玄関には、ちゃんと律の靴があった。
いるってわかっているから、余計に緊張する。だって何を話せばいいのかわからない。
話したいことも、言いたい想いも溢れすぎてて、言葉に出来そうもなかったのだ。
律が変だったのは、多分私の所為だ。
そうじゃなきゃ、あんなにおかしくなるわけないと思うのは自惚れかもしれないけれど。でもこの数日間、律は私に構ってばかりだった。
何が悪かったのか、わからないのが悔しい。
だけど謝るだけはしたい。
私が、律の事を好きでなくなりそうだったことを謝りたい。
靴を脱いで、上がる。まだ聡は帰ってきていないだろう。
誰もいないんじゃないかと錯覚するほどに静かな家。
足音は私のだけ。
静かすぎて、普段は聞こえないような床の軋む音が聞こえる。本当に律はいるのか怪しいぐらいだ。
でもいるんだ、律は。
階段を上る。ドアノブに手を添える。
変に緊張した。
「……」
唇を舐めて、入ろうとした。
その時だ。
「……澪ー?」
名前を、呼ばれた。
――律だ。
律の声だった。
たかが何日ぶりのはずなのに、本当に久しぶりに名前を呼ばれた気がした。
他の誰かじゃない、律に呼ばれたんだ。
やっぱり律に呼ばれるのは、しっくりくるというか――そうあるべき感覚というのがある。
嬉しくて泣いちゃいそうで、ドアノブを捻る手が止まる。
でも私が来てるの、バレてるから。
「超能力者か」
いつもの私で、部屋に入った。
律は、自慢のおでこに熱覚ましのシートを貼っていて、首から下をすっぽり布団におさめていた。
最後に見た律は――調子が出ないと、放課後ねと言って部室を出て行った律だったから、
あの時よりも吹っ切れたような優しい瞳がこちらに向いているのに、私はなんとなく律がいつもの律に戻った事を悟った。
「わかるよ。澪の足音は」
律がそんな事を言うので、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
私だって、律の足音くらいわかるぞ。
そう返すのは後にして、私は荷物を置いて、律のベッドに背を預けるように座った。
「風邪どう?」
「まだちょい熱ある」
「……どうりでドラムに力なかったはずだ」
あの時から、もう風邪ひいてたんだ。
それに気付かないで、私は。
「学園祭の前……なのにな……」
律が布団に潜り込んでしまう。
やっぱり自分の事情けないとか、思っちゃってるんだろうか。
そんなことないのに。
「いいから早く治しなよ……皆待ってるからさ」
私は、律が入って膨らんでいる布団に頭を乗せた。
「……怒ってない?」
律の声は委縮していて、聞き取り辛いほどか細かった。
「ないよ」
唯やムギ、梓は、皆心配していた。
練習ができない事や、五人がそろわない事に。
だけど一番皆が心配していたのは、律の元気で明る声や、顔が見れなかったことだと思うんだ。
いや――それは、皆じゃなくて私だった。
「……澪は?」
怒ってるわけがなかった。
「……ないよ、当たり前だろ?」
私は自分に怒ってた。
なんで律がこんなになるまで、気付いてやれなかったのか。
きっと、ずっと前――もしかしたら、和と唯でお茶を飲んでいる時よりも、前……その時から、律は風邪をひいてたのかもしれない。
もう何日も前だ。それに気付かないで、もしかしたら、律の事冷たくあしらったりしていたかもしれない。
私は昨日まで、『律の事を好きじゃなくなっていた』かもしれないのだ。
馬鹿律って、この数日間言ってきた。
そりゃ律にも悪いところがあったかもしれないけど……。
馬鹿澪でもある。
「でも、律のドラムがないと……ちょっと寂しいかな」
律のドラム、だけじゃなく律がいないと寂しい。
でもそう言うのは、照れくさかったかな。
「私、走り気味でもさ……やっぱ意気が良くって、パワフルな律のドラム、好きなんだよ」
いっつも走ってばっかで。
同じリズム隊としては、とてもやりにくくて大変だけど。
そんなドラムが大好きだから。
「――」
律の顔のある方向へ目を向けると、律はこっちを見てにやついていた。
「あっ律、お前――」
「ふふ、あははは」
律は笑いだした。
私は、何か突っ込もうと思ったけれど、忘れていた。
「もう治ったー!」
律は勢いよく体を起こし、両手を広げる。
そのまま続けて顔を歪めてくしゃみをした。
「くしゅん」
「いや、治ってないから」
強がるあたりが、律らしいなと思った。
私は、布団を掴んで律を寝かす。
「ほら寝てなって……まだ熱あるんだから」
律は大人しく枕に頭を乗せて、私は布団をかけてあげた。
調子は、そんなにいいとは言えない。
部屋の中央の小さなテーブルには薬が置いてあったから、今日一日静かにしていれば明日から元気になってくれるだろう。 昨日は私に風邪をうつしてくれてもいいと思っていたけど、今は私と律のどちらかが風邪になるのは嫌だなと思った。
だから今日は、帰ろう。
「じゃあもう帰るな?」
そう言って振り返った。
でも。
「ええー、寝るまで傍にいてよー……」
手を掴まれた。
「ねえ、お願い澪ー……」
ああ、もう。
そんな声で言われたら帰れないだろ!
