※東方キャラ登場注意








「ねぇ、ゆっくり飼ってみない?」

唐突にそんな事を言い出したのはサニーミルクだった。
コーヒーを飲んでいたルナチャイルドも、本を読んでいたスターサファイアも、なんの前振りもなくサニーミルクが立ち上がり発言したことでキョトン、としている。
サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア。光の三妖精たる三人が住んでいる、魔法の森にある大木の中での出来事だった。

「なによ、藪から棒に」

持っていたマグカップをテーブルに置いて、訝しげな目でルナチャイルドは問うた。

「ほら、この間の妖怪が家の中の食べ物全部食べていったじゃない?」
「いったわね」

ツチノコによって家である大木が乗っ取られた時の事を思い出し、スターサファイアは首肯した。

「それで、また同じ食べ物貯蔵しても面白くないから今度はゆっくりにしない?」

ゆっくり。人の生首のような姿をした饅頭動物(動く物、という意味で)。
脳も神経も血もなく生きるそのナマモノの特徴に、頭から饅頭──子ゆっくりを生やすというものがある。
二匹以上のゆっくりがいれば自動的に頭から饅頭を生やすという話を以前聞いたことのあるサニーミルクは、野菜を自家栽培しようかというニュアンスでこの話を提案していた。

面白い、面白くないの問題ではないのだが、サニーミルクはさも名案かのように、目を輝かせている。
話を聞いた二人はしばし思案する。
三人はゆっくりについて実の所あまり知らない。他の妖精がゆっくりに悪戯をして楽しんでいるのはよく聞いているが、この三人はこれまではゆっくりで遊んだことは無かった。
元来好奇心旺盛な妖精である。食べ物云々はともかくとして、知らないで、かつ面白そうな事に手を出すのはやぶさかではない。
長考するまでもなく、二人はサニーミルクの提案に同意した。














野生のゆっくり捕獲は簡単に成功した。
姿を消せるサニーミルク、音を消せるルナチャイルド、動く物の場所を察知することの出来るスターサファイア。
隠密と捜査にうってつけの能力を持つ三人が揃えば、呑気なゆっくり一家を捕まえることなど、赤ゆを潰すかの如く容易である。

「ゆゆっ、ゆっくりしていってね!」
「やめてね、ゆっくりできないよ!!」

捕まえたゆっくりは三匹。どうやら一家のよう。
サニーミルクが親れいむ。ルナチャイルドが親まりさ。スターサファイアが子れいむをそれぞれ持って、簡単に成功した狩りの事を話しながら空を飛んでいる。

「あっさり見つかったね」
「能力使うまでも無かったんじゃないの?」

楽しそうに談笑しながら、三人はそれぞれ手の中のゆっくりを弄んでいる。
話に聞いていただけで初めて触れるゆっくりが新鮮なのだ。
しかし当のゆっくり本人はそれをとてつもなく嫌がっている。
子れいむは呑気にスターサファイアの指にキャッキャと喜んでいるが、親れいむと親まりさは鬼気迫る表情で身を捩っていた。

「ゆぅぅぅぅ、ゆぅぅぅぅぅぅ!!」
「ゆっくりしていってね!!!」

まるでこれから殺されるのでは思っているかの如く、必死で妖精の手から逃れようとしている。

「こら、もう。暴れないでよ」

親まりさを捕まえているルナチャイルドが困ったようにそう言ったその時だった。

「あっ」

親まりさがルナチャイルドの手を逃れたのは。
今は三妖精が家に帰るその道中。空中を行く高所である。
それが意味するところ、それはつまり。

「ゆ゛っ!? ゆ゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

親まりさの落下である。

「ゆゆっ!?」

親れいむはその光景を見て暴れるのもやめて目を丸くする。
ルナチャイルドの手から零れるように逃れたまりさは、当然自力飛行できるわけもなく、重力の腕に捕らわれて地表へと吸い込まれていった。

