• 一応現代設定です。
  • 激しい虐待描写はありません。


『ゆっくりだまし』


突然だが、僕には昔からとある悪癖がある。それは「猫だまし」。
相手の顔の前で両手をパーンと叩き合わせて怯ませるのが主旨のあれだ。
僕は人と話したりしていると、ついついその相手に猫だましをやってしまうのだ。
別に驚く顔が見たいとかそういう訳でもなく、ふと理由も無しに誰彼構わず標的にしてしまう。
勿論、見知らぬ人とか目上の人にはやらない。小さい頃は学校の先生にやって怒られたけど。
でも知り合って間もない友人なんかにはやってしまうので、みんな嫌がって僕から離れていく。当然だが。
そんなこんなで、友達は少ないし家族も冷たい。猫だまし一つで社会不適合者まっしぐらだ。
こんな癖は直さないといけないと常々思ってはいるが、人の顔を見るとどうもムズムズして仕方がない。
一度にまとめてやってしまえば、その後しばらくは我慢出来るのだが。

「つまりさ、せめて思うさま猫だましさせてくれる人が傍にいればなぁ」
「ゆっくりにでもやってろ!」

数少ない友人が僕に良いアドバイスをくれた。
多分嫌味で言ったんだろうけど、僕にとって優れた助言であることは確かだ。
ゆっくりなら人の顔に……まあ見えなくもない。若干デフォルメされてはいるが……。
ということで僕はゆっくりショップに赴き、一匹の安物ゆっくりれいむを購入したのだった。代金500円也。
購入時、れいむは箱に詰められながら「これでゆっくりできるよ!!」と大喜びだった。どんな暮らしをしてたんだろう。


「ゆっくりしていってね!!」

アパートの部屋に帰って箱から出してやるなり、舌足らずにそう叫ぶれいむ。
サイズはソフトボールより一回り大きい程度か。道に転がっていたら踏みつけてしまいそうだ。
近くで向き合ってみると相当不気味だが、慣れるとカワイイらしい。

「していってね、ってなあ。それは自分の家に来たお客さんに言うことだろ」
「ゆ・・・?ここはれいむのおうちだよ!!」
「違うよ、ここは僕の家……いや、これからはお前の家でもあるのか」
「そうだよ!ゆっくりしていってね!!」
「はいはい、れいむもゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!・・・ゆゆ゛!
 ごごはれいむのおうぢなの!!なんでおにいざんがゆっぐりじでいっでねっていうの゛!!」

想像以上にめんどくせー奴だな……。
まあ良いや。店員さんによると「結構、適当に飼ってても大丈夫ッスよ」とのこと。
でもペットショップの店員さんって、他のデリケートな小動物なんかの飼育にも詳しいんだよな。
そんな人が言う「適当」の基準がいまいち解らない。
まあゆっくりだったら死にそうになったら自分から言うだろう。適当に扱わせてもらおう。

「れいむおなかすいてきたよ!」
「じゃあ何か持ってこようか」
「ゆっ!ゆっくりごはんもってきてね!!」

自分の家だと言っておきながら、何だこの「精々もてなしてもらおう」って態度は……
ん? 「おなかすいてきたよ」は独り言か。そういえば僕も「腹減った~」って言うもんな。
しまった、じゃあ無視すべきだったんだ。僕を独り言に応じて動く奴隷だと認識してしまうぞ。
とは言え、今は期待の視線を送るれいむを放っておくわけにもいくまい。
パン!!

