「ゆふー……やっとおゆさんがおちついたよ!!」

ようやく波も収まり、まりさ親子はホッと一息ついた。
男が出て行ったことについて、何か感じた者はれいむ達を含めて一匹もいない。
むしろ、ようやく邪魔物が居なくなったと、喜んだくらいだ。
所詮、この一家にとって、男はお菓子をくれるだけの便利な存在でしかなかったのだ。
まりさ達は、その後もれいむに見せつけるように、ガツガツと食い荒らしていく。
れいむ達は、再びまりさ達に文句を言いだす。
しかし、この時食べ物を捨てでも、お湯から出なければいけなかったのだ。
その意地汚さが、この後まりさ達を窮地に追い込んで行った。




ボコボコボコボコ………




「ゆゆっ!! したから、あわがでてくるよ!!」

突然、お湯の中から泡が出て来たかと思うと、それは一気に露天風呂全体に広がった。
この温泉の名物、天然泡風呂である。
毎日、午前と午後の決まった時間になると、地面にたまった空気が外に漏れ出し、天然のジャグジーとなるのである。
まりさ達は、しばらく待てばさっきと同じく波も収まると考えていた。
しかし、その考えは甘すぎた。
この気泡は30分近く続き、徐々に勢いも強くなってくるのだ。
初めこそ、大したこともないと感じていたが、次第に強くなるにつれて、まともに立ってもいられない状態になってきた。
こうなれば、さすがに食い意地のはったゆっくりでも、焦り出すというものだ。
お菓子より自分の命が大切とばかりに、急いで盆から出ようとした。
しかし……

「ゆうううぅぅぅぅぅ―――――!! まりさのぼうしがないよおおぉぉぉぉ―――――!!!」

ここにきて、子まりさ達の帽子が無くなっているのだ。
子まりさ達は、我先にと盆に乗り込み、帽子を被ることなくお菓子に食らいついた。
そのため、帽子はずっと水上に置いたままだったのだ。
男がいた時は、帽子が流れていかない様に掴んでいてくれたのだが、男が居なくなった今、帽子は気泡によって、風呂の中を行ったり来たりしている。
5匹の子まりさは、盆の上に取り残され、いつ落ちるか分からない恐怖を味わい続けている。
しかし、子れいむはそんな様子を見て、嬉しそうにはやし立てている。

「じごうじとくだよ!!」
「おかしをもってこないまりさなんか、おゆにおちてゆっくりしんでね!!」
「おお、ぶざまぶざま!!」
「ぞんなごどいわないでえええぇぇぇぇぇぇぇ―――――――!!!!!」

よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。
お菓子を持ってきてくれない者は姉妹でも何でもないと言うように、子まりさ達の危機を面白がっている。
しかし、さすがに親れいむだけは自分の餡子を分けた子供だけあって、この状況におろおろしていた。
とはいっても、自分は水に入ることは出来なく、この状況をどうにか出来るのは1匹しかいない。

「まりさっ!! こどもたちをたすけてあげて!!」
「おとうしゃん!! まりしゃのぼうしをもってきてええぇぇぇぇ――――!!!」

れいむは呼びかけ、子まりさ達は親まりさに懇願する。
親まりさは最初から帽子に乗っていたので、帽子が無くなることは避けられたのだ。
しかし、親まりさは自分の安全が最優先だった。

「じぶんでとってきてね!!」

無情にも、自分の子供をあっさりと見捨ててしまった。

「ぞんなあああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあ――――――――!!!!」
「まりさあああぁぁぁ――――!!! こどもたちをみすてないでええぇぇぇぇ―――――!!!!」

親れいむと子まりさの悲鳴を聞くも、まりさは自分の命が最優先と、揺れるジャグジーを何とか抜け出そうとしていた。
しかし、気泡は荒波の如く親まりさに襲いかかり、熟練の水上移動の腕を持つまりさも、容易に突破できなかった。
一方、盆の上で置き去りにされた子まりさ達は、気泡の上で流され、風呂の中を行ったり来たりしてた。
しかし、運よくある子まりさの帽子が接近してきた時があった。

