幻想郷も夏となれば暑い。
 そして、私の家は涼を得るための道具が風鈴しかない。
 だから、私はその日、家の窓を全て全開にしておいた。
 少々の虫は寄るだろうが、別に気にする事もない。
 どうせ家は古ぼけているし、この辺りには妖怪も猛獣もいないのだ。多少虫に刺された程度ならば何でもない。
 全ての窓を開け放った後、一番涼しくなる場所まで移動して、そのまま寝転がった。
 こういう時の畳の心地良さは、言葉にできないものがある。
 少しだけ休もう。そう考えつつ、そのままうとうととしてしまった。





 『ゆっくりしないでね!』





 どうやら完全に寝入っていたらしい。
 日はかなり傾いており、何やら物寂しい気分にさせる光景が広がっていた。
 何となくため息を一つついてから、食事でも摂ろうと台所に向かっている最中、ガシャンガシャンとやかましい音が聞こえてきた。
 泥棒でも入り込んだかと寝ぼけ頭で考えつつ台所に入った私は、それを見て呆然と立ち尽くした。
 放射状に割れている陶製食器、食い荒らされた食料、土まみれの床板。
「ゆっくりしていってね!」
 そして、その真ん中で異様に得意げにしている饅頭。
 幻想郷最弱にして一部の人からはウザいと言われて死ぬまでいたぶられ、一部の人は保護し尊重しているという良く分からない生物、ゆっくりだ。
「ゆっくりしてね! おにいさんはゆっぐ!?」
 何か言っているのを無視して、捕まえたゆっくりをガラス製の水槽に放り込み、そのままフタを閉める。
 その後、何やら騒がしいゆっくりを尻目に、そのまま部屋を片付けた。