「ゆ゛ゆ゛!!??」

あ、つい猫だまししちゃった。人の顔っぽいものを見てるとねー。銅像とかにもやっちゃうし。
れいむは驚きに目を見開いて固まっている。その顔は意外とカワイイ。これなら愛せるかもしれない。

「おにいさんなにするの!!びっくりさせないでね!!ぷんぷん!!」

今度は頬を膨らませて怒っている。これはあんまりかわいくないな。
僕は生ゴミ入れから綺麗に剥いたリンゴの皮を二枚拾い上げると、お皿に盛ってれいむの前に出した。
ついでに量とバランスを考えて、トマトのヘタとかジャガイモの芽も出してあげたよ。
ジャガイモの芽は毒があるので大丈夫かなと思ったが、その辺は適当にしといた。

「ゆゆっ!ごちそうだね!ゆっくりたべるよ!」

この生ゴミがご馳走か……ペットショップでは何食わされてたんだろう?
きっと好き嫌いしないゆっくりに育てる為のお店側の配慮に満ちた滋養食だったんだろうな。
れいむはお皿に顔を突っ込む。つまり全身を突っ込む。犬食いってレベルじゃねーぞ!
渦状のリンゴの皮をツルツルと蕎麦を啜るように口に入れていき、他のゴミも口に含むと、

「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」

と歌いながら食べ終え、目を潤ませつつ満面の笑みを浮かべた。実に簡単な食事だ。
リンゴの皮はもう一枚ある。それをツルツルと口に収めると、「むーしゃ、むーしゃ」と言い出す。
バーン!!

「しあゆ゛ぐっ!!!!」

歌の途中でびっくりさせられ、息が詰まったようになるれいむ。相当フラストレーション溜まったろうな。
相当気に障ったのか、ぷるぷると震えて目に涙を浮かべている。
うーん、良いリアクションするなあ。人間相手にはそこまで反応に期待してなかったけど、これはやる気出るわ。
ところでジャガイモの毒は大丈夫だったみたいだ。生野菜を食べるゆっくりもいるというし、効かない毒もあるのかも知れない。

さて、ごはんを食べたら次は何だろうか。まだまだ元気そうだし、遊びの時間かな。
遊びと言っても、一体何をして遊ぶのだろうか。どうすると楽しいのだろうか。つーかこいつらに人生の楽しみなんかあるのか?
疑問は尽きないが、とりあえず何かを与えてみよう。
人間の子供は、人の形をした人形で遊ぶ。そんな単純な思いつきから、ゆっくりのように丸いスーパーボールを与えてみた。
目の前にコロコロと転がしてみる。

「ゆ?ゆっくりまってね!」

れいむはぴょんぴょん跳ねて追いかける。顔がぐにゃりとしなる様子はなかなか怖い。
ま、何事も慣れだよ。慣れ。
やがて勢いを失ったボールに追いついたれいむは、ボールを口に含んだ。

「むーしゃ、むー・・・な゛にごれ゛!!」

まだごはんの時間だと思ってたらしい。
新しい食べ物と勘違いしたようだ。ちゃんと言うべきだったな。

「ごはんの時間はもうおしまいだよ。それはれいむのために持ってきたおもちゃだよ」
「ぷんぷん!もっとはやくいってね!!」
シパーン!!
「ぷひゅっ!?」

怒った顔に少しムカついたので、猫だまししてみた。驚きで唇が緩み、頬に溜められていた空気がプシュっと抜ける。
そのマヌケな顔に、僕もぷっと吹き出してしまった。
そのまま手を合わせてゴメンネと言い、猫だましがさも謝る為の動作だったみたいな感じにしとく。

「じゃあ、しばらくそれで遊んでいてね」

もう一度怒る隙を与えず、僕はその場から離れる。れいむは目を白黒させていた。
何かスーパーボールが喉に詰まったみたいになっていたが、ゆっくりに喉なんか無いしその内吐き出すだろう。


「ゆっゆっ!たまさん、ゆっくりしてね!ころころー♪」

本を片手に、隣の部屋かられいむを見守る。言いつけ通りにスーパーボールで遊んでいる。
口から慌てて吐き出したボールが壁にポーンと跳ね返るのを見て、遊び方を思いついたみたいだ。
上に覆いかぶさってコロコロと転がしたり、体のしなりを利用してボールを弾き飛ばし、壁に跳ね返させたり。
なかなか楽しそうに笑っている。ゆっくりの生活ってイメージ湧かなかったけど、皆こんな感じなのかなあ。
壁に跳ね返ったボールが僕のいる部屋に転がってくる。それを追いかけて来たれいむが、ふとこちらを見上げた。
僕が読書しながらつまんでいた麦チョコに気付いたらしい。目ざとい奴め。

