まえがき

現代に生きるゆっくり。
ゆっくり出来なくなるのは確かですが、物理的な描写は緩めです。
割と小賢しいゆっくりが出てきます。






         「ぽーにょぽーにょぽーにょ」







 T県にある都市のうらぶれた繁華街。
 人通りはさほどなく、再開発は思ったよりも進んでいないことをうかがわせる。

 そこでは。
 薄汚い、実に薄汚いゆっくりまりさが食事を求めて道路わきで物乞いをしていた。



「おじさん、ゆっくりしていってねっ!!!」

 「おう?」

 散歩していた男は聞きなれぬ言葉に足を止めた。
 普段は車を使って移動するため、ゆっくりの鳴き声を殆ど聞くこともなく、また男にそんなに
 気軽に声をかける人間も少ないからだ。

 青になったばかりの歩道を渡ろうとして。
 その刹那。


 キキーッ!!


 突っ込んできたトラックが目の前を猛スピードで駆け抜けた。

 実に危なかった。もし、男が一瞬足を止めていなければ。
 男はハンバーグの素材とそうは変わらないものにクラスチェンジしていたことだろう。


 「おうおう、ありがとうな。わっぱ」

 「ゆゆっ。ゆっくりしていってねっ!!!」

 まりさが男に声をかけたのは無論、注意を促すつもりなどではない。

 “老人は餌を恵んでくれることが多い”。

 そんな利己的な打算に裏打ちされていた結果に過ぎない。
 しかし、これこそが物乞い時代に経験則で覚えた生き方だった。

 「ほほっ、よいよい。ゆっくりしておるぞよ。」

 「ゆゆっ!?おじさん、ゆっくりしているならまりさにあまあまをちょーだいね?」

 ……口の利き方は覚えられなかったようだが。

 「あまあま?なんじゃそれは?」

 「あまあまはあまあまだよっ!!あまーくてしあわせーできるんだよっ!!」
 流石に、人間に対して暴言を吐くことはない。
 なぜならば、そのような敢断をした不埒なゆっくりは例外なくもうこの世にいないのだから。

 「ふむ、甘味類のことかのう?よっしゃ、よっしゃ。まかせておけ!!」

 力強く男は良い、電話を取り出した。

 「おおい、わしじゃ。わしじゃよ。わしの客人が甘味を所望しておる。宅に最高級の物を用意して参れ。」

 耳がキンキンするような大声で怒鳴り、その脂ぎった顔を綻ばせながらまりさに言った。

 「まりさよ。少し待っておれ。もうすぐ、“あまあま”があるわしの家に招待してやろう。」

 「ゆゆっ!!おじさんありがとー!で、でもまりさはおじさんのいえにはいけないよ」

 「おおう?なんでじゃ?」

 「こわーい、“やくにん”さんについていったまりさのおともだちはかえってこないんだよ……」

 伊達にこの世の中を生き延びているわけではない。まりさは警戒心たっぷりだった。

 「何、役人とな。気にするな、ご先祖の英霊方と陛下、そしてこのわしの名にかけて、お主の安全は保障するわい。」

 今まで聴いたこともないような力強い声で言われ、まりさは警戒心を解くに至った。
 野良に生きるまりさが判断のは言葉ではなく、音質。
 耳がなくとも人間と対話できるゆっくりの聴力は体全体が集音機能を有しているだけあって実はかなり優れていた。
 ただ、言葉を拾ってもその意味を理解できない、或いは理解の齟齬があるために人間とは分かり合えないだけなのだ。

 今回、まりさが対面しているこの男の話し振りはまりさの経験則上危害を与えるようには思えなかったのだ。


 程なくして、まりさの言葉を借りれば“ものすごくおおきくてぶっとくて、くろい”スィーが来た。

 当然のように乗り込む男に連れられて、ふかふかのシートに腰掛けるまりさ。
 綺麗なシートが汚れるが、男はさほど気にする様子もない。 


 20分後、着いた男の家はまさに豪邸。
 並の小金持ちが成功者の証として自慢するであろう大きさの家が数個連なり、数寄屋造りの和風な雰囲気がとても良く似合っていた。
 見るものに威厳と余裕の佇まいを感じさせるものであった。


 食事をする前に、まずは薄汚いまりさを洗うことにした。
 程なくして、柑橘類の良い香りがする饅頭が出てきた。
 洗ったおかげで、汚いからまぁまぁ見てられる程度まで綺麗になったまりさ。




