散歩した冬の日に 25KB
ギャグ 野良ゆ 都会 借ります ゆっくりぬるいじめ
皆さんは、ビルなどに取り付けられている排気口をご存知だろうか。
いや、正確に言えば、そこから吐き出される空気の事を。
エアコン、空調設備なんてものは文字通り、室内の空気を入れ替えるためのものだ。
当然そこに至る過程として、外から空気の取り込み、そして中から空気の排出が必要となる。
途中機械による温度の変更や、それに類するものも含まれるのだろうが、それは今語る必要はないだろう。
それ自体は何の変哲も無い事実だ。ケチをつけるつもりも無い。
私だって現代人、エアコンという文明の利器に頼った経験がある。あれは素晴らしい物だ。
ただ、それは「中」からの話。
「外」側からとなると、少々都合が違ってくる。
これは、私の完全に個人的な経験から来ている話なのだが。
とある夏の日。
道を歩いていたとする。そう、ビルの間に挟まれたような小さい路地裏だ。
そこでふと見ると、右か左、どちらでも良いがどちらかのビルに排気口がこれ見よがしに取り付けられているのだ。
別に障害物となるわけではない。気に病むほどの事は無く、ただ通り過ぎれば良いだけ。
歩を進め、排気口を通り過ぎようとしたその時、
むわっ。
吹き付けられる風、と言うか空気の塊。
何とも言えない微臭。
そして何より、糞暑い中、それなりに溜まっていた苛つきを更に煽るような生暖かさ。
私は破壊衝動を高め、そこら辺にいるゆっくりを踏み潰しながら、往く、もしくは帰る。
排気口から流れ出す空気とは、かくもその様な悪意に満ち溢れた代物なのだ。
まったくもって救い難い。地球温暖化とかより先にこの問題を解決してもらいたいものである。
今のは夏の話だったが、冬もこの生暖かい風は絶賛稼動中だったりする。
夏に比べればそれなりに邪魔ではないにしても、それでもやはりちょっと臭かったり、気持ち悪い。
そもそも暖まりたければどこか室内に移動して暖房の恩恵を被ればよいのだ。
多くの人間様は、こんなものに頼る必要性を持ち合わせていない。
やはり排気とは読んで字の通り、「排」される空「気」以外の何ものでもないのだ。
いろいろと長く語ってしまったが。
まぁ、何が言いたいかっつーと。
「おがぁしゃん……しゃぶいよぅ……」
「あっちゃかいところにいきちゃいよ……」
「まりしゃ……ゆっくりしたいぃ」
「ゆっく…ぶるぶるさん、とまってね……」
「だいじょうぶだよ、おちびちゃんたち……ここならあったかいから、おかーさんとゆっくりしようね……?」
その排気口から垂れ流される温風を、身を寄せ合いながら受けているゆっくりの一家を見つけたというだけなんだけどね。
散歩した冬の日に
漸く寒くなってきた最近。
とは言っても、気温の変化は緩やかとは感じ難かった。
季節の変わり目は急だと云うが、よもや風呂入ったら秋から冬だったでござる、なんて感想を抱くとは思ってもいなかったのだ。
それ程までに寒い。正直もう既に夏が恋しかったりする。
夜にもなると更に寒さは顕著となり、息を白くして道を歩く日々である。
厚めのコートにズボンを穿き、自動販売機であったか~いコーヒーを買いながら家へと帰る。
今日もそんな一日の筈だった。
目の前に居る饅頭一家という例外さえ除けば。
でかい親ゆっくりと思われる、れいむ種が一匹。
その側には様々なサイズの子ゆっくり、子れいむ、子まりさが纏わりついている。
大体片手で数えられる程度の数。
何処ででも見かけ、何処ででも死んでいる程オードソックスな一家だった。
「ほら、おちびちゃんたち!みんなでいっしょにくっつけば、もっとあったかいよ!」
「ゆ……ゆんしょ……ゆんしょ……」
「ちょっとだけあったかくなってきたよ……」
「ゆっきゅ……ゆっくり」
「でもまださむいよぉ……」
饅頭が押しくら饅頭してる。
なんの諧謔だろう。
「……おかーしゃん、おとーしゃんかえってくるのいつ?」
「ゆ……」
「おとーしゃんはやくかえってきてほしいよ……」
「あったかいおうちみつけてくるっていってたよ……」
「おいしいごはんしゃんに、あまあましゃんもとってくるって……」
「まいしゃたち、もうまちぇないよぉ!」
「ゆ、ゆ……もうちょっとのがまんだからね、まりさはもうすぐかえってくるから……」
「おかーしゃん、もうかえろうよぉ……」
「……だめなんだよ、おちびちゃん」
「どーしてぇ!?おかーしゃん、もうおうちかえろうよぉ!」
