処理能力の都合上であり、声優陣とはジャンプフェスタで共演したりと仲も良い。
2013年週刊少年ジャンプ10号の巻末コメントでは、「ハウステンボスへアニメスタッフ250人と旅行のはずが雪で飛行機欠航。また今度に」と述べるなど、スケールの違う交流をしていたりする。
アニメは欠かさずチェックしてる様子で、トニートニー・チョッパーは声優の演技に影響されて原作内でキャラクターの方向性が変わったことも。

◇映画制作

『ONE PIECE』映画はかつては右肩下がりだった。
映画やアニメは基本お任せの尾田氏だったが、宣伝媒体として大切なものとも思っており、「映画が終わってアニメが終わり…」という負の連鎖が起きることを危惧し、映画『STRONG WORLD』の制作にがっつり関わった。

そして、原作者が関わったという触れ込み・入場特典の0巻もあって『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』(2009)が大ヒット。
尾田氏自身も特別番組「『FILM GOLD』メイキング」インタビューで「意味の分からない爆発力が起きた」と振り返っている。

映画業界のこのことに対する衝撃も大きく、以降、『BLEACH』『HUNTER×HUNTER』『FAIRY TAIL』『鋼の錬金術師』などの漫画作品の劇場版では前売り券や来場者特典に原作者の特典冊子をつけることが通例となっており、「0巻商法」と言われることも…。

『STRONG WORLD』のヒット以降、映画制作側も尾田氏をなんとか映画制作に関わらせようとしており、「FILM GOLDオフィシャルムービーガイド」では、作業量が膨大になってしまうことから尾田氏は映画製作から少し離れようとするが、そしたらなんと映画に「CEO」として関わってほしいと言われたという(性悪な言い方をすれば「映画製作にあまり関わらなくても、なにがなんでも映画に名前を貸してほしい」と言われたことになる…)。
結果的に脚本を自分がした場合は「製作総指揮」、脚本が自分でない場合は「総合プロデューサー」の形に統一することにした。

尾田氏本人としては勿論映画に関わることはあまり乗り気ではなく抵抗に抵抗を重ねたが、映画を作る以上、「自分の名前に期待してきた人たちをがっかりさせるわけにはいかない、逃げ場はない」とある種の諦めと責任を感じて製作に携わったという。
また、映画によって原作の部数が伸びること自体も理解しているため、今後もやり続けるしかないだろうとも語っている。

膨大な設定画の他、脚本が自分ではない『FILM Z』『FILM GOLD』では、制作陣でのイメージの統一に必要なものはキャラクターのバックボーン(過去)であると考えたため、NEO海軍総帥ゼットギルド・テゾーロの過去の概略について自ら書き下ろしている。

ONE PIECE STAMPEDE』では尾田氏に負担をかけすぎないことが前提となったためアニメスタッフ陣が頑張ってストーリーやダグラス・バレットなどのオリジナルキャラを煮詰めた。
尾田氏もしっかり監修しつつ制作途中で「もっと面白くなるはず」と発破をかけたり、ルフィのセリフをチェックしたりラフテルの情報の先出をしたりした。

ONE PIECE FILM RED』では赤髪のシャンクスを出すにあたって再び大きく映画製作にかかわっている。


□人物

  • ファンサービス
『ONE PIECE』の単行本のおまけページ「SBS」では全力ではっちゃけており、そこで読者から色々と突っ込まれている。
他にもそこで作品の裏話や裏設定も明かしている。
どんなに忙しくなってもSBSを続けることについて、サイト「まんが☆天国」特集記事「まんがのチカラ」2007年12月25日インタビューなどでは「子供のころ、あるまんがの読者コーナーが途中で無くなっちゃったんですよ。とても楽しみにしていたので、すごくガッカリして。だから、自分がまんが家になったら、絶対に読者コーナーを続けようって決めました」とその理由を明かしている。

  • インプットとアウトプット
連載が忙しいものの、情報収集は欠かしておらず、息抜きの時間に新商品を見たり買ったり、ゲームを(仕事場のお金でも問題ないから)スタッフにやってもらって、その映像を見て流行を追っている。
『ONE PIECE』に世俗の話題は直接的には出ないものの、世間について行けなくなるものは致命的だと自分でも語っている。
作り手故に純粋に楽しめない部分はあるものの、「世間はコレを面白いと思っているんだな」と面白さの理由を分析しながら見て自分のものにしていくのが楽しいとのこと。
情報収集と睡眠なら迷い無く前者をとると断言し、睡眠時間自体やりたいことが出来なくてもったいないと思うから好きじゃ無いと思うほど。

