「おにぇーしゃん! ゆっくちいってらっしゃい!」
「行ってきます、れいむ。いい子にしてるのよ?」
私は普通のお姉さん。
巷では虐待だの愛でだのとゆっくりへの対し方はいろいろあるらしいが、私は特にそういった趣向は持っていない。
それなのに私はゆっくりれいむを飼っている。いや、飼っているというのは正しくない。
れいむは私のペットではなく、ただ家に置いているだけだ。
なぜかと言えば、それは数日前のことだ。
仕事を終えて家路を歩いていたら、茂みから小さなれいむが出てきた。
野生のゆっくりを里の近くで見るのは珍しいといえば珍しいが、皆無というわけではない。
しかし、どう見ても子ゆっくりにもなっていないほどの大きさのゆっくりが一匹だけで行動しているのは気になった。
辺りを見回しても、親ゆっくりの姿は見当たらない。
「ねえ、君」
「ゆっ!? ゆっくちちちぇいっちぇねっ!?」
声をかけると、怯えたように体を膨らませて威嚇してくる。
とはいっても、赤ゆっくり程度の大きさでは膨らんだところでたいした変化はないのだが。
「ご、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら……あら?」
膨らんだことで傷口が開いたのか、れいむのほっぺたの辺りから餡子が漏れていた。
「ゆあーん! いちゃいよおお! おきゃーしゃーん!」
大粒の涙をこぼしながら母の名を呼ぶれいむ。しかし、親が助けに来る様子はない。
「大変! 怪我してるのね。ちょっと待ってね」
鞄の中から水筒を取り出す。中身は麦茶に砂糖をたっぷりと入れたものだ。
ゆっくりについて詳しい話は知らないが、怪我したゆっくりにはオレンジジュースをかけてやると良いと聞いたことがあった。
あいにくオレンジジュースはなかったが、甘い飲み物なら少しはマシだろう。
甘党で良かった、と思う。たとえ体重と戦う運命にあろうとも。
ハンカチを麦茶で濡らし、れいむの傷口に優しく当てる。
「ちょっと痛むかもしれないけど、我慢してね」
「ゆあーん! ゆあーん! ……ゆゆ、ゆっくちいちゃくなくなっちぇきちゃよ!」
見れば、ほっぺたにある大きな傷のほかにも小さな傷が無数にある。
もう一度ハンカチを麦茶に浸し、体全体を撫でる。
「ゆゆーん! しゅっきりー!」
「もう大丈夫ね。ねえ君、お父さんやお母さんはどうしたの?」
「ゆ……ゆあーん! おとーしゃーん! おきゃーしゃーん!」
しまった。落ち着いたと思ったけれど、いきなり核心を突くのはまずかった。
おろおろしながら周囲を見回すと、大きめの葉っぱが目に入る。
その葉っぱを一枚ちぎり、れいむの前に置いて、そこに少量の麦茶を注ぐ。
「ね。これ飲んで落ち着いて。ね?」
「ゆあーん! ……ゆ? このおみじゅしゃんにゃんだかちょっちぇもあまあまだよ!」
ふう、と胸をなでおろす。どうやら落ち着いてくれたようだ。
「ぺーろぺーろ! しゃーあせー!」
お腹もすいていたのだろう。一心不乱に舐め続ける。
おかわりを三回ほどしたところで、今度は少し遠まわしに尋ねてみる。
「ねえ、君はどこから来たの?」
「ゆ? れーむはもりしゃんにすんでるよ!」
ファーストコンタクト成功。心の中でガッツポーズをとる。
「それじゃ、どうしてここまで来たの?」
「ゆ……みんにゃでおしゃんぽしてたら、れみりゃがきちぇ……」
れみりゃ……というのは、確かゆっくりを捕食するゆっくりだったと思う。
「おとーしゃんがおちょりになるっちぇ、おきゃーしゃんがにげりょって……ゆあーん!」
また泣き出してしまったが、大まかの事情は理解できた。
幸せに暮らしていたゆっくり一家。
みんなで散歩に出ていたところに、捕食種であるゆっくりれみりゃが襲ってきた。
父ゆっくりが囮になってれみりゃの気を引いている間に、母ゆっくりが逃がしてくれたのだろう。
だけど、今母ゆっくりが近くにいないことを考えると……その先をれいむの口から聞くのはためらわれた。
「よしよし、泣かないで。……そうだ、お姉さんのおうちに行きましょう」
