この作品は以下のものを含みます。
  • ゆっくり対ゆっくりの構図
  • 虐待でも愛ででもないそれは全く新しい(ry)お兄さん
  • ドスまりさ
  • ゆっくり改造
この作品は以下のものを含みません。
  • 人間によるゆっくりの虐待・虐殺
  • 愛で
  • ギャグ
↓それでもよろしければ、お進みください。










                    復讐のゆっくりまりさ(後)





 ドスが負けた。
 その事実は、群れにかつてない混乱をもたらした。
 負けた? ドスが? あの強いドスが?
 群れにおいて、ドスは絶対の存在だった。誰よりも大きく、誰よりも強く、誰よりも優しい。
 だがその『絶対』は、たった今、崩壊したのだ。
 ただ一匹の、倒れ伏したドスの前に佇む、あのまりさの手によって。
 戦いの前、まりさが皆に告げたことが思い出されていく。ドスが勝っていたのであれば、考える必要もなかったはずのことだ。
 ドスは本当に──ドスだったのか?
 武器を使ったとはいえ、必殺のドスパークまで破られたドスは、本当に信頼に値するドスだったのか?
 あのまりさの言うことは、紛れもない事実だったのではないか?
『絶対』であったものが否定されたとき、その『絶対』を寄り代にしていた全ては脆く崩れていくものだ。
 ドスの強さが否定された今、ドスが行っていた食料集めや教育の是非を、ゆっくり達は再び考え出した。
「ゆー! みんなー!」
 そこに、ドスの家に向かっていたゆっくり達が戻ってきた。
「まりさのいっていたことはほんとうだったよ! どすはいえのおくにたくさんのごはんをためていたよ!」
「「「「ゆゆゆゆっ!!!!」」」」
 まりさの言っていたことが証明された。
 ゆっくり達は迷った。ドスは、まりさの言うとおりゆっくりできないゆっくりだったのかもしれないし、本当に予備の食料を溜めていただけかもしれない。
 ゆっくり達はまさかドスが負けるとは思わなかったので、決闘のあとまりさの発言の真意を問い質せばよいと思っていたが、今、そのドスは動かない。
 ゆっくり達は、今後のこと、何よりもまりさの扱いに悩んだ。
 何故ならば、あのまりさを一度はこの群れから追い出してしまっている。
 まりさの言うことが全て正しかったとして、今更どんな顔をして付き合っていけば良いというのだろう。
 皆が対応に苦慮する中、何匹かの小さなゆっくり達が群れから飛び出し、結界の中に入っていった。
「ゆー! まりさはすごいんだぜ! あのどすにかったんだぜ!」
 飛び出していったのは、主に群れの中でも幼いゆっくり達だった。
 日ごろからドスの厳しい方針に不満を持っていたそのゆっくり達にとって、まりさは圧政からの解放をもたらした英雄のように思えたのだ。
「まりさ、れいみゅたちをたちゅけてくれちぇありがちょー!」
「まりさはすっごくつよいわ。おおきくなったら、わた、わたしをおよめさんに……!」
「まりさがいればもうこわいものなんてないんだぜ! どすよりよっぽどたよりになるんだぜ!」
 口々に子ゆっくり達はまりさを囃し立てる。当のまりさはまだじっとドスのほうを見ていたが、子供達は気にしていないようだった。
 一頻り騒いだ子供達が、さっと皆のほうを振り返って、言った。
