追撃 アル・カディア 1

追撃 アル・ディオラシス

 槌打つ響きは、いつもの手入れのものだ。
 機装甲には常の物で、そしてこのアル・カディアの乾いた丘を往く追撃では欠かせない。もう何日目になるだろうか。
 帝國軍はこの地でアル・ディオラシスの王国軍を打ち破った。いくさを捨てて離脱するアル・ディオラシス国王とその手勢を、十三連隊は追撃している。
「そして、ここで重機装甲を四機撃破だ」 
 ヴィルヌス先任小隊長の指が、可搬卓に広げられた皮紙の上を滑って動く。
 天幕の下にあっても、地の照り返しはまぶしい。ただ、日陰であれば、しのげないことはない。ルキアニスですら、搭乗服の上の釦を一つ二つはずしてはいるのだけれど。ヴィルヌス先小にいたっては、釦をすべてあけている。軍規には沿っていないが、ようするに暑さしのぎを先にせよ、ということだ。
 今、可搬卓の上にある地図はアル・ディオラシスのものだ。帝國の物と違って、絵図のようだ。それでも、ヴィルヌス先小の示したところを通ったのは、ルキアニスにもわかる。名も無い丘で、四機もの重機装甲が、互いに身を預けるようにしていた。撃破済みであることがわかるように、間近には手槍が突き立ててあった。アル・ディオラシス王国の敗北の墓標のように。
 第一小隊が先導任務を担っていた時に仕留めたものだ。投擲の砲丸で滅多打ちにしたのは、見ただけでわかった。アル・カディアでのいくさは、トイトブルグの時とは違って、投擲を縦横に使ういくさだった。この乾いた丘の連なる野では、いくらでも投擲紐を振るい、砲丸を放てる。人へも、機へも、分け隔てなく。野に残る者らが、下ろうとしているのか、それとも残置されたのか、見ただけではわからない。だから殺してしまわぬように、けれど狙っているのが判るように投じる。逃げ散るなら、むしろそれでよし。ただ、それがために、砲丸の機側携行基数では足りなくなっている。
「おい!網を引きずるな!破れたらどうする!」
 天幕の外から従士の怒鳴り声がする。ルキアニスはちらりと見て、それから己の手をそっと腰の後ろへと回す。
 網、とは砲丸を入れてゆく、網の物入れだ。砲丸を機側増備するために作った。先導輪番から帰還した第一小隊機から外して、待機中の第三小隊機へ取り付けるため、担いで運んでいる。引きずって擦れたら、そこから切れてしまうかもしれない。なにしろ十二听の砲丸をいくつも入れてぶら下げる網袋なのだ。
 今は重砲の十二听砲丸を、それこそ捨てるように投げつけている。正規の砲丸嚢ではとても足りない。機付長に相談したら、網でもぶら下げますか、という話になった。もしかしたら冗談のつもりだったのかもしれない。ルキアニスが編んでしまったのは、よけいなことだったのかもな、とも、思わなくはない。でも軍隊ならいくらでも縄がある。機装甲の甲を吊り上げるため、傷んでいない縄がいくらでも要るのだから。
 それで網袋を作ってみたら、思ったより使いやすかった。ルキアニスの機だけ持っていても仕方ないから、従士たちに教えて、投擲を主に担当する機の分を作ったら、一機に一つと言わず、腰の両側に欲しいと言われた。それもすべての機の分を。ルキアニスにすべてを作っている暇など無かったが、小隊の従士から従士へと話が伝わり、他の小隊でも使うことになった。
 ただ伝え聞いたやり方では、網目の大きさだの、編み方だのが、上手くゆかないらしい。なんでそこで不器用なんだろうと、ルキアニスは思う。従士や従卒の中には、思いもよらなかったことを、思いもよらない上手さでやってのけるものが、いつもいる。ただ今回は上手くゆかなかった。編んできましたと見せに来た網袋は、がちがちに頑丈なのはいいのだけれど、目が詰みすぎて、機装甲の鉄の指が上手く入らなかった。男の子たちは、ああいうのを作って遊ばなかったのだろうか。