 「がーつ、がーつ。うっめ、これめっちゃうめ!!!」
 「う~~ま~~い~~!!うっは、うっめ、これめっちゃうっめ!
 うっめ、まじうめやべこれうっめ!すごくゆっくりできるんだぜ!あっま、これあっま!」
 黒服の男が運んできた皿に盛られた色とりどりの和菓子。

 おはぎにみたらし団子、生八橋にういろう。酒饅頭に赤福。 
 一心不乱に皿にがぶり付くまりさとそれを口元を緩ませながら見る男。

 まりさが生涯食べたことなく、また来世でも食べることがないであろうそのお菓子は老舗から取り寄せた逸品だった。
 砂糖のみに頼った市販のお菓子とは異なり、程よい甘さに心地よい香り、さっくりとした歯ごたえにもっちりとした食感。

 甘いものが苦手と戯言を抜かす人間でもたちまち意趣変えしかねない美味さであった。


 「しあわせー!!!」
 元々が饅頭の九十九神みたいな存在であるゆっくりまりさはことのほか気に入ったようだ。
 たっぷり4回皿をおかわりしてようやくひと心地付いたまりさ。

 「おじさん、うまかったんだぜっ!」

 「ほほ、そうかそうか。それはよかったのぅ。」

 運ばれてきた抹茶をぺろぺろと舐める意地汚い作法を男は咎めもせず、悠然とした時間が過ぎていった。

 初対面のまりさと男にたいした話題があるわけも無く、ましてや相手は人間ですらないのだから二人の会話は自然とまりさの生活に移った。





 「ゆぅ、まりさはのらなんだぜ……」 

 まりさは生粋の野良だった。母の顔も、父の顔も知らなかった。姉妹の有無も確認できなかった。

 どうして自分は大都会の最下層を這い蹲って生きているのか、そんなことを考えたこともなかった。
 そんな中二のガキが考えそうなことを考えるより、どうやって今日を生き延びるのか、それがまりさの全てだった。
 明日ですらなく、今日の夜でもなく、まさに「今」が問題だった。

 ほぼ成体に近い大きさまで育ったまりさの秘訣は単に運が良かったからに他ならない。

 父母も姉妹もいない天涯孤独のまりさは野良の徒党に拾われた。そこで生きるための知識と糧を得ることが出来たのは
 まさに僥倖だったといえよう。

 最も、野良の徒党としては食い扶持をただ増やすだけの子供を育てるつもりは全くない。
 ただ、物乞いをするときに子供がいると便利だったから必要最低限の食料と糞尿のにおいが立ち込める寝床を与えたまでだ。

 まりさと同様に拾われたゆっくりの大部分はその苛酷な環境に耐え切れずにその身体を腐らせた。
 運良く、ほどほどの大きさまで生き延びれたゆっくりの大部分も捨てられた。もはや、物乞いにはクソの役にも立たなくなったので。

 野良たちが大きくなると、それぞれ食料調達のノルマが与えられる。
 数ヶ月の猶予を経て最終的に徒党の構成員として迎え入れられたのは100匹中、3か4匹といったところだろうか。


 このまりさも、その他大勢と同じく群から追い出され、必死に覚えてきた食料調達方法を駆使してその日その日の口に糊をした。
 ごみ漁りにはテリトリーがあるため、どの群にも属さないまりさがこれをすることはほとんどない。
 見つかれば群全体から制裁がまっているからだ。

 そこでまりさは仕方なくもう一つの方法、物乞いに全てをかけた。
 この方法はごみ漁り以上に危険だった。
 というのも、ごみ漁りは群のリーダーがきっちりと人間と交渉の末、人目が付かない明け方に回収するように決まっていたからさほど
 店に害を与えていないのだ。
 無論、以前はたかりに来るゆっくりどもを蹴散らしたり保健所に相談する店が圧倒的に多かったが、これは無駄たった。

 なんせ、ゆっくりなんていくらでも湧いてくる。潰しても回収しても、3日もすれば新たな徒党が来る。ネットなどである程度の対策を
 しても、都会に生きる小賢しいゆっくり達はだんだんと適応していく。

 店の前に居られると不衛生として客に避けられるし、保健所が来ると店の評判に関わる。
 実際に悪知恵が働くゆっくり達は非協力的な店の前に陣取ることで営業妨害してきた。

