※原作キャラ登場注意
※ゆっくりの繁殖力がそれほど強くない設定です
※捕食種はいません











それは突然やって来た。
子れいむはそれが何なのか分からなかった。だが分からないなりに、危険な存在だという事は理解できた。
何事も無く、平和な昼下がりだった。雲一つ無い晴天で、子れいむは家族と一緒に草原に遊びに来ていた。

なんの前触れも前振りもなく唐突にやってきたそれは、群れのゆっくり達を次々と襲った。
ぱちゅりーを、ありすを、ドスまりさを襲って、殺した。
目前で繰り広げられる地獄を見ながら、子れいむは今日の出来事を無意識のうちに思い返していた。



















「ゆっくりしていってね! おひさまがでてるよっ!」

朝。子れいむは親れいむの声で目覚めた。
木の低い場所にある小さな洞。それが子れいむが生まれ育った家だ。
巣の中には子れいむと親れいむの他に、姉まりさと妹れいむがいる。親まりさはいつも子れいむが起きる時間は外に狩りに出かけている。

「ゆぅ~、ゆっくりしていってね!」

子れいむは寝ぼけ眼をしょぼしょぼさせながらも、元気に親れいむに返事を返した。
その隣では妹れいむが同じように親れいむに朝の挨拶を返していた。姉まりさは子れいむよりも先に起きていたようで、親れいむと一緒に子れいむと妹れいむが起きるのを待っていた。
『ゆっくりしていってね!!!』

そうして一家揃っての挨拶。
ニコニコと満面の笑みで円を囲む四匹のゆっくり一家。朝の挨拶はゆっくりにとって毎朝の恒例だ。
今日も一日ゆっくりできる日でありますように。そんな願いを込めて子れいむは今日も明るく声を張り上げる。

「ゆっくりただいま!」

そうしていると洞の巣の中に一匹のゆっくりまりさが入ってきた。子れいむのもう一匹の親であるまりさだった。
その頬はぷっくりと膨らんでおり、帽子もまた何かが詰まっているのか内側から押し広げられていた。

「ゆっくりしていってね!」
「まりさおかーさんゆっくりしていってね!」

子れいむは帰ってきた親まりさに駆け寄るとすりすりと頬をすり合わせた。
子れいむは親まりさの事が大好きだった。とってもゆっくり出来て頼もしくて、自慢の親だった。
今日だって子れいむが起きるよりも早くに起きて家を出て、こうして朝ご飯を集めて来てくれた。

「ゆゆ~、おちびちゃんくすぐったいよぉ。みんな、あさごはんにしようね!」

親まりさは口では嫌がりながらも口元は緩んでいる。子れいむを離そうととも子れいむから離れようともせず、口の中や帽子から狩りを成果を取り出した。
草花や小さな虫、木の実といった野生のゆっくりの定番メニューだ。それでも、ゆっくり達にとってみれば立派なご馳走である。

「ゆゆ~、まりさはとってもゆっくりできるよ~」
「ゆっくりてれるよ、そんなにほめないでねっ。みんな、ゆっくりたべるよ!」
『ゆっくりいただきます!』

親まりさの号令一家、ゆっくり一家は揃って朝食を始める。
なんてことない、いつもの光景だった。
子れいむは食事の間もずっと親まりさの側でベッタリしていた。親まりさは少し食べにくそうにしていたが、顔は嬉しそうであった。











朝食が終わった後、ゆっくり一家は家族揃って日向ぼっこに出かけていた。
ゆっくり一家が住んでいる場所は山の麓の木々が生い茂る場所で、そこから少し歩くと拓けた草原があるのだ。
そこの草原でゆっくり遊ぼうと向かっていると、他のゆっくり一家と出会った。

出会う度に「ゆっくりしていってね!」と挨拶を交わしながら草原を目指していくうちに、次々と他のゆっくり一家とも合流した。
これら皆同じ群れのゆっくりの家族である。この先の草原は群れのゆっくり達にとって憩いの場なのである。