「ゆ? おねーしゃんのおうち?」
「そうよ。美味しいお菓子もあげるわ」
「ゆ! おかち!」
「ふふ。決まりね」
私はれいむを抱えると、家路を急いだ。
それから数日。れいむはまだ私の家にいる。
お菓子もあげるし、時間があれば遊んであげる。
その時にれいむは必ず「しゃーあしぇー!」と言ってくれるが、ことある毎に窓の外を見ては「おとーしゃん……おきゃーしゃん……」とさびしげに呟く。
いくら最高のゆっくりプレイスだとしても、両親がいない寂しさを埋めることは出来ないのだろう。
無言でれいむの頭を撫でてやる。
「ゆゆ! おねーしゃん、くしゅぐっちゃいよ!」
幸せそうに笑うれいむだが、やはり表情には陰がある。
このままではいけないのだろう。
しっかりと両親がもういないであろうことを伝えなければいけない。
そして、野生に帰るか、それとも……。
ふう、とため息をつく。まだ早い。まだ真実を伝えるには早すぎる。
それに、万に一つの確率で両親が生きているかもしれない。
れいむと、それに私の決心が付くまで、もう少しこの生活を続けてもいいだろう。
そんな風に結論を先延ばしにしながら、また数日が経った。
私が家を留守にしている間に、二匹のゆっくりが家を訪れた。
まりさとありす。どうやら、人間の食料を奪いに来たらしい。
「ゆゆ! にんげんのいえにれいむがいるんだぜ!」
「まだちっちゃいあかちゃんじゃない!」
「ゆ? ゆっくりしちぇいっちぇね!」
いつものようにれいむが窓の外をぼんやりと眺めていると、二匹はれいむに気づいたようだ。
「なんでにんげんのいえにれいむがいるんだぜ?」
「ほかのゆっくりはいないのかしら?」
「ゆゆーん……れいむのおとーしゃんとおきゃーしゃんはれみりゃに……れみりゃに……」
ゆぐゆぐと泣くれいむを傍目に、まりさとありすは相談を始める。
「どうやられいむだけみたいなんだぜ」
「そうみたいね。それにしてはひろくてとかいはなゆっくりぷれいすじゃない」
「れいむにはもったいないんだぜ! ゆっへっへ、まりさにいいかんがえがあるんだぜ!」
悪巧みというものはもう少しこっそりとやって欲しいものではあるが、幸か不幸かれいむは二匹の様子には気づいていない。
「それはかわいそうなんだぜ! まりさとありすがれいむのおとうさんとおかあさんになってやるんだぜ!」
「ゆ? おとーしゃん? おきゃーしゃん?」
「ゆ! そうよ! きょうからわたしがれいむのとかいはなおかあさんよ!」
まりさの意図に気づいたらしいありすも迎合する。
「いっしょにゆっくりするんだぜ!」
「とかいはなこどもにしてあげるわ!」
「おとーしゃん! おきゃーしゃん!」
窓ガラス越しにすーりすーりしながら、まりさとありすは悪い笑顔を浮かべる。
「ゆっへっへ。こどものものはおやのものなんだぜ!」
「さすがまりさ! とってもとかいはね!」
「ただいま、れいむ……あら?」
仕事から帰ってくると、窓の外に二匹の見知らぬゆっくりがいた。
「おねーしゃん! おきゃえりなしゃい!」
「やっとかえってきたんだぜ! にんげんはさっさとここをあけるんだぜ!」
「そうよ! こんなさむいところとかいはじゃないわ!」
「ええと……れいむのお友達?」
「おちょもだちじゃにゃいよ! おとーしゃんとおきゃーしゃんだよ!」
「そうだぜ! まりさはれいむのおとうさんなんだぜ!」
「ありすはとってもとかいはなれいむのおかあさんよ!」
れいむが家に来てから、ゆっくりに関して少しだけだが調べてみた。
近所にゆっくりについてとても詳しいお兄さんがいたので、その人に話を聞いたのだ。
そこで知ったことなのだが、ゆっくりは親のどちらかの種として生まれるらしい。
つまり、何か特別な理由でもない限りはこの二匹がれいむの親であるという可能性はない。
なのだが……。
「ねえ、れいむ。本当にまりさとありすがお父さんとお母さんなの?」
「しょうだよ! おとーしゃんとおきゃーしゃんだよ!」
ぴょこぴょこと飛び跳ねながら喜びを表すれいむ。