「れいむたちは、『いそうろう』だったから……。もうあそこは、れいむたちのおうちじゃないんだよ」
「でもぉ!ごめんなしゃいすれば、きっとありしゅおねーしゃんだって……!」
「……だめなんだよ」
……………………。
「だから、まりさがもうすぐあたらしいおうちをみつけてくれるから、それまでがまんしようね……」
「れいむ、おかーさんをこまらせたらだめだよ…?おねーちゃんといっしょにがまんしようね……?」
「わかっちゃよ!まいしゃもがまんしゅる!おとーしゃん、もうしゅぐかえってくるもん!」
「ね、れいむ、いもうともがまんするっていってるよ?」
「……ゆ、わかっちゃよ、れいみゅ、がまんしゅる……!」
(……邪魔だなぁ……)
苦い温もりを含みながら、そんな事を考える。
この道は帰宅時における最短ルートなのだ。
今更迂回すると言うのは面倒だし、ゆっくりに遠慮してやる理由などこの広い宇宙を隈なく探しても見つからない。
よし。押し通るか。
決めた所で、再び歩を進める。
硬い靴底が床に当たり、その音は一家にも聞こえたようだ。
「ゆ!にんげんしゃん!」
真っ先に気付いたのは幼い子まりさ。
そこから親れいむ達が振り返り、それぞれ興味、警戒、そして恐怖の表情を浮かべている。
前者は末女辺りの子ゆっくり、後者は長女から親れいむ。
一応ゆっくりにも経験の差はあるということか。
「にんげんしゃん!ゆっきゅりしちぇいってね!!!」
「おねーしゃん、ゆっくり!!」
「ゆ、ゆっくりしていってね……?」
「……れいむ、まりさ……」
見るからに小さい子れいむ、子まりさの二匹(幼れいむ、幼まりさとでも呼ぼう)は物怖じせずに挨拶。
それよりも二周りほど大きい次女(だと思う)まりさは明らかに警戒している。
亜成体ほどの長女(だろう)れいむに至っては妹達を逃がせるように何かの算段をしているようだった。
さて、親れいむは。
「………………」
………仮に、初対面の相手がいきなり目の前で地面と熱い接吻を交わしていたら、
その意図が何であるか多少の時間は要すると思う。
見紛う事無く平伏叩頭。
どう悪意的に解釈しても、土下座以外の何ものでもない。
あるいは辞書の範例になりそうな程の、「下手に出る」態度。
自尊心だけは地球上の何者にも負けないゆっくりというナマモノが、こうまでする意味。
このれいむが今までのゆん生でどれだけ辛酸を舐めたか、この行為だけで想像できた。
「おい」
とりあえず、声をかける。
出会っていきなり土下座されるような悪行を、私はまだしていないつもりだ。
びくりと震えるデカ饅頭。恐る恐るといった様子で顔を上げ、私を見る。
分かり易い、滑稽な程の、怯えが目の中に見て取れた。
「………れいむはどうなってもいいですから、おちびちゃんだけはたすけてあげてください……」
「は?」
「おちびちゃんたちはゆっくりしたいいこなんです、れいむがかわりになんでもしますから………」
おいおいちょっと待て。土下座の次は命乞いか。
何を言っているんだこいつは。
そんなに私は恐ろしく見えるのだろうか。
少し傷付いたような気がしないでもない。
「どうか、どうかおちびちゃんたちだけは……」
「いやちょっと待て」
「ゆ?」
「いきなりそんなこと言われても意味分からん。
とりあえず私にはあんた達を殺す気は無いよ」
「ゆ!?ほ、ほんとうですか!?」
うん。とりあえず今のところは。
口には出さずに首肯だけ返す。
「私は此処を通りたいだけ。あんた達が邪魔だったから声をかけたの」
「ゆっ……よかったよぉ……」
へなへなと、その場に崩れ落ちるかのように身体を弛緩させるれいむ。
だから邪魔なんだが。
人の言うことを聞いているのだろうかこいつは。
「ねぇ、私はここを通りたいだけって言ったよね?さっさと退いてくれない?」
「ゆっ、わ、わかりました」
おちびちゃん、と声をかけて道の脇にどくれいむ一家。
冷えたビルの壁に体が触れて「ちゅべたい……」と子れいむが漏らす。
だがそこから動こうとはしない。一家揃って直立不動、私の邪魔をする気は皆目無いようだ。
「………………」
道は空いた。
もう私はまっすぐにこの道を行けるだろう。
そこには何の障害も無い。
が、私の心には一抹の好奇心が発生しつつある。
その対象は、このれいむ一家。
冬のうらびれた路地裏に佇む、どう見ても凍死を目前に控えたこの哀れな饅頭たち。
これだけならば何処にでもいるそこらの野良と変わらない。
―――――だが。
随分と、お行儀が良いじゃないか?