「なにしてるのおかーさん! まりさはどすをやっつけたんだよ! まりさのいってることがただしいって、もうわかってるでしょ!
 だいじょうぶだよ! まりさがあたらしいりーだーになってくれれば、どすのときよりもっとむれはよくなるよ!」
「「「「ゆっ……」」」」
 その考えは、あっという間に群れ全体に広がっていった。
 そうだ。確かにまりさの言うとおり、ドスは内緒で食料を溜め込んでいた。それは皆の信頼を裏切る行為ではないのか?
 悪いドスは、しかしまりさによって斃された。それは自分達にとって喜ばしい事態ではないのか?
 よしんばドスが悪くなかったとしても、まりさはドスに勝利を収めたゆっくりなのだ。
 ならば、あのまりささえいてくれれば群れは安泰になる。逆に言えば、ドスより強いまりさに逆らうこともできやしない。
 一度、ひどい勘違いから追い出してしまったが、そこは誠心誠意謝るしかない。
 まりさは今も怒っているかもしれないが、群れのリーダーという立場を得られるなら、きっと許してくれるはずだ。
「「「「ゆー♪ まりさー!!!!」」」」
 ゆっくり達は、まりさを讃えるべく一斉に広場の中心に殺到した。
 群れのゆっくり全てが結界の中に押し込められたので、流石に手狭だったが、そんなことは誰も気にしなかった。
 今はただ、群れをドスから解放してくれた英雄、まりさのことが大事だった。
 皆が口々にまりさを褒め称える中、一匹の大きなまりさがまりさの前に進み出た。まりさの父だ。
「ゆ! まりさはおまえのことをごかいしていたよ! おまえはむれをどすのあっせいからときはなってくれたんだね!
 まりさはおまえのようなよいこどもをもってはながたかいよ! ありがとう!」
 それでもまりさは父のほうを向かず、ただ潰れたドスを見ていた。
「よくもだましてくれたな!」
「おまえなんかどすじゃないよ! ほんとのことをいえば、ぜんぜんゆっくりできてなかったよ!」
「そのままゆっくりくさっちゃえ!」
 複数のゆっくりがドスを取り囲んで、暴力を振るっている。内心、溜め込んでいたものがあったのだろう。
 そんなまりさとドスの様子を、男は終始無言で眺めていた。
 広場中からまりさコールが響く中、先程ドスの家に行っていたもの達がまりさの前に出てきた。
「まりさ! まりさのいうとおり、たくさんのごはんがあったよ!
 それとどすにきょうはんしゃがいたよ! さいごまでごはんをわたそうとしなかったからころしちゃった!
 これがそのしょうこだよ!」
 そう言ってパチュリーのものと思しき髪飾りを差し出した。
 他のゆっくり達はその行為を責めるどころか、むしろ褒め称えた。ゆっくり達の中では、既にドスとそれに与するものは完全に悪だった。
 まりさの父が、また口を開く。
「まりさ! どすをたおしたおまえが、いまからこのむれのりーだーだよ!
 まりさがいてくれれば、もうこのむれにこわいものなんてないよ! どうかむれのみんなをささえてあげてね!」
 強く育った息子を前にして、父は満面の笑みでそう言った。
 かつてのリーダーの発言の影響は大きい。ここに正式に、まりさが群れのリーダーとなることが決定したのだ。
 まりさはそこでようやく顔を上げ、