 そこで、人間側は妥協の産物として有力な群に残飯を目立たないように分け与えることで適度に飼い慣らし、不埒なことをするゆっくりどもを
 排除させていったのだ。
 ゴミどもはゴミ溜めに集めてゴミどもに管理させる。人間が良く使う手だ。
 無論、人間に選らばれた群もおいたが過ぎれば即座に粛清されたが。

 ともあれ、ごみ漁りに関しては秩序があり、迂闊なことは出来ない反面わりと安全で安定した生活が送れるのだった。
 だからこそ、皆群の構成員として残りたいのだ。

 しかし、物乞いはそうはいかない。
 野良の群のテリトリーを避けて、まさに人間に近付くのだから当然そこは戦場だった。
 よりよい場所を求めて、野良同士で潰しあい、ときには新たな群を構築して既存の群を襲撃して下克上していた。
 そして、それにもまして保健所や子供達による被害が大きかった。
 汚らしいゆっくりが町を徘徊するのを住民が黙って見過ごす筈もなく、ある市ではゆっくり撲滅をマニフェストに掲げて当選した市長もいる位だ。

 昨日見かけたはずの仲良しの親子と金輪際会うことが出来ず、ほお擦りをして一晩のアバンチュールをしたれいむに無数の木の枝が刺さって事切れいた
 ことも珍しいことではなかった。

 冒頭でまりさが警戒していたのも無理はなく、まりさが生き延びてきたのはやはり好運の賜物であったと言わざるを得ない。


 まりさの自伝を聞かされている間、男はじっとまぶたを閉じ、腕を組んで空を仰いでいた。

 「……………」

 男の胸に去来する思いが何であるかは分からないが、若き日の自分を思い出したのだろうか?


 「なぁ、まりさや。」

 威厳を讃えただみ声で男が声をかける。

 「ゆゆっ?」

 「わしのところで暮らさんか?」

 「ゆゆ~?あまあまあるんだぜっ?」

 「あるとも。」

 「ふかふかなべっとさん、あるんだぜっ?」

 「ああ、あるとも。」

 「…………こわいにんげんさん、いないんだぜっ?」

 「大丈夫じゃ、わしに任せておけ。」






 男とまりさの奇妙な共同生活が、始まった。







 まりさが家に住むようになった初日、黒服の男がまりさにいた。

 「親父からまりさ様のお世話をするよう、仰せつかりました。どうぞ、お好きなようにご指示なさいませ。」

 「ゆゆっ?おにーさんはまりさの“こぶん”ってことなんだぜっ?」

 「子分という表現が適切かどうかは分かりませんが、まぁ似たようなものでしょう。」
 黒服の男は苦笑いしながら、そう答えた。

 黒服の男は当然のようにゆっくりを飼ったことはなかった。
 しかし、男から万事遺漏なきよう指示されていたので、書店でゆっくりに関する書物を買い占めたり、
 ペットショップの店員等を呼びつけて飼い方を習った。

 その結果、男はゆっくりがさほど知能が高くないわりには人間と対話できることを知り、なれば要望は本人に語ってもらうのが一番だろうと考えた。
 それに、男の客人ならばたとえ饅頭風情であろうと自分にとって貴人なのだ。

 詳しく説明してやってもおそらく理解できないだろう。 
 どうせ、自分が世話をするのだからとその点を訂正しなかった。


 まりさのゆっくり生は劇的に変わった。
 いまや世の中の何千何万といるゆっくりのなかで、まりさより素晴らしい生活を甘受できるゆっくりは10指に足るぐらいだろう。


 「あまあまがたべたいんだぜっ!」

 といえば、初日に食べたものと同等の格と伝統を誇る老舗から各名産品を取り寄せ、おかわりも自由だった。
 あるときなどは、誇り高き名門店の名匠を自宅に呼びつけ、素材から作らせたりもした。

 「ふかふかでねたいんだぜっ!」

 といえば、一級店にオーダーメイドで座布団に枕と毛布を作らせた。
 ことに身体が丸いまりさは体全体が沈んでしまいそうな柔らかい座布団の包まれるような感触を気に入っていた。


 「まりさのゆっくりプレイスがほしいんだぜっ!」

 といえば、山のなだらかな傾斜に広がる豪邸の敷地一角にまりさのためだけに20坪の小屋が作られた。
 日本人の家を指してウサギ小屋と侮蔑する外人どもも納得のまりさ小屋だった。
 野良であったまりさにとり、土のにおいと緑の潤いは欠かせないものであったが、まさに自然の香りを残しつつ、
 人工物としての粋を集めたこだわりの傑作だった。