私は律を見て、溜め息混じりに言った。
だけど、笑みも零れちゃったかもしれない。
「やれやれ……」
呆れて見せた。でも本当は嬉しかった。
私も、律の傍にいたかったから。
「へへっ」
やっと見れた。
律の笑顔。
たった一回の笑顔でも、こんなに心を満たしてくれるのもやっぱり律だけなんだ。
いるってわかっているから、余計に緊張する。だって何を話せばいいのかわからない。
話したいことも、言いたい想いも溢れすぎてて、言葉に出来そうもなかったのだ。
律が変だったのは、多分私の所為だ。
そうじゃなきゃ、あんなにおかしくなるわけないと思うのは自惚れかもしれないけれど。でもこの数日間、律は私に構ってばかりだった。
何が悪かったのか、わからないのが悔しい。
だけど謝るだけはしたい。
私が、律の事を好きでなくなりそうだったことを謝りたい。
靴を脱いで、上がる。まだ聡は帰ってきていないだろう。
誰もいないんじゃないかと錯覚するほどに静かな家。
足音は私のだけ。
静かすぎて、普段は聞こえないような床の軋む音が聞こえる。本当に律はいるのか怪しいぐらいだ。
でもいるんだ、律は。
階段を上る。ドアノブに手を添える。
変に緊張した。
「……」
唇を舐めて、入ろうとした。
その時だ。
「……澪ー?」
名前を、呼ばれた。
――律だ。
律の声だった。
たかが何日ぶりのはずなのに、本当に久しぶりに名前を呼ばれた気がした。
他の誰かじゃない、律に呼ばれたんだ。
やっぱり律に呼ばれるのは、しっくりくるというか――そうあるべき感覚というのがある。
嬉しくて泣いちゃいそうで、ドアノブを捻る手が止まる。
でも私が来てるの、バレてるから。
「超能力者か」
いつもの私で、部屋に入った。
律は、自慢のおでこに熱覚ましのシートを貼っていて、首から下をすっぽり布団におさめていた。
最後に見た律は――調子が出ないと、放課後ねと言って部室を出て行った律だったから、
あの時よりも吹っ切れたような優しい瞳がこちらに向いているのに、私はなんとなく律がいつもの律に戻った事を悟った。
「わかるよ。澪の足音は」
律がそんな事を言うので、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
私だって、律の足音くらいわかるぞ。
そう返すのは後にして、私は荷物を置いて、律のベッドに背を預けるように座った。
「風邪どう?」
「まだちょい熱ある」
「……どうりでドラムに力なかったはずだ」
あの時から、もう風邪ひいてたんだ。
それに気付かないで、私は。
「学園祭の前……なのにな……」
律が布団に潜り込んでしまう。
やっぱり自分の事情けないとか、思っちゃってるんだろうか。
そんなことないのに。
「いいから早く治しなよ……皆待ってるからさ」
私は、律が入って膨らんでいる布団に頭を乗せた。
「……怒ってない?」
律の声は委縮していて、聞き取り辛いほどか細かった。
「ないよ」
唯やムギ、梓は、皆心配していた。
練習ができない事や、五人がそろわない事に。
だけど一番皆が心配していたのは、律の元気で明る声や、顔が見れなかったことだと思うんだ。
いや――それは、皆じゃなくて私だった。
「……澪は?」
怒ってるわけがなかった。
「……ないよ、当たり前だろ?」
私は自分に怒ってた。
なんで律がこんなになるまで、気付いてやれなかったのか。
きっと、ずっと前――もしかしたら、和と唯でお茶を飲んでいる時よりも、前……その時から、律は風邪をひいてたのかもしれない。
もう何日も前だ。それに気付かないで、もしかしたら、律の事冷たくあしらったりしていたかもしれない。
私は昨日まで、『律の事を好きじゃなくなっていた』かもしれないのだ。
馬鹿律って、この数日間言ってきた。