「うるさい」

 父親の顔面を、丸ごと齧り取った。



 ドスを倒したとき、まりさにはなんの感慨も湧かなかった。
 あれほど強く、猛々しく燃え盛っていた復讐の炎は、勝利を得ると同時にまるで嘘のように消え去ってしまった。
 ドスは、強かった。攻撃を受けたのは一度だけだったが、それだけで理解した。
 男の教えがなければ、あっさりやられていただろうことは、まりさにも分かる。
 だが倒れ伏すドスからは、あの強さは微塵も感じられない。ただの敗者でしかなかった。
 こんなものを──本当に自分は望んでいたのだろうか。
 ドスに復讐する、という途方もない目的を達成したというのに、嬉しくもなんともない。
 ああ、そう言えば。復讐という目的はあっても、その後に何をしたいのか──全く考えていなかった。
 群れを助けたいという願いはあっても、その群れに戻ろうという考えは、どうしてだか一切思いつかなかったのだ。
 まりさは途方に暮れた。
 まりさは、目的を喪ったのだ。
 そんなとき、群れの子ゆっくり達が駆け寄ってきて、次々にまりさを褒め称えた。
 やがては大人達も、口々にまりさの偉業を褒め称える。
 その様子に、まりさは静かな気持ちのまま、気の狂いそうな違和感を覚えていた。
 なんだ、これは。
 こんなものが、勝利の末に得るものだと言うのか。
 皆は、あのドスを慕っていたんじゃないのか? 騙されていたとはいえ、さっきまでリーダーと崇めていたんじゃないのか?
 まりさはドスを倒したあと、自分が恨まれるのではないか、と考えたことがあった。
 そして、それでも良いと思ったのだ。あの悪いドスがいなくなれば、きっとまた皆、自分の力でゆっくりできるはずだと。
 だが、どうだ。群れはまりさを恨むどころか、新しいリーダーとして群れに再び迎え入れようとしている。
 一度は話も聞かず、強制的に群れから追い出した自分を。
 父親は心底嬉しそうに、息子である自分に微笑んでいる。二ヶ月前、中心となってまりさを追い出しておきながら。
 そんなことまるでなかったかのように。
 一匹のゆっくりが、何か言いながらまりさのところまで駆け寄ってきた。
 その口に咥えていたのは、ぱちゅりーのリボン。
 見間違えるはずもない、まりさの友人で、ドスの元に通っていた、あのぱちゅりーのもの。
 なんで、そんなものがここにある?
 自分は何のために戦ってきたのか。群れをドスから解放するためだ。ぱちゅりーやれいむを助け出すためだ。
 なら──どうしてここに、ぱちゅりーのリボンがある。
 どうして、ぱちゅりーは殺されてしまった。
 そしてまりさはとうとう、一つのことを確信した。
(ああ、そうか)
 このゆっくり達は、数日前自分が虐殺した、百二十一匹のあの群れと同じものだと。
 自分にとって有益なものは全力で迎え入れ、有害なものは全力で排除しようとする。
 今こうしてまりさを迎え入れようとするのは、単に自分達にとってそれが最も有益であるからに他ならない。
 もしここで、まりさより強いゆっくりが現れたら、群れはわずかな時間で手の平を返すことだろう。
 負けたドスにもう誰も見向きもしないように。
 それは、なんという醜い生き様なのだろうか。
 同じだ。
 同じなのだ。
 全て同じクズなのだ。
 そんなもののために、自分は今まで戦ってきたのだ。
 ほんの少し、皆の顔を見渡せば分かる。へつらうようにへらへらと笑うもの。畏敬するもの。純粋にまりさを讃えるもの。
 それらが根ざす場所は、全て同じなのだと、まりさは理解した。
「まりさ! どすをたおしたおまえが、いまからこのむれのりーだーだよ!
 まりさがいてくれれば、もうこのむれにこわいものなんてないよ! どうかむれのみんなをささえてあげてね!」
 父の声がする。
 それを支持する皆の声がする。
 その全てが、たまらなくわずらわしかった。
 だから、
「うるさい」
 まりさは、この醜い生き物達を皆殺しにすることに決めた。



 阿鼻叫喚、とはまさにこのようなことを言うのだろう。
 男の目の前で、数多のゆっくり達が泣き叫び、仲間をひき潰しながら逃げ惑っている。
 それを追いかけるのは、ノミを咥えた一匹のまりさ。
 まりさがノミを一振りするたびに、新しいゆっくりの屍骸がこしらえられていく。
 果敢にもまりさに立ち向かおうとするゆっくりもいるにはいたが、それらは例外なく殺された。
 当然だ。
 ドスを倒すための武器は全て使い切ったとはいえ、二ヶ月の地獄の特訓を耐え抜いたまりさに、そこらのゆっくりなど歯が立つはずもない。
 まりさは、さきほど一番に自分にすりよってきた子まりさを殺したところだった。
 子まりさが仲間を囮にして逃げようとしたところ、まりさは置いていかれたほうを無視し、先に子まりさを仕留めた。
 それも男が教えた戦い方だ。
 置いていかれたほうは茫然自失となって隙だらけだし、置いていったほうも油断が生まれる。なら、逃げるほうを先に殺せば、より効率的だ。
 早いか遅いかの違いだけで、どちらも死ぬことには変わりはないのだから。
 恐らく、それほど長い時間をかけず、この群れは全滅することだろう。男はそう判断した。
「おに゛いざああああああああああああんん!!!」
「だずげでえええええええええええええ!!! ごごがらだじでええええええええええええ!!!」
 ふと足元を見ると、数匹のゆっくりが涙ながらに男に助けを求めてきた。男が結界を張ったことを思い出したのだろう。
「駄目だ」
 男はすげなく答えた。
「どぼじでええええええええええええええええ!!!」
「まだまりさの復讐は、終わっていない」