 結局、今も足りないままだから、帰投した小隊機から大休止中にとりはずし、待機中の小隊機へと取り付けなおしているのだ。
「まさかと思うが、お前まだ自分で編んでるんじゃないだろうな」
 ヴィルヌス先小はお見通し、とでも言いたげな口調で低く言う。前から言われていたのだ。ルキアニスはもう平の上騎ではない。小隊長なのだ、平騎士のやるようなことを、喜んでやっていたら、小隊が回らない、と。ルキアニスは両手を後ろに隠したまま、いいえ、とそらっとぼけた。先小は、まあいい、と言い、地図へと目を戻す。
「・・・・・・」
 大事はそんなことじゃない。敵が苦しいときは、味方はもっと苦しいという。逆だったかもしれない。とにかくいまは十三連隊も、楽ではない。
 今、ヴィルヌス先小の第一小隊は先導の輪番を終えて、前衛大隊に戻っている。ルキアニスの第三小隊は、次の先導任務に備えて隊列内だ。会的したら即応する。今の先導はマルクスの第二小隊だ。そして大休止の手入れの間に、第一小隊長と第三小隊長は、天幕の下で打ち合わせ中、というわけだった。
 それぞれの小隊従士長が帳面に打ち合わせを書き込んでいる。一小も三小も、それに先導任務中の二小も、行軍消耗以上の損害はほとんどない。機甲大隊自体も、それほど大きな損害を受けていなかった。ルキアニスが聞いた話では、戦死は出ていないという。ただ、騎兵大隊がかなり消耗している。人よりも、その馬が。
 騎兵の援護がなければ、機装甲の前進は難しい。十三連隊は常の足の速さを生かせずにいる。だからこそ、砲丸を捨てるように投げつけて、敵を打ち据えている。
 やむを得ない。騎兵大隊も乗馬が獅子に見えるような、そんな働きをしていたのだから。練兵場でやって見せていたような、列を成しての騎乗発砲と、一斉に馬首を巡らせたり、列のまま渦を描くように切り返すやり方を、敵前でほんとうにやってみせた。本当にやるからこそ、訓練していたのだけれど。
 けれど馬は、駆けさせれば駆けさせただけ、死んでゆく。足を痛め、あるいは腹を痛めて。騎兵はそうして愛馬を死なせながら戦う。この暑い南方では、馬に飲ませる水にも苦労していた。この大休止場も、水場が近いから選ばれている。
 南方はとても暑い。馬だけでなく、人もひっきりなしに水を飲んでいる。教会飴も忘れずに口にしろと言われていた。南方で作られていた塩飴だ。昔、南方辺境で農奴が、日差しでばたばたと倒れていたという。水だけを飲んでいては駄目なのだ。水を飲んで倒れるなら、水を飲むなと命じられ、農奴たちはばたばたと死んだという。それを哀れんだ教会のある修道僧が作ったのが、教会飴なのだという。ルキアニスは士学で聞いた。最初の長距離行軍の時だ。先輩のアルデスが言っていたから、今でも覚えている。今も教会飴は支給されているし、教会からの差し入れ特配にも必ず入っている。
 それにここは日差しも強い。天幕を張らねば休めもしない。黒の軍装だと茹ってしまいそうだ。連隊の従士従卒も騎士らに倣って釦を開いているものばかりだ。その軍衣も砂ぼこりで真っ白だ。襟に白く塩を吹いているものも少なくない。大休止と言っても、機装甲連隊では手入れが先だ。
 この数日の追撃で、機体も消耗している。手を抜くわけにはゆかない。緑の五ですらそうなのだ。他の連隊の青の三の稼働率がもっと下がっていてもおかしくない。他の連隊と十三連隊とが離れてしまうのも、よくあることだ。
 この風に砂舞い、陽炎とまじりあうこの地は、いつものように敵地だった。
 しかも、今になって、アル・ディオラシス王国軍の、重機装甲が残置されるようになってきている。
 重機装甲だ。
 あの苛烈だった砲撃と包囲を生き延びた機だろうか。ルキアニスは、撃破されて放置された機をその目で見たけれど、信じられない気持ちでいた。撃破を指揮したヴィルヌス先小も同じであるらしい。それは機装甲乗りならば、いずれも同じに思うだろう。機装甲を動かし続けようとするならば、手入れは欠かせない。部品部材の取り換えもそうだ。歩かせれば歩かせるほど、消耗は進み、熱を持ち、油を切らせ、やがて部材同士がかみ合ったまま、収束帯が引きちぎれてくず折れる。倒れた勢いで乗り手が死ぬこともよくある。