「ゆっ!おかし!!おにいさん、れいむにもゆっくりちょうだいね!!」
「しょうがないなあ」

お菓子が美味しいという知識はどこから仕入れたのだろうか。
まあこいつら自身がお菓子なんだから、同じお菓子には多少詳しくても不思議は無い……よね。
小皿に麦チョコを盛り分け、れいむの方に持っていってやる。

「ゆっゆっ♪はやくちょうだいね!!」
「ゆっくりなのか早くなのかどっちだよ……やれやれ」

そしてれいむの目の前に皿を降ろす。
と同時にシュパーン!!

「ゆひっ!!」

猫だましである。お菓子によだれを垂らしていた顔が、急激に緊張に引き攣る。面白っ!
れいむは怒っているのか、申し訳程度に目が吊りあがっている。頬を膨らませるのも忘れて口汚く怒鳴り始めた。

「なにずるの!!びっぐりざぜないでっていっでるでしょ!!ばかなの!?じぬの!?」
「あれ? お菓子いらないの?」
「ゆ!?ゆっくりたべるよ!!」

目の前に置かれた麦チョコの山に気付くれいむ。
お菓子に釘付けで、もう僕の事なんか眼中に無いみたいだ。一口頬張り、「しあわしぇー!」と叫ぶ。
もう怒っていたことは忘れたらしい。さすがに適当な性格をしている。

夜になり、晩御飯の時間が訪れる。
小さい身体にお菓子を詰め込んだので、れいむはもうお腹いっぱいだろうと思ったが別にそんなことなかった。
あれからずっと遊んでいたから、全部エネルギーとして消費しきったのかも知れない。
れいむをテーブルの上に乗せてやり、米やおかずを平たい皿に盛る。ご飯は向き合って食べないとね。
れいむは「ごはん」と聞いた時から嬉しそうに跳ね回っており、今もご馳走を目の前にウズウズと体を揺すっている。

「それじゃ、いただきまーす」
「ゆっ?いただきまーすってなあに?」
「ご飯を食べる時には挨拶するんだよ。ご飯を作った人と、材料になった生き物に対してね」
「ゆゆっ!ゆっくりりかいしたよ!ごはんさん、れいむにゆっくりたべられてね!!」
「アホウが。命令ばっかりしてないで少しは恭しくしなさい」
「ゆ゛ぎゅうううううぅぅぅ」

しゃもじでれいむの頭を押さえつける。あ、ちょっと口から餡子漏れて来た。きったね。カエルの胃袋みたい。
再三に渡って言い聞かせた末、れいむは「いただきます」をちゃんと言うことが出来た。
躾はこうやってやればいいんだね。少しゆっくりの扱い方が解って来た気がする。
ちなみに会食中は猫だましはしない事にしている。何故って? 自分がやられた時の事を想像してごらんなさい。
今日はオムライスを作ってみた。れいむの分は僕のものの半分程度のボリュームで、大皿の中央にこじんまりと盛ってある。
昼の食事で、どうもゆっくりには食べ物を散らかす癖があるらしいことが解った。それを考慮しての対策である。
れいむは皿に飛び乗り、ぷるんと震える半熟焼き玉子の一部分を啜るように食べた。

「むーしゃ、むーしゃ・・・・し、ししししししあわしぇ~~~~!!!」
「お、おお……そんなに美味しいか?」
「しゅっごくおいちいよ!!すごくゆっくりしたごはんだよぉ~~~~!!!」

滂沱の感涙である。れいむが乗り上げたお皿の上に水溜りが出来ていく。ゆっくりの体液だから砂糖水か何かだろうか。
若干オーバーリアクションの気があるが、自分の作った料理でこれ程喜んで貰えるのは一人暮らし冥利に尽きるじゃないか。
生ゴミで喜ぶゆっくりの味覚がナンボのもんかは知らんけど、今は素直に図に乗っておこう。