 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
 殺す。殺してやる。ゴミクズどもめ。
 お前達は一体なんだ。ドスを慕っていたんじゃないのか、仲間とゆっくりしたいんじゃないのか。
 かつてのリーダーの屍体を辱め、かつての仲間を殺し、それがゆっくりするということなのか。
 それを『ゆっくり』などと言うつもりなのか!
 まりさの心は、ドスに対するものよりも、遥かに激しい怒りに彩られていた。
 或いはドスの姿に、自分がそうなったときの光景を思い浮かべたのかもしれない。
 結局のところ群れるゆっくりにとって、リーダーとは都合の良い保護者であり、責任の押し付け先であるのだ。
 父はそれに気づかず、群れのリーダーであることを至上の誇りとしていた。
 馬鹿馬鹿しい。なんという愚かさだ。
 男の手によって、高度な知能を得たからこそ、理解した。
 ゆっくりは、利のみによって行動する薄汚い腐った生き物だ。少なくともまりさの中では、そう定義された。
 そして何より怖ろしいことに、自分もかつてはその生き物であったのだ!
 利己的なゆっくりに対する怒りが、そしてそのことに気づかなかった幼なかった自分への憤りが、まりさを凶行に走らせる。
 殺してやる。殺してやる。殺してやる!
 お前ら全員、殺してやる!
 そうして一匹の子ありすに向かって振り上げたノミは、

「やべでええええええええええええええええええええええ!!!」

 それとは違う、見覚えのある影によって遮られた。
「ゆっ」
 短い悲鳴と重たい手ごたえ。
「れい……む?」
 ノミは、まりさが最も愛したれいむの中心を、綺麗に貫いていた。
「れ、れいむっ!? れいむ、れいむ、れいむぅぅぅ!!! どぉしてえええええええ!!??」
 自分のしでかしたことの恐ろしさに、まりさは慄いた。
 ああ、いや、違う、違うんだ。こんなことがしたかったわけじゃない。
 れいむを殺したかったわけじゃないんだ。ただ、皆が許せなかっただけで、れいむまで憎いわけじゃないんだ──
「ま……り……さ……」
「れいむぅぅぅ!!! どうじでっ、どうじで出でぎだのおぉぉぉ!!??
 ああっ、餡子がっ、餡子が出ちゃううううう!!! れいぶが死んじゃうよぉぉぉぉ!!!」
 どうにか餡子の流出を食い止めようとするが、しかしまりさのノミは、普通のゆっくりであったれいむを完全に貫通していた。
 もう助からないことは、誰の目にも明らかだった。
「まり、さ……どう、して……」
「れいむ! しゃべらないでね! ゆっくりしてね!」
「どうして……どすを……ころし、たの……」
 そんなこと、決まってるじゃないか。ドスは悪いゆっくりだった。れいむやぱちゅりーを苦しめていた。
 まりさは、だから、ドスから皆を助けたかっただけなのに。
 なのに、どうしてこんなことになっているんだろう。
「どすは、なにも……わるいことは、してなかったよ……。
 ためこん、だ、ごはんのつかいみちは……おしえてくれなかったけど……どすは、みんなのことを、いつもしんぱいして、いたよ。
 おいだされた、まりさのことだって……しんぱいしていた、んだよ」
 息も絶え絶えに、それでも何か伝えなければならないと、れいむは必死に喋った。
 他のゆっくり達は、二匹の様子を恐々と伺っていて、ある一定の距離から近寄る様子はなかった。
「れいむは……れいむはね。どすに、いろんなことをおしえてもらったよ……。
 れいむは、ただ……まりさといっしょに、ゆっくり、したかったから……。
 いろんなことを、おしえてもらって……まりさとけっこんしたとき……やくにたてたかったから。
 まりさにあえなかったのは、つらかったけど……みんなで……いっしょにゆっくりしたかった、から……」
「あ、ああ、あああああああああ」
 まりさの心の中を、訳の分からない嵐が吹き荒れた。
 なんで、なんで、なんでこんなことになってしまった? 自分はどこかで間違ってしまったのか?
 れいむの願いは、かつてのまりさの願いそのものだったのに。
「もっと……ゆっくりしたかった」
 そう言って、れいむは事切れた。
「れい、む……」
 もう動かなくなった最愛のゆっくりを前に、まりさは項垂れてぶるぶると震えだした。
 一向に動こうとしないまりさに、一匹のみょんが背後からにじり寄っていく。
 そして全身全霊を込めて跳びかかり──
「ぢんっ!?」
 足元から跳ね上がったノミが、顔面を真っ二つに切り裂いた。
 着地と同時にみょんは絶命した。
「死ね」
 まりさは言った。
「おまえら、ぜんいん、ここで死ィィィィィィィィィィィィィィねェェェェェェェェェェェェェ!!!!!」