 片付けが一通り終了した。
 陶製の食器は思ったよりも割れておらず、食料も見た目より減ってはいない。というより、食べた量より食べかすの方が多い。
 やけに少ない被害に首を傾げるが、考えてみれば幻想郷最弱のゆっくりなのだ。重いものやすぐに食べられないものは狙わなかったのだろう。
 子供のいたずら……にしては性質が悪いが、この程度ならば軽くお仕置きをしてから開放してやっても良いかな。
 そんな事を考えつつ水槽に近づいてみると、ゆっくりはボロボロと涙をこぼしていた。
 何度も出ようと試みたのだろう、顔の至る所が食紅でも使ったかの様に赤くなっている。
 これなら飛び出す心配もないだろうと思い、水槽のフタを開けてみた。
「っぐ……いだいよ、いだいよ……ゆっ! おにいさんここからだして! おうちかえる!」
 フタを開けた瞬間、ゆっくりは水槽をごとごとと揺らして泣き叫び出した。
 家を荒らされた私の方が悪者の様で若干不愉快だが、そこはぐっと堪える。
 危険な生物が近くにいないという事で、警戒心がなくなっていたのは私の方なのだ。
 むしろこの程度の被害で済んだ私は、運が良いのだろう……と、考えていてゆっくりの事を忘れていた。
 うっかりしていたと思いながら見てみると、当のゆっくりは白目をむいてがたがたと震えていた。
「おねがい! あやまるからおうちかえして! へんなことしないでゆっくりさせてよ!」
 そのまま、何度もへこへこと奇妙な屈伸運動をしつつ、ごめんなさいごめんなさいと繰り返す。
 どうやら、謝っているつもりなのだろうが、何故ここまで怯えているのだろうか。
 不思議に思いつつ水槽を覗き込むと、ゆっくりはカッと目を見開いて、凄まじい悲鳴を上げた。
「ゆあああああぁぁぁ! ぞんなにはやぐうごがないでぇぇぇ! ゆっぐりでぎないよぉぉぉ!!!」
 早く動かないで? ゆっくりできない?
 意味の分からない事を言うゆっくりを落ち着かせるためにも、話しかけてみる。
「何を言っているんだ? ゆっくりも何も、私は動いていないが」
「おててがぁぁぁ!!! ひらひらひらひらおててがゆっぐりじでないよぉぉぉぉぉ!!!」
 泣き叫ぶゆっくりだが、その内容はいまいち良く分からない。
 『おてて』と呼ぶ物は恐らく手の事だろうが、手がどうしたと言うんだ?
 不思議に思いつつも何気なく左手を見ると、そこそこの速度で左右に揺れている。
「はやぐ! はやぐどめでぇぇぇ!!! なんでもずるがらゆるじでぇぇぇぇぇ!!!」
 口の端から黒い泡を吹き出して絶叫するゆっくり。
 その様子を見て、ようやくこの手の動き(考え事をする時のクセである)が恐怖の対象なのだと分かった私は、すっと動きを止めて後ろ手を組んだ。
「ほら、もうゆっくり出来るだろう?」
「あ……ありがどおおおおぉぉぉ」
 心底安堵した声を上げるゆっくりを眺めていると、イタズラ心が湧いてきた。
「ゆっくり出来たんだから、ここから出す必要はないな。じゃあ、しばらくそこでゆっくりしていてね」
「ゆぎゅ!? まっで! おうぢがえりだいよぉぉぉ!!!」
 安堵の顔から一転して、また白目をむいて泣き叫ぶゆっくり。正直面白い。
 その情けない有様を眺めていると、一つの『お仕置き』を思いついた。
 私は、出来るだけ優しそうに見える笑顔を浮かべて、ゆっくりに話しかけた。
「よし、それならおうちに帰してあげよう」
「ゆっ、ほんとう!? おうちかえしてくれるの!?」
 泣き顔からまた一転して笑顔へと変わるゆっくり。
 「ゆっくりかえれるよ!」「おうちでゆっくりするね!」などと、もう帰った後の事を考えて嬉しそうに飛び跳ねだした。
 だが、そう簡単には帰してはやらないぞ。
「まてまて、帰す前にする事があるだろう」
「することってなに? まりさはすごくゆっくりしてるよ!」
 不満そうに口を尖らせるゆっくり。こいつはどうやら、まりさと言うらしいな。
 ゆっくりのまりさだから、ゆっくりまりさか。今後はゆっくりまりさとでも呼ぼうかな。
「ゆあああぁぁぁ! おででがゆっぐりじでないよぉぉぉ!!!」
 おっと、クセが出てしまった様だ。
 慌てて後ろ手を組むと、ゆっくりまりさはぷくっと膨らんで「ぷんぷん!」などと言い出した。どうやら怒っているらしい。
「ゆっ! おにいさんはゆっくりできないひとだね! はやくまりさをおうちにかえしてよ!」
 いや、だからその前にする事があるんだって。
 何秒か前に言われた事すら覚えていない頭の悪さに内心苦笑しながらも、笑顔を崩さずに語りかける。
「ダメだよ、ゆっくりまりさは悪い事をしたんだから、お仕置きをしなきゃいけない」
「ゆぎゅ!? まりさなんにもわるいことしてないよ! おしおきはなしにして、おうちかえして!」
「ダメだ、私の家をメチャクチャにしたじゃないか。それは悪い事だろう?」
「なんでぇぇぇ!? まりざおにいざんのおうぢめぢゃぐぢゃになんがじでないよぉぉぉ!? おじおぎなんでざれだらゆっぐりでぎないぃぃぃ!!!」
 甲高い声で泣き叫ぶゆっくりまりさ。
 自分が何をやったのかを理解していないのか、本気で悪い事は何もしていないと思っているのか……恐らく後者だろう。