 「ゆっくりしたおよめさんがほしいんだぜっ!」

 といえば、上京して最高級のペットショップを3日間5時間ずつ貸切ってまりさの気に入るゆっくりの選別が行なわれた。

 黒曜石のような瞳に銀河の星屑を溶かしたような黒髪、艶やかなリボンに完璧な流線美を誇るれいむ。
 冴え渡る金髪に太陽の如き眩しい笑顔。統率者としての矜持を滲ませるまりさ。
 気まぐれな豹を思わせる、しなやかな肢体を持て余しながらまりさを挑発するちぇん。
 清楚にして嬌艶、気高き気品を湛えた怜悧な瞳に秘めたる情欲の香りをほこかに漂わせるありす。
 雪の肌に桜の唇、神秘的なアメジストもかくやあらん。深遠なる令嬢は育ちのよさを感じさせる無垢な立ち振る舞いゆえにまりさを惑わす、ぱちゅりー。
 あとちーんぽ。

 いずれも超一品のゆっくりだった。それぞれ家系を遡れば5代前までいずれも著名なゆっくり同士であり、かつ当然に幼い頃よりサラブレッドの如く厳し
 い躾に耐え抜き、本人もそれぞれのゆっくり同士の大会で数々の記録を作ってきたゆっくりである。

 皆それぞれ単なる元野良でしかないまりさを心の底では嘲り、自身の伴侶として一顧だにしないが、そこは流石に超一流のゆっくり。
 自身の伴侶がいかなるゴミクズだろうとも、自分を買い上げてくれる“お客様”さえ喜べばそれが一番の幸せであると認識している。

 飼いゆっくりにとり、人間に気に入られることが彼女達の全て。飼い主の気持ちを機敏に慮り、決して自分本位の行動を是としない。

 3流の飼いゆっくりは人間の理性を逆撫で、粛清される。
 2流の飼いゆっくりは人間の常識を理解して生きる。
 1流の飼いゆっくりは人間の気持ちを慮って理解する。

 1流の飼いゆっくりであれば、人間が自分と遊びたいときだけ、自分から積極的に甘えに行き、人間が仲睦まじいゆっくり家庭を見たいと思うときだけ、
 番となるゆっくりとほのぼのとした三文芝居を見せ付ける。

 だが、彼女達超1流の飼いゆっくりは、人間の気持ちを誘導する。
 超一流のトレーナーから幾千ものケーススタディを叩き込まれ、飼い主が自分を可愛がりたくなるような仕草が本能に染み付いているがゆえに、彼女たちは
 決して捨てられることも、飽きられることもないのだ。 


 「ゆっへっへっへ、み、みんなかわいいんだぜっ!!なやむんだぜ……」


 散々悩んだ結果、まりさはれいむを正室として向かい入れ、その他のゆっくり5匹を愛人とした。
 そう、まりさが悩んでいたのは、だれをお嫁さんにするかではなく、そのお嫁さんたちの順番だった。



 「ゆっくりさんぽがしたいんだぜっ!!」

 といえば、黒服の男を引き連れて町を闊歩する。
 どう考えても格好のネタとしてバカにされるのだろうが、流石に人目で関わっては不味いと思わせる雰囲気を湛える男を相手に
 面と向かって挑発するつわものはいない。
 おかげで、まりさは誰からもいじめられることなく悠々と散歩することが出来る。

 途中で襲ってくる野良のゆっくりは男の蹴りでフィールドゴールよろしく59ヤード先の電柱にぶつけられ、その命を散らす。
 野良犬も男の殺気を機敏に感じ取り、決して近付こうとしない。




 「おともだちのれいむたちといっしょにあそびたいんだぜっ!!」

 といえば、アロハシャツに色眼鏡、角刈りの金のネックレスをつけたお兄さん達が総出でまりさの
 おともだちを見つけて“招待”してくる。
 最初はがたがたとうるさいことを抜かすゆっくりも、“説得”により自発的に来てくれるのだ。