木々が生い茂る地帯を抜け、草原へと出る。
そこには雲一つ無い青空の下、そよ風吹く一面の草原が広がっていた。雄大な自然の趣の一端をも感じられるその光景に、ゆっくり達はとてもゆっくり出来るという心持ちになった。
草原にはまだ他のゆっくりはいなかった。

「ゆゆ~♪ れいむたちがいちばんのりだよ!」

子れいむは嬉しくなって駆け出した。まだ誰も居ない草原を真っ先に駆けたかったのだ。

「ゆゆっ! おねーちゃんじゅるいよっ!」

やや遅れて妹れいむも子れいむの後を追って駆け出した。二匹が駆け出したのを見て、他の家族の子ゆっくり達も一斉に駆け出した。
年長の子ゆっくりや親ゆっくり達は、そんな子供達の後をゆっくりと追って行く。








子れいむは妹れいむと姉まりさと共に、他の家族の子ゆっくり達と鬼ごっこに興じることにした。
まずは姉まりさが鬼となり、子ゆっくり達はワッと四方八方に散って逃げ始めた。三以上の数字を数えられないゆっくりだから、鬼は三まで数えたら追い始める。

「ゆゆ~、まて~♪」
「ゆっくりまちゃないわ~♪」

たった三までしか数えなくても、そもそも一つ数えるのにもゆっくりしているのであまり問題は無い。
子れいむは姉まりさが近所の子ありすを追い始めたのを見て反転。その場で止まり跳ねながら子れいむを応援しだした。

「ゆゆ~、ありすゆっくりにげてね」
「ゆっくりにげるわっ!」

見れば他のゆっくり達も追う姉まりさと追われている子ありす以外は立ち止まって応援している。
やがて姉まりさが追う対象を変えると今度は新しく追われる対象となったゆっくりが嬉々とした表情で逃げ始める。
するとそれまで負われていた子ありすが立ち止まって二匹の応援をしだした。
一見すると理解できないが、これがゆっくり流のおにごっこなのである。非常にゆっくりとした鬼ごっこである。

「ゆゆ~、ゆっくりつかまえたよ! こんどはぱちゅりーがおにだね!」
「むきゅ~、ゆっくりおにをするわっ」

鬼である姉まりさに捕まった子ぱちゅりーが今度は三を数え始める。その間に他の子ゆっくり達はわっと散った。
後はもう、飽きるまでこれの繰り返しである。

「……ゆっ? ドスだ! ドスまりさだよっ!」

逃げている最中、子れいむはふと視界の隅で大きなものを見つけた。
そちらに目を向けてみると、それは群れの長であるドスまりさであった。
大きくて賢くて優しくて強い。これまでも群れの皆に知識を授けたり危険から守ってくれたりした、ゆっくりの守り手である。

見ればドスの周りには多くの成体ゆっくりが集まっていた。皆ドスまりさと楽しそうにおしゃべりしている。
ドスの威容は遠目で見てもハッキリと分かる。通常のゆっくりとは違うニメートルオーバーのその巨体は、尊敬と畏怖を想起させるに充分だった。

「ゆゆ~、かっこいいよ~」

子れいむが思わず立ち止まってドスまりさに見蕩れていると、

「ゆゆっ、つかまえたわっ!」

後ろから子ぱちゅりーにタッチされた。
それで子れいむはまだ鬼ごっこの最中であることを思い出し、慌てて振り向いた。

「ゆゆっ、つかまっちゃったよ!」
「こんどはれいむがおにねっ!」
「ゆっくりわかったよ、い~~~~~~~~~ち」

と、子れいむがカウントを始めた時だった。

「ゆ゛ぎゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」

草原中にゆっくりの悲鳴が響き渡ったのは。










『ゆゆっ!?』

鬼ごっこをしていた全ての子ゆっくり達は一斉に立ち止まり、振り向いた。声のした方向へ。
今の悲鳴は何なのか。まるでゆっくり出来ていない響きだった。
悲鳴が聞こえてきた方からは他のゆっくり達の悲鳴や叫び声も聞こえてくる。既に恐慌状態に陥ってるようだ。