 三十分後。
 結界内に動くものは、もう誰もいなかった。
「…………」
 男が結界を解くと、夕暮れ時の風が、甘く爛れた匂いを運んでいく。
 いつの間にか空は真っ黒な雲に覆われていて、ぽつりぽつりと、雨の雫が落ち始めてきた。
 男は傘を差し、餡子の海の中心で、空を見上げて動かないまりさに近づいていく。
 それは二ヶ月前の森の中、一人と一匹が出会ったときとよく似ていた。
 違うのは、もはやまりさが雨によって溶けることがないということだろうか。
 男の手によって手を加えられ続けた結果、もはやまりさは、楽に死ねる身体ですらなくなっている。
「生きたいか?」
 あのときと同じ問いを男は発した。
「死にたいよ」
 まりさは答えた。
「もうまりさには、生きるりゆうがないよ。ドスは倒したけど、ぱちゅりーもしんで、れいむもころして、むれのみんなもころしてしまったよ。
 もうまりさには、いくところなんてどこにもないよ」
「…………」
 男は黙ってそれを聞いた。
「……知らなかったんだ」
 まりさは誰に聞かせるでもなく、呟く。
「まりさたちは、あんなに汚いいきものだったんだね。あんなにみにくいいきものだったんだね。
 ドスをたおせば、みんな幸せになれるって、ずっとおもってたのに。でも、そうじゃなかったよ。
 今ならね、ドスのきもちがわかるよ。ドスもたぶん、たいへんだったんだ。あんないきもののあいてをして」
「…………」
「ねぇお兄さん、まりさはまちがっていたのかな。本とうは、ドスのほうが正しかったのかな」
 まりさは答えがほしかった。そうだ、とも、違う、ともどちらでもいいから言ってほしかった。
 だが男は言った。
「そんなこと、俺は知らない」
 突き放すような冷たさだったが、むしろそれを『らしい』とまりさは思った。
 男は、まりさに対して優しさを向けたことなど一度もない。逆に厳しくすることもなかった。
 ただまりさの『強くなりたい』という願いを叶えるだけの存在に徹してきた。
 だから今も、まりさの行動の是非に答えることはない。
 だが男は、「ただ」と言葉を続ける。
「本当に、ゆっくりは醜いだけの生き物なのか?」
「ゆっ……?」
 まりさはそこで初めて、男を見た。
 男は言う。
「中には、お前の愛したれいむのように、本当に皆のことを考えているゆっくりもいるかもしれない。
 心から群れのことを護りたいと思っているドスもいるかもしれない。
 そういうやつらがいるかもしれないって、思うことくらいは、いいんじゃないか」
 男なりに励まそうとしているのだろうか、とまりさは思った。
 ああ、確かに、れいむは本当に美しいゆっくりだった。外見だけでなく、その心根まで。
 れいむは自分が殺してしまったけれど、もし他の場所で、れいむのような良いゆっくりが困っているとしたら?
 今の自分には、力がある。多くの武器を喪った今、ドス級に勝てるかは分からないが、普通のゆっくりに負ける要素などどこにもない。
 普通のゆっくりの中では最強とも言えるその力を、このまま腐らせてしまっていいのだろうか。
「……お兄さん、まりさは行くよ」
「そうか」
「れいむのような良いゆっくりを、まりさはたすけるよ。そのためにたびをするよ」
「そうか」
「お兄さん。今までありがとう。そして、めいわくをかけてごめんなさい」
「お前が気にすることじゃない。俺が勝手にやったまでだ。行くというなら、それを止めもしない。
 だが選別くらいはくれてやる。それにしては粗末なものだが……」
 男は懐から手の平サイズの球体を取り出すと、花火を喪い、ぽっかりと空いていたまりさの左目の代わりに入れた。
 そしてその上から新しい眼帯をかけ、固定してやる。
 最後に、餡子に塗れたノミを綺麗に拭き取ってやる。
「ただの詰め物だから武器としては使えないが、それがないと餡子が飛び出してしまうからな。
 気をつけて行けよ、まりさ」
「うん、ありがとうお兄さん。さよなら」
「ああ」
 そう言って、まりさは雨の中旅立っていった。
 男はその後姿が見えなくなるまで見送ると、やがて反対方向に歩き出した。



