*警告*

  • 現代物です。
  • ゆっくりは何も悪いことをしていませんが、ゆっくりできません。
  • 80字改行です。その辺案配していただけると読みやすいです。



↓以下本文

 カーテンの隙間から僅かに光の射し込む部屋で、一人と一つが静かな寝息を立てていた。
人間は柔らかな布団のなかで、ゆっくりはベッドサイドの透明な小箱のなかで。小箱の表
面に浮かぶデジタル時計が、先に箱の中のれいむに朝を告げる。タイマーでれいむと箱を
繋ぐ頑丈なステープルに通電、大事な中身のあんこに直接電気刺激を与えて、ささやかな
しあわせーな夢から引き戻す。ゆっくりできない電撃に苛まれ、れいむは必死に声を張り
上げる。
「ゆっくりおきてね! ゆっくりおきてね!」
 電気が流れるたびに、まんじゅうボディをピクっと震わせてれいむは叫び続ける。その
可愛らしい仕草が、ゆっくり目覚ましの人気の一つだった。部屋の主はかすかに呻いて、
もぞもぞと布団に潜り直す。
「ゆっくりおきてね! ゆっくりおきてね!」
れいむには電流を止めることはできない。時間になると定期的に流れる電気から解放され
るには、スイッチを押して止めてもらう他はない。やがて、溜息を絞り出しながら、長い
髪の女がもぞもぞと身を起こす。おぼつかない手は時計に触れてもなかなかスイッチを押
せない。箱のでたらめな箇所を何度も押す指を見上げ、れいむはもみあげをぴこぴこ跳ね
あげ、ゆっくりモーニングを叫び続けることしかできない。
目覚ましれいむは不要な言葉を話せない。時計は勝手なことをしゃべらないものだから。
目覚ましれいむは涙もよだれも流せない。時計は勝手に砂糖水で汚れないものなのだから。
目覚ましれいむは飛び跳ねることはない。時計は勝手に動いたりしないものなのだから。
生産され、収穫されたゆっくりは選別され、適切に加工されて出荷され、消費される。
 余計な砂糖水を流すためのあんこは焼き切られ、二度と再生することはない。あんよは
導電性に優れた金属ステープルで貫かれ、箱の底に固定され、跳ねることも、向きを変え
ることも許さない。かちり、と小さな音を立ててようやくスイッチが押し込まれた。電流
から解放されたれいむは、白目を剥いて固まっていた。半開きの口からぷしゅぅ~、と湯
気が立ち上る。それでもいつの間にか、小箱の中でゆっくりしている。どこまでも不思議
なまんじゅうなのである。そのコミカルな顔芸に女は相貌を崩し、箱ごしにれいむを撫で
ると、はだけた夜着を引っ張りながら布団から這いずり出る。れいむも指の動きに気付い
て、容量の乏しいあんこに蓄えられた、数少ない言葉を口に出した。それを口にするだけ
で、苦痛も忘れられる気がする素敵な言葉。
「ゆっくりしていってね!」

