ゆっくりの巣の中で新しい命が誕生しようとしていた。
「ゆっゆ♪ ゆ~~♪ はやくゆっくりうまれてきてね!!」
「うまれてきたらみんなでゆっくりしようね!!」
巣の中にはゆっくり霊夢と魔理沙が一対、それぞれの頭には蔓が生え、そこから十個ほどの赤ちゃんゆっくりが出来ていた。
「ゆっゆ♪ もうすこちゆっくりするよ!!」
蔓から垂れ下がっている赤ちゃんゆっくりが、母親達に答える。
もう随分成長しているそれらが、地面に落ちるのも時間の問題だろう。
もう直ぐ、待ちに待った家族が増える。
それは、この二匹しか居ない家族が待ち望んでいたものであった。
――
二匹は今年から家族になった。
もともと、小さいときから一緒に遊んでいた二匹はとても仲が良かった。
霊夢が危ない目にあったら、魔理沙は逃げないで助けてくれる。
逆に魔理沙が危ない目にあったら、霊夢も懸命に助けてくれた。
そして今年の初め。
ゆっくり達の越冬が終わる雪解けと同時に、二匹で暮らすことにしたのだ。
一緒に寝て、食べて、ゆっくりする。
食べ物が少ないときも二人で分け合って耐え忍んだ。
逆に食べ物が沢山あったとき、二人は夜通しゆっくり食べて過ごした。
そうして夏が過ぎた頃。
「れれれ!!! れいむーーー!!!!」
「ままままりざーーーー!!!!!」
「「ゆーーーー!!! すっきりーーーー!!!!」」
二匹は必然的に子供を作っていた。
――
そして、今の巣の様子に戻る。
二匹のゆっくりは、体を揺らしながら何かを口ずさんでいた。
「ゆっくり~♪ ゆっゆゆ~♪」
「ゆ~っくっり~♪ ゆゆゆ~♪」
「「「「ゆゆゆ~♪」」」」
それは、子供達をあやす歌。
それを聞いた子供達は、満足げな表情でお母さんの歌を真似している。
二匹はもう一度自分達の子供を見つめる。
そろそろ生まれる頃かな?
元気でゆっくりできるといいね。
二匹がそう考えていた時、突然自分たちの巣の中に人間が入り込んできた。
「こんにちは♪ もうこんばんはかな? ゆっくりさせてもらえますか?」
この巣の入り口は大きい。
女性なら簡単に中に入ってこれる。
「ゆゆ!! おねーさんもゆっくりできるひと?」
「はい♪ そうですよ♪ あっ、かわいいあかちゃんさんですね♪」
「「ゆゆ!! おねーしゃんもゆっくりちていってね!!」」
赤ちゃんたちが反応する。
「こぁっ!!」
まさか反応するとは思わなかった女性は、少しびっくりした様子だった。
しかし、直ぐに落ち着きを取り戻し、母親に向き直った。
「お二人の始めての赤ちゃんですか?」
「「うん!! れいむとまりさのはじめてのあかちゃんだよ!!」」
「そうですか~。元気なお子さんが生まれるといいですね」
「「ゆっくり!!!」」
随分優しい人間だ。
お母さんに、人間は怖いから子供たちもあまり近寄っちゃダメ、って教えられていたけど、お母さんはたまたま怖い人に会っただけなんだ。
二匹のゆっくりはそう考えた、そう思った。
「おねーさんもここでゆっくりしていっていいよ!!」
「もうすぐれいむたちのあかちゃんがうまれるから、みんなでゆっくりしようね!!!」
「「「「ゆっくりまっちぇてね!!」」」」
何より、自分たちの子供が生まれるのを喜んでくれている。
それだけで、この二匹は気分が良かった。
この人は、本当に良い人だと思った。
「あはっ♪ そうですか? それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます♪」
「「ゆっくりしていってね!!!」」
それから、二匹はお姉さんに色々なことを話していった。
聞き上手なお姉さんは、時々表情を変えつつ、二匹の話を真剣に聞いていた。
「それでね!! そこにすんでるありすたちはね、れみりゃとふらんをたべてるんだよ!!」
「そうなんですか?」
「うん!! やっぱりとかいはのありすはまりさたちとはちがうんだよ!!!!」
「へぇー、すごいですね」
「うん!! ……!! ゆゆ?」
「ゆ?」
ふと違和感を感じて上を見上げる二匹。
目線の先、茎に生っている赤ちゃん霊夢。
その一匹がぽとりと落ちてきた。
「ゆっくりちていってね!!!」
最初に生まれたのはゆっくり霊夢だった。
「!!! ゆっくりしていってね!!!」
生まれて始めての自分達の子供。
目に涙を浮かべながら、その霊夢にお決まりの文句を勢いよく叫ぶ。
ポトン。
「ゆっくりちていってね!!!」
今度はゆっくり魔理沙。
同じように挨拶する二匹。
どちらの赤ちゃんもまだ小さい。
リボンは小さくついていいるが、帽子はまだ頭に載っていない。
それが逆に幼さを感じさせる。