 機装甲を動かすのは、大変なことなのだ。帝國が東方式軍制を取り入れて、常の手入れに見合った部品部材を行き渡らせるようになるまで、機卒も機装甲も、歩兵にとっては足手まといだった。そう士学で習った。歩兵の持つ機動性に追従可能な、しかも機装甲のみの連隊規模部隊を作り、それを歩兵連隊とともに旅団の下に配属したことが、東方式軍制の画期的なところであったのだ、と。
 帝國軍では、この追撃のさなかだろうが、手入れを欠かさないし、大休止の点検も欠かさない。アル・ディオラシスの機にそれがなされてるとは思わない。機装甲の作りも、緑の五や青の三ほど良くはないと思えた。
 そもそも剽騎兵用に作られた十三連隊の緑の五ですら、ゆるみが出始めているというのに。この数日の追撃も、緑の五だからやれているのだと思う。戦列機装甲の青の三だったら、もっと消耗していて、注意の黄色札どころか、稼働不適の赤札が出始めてもおかしくない。
「中隊先任が来られます」
 一小の小隊従士長が言う。ルキアニスも振り向く。ストエル中隊先任騎士が従士長を引き連れて、日差しの中を歩いてくる。ルキアニスとヴィルヌス先小、それにそれぞれの小隊従士たちは、迎えの敬礼を行い、ストエル先任はいつも通りにぞんざい気味に答礼をする。
「楽にしていい。問題はあるか」
 いつものやり取りのあとに、ストエル先任は言う。
「さっきの敵機装甲だ。確認した。敵の搭乗員は、全員戦死。所持品に命令書等は見当たらず」
「やはり、残置兵ですか」
「その確認はとりようがないが、俺たちの来るところに置いて、後の指示がないということは、そういうことなのだろうな」
 ストエル先任は開きっぱなしの胸元ーもちろん肌着は着てるのだけれどーの隠しから小さな帳面を取り出し、開く。男の子たちは、一人が脱ぎ始めると、皆が我も我もと脱ぎ始める。叱責されないなら、本当に全部でも。
「武具の整備は問題なし。四機の装備はすべて研磨してあった。甲の戦闘損傷は多くはない。そもそも盾を携帯していたからな。先の戦闘に参加したとは、俺には思えない」
「盾の携帯は、自分もおかしいと思っていました。補充があったとは思えません」
「だからといって、増援があったかはわからん。むしろそこが問題だ」
 先任は言う。
「アル・カディア軍の情報では、メッセナ市には、アル・ディオラシス軍の攻囲軍がいる。その動きはまだ不明。国王親政部隊が退却中ならば、合流をはかろうとするだろう」
 それも、できるだけ急いで。ルキアニスたちだって、皇帝陛下どころか、連隊長の御身に差しさわりがあるとしたら、何を差し置いてもそちらへ向かう。先任は続ける。
「各小隊の小隊機籍簿は」
 機籍簿には各機の状況が記入してある。小隊長は、それを小隊機簿へ取りまとめて、中隊へ提出する。中隊はそれで、各小隊の状況を把握する。手渡されたそれをストエル先任はめくり、見る。
「問題はなさそうだな」
「今は、まだ」
「いつでもそうだ」
 ストエル先任は笑う。それらを、引き連れてきた中隊の従士長へと渡す。従士長は、軽く確かめただけで、帳簿を、すでに持っていた別の帳簿らと脇に抱える。続いてストエル先任は、急に真顔になる。
「投擲砲丸の補充は、要求通りには行えない。節約して使え」
「二中から分けてもらえないんですか」
 思わずルキアニスは声を上げてしまった。ストエル先任は、何事でもない、という風に応じる。
「大隊長は、中隊間の砲丸貸与を禁じた」
 先任はそうしか言わない。でも言っていること、大変なことだ。
 後衛大隊にいる第二中隊は先導任務を分担していない。代わりに大隊長指揮下で、後衛大隊全体での戦闘を行う。先のアル・ディオラシスとの戦いのようにだ。その二中の砲丸を貸与しないと決められたのは、二中が使うからだ。大隊長はそう考えてる。