一体何が起こったのか何が原因なのか。そんな子ゆっくり達の疑問は、三秒で解決した。
それが何なのか、最初は分からなかった。いや、それが何であるかは知っていた。ただ、知っているものとは明らかに違うのだ。
何が。その大きさだ。

それは全長十二メートルはあった。その大きな体を起こし、遠目からでもハッキリとその威容さが伝わってくる。
蛇だった。全長十二メートルという大蛇。それが悲鳴の原因だった。
そして悲鳴の理由、それは大蛇が口に咥えている一匹のゆっくりありすだった。












最初は何が起こったのか分からなかった。
突然、会話をしていた近所のありすが視界からふっと消えた。どこにいったのかときょろきょろしていると、ポタリと何かが頬に落ちた。
それにつられて上を見上げると、そこには巨大な長いなにかが、ありすを咥えている姿があった。

「ゆ゛ぎゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」

親れいむは叫んだ。そのあまりにもグロテスクな光景に。日常からかけ離れた異常に。
バックリとその大きな顎でしっかりと食われている成体のありす。既に牙が食い込んでいるところから中身のカスタードクリームが漏れ出ている。
ありすは白目を向いて「ゆ゛っ、ゆ゛っ」と痙攣し、意識は無いと思われる。

そしてなによりも、ありすを咥えている者────蛇の大きさが異常だ。親れいむはこれまでに蛇は何度か見たことがある。
だが、これほど巨大なものは見たことがない。
鎌首をもたげればドスまりさよりも高い位置に頭が来るその存在に、親れいむは圧倒された。

「ゆっ゛、ゆ゛あぁ……」

わなわなと震える親れいむの他に、他の成体ゆっくり達も異常に気付いた。にわかに騒がしくなる。
だが、どの個体も逃げようとはしない。これほどまでに巨大な者が同種を襲っているというのに。
恐怖で竦んでいるのか。それもある。だが何よりも、ドスまりさの存在があった。
ドスまりさがいればどんな危険も跳ね除けてくれる。理屈ではなく餡子の芯にそういった認識があるので、無意識的に逃げるという選択肢が無かったのだ。

だが、どれだけドスまりさが凄かろうとも、既に襲われたものを襲われる前に戻すことは出来ない。
カスタードクリームをもらして瀕死のありすはもう助からない。

バクン
「ゆ゛っ!!」

いや、瀕死も何も、丸呑みされた。大蛇は襲ったありすを、一気に丸呑みにしたのだ。
一瞬で掻き消えるありすの姿。数秒前まで一緒に仲良くお喋りしていた仲間の姿が喰われ、姿を消した。その異常さに、親れいむは涙した。
恐怖に、未知に怯え、成体になってから一度も零したことのない涙を、流した。

「ゆ゛ぐっ、ありず……。ありずがぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」

親れいむの慟哭を皮切りに、周りのゆっくり達も一斉に泣き出した。
突然に舞い降りた悲劇。日常とはあまりにも乖離したその異常性に、何よりも知り合いが殺されるという恐怖に。
そんなゆっくり達の前に、巨大な存在がその姿を押し出した。

「ゆっ! ドスに任せてね! ゆっくり出来ないヘビさんはドスがやっつけるよ!」

そう、ドスまりさだ。ゆっくりの守り手、これまでの幾度となく群れのゆっくり達を救ってきたドスまりさ。
ゆっくり達は安堵した。涙はまだ止まらないが、これでもう不幸な出来事は無くなる。
親れいむはぽよんぽよんと跳ねて下がった。ドスの邪魔をしてはいけないと。あんな大きな蛇とドスまりさが戦ったら側にいては危険でもある。

「ゆっ! ありすを食べちゃったヘビさんはゆっくり反省してね!」

ぷくぅ! とドスまりさは頬を膨らませて威嚇する。ただでさえ巨大な図体が更に大きくなる。
ゆっくり達はその姿に頼もしさを覚える。あんな大きな存在には歯向かおうという気持ちすら挫く力がある。
現に、これまでにもドスまりさが威嚇して逃げ出した者もいる。