本人がそう言うのであれば……私が口を挟む問題じゃない。
「はやくここをあけるんだぜ! おかしももってくるんだぜ!」
「ぐずなのはとかいはじゃないわ! まったく!」
まりさとありすも口は悪いが、きっと早く子供に会いたいんだろう。
鍵を開けて、窓を開ける。
「ゆっへっへ! ここは――」
「それじゃあ、まりさ。ありす。れいむのこと、よろしくお願いするわね」
「ゆ? そんなことはどうでも――」
「おねーしゃん! ゆっくちおせわになりました!」
「ちょっとどこいくのおちびちゃ――」
「あの子はずっと室内育ちだから上手に狩りとか出来るか心配だけど、ゆっくり長い目で見てあげてね」
「まりさのはなしをきいて――」
「これ、今日のお土産だったんだけど。餞別になっちゃったわね……はい、れいむ」
「ちょっときいてるの――」
「ゆゆ! しゅーくりーむしゃんだよ! ありがちょうおねーしゃん!」
「だからここはまりさの――」
「おとーしゃん! おきゃーしゃん! ゆっくちおうちにかえっちぇたべよーにぇ!」
「ありすたちのおうちはここ――」
「それじゃあね! ばいばい、れいむ! 元気でね」
名残惜しくないと言えば嘘になる。
だけど、れいむがゆっくりと過ごせる未来を自分で選んだのだ。
それを尊重してあげるのが、一番の幸せだろう。
窓を閉めて、カーテンを閉める。
いつまでも私が未練がましく見ていたら、きっとれいむも寂しくなるだろうから。
れいむも大好きだった幻想楽団の音楽を流しながら、一つになってしまったシュークリームを食べる。
大好きな味なのに、今日はなんだかしょっぱかった。
「ゆ? おとーしゃん。おきゃーしゃん。ゆっくちおうちにあんにゃいしてにぇ!」
「どぼじでおぞどにいっぢゃうのおおおおお! おぢびぢゃんのおうぢはあぞごでじょおおおお!」
「ゆゆ? あそこはおねーしゃんのおうちだよ!」
「なんでぞんなごどいうのほおおおおおお!」
「ゆゆゆ? へんなきょといっちぇないでゆっくちおうちにかえろうにぇ!」
まりさとありすの脳内では、あの家はれいむのおうちだった。
そして、自分たちがれいむの親になれば、そのおうちに一緒に住むことが出来る。
れいむはしばらくしたら追い出せばいい。
そうすれば、人間のおうちを自分たちのものに出来る。
そんなことを考えていた。
しかし、れいむはあのおうちがお姉さんのおうちであるということを理解していた。
だからどれだけゆっくり出来る環境であったとしても、自分が帰るべきおうちは外にあると理解していたのだ。
呆然としていたまりさとありすだったが、ふつふつと湧き上がる怒りのままれいむを叩きつける。
「ゆえ!? どうちてきょんにゃことしゅりゅの!?」
「ぐずなれいむのせいでさくせんがだいなしだよ! ぷんぷん!」
「まったく! いなかもののれいむのせいよ!」
「ゆえーん! おとーしゃあああん! おきゃーしゃあああん!」
「うるさいね! まりさがれいむのおとうさんのわけないでしょ!」
「そうよ! まりさとありすのこはもっととかいはでかわいいこよ!」
少しは大きくなったとはいえ、まだ子ゆっくり程度のれいむ。
そんなれいむが成体二匹から怒りのこもった体当たりを何発も受けたのだ。
「これで綺麗になったわ」お姉さんに綺麗にしてもらった肌はボロボロに。
「さらさらで羨ましいわ」お姉さんに綺麗にしてもらった髪はボロボロに。
「ゆっくりできないれいむはゆっくりしね!」
とどめの一撃。
「もっちょ……ゆっくりしちゃきゃっちゃ……よ」
二匹の息のあった体当たりで、れいむは吹き飛ばされて……動きを止めた。
「うっめ! これめっちゃうめ!」
「ま、まあまあのあじね!」
そんなれいむには目もくれず、シュークリームを貪り食う二匹。
「ゆべし!」
「ゆでぶ!」
突如、二匹に脳天直撃の衝撃が襲う。
「これは……どういうことかしら?」
別れた数分後。
耐え切れず、私はれいむの様子を窺いに外に出たのだった。
ゆっくりとした両親に囲まれて、ゆっくりとおうちに帰るれいむ。