「ゆ゛っ!!! ゆ゛ゆ゛っ!!! ゆっぐり゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!」

加速しながら自由落下する親まりさは、突然の出来事に混乱しながらも、今の状況を把握し恐怖した。
高い場所から落ちる恐怖と、それによってどういった事が起きるかを、知っているのだった。
周りの景色が急速で動いている。涙が親まりさを置いて上昇するかのように零れる。零れた涙が落下するより先に親まりさが落ちているだけなのだが。

親まりさは空中で全身をあらんかぎり動かす。
底部をじたじた、口をパクパク。体を回転させたり、捩ったり。少しでも助かろうと無駄な抵抗を試みる。
親まりさは視界を上にし、遠ざかる愛するれいむと我が子を認識しながら、急速にその身を二匹から離していった。

「ゆ゛びぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!! ゆっぐりじでいっで────」

助けを求めて泣き叫ぶ。死にたくないと願いを込める。
しかし、膨大な涙と共に吐き出された言葉は、親まりさの身が森の中に吸い込まれていったことで誰の耳にも届かなくなった。
それに数瞬遅れて、ビタン、と何かが叩きつけられる音が響いた。

木の枝によって速度を殺してもらい、衝撃に強い球形で、弾力のあるゆっくりならば、あるいは命だけは助かっているかもしれない。
それでも健常であるわけは当然ない。その身は衝撃によって裂け、中身であり命である餡子を飛び散らせているだろう。

「あ~あ、ルナ何やってるのよ」
「あ、暴れたゆっくりが悪いのよ!」

その光景を見ていた三妖精達。サニーミルクがルナチャイルドの不手際を責める。
ルナチャイルドはばつの悪そうに顔を背けながら、弁解ともいえぬ自己の正当性を主張する。

「まぁまぁ。ゆっくりは二匹狭いところに閉じ込めておけば饅頭を作るらしいから、一匹ぐらい落としたって大丈夫よ」

そんな二人をスターサファイアが他の妖精から聞いた、少し間違った知識をもって仲裁する。
饅頭を作る。すなわち子ゆっくりを作る行為は、成体ゆっくり二匹がいればいいが、残ったのは成体ゆっくりと子ゆっくり。
成体ゆっくりが一匹欠けた今、このままこの二匹を持って帰り閉じ込めて飼育しても、三人が望んだ饅頭製造は行なわないだろう。
しかし、今この場にスターサファイアが言った知識の間違いを知るものはおらず、誰も訂正せぬまま二人はそれで納得し、気をとりなおして再び家路についた。

しかし、

「ゆ゛ぅ゛ぅ゛!!! まりざ、ま゛り゛ざぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「ゆぇぇぇぇぇぇぇぇん、ゆぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

残ったゆっくり二匹は突然訪れた家族との別離に滂沱の涙を流している。
キンキン甲高いその泣き声は、とてつもなく耳障りであった。

「あ~、もう、うるさいわね!」

その邪魔な慟哭を、ルナチャイルドは自身の能力によって打ち消した。
突然三妖精とゆっくりの周囲が消えて無音になる。だが泣いているゆっくり本人達は、そんな変化に気付くことなく、悲しみにくれている。
目からボロボロ流れる雫が頬を濡らし、親まりさとの思い出を馳せる。
親れいむなど今にも親まりさの後を追って地面に落ちそうな勢いであったが、サニーミルクはこっちは落さないようにとガッチリ腕で親れいむを締めていた。

親まりさのその後を知る者は誰も居ない。即死したのか、かろうじて生き延びているのか。
仮に生き延びていたとしても、幸福を掴むことは絶対にないであろう。たとえ瀕死から回復したとしても、落下の最中に帽子が脱げ落ち、魔法の森のどこかに、親まりさと離れて落ちたのだから。
親まりさの帽子は、とある高い木のてっぺんに、引っかかっていた。
