自宅で多くの人を招いて不定期に開くパーティー(宴)でも、HIKAKINのような話題の成功者も参加しており、観察や情報収集も含んでいるのかもしれない。

アイディアを書き連ねたりまとめたりするアイディアノートを使っているが、2週間に1冊は使い潰す
新シリーズ開始前は一気に2、3冊使い潰すこともある。

  • 『尾田先生』呼びはダメ&顔出しNG
世界的人気を誇る漫画の作者だが大御所扱いされる事を嫌っており、編集者にも「先生」と呼ばせないようにしている。本名で連載してしまったことは色々騒がれたり時代の経過によりインターネットが徐々に浸透したのもあって当然ながら後悔。
昔はコミックなどで顔出しをしていたがネームバリューの上昇やSNSの普及により現在は公の場に顔出しする事が基本なくなり、極力目立とうとはしない。
上記の熊本地震の寄付の際にはルフィ名義で寄付をし、熊本県庁でルフィ像の除幕式が行われた時には年老いた両親と出身校の東海大星翔高校(彼の時代は東海大第二高校という名)のブラスバンド部が出ていた。実は会場に設営されたテントの中からこっそりその様子を見ていたらしい。
「ホンマでっか!?TV」「ひとつなぎの大宴~スタンピード編~」「嵐ツボ」に出演した時には、ルフィの顔で素顔を隠していた。アフレコ現場ではパンダの顔で素顔を隠している。

  • お金持ちと遊び心
自宅はかなりの豪邸であり、バルコニーにミニ列車、邸内にクレーンゲーム、作業場のトイレはサメの置物があるなど、来客を楽しませるようにしてある。
「ホンマでっか!?TV」で自宅とアトリエが地上波初公開となった。
なぜか「家にはATMがある」という都市伝説が流れたが、これについては「嵐ツボ」などで作者自ら否定している。

しかし、『ONE PIECE』の連載で忙しいため、「Pokemon GO」も自宅・仕事場以外でやったことがない趣旨をジャンプの巻末コメントに書いている…。
上記のテレビ出演の際に、『ONE PIECE』のファンである明石家さんまに白ひげを模した似顔絵つきサイン色紙を贈っている。

  • 『小さなバイキング ビッケ』
特別番組「『ONE PIECE FILM GOLD』メイキング」2016年7月23日放送でのインタビューでは、子供の頃に見た『ビッケ』の(尾田氏本人の記憶によれば)「明日ぼくは父さん達と航海に出るんだ」というシーンに強く憧れており、中学の頃から海賊漫画を描こうと考えていたという。

  • 『ONE PIECE』ラスト
連載前から決めており、最終章を最も盛り上げる漫画にする事にしている。
特別番組「『ONE PIECE FILM GOLD』メイキング」によると、最初の構想では5年くらいで終える予定であったが、「面白いことを思いついたら描かないのは読者に失礼」として間延びしているとのこと(有名な例は当初の構想に無かった王下七武海最悪の世代など)。
ラストは自ら「面白いですよ」と語っており、様々な影響は受けることはあっても、ラストは当初の構想からブレていないという。
『ONE PIECE』という作品は「子供の頃の自分が納得するための作品」と語っている。
2016年(万国編・82巻発売時点)段階で物語は7割進んだと明かしており、2020年(ワノ国編第三幕・96巻発売時点)段階であと4、5年で終わらせたいと公言している。

なお、もし『ONE PIECE』の連載が終わった後は、体力的な問題からこれ以外の長期連載作は二度と描かないと決めている。
『嵐ツボ』での本人曰く「ONE PIECEだけの一発屋で終わるつもり」とのこと。

アメリカでの実写ドラマ化を許可したのも、今を逃すと話し合いやチェックに自分が関われるだけの体力は残っていないからと『ONEPIECEイラスト集COLORWALK8 WOLF』にて語っている。

  • 趣味
映画鑑賞が趣味で、好きなジャンルは任侠ものと西部劇。
他にも落語や時代劇も好きで、ワノ国ではモチーフとしてしつこいほど導入され、ジャンプの後輩である落語漫画『あかね噺』の帯にコメントを寄せている。この他、プロレスや総合格闘技も好む。
これらの趣味は作品にも活かされ、ワンピースのキャラクターには往年のプロレスラーや映画俳優をモデルとしたキャラクターが多数登場している(レザボア・ドッグスの登場人物がデザイン元のサンジ(+ジェルマ66)や、黄金期の日本映画の俳優をキャラクターモチーフとした海軍三大将など)。
ワンピース以外でも、赤犬のモデル元である菅原文太による農業産品や、『次郎長三国志』DVDのパッケージなどでイラストを描いている。

またMr.Childrenのファンで、『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』では半ば冗談で「Mr.Childrenが主題歌を担当する事を条件に映画の監修を引き受ける」と宣言したら本当にMr.Childrenになったために観念した。

  • 震災支援活動
出身地が熊本市東区であるという縁から、平成28年熊本地震のチャリティー企画にも参加している。
出身地の隣であり震災被害が特にひどかった益城町のためにふるさと納税返礼品グッズ絵を書き下ろし。
また、多額の義援金寄付もしておりその中に熊本県庁に建立されたルフィ像、県内各地に建てられる予定のONE PIECEキャラ像の資金もある。

