※賢者タイム終了後は妙に頭が冴える。がネタは冴えない。



【蟻地獄】



「おじさん!ここからだしてね!」
「いまならゆるしてあげるよ!」


眼前に広がる新しい《ハコ》
高さは腰より上、幅は成体5匹分はあろう大きい《ハコ》
見た目的に、箱というよりは筒である。
透明の筒の下方に、いくつものカラクリ。そして上段には、砂。
動作確認も終えた。何一つ誤作動もない。完璧だ。完璧すぎる。
この世にまたひとつ。
ゆっくりをゆっくりさせない《ハコ》誕生した。


「ゆっくりできないおじさんはゆっくりしね!」
「ゆっくりしね!ゆっくりしね!」


始動式に参加するゆっくりはすでに決まっている。
ここら辺では珍しい、まりさ一家だ。
親まりさ2匹、子まりさ3匹。子もそこそこ大きい。
このゆっくり、今朝村人から依頼があり回収したもので、
話によると何度も畑を襲ってはうまく逃げてきたらしい。
ちなみに、ゆっくりの駆除(という名の虐待)と、
野菜の売買を生業として生きている。
まぁいいとして。


「もうまりさおこったよ!おじさんはゆるさないからね!」
「おじさんなんかやっつけるよ!」


捕獲用の《ハコ》から、今回の《ハコ》へまりさズを投入。
全員入ったことを確認し、蓋を閉じる。
罵声がややくぐもったものになるが、聞き取れるならまだいい。
通風孔は外にしかつながっていない。中にあってはいけないのだ。
さて、起動である。《ハコ》もこの瞬間を待っていたことだろう。
前もって抜いておいた歯車をひとつ、はめ込む。
水車から引かれた歯車たちがゴゥゴゥと回転する。
下段のカラクリが動き出す。上段の砂が、沈む。


「ゆっ!なんかうごいてるよ!」
「なんだかずるずるうごくよ!」


今回のハコ、《蟻地獄》が起動した。
起動と同時に砂が落下、砂時計の要領でゆっくり達を飲み込む。
飲まれた砂の重さに耐え切れないゆっくりも出てくるだろうが、そう甘くない。
飲み込まれた先には何重にも設置された回転式の鋸歯。
意思の切れたものから、砂と共に粉微塵に引き裂かれる。
降りた砂はカラクリによって再び持ち上げられ、強い風と共に上へ戻る。
もちろんゆっくりが飲まれたのなら、黒い砂が降ることになる。
蟻地獄といえど人工、飲まれぬよう歩き続ければいい。
ひたすらに歩き続ける苦労と、降り注ぐ砂の苦痛の二重苦。
心身ともに、彼らはゆっくりすることを許されない。
ただその身心果てるまで、頑張ってもらおう。


「あんまりゆっくりできないよ!ここからだしてね!」
親まりさ2匹は壁際に寄り、訴えてくる。もちろん華麗にスルー。
「すべりだいみたいでたのしいよ!ゆっくりしていってね!」
親の苦労はいざ知らず、子まりさは遊び始めた。
ずーりずーりして跡をつける子、親にくっついてる子、そしてかけっこする子。
こんなに大きな砂場ははじめてだろう。いい顔をしてはしゃぎだす。


子まりさの1匹が勢いよく中央めがけ滑り出す。
砂のせいか、途中ひっかかりころころと転がって、中央のくぼみへたどり着いた。
「ゆぅ~。びっくりしたよ!……ゆっ!?」
異変。砂が自分を飲み込もうとしている。
「おかあさん!でられないよ!ゆっくりだしてね!」
あがくほどにもがくほどに、砂は愚か者を蝕む。
「ゆー!いまたすけにいくよ!ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
親まりさが動き出すより早く、残りの子まりさ1匹が動き出した。
中央めがけ一目散にかけていく。滑り出せばそこまでは早い。
砂を巻き上げて沈む子まりさを目指す。
が、その巻き上げた砂がさらに底へと誘う。
「ゆ”う”う”う”う”ぅぅぅぅ!!」
砂といえ集まれば重い。飲まれると同時に押しつぶされる感覚。
「ゆっ!ゆっくりひっぱるよ!」
たどりついた子まりさが、沈みかけた帽子をくわえて引っ張る。
「ゆーしょ!ゆーしょ!」
「ゆ”う”う”ぅぅ…」


