このSSは、風船Ⅰ(ゆっくりいじめ系744・ fuku2272)の続編です。
読んでない方は、先にそちらからお読みください。





「ゆゆ――――!! しゅごいよ!!」

子ゆっくりたちは、大空の広大さにアヒル声で歓声を上げている。
れいむも、子ゆっくりと一緒に喜びを分かち合いたかったが、口に咥えた紐のせいで、上手く言葉を放つことが出来なかった。
しかし子ゆっくりとは違い、自分は空を飛べないということを頭で理解しているれいむの興奮は、ある意味子ゆっくり以上だった。
ともすれば、うっかり口元が弛んで紐が落ちそうになったことも、もう何度目になるだろうか。
その度に、「いけないいけない!! これを落としたら戻れない!!」と紐をしっかり噛みしめるも、すぐに空を飛んだ興奮に頭を取られ、うっかり紐を落としそうになってしまう。

風船は割れさえしなければ、結構なスピードで、どこまでもどこまでも上っていく。
しかし、れいむや子ゆっくり、ハンモックなどの重さも加わっているので、風船は緩やかなスピードで、上空に昇っていた。
しかも、横風も微かに吹いている程度なので、ゆっくりゆらゆら、まさに一家が望んだような空の旅を満喫出来た。

「みちぇ!! もりがあんにゃにちいしゃくなったよ!!」
「りぇいむたちのおうちはどこかにゃ?」
「あっちにおっきなみじゅたまりがみえりゅよ!!」
「ゆゆっ!! にんげんがありしゃんみたい!!」

子ゆっくりの嬉しそうな声に、れいむは大満足だった。
れいむも、自分が世界の頂点にでも立ったかのような気分になり、ご満悦だった。
それが、後一時間程度の最後の一家団欒だとは、この時の一家には考えも付かなかった。



「ゆっ? にゃんかちょっと、ちゃむくなってきたよ!!」

もうどれだけ高く昇っただろうか? 一家には及びもつかないくらい高く昇ったころ、一匹の子まりさが、ブルっと体を震わせた。
そんな子まりさにつられるように、他の子ゆっくりたちも、少し体を震わせている。
れいむも、風船が昇っていくにつれて、だんだん気温が低下しているのは気が付いていた。
おそらく遠くまで飛びすぎて、うっかりと寒い場所に来てしまったのだろう。
せっかくの空の旅も、寒いのでは台無しだ。
そろそろ家に帰ろう。もう空は存分に楽しんだ。

「あかひゃんたひ!! ほうおうひにはえほうへ!!(あかちゃんたち!! もうおうちにかえろうね!!)」

紐を咥えながら、上を向き、子ゆっくりたちに了解を取る。
子ゆっくりたちも、さすがに寒くては、空の旅も楽しくないと感じたのか、「おうちにかえりょうね!!」と、れいむに返した。

子供たちの了解も取れたれいむは家に帰ろうと、男がしていたように、咥えた紐を引っ張ろうとしたその時、突然自分のすぐ上で「パンッ!!」と、乾いた音が鳴り響いた。
それと同時に、安定していたハンモックがグラっと傾いた。
一体何事だ? こんな空の上でも地震が起きるのだろうか?
れいむは呑気にも、少し前にどこかで聞いた音がしたほうへ目を向けようとしたその時、自分の目の前を猛スピードで何かが落ちていった。

「ゆっ!?」

目の前を落ちていったものは、小さい何かだった。
一瞬、通り過ぎる時、自分の子供の声が聞こえた気がした。
早すぎてよく分からなかったが、自分の可愛い子まりさに似ていた気もする。
すぐさま下を除いてみると、遠目からはゴマ粒のようなものが見えただけだった。
れいむは訳が分からず、音がしたほうを見上げた。

……なんか、一個風船が足りない気がする。
数を数えればいいのだが、れいむは5以上の数を数えられないので、あくまで何んとなくとしか分からなかった。
れいむは何が起きたのだと、子ゆっくりたちに説明を求める。
しかし、その現場を目撃した子ゆっくりは1匹も居なく、事態を正確に把握しているものは居なかった。
どこかで聞いたような音がなり、ビックリして音の鳴ったほうを向いたら、なんかお姉ちゃん(妹)が消えていた。
それが子ゆっくり達共通の感想だった。
れいむは、子まりさがどこに行ったのかと、周りを見渡し、子まりさを探した。
しかし、どんなに探しても、子まりさの影も形も見当たらなかった。