いっそ場違いな程、このれいむ一家は礼儀正しい。
テンプレならばここらでゲスクズカスと三拍子揃った糞饅頭が出てくるはずなのに。
不思議なことにこの一家は、少なくとも人間を恐れ、逆らおうとはしないように見える。
………なんでだろうね?
一度気になったからには聞いてみたくなるのが人の性分。
私もその範疇にはしっかりと含まれている。
ならば聞いてみようじゃないか。
「ねぇ、あんた達………」
「ゆ?」
「れいむたちは、あっちのほうからきたゆっくりなんだよ」
そう言いながら、闇夜のどこか一部分を示すように見るれいむ。
あっちの方って。分からんがな。
「そこにはたくさんゆっくりがいて、みんなできょうりょくしてくらしあってて……」
「れいむたちはそこのありすに、『いそうろう』させてもらってたの」
「でも、もうすぐふゆごもりだからって、こんなにたくさんのめんどうはみられないって……」
「だから……だがらぁ……れ、れいぶは、ばでぃざといっじょに、あだらじいおうぢをぉ……」
「あー分かった分かった、いいから泣かない」
今此処に至るまでの道程を噛み締めているのか、徐々に泣き声交じりになっていくれいむの話。
きっと饅頭なりに辛い事があったのだろう。果てなくどうでも良いが。
「で、そのまりさは何処に行ってるの?」
「まりさは……あたらしいおうちとごはんをみつけて、れいむたちのところにかえってくるって……」
「ふーん」
逃げたか。
もしくは本当に新しい住居を探しているのかもしれないが、現実はそう甘くは無い。
今もまりさはこの寒空の下、存在するかも分からない『おうち』を見つけようとしているのか。
「ところで、何でその、群れ?を追い出されたのか、良く分からないんだけど」
「ゆっ、それは……」
「働かなかったなら、それは分かる。
でもさ、あんた達は見たところ、怠け者っていう風にも見えない。なんで?」
「ゆゆっ、ゆっ……………」
「……………………ああ、成る程」
れいむの話を聞きながら、私は最近読んだ本に書かれていた内容を思い出す。
あれは―――確か、都市部に於けるゆっくりの行動学、だったか。
―――ゆっくりにとって、冬とは即ち死の季節に他ならない。
飢えに倒れ、寒さに凍え、それを避けようと穴蔵に篭り、またそこで不慮の死を量産する。
年がら年中死に続けているゆっくりだが、冬とそのほかの季節では死亡率に差があるのだ。
これは野良、というよりも、むしろ野生のゆっくりがそうであると云えよう。
では野良ゆっくりはどうであるか。
驚くべきことに、野良ゆっくりの冬における死亡率は、他のそれを下回るのだ。
(ちなみに、それでも野生のゆっくりが1匹死ぬ間に野良ゆっくりは2~3倍ほど死んでいるのだが、事実は事実だ)
自然の摂理に逆らうかの如きこの現象は、大別して三つの理由から説明付けることが出来る。
一つ、寒さを凌げることの出来る場所の多さ。
街には、様々な所にゆっくりが隠れ住むことの出来るスペースを有している。
例を挙げれば、路地裏の目立たぬ一角、公園の隅、自動販売機の下、或いは公衆便所、或いは高架の下、etc。
加えて、段ボールでも確保できればそれ自体が即席の住処としても機能するのだ。
現に、この一家はひとまず寒さを凌ぐことに成功している。
本当にひとまず、ではあるが。野良ゆっくりにとって巣とは、「隠れ住める」という条件も必要になる。
一つ、ゆっくりの活動減少。
冬になれば、ゆっくりはその寒さから多くの行動を控えるようになる。
気軽に外へ出ようとはせずに、巣に篭りがちになる。
普段用も無く外出するゆっくりは、外敵(主に人間)との遭遇により命を落とすことが珍しくない。野良ゆっくりは更に顕著だ。
だが反面、冬にお決まりの飢えとはそれほど縁が無い。人間が出すゴミという食料のためだ。
野良ゆっくりは人前に姿を晒さなければ、安全に生を送れると言っても過言ではない。
もっとも、この一家はこの時期に巣を探し、あまつさえ人間に見つかってはいるが。
最後に一つ、これが最も大きい理由となる。
これは近年になって確認されてきた事項であるが……
野良ゆっくりは、他ゆっくりとの相互間における協力度合いが、野生ゆっくりのそれとは比べ物にならないほど高い。
これは、野良ゆっくりの主な死亡原因、外敵の多さにそのまま起因する。
通常、ゆっくりとは自侭な性格で協調性がほぼ無い、という認識が一般的だろう。これは凡その所、正しいと言える。
しかし野良ゆっくりは苛酷な環境を生き抜くため、狡猾さという特長を備えた。即ち、他者を利用する事を。
例を挙げよう。
人間のゴミ捨て場を、10匹のゆっくりが窺っている。
目の前にはゆっくりからすればご馳走、宝の山。我慢しきれずに一匹のゆっくりが飛び出していった。
だが、残り9匹は動かない。凝と走る一匹の後ろ姿を見つめている。
それは何故か?