◇交友関係

はじめて尾田氏がアシスタントを務めた漫画家。1ヶ月ほど手伝った。
尾田氏本人曰く「まだ十代だったため、礼儀知らずで思ったことをすぐ口に出すクソガキだった」が、甲斐谷は尾田が仕事の時間とかぶってしまった好きなドラマを見たいと言ったら、その時間にご飯を会わせてくれるなど優しかったとのこと。

尾田氏がアシスタントに入った二人目の漫画家。
尾田氏曰く「厳しかったが、きっちり時間通りに、だが手を抜かず仕事を終える」ため、基礎的なことも含めて勉強になったという。

ギャグとシリアスの緩急、シリアスな戦いの最中でも多くギャグを入れる尾田氏の作風は徳弘氏と共通している。
最近は『狂四郎2030』クラスの陰鬱描写が、サブキャラに頻発してるあたりも

ジャングルの王者ターちゃん』『水のともだちカッパーマン』の連載を手伝った。
丁度ワノ国編開始あたりに徳弘氏は最新作『もっこり半兵衛』を連載した為、2018年36・37号巻末コメに「もっこり半兵衛面白い。侍物なので勉強になるけど別物を描かねば、ワノ国!!」と記載していた。

徳弘氏のアシスタントの中で漫画家として大成したのは尾田氏と蒼き鋼のアルペジオの光吉賢司のみ。

  • 和月信宏(『るろうに剣心』『武装錬金』作者)
尾田氏曰く「ペン描きの際に、毛先の一本一本にまでとことんこだわり抜く人」。
徳弘氏の『ジャングルの王者ターちゃん』が終了しアシスタントを一度終えた後に4ヶ月ほど*4アシスタントを務めた。
師匠の一人である和月信宏のヒット作『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』が佳境に差し掛かったころに『ONE PIECE』の連載が開始された。

そのため、剣心の公式ムック本『剣心華伝』にも尾田氏の寄稿が寄せられている。また『るろ剣』人誅編では夷腕坊弐号機の口から麦わらマークの爆弾が飛び出すというファンサービスが行われている。
ちなみにオカマ鎌術こと本条鎌足の原案は尾田氏によるもの。ヒーハー!

  • アシスタント仲間
和月信宏のもとでのアシスタント仲間だった『シャーマンキング』の武井宏之・『Mr.FULLSWING』の鈴木信也・しんがぎん・『グラナダ -究極科学探検隊-』のいとうみきおらは、多くが和月のアシスタント出身で名を上げたことから、「和月組」の愛称で呼ばれている(ただし和月本人はあまりこの呼び方を気に入っていない)。

同じ和月組の武井宏之と和月と尾田の3人で「ふんばりカレー海賊団」なるキャラを作ったこともある他、単行本の著者近影でこの面々が映ったり、「ミキオイトゥー」が小ネタとして登場したこともある。

2002年、しんがぎんが天国に旅立った際には『ONE PIECE』扉絵の縁を黒く塗っており、今も彼の命日には仲間内で花を挙げているとのことである。

いとうみきおが後に、この「和月組」をモチーフにした漫画『月曜日のライバル -メガヒットマンガ激闘記-』を「このマンガがすごい!WEB」で連載したが、上記のように4ヶ月程度しかいなかったこともあってか序盤であまりエピソードは描かれず漫画は単行本1巻を出したまま第一部完打ち切りとなった。
そのため単行本化されずサイトにも掲載されていない後半のエピソードは現在読むことができなくなっている。

徳弘正也氏のもとでのアシスタント仲間。数少ない漫画家として生き残ってきた戦友の一人。
その縁もあり、角川コミックス・エース『ターミネーター3』コミカライズや特装版冊子『アルペジオマガジン』に寄稿している。

同期デビューの島袋光年とは大親友であり、デビュー当初からFAXでよく互いの作品をネタにしていた。JOKER? 知らんわ
島袋の『世紀末リーダー伝たけし!』でもよく作中で『ONE PIECE』がネタにされている。
島袋の不祥事により『たけし』が打ち切りになった際には、あまりにも露骨なハレモノに触るような扱い・人々の掌返しする様に、苦言を呈しているかのような作者コメントを出している。

その後も友情は変わらず、37巻SBSでは漫画家仲間達と共に温泉旅行に行ったことを語っている。
後に『トリコ』で復活を遂げた時にはこれでもかとコラボを行っている他、『トリコ』最終回が掲載された846話には島袋のリクエストに応えた扉絵を掲載した。
この絵をよく見るとシマ模様のブーちゃんと、ルフィが「3」「9」の札を持っている。つまり…。

