ここは迷いの竹林と呼ばれる場所。竹の間を涼しげな風が吹き抜けていく。
その土の上で、子ゆっくりの集団が和やかに遊んでいた。
髪の色は様々だが、みな頭の先に二本の兎耳がついている。
これは主に竹林を棲家とする珍種、「ゆっくりうさぎ」の特徴である。
追いかけあったり、じゃれあったり。他種のゆっくりと何ら変わらない、微笑ましい光景だ。
だが、子ゆっくりの一匹が突然苦しみだした。
「ゆう゛う゛う゛……おなかがいたいいよお……!」
まわりの子ゆっくりが気付き、騒ぎ出す。辺りに親ゆっくりの姿は無く、子どもたちは混乱するばかりだ。
そのうち、苦しんでいた子ゆっくりが
「ゆぐぐ……もっとゆっくりしたかった……」
と呻くと、ぐたりと顔を地面に伏せ、動かなくなった。
「ゆ、ゆぅ……?」
「ゆっくりできる? だいじょうぶ?」
他の子ゆっくりたちは一瞬きょとんとして、それから何が起きたかをゆっくり理解した。
「あ、あ、ああああ!!」
「『てい』が! 『てい』がしんじゃったああ゛あ゛あ゛ぁ!!」
「おぎでっ! おぎでよ『でい゛』い゛い゛い゛っっ!!」
「ゆっぐ! ゆっぐべっ!!」
子ゆっくりたちは仲間の突然の、しかも苦悶の後の死にパニックに陥った。
ショックのあまりにひきつけを起こし、白目をむいて餡子を吐く者すらいる。
この地面に倒れているゆっくりうさぎは、軽くカールした黒髪からへにょりと丸みのある白い耳を生やしている。
そのゆっくりの通称は「ゆっくりてい」。
(※モデルとなった妖怪と区別するため、業界では普通このゆっくりを「てい」、妖怪兎の方を「てゐ」と表記している。以降の文章はこれに従う。)

(ゆっゆっゆっ……まただまされてる。みんなおおまぬけだねーっ!)
ていは地面に伏せたままの顔をにやりと歪めて笑った。
本当は体を揺すって大笑いしたかったが、じっと我慢して演技を続ける。
これはゆっくりていの十八番、「死んだ振り」である。
ゆっくりていは非常にずる賢く、いつも色々ないたずらを他のゆっくり達に仕掛けては
あざ笑う厄介な性質を持つ(いわばイタズラによるすっきり!を好む)。
だが、外見は非常に可愛らしいためゆっくりの間で人気があり、また大抵のゆっくりの餡子脳は、
いたずらされた事を根に持つ前に忘れてしまうため、ゆっくり社会で生存を許されているのだ。
特に幼い子ゆっくりや赤ゆっくり達の場合、餡子脳の体積がまだまだ少ないため、同じイタズラに何度でもひっかかり、
その度にていは快感に酔いしれた。いつも可愛らしく振舞いながら、ていは心の中で仲間をバカにしきっていた。
今、自分の周りで大騒ぎしている仲間の様子を音だけでうかがい、ていはもう少し長く楽しもうと決めた。
死んだはずの自分がいきなり起き上がり「ゆっくりしていってね!」と叫んだら、みんなどんな顔をするだろう! 
嘘だったと宣言し、騙された事をバカにしてやるのだ。胸をわくわくさせながら、ていはもうしばらく死んだ振りを続けようと考えていた。

そこに想定外の客が現れた。
「ゆゆっ! おねえさんだあれ?」
「にんげん! にんげんはこわいっておかあさんがいってたよ!」
「きょわいよお゛ぉ!」
竹の間から現れた人物の姿に、子ゆっくりたちはもはや半狂乱におちいった。
しかしその人物は子どもたちの前にしゃがみこむと、優しく微笑んだ。
「ふふ、私はゆっくりをいじめたりなんかしないよ。それに、私は人間じゃなくて月の兎。ほら、みんなと同じでしょ」
そう言って頭から生えた長い兎耳を指差した。それから丸い尻尾も見せるため、短いスカートをまくり上げ……てはくれなかった。
「おねえさんもゆっくりうさぎなんだね! ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!!」
「ゆっくち! ゆっくち!」
子どもたちは彼女の兎耳を見て、同類と認めたようだった。あっさりと警戒を解き、恒例の挨拶を発した。
「う、うん、まあ私はゆっくりじゃないんだけどね……ところであなた達、どうして泣いてたの?」

小さな餡子脳達は彼女に言われてさっきまでの事を思い出した。再び泣き、わめき出す。
「ていが、ていがしんじゃったのおおぉぉ!」
「おなかいたいっていってから、うごかなくなっちゃったの……」
「ゆ゛う゛う゛ぅ……」「ゆ゛っ! ゆ゛う゛え゛え゛え゛ぇん!」「でえ゛ぇい゛い゛い゛!!」
彼女が視線を上げると、黒髪のゆっくりうさぎが竹葉の積もった地面に倒れ伏しているのが目に入った。
「可哀想に……食あたりか何かかな。まだ小さいのに」