「これからうまれてくるあかちゃんたちといっしょに、ゆっくりしようね!!!」
「ふたりはおねーさんになるんだよ!! まりさたちのおうちでゆっくりしようね!!!」
「「おねーさん!!! うん!! ゆっくりちようね!!!」」
「「「おねーちゃんゆっくりまちぇてね!!!」」」
未だ蔓に下がっている赤ちゃんたちが思い思いにお姉さんとなった二匹に声をかける。
その度に蔓がカサカサと揺れ、赤ちゃん達は楽しそうに笑っている。
「わぁーー!! かわいいですねーー!!!」
それまで、見ているだけだった女性が始めて言葉を発した。
二匹の赤ちゃんゆっくりを掌にのせて指で突っつく。
きゃっきゃ言いながらコロコロと転がる赤ちゃん達。
「う♪ すっくりころぎゃるよ!!」
「ころころころがりゅよ!!」
「「ふたりとも、ゆっくりできてよかったね!!!」」
その、赤ちゃんの楽しそうな様子にお母さんになった二匹もうっとり。
「はぁーー、かわいいですねーー♪ そうだ!! お腹減ってませんか?」
「ゆ~? うん! れいむおなかへった~♪」
「まりしゃもへったー♪」
生まれて間もない二匹、当然お腹は空っぽだ。
「じゃあおねーさんが、おいしーの食べさせてあげますよ♪」
「ゆ! おねーしゃんありがとーー!!!」
「りゅっくりたべるりょ!!」
「「おねーさんありがとうね!!!」」
親ゆっくりもお礼を言う。
子供達に食べ物まで貰えるなんて、人間って言うのはなんて優しいんだろう。
「えい♪」
「ふぎゃっ!!!」
やっぱりお母さんは悪い人間に会っただけd。
「ゆ? ……」
「……っくり?」
そこまで考えてお母さん達の思考は一旦停止した。
おねーさんが手を伸ばしたのは、何処?
自分の上?
じゃあ、おねーさんが今握ってるのは?
さっきの悲鳴は?
……。
「ゆっくりちたかったのにーー!!!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!! まりざのまりざのあがじゃんがーーー!!!!!」
「どーじでごんなごとずるのーー!!!」
漸く理解した二匹が、抗議の声を上げる。
しかし、既にもぎ取られた赤ちゃん魔理沙は、赤ちゃん魔理沙の口の前だった。
「はい、あーんしてください。とってもおいしーですよ♪」
ニコニコ笑顔(秋)で赤ちゃんの前に饅頭を運ぶ。
「ゆゆ♪ おねーしゃんゆっくりちようね!!!」
もぎ取られた赤ちゃんは、もっとゆっくりして居たかったと言っていたが、自分がどういう状態に居るのかは理解できていない。
目の前に居るお姉さん魔理沙を見て喜んでいるだけだ。
しかし、そのお姉さん達は、それを理解しているので、頑なに口を閉じている。
「んー!! それひゃまりしゃのいもーとだよ! ゆっくりしゃせてね!」
「れーみゅのいもーとだよ!! ゆっくりはなちてね!!」
「まぁまぁ、遠慮なさらずに♪」
「ゆ~~~~♪ ゆ? ゆゆーーー!!!!!!!」
「ん!! むっしゃ、んぐ、むっしゃ!!」
口を無理矢理開けさせ、強引に饅頭をねじ込む。
「いじゃいよ!! おねーしゃんはなちてーーー!!!!」
口の中に入れられた赤ちゃん魔理沙が、大声で懇願する。
それがはっきり聞こえるお姉さん魔理沙だが、口にそれが入っているためにどうすることも出来ない。
「ゆっくりはなちてね!! いもーとをはなちてね!!!」
代わりに、赤ちゃん霊夢が体当たりしてくる。
が、小さな体でそんな事をされても痒くもくすぐったくも無い。
「はい♪ 食べたらこうやってもぐもぐするんですよ~♪」
無視して、無理矢理咀嚼をさせて飲み込ませる。
「もっとゆっきゅりしたかったよ!!!!」
「はい、ごっくん♪」
「ゆ!! ごっっきゅん!!!」
「どうでしたか? 美味しかったでしょ? ……こんどはそちらのあかちゃんですね♪」
プチッ。
「ゆーーー!! おねーしゃん!! たちけてーーー!!」
「じめんにおろちてーーー!!!!!」
他の赤ちゃんゆっくり達も、自分達の運命を知ったようで、これまで無いほど蔓を激しく揺すって母親達に助けを求めた。
「あああ!! れーむのあがじゃんがーーー!!!!」
「あやまってね!! れいむとまりさにあやまってね!!!」
母親二匹も、懸命にお姉さんに体当たりしようとする。
しかし、頭にはまだ沢山の赤ちゃん達。
これでは危なくてタックルなんて出来ない。
「んーー!! むゅしゃ!! ……ごっくん!! れーみゅのいもーとがーー!!!」
「あらあら。泣くほど美味しかったんですか。大丈夫ですよまだまだありますから♪」
蔓に手を伸ばす。
そこにはまだまだ沢山の饅頭が残っている。