週刊少年ジャンプ2017年33号では、『ONE PIECE』20周年記念でしまぶーが「尾田さんとの思い出漫画!」を掲載。
同年齢のしまぶーはまだ月例賞に残るのがやっとだった(と自虐している)頃に、「月日水木金土」(尾田栄一郎)の漫画に天才性を覚えており、そして1996年の手塚赤塚2大賞パーティで直接知り合った。尾田氏も方言が出るのが恥ずかしくて敬語で話しかけながら、しまぶーの赤塚賞受賞作「友達いないいない部」が面白かったと言ってくれたとのこと。同期漫画家の水元あきつぐや山川かおり(現:水元香里)などと共に、ボウリングやカラオケ、夜通し落書き大会で親交を温めたという(尾田氏は担当や編集会議で読み切りを何度もボツにされて「もうFF遊ぼう」と言って笑い合ったとか)。
そして1997年33号で『たけし』が、34号で『ONE PIECE』が連載スタートし、どちらも1話でアンケート1位を取った際には「北斗の拳以来の快挙」と編集部でも盛り上がったらしい。

2003年には一度だけしまぶーは尾田に病気で入院している妹のためにサインを依頼し尾田氏も快諾。応援のイラストとメッセージに妹も喜んだという。
2004年のしまぶーの漫画『RING』まえがきでは、『RING』が1冊だけでも天国で販売してくれることを願っている。

『トリコ』連載時に、尾田氏に「アシスタントへの指示が大変だからチーフアシスタントを雇うべきか?」と聞いたところ、「チーフがいなければ『作家⇔アシスタント』だけど、チーフがいたら『作家⇔チーフ⇔アシスタント』と風通しが悪くなるので置かない」と言われ、尾田氏のこだわりを感じたという。
『トリコ』終了後もたびたび会うが、「睡眠時間2時間を切ると頭が冴えてくる」というなどと相変わらずの漫画への狂気と情熱を見せるらしい。

2021年、『ONE PIECE』が遂に1000話の大台に到達したジャンプは当時の連載陣がそれぞれ記念漫画を描いていたが、しまぶーは現行連載中だった『BUILD KING』の他に『たけし』『トリコ』のキャラクター達も登場して尾田氏を盛大にお祝いする記念漫画を描いた。

漫画家の先輩である鳥山明を「神様」と称して尊敬している。
ドラゴンボール』は尾田の原点となった作品でもあり、この作品を読んだときに味わったワクワク感を子供達に教えるため漫画を描き続けているという。
ちなみに519話扉絵の縁が淡い色になっているのは、ドラゴンボールが全519話であるから。

  • やなせたかし
アンパンマン』が好きだったこともあり、『ONEPIECEイラスト集 COLORWALK 4 EAGLE』にて対談を実施。

  • さくらももこ
ちびまる子ちゃん』の作者・さくらももことの対談が組まれた時には仰天したらしい。

友人。尾田はさんまが長年続けるMBSラジオの番組「ヤングタウン土曜日」のリスナーでもある。
「ヤングタウン土曜日」2021年12月4日でさんまが「人々を笑わせ苦悩から解放する伝説の戦士ニカのモデルは自分かもしれない」と言ったら、LINEで「違います!」とラジオを聞いていた尾田氏から即座に否定されたという。
『ホンマでっか!?TV』2019年1月9日放送では白ひげに似せたさんまの似顔絵を、『ホンマでっか!?TV』2022年8月10日放送ではニカ風ワイリー・コヨーテを描いたマグカップ・コースター・シャツをプレゼントした。

  • 岸本斉史
同い年の岸本斉史とは不仲説が流れていたが本人たちが否定しており、「あんなに強いライバルはそうそういない」と互いに敬意を表している。
岸本氏は連載の先輩である尾田氏に最初敬語を使っていたが、年齢が同じなこともあり尾田氏の願いで敬語は取りやめた。

ちなみにサンジの名前は元々渦巻マユゲだから「ナルト」になる予定だったが、岸本が『NARUTO-ナルト-』を発表したため急遽止めたらしい。
こちらもナルトの最終回が掲載された766話ではルフィがラーメンを、ジャージ姿の男が肉を食べている扉絵が掲載。
「ナ」ミ、「ル」フィ、たぬき…もとい「ト」ニートニー・チョッパーと一緒に移っているのは狐。そしてこの店のメニューを左から順に読み上げると…。

  • 堀越耕平
かつてワンピース単行本のイラストコーナー「ウソップギャラリー海賊団」にスモーカーのイラストを投稿し、23巻に掲載されている。その後僕のヒーローアカデミア作者となり、2015年のジャンプ新年会にて長年の夢だった「尾田氏に直接お礼を言うこと」を叶えた。77巻のSBSでは丸々1ページ使ってこのエピソードが取り上げられている。