そりゃ律にも悪いところがあったかもしれないけど……。
馬鹿澪でもある。
「でも、律のドラムがないと……ちょっと寂しいかな」
律のドラム、だけじゃなく律がいないと寂しい。
でもそう言うのは、照れくさかったかな。
「私、走り気味でもさ……やっぱ意気が良くって、パワフルな律のドラム、好きなんだよ」
いっつも走ってばっかで。
同じリズム隊としては、とてもやりにくくて大変だけど。
そんなドラムが大好きだから。
「――」
律の顔のある方向へ目を向けると、律はこっちを見てにやついていた。
「あっ律、お前――」
「ふふ、あははは」
律は笑いだした。
私は、何か突っ込もうと思ったけれど、忘れていた。
「もう治ったー!」
律は勢いよく体を起こし、両手を広げる。
そのまま続けて顔を歪めてくしゃみをした。
「くしゅん」
「いや、治ってないから」
強がるあたりが、律らしいなと思った。
私は、布団を掴んで律を寝かす。
「ほら寝てなって……まだ熱あるんだから」
律は大人しく枕に頭を乗せて、私は布団をかけてあげた。
調子は、そんなにいいとは言えない。
部屋の中央の小さなテーブルには薬が置いてあったから、今日一日静かにしていれば明日から元気になってくれるだろう。 昨日は私に風邪をうつしてくれてもいいと思っていたけど、今は私と律のどちらかが風邪になるのは嫌だなと思った。
だから今日は、帰ろう。
「じゃあもう帰るな?」
そう言って振り返った。
でも。
「ええー、寝るまで傍にいてよー……」
手を掴まれた。
「ねえ、お願い澪ー……」
ああ、もう。
そんな声で言われたら帰れないだろ!
私は律を見て、溜め息混じりに言った。
だけど、笑みも零れちゃったかもしれない。
「やれやれ……」
呆れて見せた。でも本当は嬉しかった。
私も、律の傍にいたかったから。
「へへっ」
やっと見れた。
律の笑顔。
たった一回の笑顔でも、こんなに心を満たしてくれるのもやっぱり律だけなんだ。
■
「澪……」
手を握って、私は律の顔が見える位置に頬杖をついていた。
律が私の名前を呼ぶ。
「どうした?」
「……なんというか、ごめんな」
律は火照ったように少し赤みのかかった顔で謝る。
「澪も気分悪かっただろ、最近の私」
「……そりゃ、なんだか変だなとは思ったけど」
「私、澪に嫌われたと思ったんだ」
律はごまかすように目を細めて笑った。
「なんで、私が、律を嫌いになるんだよ」
「ほら、楽器屋でさ」
手を握って、私は律の顔が見える位置に頬杖をついていた。
律が私の名前を呼ぶ。
「どうした?」
「……なんというか、ごめんな」
律は火照ったように少し赤みのかかった顔で謝る。
「澪も気分悪かっただろ、最近の私」
「……そりゃ、なんだか変だなとは思ったけど」
「私、澪に嫌われたと思ったんだ」
律はごまかすように目を細めて笑った。
「なんで、私が、律を嫌いになるんだよ」
「ほら、楽器屋でさ」
……あ。
『ほら皆、待ってんだって』
『嫌だ』
『みーおーちゃーん』
『ちょ、律、危ないって』
『嫌だ』
『みーおーちゃーん』
『ちょ、律、危ないって』
『何やってんだよ澪ー』
『もういいよ、馬鹿律』
『もういいよ、馬鹿律』
「……そのあと、私じゃなくて和とお茶に行っちゃったし……私の事、嫌いになっちゃったのかなって」
「ご、ごめん!」
私、律を傷つけてたんだ。
知らなかったけど、気付けなかったけど……私、何も考えず、馬鹿律なんて言って。
律の事放っておいて、和とお茶に行ったから……律が勘違いするのも、わかる。
もう全部私が悪いんだ。
「なんで澪が謝るんだよ、珍しいレフティを見てたいと思うのは当たり前だしさ」
「わ、悪いのは私だろ。あの楽器屋で、わがまま言ったのは私だし……考えなしに律の事悪く言ったし……
