ケイレイの手慰み 弓匠その後 1 帝都 アル・カディア出征後

帝都 アル・カディア出征後

 「!」
 くしゃみが変な声になって出て、ルキアニスはハンケチで口元を抑える。
「・・・・・・」
 隣でマルクスがくすくす笑う。
「風邪か?」
「そんなことないけど、やっぱり帝都の方が寒いよね」
 するとマルクスは、押し殺すように俯いて声を抑えて笑う。きしきし揺れる乗合馬車の中で、ちらりとこちらを見る客もいる。
「あんまり見られるようなことはしないでよ。君はただでさえ目立つんだから」
 どっちが目立ってるんだよ、とマルクスはぼそぼそ言い、さらに続ける。
「あちらは、どれだけ南だと思ってるんだよ」
 マルクスはささやくように言い返す。あちら、とはアル・カディア王国のことだ。ようやくあちらから帝都に戻ってきたときには、もうこちらは秋も終わりに近づいていた。やがて雪が降り、帝都は冬に閉ざされるだろう。
 そうなる前にルキアニスにはしなければならないことがあった。アル・カディアで預かった手紙を届けなければならない。帝都はとても大きく、ルキアニスには不案内で、雪など降られたら、どこに届ければよいのかなど判らなくなりそうだった。
 マルクスにどう行けば良いかを聞くと、彼はまず「切手を貼って帝都郵便に出したらまずいのか」などと言いだした。そうすればわざわざ行くことなど無いだろう、と。
 そんなことはできなかった。アル・カディアを出る時、デラムィウス卿に、この手紙は旧友への頼みごとを書いたものゆえに、確かに届けてもらいたいのだ、頼まれてくれようか、とまで言われた。デラムィウス卿はアリア姫の護りとしてアル・カディアへ行った近衛騎士だ。同じく伴われた近衛騎士の筆頭であり、先のいくさでも欠かせぬ大きな働きをして、アル・カディア国王陛下よりお褒めも賜ったほどの人だ。そのデラムィウス卿のような人が、ルキアニスのような若輩にそこまで言うのだから、大切な物なのだろう。
 そこまで言わずとも、マルクスは「わかったわかった」と応じてルキアニスと共に来てくれることになった。そうしてこの乗合馬車に共に揺られている。
 帝都は知る者には便利なところだ。辻々には名前と道しるべがついている。乗合馬車も辻での交差待ちで乗り降りができる。
「降りるぞ」というマルクスに従って、ルキアニスも乗合馬車を降りる。ルキアニスから見れば立派な作りの屋敷が並んでいるように見えるのだけれど、並んでいる、ようなところに建っている、というのは実はそれほどでもないらしい。帝都とはそういうところなのだ。塀や屋根の向こうに、石造りの塔が見えた。思ったより近くに宮城があるらしい。
「なにしてるんだよ」
 マルクスはいつも通り先に歩きはじめ、歩きはじめてから振り返って促す。
「はぐれたら帰れなくなるぞ?」
「帰れるよっ!」
 でも遣いの先に行きつけないだけだ。それが判ってるから、マルクスも声をあげて笑う。声が石畳と石塀にかすかに響く。それら石畳は綺麗に掃き清められていて、馬車や馬のための車道の糞捨て穴にはきちんと蓋がかけられている。誰かが常に掃除をしている、綺麗で静かな街並みだった。石造りの塀に門があり、その門に向けて車道が切れ込んでいる。馬車や馬が良く出入りするのだろうな、とルキアニスは思いながら歩く。
「この辺りは旗本街なんだ」
 先を歩くマルクスが肩越しに言う。歩く歩道沿いには石塀が立ち、少し離れてまた門が見える。門の脇には小さな通用口の扉もある。
「累代の近衛騎士なんかの屋敷がある」
「近衛騎士・・・・・・」
 言われてもルキアニスにはあまりぴんと来ない。ルキアニスはたしかに苗字持ちの騎士の生まれだけれど、それは一門の中でのもので、皇帝陛下に直に侍る近衛騎士は雲の上の人たちと同じだ。それを言えば、皇帝一門のマルクスはどうなのだという話でもあり、そういう事を考えると、何というか、くにを出る前には思いもしなかったところへ来てしまったのだと思う。