矢尾一樹とは討ち入りパーティーから交流が深い。
共に全国のジャンプフェスタを回っていた際、尾田は子供の頃からマンガに熱中していたシャイな性格だった事から、矢尾氏が夜の世界を教えようとオカマバー全国制覇しようと決めて各地を回った結果、Mr.2ボン・クレーエンポリオ・イワンコフと言ったオカマキャラ達が誕生する事になった。
また、アニメ初代プロデューサーの要望で生まれたフランキーは矢尾氏を尾田目線でイメージしたキャラクターでもある。

他のワンピース声優らとの交流も深く、尾田を労って何かあれば骨休めとして声優陣とパーティーをしているらしい。 アフレコ現場にも時折、観察に来ているとか。
10周年記念誌『10th Treasures』では、田中氏との対談で、「彼ら声優は単に声を演じるだけではなく、劇団なども主催しているため、クリエイター・演出家として勉強になる」(要約)と述べており、特に田中氏の『泣きの演技』は自分の描きたい泣き顔について得心がいったという。



□エピソード

  • 若い頃
漫画家を目指して上京した際には、「親が死んでも葬式には出ない」「故郷は捨てた」とイキがっていたと回顧していたが、前述のように熊本復興のために寄付やイラストを惜しんでいない。

  • 面白い漫画を描くには?
漫画『ヒット作のツメアカください!』第1回にて、元アシスタントの天望良一が尾田栄一郎から聞いた話が登場。
色々あってホームレスにまで落ちぶれていた天望氏を2016年の自分のクリスマスパーティに誘い、そこでの話。

面白い漫画を描く話となり、尾田氏の考えは「「自分のパンツを脱ぐ」ような「性癖丸出し」の『ヤバい』と思われるような目立つ作品を描く」こと。
これに対し、「ヤバめの作品・キャラが濃すぎる作品を描いたら、担当編集に引かれてボツにされた」という反論もあったが、尾田氏はこれに対し、「単に変なものを描くことはできる。だからこそ、自分の世間にあまり知られていない性癖・フェチ・好みを読者に『面白い!』『いい!』と説得できるような作品にすることが大事」と返した。

実際、『ONE PIECE』は、尾田氏の好きな「落語・時代劇・任侠・ヤクザ・巨乳」など尾田氏の性癖・趣味のオンパレードである。
そのせいなのかやたら尊厳破壊じみた描写がかなり作中で多い

  • 薔薇亭
コミックエッセイ『少年ジャンプに人生賭けてみた』収録「伝説のレストランバラティエは実在した!!! ~尾田栄一郎の"偉大なる航路"を追え!!~」では、尾田が高校時代アルバイトをしていた『薔薇亭』を取材している。

薔薇亭はステーキと鉄板焼きのお店。尾田氏は、高校時代、その薔薇亭の支店にてアルバイトしていた(現在、その支店は閉鎖し本店のみ)。
当時を知る料理人タサキ氏によると、当時の尾田氏は言ってしまえば「リアルルフィ」。
すごくおとなしい感じでバイト内容は皿洗いやサラダづくりや掃除といった雑用だったが、「割れにくいはずの皿を何枚も割る」「よくつまみ食いする」「前日から仕込んでいたスープを間違って捨てたことがある*5」などしており、尾田氏はめちゃめちゃ怒られたとのこと。
漫画家にならなければ海賊にでもなっていたんじゃなかろうか。

尾田氏が支店から本店に向かう車の助手席に乗っていて事故にあい、鼻の骨が折れるなど大けがを負いながらも、締め切り三日前ということもあり根性で読切「WANTED!」を書き上げ手塚賞準入選を果たしたという。
タサキ氏が尾田氏の夢が漫画家と知ったのは彼がバイトを辞める時で、漫画をよく知らないこともあってタサキ氏は「あの尾田が…」と今でも気さくに呼び捨てで呼べる人だった。
薔薇亭での料理人同士の譲れぬ言い合いがバラティエでの血気盛んな料理人になったり、料理人の手を大事にする姿が戦闘に足しか使わないサンジのキャラクターの原型になったものと思われる。


□歴代『ONE PIECE』担当編集

あまりの忙しさから、ジャンプの編集としては異例となる、「漫画担当」「メディアミックス担当」の二人体制と途中からなっている。
「漫画担当」は、漫画の打ち合わせ・原稿取りといった通常業務。
「メディアミックス担当」は、アニメやグッズの監修・イベントや映画と言ったスケジュール管理など。

漫画の人気や作者本人の忙しさもあって、担当編集に注目が集まることもあり、週刊少年ジャンプ2010年41号では、「歴代担当"偉大なる航路集会"」の企画がもうけられたり、『ONE PIECE magazine』では担当コーナーがある。