スポーン


子まりさは引っ張り上げた。
帽子を。
帽子の下に、さっきまでの子ゆっくりの姿はない。
あるのは砂。獲物を飲み込み、次の獲物を待つ、砂。
「ま”り”ざあ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!!」
助けるはずだったのに、助けられなかった。大切な兄弟なのに。
子まりさは泣き出した。くわえた帽子は離してしまった。
「あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!」
なすすべもなく、号泣。
泣き声に気づいた親2匹は、中央の子まりさに気づいた。
帽子二つに子供がひとり、ただごとではない。
「どうしたの!ゆっくりかえってきてね!」
「そっちはあぶないよ!こっちでゆっくりしていってね!」
だが機械は、砂は待ってくれない。動かないのなら食うのみ。
泣いていたまりさも、気が付けば砂の牙に齧られている。
「ゆっ!ゆっ、ゆっ、…ゆ”う”う”ぅぅ!!」
身をよじれば砂が崩れ、声を上げれば砂が崩れ、より深く牙を立てる。
気が付けば、自分も動けずにいた。
親まりさは子を助けたいのだが、危険のあまり動けない。
この状況下、声をかけることしかしてくれない。いや、できない。
もう1匹の子供も、親にくっついて怯えている。


やがて、子の姿と声は消えた。
帽子も飲まれてしまった。


「ゆっ、まりさたちきえちゃったよ!?どうしたの!?」
「…おじさん!ゆっくりしてないでこどもをたすけてね!」
「ゆっくりしないでね!」
母ゆっくりが必死の顔で訴えてくる。
他力本願。仕方がないことだがなんと白状なものか。
さて、ショーはこれからだ。まだまだゆっくりしてられない。


《ハコ》の中に、砂嵐が吹き荒れ始めた。
始めに落ちた砂が運ばれてきたのだ。動作状態良好。
「ゆ”う”う”ぅぅ、すながめにはいったよ!」
「こんなんじゃゆっくりできないよ!」
それでも絶えず砂嵐は吹きすさぶ。機械はこう、一定に動くから素晴らしい。
まりさ達は風向かいに帽子を傾けた。なるほど。まりさ種なだけはあるか。
ふと筒下段を確認する。砂はすべて上に舞い上げられているようだ。
そして…そろそろだな。どっかりと安楽椅子に腰掛けて眺める。


「…ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!!!!!」
「ゆ”!?」
地の底からの咆哮、愚か者の断末魔。
始めに飲まれたまりさは飲まれても圧死しなかったらしい。
だからこそ、この鋸歯は生きる。
待ってましたといわんばかりに獲物に歯を立てる鋸歯達。
わずかな砂の隙間から、苦痛が外へ漏れる。
「…ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!!!」
鋭く研がれた歯が、砂に負けない歯が、体を、思い出を、心を、刻んでいく。
難点があるとすれば、その瞬間が歯と砂に囲まれて観察できないことか。
改良の余地あり、だな。
「まりざああぁぁ!!まりざああああぁぁぁぁ!!」
亡き方向へ泣き叫ぶまりさ。こいつら固体判別どうしてるんだ。
泣き声が命を救うなら、きっと虐待お兄さんも増えているだろうな。
そんなどうでもいいことを考えていると、断末魔がやんだ。