 「ゆっ!?ま、まりさのゆっくりプレイスすごいねっ!!」

 「ゆっくりできるねっ!!」

 「すっごくとかいはだわっ!!」
 いや、違うから。和風な都会とかあんましねーから。

 こうして、まりさの住む家に来たゆっくりたちはただ一匹の例外もなく、感嘆する。
 まりさは食事を黒服の男に出させ、自分のお古の座布団に座らせることもあった。

 そして、一緒に遊び、ついでにというかむしろそれが目的というか、小屋に泊めてすっきりーをする。

 確かに、まりさには目もくらむような超一流のお嫁さんがいるが、如何せんまりさ自体は元々薄汚い野良でしかない。
 一般人がいきなり人気女優と付き合うようになったものだ。結果は火を見るより明らかである。

 「ゆっゆっゆっ……」
 ねちゃねちゃとした、粘っこいものが糸を引きそうな音を出してこすり合わせる。
 「ゆゆゆゆ……ゆっゆっゆっ……」
 「…………」
 「ゆっ!ゆっ!ゆっ!ゆっ!」
 「…………」
 二匹のほお擦りは加速していく。だが、興奮するまりさを尻目に、れいむはどこか冷めていた。
 「ゆっゆっ……んほぉぉぉぉ!!!」
 「すっきりー!!!」
 「すっきりー」


 自分が遠く及ばない素晴らしいゆっくりをお嫁さんにしたまりさは惨めだった。
 たしかに、すっきりーは自分が野良だった頃の火遊びの相手とは比べるべくもない快感をもたらしたが、終わったあとの
 空しさも格別だった。
 エリートのれいむからすれば、そこら辺の野良まりさに付き合ってあげるなどなんかの冗談だと思いたい気持ちであった。
 ただ、飼い主がまりさと生活をすることを望んでいるから、その期待にこたえているに過ぎない。


 言葉に出さなくとも、れいむ達の態度はまりさには具体的には分からないものの、何となく伝わるもので自然とまりさは
 れいむ達に対して引け目を感じ、れいむ達はますますまりさを見下すようになった。



 そこで、まりさはたまに自分の気が置けない仲である野良ゆっくりを呼んで文字通りいろんな意味ですっきりできるのだ。
 れいむ達からは目くそ鼻くそ扱いされていたまりさも、野良の仲間からすれば雲のうえの存在になった。

 「まりさはすごいねっ!!」

 「すごいわ、まりさ。とはいはよっ!!」

 「わかるよぉ~」

 「ちーんぽ……」 



 まりさは、野良の友達から賞賛され、群のリーダーとして祭り上げられた。
 その実は、まりさのおこぼれに預かろうとしているに過ぎない。
 何度か遊びに来ていた頭の良い野良ゆっくりは、餌を持ってきているのはまりさではなく黒服の男であることに
 気付いた。そうでなくば、野良の徒党から切り捨てられた程度の食料収集能力しかない無能なまりさ如きが充分な餌を取れる
 わけがないと考え、ずっと観察していたのだ。流石野良、伊達に都会の荒波で生きているわけではない。
 しかし、黒服の男を動かすスイッチを持っているのはまりさであった。そこで考え付いたのは、まりさの群をつくり、まりさ
 に男を使わせようという考えだ。

 虎の威を借りる狐のさらに威を借りる狸といったところか。実に鋭い。
 別に餌さえくれるのであれば、彼女たちはまりさだろうとブタだろうと委細構わないだろう。

 そんな思惑に気付いてか気付かずか、まりさは一も二もなく承諾した。
 まりさは友人達から褒められるそのときだけ、有頂天になれる。
 いくら良い物を食べ、良い部屋に住み、良い嫁をもらったとしても悲しいことにそれだけでは決して幸せになれない。
 その素晴らしい生活を誰かに認めてもらってこそ、ゆっくり出来るのだ。







 そんな、人間ですらほとんど出来ないような至れり尽くせりの生活をして3ヶ月が過ぎた。
 まりさは完璧な勝ち組だった。
 超一流のお嫁さんをもらい、子供がたくさんたくさん生まれた。子は親の記憶を一部継承できるらしい。
 そんじょそこらのまりさから何かプラスの遺伝があったとは思えないが、相手はいずれも優秀な固体だったおかげか、
 子供たちは実に聞きわけがよかった。
 まりさを怒らせるようなことは一切せず、機敏にまりさの気持ちを慮っていた。
 無意識のうちにお嫁さんに引け目を感じていたまりさはこれ幸いとばかり子供達を溺愛した。
 どうせ自分は食料調達に行かなくとも勝手に“こぶん”が餌を持ってくるし、家は快適。子供達も手間がかからないから、
 ただ遊んでいるだけでよかった。