尾田氏は、56巻SBSにて「新しい担当さんに最初に必ず言う事は「僕にアイディアを出すな」」「人も話も全部自分で考えた!という自信が欲しいし、人に頼ったらまた次も人に頼っちゃうと思う。『うまくいったら自分の実力、失敗したら自分のせい』が好き」と述べているように、担当編集者にストーリーに意見は出さないようにさせている。
しかしその一方で、「最初の読者」である担当編集者の感想を非常に大事にしており、それに応じてストーリー描写に変更を加えていく。
特に、「なんでもいいからネーム(下書き原稿)について欠点を言え」と入社1年目だろうと編集者は言われるとのこと*6。逆に後々批判の多い箇所は、担当編集がその時遠慮してしまったことが一因で後から「実はちょっと…」と遠慮していたことをいうと叱られるだとか。

担当編集は、尾田氏が妥協できない性格のため尾田氏へのネーム修正の指摘と原稿完成までの締め切りの板挟みであり、原稿がよいものになるよう感想を言いつつ、尾田氏に締め切りを守るように電話をかけたりして圧力をかける嫌な役回り。
締め切りがすぎてもネームが完成していない場合、編集長や印刷会社の人から「原稿あがるの?」「部数変わるよ?」と圧力をかけられ、原稿(ネーム)が上がるまで何度も電話しつつひたすら待つ中間管理職。
当然、ネームが遅れるとイライラするが、そうして遅れつつも完成したネームはクオリティが高く、ネームを読むと疲れが吹きとぶらしい。
なお、ジャンプ編集部は新規連載をいくつ立ち上げたかで大きく評価されるため、『ONE PIECE』での担当編集の仕事ぶりがどの程度評価されているのかは不明。

ちなみに担当編集者は着任の際に『ONE PIECE』の大まかなストーリーと結末を教えられる。

近年の担当が最初に聞かれるのは、「恋人がいるか」「結婚しているか」等。
していなかった場合、深夜まで仕事をしている尾田氏から相談の電話がかかってくることがある。
相談や打ち合わせの電話は長時間に及ぶことは珍しくなく、考え込んだ尾田氏の沈黙が長く続いて寝落ち経験がある編集者もいる。

YouTubeでのONE PIECE公式チャンネルや、ONE PIECE公式サイトの開設以降は、そちらの司会役なども担当。

  • 久島薫
0代目担当。『一鬼夜行』入選の電話を尾田氏にかけたことがきっかけで尾田氏の担当となる。連載前の尾田氏を厳しく鍛え上げた。

尾田氏曰く当時の感想は「色々文句を言ってくる人」で、自信満々の原稿に次々指摘をされて、それにもめげずに連載会議に回してもらったら編集部全員に同じことを言われてようやく久島氏の正しさに気づいたりしたとのこと。
久島氏としては、尾田氏の能力が桁違いなことには気づいていたが、それゆえに最初の連載で失敗はさせられないと、ひとりよがりな作品にならないように・色んなキャラを描いて引き出しを増やせるように、とあえて厳しめにしていたが、渾身のネームを次々とボツにされて尾田氏も不満がないわけはなく当時の打ち合わせは喧嘩のようだった。それでも尾田氏のすごいところは、総ボツを食らっても1週間後には別のネームをカラーの設定画付きであげてくる根性と不屈の精神。それもまたボツにされて…の繰り返しだった。
特に読切り『MONSTERS』から『ROMANCE DAWN』まではボツの連続で、久島氏からは「キャラクターを作れ」と何度も言われたとのこと。当時の尾田氏はストーリーさえよければ問題ないという考えだったが、そんな読み切りは会議で落とされてしまっており、キャラクターの重要性を否が応でも認識させられた。

そして、尾田氏は自分のとっておきだった海賊漫画の構想である読切『ROMANCE DAWN』を描く。
『ROMANCE DAWN』の読み切りを読んだ久島氏はよく出来ているものと思ったものの、 何か決定的なもの、読む人の心の奥を揺さぶるような部分が足りないと思い 「ヤマ場での演出が足りないのでは?」と忠告。翌週、赤髪のシャンクスが腕を失うシーンが加えられており、久島氏は「イケる」と実感したという。
それでも例を見ないタイプの作品だったため、連載会議では3度も落選し、連載開始時もあまり期待されていない船出だったとのこと。

様々な苦労もあったが、今では尾田氏も久島氏に感謝しており、『ONE PIECE』成功の影の立役者といえる。

  • 浅田 貴典
初代担当。他にも『BLEACH』『アイシールド21』なども担当し、現キャラクタービジネス室室長。
漫画『ヒット作のツメアカください!』第2回に登場。まだ連載の決まっていない頃の尾田氏の家に行ってみたところ、大量のカラーイラストがあり、そのことについて聞いたところ「連載したらカラーを沢山描くことになるから今のうちに練習しておくんです」と言われたという。
また、当時から尾田氏は連載中には2週間で一冊の創作(アイディア)ノートを埋めていたという。