「さて、ゆっくりを捕まえてきたはいいけど」

大木の家に帰ってきて、サニーミルクはとりあえず今は静かに泣きじゃくるだけとなった親れいむを、三人が集まる大部屋のテーブルに置いた。

「どうすればいいんだっけ?」
「忘れたの? 狭い場所に閉じ込めてちょこっとご飯をあげれば自然にお饅頭を作ってくれるのよ」
「あっ、そうだったそうだった」

スターサファイアに指摘されサニーミルクは閉じ込める用の水槽を用意していたのを思い出し、自分の部屋からそれを持ってきた。
テーブルの上にドン、と置かれたその水槽に、ルナチャイルドが親れいむを、スターサファイアが子れいむを入れた。
二匹とも、まだ親まりさを失った悲しみに没頭しており、なすがままだった。
水槽は成体ゆっくり二匹が入る事を想定した広さで、親れいむと子れいむ二匹ならば多少の余裕が出来ていた。

「蓋をして、と」
「ゆっくりって何を食べるの?」
「何でも食べるらしいわよ」
「じゃあとりあえずこれで」

サニーミルクが昨日の食事の料理の際に出た野菜の切れ端を持て来て、蓋を少し開けて水槽の中に投下する。
水槽の中、嗚咽をこらえるかのごとくしゃくりあげる二匹の傍に、クズ野菜が落ちる。
蓋を閉めて三人は、期待に満ちた眼差しで水槽の中を見やる。それはまるで、初めてペットを飼う子供のようだった。

「ゆぐっ、えぐっ、ばりざぁ゛…………」
「ゆぐぅ、ゆ゛ぅぅぅぅん……」

「あれ、食べないよ?」
「お~い、たっべろ~」
「お腹空いてないのかしら?」

涙を流してぐずるばかりの二匹を不思議に眺める三人。
しかしサニーミルクが軽く水槽をバン、と叩くとビクッ、と二匹は跳ね上がった。
そこでようやく今の状況に気付いたのか、キョロキョロと辺りを見渡して、

「ゆゆっ?」

水槽の中の野菜に気付いた。
たとえ野菜の切れ端でも野生のゆっくりにとってはご馳走である。目の前に出されて我慢弱いゆっくりが食べないわけもなく、親れいむと子れいむは勢いよく食いついた。

『む~しゃ、む~しゃ、しあわせ~♪』

薄情と思うなかれ。その素晴らしきまでの脆弱さを誇るゆっくりは、日常的に悲劇が起こる存在だ。
それに一々長い間悲しみに暮れていたら、生きていけるものも生きていけなくなる。目の前に新たな出来事が起これば、何に置いてもその優先順位は上書きされる。
それが〝幸福〟に繋がることならば尚更だ。だが決して親まりさの事を忘れたわけではない。
ゆっくりはその生態には似つかわしくなく、また邪魔と思われるまでに、家族の情が深いナマモノであった。

「あっ、食べた食べた」
「しあわせ~、だって」
「木の実も食べるかしら?」

キャッキャとゆっくり二匹の食事風景を囲んで眺める三妖精。楽しげにはしゃぐその姿は、見た目相応の子供のようであった。
その後三人は木の実やらキノコやら、どんな物を食べるのかと次々に水槽に投下していき、何でも次々に食べるゆっくりを見て楽しんだ。
れいむ親子はよく分からないが、次々にご飯が落ちてくる状況に喜びこそすれ嫌がるわけもなく、嬉しそうに幸せと共に食べ物を噛み締めた。やがて満腹になり、子れいむが眠たげに目をしょぼつかせたのを合図にするかのように、三妖精達も自分達の食事の準備を始めた。

テーブルの上にいつまでも置いておいたら邪魔なので、サニーミルクはかつて隠れて酒を造っていた場所にゆっくりを入れた水槽を閉まった。
その時には親れいむも子れいむも、満腹から既に眠っており、何の反応も示さなかった。
サニーミルクは水槽を入れた場所の扉を、閉める。途端、内部は光を閉ざされて真っ暗になり、当然水槽の中も暗闇に包まれた。











翌朝。

「おはよ~……」
「おそよう、サニー」
「起きるの遅いわね」

いつものように起床したサニーミルクは、自分の部屋から三人が集まる大部屋へと移動しながら、何かを思い出そうとしていた。
スターサファイアが用意してくれたコーヒーを飲みながら、寝ぼけた頭を稼動させるが、その何かをなかなか引っ張り出せない。