「はふっはふ、むーしゃ、むーしゃ!!ししし、しあわむーしゃ!!」
「おいおい、ゆっくり食べなよ」
「む、むーしゃゆっぐり、じじしあわむーしゃ~~~~!!」
「つーかもう黙って食え!!」
「むちゃ、しあわ、ゆっ!?もうなくなっちゃったよ!!」

慌てて食った余り、皿に盛られていた分はすぐに無くなってしまった。
量の見積もりが甘かったか……とか思っていたら、当然のように僕の方のお皿に飛び込んで来た。
スプーンで咄嗟に叩き落す。

「ゆべっ!!ちょ、ちょうだいね!!ごはんゆっくりちょうだいね!!」
「やめなさい。人の分を取るのは」
「ゆっ、ゆぐ、ゆぐりごはんちょうだいね!!かわいいれいぶにだべざぜでね!!」

もう目がヤバイよこいつ……スプーンの腹でぐいぐいと押し返すが、ゆっくりらしからぬ力で抵抗して来る。
力を込めれば押し返せなくもないが、加減を間違えるとスプーンでれいむの身体を押し抜いてしまいそうだ。
それは危ないので、適当なところでスプーンを離して解放してやる。
バチューン!!

「ゆびっ!!!?」

そしてほとんど間を置かずに猫だましをお見舞いしてやった。食事のマナーを破った者にはやっても良い自分ルールなのだ。
全力でこちらに飛びかかろうとしていたれいむの足(?)の力は驚きに仰け反り、
れいむのお皿ごとテーブルから下に落下する。ちなみにれいむのお皿はプラスチックなんで落ちても割れない。

「ゆ゛ぎゃああああああぁぁぁぁぁ!!」

何かすごい悲鳴したな。それほど大きな音はしなかったんだけど。
テーブルの下を覗き込んでみると、れいむに覆いかぶさったらしい大皿がぐらぐらと揺れていた。
その下から涙目のれいむが這い出てくる。皿に溜まっていた自分の涙と、残留ケチャップを頭から被っている。

「ゆぐっ、ゆっぐ・・・れいむの・・・れいむのおりぼんがぁぁぁ・・・」

自分の頭は見えないはずだが、リボンが汚れてるのは何となく解るのだろうか。
髪飾りはゆっくりにとって大事らしいので、そういうことに敏感な奴がいてもおかしくはないのだろう。
僕はそんなれいむを一先ず無視して、ゆっくりとオムライスを食べ終えた。なかなか上出来だった。


さて、夕食を終えたら風呂に入る時間だ。汚れていたれいむも洗ってやるか。

「おーいれいむー、こっちおいでー。お風呂入るよー」
「ゆっ?おふろ?きれいきれいするよ!!」

リボンを汚してからしばらくゆっくり出来ていなかったれいむだが、お風呂と聞くとパッと笑顔になった。
ゆっくりの語彙力やら知識やらってどこから来てるのか良く解らないな。何が通じて何が通じないのか、見極めていかねば。
ともかくお風呂という概念は知っているようで、喜び勇んでこちらにピョコピョコ跳ねて来る。僕の目の前まで来たところで、
ヒュッ

「ゆっ」

寸止め猫だましである。れいむはびくりと体を強張らせ、来るべき衝撃に備えていたようだ。
そうして動きを止めたれいむをひょいと手に載せ、僕は風呂場へと向かった。
いきなり驚かせようとしたかと思えば優しくしてくる僕に、態度を決めかねたれいむは居心地悪そうに「ゆっ、ゆっ」と言っていた。
自分で言うのも何だけど、僕は猫だましに関しては完全に支離滅裂だからね。気が狂っとる。