それに、律がお茶にするって言ったのに、私、和の方を選んで……」
「和と行くのは、別にいいだろ。友達なんだから」
「……」
「悪いのは、そうやって澪が和と仲良くなるのに嫉妬した私だよ」
律は自虐気味、というよりも自嘲を含んだ声色でそう言った。
嫉妬、してくれたのか。
「怖かったんだ。澪が、私の事忘れて、和や他の誰かと仲良くなるのが……
もう私の事、構ってくれないんじゃないかって、不安で」
「り、律の事は――」
「いいんだよ。だって、澪が誰かと仲良くなるのは当たり前じゃん。むしろ、喜ぶべきなんだけど……
それでも、嫌だったんだ」
嫉妬なんて。
私だって何度だってあるのに。
律は昔からとても友達が多くて、誰構わず話し掛けていたし、誰とだって遊んでいた。
まさに私とは対照的な奴。
私にとって、律は初めてできた友達で、親友だった。
だから、律が誰かと仲良くしているのを見ると、胸が痛かった。
そんな気持ちになるの、私だけだと思ってた。
「馬鹿律」
「いたっ」
私は律のおでこに、シートごとデコピンした。
「な、何すんだよー」
「お前な……今までどれだけ私も同じ思いしたと思ってるんだよ」
「は、はあ?」
律は訝しげに眉を傾けた。
やっぱり気付いていないのかよ。
「律、お前は浮気しすぎなんだよ」
「浮気って……」
「私には……お前しかいないんだよ。律はたくさん友達いるし、簡単に作れるけど……
私、人見知りだから、自分から作るなんて……できないんだよ」
「……知ってるよ」
「だから、私いっつも思ってた。律が誰かと仲良くしてるの見て、怖かったんだ」
「澪……」
あの気持ち、わかってたはずなのに。
どうして律の気持ちに気付けなかったんだろう。
好きな人が誰かと仲良くしていたら、嫉妬すること、知ってたのに。
律が誰かに嫉妬するはずないと、思ってたのかもしれない。
律がそんな風に私を見てるなんて、思ってなかったから。
そんな風に、私の事想ってくれてるなんて。
「……馬鹿。私は澪だけだよ」
「本当に?」
「本当だって」
白い歯を見せる律。
その笑顔は、魅力的すぎる。
どうしてこの可愛さや、かっこよさに誰も気付かないんだろう。
気付かないままでいい。ずっと私の物でいいけど、皆にも知ってほしい。
複雑な気持ち。
「澪じゃない誰かといる時も、ずっと澪の事考えてる」
「……ありがとう、あと、ごめん」
「だからなんで澪が――」
「わ、私!」
律の言葉を遮って、叫んだ。
律の手をギュッと握りしめる。
そしてありのまま告げた。
「もしかしたら、昨日まで――律の事、忘れかけてたかもしれないんだ」
「――」
律は虚を突かれたように笑顔をなくした。
でも言葉に続きはある。
「律が私を構ってくれるの、嬉しかったのに。でも、和とのお茶やお弁当を邪魔されるの……
ちょっとだけ嫌で、ちょっかい出されるのも、なんだか嫌で。む、昔はそんなことなかったのに」
喉が詰まる。
だけど、だけど。
言わなきゃ。
「なんで律の事、ちょっとだけうるさいと思っちゃうんだろうって思って――
もしかしたら、もう律の事、好きじゃなくなったのかもって……怖くて」
律の事ずっと大好きでいたかった。
だから、律の事を嫌いに――嫌いとまでは行かなくとも、
好きという感情が消えている域まで行っちゃったのかも、と思うのは辛かった。
律は何も言わず、私の目だけ見つめてくれていた。
握り締めた手も、もっと強く握り締めてくれた。
「でも、気付いたんだ。昨日――律の事を考えただけで、泣けてきて……もう涙が止まらなくて。
会えない事が苦しくてさ……律の顔が見れない事や、律のドラムが聴けない事……私の名前を呼んでくれない事が、辛くて」