 一から理解させてやらなければならないのだろうか……ため息をついて、やや怖い顔を作る。
「じゃあ、私がお前のおうちにある食べ物を食べたり、おもちゃを壊しちゃっても良いんだな?」
「だめだよ! そんなことされたらゆっくりできな……」
 中途半端な所で言葉を止めたゆっくりまりさは、ハッと驚く様な顔になって、そのままぶるぶると震え始めた。
 勝手に家の食べ物を食べられ、おもちゃを壊される……それは、先ほど自分がやった事だとようやく気付いたらしい。
 そのまま考え込む様に目を閉じて「ゆぅ~」とうなり声を上げた。覚悟を決めているらしい。
 少し経って目を開いたゆっくりまりさは、饅頭だと言うのにやけに凛々しい表情を浮かべていた。
「……わかったよ、まりさがわるいことしたからおしおきされる! でもあんまりいたくしないでね! いたくしたらゆっくりできないよ!」
 ゆっくりおねがいね! などと飛び跳ねるゆっくりまりさ。
 勝手な事を言っているのにどこか憎めない態度に、思わず苦笑いが浮かんでしまう。
 子供がわがままを言っている様に感じてしまうからだろう。
「よし、覚悟が出来ているならお仕置きをするぞ」
「ゆっ! おねがいします!」
 屈伸運動をするゆっくりまりさ。お辞儀のつもりだろう。
 お仕置きをするだけなのに、稽古中の師匠と弟子の様で面白いが、ゆっくりまりさは真剣な眼差しでこちらを見つめている。
「じゃあ、始めるぞ」
「ゆっくりいつでもどうぞ!」
 よほど怖いのだろう、良く見るとふるふると震えている。
 すぐに終らせてやるからな。心の中でそう誓いつつ、ゆっくりまりさの目の前に手を持って行く。
「しばらくこの手を見ている事がお仕置きだ、分かったか?」
「……ゆ? ゆっくりおててみているよ!」
 不思議そうな顔をした後で、嬉しそうに飛び跳ねるゆっくりまりさ。
 お仕置きと言われて緊張していたら、手を見るだけなどという半ば遊んでいる様な程度で済んだのだ。その気持ちも分からなくはない。
 だが、そこまで甘くはないぞ。
「これはお仕置きなんだからゆっくりされては困るな。これからが本番だ」
 にこにこと笑うゆっくりまりさの目の前で、手をゆらゆらと動かし始める。
 ゆっくりまりさは「ゆっ!?」などと驚いた声をあげつつ、先ほどよりずっと遅い速度で揺れ続けるそれを目で追いかけた。
「ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ……」
 珍妙な掛け声で噴出しそうになるのを堪えつつ、ゆっくりと手を動かし続ける。
 右、左、右、左……ゆらゆらと動く手を追いかけ続けるゆっくりまりさは、べちゃんと転んでしまった。
「ゆぎゅっ……ゆっくりできないよ!」
 そのままぷくっと膨らもうとするが、起き上がった時点でまたゆらゆらと動く手を見て、すぐに目で追いかける。
「ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ……」
 珍妙な声を上げつつ、ゆっくりと動く手を眺め続けるゆっくりまりさ。
 その極めて難しい事に挑む挑戦者の様な表情を眺めつつ、私はゆらゆらと手を動かし続けた。


「はい、お疲れさん」
「やっどゆっぐりでぎるよー!!!」
 私の声を聞いた瞬間、疲れ果てたとばかりにぷにょんと平べったくなるゆっくりまりさ。
「ゆぅぅぅ……おめめがいたいよ!」
 数分間ふらふらと手を追っていたのがよほど堪えたのだろう。
 ゆっくりはぱちぱちとまばたきを繰り返している。
「ゆっ……おめめがゆっくりできたよ!」
 しばらくそうしてから、ゆっくりまりさは嬉しそうに叫んだ。良く見ると、目がつやつやと輝いている。
 ゆっくりもドライアイになるんだな……おっと、考えていたらまた手が動いてしまうから考えない様にしなきゃな。
 それに、お仕置きは終ったのだから、家に戻してやらなければならない。少し残念に思いながら、水槽から出してやった。
「おにいさんありがとう! それとごめんなさい! おうちでゆっくりはんせいするね!」
 水槽の外に出た途端、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねていくゆっくりまりさに声をかけた。
「ああ、もう家を荒らすんじゃないぞ」
「ゆっくりわかったよ! ばいばいおにいさん、ゆっくりしていってね!」
 その場で飛び跳ねてから、かなりのスローペースでどこかへと去っていくゆっくりまりさを、微笑ましく眺める。
 あのゆっくりまりさは、二度と同じ事を繰り返しはしないだろう。
 そう考えると、心を鬼にしてやった甲斐があったというものだ。
 穏やかな気分になりながらも、足りなくなった食器や食材を買いに行く事にした。無論、戸締りはしっかりとしてからだ。
 お仕置きしている最中に降り出した雨の中、急ぎ足で買い物へと出かけた。







 近頃流行りのぬるいぢめと32スレ>>811の言った○○すれば~~してやる系統の話でふと思い立ったものを一つ即興で上げようとしたけど長くなりました。
 ちょっとぬるすぎると思った方のために、先に思いついたドギツイ虐待も置いておきます。
 ※から下がそれなので、良かったら見て下さい。
 by319