そんな光景を想像していた私には、この光景は衝撃だった。
急いでれいむを抱え上げ、オレンジジュースをかける。
服が汚れるのも気にせずに、何本も。
三本目をかけ終わったところで、れいむが目を開けてくれた。
「ゆ……? おねー……しゃん?」
「よかった……よかった!」
そのまま眠ってしまったれいむをタオルに包んで、テーブルに置く。
そして改めて外に出たところで――今に至る。
「はなすんだぜ! はなすんだぜ!」
「どういうことって聞いているのよ」
右手にまりさ、左手にありすを鷲掴みにしたまま問いかける。
「いなかものなにんげんははやくとかいはなありすをはなしなさい!」
掴んだ両手に力を込める。
「ゆぎいいいい! やべるんだぜええええ!」
「どがいはじゃないわあああああ!」
「もう一度聞くわ……これは、どういうこと? あなたたちはれいむの親じゃなかったの?」
「ばりざがでいぶのおどおざんなわけがないでじょおおおお! ばがなの? じぬの?」
「ぞうよ! あんないながもののでいぶがありずのごどもなわけがないわあああ!」
なるほど。
つまりは、この二匹は……れいむを利用しようとしたわけか。
こうなってくると、私はゆっくりについての見識を改めなければいけないようだ。
「はやくはなすんだぜ! あとさっきのあまあまをもっともってくるんだぜ!」
「そうよそうよ! とかいはなありすにすてきなゆっくりぷれいすをわたしなさい!」
……こいつらがれいむを利用しようとしたのなら。
私が、れいむのために、こいつらを利用させてもらうとしよう。
「ゆゆ……」
れいむはすっかりと沈み込んでしまっている。
それはそうだろう。両親を二度もなくしたようなものなのだから。
「おとーしゃんとおきゃーしゃんじゃ……にゃかっちゃよ」
優しく、頭を撫でてやる。
「ねえ、れいむ。良かったら……」
「ゆ?」
「良かったら、このおうちで一緒に暮らしましょう?」
「おねーしゃんのおうちで?」
「私はれいむのお父さんでもお母さんでもないけれど、お姉さんにだったらなってあげられるわ」
「ゆ……ゆゆ……」
「もちろん、嫌ならかまわないんだけど」
「しょんにゃことにゃいよ! れいむもおねーしゃんだいしゅきだよ!」
「ふふ。決まりね」
そうして、今も私はれいむと一緒に暮らしている。
「おねーさん! ゆっくりはやくかえってきてね!」
「はいはい。れいむがいい子でお留守番していたらね」
今ではすっかり大きくなったけれど、れいむはまだまだ甘えん坊だ。
「わかったよ! れいむいいこでおるすばんしてるよ!」
「そうしたら、ご褒美買ってきてあげるから」
「ゆ! いってらっしゃい、おねーさん!」
「うん、行ってきます」
飼いゆっくりは総じて、美ゆっくりになることが多いらしい。
私が言うのもなんだがうちのれいむもかなりのものだ。
人が留守のうちに家に忍び込んで飼いゆっくりに被害が出るケースも少なくないらしい。
だけど、我が家は安全だ。
なぜなら――。
「ゆっぐり……ざぜで……」
「ごんなの……どがいはじゃ……ないわ……」
ゆっくりが進入してきそうな玄関や窓の前に、透明なケースが置かれている。
その中にはあの二匹がそれぞれ入れられている。
もっとも、一目でゆっくりと理解するのは難しいかもしれない。
どちらも足を焼かれ、目を刳り抜かれ、髪を剃られ、体中に針が刺さっているのだから。
いわば、これはゆっくり避け。
外から来たゆっくりに、ここはゆっくり出来ない場所だと認識させる。
定期的にゴミを餌として食べさせているから死ぬこともない。
近所のお兄さんに教わったのだが……彼は一体どこからそんな情報を仕入れているのだろうか。
それはそうと、効果はかなりのものだ。飼いゆっくり被害に悩まされている人は、試してみる価値はあるんじゃないだろうか。
「いっぞ……ごろじで……」
「ゆぎいいいい! いだいわあああああ!」
……この怨嗟に耐えられるのならば。
最終更新:2009年01月19日 20:10