 男が向かったのは、ドスの家だという洞窟だった。
 あの巨体が自由に動けるだけあって相当大きい。人間が住むのにも困らないだろう。
 洞窟内は土をくりぬいて幾つもの部屋に分けられていた。
 それらの部屋には、おそらくドスが書いたのだろう、下手な平仮名で名前がつけられていた。
 枯れ葉のベッドが並ぶ『たくじしつ』。机と椅子が拵えてある『べんきょうべや』。
 更に奥に行くと、葉っぱの一枚すら落ちていないわびしい部屋がある。そこには『どすのへや』とあった。
 そこを通り過ぎると、一面に柔らかな草が敷き詰められた『かいごしつ』があった。恐らく怪我をしたゆっくりを収容する場所だろう。
 ある通路の奥は、掘っている途中で落盤があったのか、埋まったままだった。
 もっと奥に進むと、男は巣に入って初めてゆっくり達の屍体を見つけた。
 潰れたぱちゅりーや、その他数匹分の屍体のある部屋には、『とうみんようしょくりょうこ』と名前がつけられている。
 部屋の中は、確かに大量の食料で溢れかえっていた。それも木の実や柔らかい木の根など、保存の効くものばかり。
「…………」
 男はそこまで確認すると巣を出た。
 そして巣の入り口まで差し掛かったところで、足を止めた。
「やっと来たか」
 男は言う。視線の先には、潰れた身体を引きずってここまで辿り着いた、ドスまりさの姿があった。生きていたのだ。
 ドスは力のない視線で男を見て、言った。
「お兄さん……どうしてまりさを、あんな子にしてしまったの……?」
「まりさがそれを望んだからだ」
「わたしは、群れの皆をゆっくりさせたかっただけなのに……」
 放っておけば今にも死んでしまいそうな声で、ドスまりさは言う。だが、
「そうだろうさ」
 男の答えに、ドスは劇的に反応した。
「どう、して? 知っていたの? ならどうしてあの子におしえてくれなかったの!?」
「知ったこっちゃなかったからな」
 激昂するドスに対し、男はあくまで冷淡だった。
「まりさの話を聞いて、ある程度の目星はついていた。だがそんなこと、俺にはどうでも良かったんだ。
 ここに来たのだって、一応それを確認するためだが、だからって何かするというわけでもない。
 教えなかったことを何故と言うなら、それがまりさに対する俺の距離だったからだ」
 ドスは黙って男の言葉を聞いていた。そこに、決して揺らがない何かを感じたからだ。
「言ったよな。俺はお前達の敵でも味方でもないし、まりさの敵でも味方でもないと。
 俺がまりさに力を与えたのは、まりさがそれを望み、そのために努力したからだ。その努力に報いたからだ。
 だが、もしまりさがなんらかの勘違いの上に動いていたとしても、それを止めるようなことはしないと決めていた。
 何故ならそれは、お前自身が出した錆びだからだ。俺が関与するようなことじゃあない。──そうだろう?」
「ゆぐっ」
 ドスは息を詰まらせた。思い当たるところがあったのだろう。
「あのまりさの追放がお前の意志の届かぬところで行われたのは、話を聞いていれば大体分かったよ。