「ゆゆっ!! まりさのぼうしがきてくれたよ!!」

自分の帽子が接近してきたことに喜んだ子まりさは、最も近づいた位置を狙って帽子に飛び移る。

「ゆふー!! これでたすかったよ!!」

子まりさは、安堵の表情を浮かべた。
しかし、すぐに肝心なことを思い出す。

「ゆゆっ!? えだがないよ!!」

まりさ達が泳ぐために必要なのは、帽子と舵を切るためのオールとなる木の枝。
しかし、子まりさのオールは、盆の上に置きっぱなしになっていたのだ。
慌ててそれに気がつくも、後の祭り。
すでに、帽子に乗った子まりさと盆は、はるか遠くに引き離されてしまった。

「たすけてええぇぇぇぇぇぇ――――――!!!!」

必死で助けを求める子まりさだが、親まりさはすでに責任を放棄し、親れいむはおろおろしてるしかなく、子れいむはざまあみろと言わんばかりの顔で、子まりさたちは自分こそ助けてもらいたい立場だ。
今朝まで仲良し家族として評判だった一家に、既に結束は無かった。
気泡が強まるに連れて、子まりさのグラつきが強くなってきた。
親まりさほどの大きさならともかく、子まりさ程度の大きさでは安定感に欠けるのだ。
そして、遂にその時はやってきた。

「ゆぎゃああぁぁぁぁぁ―――――!!! おぢるよおおおおぉぉぉおぉ―――――――!!!」

気泡に巻き込まれ、子まりさは、露天風呂の中に吸い込まれていく。

「やだああぁぁぁぁぁぁ―――――!!! しにたくないよおおおおぉぉぉぉぉ――――――!!!」
「まりさ、がんばっでええぇぇぇぇぇ――――――!!!」

子まりさや親れいむがどんなに喚こうが、気泡は容赦なく子まりさを吸収していく。
そして、最初は気泡に巻き上げられ、沈んでは外に沈んでは外にを繰り返していたが、次第にお湯が子まりさの体を溶かし、気泡がそれを完全にバラバラにしてしまった。

「れいむのこどもがあああぁぁぁぁぁ――――――――――――!!!!」

お湯に落ちて、完全に溶けてしまった子まりさを見て、絶叫する親れいむ。
しかし、隣の子れいむ達は、それを見て嬉しそうに飛び跳ねていた。

「やっとばかなこがしんだよ!!」
「まりさたちも、ゆっくりしんでいってね!!」

れいむはそんな子供たちに我慢が出来なかった。
自分の姉妹の死を喜ぶ子供なんて、れいむの赤ちゃんじゃない!!
れいむは、1匹の子れいむのリボンを口に咥えると、反動をつけてお湯の中に放り込んだ。

「ゆご……がは……おが……おがあざん……なに……する……の!?」

いきなりお湯の中に放り込まれた子れいむは、口いっぱいにお湯を飲みながら、信じられないような顔で、親れいむを見つめている。
周りにいた子れいむも同様だ。

「しまいがしぬのをよろこぶばかは、れいむのこじゃないよ!! ゆっくりしね!!」

ゆっくりは、数分の間なら水の中に入っていられるが、熱いお湯であることと、更に勢いの増した気泡がれいむ達の体に衝撃を加え、ほんの数十秒で子れいむの体は溶けていった。
もう1匹手近にいた子れいむも、リボンを咥えて風呂の中に投げ入れる。
その子れいむも、たどる道は同じだ。
さすがにその様子を見て、子れいむ達は黙っていられない。
残った2匹は、蜘蛛の子を散らす様に、親れいむの元から逃げていった。

「ゆっくりにげないでね!! まだおしおきがすんでないよ!!」

親れいむは、逃げて行った子れいむを追いかけようと、その場を離れようとした。
が、横目にお湯のほうを見て思いとどまった。

「ゆっくりたすかったよ!!」

れいむの目には、親まりさの姿が映し出された。
親まりさは、何とか気泡の波をくぐり抜けて、露天風呂の縁までたどり着いたのである。
しかし、れいむにはこれが許せなかった。
最愛の子供達を見捨てて、自分だけが返ってくるとは何事だ!!
そんなことが許されるはずがない。
れいむは、まりさが陸地に上がろうとする寸前、体当たりで上陸の邪魔をした。