しかし、大蛇は退かなかった。チロチロと舌を出したのみで、鎌首をもたげてドスまりさと視線を合わせたまま動かない。
ドスまりさはそれで決意した。今の威嚇で退いたり戦闘態勢を解けば許してあげるつもりでもいた。
だが、今の最後通告でダメなら実力行使しかあるまい。ドスは攻撃に移る。

蛇には踏みつけも体当たりもさして効果はないだろう。だからドスは、選択する。
一撃必殺のドスパークを。

「ゆっ! どすぱーくだよ! これでへびさんをやっつけられるよ!」

ドスまりさの口内が発光するのを見て、親れいむは狂喜した。
ドスまりさの必殺技を間近で見られることもそうだが、ドスパークが出た以上どんな者もゆっくり出来なくなる。
友達であるありすを食べた大蛇を殺すことも出来る。仇討ちが達せられると思えば喜ぶのも無理はなかった。



しかし、そんな希望は露と消え去る。

「ゆっ!?」

ドスは驚愕した。視界から大蛇が消えた。
いや違う。大蛇は頭を下げたのだ。これまでドスと合わせていた視線を下げて、大地を這うように伏せたのだ。
それでドスは理解する。大蛇の意図を。

「やめてねっ! ゆっくりしてね!」

俊敏な動きで低位置を動かれては、チャージに時間のかかるドスパークは当たらない。狙いを定めることも出来ない。
ドスまりさは懇願したが、もう遅い。大蛇はその巨体に似合わぬ速度で地を這い進むと、一瞬でドスの元へと辿り着く。
そして、

「ゆ゛っ!? ゆびぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!」

ドスまりさを、締め上げた。

『ドス!?』

親れいむ達は我が目を疑った。まさかドスまりさの巨体が締め上げられているなどと。
大蛇の大きさを考えれば考えられなくもないのだが、そんな思考は混乱状態にある餡子脳に求めるのは酷な話だ。

「ゆ゛っ゛、ゆび……ぎゅっ……ぐる、ぢ……」

ミチミチと締め上げられ、細長くなるドスまりさの巨体を見て、ゆっくり達は呆然とした。
ドスまりさがやられている光景など、見たことない。信じられない。これまで自分達をゆっくりさせてくれた、無敵のドスがやられているなどと。

凄まじい力で締め上げられるドスまりさ。太さ六十センチもの胴体によって締め上げられる巨体が悲鳴を上げる。
ミチミチと音をたて、潰れていく。帽子が落ち、目が飛び出ようとしている。一部の皮が裂け、餡子が漏れる。
口から漏れ出るのは声とも付かない呻きの音。このままでは長く持たずドスは死ぬ。
そんな、このまま締め上げれば殺せるという状態で、

「ゆびゅっ!?」
「ドスゥ!!」

大蛇はドスまりさに牙を突きたてた。
右目をザックリと抉る一撃。その巨大な顎で噛み付かれたドスまりさの顔から、徐々に生気が失われていく。

「むきゅ! ドス、ゆっくりオーラよ!」

信じられない光景の連続で混乱しているゆっくり達の内、ドスまりさの副官ともいえる存在の成体ぱちゅりーがいち早く混乱から復帰した。
そして助言する、今この状況を打破できる手段を。

ドスまりさは残った左目で承知の意を示し、ゆっくりオーラを使う。
ゆっくりオーラ。ドスまりさの周囲にいるものを強制的にゆっくりさせるドスのスキルの一つ。
それは大蛇にも通用したようだ。ドスまりさを締め上げていた大蛇の力が抜け、パタリと地に落ちた。

これで助かった。誰もがそう思った。その次の瞬間にそれは間違いだと証明される。

「……むきゅ? ドス?」

ドスまりさの死によって。
大蛇が地に落ちると同時に、ドスまりさも力を失って倒れた。
締め上げられてボロボロのその巨体が倒れ臥し、大きな音を響かせる。
倒れたドスまりさの顔に、生気は無かった。

ドスまりさの死因は大蛇の毒だった。大蛇は牙から即効性の毒をドスに打ち込んだのだ。
ゆっくり達は信じたくなかった。目の前の光景を。
しかし、理解せざるを得なかった。まるで生気を持っておらず、ピクリとも動かないドスまりさの死体を見れば。