簡単である。
欲に駆られて飛び出せば、罠に掛かるかもしれない可能性を考慮したためだ。
9匹の危惧通りに現れた人間は、哀れなスケープゴートを踏みつけ、掴み、何処かへと連れて行く。
その隙を突いて、9匹はそこそこの量の獲物をきっちりと分け合った。
欲張れば諍いが起きる。そしてそれは時間を食う。いつ人間が戻ってくるか分からないのに、暢気に喧嘩?冗談ではない。
急がば回れ。慌てる乞食は貰いが少ないのだ。
かくの如し、ゆっくり達は他者を競争相手であり、撒き餌であり、盾であり、仲間と見た。
狡猾は一種の協調性と成し、それはある種の協力へと発展したのだ。
知っての通り、ゆっくりは弱い。一匹だけでは脆弱も極まるだろう。
だが多数のゆっくりが団結し、一つに纏まればその力も大きくなるのは自明の理。
野良ゆっくりは『情報』というものの価値に気付き、それを共有し始めたのだ。
直接の利害関係になくても、他者を知っているという事実は重要なことになる。
何故ならば、それは「知り合いがそこに居る」という事実自体が既に大切な情報だからだ。
もしも、知る筈の者が居なければ、そこに何らかの危険があったという可能性も考え得る。
他者の存在自体が、その場所の安全を確保しているという証明に他ならないのだ。
かくして、野良ゆっくり達は一種のコミュニティとも呼べる情報網を作り上げつつある。
これにより、保健所や加工所の野良ゆっくり狩りは、その効率を大きく引き下げることになるだろう。
コミュニティは、最低限度の能力を持つゆっくりさえ居れば、その数に正比例し拡大する―――
と。
本の内容と現状をすり合わせるうちに、大体の話は掴めた。
コーヒーを一口飲む。少し冷めてきたな。
この家族、少なくとも親れいむか親まりさは、『最低限の能力を持つゆっくり』以下の、穀潰しだった様だ。
先述のように、ゆっくり間のコミュニティは最低限度の能力さえあればいくらでも大きくなる。
逆に言えば、その能力が無い奴、それどころか皆の足を引っ張るような無能者も居るということに他ならない。
これまでれいむ一家がコミュニティに属していられたのは、何らかの情けでもあったのだろう。
来る冬に備えて、口減らしとして切り捨てられるのは寧ろ当然といえる。
そしてれいむ一家の行儀の良さもなんとなく理解できた。
こいつらは、それ以外に能が無かったのだ。
居ても居なくてもどちらでも構わないが、人が良いからとりあえず邪魔にはならない。
そんな程度の存在。
頭を下げ、媚び、諂い、情けを恵んでもらう。
無能が無能なりに編み出した処世術だったのか。
成る程、れいむ一家が此処でこうして路頭に迷っているのは、当然の結果なのだ。
寒さに震えるのも、惨めな思いをするのも、全て自業自得に過ぎない。
それに、まだこの一家は幸せな方だろう―――寒さに震える、という行為自体を行えないゆっくりはそこらじゅうに居る。
「ゆ、おねえさ……」
「寄るな、臭い」
「ゆ、ごめんなさい……」
近寄ろうとしたれいむから距離を置く。
元から野良の身なりの上に、排気口の風をたっぷりと浴びたれいむ一家の臭気は少々耐え難いものがあった。
コーヒーの残りを流し込む。
もうこの一家に対する興味は薄れてきていた。
やはり、何処にでも居るありふれた野良ゆっくりでしかなかったのだ。
それがどれほど善良な個体だとしても。
多少、気の毒ではある。
だが私には何もしてやれないし、する気も無い。
そこまでする義理も情けも私は持ち合わせていない。
―――もう、帰るか。
そう、足を踏み出そうとして、
「おねーしゃん」
「ん?」
幼まりさの呼びかけに、振り向いた。
何の用だ。
口には出さずとも、そう表情で問い質す。
幼まりさの顔には純粋な好奇心が見えた。
「おねーしゃん、そのごくごくしゃん、おいしい?」
「あ……? コーヒーの事?」
「ゆん、そのこーひーしゃん、おいしい?」
キラキラした瞳でそう訊いてくる幼まりさ。
その隣にいる幼れいむも、喋らずとも似たような態度だ。
「不味い。少なくともあんた達には。
それに私は、あんた達にあげる気は無いよ。もう無くなっちゃったし」
「ゆぅ」
「じゃんねんだね、まりしゃ」
しょんぼりする幼まりさ、そしてそれを慰める幼れいむ。
……やけに諦めが良かった。
やはり野良の割には、性格が良い。
「……っお、おねえさん!」
再びれいむが私を呼ぶ。
さっきから何だ。
「おねえさんに、おねがいがあります!」
お願いとな。
………嫌な予感がする。
褒めた途端にこれか。
「おねえさん、どうか―――」
もみあげでリボンの付け根辺りをまさぐるれいむ。
そうして取り出した先には、
「これで、おちびちゃんたちにぽかぽかさんをかってあげてください!」
それはどう見ても、千円札以外の何物でもなかった。
「……………ぁえ?」
我ながら、素っ頓狂な声が出た。
あれ? そこは「れいむ達を飼って下さい」じゃないのか?