「今日はどうするの?」
「とりあえず神社に行ってみない?」

三人とも、昨日捕まえたゆっくりの事を忘れていた。完全に忘れたというよりも、思い出せていないといった感じなのだが。
昨日既に目立たない場所にゆっくりを入れた水槽を閉まっておいたので、その姿を見る事が無いから思い出せないのかもしれない。

神社に向かう道中、飛行しながらサニーミルクはようやくゆっくりの事を思い出した。
帰ったらご飯をあげないと。そう頭の隅に留めながら、サニーミルクは二人と共に空を飛んでいった。










しかし、

「さあ、今夜は探検よ!」

妖精という存在も、ゆっくり程ではないにせよお気楽で呑気な存在だった。
人間の子供並の頭の弱さと、その旺盛な好奇心から、目先に新しい面白い事が現れれば、そちらに興味が移る。

「ヘルメットは何処に置いたかしら?」
「地図を準備したわ。うろ覚えだけど」
「大丈夫!『玄武の沢』は何度か行ったことがあるから」

そわそわ、わくわく。新しい興味の対象の出現に、興奮と喜びを抑えきれず三人は家の中を駆け回った。

「それにしても楽しみね~」
「ほんと、びっくりしたわ。昼間に神社であんな話を聴けるなんて」

神社に行った三妖精は、そこでとても興味深い話を盗み聞くことが出来た。
その面白そうな話にすっかり心奪われた三人は、既に頭の中はその事で一杯である。
昨日見つけたちっぽけなゆっくりの存在は、頭の片隅に既に追いやられている。

この興味の対象はすぐには飽きず、数日に渡り三人の頭を席巻し、楽しませる。
その間にゆっくりの事が忘却の彼方に追いやられることは、無理からぬことであった。














冷たく、暗い水槽の中。光は閉められた扉のわずかな隙間からしか入ってこず、空間は埃をたっぷり含んでいる。
子れいむは、そんな狭い場所で、目覚めた。

「…………ゆっ?」

まるで見覚えの無い場所に子れいむは体を傾げた。ゆっくりは洞窟や木の洞など、暗い場所をよく巣にする習性があるので、人間よりも夜目は利く。
かろうじて視界を確保できる明るさに、子れいむは名状しがたい恐怖を感じた。

「ゆゆ~」

ぽよんぽよん、と跳ねて移動する。とにかくこんな薄気味悪くゆっくり出来ない場所にはいたくないと感じて、逃れようとした。
しかし、

「ゆっ!?」

ビタン、とすぐに水槽の壁に顔面を打ちつけた。
それほど勢いよくぶつかったわけではないので激痛という程ではないが、顔面に感じる痛みに子れいむは涙を目に滲ませた。

「ゆぐっ……」

悲しみと不安で一杯になる。こういう時脆弱な子は親を頼る。子れいむは狭い水槽内で振り返り、親れいむの姿を探した。
親れいむは狭い狭い水槽の片隅に居た。子れいむはその親の元へと跳ねていく。小さな子れいむの歩でも、すぐに親れいむの元に辿りつけるほど、水槽は小さく、狭かった。

「おかーしゃん……」

す~りす~り。親愛の情を表す頬擦りを親れいむにする子れいむ。こうして親れいむと触れ合っていると、不安も恐怖も消えていく。

「ゆっ……」

それでようやく子れいむが起きた事に気付いたのか、親れいむは虚ろげな目を子れいむに向けた。
す~り、す~り。親れいむも子れいむに頬擦りを返す。それに子れいむはきゃっきゃ、と喜んだのだが、

「……おきゃーしゃん?」

ポタリ、と何かが子れいむの頬に落ちてきた。冷たい、雫。親を呼び、見上げる。子れいむの頬に垂れてきた雫は親れいむの涙だった。
なんで泣いているのかと子れいむは疑問に思った。無邪気な顔で親れいむを見上げて笑って欲しいと笑顔を作る。
親れいむはそんな子れいむの顔を見て、陰鬱な表情を更に暗くしていった。