 そして、二中と後衛大隊の後ろには誰もいない。いつも通り、十三連隊はどこの連隊も踏み込んでいない敵中に踏み込む。それから先任は振り向く。
「アモニス、次の先導輪番はお前の三小だな」
「はい」
「捕虜を取れ」
「砲丸なしにですか」
「お前、魔道兵だろ」
「ひどい」
 白の五は、兵法魔術を数発しか放てない。砲丸よりずっと貴重な魔晶石から魔力を充填してもらうまでは。
 剽騎兵のための軽機装甲である白の五と緑の五は、足は速いけれど、甲では重機装甲より見劣りする。間合いが武器だ。今ならば、投擲で徹底して打ち据える。砲撃に比べてずっと弱い投擲であっても、砲丸のある限りいくらでも投げられる。敵がその槍を放つべきかどうか迷っている間にでも。
 盾に身を隠していようとかまわない。慣れてくれば、盾を上げていれば足を、盾を下げていれば頭を狙えるようになる。盾に当たったとしてもかまわない。アル・ディオラシスの盾は、帝國の黒の二が装備するような重厚な大盾とは違う。いずれ盾そのものが壊れる。そうしながら白の五を展開させ、敵の隊列の側面に回り込み、投擲を続けながら、近接する。最後に、必ず二機以上で、投擲援護下で突入する。そうなって、初めて敵の槍と、こちらの手槍とのやりあいになる。
「後方より友ぐーん機!」
 警衛従卒の声がする。
「来たな」
 ストエル先任が振り向く。ルキアニスも見た。今、誰かが機装甲で来るとしたら、オゼロフ中隊長くらいだろう、とルキアニスは思っていた。
 けれど違っていた。駆けてくる機は、単機などではなく、四機もいた。しかもそのうち一機は、連隊長のしるしの房飾りを兜甲からなびかせている。残りの二機は軍旗警衛小隊のものだ。最後の一機が中隊長記章をつけたオゼロフ中隊長の機だ。さらに何騎もの騎馬が、機装甲の蹴立てる砂ぼこりの脇を駆けてくる。
「・・・・・・」
 驚き、それからルキアニスは慌てて搭乗衣の釦を閉じた。その間にも四機は駆け脚の音を響かせ、砂埃を蹴り上げながら、天幕へと近づいてくる。警衛従卒が警笛を吹く。
「機装甲接近注ー意!」
 四機は天幕を前に足を緩め、やがて止まり、片膝をつく。背甲が開かれ、まずオゼロフ中隊長が下りてくる。彼が機側で背を伸ばすのは、連隊長を待っているからだ、シルディール連隊長の姿は、遠目にもすぐにわかる。機装甲の背を伝い降りてくるときも、こちらへ向かって歩いてくるときも。こちらの天幕で、中隊先任も先小も、いそいそと釦を閉じ始めるのが、なんだか可笑しかった。
 機装甲に随伴してきた騎兵は連隊参謀だった。一人はいつも通りの、髭のクロワティス情報参謀、もう一人にルキアニスはさらに驚いた。銀髪は見間違えようがない。いつもは連隊本部にいる、ローサイ連隊参謀長だ。
 敬礼と答礼。つづいて連隊長は、常の通りに楽にしてよいと言い、状況説明を求める。連隊長はいつも通りだ。
「組織的な抵抗は見られません。ただし、重機装甲からなる残置とみられる部隊と交戦しています」
 ストエル先任は皮布の地図を示しながら言う。
「敵機調査を実施しました。敵の機体と武具は健全な状態を維持しております。国王直掩から残置されたものかどうかはわかりません。命令書等は無し。身分についてははっきりしません」
「生存は無しか」
 クロワティス参謀が問う。ヴィルヌス先小が応じる。
「戦意は高く最後まで抵抗しました」
「次は一人くらい生かしておいてくれや」
「可能ならば実施します」
 中隊先任の答えに、情報参謀はあまり興味なさそうにふんふんとうなずく。どちらもそう簡単じゃないとは、わかっている。
「中隊の整備状況と、籍簿を」
 連隊長は問う。先の機籍簿をもって中隊従士長が進み出て、それらを手渡す。ストエル先任は口頭報告も行う。稼働率は今のところ規定を維持しており、中隊段列の部品部材も想定通りの消耗率である、と。