そうして分不相応な願いを以って、人間の怒りを逆撫でするのがゆっくりだと思―――
「っていやいやいや、れいむ、それは一体、何?」
「………ゆ?………おかね、だと、おもいます………」
尻切れトンボになっていくれいむの声。
いや、確かに合ってはいるんだが。それは紛う事なきお金だが。
「たまたまひろったけど……れいむはゆっくりだから、おかいものができないんです……」
それはそうだろう。
飲食店の野良ゆっくりに対する心証は、『悪い』どころでは済まされないものだ。
見つけ次第追い払い、酷い場合は(そしてそれが殆どだが)殺してしまう。
加えて、自動販売機なども――身長などの理由で――ゆっくりが使えるような代物ではない。
総合して、ゆっくりが持つ金銭など、猫に小判の喩えそのものと言って良い。
「おねえさんは、れいむたちのおはなしきいてくれたいいひとだから……
おねえさんならきっと、ぽかぽかさんをかってくれるとおもって………!」
ゆっくりが持って無意味なものでも、人間が持てば意味を持つ。
ならば、人間に頼んで買い物をして貰おうというのか。
それは、全く以って正しい。
「おねがいじばず!!おぢびぢゃんだぢに、どうかぽがぽがざんをがっであげでぐだざい!!!
ほがのひどにはたのべないんでずぅ!!おでがいじばずぅぅ!!!」
再び土下座。それも滝のような涙を流して。
必死すぎる。
逆に言えば、それだけ追い詰められているということか。
「おでがいじばず……どうか、どう゛かぁ………」
冷えた道路は痛みさえ齎すだろうに、それでもれいむはぐりぐりと己の顔を擦り付けている。
「………あのさ、そこは普通、『れいむ達を飼って』とか、そんなんじゃないの?
そうすればこんな場所に居る必要もないんだし……」
ピタリ、とれいむの動きが止まる。
そこから一際大きく、ブルルッ、と震えた。
「………れいむ゛たちは『のらゆっくり』だから゛、かっても゛らうなんてむ゛りなんです………」
「は?」
「ぱちゅりーも、ま゛りさも、おむかいのれいむも……
『にんげんさんにかってもらう』っでいって、それで、ずっどゆっぐりしぢゃいまじだぁ」
「ほがにも、たくざん、たぐさん……『かいゆっくり』になろ゛うとして、ゆっぐりしちゃったゆっぐりが、いる゛っで。
ありずが、おじえでぐれまじたぁ」
「だがらぁ……どうか、おねがいじまず……おちびぢゃんに、ぽかぽかざんをぉ……
それだげでいい゛んでず、どうか、どう゛かぁ………!!」
「………………………………………は、ははっ」
思わず。
笑ってしまった。
自分達は野良ゆっくりだから、どう頑張っても飼いゆっくりにはなれない、か。
何匹も何匹も、そんな幻想を求めて死んでいった仲間を知っている、か。
だからそんな夢よりも、今はよりちっぽけなものに縋りつきたい、と言うのか。
―――――このれいむ、弁えている。
素晴らしい。
全く素晴らしい。
これほど面白いゆっくりに会ったのは久しぶりだ。
拍手喝采を送りたいほどだ。
無能だから群れを追い出された?