打ち合わせは、尾田氏がいくつかだしたアイディアの中から面白いものを選ぶ方式で、担当編集者の意見を鵜呑みにせず、その上を行く考えを自分で出してくる人だったとのこと。
連載会議(3話目くらいまでのネームと設計図を提出して連載作品を決める会議)に提出したが、何回も落ちて「なぜこの面白さが分からないのか」と当時の上司が憎かったほどと明かしており、『サンドウィッチマンの週刊ラジオジャンプ』2018年3月24日放送では「上司を全員殴る夢を見た」「怒りのあまり朝まで飲んだ」とのこと。
結局、最後のネームが一番よかったために複雑な心境でもあるという。

「コミックス1巻が出た際には、ファミレス「ガスト」での打ち合わせ前に尾田と一緒に書店で張り込んで『1冊買われるまでちょっと張ってみよう』ということをした。
担当交代の際は、帰りのタクシーで土生田に「『ONE PIECE』をお願いします」と泣いたほど思い入れがあった。

サイト「まんが☆天国」特集記事「まんがのチカラ」2007年12月17日インタビューで尾田氏は、浅田の提案か不明だが「実は魚人は第3話で登場する予定だったんですが、その時点ではボツになってしまったんですよ。でも、そのアイディア自体はずっと僕の頭の隅っこにあり続けて、アーロン編(単行本8巻~)でやっと使えた。これもホントはもっと早く出すつもりだったんですけどね。」と述べている。

  • 土生田 高裕(はぶた たかひろ)
2代目担当。アラバスタ編・空島編担当。
担当着任の際に年齢を聞かれ、尾田より年上だったため、「これから絶対“尾田君”と呼んでください、先生と言ったら怒ります」と言われた。
締切ギリギリにアラバスタ国王軍と反乱軍を描き始めたときはさすがに原稿を取り上げたかったという。

当時のジャンプフェスタ2003において、尾田栄一郎が「来年、仲間が一人減ります」と爆弾発言をしたため、周囲から土生田はなぜか「ウソップっていなくなるの?」などと聞かれて大変だったと「偉大なる座談会(グランド・トークショー)」(東京ワンピースタワー2017年8月23日開催)にて語っている。

  • 渡辺 大輔
3代目担当。

  • 川島 直樹
4代目担当。ウォーターセブン編担当。
担当中に娘が生まれた際には、尾田氏から麦わらの一味と赤ん坊を描いた特別な色紙をプレゼントされた。

  • 大西 恒平
5代目担当。スリラーバーク〜シャボンディ諸島編担当。この頃から編集が漫画とメディアの二人体制になった。
シャボンディ諸島編を担当したが、当初は「バーソロミュー・くまによってルフィ達がバラバラになること」しか決まっておらず、そのことについて尾田氏に「それだけでは少し刺激が足りないのでは無いか?」と伝えたところ、「新キャラがたくさん出てきたら面白いですか?」と帰され、約3時間後に11人の超新星のデザインと修正を加えたネームが完成していた。

  • 服部ジャン=バディスト哲
6代目担当。マリンフォード頂上戦争編担当。尾田からは「服部マン」と呼ばれる。
当時は映画『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』もあって忙しさはすさまじく、24時間以上尾田氏の仕事場にいることもよくあった。

  • 井坂 尊
7代目担当。魚人島~ドレスローザ前半編担当。
バラエティ番組『潜入!リアルスコープ』2011年3月19日放送に出演。尾田氏ははドーナツ、特にクリスピー・クリーム・ドーナツが好きであり、差し入れとして毎週12個入りのボックスを4箱ほど持っていくと明かしている。

  • 杉田 卓(すぎた すぐる)
8代目担当。ドレスローザ後半〜ゾウ編担当。約5年務めた。
しまぶー(島袋光年)の元担当であり、杉田の失敗談を聞いていた尾田氏は彼の担当就任の挨拶の際、「チェンジ!」と冗談で言った。

  • 内藤 拓真(ないとう たくま)
9代目担当。2017年1月より担当となった。主に万国編担当。
番組『ソッキング』2018年1月4日放送に出演。「一流の側近から処世術を学ぶ」というコーナーで取り上げられた。「尾田さんは高級レストランに行くときも短パンと雪駄(ゲタ)というルフィスタイル」「尾田さんは遊び心があって兄貴肌で、どんな人かというとルフィと思ってもらえれば間違いない」と語った。
尾田氏は、普段陽気だが、締め切り前となると、眠気が来ないように水とチョコレートのみで徹夜の缶詰状態とのこと。仕事机は膨大な資料でいっぱいであり、「怠けの口実リフレッシュ」といった戒めのメモも貼ってあるなど、仕事に対しては「こんなにストイックな作家はいない」と内藤は述べている。