 女は気怠げに朝食シリアルを頬張る。頬杖は下品なこととは知ってはいるものの、悲し
き独り身。見せる相手も咎める者もいはしない。
「ん……」
ザラザラと牛乳を張ったボウルにおかわりを継ぎ足す。シリアルの紙箱には、への字口の
ゆっくりぱちゅりーが、今にもムキュー! といわんばかりのタッチで描かれている。
肉まんが美味しいことでも有名な、コーマフーヅの人気製品『朝からゆっくり-ぶるーべ
りー-』である。生ったばかりの赤ゆっくりを加熱処理してローラーで平たく成形したも
ので、原材料の段階から甘いため、調味の必要もないうえに栄養価にも優れている。姉妹
商品はヨーグルト味とクランベリー味。ボウルとカトラリーを洗って伏せて、ペットボト
ルのお茶でサプリメントを流し込む。かの女の朝は、だいたいこのようなものだった。
 女は身支度を済ませ、誰もいなくなった部屋の中の狭くて透明な箱の中、れいむは今日
もひとりぼっち。透明な箱の中ではすーりすーりも、むーしゃむーしゃしあわせー、も存
在しない。だが、目覚ましれいむは悲しくなかった。そんなものが存在することさえ知ら
ないのだから。真っ暗な箱から出してくれた、素敵なおねえさんとゆっくりできさえすれ
ば、きっととってもゆっくりできることだろう。目覚ましれいむはそれだけが悲しかった。
おねえさんはれいむをおいて、すぐにどこかに出かけてしまう。れいむは大抵のゆっくり
製品と同様に親の顔を知らない未刷り込みのゆっくりであり、使われる時まで外の見えな
い紙箱に入っていた。そして、誰かがそれを買って、使う。動かなくなったらゴミに出す。
ただそれだけだった。女にとってはれいむは500円の目覚まし時計でしかない。21世紀の
地球に突如出現した未知の物体は、連呼するその言葉とは裏腹に、ゆっくりすることはな
い。ゆっくりは動いてしゃべる不思議まんじゅうでしかなく、このれいむもまた人語を解
する消耗品にかわりはなかった。
「ゆっ……」
 目覚ましれいむの世界は透明な小箱の中だけ。あんよは台に固定され、跳ねることも回
ることもない。ステープルは加工直後にれいむの底と癒着していて、痛みはない。ただ動
くことができないだけ。薄暗い部屋の中の小箱の中で、れいむはぴこぴこともみあげを動
かしてみる。かわいいね、とおねえさんが言ってくれた言葉を思い出すと、れいむはとて
もゆっくりした気分になった。目覚ましれいむはひとりぼっちでも、ゆっくりできるおう
たを歌い出したりしない。れいむに限らず、大量生産の製品用ゆっくりは親ゆっくりの歌
を聞いたこともなければ、触れあうこともなく、歌など教わることはない。狩りの仕方も、
おうちの作り方も、すっきりーも知らない。消耗品には、求められていない機能は一生必
要ないのだから。しかし、加工品ではないゆっくりにとってはそうではなかった。