馬鹿を言うな。
こいつらにはそんな事より大事な、己の分というものを知っている。
寧ろ野良でいさせることが惜しいほどだ。
「れいむ」
「ゆ゛、はい゛っ」
思えば何と不憫な連中だろう。
生まれる場所さえ違っていれば、きっとこの一家は幸せな一生を送れたはずなのだ。
それをどう間違えたか、こんな場所で、こんなに哀れに。
だから。
初めはそんな気など微塵も無かったのだが。
「その千円札、よこしなさい。
………買ってきてあげる」
ここは一つ、情けをかけてやろうじゃないか。
「ゆ゛ぅ……よかった……よかったよぉ……!」
「おねーちゃん、ぽかぽかさんたのしみだねー」
「ねー」
そんな会話を離れて聞きつつ、私は自動販売機の前に立っていた。
手の中の千円札は薄汚れている。
だがまぁ、使えないほどではない。
れいむ達は「ぽかぽかさん」と言っていたか。
その要望を叶えるには、コーヒー……では不可だろう。
ゆっくりの舌には苦すぎて、とても飲めた物ではない。
相応しいとするならば、恐らくこれであろうか。
「あったか~い」と銘打たれている、つぶ餡入りお汁粉、120円。
一本で十分だろう。そういえば、釣銭をどうするか聞いていなかった。
………頂いてしまおう。
他に、めぼしい物は……無し。
と、すれば決まりか。
指を伸ばしてボタンに触れ、
―――――お決まりの落下音。
私は取り出し口から目的のものを取り、釣銭用のレバーを引く。
戻ってきたのは500円玉一枚に、100円玉が四枚。
900円だった。
「お待たせ」
「ゆわーい!!」
「ぽかぽかしゃんだー!!」
「ゆううぅぅぅ!!ありがとうございばず、ありがとうございばずぅ……!!」
戻ってきた私を迎えたのは、歓喜と感謝の声。
特にれいむは、三度目の土下座をするほど感極まっていた。
「おねーさん、それがぽかぽかさん?」
「ああ、そうだよ」
「おねーちゃん!ぽかぽかさんだってー!!」
「やったね、まりさ!!」
長女れいむと次女まりさも喜色満面、最初の警戒が嘘のようだ。
「おねーちゃん、ありがちょー!いっしょにゆっくちちようね!!」
「れいみゅも!!れいみゅもいっちょにゆっくちしゅる!!!」
「そうだね、一緒にゆっくりしようね」
適当に相槌を打つが、それでも幸せそうな満面の笑顔。
思えば最初から幼まりさと幼れいむは私に対して一切の警戒を抱かなかった。
「このごお゛んは、いっじょうわずればぜん!ありがとうございばずうぅ!!!」
「いいんだよ、そんな大層なものじゃないし」
れいむの金で私が買い物をしたと言うだけの話なのだから。
「ほら、あんた達。そこに並んで、口を空けて」
「ゆ?」
「今から私が飲ませてあげるから。
あんた達、手が無いでしょ?コレを噛み千切るってのは無理があると思うし」
「ゆ、そうだね!ありがとうおねえさん!ゆっくりひらくよ!!」
そのまま「ゆぁ~ん」と、一様にその大きな口を開けるれいむ一家。
少し苦笑してしまう。私が言い出さなかったら、どうするつもりだったのか。
まさかまた他の人間を捕まえて、開けてくれるように頼みでもする気だったのかもしれない。
出会って数分、たったそれだけの時間でこの一家は私をここまで信頼している。
もはや野良ゆっくりには見られなくなった気質。
おそらくこれが、本来の「ゆっくり」という奴なのだ。
返す返すも、このゆっくり達が不憫でならない。
こんな所で寒さに、飢えに苦しむのは彼女達にとって不幸でしかない。
出来得る事ならば、そんな目には遭わせたくなかった。
私と別れた後も、彼女たちは不幸でい続けるのだろう。
それを回避するには、どうしたら良いか。
だから私は、そっと、
―――――ペットボトルのキャップを外し、中身のミネラルウォーターをぶち撒けた。
「ど、どぼ、どぼぢで」
今度こそ本当に帰ろうとした私を、れいむが呼び止める。
歯の根が合わず、ガチガチと鳴らすその姿は「暖かい」などと云うものからは無縁だろう。
―――当然だ。頭から冷水を被って、濡れ鼠ならぬ濡れ饅頭になったのだから。
むしろ今すぐ凍死してしまわないのが不思議な程だ。
「お゛、お゛ね゛え゛ざん、どぼ、じで、ごんな゛、ごど」
息も絶え絶えに言葉を紡ぐれいむの側には、同じく4つの濡れ饅頭。
長女れいむと次女まりさはひたすら震えるだけの物体と成り果てている。
幼れいむと幼まりさは……水を掛けられたショックで逝った様だ。ピクリとも動かなかい。
「れ゛、れ゛いむ゛は、お゛ね゛えざんを」
「あのね、れいむ」
振り返りつつ、答えてやるとする。
きっとれいむは、何故私がこんな事をしたのか知りたいだろうから。
「どうしてこんな事をしたのか、ですって?