「おかあしゃん!! おねえちゃん、どこにいっちゃったにょ?」

子ゆっくりの言葉に、れいむの胸中に汗が流れる。
あの音がしたとき、目の前を落ちていった物体は、もしかしたら自分の子供だったのではないか?
れいむは、あの音は風船が割れた音に似ていたのを思い出した。
しかし、かぶりを振って、そんなことはないと胸中で否定する。
あのおじさんが言っていた。風船は尖った物を当てると、割れてしまうと。
ここには、あの風船が割れた時のような鋭い石は一個もない。
尖った物を当てさえしなければ、風船は割れる筈がない。だから、子まりさの風船はどこかにある。
これが、れいむが考え付いた三段論法だった。

しかし、そうなると、子まりさがどこに行ったのかますます分からなくなった。
自分の見える範囲には、子まりさの乗った風船はない。
一体どこに……と思った時、れいむはあることが閃いた。
そうだ!! きっと上に居るに違いない!!
計24個もの風船で飛んでいるので、上を向いても空が見えないほど、風船がひしめいている。
きっと子まりさは、あの風船が密集しているそのまた上にいるから、れいむたちには見えないのだ。
そうと分かれば話は簡単だ。全員で上に隠れている子まりさに声を掛けよう。
れいむは子供たちを向き、そのことを伝いようとした。が……


パーン


れいむの目の前で、1匹の子れいむの乗った風船が破裂し音を出したかと思うと、自分の目の前から消えていった。
子れいむは、一瞬でれいむの横を通り過ぎ落ちて行き、ほんの数秒で豆粒大の大きさになり、すぐに見えなくなった。

「……」

いったいどういうことだ?
れいむはたった今起きたことが理解できなかった。

風船が割れた? そして、子れいむが下に落ちて行った?
なんで? 風船は尖った物に当たってないよ?
それじゃあ、何で割れたの?
ていうか、れいむの赤ちゃん、下に落ちて行ったよね?
下に落ちたってことは、もうここにはいないわけで、高い所から落ちると、ものすごく痛いわけで、痛いと死ぬこともあるわけで……

「ゆあああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――――!!!! れいむのあかちゃんがあああああああぁぁぁぁぁ――――――!!!!!」

いくら餡子脳のれいむでも、実際に現場を見て、ようやくこの事態が呑み込めたようだ。
今更ながら絶叫を上げ、下に落ちて行った子れいむを探している。
しかし、すでに子れいむの姿を確認することは出来るはずもなく、小さなハンモックの上で、ジタバタと焦りだしている。

それとは対称に、そんな母の姿を見ても、子ゆっくりたちは状況が飲み込めていないようだ。
生まれて間もない子ゆっくり達には、高いところから落ちたら危険ということが理解できないのだ。
れいむ同様下に目を向けるも、落ちていった子ゆっくりに、「さきにかえってじゅるーい!!」だの「おもしろしょー!!」だのと、呑気な事を言っている。
それがれいむの焦った心をイラつかせる。
例え状況が飲み込めていないとはいえ、落ちていった子が助かる可能性は限りなく低い。
それなのに、呑気に家族の危険を面白がっているとは何事だ!!

「すこしだまっててね!! ここからおちたらしんじゃうんだよ!! すこしはかんがえてね!!」

今まで、こんな大声で怒鳴られたことが無かった子ゆっくり達は、れいむの怒声に、一瞬で静まり返る。
自分たちがなぜ怒られたのか、すぐには理解できなかったが、しばらくれいむの言葉の反芻し意味をゆっくり理解した子ゆっくり達は、誰ともなしに震え上がった。
ここから落ちたら死ぬ。
子ゆっくり達も、さすがに死ぬということは理解できたようで、「ちんだらゆっくちできにゃいよ!!」と風船の中で、ぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。