親れいむは子れいむよりもずっと先に起きていた。起きて、子れいむを起こさないようにしつつも、子れいむと同じようにこの場から出て行こうとした。
しかし半歩も進むことは出来ず、水槽の内壁に顔をうちつけ、それでもどうしてもここから逃れようと四方八方移動してみた。
そうして分かったのは、自分達は親れいむが二歩以上進むこと叶わないほど狭い場所に閉じ込められているという事実だった。

親れいむはそこでようやく昨日の事を思い出した。
羽のある小さい子供、『よーせーさん』。他のゆっくりからその存在を聞いていた親れいむは、昨日会った時点で三人が妖精だとすぐに気付いた。

妖精はゆっくりを傷つけ、よく殺す。殺すつもりでそうやっているのではなく、あくまで玩具のように楽しんで、その末に殺す。
小さな子供が虫を面白半分に殺すかのように、妖精はゆっくりを弄ぶ。それ故、ゆっくりにとって妖精は人間と同じく、いやもしかしたらそれ以上に近寄りたくない存在となっていた。
だから、昨日三人に捕まった時、親れいむと親まりさは必死で抵抗した。このままでは殺される。殺されなくても、遊ばれてゆっくり出来なくなる。

しかし結果はご覧の有様。人間より弱い妖精にも遥かに及ばないゆっくりが抵抗したところで高が知れている。
むしろこの一家に至っては無駄に抵抗したせいで親まりさが無駄に消えていった。

親れいむは妖精に捕まった事を嘆きながらも、昨日多くの食べ物をもらったことを思い出し、懇願した。
食べ物を頂戴、と。お腹が空いたからご飯をくれ、と。しかし扉越しの親れいむの言葉は三妖精には届かず、虚しく狭い空間内に木霊するだけだった。

それが、朝のこと。
今は既に昼である。昨晩常には考えられるほど多くの食べ物を食べた子れいみは呑気にも昼まで寝ていたのだ。
今は家の中に三妖精はいない。どれだけ願っても食事にありつけるわけも無かった。

朝からずっと三妖精に向かって懇願していた親れいむは、徐々に妖精に捕まった事と妖精について仲間から聞いていたことを思い出し、その心を沈ませていった。
子れいむが起きた時点で、親れいむの中には希望が殆ど消えていた。まるで魂の抜け殻のように、虚ろな顔をしていた。

親れいむは、居なくなった親まりさを思い出し、今無邪気に自分を見上げている子れいむを見て、涙する。
自分の、宝物。親まりさと共に築いた、世界でたった一つの宝物。
そんな我が子も、自分と同じように妖精に捕まっている。苦しんで、弄ばれて、その末に死んでしまう。
その事を思うと、悲しまずには、いられなかった。

「おきゃーしゃん?」

子れいむが不思議そうに見上げている。親れいむは餡がぎりぎり、と痛むのを感じた。

「おきゃーしゃん」

子れいむの呼びかけに、親れいむの返事はない。
涙が零れそうになる。しかし、こらえる。自分は親なのだから。おかーさんなのだから。
自分がおちびちゃんを元気づけなければ。毅然としていなければならない。そうしなければ、ならない。親は子を守るのだから。

しかし、今はそれができそうにない。

「おかーしゃん、げんきだちて」

涙が溢れてくる。こらえきれない。顔をぐしゃぐしゃに歪ませる。

「ゆ゛うううう……ゆ゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……」

親れいむは声をあげて泣き始めた。そして子れいむを抱きしめるように頬を押し付け、みっともなく目から砂糖水を垂れ流す。

「おちびぢゃん……」

かすれるような声で我が子を呼ぶ。嗚咽しながら、我が子の温もりを感じる。
これから待つであろう不幸を思い、悲しみに餡を湿らせる。

親れいむの想定していることと、実際に訪れる結果とその過程には食い違いがあるのだが、どちらにせよ、この親子に不幸が訪れることには変わりない。

「おきゃーしゃ……ゆぐっ、えぐっ、ながないで……」
「おぢびぢゃん……」

親れいむの悲しみを感じ取ったのか、それとも自分でも今の状況を理解したのか、子れいむまで泣き始めてしまった。

「ゆぐっ、えぐっ、ゆわぁぁぁぁぁん、ゆえぇぇぇぇぇん」
「おぢびぢゃん、ながないでぇ」

そう言う親れいむも、涙で顔がぐちゃぐちゃだった。
子れいむは親れいむの体に自身の顔をうずめた。柔らかい、ゆっくりできる感触に身を委ねる。
暗くて狭い空間の中、親子二匹は身を寄り添って悲しみを共有した。