服を脱ぎ、浴室へと入る。浴槽の蓋を開けると、室内は湯気に覆われた。
まずはれいむから洗ってやるか。

「ゆっくりあらってね!!きれいきれいしてね!!」
「はいはい、じゃあまずリボンを取ろうね」
「ゆ゛っ!!や、やべでね!!でいむのおりぼんどらないで!!」

リボンをつまんで解こうとしたら、全力でいやいやをされた。
髪飾りは大事だとは聞いていたが、これほど嫌がるとは……別に奪って燃やそうというわけじゃないのに。

「でもリボンを取らないと綺麗にできないよ」
「いやだよ!!おりぼんはとっちゃだめなんだよ!!」
「ね、ちょっとの間外すだけだから」
「ゆ゛ぅぅぅぅ!!い゛やあぁぁぁぁぁ!!おりぼんどらないでねええぇぇぇ!!」
「じゃあおリボン汚いままで良いのね!」
「やああぁぁぁだああぁぁぁぁぁぁ!!ゆっぐりでぎないの゛ぉぉぉぉぉ!!」
「れいむのバカ! もう知らない!!」
「ゆ゛びぇぇぇぇぇぇん!!おにーじゃんのばがあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

一通りトトロごっこを満喫した後、リボンを黙ってひょいと取り上げる。ついでにもみ上げの筒も。
ずっとリボンの汚れからストレスを受け続けるよりは、今少しだけ我慢して貰った方がれいむの為だ。
れいむは遊びじゃなくて本気で嫌がっていたらしく、僕の裸の尻に何度も体当たりしてきてくすぐったかった。
鬱陶しいので、湯桶に入れて湯船に浮かべておいた。お湯に落ちるのを恐れてれいむは動けない。

「ここでゆっくりしててね。リボン洗っといてあげるから」
「や、やべで!!おみずさんこわいよ!!それになんだかここはあづいよ!!
 おりぼんきれいきれいしなくていいからかえしてね!!ここからだじでね!!」

無視である。
その間にリボンに石鹸をつけてゴシゴシ洗ってあげた。レースがちょっとほつれたけど問題無いだろう。
数分後、湯桶の中を見てみるとれいむが茹っていた。うわー、って感じ。
お湯の温度44度だからなあ。桶の中でも熱いか。
確か小さいゆっくりって、加熱し過ぎると身体が固まって死ぬんだっけ?
意外と今、生死の境目なのかも知れない。ちょっと適当にし過ぎたか。

「ゆ・・・ゆっぐぢ・・・・おりぼん・・・・」

なんとまだリボンに執着していた。本当に大事なんだなあ、無くても死にゃしないだろうに。
このままにしておくと死なないにしても辛そうなので、リボンを付けるのは後回し。
洗面器に冷水を溜め、熱くなったれいむの身体を浸してやる。

「ひんやりー!!ぷんぷん、れいむをあついあついにしないでよね!!」

完全復活である。適当な生き物で助かった、とほっと一息。
そのまま冷水の中で転がすようにして、れいむのモチモチした柔らかな身体を洗ってやる。

「ゆっゆっ♪ひんやりすっきりー!」

れいむはくすぐったそうに目を細めている。段々かわいく思えて来たかも知れない。
洗面器かられいむを上げて、湯船の縁に置く。そして後ろを向かせてリボンを結んでやった。

「えーと、ここをこうして……よし、これで良いな」
「ゆゆっ!!おりぼんもれいむもきれいになったよ!!とってもゆっくりできるよぉ~~~!!」
「うんうん。やっぱりリボン洗って良かっただろ?」
「ゆん!!おりぼんがないとゆっくりできないけど、きれいきれいしたらすごくゆっくりだよ!!」

正面を向かせて筒を填めながら、どんな感じか見てみる。
うん……少し曲がってるかな。まあ少しだし、問題無いよね。初めてリボン結んだにしては上出来だし。
れいむは涙を流してゆっくりしている。ちょっとした事でも感動の涙を流すな。感動表現の天井が尽きるぞ。
体も綺麗になり、リボンも戻って来た。抱えていた不安が全て解消され、れいむの顔は安心に緩みきっていた。
パヂーン!!