ちなみに余談ながら、なぜ風船が割れたのか簡単に説明すると、気圧の違いのせいである。
上空に行けばいくほど気圧が低下するので、逆に密封された風船の中の気圧が高まり、膨らんで風船が破裂したという訳である。
全員の風船が一度に割れないのは、風船の大きさがバラバラだったからだ。
先の2匹は、運悪くパンパンに空気の入った風船に入っていた。
そのせいで、他の風船よりも早い段階で、限界が来てしまったのである。


しかし、そんなことを知るはずもないれいむだが、今の状況が安全ではないということは何とか理解できたようだ。
おそらく最初の子まりさも、子れいむと同じように下に落ちていったのだろうと推測を立て、これ以上子供たちを失わせないと、自分を奮い立たせた。

「だいじょうぶだからね!! おかあさんが、すぐにおうちにかえしてあげるからね!!」

れいむは、一言子ゆくっくりたちに声をかけた。
子ゆっくり達は、れいむの言葉も空しく、風船の中で騒いでいる。
次に落ちるのは自分かもしれない。その恐怖が子ゆっくり達をパニックさせているのだ。
しかし、それを落ち着かせる時間的余裕は一家にはない。
子供たちは不安で堪らないかもしれないが、まずこの状況を打破することが先決だ。
とにかく一刻も早く家に帰ろう。
運よく、さっきの悲鳴で放してしてしまった紐は、ハンモックに引っかかって落ちないでくれていた。
れいむは、再度紐を咥えると、男がやっていたように、ゆっくり確実に紐を引いていった。



おかしい。
もうどのくらい紐を引っ張ったのだろうか? よく分からないが、だいぶ引いたはずだ。
にもかかわらず、一向に風船の高度が下がっているようには見受けられない。
男が紐を引けば、子ゆっくりは下に降りてきた。れいむもそれを真似してやっているのだ。
しかし、さっきから地面が近くなっているどころか、逆に遠くなっている感すらある。
れいむは、紐の引きが足りないのかと、スピードを早めた。
いつ、さっきのように風船が割れて、子供たちが落ちていくか分からない。
焦りと不安を抱えながらも、今は紐を引っ張る意外、方法はなかった。
しかし、苦労の果てに紐を引いていたれいむに、最悪の結果が待っていた。
紐を完全に引き終えたのだが、どうしても風船は降りてくれないのだ。
まあ、それも無理はない。
れいむはハンモックの真下からぶら下がっていた紐を、延々と引いていたに過ぎないのだから。
例えるなら、犬が自分で自分のしっぽを追いかけまわし、延々と一人追いかけっこをしていたようなものだ。
紐を引く=元の場所に帰れると思っていたが、それは他人がやっての話である。
しかし、そんなことを知るはずもないれいむは、「なんでかえれないのおおおぉぉぉ――――!!!」と泣きながら、延々と無駄な努力を繰り返した。

しかし、畜生に神はいないのか、そんなれいむに、更なる不幸が舞い降りる。
風船が一気に2個も割れてしまったのだ。しかも、両方とも子ゆっくりの入った風船だった。

「ゆぎゃああぁぁぁ――――!!! おがあぢゃん!!!! たしゅけでえええええぇぇぇぇぇ―――――!!!!」
「おぢだくないよおおおおぉぉぉぉぉぉ―――――――!!!!!」

子まりさと子れいむが、れいむに助けを求めながら、下に落ちていく。
これまた、れいむの知るところではないが、子ゆっくりたちは、恐怖に耐えきれず風船の中で喚き、飛び跳ねまわっていた。
しかし、更に上空に上がり、風船はパンパンになっているのに、その中でそんなことをするのは、自殺行為に等しい。
結果、2匹は運悪くパラシュートなしの空中ダイブをする羽目となったのである。
れいむが、子ゆっくりたちに落ち着くように言ってさえいれば、多少は風船も持ったことだろう。
正に無知がもたらした悲劇としか言いようがない。

「あがぢゃああああんんん―――――――!!!!!
「おねえぢゃあああああんんんん―――――――――!!!!!」

ただ悲鳴を上げるしかできない一家。
さらに、れいむの今までの頑張りを無にするかのように、うっかり口から離してしまった紐が、シュルシュルとハンモックの下に落ちて行ってしまった。