それからの一ヶ月、親れいむの子れいむは暗くてじめじめとした空間に仕舞われた水槽の中で過ごした。
とっくに三妖精の頭の中からゆっくり親子の存在は消えており、一回も扉は開けられていないし、もちろん食べ物も与えられていない。
二匹はやせ衰え、元気など微塵もなく、皮も薄くなって中身の餡が透けて見えていた。

最初の数日は、初日に食いだめしたせいかなんとか我慢できた。
それでも食欲旺盛なゆっくりが数日の断食に我慢できるわけもなく、一日中空きっ腹をなだめすかす日々が続いた。
水槽の中に気を紛らわせる娯楽があるわけもなく、過ぎたる空腹が眠ることさえも阻害する。

それでも空腹を紛らわせるため、親子はかつてのゆっくり出来た日々の話をした。
親まりさがまだ居た時、一家でピクニックに行ったこと。子れいむが友達とありすと一緒によく遊んだこと。
親れいむと親まりさの思い出話。初めて会った時のこと。一緒に乗り越えた苦労の話。一緒に家を作った時の事。子れいむが生まれた時の話。
少しでも楽しませようと、手足もないのに身振り手振りその時の状況を伝えようと、身を動かす。
互いの悲しみを紛らわせようと楽しげに思い出を語る。

しかし、その結果生まれたのはゆっくり出来た過去と今の比較。
今の境遇を嘆き、過ぎたるゆっくりに思いを馳せる日々。流す涙を枯れて行き、喋る体力も無くなっていき、二匹は寄り添って水槽の中で過ごした。

ゆっくりはその旺盛な食欲と裏腹に、生きていくのに必要な食料は少ない。
これは食べ物を排泄する必要がなく、食べたものを余すことなく餡に、自分の身に変えることが出来るからであった。
だから、一ヶ月間の断食でも、まだ生きていることが出来たのだ。

水槽に入れられて何日経ったのかも分からぬほどの日々を過ごし、喋ることもままならなくなった身で、子れいむはかつてのゆっくりを空想する。
親れいむに体をあずけ、痩せこけ皮も薄くなった身で、あの広々として世界を思い出す。こんな、狭く暗い場所ではなく、明るく広大な世界を。

どこまでも続く大地と青い空。
ゆっくりを体現したかのごとき蒼穹の天蓋と純白の雲。透き通った大気。悠然と空を舞う鳥。
光が満ち、悠久を感じさせる、とてもゆったりとして、ゆっくりした世界。

子れいむが大好きだった、とてもゆっくりとした世界。それは一ヶ月経った今でも、その目に焼きついている。
いつか、またいつか。あの世界へ帰りたい。大好きなお母さんと一緒に、あの世界を駆け巡りたい。

「ゆあぁ……」

知らず、溜息が零れていた。眦からは、とっくに枯れていたと思っていた涙が溢れた。
あの風景を、もう一度目にしたい。いや、あの世界に、飛び込みたい。
空想、妄想、理想。子れいむの餡裏に蘇る、理想郷。暗く、絶望しかない今とは違う、広く、希望に満ちた過去。

叶わぬと子供ながらに分かっていながらも、叶えと願わずにはいられない、そんな願望。
幸せを、幸いを望む願いは、かろうじて砕けそうな子れいむの心を守っていた。















それが子れいむを苦しめる。心が砕ければ、どれだけ楽になれただろう。どれだけ苦しまずに済んだだろう。
とっくに希望を、生を放棄すれば、こうして親の死を悲しむこともなかっただろうに。