「ゆうううぅぅぅぅ―――!!! れいむ、なにするおおぉぉぉぉ――――!!!」

陸に上がろうとした瞬間、いきなり邪魔をされ、危うくまりさはお湯の中に落ちるところだった。
まりさは怒ってますと言うように、頬を膨らませて、れいむを見上げた。
しかし、れいむの顔はそれ以上に夜叉の如く怒り狂っていた。

「まりさはあがってこないでね!!」
「ゆっ!? なにいってるの、れいむ? おゆのなかにいると、ゆっくりきけんだよ!!」
「こどもをみすてるようなまりさは、おやでもなんでもないよ!! ゆっくりりかいしてね!!」
「ぞんなあああぁぁぁぁぁぁ――――――!!!! だずげでよおおおぉぉぉぉぉ―――――――!!! れいむうううぅぅぅぅぅ―――――!!!!」

まりさは、何とか無理やり上陸しようとしたが、れいむが邪魔をして、どうやっても上がることが出来なかった。
普段ならまりさのほうがれいむより力があるのだが、片や陸地でどっしりと構え、片や安定のしない帽子の上とでは、どちらが有利か比べるまでもない。
まりさは、ここからは上がることは出来ないことを悟り、れいむの居ない所から上がろうと移動するが、まりさを絶対に上がらせまいと、れいむもまりさを追ってくる。

「なんで、ついでぐるのおおぉぉぉぉぉぉ―――――!!!!」
「まりさをりくにあがらせないためだよ!!」
「ごめんなざいいいぃぃぃぃ―――――!!! ゆるじでええぇぇぇぇぇぇぇ―――――!!!!」
「ゆるしてほしかったら、いますぐこどもたちをたすけてきてね!!」
「むりだよおおぉぉぉぉ―――――!!! まりさ、おぼれちゃうよおおおぉぉぉぉ―――――!!!!」

水上移動出来ないれいむには知る由もないが、ここまで来るのは、まりさにとっても命懸けだったのだ。
それを、せっかく助かったというのに、またその渦中に戻れと言うのは、余りにも酷な話だ。
しかし、れいむは子供を連れてくるまで、絶対に陸には上がらせないという態度を崩さない。

「たすけてこないなら、ゆっくりおゆにおちてしんでね!!」
「わがっだよおおおぉぉぉぉぉ――――――!!! たずげにいぐよおおおおぉぉぉぉ―――――!!!!」

まりさは泣きながら、再び荒海の中へと戻って行った。


一方、親二人が醜い言い争いをしている頃、盆の上の子まりさ達も、無事では済んでいなかった。
盆は露天風呂の中を行ったり来たりしては、子まりさ達の命を弄んでいく。
まりさ達が沈まないのは、1%の表面張力と99%の運に過ぎない。
しかし、露天風呂と言っても、何も湖のような広さがあるわけではないのだ。
時には、最初に沈んで行った子まりさの時のように、運よく流れて行った帽子に接近することもある。

「ゆゆっ!! まりさのぼうしが、ちかくにきたよ!!」

帽子が近付いてきた子まりさは、歓声をあげ、手元に置いておいた枝を咥える。
さっき、枝を持っていなくて、舵を取ることが出来なかった子まりさの二の舞にはなるつもりはない。
子まりさは、最も近づいたチャンスを窺って、帽子の上にジャンプした。
しかし、そこは泡風呂。
瞬きした瞬間に、帽子の位置は大幅にずれる。

「なんでええええぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――!!!!」

落下位置を誤った子まりさは、一直線にお湯の中にダイブし、先に沈んで行った姉妹達と同じ道を辿った。
次にチャンスが到来したのは、末っ子まりさだった。
姉たちの無残な姿を二度も見ているだけに、自分はあんな目には合わないぞと気合いを入れる。
オールの枝はしっかり持った。
また、ジャンプすると危ないので、持った枝で帽子を盆の縁まで持ってくると、ゆっくりと帽子の上に滑り込んだ。