 まりさの話に賛同しかねた他のゆっくりが、その場でまりさを追い出したというところだろう。
 それにお前、まりさを前にして少し申し訳なさそうな顔をしていたしな。
 ──だが、なら何故お前はそのあとすぐ、まりさを追いかけなかった?
 俺が見つけた時点で、まりさは相当衰弱していた。三日は逃げ続けていただろう。
 お前がちゃんと使いを出していれば、俺に見つかる前に連れ戻すこともできただろうに」
 その話は、ドスにとって完全に図星だった。
 沈黙してしまったドスに、男はさらに言う。
「大方、群れの和を乱すものがいなくなるならそれでもいいと思ったんだろうがな。
 ……いや、それだけじゃないか。
 ドス、お前もあのれいむのこと、好きだったんじゃないか?」
 ドスはびくりと身を竦ませた。それが何よりも根の深い問題だったからだろう。
 男がそれを見破ったのは、先程のまりさによる群れへの虐殺の最中だった。
 れいむの叫びを聞きつけたとき、ドスが僅かに身体を動かしたのに気づいたのだ。
「群れの敵で、ついでに恋敵だったから、逃がした……だがれいむの恋の相手をみすみす殺してしまうのも、後味が悪かった。
 もしそうだとしたら、それが最大の間違いだったと、俺は判断する。
 私情にかまける者が群れのリーダーなど務まるわけがない。連れ戻すなり確実に殺すなりするべきだった。
 この結果の引き金を作ったのは他ならぬ俺自身だが、原因を作ったのはお前だよ、ドスまりさ」
「ゆ、ぅ……」
「そもそも、だ。群れの皆に巣の中で何をしていたのかも、集めた食料をどう使うか教えなかったのも、混乱を助長した要因だろう。
 守秘義務とか盗難帽子とかそういう目的があったのかもしれないが、お前はまず広く情報を開示すべきだった。
 最初からまりさや群れの皆にちゃんと話していれば、こんなことにはならなかったろうにな。
 ちゃんと話していれば、皆お前に理解を示し、協力してくれたやつもいたかもしれないのに」
 男の容赦ない言葉を受け、ドスは完全に意気消沈してしまった。
 だがやがて、重たい身体をずるずると引きずって、巣の奥へと向かう。
「これからどうするんだ」
「みんなのためにのこしておいたごはんを、全部たべるよ。もうひつようのないものだから……」
「その後は?」
「…………。まりさを止めにいくよ。こうなってしまったのはわたしのせいだし、そのせきにんをとるよ。
 それに何より、わたしはれいむやみんなをころしたまりさが、どうしてもゆるせないよ」
「そうか」
 頷くと、男は懐から数本の薬瓶を取り出し、地面に置いた。
「それは……?」
「ゆっくり用の回復薬、みたいなものだ。あのまりさが負けたら飲ませるつもりだった。
 お前の体格じゃあまり効果はないかもしれんが、餞別だと思え」
「ゆ、ありがとう。あとでのむよ……さようなら、お兄さん」
「気にするな。別に俺は、お前達に感謝されたくてやってるわけじゃない」
 そしてドスまりさの姿が巣の奥に消え、見えなくなったところでぽつりと呟いた。
 今まで、まりさにも一切見せなかった、微笑みを浮かべながら。