「にんげんさんがふくろをはこにかくしているんだぜ!」
「きっとゆっくりできるふくろだね!」
 集合住宅のゴミ集積所、動物避けの箱を電柱の後ろから見つめる影。成体サイズのゆっ
くりまりさとゆっくりれいむ、そしてソフトボール大の子ゆっくりが数個。
「ゆゆっ、しずかにしないとみつかるよ!」
「こっそり~!」
少女が自治体指定の袋を集積箱に放りこんで、何度も時計を見ながら慌てた様子で駆けて
いくのを、隠れているつもりの野良ゆっくり一家が眺めていた。騒ぎながら待ち遠しそう
に何度も電柱からはみ出て覗いている。少女がイヤホンで音楽を聴いていたのはまさに幸
運であった。
「にんげんさんはゆっくりしてないね!」
「おちびちゃんたち、ごはんにしようね!」
まりさを先頭に、一家はぽいんぽいんと一列に並んで跳ねて集積所に向かう。
「さっきのにんげんさんみたいに、ふたさんをもちあげればいいんだね!」
野良犬や野良猫にゴミ袋を荒らされないよう、しっかりつくられている箱は、悲しいかな
野良ゆっくりの無い手に負えるものではない。
「みんなであけるよ!」
「ゆんしょ、ゆんしょっ! ふたさん、ゆっくりあいてね!」
ゆっくり一家は箱に張り付いて、めいめいに飛んだり跳ねたり、伸び上がったりと忙しい。
もちろん箱は微塵も動かない。
「朝から野良ゆっくりとか……」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりちていってね!」
 そこに半透明の袋を提げて、盛大に溜息をついたのは先ほどの女。ゆっくりは野良でも
警戒心が驚異的に薄く、逃げるどころか一斉に挨拶までしてくる始末。
「ほら、どいてどいて」
「ゆゆっ、ふたさんがあいたよ!」
箱を開けてゴミの袋を放り込む女の隣で、親まりさとれいむが何度も跳ねては、縁に届か
ずに地面と仲良くなっている。跳ねた拍子に蓋に挟んで真っ二つにならないよう、女が
ゆっくりと蓋を閉めると、ゆっくり一家はぷっくー、と一斉に膨れはじめる。
「おねえさん、いじわるしないでね!」
「あんたたち入りたいの?」
「ふくろさんをかくさないでね!」
「ゆっくりできないよ!」
ゆっくりには性差はないようで、どんな種でもとりあえず二匹いれば、すーりすーりする
だけで繁殖する。駆除してもどこからともなく発生し、また増えたゆっくりは野良猫や野
良犬、鳥の餌になる。都市部でのゆん害は直接、間接を問わず、決して小さな物ではな
かった。そして、このゆっくり一家はゴミ集積箱に餌になるゴミが入っていることを知っ
ていた。誰かが餌付けでもしたのだろうか。女は顔をしかめる。
「もう、しょうがないなー」
放置して野良猫の餌になってもらっては困る。かといって、潰したところで餌になること
に変わりはない。いくらゆっくりが美味しいおまんじゅうでも、かの女は今まで地面にい
たゆっくりを生で食べる気はしなかった。ゆっくり一家の望み通り、集積箱に放り込んで
おけば、燃えるゴミと一緒に回収されて、一つの円満解決になるだろう。だが、間違いな
く業者が来るまでに、ゴミ袋はゆっくり一家に荒らされ放題となるだろう。ゆっくりをゴ
ミ袋に入れて捨てるのが最適だが、急ぎのかの女にはゴミ袋を取りに戻る時間はなかった。
窮ずれば通ず、足下のまりさを見た瞬間、女の脳裏に一条の電光が走った。集積箱の脇の、
空き缶を拾うための大きなトングを手に取ると、片手で蓋をもちあげて女はゆっくり一家
を呼び集めた。
「いれたげるから、こっち来なさい」
「ゆゆっ、ゆっくりはやくしてね!」
まずは親れいむを掴む。トングが食い込んでむにょんと変形した面白い顔に、女は噴き出
しそうになったが、必死に堪えてゴミ集積箱の中へと運ぶ。柔らかく心躍る感触で、持ち
重りのするゆっくりを落とさないよう、なんとか袋の置かれていないスペースに下ろす。
だが、そのまま置いてはゴミ袋を荒らされるだけ。そこでかの女はれいむを天地逆にそっ
と置いた。底を焼かれたゆっくりは身動きがとれなくなることはあまりにも有名な話であ
るが、あんよと違い、ゆっくりのおつむには跳ねる機能はない。
「ゆふ~っ、おそらをとんでむぎゅ!」
「そこでおとなしくしてなさい」
「おねえさん! れいむをもどしてね! さかさまでうごけないよ!」
次に、女はまりさを挟む。ぶにっと歪んだまりさを逆さまにすると、帽子が地面に落ちる。
「おねえさん、おぼうしさんかえしてね!」
「はいはい」
れいむに触れない位置に気をつけて置くと、女はゆっくりの弾力のある底を破らないよう、
トングで箱の底に何度もか押しつける。あとは何が起きたかわかっていない子ゆっくりも
仲良くさせるだけ。触れて押し合って転がらないよう、すーりすーりの届かない位置に一
家仲良く離して置くと、愉快な声をあげるゆっくり一家をよそに、女は蓋を閉じた。
「ゆゆ~ん、うごけないよ!」
「やめてね! さかさまにしないでね!」
「それじゃゆっくりしていってね」
真っ暗になった箱の中、ゴミのすえた臭いはちっともゆっくりできるものではなかった。
「ゆえ~ん! くらいよ! こわいよ!」
「まっててね、いまたすけるよ!」
「おねえざあん! ゆっくりたすけてね!」
上下に伸び上がってもにもに蠢くゆっくりの百面相だが、誰一人として、それを楽しむ者
はいなかった。とても残念なことである。しかし、ゆっくり一家の阿鼻叫喚の響く集積箱
に、光が射した。一瞬で、ゆっくり一家の顔がぱぁあっと輝いた。
「ゆっくりたすけてね!」
「うん。ぱっと見、中にゆっくりが入ってるのわかるよね」
蓋をあけたのは先ほどの女。子まりさの帽子をゴミ袋の上に置いて、先ほど落とした親ま
りさの帽子を縁に挟んで目印にすると、今度こそゴミ捨て場を後にした。ゆっくりが入っ
ていることがわかっていれば、気なしにゴミ袋を放り込んで、潰れた中身で箱が汚れるこ
とはないはずだった。
 再び闇に閉ざされたゴミ集積箱の中、一家は白目で固まっていた。涙とよだれで子ゆっ
くりの皮はふやけ、歪な末広がりのつぶれまんじゅうになっている。親ゆっくりもふやけ
てこそいないもの、跳ねることも転がることもできず、ただ交互にゆっくりしていってね、
と呼び合うばかり。そして、ゆっくり一家の声は次第に一つ、また一つとかすれ、消えて
いった。






  • 書いた物リスト

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紅魔館×ゆっくり系12 突発ゆっくり茶会
(差し替えて下さった方、本当にありがとうございます)
ゆっくりいじめ系540 ゆっくり水雷戦
その他 ゆっくりの手引き
ゆっくりいじめ系1097 アストロン
ゆっくりいじめ系1014 どすのせいたい
ゆっくりいじめ系1907 品評会
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最終更新:2022年05月03日 18:53