「あああああああぁぁぁぁ―――――!!! ひもがああああぁあぁぁぁ―――!!!!」

ハンモックにはしっかり結びついている物の、自身の真下で縛ってあるので、その上に乗っているれいむに知る由もない。
まあ、紐が有っても無くてもこの状況が変わるわけではないが、そんなことを知らないれいむとって、この紐は唯一の生命線だった。
子ゆっくり達も、なぜれいむが叫んでいるかは分からなかったが、この叫びが嬉しい叫びでないことは十分理解出来たようだ。

「おかあしゃん!! もうやだよ!! ゆっくちはやくかえりょうよ!!」
「お、おうちにかえれないんだよ!!」
「ゆゆ――――っ!!! どうちてええええぇぇぇぇ――――!!!」
「ゆ……そ、それは、おかあさんがひもをおとしちゃったから……」
「おかあしゃんのばきゃぁぁぁぁ――――!!!! どうちておとちちゃうにょぉぉぉぉ―――――!!!」
「おかあしゃんなんてきりゃいだああぁぁぁぁ――――!!!」
「れいみゅ、ちにたくないよおおおおおぉぉぉぉぉ―――――!!!!」
「おかあしゃんなんてゆっくちちねええええぇぇぇぇ―――――!!!」
「ゆゆ―――……」

風船の中で、残った子ゆっくり達がれいむに向かって、罵詈雑言を浴びせている。
普通の親ゆっくりなら、「なんでぞんなごどいうのおおぉぉぉ――――!!!」などと、泣きわめくだろうが、れいむは子ゆっくり達の責めを素直に受けていた。
泣きたいのはれいむも一緒だが、紐を落としたのは明らかに自分の落ち度だ。
それに、大切な子供が4匹も下に落ちて行ったというのに、この場を動けず何も出来なかったという後悔の念が、れいむに重く圧し掛かっていたのだ。

とにかく、紐が無くなってしまった今、どうすればこの状況を打破できるのかが問題だ。
れいむは気持ちを切り替えることにした。
子供たちだって、なにも本心から自分に暴言を吐いているわけではない。死という緊張に耐えられず、れいむに当たったに過ぎないのだ。
無事にここから帰れれば、半分になってしまったが、再び家族仲よく暮らすことが出来る。
れいむはそう信じ、子ゆっくり達の罵声に心を痛めながらも、ここから無事に帰れる方法を模索し始めた。


考え始めて二分ほどだろうか?
ひと通り喚き散らした子ゆっくり達は、今度は風船の中で泣き始めてしまった。
しかし、れいむはそんな子ゆっくり達の様子に気付いていながらも、断腸の思いでそれを無視し、考えに頭を張り巡らせる。
とはいっても、餡子脳のれいむに早々名案が思いつくはずもなく、さすがにれいむも迫りくる死の恐怖に脅え始めたその時、またまた上空で風船が破裂した。

「ゆゆっ!!!!」

まさか、また子ゆっくりが落ちたのでは?
れいむも子ゆっくり達も、音のした方向に目を向けた。
しかし、運よく割れたのは子ゆっくりが入っていない風船だった。
一家はそろって、ホッと息を漏らす。
そんな中、偶然風船が割れたことで、れいむにある名案が浮かびあがった。

「ゆゆゆっ!!! れいむ、したにおりるほうほうをみつけたよ!!!」

れいむの言葉に、泣いていた子ゆっくり達が、れいむのほうに振り返る。

「ゆ!! ほんちょ、おかあしゃん?」
「ほんとうだよ!! れいむにめいあんがうかんだんだよ!!」
「どうしゅるの?」
「このふうせんをはずせばいいんだよ!!」
「ゆっ?」

れいむが考えた名案。それは、風船をハンモックから外して、下に降りるというものだった。
先ほど風船が割れた時、一瞬グラつき、上昇速度が遅くなった。
つまり、風船があるから空に上がっていくわけで、風船が無ければ空に上がることは出来ない。
この場に来て、ようやくそのことに気付くことが出来た。
普通なら真っ先に思いつくだろうが、まあ餡子脳からすれば、これでも破格のスピードで思いついたのだろう。
子ゆっくり達にも自分の名案を分かるように説明してやると、先ほどまで死んでいた目に、再び光がともり始めた。