「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆびゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」

事ここに至ってようやく、ゆっくり達は逃げ出した。
















ドスが倒れた。
遠くから大人達を見守っていた子ゆっくり達はその光景を信じられないといった目で見て、呆然としていた。
そしてすぐに起こる大混乱。集まっていた成体ゆっくり達が、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

子れいみは見た。逃げ出したゆっくり達を追う大蛇の姿を。
子れいむは見てしまった。大蛇が逃げ遅れたぱちゅりーを遅い、悲鳴をあげさせる間もなく一気に丸呑みしたのを。
見知った存在が、喰われる様を。

「ゆ゛ぎゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!! ゆっぐり゛でぎない゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!」
「だれが、だれがだづげでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」
「じにだぐないっ! じにだぐない゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!」

大人達が狂乱し、逃げ惑う。いつもの頼もしい姿はどこにも見当たらず、涙を撒き散らして走り回る。
大蛇はぱちゅりーを飲み込むと、すぐさま次の行動へ移った。
大地に伏せ、しゅるしゅると移動する。その大きさに似合わぬ俊敏さで、あっという間にゆっくり達に追いつくと、その長い体を使って数匹のゆっくりを囲った。

「ゆ゛びゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!! い゛やぢゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「だべないでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」
「ばりざおうぢがえる゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!」

囲われ、足を止めた数匹のゆっくり達があらん限りに泣き喚く。
大蛇はそんなゆっくり達に些かも斟酌せず、先ほどドスまりさを締め上げたようにゆっくり達をまとめて、その巨体で締め付けた。
今度は先ほどのドスまりさように長く苦しむことはない。締め付けられたゆっくりは、あっという間に原型を留めぬほど潰れ、餡子と皮になって死んだからだ。

大蛇は潰れた饅頭となったゆっくりの死体を尻目に、他のゆっくりを更に追う。今殺した分は後でゆっくりと食すのだ。
だから今はまず、まだ動いているゆっくりを仕留める。
大蛇がゆっくり数匹を仕留めた間に、何匹かのゆっくりは我が子の元へと辿り着いた。
子ゆっくり達は泣いてその場に立ち尽くすか、呆然としていて全く動いていなかったのだ。それぞれの子の親が子ゆっくりを連れて逃げ出していく。
子れいむの所にも、親れいむと親まりさがやって来た。
あまりにも非日常な出来事に餡子脳の理解が追いついていない子れいむは、見たことない程血相をかえた親達の姿を見て、ようやく動きを取り戻した。

「ゆゆっ! れいむおかーさん、まりさおかーさん!」
「ゆっくりしないでにげるよっ!」
「はやくおうちにかえるんだよっ!」

ゆっくりしない。そんな言葉は何時もの親からはまず出ない。つまり、それほど切羽詰ってるということだ。
子れいむは事ここに至って、ようやく恐怖と今の状況を正しく理解した。既にすぐそこまで、大蛇は来ていた。

「ゆ゛ぎゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! でいぶだべな────」
「でいぶぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!」
また二匹、喰われた。
逃げるために反転する際、ちらりと後ろを見た子れいむは、大蛇のすぐそばにグチャグチャに潰れた成体ゆっくりの死体と、子ゆっくりの死骸を見てしまった。

「ゆ゛ぅぅ……」

子れいむは目に涙が溜まるのを自覚して。自覚して、逃げなければならないという本能が体を突き動かした。
子れいむが駆け出すと、姉まりさが妹れいむを連れて合流した。

「はやくおうちにかえるよ! みんながんばってね!」

親まりさを先頭に、五匹のゆっくり一家は逃亡を開始する。目指すは山の麓の我が家だ。
ゆっくり一家が揃って頭の先を揃えたその時だった。

「あ゛ゆ゛びぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」

すぐ、後ろ。子れいむの本当にすぐ背後で悲鳴がした。

「…………ゆっ?」

振り向いた。子れいむは振り向いてしまった。
だから、見てしまった。

「れいむ、おかーさ…………」

自分の親であるれいむが、大蛇に喰われる所を。
大蛇は親れいむを牙の毒で仕留めた。即効性のその毒は、体の機能を蝕む普通の毒というよりは、命そのものを侵す妖の毒のようだった。
白目を向き、顔から生気が無くなった親れいむを、大蛇はぞんざいに地に落とした。
下手に原型を留めているため、身内が亡くなったことを、子れいむは理解せざるをえなかった。