「マルクス」
 ルキアニスの声にマルクスは足を止め、振り返る。ルキアニスはその顔を見上げ、それから少し目を逸らした。
「なんだよ?」
 彼は問い、さらに続ける。
「まさか手紙を落としたとかじゃないだろうな」
「違うよ。ちゃんとここに持ってる」
 ルキアニスだって書類入れの革鞄くらいは持っている。
「そうじゃなくて、ありがとう」
「はあ?」
「いつも助けてもらってるから」
「お前一人に任せておくと、いつまで経っても話が進まないからな」
「うん。そう思う」
「・・・・・・」
 マルクスはいつものように片方の眉をあげて見せる。今の眉毛語は判る。こいつは何を言い出したんだ、だ。ルキアニスはそっと応えた。
「君が特別に親切にしてくれてるのはわかってる。今日も面倒なことを頼んじゃったし」
「風邪か。いや・・・・・・」
 彼は少し何か考える風に腕組みをし、顎に手をやり、それからまたルキアニスを見る。
「まあいい。借りに思うなら、あとで返してもらおう。その前にまず用事だ」
「返すってどうやって・・・・・・」
「それは貸した側が考えるから、お前は気にしなくてもいい」
「そんなの無理だよ」
「気にしてる暇なんかないだろ。近衛騎士卿から、近衛騎士卿への手紙を預かってるんだろ。あちらの様子はどうだったか、とか聞かれるはずだ。用意しとけよ」
「・・・・・・」
 実際、その通りのはずで、ルキアニスはおろおろとあちらがどんなに暑かったかとか、砂埃が、とか、アル・カディアの王都は大きな湧水のあるところで、思っていたよりも緑が多かったとか、そんなことを思い起こそうとした。
「行くぞ。もう、すぐそこなんだ」
「・・・・・・うん?」
「来いって」
 マルクスは歩み来て、ルキアニスの手を取った。引っ張る書類カバンを持つ手とは逆の手を握って引いた。思ったより強い力に、転びそうになったところを、マルクスに抱き留められる。
「おいおい」
 彼はしれっと言う。
「こんなところで抱きつくなよ」
 間近から彼は生真面目ぶって言う。ルキアニスは抗う。
「君が引っ張るからだよ」
「いつまでももたもたしてるからだろ」
 そう言われると言い返す言葉も無く、マルクスの腕の中でしょんぼりしたりもする。
「・・・・・・ごめん」
「あ?」
 声はマルクスのものではない。マルクスの肩越しに見える、少し先の門からだ。正しくは門ではなくて、そのわきに開いた通用口からだ。
 それが開いて、お手伝いさん風の老女が姿を見せている。彼女はルキアニスを見て、声を上げた口元を押さえ、ぱちぱちと瞬いている。
 マルクスが振り返る。
 二人とも、連隊駐屯地からそのまま来たわけで、軍装の正装のままだ。それは当たり前だ。公務ではないにしろ、近衛騎士卿を訪問するならば、それにふさわしい服がある。
「・・・・・・」
 こちらを見るその老女は、見なかった、という風に目を逸らし、それから通用口の奥へ消える。腕だけが伸びて、ぱたん、と扉を閉じる。
「・・・・・・あー」
「人が見てたじゃないか」
 間近からマルクスを見上げてルキアニスが言うと、彼は少し目を逸らし、言った。
「届け先、もうすぐだって言ったろ?」
「・・・・・・うん」
「あそこの門のところだ」
「もう、マルクスのばか!」
 ルキアニスは、書類鞄を振り上げ、マルクスを叩いた。いてえ、とか、馬鹿力で叩くな、とか言うのにも構わずに。
 もう、どんな顔をして、その門を叩けば良いか判らないから。

というわけで、久しぶりにこいつらを書くと、まあ、いちゃいちゃとしやがって、ちっとも進まないじゃないかとw

帝都という場自体が好きな舞台だから、帝都を歩かせたいんだけど、ろくに歩きさえしねえよ、とw

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年06月01日 13:00