「ゆあ゛っ」

その素晴らしいゆっくりぶりに、僕は猫だましの拍手を送った。だってゆっくりのこんな顔見たらねえ。
で、つるん、ぼちゃんである。ぶくぶくとあぶくを立てて、れいむは湯船に沈んでいった。


「いやー、良い風呂だった」
「ゆぐ・・・ぜんぜんゆっぐぢでぎながっだよ・・・もうおふろい゛やだよ・・・」
「まあまあ、そう言わないで。きれいきれい出来たでしょ」

まあ色々あってれいむを無事救出し、僕は湯船でゆっくりしたのであった。
熱湯に沈んだのがよっぽど堪えたのか、れいむはずっと辛そうな顔をしている。
少し心配になったが、ゆっくりの回復力なら明日の朝にはまた元気になっているだろう。

「ゆぅ、ゆぅ・・・れいみゅもうねりゅよ・・・」

疲労と眠気で口がうまく回っていない。重たそうな瞼がうっすら開閉している。
布団代わりにと箪笥からハンドタオルを取り出し、畳んで床に敷いてやる。
そこにれいむを載せ、更にその上からハンカチを掛けてやる。これでゆっくり眠れるだろう。

「ゆふ・・・あっちゃかいよ・・・」
「おやすみ、れいむ……」
「おやしゅみなしゃぃ・・・ゆふぅ・・・」

屈み込んで覗き込む、とても安らかなれいむの顔。誰だって眠い時にふわふわの布団に入れば、こんな表情にもなるだろう。
見ているだけでこちらまでゆっくりしてしまう、とろけるような柔らかな笑顔だ。
うっすらと開いている小さな瞼が、段々と閉じられていく。僕も眠くなってきたよ、れいむ……
バッシィーーン!!

「かひっ!!!?」

おやすみの猫だまし。つきかけていた寝息はキャンセルされ、その呼吸音を聞いただけで心臓に悪そうなことが伝わって来る。
とろとろと閉じられていた瞼はバチンと見開かれ、まだ明かりのついた部屋いっぱいを映している。
布団に入っている時に地震が起きたのを感じると急激に目が覚めちゃうけど、今のれいむはあんな感じに近いのかな。
ゆっくりにしてみれば目の前で爆音が響いてるんだから、近くに爆弾落とされたようなものだろうか。

「おやおや? あんな重そうにしてた瞼を一気に開けちゃうなんて、れいむは重量挙げ世界一だね」
「ゆっ・・・ゆぐっ・・・ゆえっ・・・」

見る見る内にれいむの目の縁に涙が溜まっていく。口は意思とは無関係にへの字に引き攣っているようで、喋りづらそうだ。

「どっ、どぼじで・・・どぼじでれいみゅをびっくりさせるのぉ・・・ゆっぐちさしぇてよぉぉ・・・」
「ゆっくりさせてるでしょ? 美味しいご飯もオモチャもあげたし、お風呂で身体を綺麗にしてあげたよ」
「でも・・・でもばちんってやられりゅよ・・・ほ、ほかのこちょはゆっぐちできちぇるのに・・・
 ばちんってやられたらゆぐ、ゆっくちでぎないよ・・・」
「もう、こんなにゆっくりさせてあげてるのにまだゆっくり出来ないなんて。れいむは贅沢過ぎるよ」

嗚咽交じりに話すれいむに向かって、ヒュッ、と猫だましを寸止め。
びくりとれいむの身体が震えた。数秒置きにやってみても、その都度律儀に身体を強張らせる。寸止め遊びも楽しいなあ。

「やめっ、やめでねぇ・・・れいみゅ、れいみゅはおねむなんだよ・・・ゆっぐりねたいのぉ・・・・」
「うん、そうだね。今日は色々あって疲れたろ、ゆっくりおやすみ」

そう言って僕は立ち上がり、自分の布団へと向かう……最中に、何度かチラッとれいむに振り返ってみる。
もうそれだけでびくっ、びくっとれいむは全身を強張らせている。瞼も重いのにおちおち閉じられない。
少し離れた所に敷いておいた布団に入った後も、僕は時々頭を起こしてれいむの方を見る。
そうして視線を送るだけで瞼が押し開けられ、身体が小さく伸び上がる。