 野良たちも黒服の男が世話こそしないものの、まりさのおこぼれで充分に生活を堪能できた。
 そのため、まりさはなにもしないまま依然として、群のリーダー足り続けた。






 「おぉ~い、まりさや。」

 「ゆ?おじさん、ゆっくりしていってねっ!!!」


 男は毎日、家で飼っている錦鯉の群に餌をやるついでにまりさに会ってくる。

 そして、他愛もない話をして母屋に戻る。

 まりさはだんたんと、この男に対して親愛の念を抱くようになった。
 考えてみれば、男が家に誘ってくれたおかげで、有能な“こぶん”を見つけることが出来、今の生活があるのだ。
 何かの形で感謝の意を示したいと思っていたある日、まりさは妙案を思いついた。




 「おじさん、まりさのこぶんにしてあげるねっ!!!」





 誤解がないように言えば、まりさは純粋な善意からこの発言をした。
 まりさは黒服の男が当然に男の命を受けていることを知らず、また男が自分が“こぶん”であることを否定しなかった
 ことからこのような事態が生じた。
 まりさの考え方はこうだった。

 自分は満ち足りた生活を送っている。なれば、この生活を何とか男におすそ分けしてあげたい。
 自分の生活の大半は黒服のお兄さんに依存している。男の生活水準を高めてあげるためには黒服のお兄さんを使わなければ
 ならない。だが、彼は自分の子分であり、例えまりさの友達であったとしても他の者の命令は受け付けないのだ。
 そして、男はまりさとは何の関係もない人間である。

 となれば、男と一緒に黒服のお兄さんをシェアするためには、男がまりさの指令系統に入るしかない。
 男が自分の子分になれば、衣食住全てを賄えるし、危なくなれば守ってやることも出来る。その気があるのならば、男のお嫁さん
 を見つけさせてやっても良いとすら思っていた。

 このように、まりさは完全に善意でこの発言をした。

 だが……。

 「…………なんじゃと?もう一度ゆうてみよ。」

 男は表情を消した能面のような顔で無機質に答えた。
 周りのものも気色ばんで今にもつかみかかりそうだ。

 3ヶ月前のまりさならば、間違いなく何かの異変に気付いたことだろう。
 しかし、平和ボケし、緩みきった今のまりさに食もう野生の勘というものは微塵も残っていなかった。
 加えて、自分がついに男に報いることが出来るのだという一種の高揚感にあったからなおさらだった。

 「ゆゆっ?おじさんきこえなかったの?みみがとおいならしょーがないよね。
 もういちど、いったげるよ」

 ふてぶてしい顔でまりさは晴れ晴れと告げた。
 まるで最高の名誉を差し上げるように。


 「おじさん、まりさのこぶんにしてあげるねっ!!!」




 ガッ!


 ガッ!
 ガッ!
 ガッ!
 ガッ!
 ガッ!


 「ゆゆ?」

 まりさには何がなんだか分からなかった。
 何か白いものが一閃したかと思うと、自分の目の前には鋭利そうな“棒”が突き刺さっていた。
 次いで、同様の音がしたかと思うと、自分の周りを取り囲むように幾つも同様の棒が刺さっていた。

 まりさが動かなかったのは幸運だった。もし少しでも身をよじれば、確実に身体には切れ目が入り、
 その痛みで暴れてバラバラになっていたであろう。

 しかし、まりさは動かなかったわけではない。
 男達が発する殺気に身体が竦んでしまったのだ。
 いくら穏便な生活をしていたとはいえ、流石に本能が呼び起こされたようだ。


 「このわしに、こぶんになれ、とな。50年はなかったぞ。このわしにそんな舐めた口を聞きくさる
 わっぱは。」

 「ゆ、ゆっくりしてい」

 「黙れ、わっぱ」

 男は“棒”‐日本刀‐を握ったまま、続ける。


 「わしは天皇陛下の家臣であり、お国のために生きる。
 それ以外の如何なる輩にも屈指はしない!!」

 今は隠遁して、公共事業の受注に関して仲裁に入るだけだが、かつてはときの首相を自宅に呼びつけ、教育的指導をしたほどの男である。
 この男は如何なる者に対しても媚びることはないことを常々誇りにしていた。