 聞きながら連隊長は手ずから籍簿へ目を通す。革の手袋を外して、それを何気なくベルトの輪にたばさんで。天幕の下が静まりかえる。ルキアニスは横眼に連隊長を見る。搭乗衣も規定の通り、すべての釦を閉じてある。でも、汗ひとつかいていない。さざめいて気が流れる。それで気づいた。魔力の気配がする。連隊長は、風の魔術を使っている。
 連隊長は、帳面を閉じて、ローサイ参謀長へと手渡す。そのときルキアニスに気づいたのか連隊長もルキアニスを見る。目があっても、どうしようもない。慌てて何もなかったように目をそらした。
 いちおう、連隊長は先の働きを褒めてはくれた。イトメ丘への連絡任務のことだ。ただ、もっと大事だったのは、マルクスがやった、アル・カディア軍との連絡のほうだったけれど。
「・・・・・・」
 ローサイ参謀長は、口元に手をやり、何事か考えながら帳面を見ているようだった。図嚢から取り出した覚書と見比べている。
「消耗品は想定通りです。この環境で、むしろ戦力状況は良いとは言えます。ただ、今は稼働率を保てていますが、二日程度で稼働率半数に至るとお考え下さい」
 綺麗な人だけれど、女性でも古人でもないと聞いていた。彼はごく冷静に言う。
「稼働率だけで言えば、二中と入れ替えるほうが良いと考えます」
 半数は大事な目安なのだと、上騎教育のときに教えられていた。定数七機一個小隊。稼働率八割を保って五機以上を戦闘に投入できるようにせよ、と。戦列機装甲では、稼働率で戦列の長さと、列の段数が決まってしまう。八割の稼働率を保っていれば、五機列三段の戦列を作れる。稼働率半数だと中隊戦列の間を広げたり、一段減らさねばならない。陣形全体の長さが足りなければ、布陣の翼側が足りなくなり、側撃の危機が強まる。中隊戦列隊形が互いに開きすぎていれば、敵に付け込まれる。段数が足りなければ、戦列の耐久性が正規の半分になってしまう。前列だけでは戦列は戦力を発揮できない。二列三列の守りこそが、戦列の力の厚みをもたらす。稼働率を保てと上騎に至るまで厳しく求めるのはそういうことがあるからだ。
 剽騎兵では、機数の差しさわりはもっと大きい。機動性を生かして進出しても、戦闘参加可能機数が半分では、そのまま敵への対応力が落ちる。進出した小隊は、その数でだけ、まずは対応しなければならない。投擲にしろ、手槍での近接戦にしても、数が足りなければせっかく進出した地形を捨てねばならない。敵の機装甲と同数以上の数を、小隊単位で集められなければ、地の占領ではなく、地積を生かした運動戦を行うようにと指導されていた。もちろん小隊以下では運用しない。それは連隊長命令が必要だった。
 しかも十三連隊はどの味方より先に敵地に入る。だから緑の五は、消耗部材のいくらかを機側に積んである。普段は中隊段列から引き渡される部品部材を使う。機側のものは、進出時とかの弾列からの供与が難しい時でなければ、手をつけてはいけないことになっている。
 そして今は、機側部材の使用許可が出ているときだった。もちろん、連隊長の許可でだ。
「・・・・・・」
 連隊長は、とんとんと、可搬卓を指先で叩きながら、皮紙の地図を見下ろしている。その横顔は、何を思っているのかはわからない。そもそも、連隊長の見ている地図はアル・ディオラシスのものだ。先の戦闘で鹵獲されたものだと聞いていた。これだけ大きくて、またそれなりに子細であることから、高級指揮官の所持品だろうと皆が言っていた。ただ、帝國の地図のように、正確な距離では書かれていない。帝國の地図ならば、方位と距離は正確に描かれている。そうでなければ兵站所要の見積もりに使えないからだ。
 ただし、正確に描かれているのは、先導の到達したところまでだ。その先のことは、この地図でなければわからない。
「連隊長は前進偵察を実施する」