親れいむは餓死した。子れいむも餓死寸前であったが、タッチの差で親れいむが先に死んだ。
まだ生きている間は空腹でも、かろうじて身じろぎもするし呻いて返事を寄越した親は、子れいむがどれだけ体を揺すっても呼びかけても、反応しない。

その死んだ親の体を、子れいむは悲しみながら、涙をこらえながら食んでいる。
ゆっくりの餡に刻まれた本能。
ゆっくりは普段、同族喰いは禁忌とされている。だが、種の存続のために、死んだゆっくりならば生きた者が後を継ぐために食べるという本能がある。

いつもなら食べてはいけないと思っている考えを、今のこの死にかねない状況と、死んだ親の体が打ち砕く。
子れいむは親の死体を見て理解した。これを食べて少しでも生きながらえる事が、親れいむの供養にもなり、また自身の餡に刻まれた本能なのだと。

少しずつ、親れいむの体が欠けていく。かつて大好きだった面影が無くなっていく。
それを実感しながら、子れいむは親れいむの体を食す。一度に食べることは出来ないだろうに、それでも一息に食べようとする。
欠けた親の死体を残せば、それを見て悲しむことが分かっていたからだ。

それでも体の許容量がそれを許さない。
親れいむの体を七割ほど残しながら、子れいむは食事を終える。これ以上詰め込めば自身が危ない。体が破裂するか餡を吐きかねない。

親の死体を極力見ないようにしながら、子れいむは生き延びた日々を過ごす。
扉は開かれず、光は差し込まない。

それからの日々、親れいむの残った体を、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら噛み締めていった。
一体、何時になったら出られるのだろうか。そもそも生きて出ることは出来るのだろうか。
あの世界に帰ることは出来るのだろうか。

分からない。子れいむがそれを知りえるはずもない。
ただ一日でも長く生きる。親れいむの死骸を喰らい、生きる。
それが子れいむが選択した行動であった。生きてあの世界へ帰ると。




果たして、願い叶わず子れいむが餓死するのが先か。
三妖精がゆっくり達の事を思い出すか、水槽を閉まった場所でまた酒を作ろうかとでも考えて扉を開けるのが先か。


当然そんな事など分からない子れいむは、暗く狭い水槽で、過去のゆっくりを夢想し一日でも長く生き延びようとする。
親れいむの死骸を全て食べ終えても、未だ扉は開かれない。






おわり

────────────────
あとがきのようなもの

某ライトノベルの主人公の、過去シーンの一場面を基に書いた作品です


これまでに書いたもの


ゆッカー
ゆっくり求聞史紀
ゆっくり腹話術(前)
ゆっくり腹話術(後)
ゆっくりの飼い方 私の場合
虐待お兄さんVSゆっくりんピース
普通に虐待
普通に虐待2~以下無限ループ~
二つの計画
ある復讐の結末(前)
ある復讐の結末(中)
ある復讐の結末(後-1)
ある復讐の結末(後-2)
ある復讐の結末(後-3)
ゆっくりに育てられた子
ゆっくりに心囚われた男
晒し首
チャリンコ
コシアンルーレット前編
コシアンルーレット後編
いろいろと小ネタ ごった煮
庇護
庇護─選択の結果─
不幸なゆっくりまりさ
終わらないはねゆーん 前編
終わらないはねゆーん 中編
終わらないはねゆーん 後編
おデブゆっくりのダイエット計画
ノーマルに虐待
大家族とゆっくりプレイス
都会派ありすの憂鬱
都会派ありす、の飼い主の暴走
都会派ありすの溜息
都会派ありすの消失
まりさの浮気物!
ゆっくりべりおん
家庭餡園
ありふれた喜劇と惨劇
あるクリスマスの出来事とオマケ
踏みにじられたシアワセ
都会派ありすの驚愕
都会派ありす トゥルーエンド
都会派ありす ノーマルエンド
大蛇
それでも
いつもより長い冬


byキノコ馬

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最終更新:2022年04月16日 23:54