「ま”り”ざがあ”あ”ぁぁ!!ま”り”ざがあ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!!」
「ま”り”ざあ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!!」
流れる涙は砂に滲んでいく。残された3匹は、ただただ泣くしかなかった。
「おがあざああぁぁん!!まりざがああぁぁ!まりざがああぁぁ!」
「…しかたがないよ!まりさのぶんもゆっくりしようね!」
切り替えの早い親だ。まりさ種ってのはこんなもんなんだろうか。
家族だからどんなもんかと思ったが。
飲まれ行く砂に逆らって、端へ端へ動き続けるまりさ達。
ふと、鋸歯の音が変わる。どうやら2匹目が歯にかかったらしい。
声が上がらないあたり、砂に負けたか。あの悲鳴は聞きごたえがあったのに。
ゆっくりが飲まれたということは、あれが始まるはずだ。
人間への抵抗を忘れたまりさ達を眺めていると、それは始まった。


まりさ達の頭上から降り注ぐ砂の色が、変わった。
輝きすら見せる黄土色から、苦く甘い黒へ。
砂の粒子よりははやり少し重いらしく、それほど《ハコ》内を舞わずに落ちる。
「ゆっ!なんかとんできたよ!」
「たぶんすなだよ!きにしないでね!」
「でもさっきよりなんかおもたいよ!」
「ゆぅ?…」
親まりさは黒い砂嵐の中、そっと帽子のつばを上げた。
これ以上に何があるというのだ。そんな目で。


これ以上ないものがあった。
降り注ぐのは徹底的に粉砕された、餡子と皮と帽子の端切れ。
帰らぬ者が帰らずに帰ってくる。感動の再開じゃないか。


「ゆ”う”う”う”う”ぅぅぅぅ!!!!!」
餡子と皮はぽろぽろと、黒白の布はひらひらと、《ハコ》の中を飛ぶ。
顔を上げたまりさは、その衝撃に気絶してしまった。
自分の息子(娘かもしれんが)がこんな姿で帰ってきたのだ。
いや、帰ってこなかったのだ。
気を失ったまりさは、ずるずると同じ末路をたどり始める。
「まりさ!しっかりしてね!ねちゃだめだよ!ゆっくりできなくなるよ!」
「おかあさん!しっかりおきてね!」
気つけも声をかけるぐらいしかできない。
2匹は少し先回りし、動かないまりさを端へ端へと押し上げる。
これ以上欠員を出してはいけない。
その顔に映る生。この必死が見たくて虐待をしているようなものだ。


しかし異変。
突然、2匹が騒ぎ出す。
「い”や”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!い”や”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!」
「ごな”い”でえ”え”え”え”ぇぇぇぇ!!!!」
はて、これは予想外の展開。どうしたものだろうか。
内心わくわくしながら、《ハコ》をじっくりと観察する。
飲まれる砂、降り注ぐ砂、餡子、皮、帽子…
まりさ達は必死に、何かを振り払おうとしている。
…そうか。帽子だ。
いわく、死んだゆっくりの飾りをつけたゆっくりは同属に攻撃されるらしい。
どうやらそれは帽子の形をしていなくとも有効らしい。
まりさ達はそれを知っていて、本能的にそれを避けようとしている。
この強風砂嵐吹き荒れる密閉空間で。
「どれ”ない”い”い”い”い”ぃぃぃぃ!!!」
「ごわ”い”よ”お”お”お”お”ぉぉぉぉ!!!!」
パニックのあまり走り出す。気絶したまりさは目を覚まさない。
これは、もう長く続かないだろう。
なら最後を、悲鳴の消えるまで眺めるのがせめてもの、ってやつだ。