 不意に連隊長は言った。
「第一機装甲中隊長と第三小隊長は同道せよ。参謀は現位置で待機。騎兵は連隊長に同行せずともよい。馬を労わってやれ」
 かかれ、の命令に、左胸を拳で打つ敬礼で答える。
 熱く乾いて淀んでいた気が、何かに吹き払われたように思える。それは皆も同じなのだろう。天幕の下の姿が、それぞれに動き始める。
 ルキアニスは小隊従士長へと振り向く。小隊長が前進するなら、小隊の指揮権を委譲しなければならない。そうでなければ、小隊長の最後の命令を守り続けるか、小隊先任騎士に独断専行をさせねばならなくなる。小隊先任騎士ともなれば、いつでも小隊長になれるだけの力がある。独断専行の能力は疑っていないけれど、小隊先任だって物事はすっきりやれたほうが良いはずだ。
「三小従士長、命令伝達。三小隊長は、連隊長、中隊長の前方偵察に随伴する。その間、三小は小隊先任騎士が指揮を執れ。三小の輪番出撃順に変更なし。以上。準備しておくように言っておいて」
 小隊従士長は、準備継続、まで復唱してみせる。そもそも小隊長格ならば、単に疲労からの回復を含めて、交代がよくある。よし、というルキアニスの確認、敬礼と答礼のあとに、小隊従士長は言う。
「お気をつけて」
「ありがとう」
 うなずき返し、振り返ると、オゼロフ中隊長が立っていた。妙に楽し気にも見える。
「あの、なにかおかしかったですか」
「いや、何もおかしくはない」
 真顔に戻ったオゼロフ中隊長はうなずき返す。
「問題はないか」
「はい」
「よし、行け」
「はい」
 敬礼と答礼。ルキアニスは駆け始める。連隊長はもう機へ向かっていて、彼女を待たせるわけには行かない。









10年目にして、神官さんを出した。
彼は一応、暗算で、稼働率を計算している。彼は天才なので、帝國数学会に因数分解について等の論文を提出、掲載されている。
と、いうことは、アムリウスが参考にした諸文献の中には入っており、ローサイの名に気づけば、ああ、あなたが、ということになる(すげえキャラだなw まあ神官さんだしw)。フーシェとのつながりは不明(数学つながりでフーシェかよ、すげえな神官さんw)。ルイ・フランシスは彼を自己の幕僚候補にしていたと思う(数学キャラだからな、神官さんw)。もともとの兵科も砲兵じゃないかと思う。
そのまえにシル子がかっさらっていった。剽騎兵部隊編成にあたって、シル子にはあらゆる兵科から必要な人間を集めることができたから。シル子は経験からだけで、部隊運用をする気が無かった。連隊の戦力発揮について必要な業務を行い続けた神官さんは、後に「ローサイ水準」と呼ばれる機装甲の稼働時間と重大故障率についての目安をつくる。五系列についてはローサイ水準に基づいて、各部品の強度が再検討され、信頼性はさらに高まることになる。青の三には、すでに経験に基づく改修が行われているので、五系列は、青の三の信頼性水準に速やかに追いついた、ということになる。
軽量化と耐久性の両方を達成しなければならない白/緑系列への、運用側からの有効なリコメンドということになる。すげえな、神官さん。まあ、神官さんだからな。仕方ないw 神官さんくらい天才キャラならば、天才軍師枠の郭嘉とガンガンやりあっても、まったく違和感がない。問題は書き手に書けないことだけだ。
そして神官さんを描いていても、主人公はシル子だ。

投擲も久しぶりに行った。
投擲を砲丸に設定したのは、僕の勝手なのだが、劇中のようなことを想定していた。10年目の実装だ。
砲丸は重量はあるが、嵩が小さく、集積にも品質管理にも有利で、訓練費用が小さく、習得が容易で、障害物から歩兵、機装甲、騎兵にいたるあらゆる兵科に対応可能で、さらに砲丸の補給は帝國の兵站に組み込まれている。