「ゆひっ・・・お、おにーしゃんもはやくすやすやしてね・・・れいみゅをねかしぇてねぇぇ・・・」

れいむはぽろぽろと涙をこぼして敷き布団代わりのタオルを濡らし、その柔らかだった表情は不安によって歪められている。
僕がれいむの方を見ていない間も、僕のことが気になって全然ゆっくり出来ていないみたいだ。かわいいやつめ。
そのまま二時間ぐらい互いに眠れない時間を過ごしたが、いつの間にかれいむは泣き疲れて眠っていた。
僕も初めてペットの世話をした疲れからか、自然と瞼が下りていった。
これで思う存分猫だましが出来る、しかもリアクションも強くて意外にやりがいがある。良い買い物をした。
そんな風に思いながら、僕は眠りに落ちていった。


翌朝。僕が目覚まし無しで目覚めると、横ではれいむがまだすやすやと眠っていた。
今日は朝から大学に行かなきゃならない。これから家族で朝ご飯にするんだから、れいむには起きてもらわないと。

「おーい、れいむさーん。朝ですよー。起きてくださーい」
「ゆぅ・・・・ゆふ・・・・・すやすや・・・・ゆぅん・・・・・」

優しく起こしてみるも、気持ち良さそうに寝息を立てている。「すやすや」って言ってるもん。はっきり。
でも朝は起きなくっちゃあならない。それが我が家のルールである。うっかり昼夜逆転とかしてみろ、酷いことになるぞ!

「れいむー、起きてねー!」
「すーや、すーや・・・・ゆん・・・・・ゆぅ・・・・」

強めに呼びかけても、まだ起きる気配は無い。
パァーン!

「ゆがひっ!!!??」

飛び起きた! ハンカチの掛け布団を払って飛び起きた。目覚ましには猫だましが一番、と。
幸せだった夢の風景でも探しているのか、辺りをきょろきょろと見回しているれいむ。
しかしそこにいるのは僕だけだ。僕の姿を認めると、れいむの表情は一気に暗くなった。失敬な。

「おはよう、れいむ。これから朝ご飯を食べるよ」
「ゆっ、ごはん・・・」

おや? 食い意地が張っているれいむなら、ごはんと聞けば飛びついて来そうなものだけど。
低血圧なのかも知れない。低餡圧かな? 何にせよ、朝ご飯はしっかり食べた方が良い。
僕から逃れようと身をよじるれいむを捕まえて、テーブルの上に載せてやる。
今日の朝ご飯はフレンチトースト。砂糖もたっぷりかかっていて、甘いもの好きのゆっくりにはたまらない一品だろう。
しかしれいむには、昨日のような飛びかかるような勢いは無い。「いただきます・・・」と呟き、
ちびちびとトーストを食んでいく。次第に「むーしゃ、むーしゃ」と幸せそうな顔になるものの、「しあわせー♪」とはやらない。

朝食を終え、持ち物の確認をしている間にれいむにはおもちゃを与えた。
しかし横目に見る限り、昨日のように溌剌と遊ぶれいむの姿は見られない。
何か怖いものに近付くように、おもちゃに身体の端を触れさせては離れる、というような行動を繰り返している。

いざ出かける段となったが、まだ少し時間に余裕がある。
僕はれいむと少し話をしてみることにした。

「れいむ、朝から元気無いけどどうしたの?」
「ゆぐっ・・・」

僕がれいむに目線を近づけようとしゃがみ込んだだけで、れいむは親にぶたれる子供のように身を屈める。
昨夜の状態がまだ続いているみたいだな。ゆっくりは忘れっぽいと聞いていたのだが。
問い質してみると、れいむは涙ながらに語り始めた。よく泣く奴だ。

「だっで・・・だっで、ゆっくりしてるとばちん、ってやれれ、やられりゅんだもん・・・・
 ごはんやおかしをたべると、ばちんってやられるもん・・・おもちゃをもりゃ、もりゃうとばちんされるもん・・・
 ばちんってさりぇ、さりぇたら、すごくゆっぐち、でぎなくなるんだもん・・・ゆっぐ・・・ゆえええぇぇぇぇ・・・・」