「──そうさ、俺は別にお前達に感謝されたいわけじゃない。
 ただお前達が、他の何もかもをかなぐり捨てて復讐に向かう、その姿を見たいだけだから」

 そして男は、新たな復讐鬼の生まれた洞窟を後にした。










「こうしてまりさは見事復讐を果たし、今も森の中を彷徨っていると、そういう話でした。めでたしめでたし」
「……お前さぁ、いつも思うけど、性格悪いよな」
 夜雀の屋台で二人の男が語り合っている。
 呆れた顔をしているのは虐待お兄さん。語り手となっているのは、あの男だった。
 そこに、まりさやドスまりさを相手にしていたときのような冷淡さはない。
 どこにでもいる普通の男の表情だった。
 男はむっとした顔で虐待お兄さんに反論する。
「何を言いますか。確かに趣味ですが、社会的貢献にもなっているんですよ。
 あのまりさは強さは相当ですからね。森の中のゆっくり、特に悪辣な連中ほど、あのまりさの餌食になることでしょうよ。
 村を襲うような連中から真っ先に死んでいって、残るのはあのまりさが『善良』と判断したゆっくりだけです。
 ほら、ちゃんと役に立ってる」
「俺が虐める分まで殺されちゃうと困るんですけど……」
 得意げな男と裏腹に、虐待お兄さんははた迷惑そうだった。
「というかさ、そんなになったのは、お前がまりさを煽ったからだろ。如何にもやる気出しそうな言葉を並べ立てて。
 ただ鍛えるだけだったら、途中で諦めてるぞ、普通」
「そりゃそうでしょうよ。ゆっくりは基本的に根気のない生き物ですから。
 あなたほどではありませんが、ブリーダーとしてその程度のことは分かっているつもりです」
「手間隙かけすぎだろう……もう普通に虐待しろよ」
「そんなグロいこと言わないでくださいよ」
「グロいとか! どの口が! そんなことを言うのカー!」
「あひゃやめふぇくだひゃいいひゃいいひゃい」
「お客さーん、喧嘩ならよそでやってねー。鳥目にして崖から突き落とすよー」
「「スンマセン」」
 店主の夜雀を前に、男二人は素直に謝った。
「しかし、そこまで復讐ってやつが好きなの?」
「ええ、とても」
 虐待お兄さんの問いに、男は朗らかに答えた。
「復讐とは麻薬のようなもの、炎のようなものです。
 それがある間はひたすらに強くあれますが、力の行く先をなくしてしまえば、あとはただしぼみ、抜け殻となるばかり。
 俺はね、あの生きることが精一杯なゆっくり達が、身に余る憎悪を抱き、復讐の炎に身を焦がす姿を見るのが、何よりも好きなんですよ。
 俺はそこに、命の輝きを見出すんです。弱い生き物が必死になる姿っていうのは、いつ見ても美しいものですよ」
「まぁそこには同意するけど……やっぱりお前、性格悪いよ」
「あなたに言われたくはないなぁ」
 男二人は笑い、酒を酌み交わしていく。
 虐待お兄さんの尻に敷かれたゆっくりれいむが、哀しそうに鳴き声を上げた。










  • あとがき
 虐待でも愛ででもないそれは全く新しい(ry)お兄さんを作ろうとした結果がこれだよ!

『復讐お兄さん』というフレーズが思いついたので、それを軸に話を作っていたら何故かこんなことに……。
 どう考えても汎用性のない存在です。
 しかしこの話は本当になんだろう……制裁でも虐待でもないような……。
 最後まで手の平で踊らされていたことに気づかなかったまりさに対する、まりさ自身は自覚できない虐待……なんでしょうか。
 ともあれ、ここまで付き合ってくださった方は本当にありがとうございました。
 ちなみに復讐お兄さんの設定は以下のような感じ。



種族:人間
職業:ブリーダー(本業) 村に侵入したゆっくりの駆除(副業)
性格:ド外道
趣味:ゆっくりいじり
   傷ついたゆっくりを拾ってきては治療し、その復讐を手伝います。主に肉体的な強化を手段とします。
   今回はドスが相手ということで、精神・肉体・武装の全ての面からまりさを強化したようです。





  • 今までに書いたもの
 ゆっくり実験室
 ゆっくり実験室・十面鬼編
 ゆっくり焼き土下座(前)
 ゆっくり焼き土下座(中)
 ゆっくり焼き土下座(後)
 シムゆっくりちゅーとりある
 シムゆっくり仕様書
 ゆっくりしていってね!
 ゆっくりマウンテン
 復讐のゆっくりまりさ(前)
 復讐のゆっくりまりさ(中)

by 土下座衛門




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2022年05月03日 19:19