「ゆうぅ――!! これで、ひとあんし……ゆっ?」

今度こそ上手くいったと、子まりさがホッと一息ついた途端、子まりさは違和感を感じた。
尻というか足の部分が温かいのだ。いや、温かいというよりむしろ熱い。
子まりさは、いったい何故だろうと、熱い原因を調べるべく下を向いた。

「ゆあああぁぁぁぁぁ―――――!!! なんでぼうしのなかに、おゆがはいってるのおおぉぉぉぉ――――!!!!」

足が熱い原因は、帽子の中のお湯だった。
あれだけ、ボコボコと気泡が湧き出てくるのだ。しかも、帽子を失って随分と時間も経過している。
むしろ、帽子の中にお湯が入っていないほうが不思議でならない。
子まりさは、何とか帽子の中からお湯を掻き出そうと帽子を傾けた。
しかし、水上でそんなことをすればどうなるか、火を見るより明らかだ。

「ゆぎいいいぃぃぃぃ―――――!!! おゆさん、はいってこないでええぇぇぇぇ―――――!!!」

少し考えれば分かることだが、それだけ焦っていたということなのか、それとも所詮は餡子脳だと言うことなのか?
まあ、おそらくは後者だろう。
子まりさは、咥えていた枝を捨てると、お湯を口に含んで外に吐き出した。
枝が無ければ、最初に死んだ子まりさと同じ目にあうことは目に見えているが、こうやってお湯を吐きだす以外、助かる方法が無い。
帽子は浮力と気泡で何とか沈まないでいてくれるが、お湯に浸かった子まりさの体は、現在進行形で少しずつ溶けかけているのだ。

「は、はやくなぐなっでえええぇぇぇぇぇ――――――!!!! ゆっぐりしないで、でていっでえええぇぇぇぇぇ―――――!!!!」

一生懸命口に含んでは排出を繰り返すが、子まりさの苦労を嘲笑うかのように、波打つお湯はどんどん帽子の中に入ってくる。
しかも、子まりさもお湯に溶け始めてきて、徐々に作業効率も悪くなってきている。
遂に、いつまでもお湯につけていた足の部分が溶けて、餡子が体外に排出された。

「ゆぎいいいぃぃぃぃぃ――――――!!!! いだいよおおおぉぉぉぉ――――――!!! あんこさん、でないでええぇぇぇぇぇ――――――!!!!」

餡子を体内に戻そうと、お湯と混ざってしまった餡子を必死で飲み込む。
しかし、それ以上のスピードで餡子の流失は続き、ほんの数十秒とたたず、子まりさの体は帽子の中で溶けて行った。

「ゆっぐり……おがしをたべにきだけっががこれだよおおぉぉ……」

断末魔の叫びを残し、物言わぬ餡子に変わる子まりさ。
しかし、れいむに比べたらまだ運がいいほうだ。
何しろ、最後に人間のお菓子を食べて、死ぬことが出来たのだから。
親二人が醜い喧嘩をしている間に、こうして子まりさ2匹の命は失われていったのである。



親まりさは、れいむに陸に上がらせてもらえず、仕方なしに子供たちの救出に向かって行った。
いつの間にか、盆の上には2匹の子まりさしか残っていなかったが、そんなことはまりさにはどうでもよかった。
とにかく、あの2匹を連れて行かないと、れいむに陸に上がらせてもらえない。
ゆっくり時間をかけて危険な航海を乗り切り、親まりさは何とか盆の近くまで来ることに成功した。