弱点は、射程が短いこと。ただし装甲と機動性を持つ五系列機の機動戦闘にとっては、たいした問題ではない。発射数を稼げるから、曲射投擲での阻止効果は、他の投射武器にひけをとらない。戦術射程の劣勢も、ほとんど問題にされないどころか、射撃チャンスが極めて多いために、むしろ積極的な投擲制圧が可能だろう。
もう一つの弱点は、装甲貫通能力が低いこと。初速が低く、威力が低いから、機装甲への効果も低い。相互に近接した戦列戦では問題になるだろうが、剽騎兵の機動戦闘ではそれほどの問題にならないだろう。貫通力が低いが、衝撃力は大きいことは利点でもあり、それらは歩兵戦列、歩兵陣地、軽障害などの破壊に有効に寄与できるだろう。
三つ目の弱点は、投擲兵の密度を高められないこと。これは本質的には解決できない。
これらの弱点は、投擲がニッチェ兵器でしかないことを示している。敵の投射武器を有効に制圧する、投射武器としての本質的な性能で劣っているのは、あきらかだ。しかし帝國ではその本質的な能力を追求した兵科、砲兵が大きな地位を占めている。また、その能力向上が不断に続けられている。ゆえに投擲を、補助兵科としての剽騎兵に、投擲を採用する余地があるのだ、ともいえる。

剽騎兵運用は、まあたまにはやってるんだけれど、運用上の規定みたいなものをちゃんと出したのは10年ぶりな気がする。帝國の機装甲は本来は中隊が単位なんだけれど、中隊単位では運用してられないから、小隊が最小単位になってる(おかげさまで小部隊運用を心行くまで楽しんでいる)。小隊最小運用数は3機。それ未満では運用しない。僕が書いている時には、そのレベルに追い詰められたことは無いことになっている。小隊未満に分割するのは中隊長権限では行えない(だからシル子は直接ルキマルを引き抜いている。彼女だけに出来るカード運用なのだ)。三機というのは稼働率から決められていることで、稼働率と機の状態、通常運用可能な青札、運用に注意が必要だが稼働不能ではない黄札、可動できるが運用ができない赤札、可動すらできない黒札、なんてのを(勝手に)決めてはいたんだが、10年経って運用に噛み合わせての初登場という奴だった。
 戦列機装甲中隊長は、中隊戦列が何故ここに配置され、どのような役割を与えられているか理解したうえで、指揮してるんだとしみじみ思う。小隊長の力量を把握し、小隊のチームワークと戦技を把握し、錬成している。力量ある中隊が、連隊陣形のどこに配置されるかも、連隊長の指揮力量の内なんだろう。筆頭中隊の騎士は鼻高々で、中でも前列小隊、さらにはその中央を担う小隊長は、それこそ出来る奴扱いなんだろう。以前からちらちら出している選抜機甲兵というのは、そういった認識なのだと思っている。
 一方で、剽騎兵機装甲の小隊中隊指揮官育成手法は未開拓で、ごくごく属人的にしか行えていないのだろう。十三連隊物の初期教育が様々だったのも一応、意図してはいた。一個連隊に古人を二人とか、指揮官幕僚は集めたい放題とか、黒騎士上がりの皇族士官が連隊長とか、さらに特別に黒騎士小隊が配属されているとか、必要性は認識されていても、それにこたえうる部隊の錬成が可能かどうかはまったく未知数だったに違いない。
 運用の定石をおさえていても、思わぬ損害を受けると、急速に戦力を喪失していってしまう、というのは前から書いてるか。強固な抵抗にあったときに、力押しに粉砕する後ろ盾が必要で、それが部隊サイズなのか、部隊の質なのかを、測りかねると、剽騎兵無用論になり、その金で黒騎士大隊をもう一個増やせ、ということになる。剽騎兵も旅団運用を基準とし、旅団に白のみからなる軽駆逐機大隊あたりを作る、が結論になるかもしれない。剽騎兵旅団は、黒騎士大隊より安価に、黒騎士大隊のできないことを行え、混成旅団より足が速く、軍団単位に大きな貢献ができるようになる、といいなあ、とは思う。

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最終更新:2019年09月28日 21:29