 それにしても、うるさい事この上ないな。ゆっくりがウザいと言う人の事が少し理解できた気がする。
「分かった、まりさは悪い事はしていないと言うんだな。なら、家には帰せない。そこでしばらく反省しなさい」
「わるいごどじでないのにぃぃぃ! おうぢがえじでよぉぉぉ!!!」
 いかにも自分は被害者だという叫びを上げるゆっくりを無視して、フタを閉める。
 水槽を覗き込むと、ゆっくりの方も気付いたのか、激しく跳ね回りながら泣き出した。
 音が聞こえないために何を言っているかは分からないが、何と言いたいかは分かる。
 家に帰りたい、助けて、ごめんなさい。まりさは何もしてないよ、許して。
 最初は、子供のいたずらに近いものがあるし入ったのがゆっくり程度で良かったと思っていた。
 だからこそ、先ほど考えていたお仕置きも簡単なもので済ますつもりだった。
 だが、こいつは全く反省していないどころか、自分は被害者で、冤罪だとほざいている。
 これまで優しく接していた自分が愚か者だと突きつけられた様な錯覚に陥る。
 苛立ちをそのまま饅頭に叩きつけたくなるが、そんな事をしたら今度こそ自身の間違いを肯定する様なものだ。それは気に入らない。
 では、どうするか……決めた。
 さっき思いついた『お仕置き』を少々キツめにやってやろう。
 これなら暴力は振るわないで心の底からの反省を促す事が出来る。
「おうぢがえじでぇぇぇ……ゆっ? おにいざん、なにじでるの!?」
 まず、ゆっくりの目の前に手を持ってくる。
「おはなじぎいでよ! ゆっぐりでぎないよ!」
 そのまま、ひらひらと左右に手を振る。
「ゆっ!? ゆ、ゆ、ゆ……」
 何かと思って追いかけるゆっくりの前で、どんどん手を早く振っていく。
「ゆっ、ゆっ……ゆゆゆ、ゆっぐりでぎないよ! もっどゆっぐりじでよ!」
 だが断る。更に手を早く振り、ゆっくりできなくしてやる。
「ゆぎゅあぁぁぁぁあぁあぁぁぁあ!!! ゆっぐりじでよ! ゆっぐりじでよ!」
 泣きじゃくるゆっくり。
 この期に及んでまだ被害者ぶるその態度が勘に触った私は、風を切る音が聞こえるほどに素早く手を振り続けた。
「やべでぇぇぇぇぇゆっぐりざぜでぇぇぇぇぇ!!!」
 皮がふやけるほどの勢いで涙を流すゆっくり。
 小賢しい。腹の底から怒りが沸き上がってくる。
 泣きじゃくるゆっくりの前で、私は手を小刻みに振り続けた。
「ゆるじでぐだざいぃぃぃぃ;あkhy:@ばdgは:!!!」
 ゆっくりは、あまりにゆっくりできない現状に絶望したのか、意味不明な叫びと共に黒い何かを吐き出し始めた。
 だが、私は怒りのために疲れは全く感じない。
 こうなれば、持久戦だ。
 私が疲れて手を振る事をやめるか、ゆっくりが被害者ぶるのをやめて、自分が悪かったと反省するか。
 そんな事を考えながら延々と手を振ってゆっくりさせない事に専念していたせいで、ゆっくりが段々と目の輝きを失っていった事には気が付けなかった。


 どれだけの時間手を振り続けていただろうか。
 流石に疲れた私は、手を振る事をやめた。
「……どうだ、これだけやったら反省しただろう」
「………………」
 ゆっくりは無言でうつむいている。
 流石に反省したと思うのだが、こちらの被害も甚大だ。手がぶるぶると震えている。
 こんな事で腱鞘炎にでもなったらバカらしいが、それもこれも、ゆっくりに反省してもらうためにやった事だ。
「分かったか? 自分がやった事を棚に上げて、被害者ぶるなんて許されない事なんだぞ」
「………………」
 うつむいたまま動かないゆっくり。
 ひょっとしたら、叫び疲れて寝ているのかもしれない。
 だとしたら、途中からは何のためにやっていたのか分からないが……若干の冷や汗を背中に流しつつ、ゆっくりが寝ていないかどうか確認してみる事にした。
「おい、聞いているのか? お前は……」
 ぱさりと帽子が落ちたその中の饅頭を見て、私は絶句した。



 私の家は、勝手に誰かが入り込んでくる様な立派な家でもないし、妖怪もこの辺りにはいない。
 だから、私が油断していたと言わざるを得ない。
 理性では分かっている。だが、感情では分からない。
 だから、私はこんな事をしたのだろう。
「ゆ……ゆ……ゆ……」
 目の前には、白目をむいて震えているゆっくりが一匹。
 外傷はないが、精神に負った傷はもう二度と治る事はないだろう。
 哀れな饅頭の前で、詫びる様にゆっくりと手を振った。

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最終更新:2022年05月22日 00:08