走り回っている間に、気絶まりさは砂に飲まれた。
砂に目覚めることもなく、この騒がしい中で静かに消えていった。
「う”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!」
「い”い”い”い”ぃぃぃぃや”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!!」
もう悲鳴しか聞こえない。
渦中のまりさたちは家族が飲まれたことすら気づかず、実らない保身に精一杯だ。
体を思い切りゆすり、思い切り走り回り、布の端を払おうとしている。
やがて、走り回っていた親まりさが体勢を崩した。
転げ落ちるように、苦痛からの出口へ。
「ゆ”っ!ゆ”っ、ゆ”っ、ゆ”う”う”う”う”ぅぅぅぅ!!!」
身動きが取れなくなる。自然、降り注ぐ死の破片も振りほどけない。
パニックは最高潮へ。
親の悲鳴に、子供が我に帰る。子供の方が賢いじゃないか。
子供のとった行動は、あろうことか沈み行く親めがけ一直線である。
「おかあさん!まりさがゆっくりたすけるよ!」
「ゆ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!!」
子供の声すら聞こえていない。ダメだ。これではダメだ。
いや、こちらにとっては理想的ではある。
子の助け虚しく、二人目の親もじわじわと、《ハコ》の体内へ。
「………お”か”あ”ざんの”ぶんも”ゆ”っ”ぐり”ずる”よ”!」
仕方がないと切り替えたのだろう。子まりさは助かるべく上を目指す。
だがそうまくもいかない。うまくいくようにできていない。
暴れまわった親まりさ、砂をあおる強風、そして今自分が一番、底に近い。
必死にあがく子まりさ。応じるように崩れ落ちる砂の坂。
ざらざらと崩れ落ち、やがて中央に到達した。
「ゆ”ぅー!ゆ”う”う”ぅぅ!!」
最後の最後まで、見えている希望を必死につかもうとする子まりさ。
その目は、涙で輝いていた。


その輝きも、砂に消えた。


一時の静寂を取り戻す《ハコ》
「そうか。飾りに関しては考えてなかったな…」
静かな部屋の中、ひとり反省会。
「休みない状況で心身共に疲弊させるつもりだったんだが…」
稼動しつつも中身のない《ハコ》は、寂しいものである。
「予想よりかなり早く、終わってしまった」
ただ砂嵐が吹く音と、歯車の回る音。
「しかしまぁ、装置自体の完成度は充分」
終わりを告げるそのしるしが、下へ下へと流れてくる。
「改良…はしたいなぁ。飾り対策か…」
ゆっくりたちは、ちょうど見える位置で落ちてきていた。
「まぁ、いいや」
命の演奏会が、始まる。


「……ん”ん”ん”ん”う”う”う”う”ぅぅぅぅぅぅ!!!!」
気絶まりさが、絶望の中で目を覚ます。
口は、開かないらしい。子供は火事場の馬鹿力を見せたというのに。
興ざめだ。ただ刻まれてしまえ。
「ん”ぅ!ん”ぬ”ぅ!う”う”う”う”ぅぅぅぅ!!!!!」
砂同様にまで刻むために、かなり充実した解体工程になっている。
死してなお体を蝕むそれは、砂にも餡子にも負けない絶対を突きつける。
しばらくして、気絶まりさは、形を失った。
「…う”う”う”う”わ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!!…」
そうか、解体中にもう1匹が流れることがあるのか。
共鳴も聞いてみたかったが、あいにく少しだけ遅かった。
「…だあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!…」
これだ、これこそ待ち望んだ悲鳴、生きている証。
圧し殺す砂の中で、最後の命が響かせる音。
素晴らしい。実に素晴らしい。
「……い”だあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!…」
なんと、子まりさも解体に入ったようだ。願ったり叶ったりだ。
この喜びは何事にも変えられない。蓄音機を準備しておけばよかった。
「う”があ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「い”い”い”い”い”い”い”い”ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
回転する鋸歯が、上下に動く鋸歯が、鬼目やすりが、刃が、棘が…
もてる限りを尽くした、最高のおもてなしだ。


「ゆ”う”う”う”う”う”う”う”ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「ゆ”う”う”う”う”う”う”う”ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」


演奏会は、終わった。
再び静かになる部屋。
歯車は無慈悲に回る。


黒い風が、《ハコ》の中に吹いた。





【あとがき】
規制に巻き込まれたタカアキです。
しかしいい竜頭蛇尾。
でもこれより長いと書くのも読むのも辛いだろうっていう。

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最終更新:2022年05月03日 16:51