内藤自身も常に電話を抱えており、午前3時だろうとデート中だろうといついかなるときにかかってくる尾田からの相談の電話に出るようにしている。
尾田氏から「次の展開について」「このキャラが○○と発言する」と言われて内藤自身がどうリアクションしたかで、尾田はそれが面白いか面白くないか判別し、物語を練り込んでいくという。
内藤も忙しいときは電話に出ないことは可能だが、上記のこともあって内藤も「電話で手間を取らせて自分が世界一の漫画家の時間を奪うわけにはいかない」という思いもあって電話を大事にしているとのこと。
内藤自身の工夫として、尾田氏の電話の登録名を「テンション」にして、漫画の感想を言うときはテンションを上げている。

番組収録中も携帯電話の電源を入れて手に握っていつでも対応できるようにしていたため、周囲に驚かれた。

  • 高野健
10代目担当。2019年3月より担当となった。ワノ国編担当。2019年時点で28歳で入社4年目。
2019年12月31日放送の特番『〆切カウントダウン』に出演。「白ひげとおでんが出会う」ラストとなる原作第963話の原稿を受け取るまでに密着。
締め切りまでの7日間のスケジュールで、本来4日目までにネーム(ストーリー構想の下書き)が終わっていなければならないところ、尾田氏は特にこの回のネームに納得がいかず、構成を悩みに悩む。高野は初日時点では雑談でモチベーション上げを図ったり締め切り間際になると電話をかけ続けて圧力をかけたりとしたが、5日間かけてようやくネームが完成。2日間でなんとか原稿を仕上げ、963話が完成した。
音楽に詳しいこともあり、『ONE PIECE FILM RED』ではウタの楽曲について尽力した。

  • 岩崎湧治
11代目担当。2年目の新人である2020年6月頃に担当となった。ワノ国編担当。
『すすめ!ジャンプへっぽこ探検隊!』41話によると、新型コロナウィルス問題の最中に新担当となったため、前担当の高野とはリモート会議を重ね、尾田氏との初めての顔合わせもテレビ会議。アナログ作業で終わった原稿を取りに行くときは、マスクをつけて距離もとるため、尾田氏も「まだ顔をちゃんと見たことが無い」とのこと。
2020年12月25日放送『やりすぎ都市伝説2020冬』では、誕生日にプレゼント代わりにワンピースの結末を教えられたと明かしている。
2023年少年ジャンプ12号巻末コメント・ONE PIECE公式YouTubeチャンネル3月27日動画「最強ジャンプ付録デッキで業界最強プレイヤーに挑んだ結果ー!!?」にて原作担当から交代ことが明かされた。

  • 穴山甲斐
12代目担当。


□余談

  • 一番好きなジャンプ漫画
キン肉マン』。
『ONE PIECE』に出てくるパンダマンは、元は超人募集に応募する際に生まれたキャラである。

  • 年収?
2011年5月4日放送の番組『ホントに知りたいアノ質問 バカなフリして聞いてみた』(日本テレビ)では、いくつかの会社の漫画編集者を招いて、彼らの知識を元に年収を試算。原稿料・印税・原作使用料・海外収入・キャラクター使用料を鑑みると、31億円という結果が出た。
一応、確定ではなく試算であることに注意。ただ、アシスタント時代の仲間が描いた漫画では、コンビニで少額の買い物をして万札で支払い、お釣りが邪魔だったから全部募金箱に入れてしまったというエピソードが語られており、小銭を気にしなくていい程度の収入であることは間違いないようだ。
ちなみに、累進課税という働いた・稼いだ人から税金を取る法律があるため、『幽☆遊☆白書』『HUNTER×HUNTER』の冨樫義博氏は六本木週刊少年ジャンプ展で「税金で70%程とられた」と語ったこともあるなど累進課税+αにより条件次第では半分以上税金としてもっていかれることも*7
漫画家も節税対策として、ヒット漫画家は鳥山明のバードスタジオや岸本斉史のスコットのように法人(プロダクション・個人会社)化を行っている。
尾田氏は「ビリーウッド」という名義でプロダクション化している。


□主な作品

連載作品


読切作品

  • WANTED!
  • 神から未来のプレゼント
  • 一鬼夜行
  • MONSTERS
  • ROMANCE DAWN
  • CROSS EPOCH ※鳥山明との合作
  • 実食!悪魔の実!! ※島袋光年との合作




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最終更新:2024年03月07日 19:19

*1 毎週通った期間で、その後は自分の連載の準備をしたかったため隔週の手伝いに。

*2 『サンドウィッチマンの週刊ラジオジャンプ』2018年3月24日

*3 そのためギャグでもない限り、悪役や一部のタカ派海兵以外は「殺してやる」等のセリフは使用していない。

*4 『ONEPIECEイラスト集 COLORWALK 7』での徳弘正也との対談より。

*5 嘘か真かこれがバラティエ篇ラストでサンジのスープをコックの皆が捨てるシーンの元ネタという。

*6 電ファミニコゲーマー 対談「『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】」

*7 これで税収が増えるどころか、結局スターが海外を転々としたり大金持ちが税金の安いシンガポールなどの他国に住むことを選ぶ理由の一つにもなっている。