「まりさがきたから、もうあんしんだよ!! ぜったいにたすけてあげるからね!!」

端から見れば、何を調子のいいことをと思うものだが、子まりさ達はこれで助かったと素直に喜んだ。
すでに3匹も目の前で死に、自分もいつその仲間入りするか分からない状況で、子まりさ達は大いに神経をすり減らしていた。
それは、自分を裏切った者ですら容易に許せるほどで、子まりさにとっては天の使いに等しいものであった。
親まりさは、盆に帽子の鍔を付けると、子まりさに乗れと命じてくる。
子まりさ達も、その言葉に従い、急いで大きな帽子の鍔に乗り込んだ。
親まりさは若干重く感じたが、しかし、何とか戻れなくないだろうと、風呂の縁を目指そうとした。
しかし、目の前の2匹の子まりさが、そんな親まりさに待ったをかける。

「まって!! まだまりさのぼうしがないよ!!」
「おとうさん!! ゆっくりまりさのぼうしをさがしてね!!」

子供たちの要求に、親まりさは何を馬鹿なことをと胸中で呟いた。
更に気泡の勢いが増して、いつ沈むか分からない状況なのに、そんな悠長なことをしている暇が何処にある。

「だめだよ!! はやくもどらないと、しずんじゃうよ!!」

親まりさは、子まりさの願いを無視して、帰路に就こうとした。
しかし、子まりさも親まりさに必死で食い下がる。

「だめええぇぇぇぇ―――――!!! ぼうしがないと、ゆっくりできないよおおおぉぉぉ―――――!!!!」
「ぼうしのところにいっでえええぇぇぇぇ―――――――――!!!!!」

帽子はゆっくりそのものと言っても過言ではないのだ。
何しろ、帽子のないゆっくりは、それだけで他のゆっくりから爪弾きされてしまう。
子まりさ達が、盆の上から動けなかった理由も、それが関係している。
実際、無理に帽子の上に乗り込むより、大きくて帽子より安定していた盆の上のほうが、遥かに安全だったのだ。
ちょうどオール代わりの枝もあるし、5匹もいたので、協力すれば風呂の縁にたどり着けたかもしれない。
しかし、それをしないで帽子に執着したのは、つまり命と同等の価値のある帽子を捨てられないからだ。
帽子を持たず帰ることなんで、出来る筈がない。

「おどうざんんんん!!!! ゆっぐりはやぐ、ぼうしのどごろにいっでえええぇぇぇぇぇぇ―――――――!!!!」

子まりさ達は遂に泣き出してしまったが、親まりさはそれを鬱陶しく思ったに過ぎなかった。
元々、子まりさを救出に来たのは、れいむに脅されて来たからにすぎない。
もはやまりさには、子供がどうなろうと知ったことではないのだ。
今あるのは、いかに安全にこの2匹を連れて陸地に帰るかということだけ。
帽子が有ろうと無かろうと、知ったことでは無かった。

「うるさいよ!! しゅうちゅうできないから、さわがないでね!!」

まりさは、子まりさの要求を一蹴して、航海に専念しようとした。
しかし、子まりさが黙って聞くはずもない。
このまま帰れば、無事に帰ることはできても、一生ゆっくりすることは出来なくなるのだ。
親まりさの耳元で、さっさと帽子の元に行けと、呪いのように繰り返す。
親まりさは、そんな子まりさの言葉に腹が立ちながらも、必死で耐えていた。
ここから抜け出したら、立てなくなるくらいお仕置きしてやる。
そう考えて、必死でオールを漕ぐ。
しかし、どんなに叫んでも、自分たちの話を聞いてくれない子まりさ達は、遂に実力行使に出ることにした。
親まりさの顔に噛みついたのである。

「ゆぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――!!!! なにずるのおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――!!!!!」

突然の痛みに親まりさは、一瞬我を忘れ、ついうっかりと枝を落としてしまう。
そして、枝は在らぬ方向へと旅立って行った。

「ああああああぁぁぁぁぁ―――――――!!!! えだがああぁぁぁぁぁぁ―――――――!!!!」
「なにしてるのおおぉぉぉぉぉ――――――――――!!!! おとうざああああああんんん――――――!!!!」
「おどうざんのばがああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!!!!」
「おまえだぢが、まりざをかんだがらでしょおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ――――――――!!!!」