「おかあしゃん、てんしゃいだよ!!」
「やっぱりまりしゃのおかあしゃんはしゅごいにぇ!!」

手のひらを返したような、子ゆっくり達の讃辞。
れいむの単純なもので、傷ついた心もその言葉ですっかり癒えてしまったようだ。

「ゆっくりふうせんをはずすね!!」
「おかあしゃん、がんばっちぇね!!」

母親の名誉挽回とばかりに、れいむは邪魔な風船をハンモックから外しにかかる。
現在残っている風船は、子ゆっくり4個+それ以外14個の計18個。
便宜上、ハンモックの四つ角に1~4の番号を振り分けると、1・2番角は5個、3・4番角は4個の風船が残っている。
その中で子ゆっくりがいるのは、2番角に2匹と3・4番角1匹ずつだ。

れいむはどこの風船を外せばいいか、周りを見渡して考える。
やはり、最初に外すのは1番か2番が適切だろう。
風船が3・4番より多いので、ハンモックが盛り上がって、れいむの足場が不安定になっているからだ。
れいむはまず1番の風船から外そうと、紐を口にくわえた。歯ぎしりをして、紐の切断にかかる。
手っ取り早く風船を割れればいいのだが、ここには風船を割るような鋭利物はないし、場所が場所なので体当たりをすることも出来ない。
そのため、時間がかかっても、ハンモックと風船を結ぶ紐を切り離すしか方法がない。

「「「「おかあしゃん、がんばりぇ!!!!」」」」

子ゆっくり達もそんな母を応援し、風船の中で自殺行為とも知らずに飛び跳ねている。
割れないのは、運がいいとしか言いようがない。
そんなれいむの努力の甲斐もあって、無事に風船が1個切り離された。
1番角の風船が4つになり、3・4番角と同じ高さになると同時に、上昇速度も少し緩やかになった。

「やっちゃあ!!! はやちゃがゆっくちになっちゃよ!!」

目に見えて遅くなった飛行に、一家は歓声を上げた。
しかし、これで喜んではいられない。まだ、上昇を続いているのだ。
れいむは緩んだ表情を引き締める。が、やはり内心では小躍りしたい気持ちを抑えきれずにいた。
自分の考えは間違ってはいなかった。
このまま風船を切り離していけば、いつか絶対に地上に戻れる。
それに、子供達からの尊敬の念もれいむを舞い上がらせる要因となっていた。
一時は子供たちから罵詈雑言を浴びせられただけあって、れいむは子供たちの称賛に渇望していた。
まだ、完全に成功したわけでもないのに、「ゆっへん!!」と下顎を膨らませて、母親の威厳に酔いしれている。
しかし、古来より「勝って兜の緒を締めよ」と言われるように、一回の成功で浮かれている者に先はない。
この後、一家に何度目か分からない不幸が襲いかかる。

れいむは続いて2番角の風船の紐に口を当てた。
だが、ここである問題が発生する。
2番角は1番角と違って、子ゆっくりの乗っている風船が2個も残っているのだ。
ランダムで紐を選べば、子ゆっくりの風船に当たる確率は40%。決して楽観できる数字ではない。
しかし、浮かれたれいむにそんなことを考える頭はなく、先ほどと同じように適当に風船を切り離せばいいだろうなどと安直な考えでいた。
だが、それが地獄の片道切符。

「やったよ!! ふうせんがはなれて……」
「ゆゆゆっ!!! なんでまりしゃのふうしぇんがとんでりゅの?」

無事風船を切り離すことに成功し、すべての角が均一になり、ハンモックに安定感が戻った。
それと同時に、更に上昇速度も低下する。
しかし、れいむが喜びに浸り声を上げるも、それを遮る声が少し離れた位置から聞こえてくる。

「ゆっ?」

れいむは首をかしげる。
一体どこから声が聞こえてきたのだろう? れいむは状況が分からないでいた。
そんなれいむとは対照的に、子ゆっくり達は何やらパニックに陥っている。

「おかあしゃん!! おねえちゃんがとんでいっちゃうよ!!」
「どうちておねえちゃんをはじゅしゅのおおおぉぉぉぉ―――――!!!」

子ゆっくり達の目線は先ほど切り離した風船に釘付けである。
れいむもゆっくりと切り離した風船に目を向ける。



……あれ? なんでれいむの赤ちゃんが、あんなに高い所にいるの?