 よりによって、まりさは男の逆鱗に触れるどころかゴールドフィンガーを突っ込んでしまったのだ。

 「……出せ。」

 「ゆゆ?」

 「ここからつまみ出せ。二度と顔も見たくない。とはいえ、わしの命を救ったことも事実。命はとらん。
 落とし前をつけててから、さっさとわしの前から消せ。」

 まりさは混乱していたが、ようやく立ち直ることが出来た。
 良く分からないが、どうやら男がせっかくのまりさの好意を敵意という形で撥ね付けたらしいことだけは分かった。


 「ゆっ!!!ゆっくりできないおじさんとはもーゆっくりしないんだぜっ!!
 おにーさん、おじさんをつまみだしていってねっ!!!」

 せっかくの好意を撥ね付けられたまりさも烈火のごとく怒り、男と同様に黒服の男に命じた。


 おじさんとはゆっくりしたかったんだぜ……。
 ゆ、でもあんなにゆっくりできないおじさんだったなんて……。

 今までの思い出を振り返り、まりさは静かに涙を流し続けた。

 そう感慨に耽るまりさは頭に違和感を感じた。


 「おにーさん、なにしてるのぉぉっ!!まりさじゃないぜっ!!おじさんをつまみだすんだ」

 「黙れ、クソ饅頭」

 普段は能面のようにその表情を見せない黒服の男の顔は憤怒に彩られていた。

 「親父に対してなんて口を聞きやがる。親父が好意で貴様を世話するように言いつけてやれば
 つけやがって!!覚悟しろよ、クソ饅頭。俺達を舐めた罪はこの世で一番重い。情状酌量の余地無しの実刑だ!」

 虎の威を借りる狐は決して虎を敵にはしない。
 だが、果たして人間に対峙する狐にその虎が人間に飼われていたこと理解できるのであろうか。

 ことがここに至り、まりさはようやく理解できた。
 まりさがどうしていままでゆっくりとした生活が出来たのか。

 「ご、ごめんなさいだぜっ!ゆ、ゆるしてほしーんだぜっ!!」

 元々野良に生きたまりさは恥も外聞もなくただひたすらに謝った。
 圧倒的な強者には逆らわない。
 実に野生らしい生き方といえる。


 だが、もう遅い。
 如何に泣き喚こうが、そんなものを考慮する人間がいるはずもない。
 むしろ、男を侮辱して命があったことに大いに感謝するべきだろう。

 「ゆうううううううううううううう!!!やっ、やめるんだぜっ!!まりさのおちびちゃんたちとあわせるんだぜっ!!」

 「やべでー!!ばでぃざのだべぼのどらないでぇぇぇ!!ゆっぐりでぎないいいいい!!!」

 「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!もっとゆっくりしだぃぃぃぃ!!」


 まりさはその帽子を目の前でズタズタにされた後、野良の仲間共々元いた場所にほうり捨てられた。

 まりさは、全てを失った。

 その命に比肩すべき帽子も、ゆっくりプレイスも、お嫁さんも、子供も、群も、安全も失った。

 もう二度と、男の家には戻れないのだから。



 一ヵ月後、道路わきで薄汚いゆっくりまりさが物乞いをしていた。

 「おじさん、ゆっくりしていってねっ!!!」




 だが、待って欲しい。まりさは何を失ったのだろうか。
 まりさが失ったものは全て男が与えた泡沫に過ぎない。偶さかの機会に得ることが出来たものは、
 同様に偶さかの機会に失うことになる。
 まりさは何も失ってはいない。元々何も持っていなかった頃の生活に戻っただけなのだから。

 帽子を失っただって?帽子がゆっくりの矜持であるとすれば、人より与えられたゆっくりにぬくぬくと安住した
 時点でもはやゆっくりの矜持なんぞ存在せんよ。 










あとがき

 元ネタは「漁夫和金魚」(原作:アレクサンドル・プーシキン)という童話。
 ある日捕まえた神の使いである金魚を助けた漁夫はその願いをかなえて貰えることになる。
 彼の欲深い妻はこれを知り、どんどん要求はエスカレート。
 最終的には、金魚に見限られ、今までの魔法が全て解ける。




かいたもの

※特に著作権等を主張するつもりはありませんので、拙作についてはご自由に扱って下さい。

 幸せはいつだってゼロサムゲーム
 およめにしなさい
 甘い話には裏がある
 史上最弱が最も恐ろしい    

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最終更新:2022年05月19日 12:09