ゆっくりていは伏したまま、ニヤニヤ笑いがこらえられなかった。いきなりの人間の登場には驚き、さすがに怯えた。
だがどうやらその人間も、ていが本当に死んだと思っているらしい! いたずら自慢のていでも、人間を騙したのは初めてだった。
(ゆふふ! にんげんってばかだね! ゆっくりよりもあたまわるいよ)

「じゃあ、せめてお墓を作ってあげましょうか」
「ゆっ? おねえさん、ほんと?」
「そっちの方で筍掘りをしてたら、あなた達の泣き声が聞こえてきたの。ちょうど筍を抜いた穴があるから、そこに埋めてあげましょう」
「ゆ゛っ、ゆ゛う゛う゛ぅ……」
「「お゛ね゛え゛さ゛ん゛あ゛り゛がと゛お゛お゛ー!」」
子ゆっくり達は彼女の親切な提案に感極まり、涙やその他の液体をじょぼじょぼ流しながら頭を下げた。

(ゆっひゃっひゃ! お、おはかだって! ぜんぜんきづいてないよ! ばかなの? しぬのー!?)
ていはイタズラの成果に得意絶頂だった。もっともっと、愚か者達が騙されるのを見たかった。

「こんな物しかないけど……一応、清潔だから」
兎のお姉さんはそう言うと、ポケットから純白のハンカチを取り出して広げた。
ていの遺体をそっとつまみ上げると、手早く、はみ出さないようにハンカチで巻いていく。
棺などあるはずも無いが、丸裸で土に埋めるには忍びないと思ったのだ。
せめてもの白装束を、隙間から虫など侵入しないようしっかりと、何重にも巻いていった。
子ゆっくりの小さな体にはハンカチの大きさでも充分だった。そうやって巻き終えると、ほどけないように自分のヘアピンで端を止めた。

(ゆふうん……いいにおい……)
ハンカチからは兎の彼女の移り香が漂う。ゆっくりていが今まで嗅いだこともない良い匂いだった。
うっとりしている間に、ていの体はハンカチで完全にくるまれた。そうして、ていは自分の体が動かせなくなっていることに気がついた。
(ゆっ? う、うごけないよ!?)
必死で体を捻ろうとしても、体に巻きついた布にはまったく余裕がなく、ぴくりとも動けない。
もちろん子ゆっくりの力では布を破ることなど不可能だった。
「……! ……ー!!!」
口の周りもぴっちりと布で巻かれていて、喋ることもできない。
ていの、他のゆっくりよりほんの少しだけ回転がいい餡子脳は、自分がどういう状況に置かれているかを、ここに至って完全に、ゆっくり理解した。
「!!!--!!? !!」
さっき以上に、餡子が漏れ出しそうなほど力を込めて体を動かす。だがやはり身じろぎすらできない。餡子も漏れない。
焦りがとてつもない恐怖に変わり、嫌な汗がにじみ出た。
だが、吸水性の良い上質な木綿のハンカチが内側で全て吸い取り、表まで染み出ることはなかった。
いや、よく目を凝らせば、遺体の両目にあたる部分がうっすらと湿っているのに気が付いたかもしれない。

兎のお姉さんは穴の底に落ち葉を敷き詰めると、その上に遺体を横たえた。
一時、竹林の奥に消えた子ゆっくり達が彼女の元に戻ってきた。
それぞれが口に咥えているのは、きれいな花や、故ゆっくりが好きだった草の実、布団がわりの大きな木の葉などである。
それらを穴の中に落としていく。ゆっくり達はみな必死に涙をこらえていたが、
彼女がスコップで土をかぶせるともう耐え切れず、声を上げてすすり泣いた。そうして自分達も穴の中に土を放り込んでいった。

あらかた穴を埋めると彼女はスコップの腹を使い、盛り上がった土をバン、バン、と叩き締めた。
「どお゛じでそんな゛ことするのお゛お゛お゛!!」
「や゛め゛て゛え゛え゛え゛え゛!!」
驚いたゆっくり達が泣き叫ぶが、彼女が悲しげな顔で説明すると、納得して静まった。
「ごめんね……。でも、こうやってしっかり土を固めておかないと、虫さんや鼠さんが来て、掘り返しちゃうの。それじゃこの子もゆっくりできないから……」

ていは目をつぶっていた。死んだ振りからそのまま顔面も固定されたので、開けることができなかった。
それでもまぶたを通して、見上げた空の光が感じられた。上の方から、仲間達の泣き声が聞こえる。
体の上に湿り気を帯びた何かがかぶせられた。それが、次々と落ちてくる。それと一緒に、視界がだんだん暗くなっていった。
息が苦しい。仲間の声も小さくなっていく。

静かになった。動くものもない。光は完全に失われた。

それから猛烈な衝撃がやってきた。一定の間隔で、上方から、殴りつけるように巨大な圧力が数十回加えられた。

「さよなら、てい……」
「やすらかに、ゆっくりしていってね」
ゆっくり達は別れの挨拶を済ませ、改めて兎のお姉さんに礼を言うと、家族の待つ巣へと帰っていった。
兎の彼女も、しんみりとした気持ちになって、筍掘りを切り上げ不死の主と仲間のいる家に帰ることにした。

迷いの竹林と呼ばれる場所に、小さな小さな墓がある。墓標はない。




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最終更新:2022年05月03日 10:01