れいむの第一感想はそれだった。
自分が何をしたかが分かっていないれいむは、ゆっくりと風に流されていく子まりさを、呆然と眺めていた。

「おかあしゃん!! たしゅけてえええぇぇぇぇ――――!!!」

切り離された子まりさは、風船の中から助けを求めてくる。
10数秒だろうか? だらしなく口を開けて風船を見ていたれいむだが、ようやく緊急事態だということが飲み込めたようだ。

「な、な、な、なんで、あんなところにまりさがいるのおおおおおおぉぉぉぉぉ――――――!!!!!」
「おかあしゃんがはじゅしたんだよおおおぉぉぉ―――――!!!!」

子まりさの必死の助けを呼ぶ声と、子ゆっくり達の悲鳴で、ようやくれいむは自分の犯した過ちに気付いた。
しかし、今となっては後の祭り。

「ゆ、ゆっくりまってね!!!! ゆっくりおりてきてね!!!! ふーふーふーふー……」

れいむは必死になって、下に向かって息を吐いている。
重石から解き放たれグングンと上昇している子まりさの風船に追いつこうとしているのだ。
残った子ゆっくり達も、母に習って、風船の中で下に向かって息を吐いているが、そんなことで上昇するはずもなく、子まりさを乗せた風船は、既に一家に見えない高さまで昇っていった。
もう一家に悲鳴も届かない。

「おかあしゃんのせいだ!!」

姉の姿が見えなくなり、息を吐き続けることに疲れた子ゆっくりが、再度れいむを詰る。
それに端を発し、残った2匹の子ゆっくりも、れいむに詰め寄った。

「おかあしゃんが、おねえちゃんをころちたんだ!!」
「おかあしゃんは、ほうちょうはまりしゃたちをこりょしゅきなんだ!!」
「ち、ちがうよ!! おかあさんはみんないっしょにかえろうとして……」
「じゃあ、なんでおねえちゃんをはじゅしたのおおおぉぉぉ―――!!!」
「そ、それは……ちょっとまちがっただけで……」
「まちがいでしゅんだら、どしゅまりしゃはいらないよおおぉぉぉぉ――――!!!!」
「ごめんなざいいいいいいいぃぃぃぃぃ―――――――!!!! ちょっどまぢがっだだけなのおおおぉぉぉぉぉ―――――!!!!」

天国から一転地獄にたたき落とされたれいむは、泣いて子ゆっくり達に謝罪する。
今回のミスも、紐を落とした時と同様に、明らかに自分が悪い。
もっと注意深くしていれば、こんな単純なミスを犯すことはなかったのだ。
何とか子供たちの誤解を解きたいが、ミスも二度目ということで、子ゆっくり達はにれいむの言葉を聞こうとしない。
残った3匹は、「おかあしゃんなんて、ゆっくちちねぇ!!」と、口をそろえて罵倒する。

そんなれいむは泣きながら下唇を噛んで、子ゆっくり達の罵詈雑言に耐えていた。
ここさえ無事に出れば、絶対に一家そろってゆっくりすることが出来るのだ。
そう信じ、いや、そう信じないと、心が折れてしまいそうだった。
れいむは体を振って涙を消すと、今度こそミスはするまいと、再び風船の紐を齧った。

「ゆっ!? おかあしゃんがまたれいみゅたちをこりょちょうとちてりゅよ!!」

殺すもなにも、れいむが切り離そうとしている風船は子ゆっくりのいない1番角の風船なのだが、そんなことは子ゆっくり達には関係ないらしい。
紐を咥えたれいむを見て、子ゆっくり達は、様々な反応を示す。