律の部屋でうずくまって、律の事だけ考えた。
知らず知らずに泣いていた。
鏡を見て、それに気付いた。
「そんな気持ちにしてくれるの、やっぱり律だけで……私には律しかいないって、改めて思ったんだ」
「澪……」
頬に、またなんだか違和感。
律と繋がっている手とは別の手で、そこを撫でた。
また濡れてた。
「……ごめん、律……私、これからは……ずっと……」
「ああ、ほら。泣くなって」
律はあったかい手で、涙を拭ってくれた。
律のお見舞いに来ておいてなんてざまだ……。
でも、やっぱり嬉しい。
「ありがとな、澪……私も、こんな気持ちにしてくれるのは、澪だけだよ」
「ひっく……こんな気持ちって……?」
「澪が誰かと仲良くしてるの見て、嫉妬するとか……泣き顔かわいいとか……ってああもう! 言わせんな恥ずかしい!」
「……っ……ふふ……あはは」
「ご、ごめん!」
私、律を傷つけてたんだ。
知らなかったけど、気付けなかったけど……私、何も考えず、馬鹿律なんて言って。
律の事放っておいて、和とお茶に行ったから……律が勘違いするのも、わかる。
もう全部私が悪いんだ。
「なんで澪が謝るんだよ、珍しいレフティを見てたいと思うのは当たり前だしさ」
「わ、悪いのは私だろ。あの楽器屋で、わがまま言ったのは私だし……考えなしに律の事悪く言ったし……
それに、律がお茶にするって言ったのに、私、和の方を選んで……」
「和と行くのは、別にいいだろ。友達なんだから」
「……」
「悪いのは、そうやって澪が和と仲良くなるのに嫉妬した私だよ」
律は自虐気味、というよりも自嘲を含んだ声色でそう言った。
嫉妬、してくれたのか。
「怖かったんだ。澪が、私の事忘れて、和や他の誰かと仲良くなるのが……
もう私の事、構ってくれないんじゃないかって、不安で」
「り、律の事は――」
「いいんだよ。だって、澪が誰かと仲良くなるのは当たり前じゃん。むしろ、喜ぶべきなんだけど……
それでも、嫌だったんだ」
嫉妬なんて。
私だって何度だってあるのに。
律は昔からとても友達が多くて、誰構わず話し掛けていたし、誰とだって遊んでいた。
まさに私とは対照的な奴。
私にとって、律は初めてできた友達で、親友だった。
だから、律が誰かと仲良くしているのを見ると、胸が痛かった。
そんな気持ちになるの、私だけだと思ってた。
「馬鹿律」
「いたっ」
私は律のおでこに、シートごとデコピンした。
「な、何すんだよー」
「お前な……今までどれだけ私も同じ思いしたと思ってるんだよ」
「は、はあ?」
律は訝しげに眉を傾けた。
やっぱり気付いていないのかよ。
「律、お前は浮気しすぎなんだよ」
「浮気って……」
「私には……お前しかいないんだよ。律はたくさん友達いるし、簡単に作れるけど……
私、人見知りだから、自分から作るなんて……できないんだよ」
「……知ってるよ」
「だから、私いっつも思ってた。律が誰かと仲良くしてるの見て、怖かったんだ」
「澪……」
あの気持ち、わかってたはずなのに。
どうして律の気持ちに気付けなかったんだろう。
好きな人が誰かと仲良くしていたら、嫉妬すること、知ってたのに。
律が誰かに嫉妬するはずないと、思ってたのかもしれない。
律がそんな風に私を見てるなんて、思ってなかったから。
そんな風に、私の事想ってくれてるなんて。
「……馬鹿。私は澪だけだよ」
「本当に?」
「本当だって」
白い歯を見せる律。
その笑顔は、魅力的すぎる。
どうしてこの可愛さや、かっこよさに誰も気付かないんだろう。
気付かないままでいい。ずっと私の物でいいけど、皆にも知ってほしい。
複雑な気持ち。
「澪じゃない誰かといる時も、ずっと澪の事考えてる」
「……ありがとう、あと、ごめん」
「だからなんで澪が――」
「わ、私!」