決まってるじゃない。簡単なことだよ」
「―――あんた達が可哀想だったから、情けをかけたのさ」
それに尽きる。
でなければ、どうして私がこんな事をするのだろうか。
この無能な家族は、野良には相応しくない善良なゆっくりだった。
そして野良らしく、惨めに苦しんでいた。
寒さに震え人に慄き、帰るかどうかも分からない父親を待っていた。
それを哀れと思うのに、不思議な点など何一つも無い。
仮に、私がれいむの為に餌を恵んでやったとする。
それは感謝されるだろう。つい先ほどまでのように。
だが、それで終わりだ。
後の彼女たちを待つのは、長い冬と、寒さと、飢えしかない。
それを見過ごせないのなら、いっそ本当に飼いゆっくりにしてやれば良いか。
生憎だが私は、そこまで優しくはない。
哀れだと思うから飼ってやる――とは、どうしても思えない。
れいむも弁えていたように、野良ゆっくりが飼われる事など、そう有り得る話ではないのだ。
では、どうするか。
その場限りの情けは無用。飼ってやる程の義理は持ち合わせていないとなると、何をすれば良いか。
幸いにも私は、その問いに対して一つの答えを持っている。
出来るだけ苦しまずに、死なせてやれば良い。
どうせこの先生きていても、野良ゆっくりに幸福など訪れない。
で、あるならば――すっぱりとその生を断ち切ってやるのも良いのではないか?
そう、例えば、凍死とか。
濡れた身体とこの寒さは、容赦なく体温を奪っていく。
やがて感覚は麻痺し、寒さというものすら分からなくなって、ただ凍えるよりも簡単に、呆気なく、逝く。
じわじわと押し寄せる冬や、飢えや、あるいは人の暴力に晒されて死ぬよりも―――何倍もましな死に方だろう。
だから私はこの行動を選択した。
一日生かして残りを苦しみ抜かせるより、苦しみを味わわせる前に終わらせてあげた。
これこそ慈悲というものだ。
「まぁ、なんだ。あんた達」
涙も凍りついた、と言う表情のれいむに告げる。
「今回、って言うかさ、生まれつきが悪かったと思うんだ。
よりにもよって、野良ゆっくりの、れいむ、まりさ種とか」
れいむ達は、私の気持ちを理解しないだろう。
が、構わない。
『救い』には、こういう形もある。
「だからさ、来世――があるとすればだけど………
その時にはもうちょっと、ましなものに生まれてこよう、な?」
もう振り向かない。
私は家へと続く道を歩き始める。
れいむはもう、何も言わなかった。
帰り道を歩きながら、ふと思う。
―――情けをくれてやったのは良いが、あれはゆっくりの死体という生ゴミを作り出す行為ではなかったか?
しまった。
その事に考慮が全く行き届いていなかった。
個人的動機で、公共の場を汚すなどあってはならない事だ。
明日の朝は、ゆっくり酔うビニール袋でも持って行った方が良いかもしれない。
凍りかけの饅頭5個がそのままになっていたら、私がしっかりと回収しなければ。
自分で出したゴミは、自分で捨てる。当然の事だ。
そう思いながら、私は歩き続けた。
これは蛇足だが、歩いている途中にゆっくりの死体を見つけた。
ゆっくりまりさ、だったと思われるもの。
顔が潰され、帽子も無いのであくまで推測に過ぎないのだが。
大きさは、ちょうど先程のれいむと同じくらい。
点々と続いていた餡子から推測するに、こいつは私のもと来た道に向かっていたようだ。
まぁ、それがどうしたと言うことも無く。
私は気にせず、そのまま去った。
おわり
* * * * *
話の構成的に駄文。
だけどゴミ箱に沈めるのも勿体無いので、こうして供養させました。
ゲスをぶっちめるのも良いけど善良なゆっくりを理不尽に絶望、蹂躙するのも素敵だと思うんだ。
お久しぶり。
色々忙しかったけど人心地ついてまたSS書きました。
ほら、これリハビリも兼ねてるから「つまらん」とか「善良に見せようと無理して装ってない?」とか叩かないでね!