「おかあしゃんなんて、ゆっくちちね!! ゆっくちちね!! ゆっくちちね!!」

子まりさは幾度となく、れいむに暴言を繰り返す。

「ゆああああぁぁぁぁぁん!!! れいみゅ、ちにたくないよおおおぉぉぉぉ!!!!」

子れいむは、ひたすら風船の中で泣きわめく。
そして、末っ子の子れいむは、死の恐怖に耐えられないのか、訳の分からないことを口にしながら、風船の中で暴れまわっていた。

れいむはそんな子ゆっくり達を背中に感じつつも、泣きながら風船の紐を噛み切っていく。
無事一本の風船を切り離すことができ、再度ハンモックが不安定になる。
しかし、ここでようやく風船を切り離した効果が出てきた。
計15個になった風船が、れいむの重さと均等になったのか、上昇を止めたのだ。
れいむはホッと一息つくも、再度風船の切り離しにかかる。
今度は子まりさがいる2番角の風船だ。
子まりさは、「まりしゃをころしゃないでええぇぇぇ――――!!!」と、さっきの威勢はどこに行ったのか、風船の中で脅え始めた。
れいむは、今はどんな言葉をかけても通じないだろうと考え、一言子まりさに「ごめんね!!」と謝罪し、風船の切り離しに掛った。
今度はさっきと同じ間違いはするまいと、しっかり子まりさの乗っている風船の紐を確認し、その他の紐を口に咥えた。
キリキリと紐が噛み切られ、風船が切り離される。
それと同時に、今まで上昇一編だったのが、初めて下降に転じた。
れいむは内心安堵しつつも、気を緩めず続けて3番角の風船を切り離し、4番角の風船も落ち着いて、切り離すことに成功した。

計12個になった風船は、明らかに目に見えて下降しているのが、子ゆっくり達にも理解出来た。
まだ完全に母親を信じきることは出来ないものの、子ゆっくり達もれいむのしていることが功を奏したと分かるや、泣いたり暴言を吐いたり暴れたりするのを止めた。
もしかしたら本当に帰ることができるかもしれないと思い始めたのだ。
れいむが再びおかしなことをしないよう、じっと見つめている。

当のれいむは、気を緩めまいと、必死で行動していたので、何時しか子ゆっくり達が大人しくなったことも気づかず、黙々と風船の切り離し作業に精を上げていた。
1番角の風船を切り外し、黙ってれいむを見つめる子まりさの2番角の風船を切り離すと、3・4番も冷静に切り離し、ついに風船を8個まで減らすことに成功した。

さすがに8個の風船では、れいむの重さに耐えられるはずもなく、結構なスピードで下降していった。
れいむは下からの風を受け、これ以上風船を切り離すと逆に危ないと悟り、これで風船切り離しを終えた。

「ゆう~……これでもうあんしんだよ!! ゆっくりしたにおりていくよ!!」

全身から甘い分泌液を出して、ホッと一息つくれいむ。
たぶんゆっくりの汗なのだろう。
どこに降り付くかは分からないが、地上に降りさえすれば巣に帰る手はいくらでもある。
あるいは、その場所に新しいゆっくりスポットを作っても構わない。
これで子供たちとの仲も戻るだろうと、れいむは上にいる子ゆっくり達に目を向けた。
子ゆっくり達は一生懸命下に戻ろうと頑張っているれいむを目の当たりにし、そんなれいむに暴言を吐いたことをばつ悪く思っているのか、風船の中で対応に窮していた。
しかし、無事降りるめどが立ち安心感が出てきたからか、甘えん坊の末っ子れいむが「おかあしゃん、ごめんなちゃい」と謝罪したのを皮切りに、モジモジと目線を合わせられなかった他の2匹も、れいむに謝罪の言葉をかけた。
れいむはそんな子ゆっくり達に「いいんだよ」と、やさしく言葉をかける。
まだ善悪の分別も付かない赤ん坊なのだ。
自分の感情を誤魔化すなんて器用な真似が出来る筈がない。
ようやく仲良し家族に戻ることができ、れいむはこれまでの苦労は無駄ではなかったのだと、ようやく安堵感に浸ることが出来た。
しかし、死神に見染められた一家に、ゆっくり出来る時間はそう続くことはなかったのだ。





風船Ⅲに続く


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最終更新:2022年05月03日 09:43