律の言葉を遮って、叫んだ。
律の手をギュッと握りしめる。
そしてありのまま告げた。
「もしかしたら、昨日まで――律の事、忘れかけてたかもしれないんだ」
「――」
律は虚を突かれたように笑顔をなくした。
でも言葉に続きはある。
「律が私を構ってくれるの、嬉しかったのに。でも、和とのお茶やお弁当を邪魔されるの……
ちょっとだけ嫌で、ちょっかい出されるのも、なんだか嫌で。む、昔はそんなことなかったのに」
喉が詰まる。
だけど、だけど。
言わなきゃ。
「なんで律の事、ちょっとだけうるさいと思っちゃうんだろうって思って――
もしかしたら、もう律の事、好きじゃなくなったのかもって……怖くて」
律の事ずっと大好きでいたかった。
だから、律の事を嫌いに――嫌いとまでは行かなくとも、
好きという感情が消えている域まで行っちゃったのかも、と思うのは辛かった。
律は何も言わず、私の目だけ見つめてくれていた。
握り締めた手も、もっと強く握り締めてくれた。
「でも、気付いたんだ。昨日――律の事を考えただけで、泣けてきて……もう涙が止まらなくて。
会えない事が苦しくてさ……律の顔が見れない事や、律のドラムが聴けない事……私の名前を呼んでくれない事が、辛くて」
律の部屋でうずくまって、律の事だけ考えた。
知らず知らずに泣いていた。
鏡を見て、それに気付いた。
「そんな気持ちにしてくれるの、やっぱり律だけで……私には律しかいないって、改めて思ったんだ」
「澪……」
頬に、またなんだか違和感。
律と繋がっている手とは別の手で、そこを撫でた。
また濡れてた。
「……ごめん、律……私、これからは……ずっと……」
「ああ、ほら。泣くなって」
律はあったかい手で、涙を拭ってくれた。
律のお見舞いに来ておいてなんてざまだ……。
でも、やっぱり嬉しい。
「ありがとな、澪……私も、こんな気持ちにしてくれるのは、澪だけだよ」
「ひっく……こんな気持ちって……?」
「澪が誰かと仲良くしてるの見て、嫉妬するとか……泣き顔かわいいとか……ってああもう! 言わせんな恥ずかしい!」
「……っ……ふふ……あはは」
久しぶり、律。
それから、ムギたちが来るまで、色んな事を話した。
律が苦しかったのは原因を作ったのは私で、無意識のうちに律を苦しめていた。
私が謝れば律は私の所為じゃないと言ってくれるけれど、全ての原因は、私の律への気持が薄れかけていた事にあったんだ。
でも今は、薄れてなんかいない。
もう私には律しかいないんだって、本気でわかったから。
律が苦しかったのは原因を作ったのは私で、無意識のうちに律を苦しめていた。
私が謝れば律は私の所為じゃないと言ってくれるけれど、全ての原因は、私の律への気持が薄れかけていた事にあったんだ。
でも今は、薄れてなんかいない。
もう私には律しかいないんだって、本気でわかったから。
「大好き、澪」
「私もだよ、律」
「私もだよ、律」
こうやってずっと笑い合っていたい。
■
あれから、私たちは私たちを誓い合った。
ずっと一緒だって。
そして今も、共にいる。
お互いがお互いを気遣いあいながらも、時には悩んで、相手の事を想いすぎて辛くなったりもするけど――
隣にいる事に躊躇など覚えなかった。
律は、また一人で何かを抱え込もうとしている。
それを分かち合えるのは、私だけだって思いたいから。
こうして、今を一緒にいる。
ずっと一緒だって。
そして今も、共にいる。
お互いがお互いを気遣いあいながらも、時には悩んで、相手の事を想いすぎて辛くなったりもするけど――
隣にいる事に躊躇など覚えなかった。
律は、また一人で何かを抱え込もうとしている。
それを分かち合えるのは、私だけだって思いたいから。
こうして、今を一緒にいる。