「ゆっくりしゃせてね!!!」
「れーみゅたちはたべものじゃないよ!!!」
「ゆっくりちたいーーー!!!!」
プチ。プチ。
「ゆ゛う゛う゛う゛ーーーー!!!!」
「おがーしゃーん!! たずげでーーー!!!」
狭い巣の中、赤ちゃん達の甲高い声は、反響してよく響く。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーー!!! や゛め゛でーーーー!!!!」
「まりざだじのあがじゃんがーーーー!!!! あ゛がじゃ゛ん゛がーーーー!!!!!」
余りに衝撃的な光景に、親ゆっくりも身動き一つ出来ない。
ただただ、自分の赤ちゃんが赤ちゃんに食べられていくのを泣き叫びながら見ているだけである。
生まれ、意識を持ってから夢見た大地。
お母さんや姉妹達と元気よく駆け巡る事を夢見た大地。
この赤ちゃん達にとってそれは夢のままその一生を終えた。
古来より、空を夢見た散った人間のように。
「……。ふー。これで全部なくなっちゃいましたね。美味しかったですか♪」
何時間にも感じた初めての食事がやっと終わった。
泣き叫ぶのは四匹のゆっくり。
家族が二匹増えたのに、何故か泣き叫んでいる。
「ゆゆゆ!!! おねーーさん!! あやまってね!!!」
「そうだよ!!! おねーさんとはゆっくりできないよ!!!!」
「れーみゅのいもうとたちにあやまってにぇ!!」
「まりしゃのいもーとたちにもにぇ!!!!」
一家の怒りは頂点に達した。
自分たちの赤ちゃんに赤ちゃんを無理矢理食べさせたのだ。
それは並大抵の怒りではない。
「えーー? 私何か悪いかとしましたか? ゆっくり達の好きなものって幻想郷中の本を読んで探し回ったんですけど」
何がいけなかったのか、必死に考えている女性。
「まりしゃちのいもーとにひじょいことしたおねーさんはやっつけるよ!!!!」
「よぉにんいりぇばかんちゃんにかてるりょ!!!」
そう叫んで、勢いよく女性目掛けて飛び込んでゆく二匹の赤ちゃんゆっくり。
「……あっ! 分かりました♪」
「ゆ~!!」
「ゆゆ~!!」
しかし。
食べ過ぎて、ろくに動けなかった赤ちゃんは簡単に掴みあげる。
「ゆゆ!! なにするの!!! れーむのあかちゃんたちをはなしてね!!!」
「おねーさんはゆっくりできないから、ゆっくりしんでね!!!」
ニッコリ微笑んだまま、その赤ちゃんをそれぞれのお母さん達の前へ。
「ゆゆ!!!」
「!!!!」
「お母さん達にも、差し上げなければいけなかったですね。お饅頭」
てへ♪
そのまま、口の中に放り込む。
「ゆゆっ!! おがーさん!!! くらいよ!!!」
「おかーさん!!! ゆっくりはやくだちてーーー!!!」
「いまだすよ!!!! ゆっくりすぐにだすよ!!!!」
「まりさがゆっくりだすから、しんぱいしないでね!!!」
「うふ♪ 好き嫌い言わずに食べてみてくださいよ」
必死に吐き出そうとする口を押さえつける。
そして……
「きっと……気に入りますよ」
一匹ずつ咀嚼させる。
「おがーざん!! いがいよーー!! んびゃ!! いだ……!! ゆーーー!!! ……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!! れいむのあがじゃんがーーー!!!!!!」
「ゆっぐりだずげて!!! ゆっ!!! ゆっぐりじたげっががこでだよーー!!! ……」
「あ゛あ゛あ゛!! まりざのあがじゃんがーーーー!!!」
最後は、口の中で一言も喋らなくなったそれを、自ら飲み込んだ。
目には大量の涙を浮かべている。
さぞかし、しょっぱい饅頭だったことだろう。
「それじゃあ、そろそろ夕食、……いえ朝食の時間なので、私はこれで帰りますね♪ また可愛い赤ちゃんが出来たら、拝見しに来ますから♪」
腰を曲げて巣の外へ出て行く女性。
白と黒で統一されたその服が、闇夜の中へ混沌として混ざってゆく。
「ゆ゛ーー!!! やっぱりにんげんはゆっぐりできないよ!!!!」
「にんげんとはもうゆっくりでぎないよ!!!!」
その、後ろ姿に向かって二匹が叫ぶ。
「あら、人間はゆっくりさせてくれますよ?」
その声に気付いた女性は、振り返って答えた。
「うそだよ!! おねーさんみたいなにんげんとはゆっくりできないよ!!!」
「そうだよ!!! まりさたちのあかちゃんにひどいごどじだでしょ!!!」
泣き叫ぶ二匹、女性がクスッと笑みを浮かべて言葉を続けた。
「そんな事はないですよ、だって私はその人間を惑わすものですから」
それだけを言い残して、深い闇の空へ消えて行った。
最終更新:2022年04月11日 00:03