親まりさは、こんな状況を作し出した子まりさ共を、振り落とそうかと思ったが、何とか思いとどまった。
憎らしいが、こいつらがいないことには、れいむは陸に上がらせてくれないのだ。
現に今でも、れいむは怖い顔をして、まりさを見つめ……
まりさは、怖々とれいむのほうを振り返ったが、れいむには怒ったような表情は見られなかった。
むしろ、不安そうな顔をしている。
まりさはこれを見て、ピンときた。
自分のことはともかく、この2匹のことは大切なのだ。
だから、枝を落として戻れなくなった今、あんなにオロオロと様子を見つめているのだ。
まりさは、これはチャンスだとれいむに向かって、思いっきり叫ぶ。

「れいむうぅ!! えだがなくなっちゃったよおおおぉぉぉ―――!!! だれか、にんげんをよんできてええぇぇぇぇ―――――!!!!」
「わ、わかったよおおおぉぉぉ―――――!!! すぐによんでくるよおおおぉぉぉ――――!!!!」

まりさの言葉を聞いて、れいむはすぐに人間のいるところに駈けて行ってくれた。
れいむは、まりさのことは未だ許していないが、子まりさには生きていてほしいのだ。
そのため、まりさの言葉とは言え、簡単に飲んでくれたのである。
こうなる前に呼んでくればと思うが、初めは2匹とも人間の力など借りるまでもないと思っていた。
まりさは自分だけならどうにか助かる自信があったし、れいむはまりさが子供達を裏切るなんて思ってもいなかったのだ。
しかし、こうなっては人間の力を借りる以外、助かる方法は無い。
れいむ一家が人間に出会ったのはあの男が初めてだが、あの男はまりさや子供たちの愛らしさに、すっかり心を奪われていたのだ。
人間が自分たちをどうにかしてくるなんて、夢にも思っていなかった。
餡子脳とは、実に調子がいい。

れいむは露天風呂から内風呂に入る。
しかし、内風呂には誰もいなかった。
まあ、あれほどの悲鳴を上げても、誰も来ないくらいだ。
あの男も、当の昔に風呂から上がっている。

れいむは、何とか人間に出会わなければと、更衣室のほうに向かった。
しかし、更衣室のドアは湿気が入らないよう厳重に閉められており、れいむの力では到底開きそうにない。
れいむは、必死でドアに体当たりをして、何とか人間に知らせようとした。
そんなれいむの行動が神様に通じたのか、更衣室のドアが開かれた。
れいむは、「よかった、これで助かる」と安堵したが、次の瞬間、内風呂に入ってきた人間は思いがけない行動を取ってきた。
なんとデッキブラシを、れいむの頭に振り落としてきたのである。

「ゆぎいいいいぃぃぃぃぃぃ――――――!!! なにずるのおおおぉぉぉぉぉ―――――――!!!!」

れいむは、いきなり叩いてきた人間をねめつける。
しかし、人間はそんなれいむの態度に不服を感じたわけでもなく、どうでもいいという態度で数回デッキブラシを頭に落とした。

「いぎゃ!! ゆびぃ!! ゆぶっ!! えぎゃ!! や、やめでええぇぇ―――!! れいむ……いびっ!! なにも…ゆべっ!! しでないよおおおぉぉぉ―――!! ゆぎゃん!!!」
「全く、いったいどこから入り込んで来たんだい!! お客が居ないからいいものの、もし見つかったら減給物だよ!!」

れいむの反論も空しく、何度も頭を叩かれて、れいむは呆気なく絶命した。
れいむを殺したのは温泉客ではなく、服を着た中年の女だった。
デッキブラシで分かるように、このおばさんは温泉の清掃員である。
客がいない頃合いを見て掃除に来たところ、突然目の前にゆっくりが居たので殺しただけである。
おばさんからすれば、例えれいむがいいゆっくりであろうと悪いゆっくりであろうと関係ない。
いや、曲がりなりにも客商売で生計を立てている店からすれば、侵入した時点でいいゆっくりであるはずがない。
自分の給料を脅かす者は、すべて害虫に過ぎない。
おばさんは餡子の塊になったれいむをバケツに入れて、デッキブラシで床を擦り水で流すと、そのまま露天風呂の方に足を進めた。