うーん、何を言ってるのか解らないぞ。でもお饅頭の言うことだし、ちょっとこっちで考えてみよう。
もしかしたら、昨日の猫だましに関する記憶が全部まずい具合に繋がっちゃってるんだろうか?
お菓子をあげる時に猫だましもしたし、ご飯の時に猫だましして全身ケチャップまみれになったしな。
「ゆっくりする→猫だまし」と「猫だまし→ゆっくりできなくなる」がなぜか結び付いて、
「ゆっくりする→猫だまし→ゆっくりできなくなる」、即ち「ゆっくりするとゆっくりできなくなる」になったのか。
実際、風呂や寝る前には時はその公式通りになったので、多分それで確信へと至ったのだろう。
また湯船に落ちたトラウマが蘇るため、単純に驚かされること自体も耐えられなくなっているようだ。

「でもなあ、お前はゆっくりだろう? ゆっくりがゆっくりしてないでどうするんだ」
「なにいっでるの・・・おにいざんがばちんするからでしょおぉぉ・・・・・」
「そうか……じゃあ解った。もう猫だましはやめるよ」
「ゆ・・・?ほんとう?」
「ああ、俺もペットのゆっくりにはゆっくりしてて欲しいしね」
「ゆゆ・・・ありがちょう・・・」
バチン!!!
「ゆっひっ!!ゆがああぁあぁぁぁぁあぁぁ!!おにいざんいった!!もうばちんしないっでいっだぁぁぁぁぁ!!」
「え~、だってれいむが凄く安心した顔してたからつい……でもびっくりしてるれいむはカワイイよ」
「れいむびっくりじだぐないよぉぉぉぉぉぉ!!!どぼじでごんなごどずるのおぉぉぉぉぉ!!」
「んなこと言われてもさあ、僕は猫だましをする為に君を買ったんだよ」
「ゆ゛・・・・な、なに・・・・・?」
「猫だましするなって言うなら、れいむを飼う意味が無いわけだよ。捨てるか潰すかしちゃうよ」
「ゆ゛ゆ゛!!やべでね!!やべでね!!れいむをごろざないでね!!でいぶじにだぐないぃぃぃぃ!!」
バチン!!
「ゆびゃびゅっ!!!??」
「そんなことしないよ。せっかく猫だましが楽しくなって来たのに……今まで何となくやって来たけど、楽しいのなんて初めてなんだよ。
 多分もうれいむに猫だましをしないと満足出来ないんだよ。それにれいむにご飯や寝床を上げるのも多分僕だけ。
 これって素敵な共生関係だと思わない?」
「ゆぎぃ・・・ぞんなのゆっぐりできないよ・・・れいむもうびっくりしたくないよ・・・」
「びっくりするのが君の生存意義なんだって。まあ『ゆっくり』と『びっくり』で一字しか違わないし、その内慣れるでしょ。
 慣れたらまた新しいゆっくりに替えると思うけど」
「ゆ゛ぐ・・・おにいざん・・・・」
バチン!!
「がひゅっ!!??」
「あ、そろそろ出かける時間だ。急がないと」
「ゆゆっ!!れ、れいむおるすばんしてるよ!!ぜったいににげないからね!!まどはあけておいていいよ!!」
「いや、学校で不意に猫だまししたくなった時に困る。もう友達とか教授相手にやるわけにはいかないからね。
 君は携帯猫だまし機として持ち歩くことにしよう。ずっと一緒にゆっくりしようね!」
「やべでね!!れいむおうぢにいるの!!おにいざんとあそびにいぎだぐない!!やだよおぉぉぉぉぉ・・・」

大事なパートナーであるれいむを、購入時に入れていた小さくて丈夫な箱に収め、通学用カバンに放り込む。
れいむさえいれば、長年の性癖ともおさらば。新たな猫だましライフ……いや、ゆっくりだましライフが今始まるんだ。
朝の陽光は、僕らを祝福するように明るかった。僕は新生活への一歩を今、踏み出した。

FIN


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最終更新:2022年06月03日 22:04