byテンタクルあき
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- ↓はいはいニートニート -- 2016-01-31 10:50:22
- 内容も好きだが文章、というか文体も好きだ
良質なSSを読ませてもらいました。感謝
ただ冒頭の排気口の流れ、エアコンは熱交換だから内部の冷却に対して外部に熱排出がある
それは分かっているような口ぶりだが、地球温暖化云々を言うなら冷房自体をやめろというに他ならず
無知なのかなんなのかよく分からない。
もっとも、このお姉さんがそうだというだけで作者はそういうキャラを描いただけだと思うが
冬場は暖房の熱交換で室外機は冷気を吐き出すんだけど、温風と言うことは
ボイラーの廃熱とかの暖房機の排気なのかな? 無煙とは言え油の燃えた臭いは確かにキツイw -- 2012-12-30 16:17:56
- 120円のお汁粉買ったはずなのに、釣りが900円ってのに首をかしげたんだが。成る程。確かに水なら100円でかえるもんな。 -- 2011-09-08 06:03:51
- でいぶのおぢびぢゃんがああああああああああ!!
とか言う間もなく逝ったのかね? あ、それはゲスのセリフかw
それにしてもこのおねえさん冷めてるなぁ・・・素敵だ -- 2011-08-27 02:51:00
- >なぜわざわざ水掛けたんだこの人?
おもしろいからでしょ
温かいあまあまが来ると思ってるところに冷水をぶっかけるなんて最高じゃないw
苦しまずに死なせたいとか言いながら虐待しちゃうところがまたおもしろいw -- 2011-05-26 05:27:14
- 苦しまずに死なせたいならサクッと潰してやればいいじゃないの
もっと手軽で金もかからず何より自分の目的に沿った方法があるのに
なぜわざわざ水掛けたんだこの人? -- 2011-05-24 00:30:16
- これめっちゃおもしれえ!!パネェゆっくりできたよ!!
善良理不尽虐待は最高だね!
まあこのSSのおねえさんは理不尽だとも虐待したとも思ってないけどね
筋が通っていないという意見もあるようだが饅頭に筋なんか通さなくていいよ
むしろ理不尽だからこそ楽しいんだよ
このSSでゆっくりできなかった人はおそらくゲス制裁が好きで
善良は幸せになってほしいタイプの人だろうと思うけど
善良理不尽虐待が大好きな人だっているし、どっちが偉いなんて事はないんだから
お互いを尊重し合いましょうよ
ただし愛では逝ってよし!
特に自分の考えたオリジナルゆっくりを過剰贔屓する奴は地獄行きな!! -- 2011-03-10 13:17:55
- コメント欄にはあきれるばかりだな
お前等はゆっくりを人と同等クラスに例えて話を読みすぎだ
意思を持って人語の話せる畜生以下の「物」として扱うのが普通だぞ?
そしてそのクズが苦しんでる中、苦しみを終わらせる為に人間の時間を使う事が
どれだけ慈悲深い事か考え直せ -- 2010-11-26 04:18:50
- ナルシストに感じたなー
ゆっくりから金巻き上げただけにしか見えない -- 2010-10-21 20:32:33
- でも筋を通さない虐待お兄さんとか美学がない感じがして嫌だ -- 2010-09-11 15:58:05
- いじめSSWikiなんてトコロで「自分は筋の通った事しかしない立派な人間」を主張するなんてカッコいいね! -- 2010-08-22 23:34:50
- 憐れな末路なゆっくりは心がなごむね。 -- 2010-08-20 15:37:57
- まあ、ゲスじゃなかったから一発で殺してやればよかったんじゃないかと。
おもしろかったよ -- 2010-07-26 05:15:30
- 「これこそ慈悲というものだ」?「『救い』にはこういう形もある」?
自分で完結させた常識を他者に勝手に当てはめて命奪ってああいいことしたって、完全にナルシストのゲス人間の発想だなおい
虐待するなら自分の負の部分をまっすぐ見ることは必要なはずだ そうじゃなきゃただの気狂いの犯罪者となんら変わりない
虐待しといて自分の善人っぷりに酔ってるような人格は最低だと思う -- 2010-07-25 00:56:21
- あまったおしるこさんはちぇんにちょうだいね
わかってねー -- 2010-07-14 19:30:32
- 水をぶっかけるとか、このお姉さんとっても都会派ね。 -- 2010-06-30 09:43:48
- お汁粉食べさせてやれよ。
「しあわせー」状態でうっとりしている間に、苦痛に無いように即死させてやれよ。
やってることが「持ち上げて➝落とす」タイプの虐待じゃん。 -- 2010-06-30 06:24:51
- おねーさん素敵過ぎ -- 2010-06-27 01:01:04
- こういうの好き。 -- 2010-06-11 04:47:10
- ゲスゆっくりの話かと思ったらゲス人間の話かよ・・・
情けをかけるならせめて汁粉かけてから殺せよ
貧乏人だから楽にしてあげる精神は優越感からくる侮蔑だ -- 2010-03-18 00:29:04
最終更新:2010年01月06日 16:44