「なんだい!? ここにもゆっくりがいるのかい!!」

露天風呂の入口から出てきたおばさんは、露天風呂に浮いたまりさ達を見て、驚き声を上げた。
その顔には、もうゆっくりはたくさんだといった表情が見え見えだ。
しかし、まりさ達に人間の機微など分かるはずもない。
れいむが呼んで来てくれたのだと考えたまりさ達は、これで帰れると一斉に気が緩んだ。
おばさんは、一度中に戻って虫取り網を持ってくると、魚を取る要領でまりさ達を掬いあげる。
網の中で、ようやく人心地つく親まりさ。
しかし、子まりさ達には、未だ帽子が戻っていないのだ。
網の中から、おばさんに向かって、帽子を取るよう命令する。
饅頭如きに命令され、少し腹が立ったおばさんだが、れいむのようにすぐに潰すのではなく、網から出さずに露天風呂のさらに奥に向かっていった。

「おばさん、まりさたちのぼうしを、ゆっくりはやくもってきてね!!」
「きこえないの? ぼうしをもってきてっていってるんだよ!!」
「ことばがわからないの? はやくもってこないと、おばさんをやっつけるよ!!」

帽子を取ってくれないばかりか、風呂から離れていくおばさんに、子まりさ達は食ってかかる。網の中から身動きとれないと言うのに、人間に恐怖は微塵も感じていない。
人間は可愛い自分たちに、絶対に何もしてこないという自負があった。
また、まりさや子まりさからすれば、さっきの露天風呂内のほうがよっぽど怖かったのだ。
水死の恐怖が無くなった今、まりさ達に怖いものなどありはしなかった。

露天風呂の端につくと、人間が落ちないように金網が立てられていて、その下には30mはあろうかという崖がそびえていた。
おばさんは、金網の上に棒を伸ばし、まりさ達を付き出した。

「もう二度と来るんじゃないよ」
「ゆっ?」

訳の分からないことを言ってくるおばさんに、一瞬言葉を詰まらせる子まりさ達。
しかし、すぐに帽子のことを言おうとした途端、虫取り網は引っ繰り返された。
れいむ同様、潰しても良かったのだが、予想外に餡子が飛び散ってしまったので、掃除するのが面倒で仕方がない。
そこで、手っ取り早く崖の上から落とすことにしたのである。
親まりさと子まりさ2匹は、訳も分からず崖下に落ちていく。

「わーい!! おそらをとんで…『べちゃあぁ!!』」

30mなど、落ちればほんの一瞬で到達する。
親子3匹は、定番のセリフを言いきることなく、地面に叩きつけられ、落下地点数メートルに渡って餡子を弾かせた。
数時間後、鳥たちが美味しそうに皮や餡を啄ばむ姿が、散歩していた温泉客に目撃された。





こうして、一家は完全にバラバラになりながら、あらゆる姿でこの世とお別れをした。
ゆっくりがしたことは、ある意味、カルガモの親子となんら変わらない。
それでも、カルガモの親子は今日も今日とて一家団欒の時間を過ごし、ゆっくり一家は無残な最期を遂げた。
この違いを一言で言うなら、純粋かそうでないかの違いだろう。
カルガモの親子の行動には、一切の邪念が無かった。
自分たちの可愛さを振りまいているわけでもなく、あの親子愛も本物だからこそ、人々の心を魅了して止まないのだ。
それに対して、いかに外見が愛らしかろうと、自分の可愛さを自覚し利用しようという魂胆で接すれば、可愛さも薄っぺらく見えるのは当たり前だ。
ゆっくりも、その名の示すとおり、もっとゆっくり自然体で生きれば、無駄に命を失うことも少ないだろうに……
本当に、業の深い生き物である。


ちなみに、その後、男の暮らす里付近にもゆっくりの集団が住みついた。
里では、ゆっくりと共存しようと言う考えと退治しようという二通りの考えが出たが、男がどちらの意見に賛同したかは、まあ言うまでもないだろう。





~fin~

ゆっくりおまけも見ていってね!!!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2022年05月03日 16:29