「おっ、おかーさ────」

呆然とする子れいむのリボンを親まりさが引っ張った。グイッと引かれる子れいむ。そのまま子れいむは親まりさに咥えられたまま宙を浮いた。
親まりさが子れいむを咥えたまま逃げ出したのだ。
あと一瞬親まりさの判断が遅ければ子れいむは死んでいた。
大蛇はターゲットに定めていた子れいむが消えたことで、すぐそばにいた子ありすと子ぱちゅりーに襲い掛かった。

「ぱちゅり゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!」

さっき、鬼ごっこをしていた子ありすと子ぱちゅりーだ。子ありすは子ぱちゅりーが丸呑みにされる様を見て、そのすぐ後同じように丸呑みにされた。
親まりさに咥えられたまま、遠ざかるその光景を見た子れいむは、遂に泣き出した。
親を、大好きだった親を失った。いつも優しかった親れいむが死んだのを、目の前で見てしまった。死に顔を、直視してしまった。
友達を、いつも一緒に遊んだ仲のいい友達を失った。無慈悲に丸呑みにされて消えていくのを見てしまった。
これで、精神年齢の幼いゆっくりの、それも子供であるれいむが耐えられないわけがない。

「ゆ゛ぐっ、ゆぶっ、ありず……ばじゅり゛ー……れいむおがぁざん……ゆ゛え゛ぇ゛、ゆ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!」
「ゆぐっ、ながないでね゛っ、ゆっぐりなぎやんでね! ばりざもがなじいよ゛っ」

涙が尾を引くように宙に飛び、親まりさも嗚咽をこらえるように子れいむに言い聞かせる。
姉まりさも今にも泣き出さんばかりにぐずっており、妹れいむに至ってはわんわん泣きながら走っている。
いや、既に逃げているゆっくりの中で泣いていない者はいない。皆このあまりにも理不尽に、唐突に訪れた地獄に耐えられないのだ。
知り合いが、身内がどんどん死んでいく、自分も足を止めれば死んでしまう、この地獄に。

「や゛べでぇ゛ぇ゛!! ありずはおいじぐない゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「ありずがぁ゛ぁ゛ぁ゛!! やべでね゛っ! だべないでね゛っ!」
「むぎゅぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!」
「だじゅげでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」

後ろから絶え間なくゆっくりの悲鳴が響く中、親まりさに咥えられた子れいむは木々を見つけた。木々が生い茂るあそこに入れば、家はもうすぐそこだ。
あそこに入れば大蛇とて簡単には自分達を見つけられまい。
子れいむは僅かな希望の光を見出した。家に帰ればこの悪夢は終わると信じきっている。

それは浅はかだろうが、少なくとも、子れいむの心の安定を保つには役に立った。
あともう少し。数多くのゆっくりが背後で死に絶えていく中、もう少しで木々の中に入るところまで来た。
その時、悪夢は再び牙を向く。

「ゆっ?」

子れいむは唐突に宙に投げ出された。さっきまで親まりさに咥えられていたのに。
急に口を離されたかのように、宙を舞った。地面に落下し、「ゆぶっ!」と潰れた悲鳴をあげながら、顔面を痛みを堪えて起き上がる。
何が起こったのか。後ろを振り向いた子れいむの心のダムが決壊した。

「ばりざおがぁざぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん!!!!」

親まりさが、大蛇に襲われていた。恐らく、大蛇の接近を察知し間一髪で子れいむを放ったのだろう。
親まりさは、体半分既に飲まれている状態で、涙混じりに叫んだ。

「おぢびぢゃん、にげでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」

その言葉も最後の方は大蛇の体内に飲み込まれていた。
親まりさを一飲みした大蛇の紅い双眸が、子れいむを貫いた。もう、子れいむは逃げる事叶わなかった。
子れいむにはもうそこまでして生き残ろうとする心が無かった。心のダムが決壊し、奔流する悲しみが、現実から逃避させ体を動けなくした。
もう、後は喰われるのみ。そのはずだった。事実、大蛇は子れいむを喰おうとした。
しかし、

「でいぶにげでっ!!」

子れいむの前に躍り出た姉まりさがそれを阻止した。
子れいむはその言葉に何も返すことが出来なかった。ただ、目の前で姉まりさが、親まりさと同じように飲まれるのをただ見ていることしか出来なかった。
ただ、飲まれて消える姉まりさの目が、「いもうとをつれてにげてね!」と言っているのを理解出来ただけだった。

────おねぇぢゃん…………っ!

子れいむの決壊したダムが、ボロボロでありながらも再建された。命を張って親と姉が救ってくれた命。
大好きだったまりさお母さん。いつもかっこよかったまりさお姉ちゃん。自分を助けてくれた二人の意志を、無駄には出来ない。
子れいむは隣で同じように泣きじゃくって立ち止まった妹れいむのリボンを咥えると、全力で家へと向かって駆け出した。
大蛇はそれを何もせず見送ると、まだ木々の中へ逃げ込めていないゆっくりを襲い始めた。

『ゆぎゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!』
























子れいむは妹れいむと共に、なんとか木の洞の巣に逃げ戻ることが出来た。
巣に戻った子れいむと妹れいむは、家に帰ったという安心感から、ひたすらに泣いた。

「でいぶおがぁ゛ぁ゛ぁ゛ざぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん!!!」
「ばりざおがぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ざぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん!!!」
「みんな゛がぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

二匹はひたすら、ひたすら気が済むまで、気が済んでも泣いた。
今日はいつもと同じく、楽しい一日になるはずだったのに。つい数十分前まで、楽しく遊んでいたのに。
あっという間に友達を、家族を失った。その事実、惨劇、悲劇への処理を、二匹は泣くことしか知らなかった。

どれだけ泣いていただろうか。二匹はわんわん泣いていたのを、徐々にぐずり泣く方へと移行させて、心の平穏をなんとか保った。
そうして気付いた。ゆっくり達の巣が多くある木々の中から、今尚ゆっくりの悲鳴が聞こえることに。

「ばりざ、ばりざだづげでっ! でいぶ、でいぶじにだぐな────!!」
「でいぶがぁ゛ぁ゛!! でいぶがじんじゃっだぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「ばりざのあがぢゃんがぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「おうぢにがえじでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」

木々の間から巣の中まだ聞こえてくる悲鳴に、姉妹二匹は身を寄せ合って震えた。
まだ惨劇は終わってない。その事実にまた折れそうな心を、姉妹で支えあう。
巣の片隅で身を小さくして、ただ悪魔が通り過ぎるのをジッと待つ。

どれだけの間、そうしていただろうか。
目をギュッと瞑ってひたすら身を小さくしていた子れいむは、いつの間にか外が静かになっている事に気付いた。
目を開けて、何も起こっていない事を確認する。そしてつい、と外を見やり、誰も居ないことも確認する。
そうしてしばらく耳を澄ませて、何も聞こえない事を確認する。

十秒、二十秒、三十秒…………一分。
何も起こらない。何も聞こえない。
そうして、そうしてようやく。子れいみは悪夢が過ぎ去ったと認識した。

「ゆぐっ、えぐっ、よがっだ……ゆっぐり……ゆっぐじ……」

安堵し、ようやく地獄から解放された安心感で、子れいむはまた涙した。
大好きな両親を、姉を失った。一緒に遊んだ友達を失った。それでも、それでも子れいむは今こうして生きている。妹と共に。
その幸せを一緒に噛み締めたくて、子れいむは傍らにいるであろう妹れいむへと顔を向けた。

そこに、妹れいむは居なかった。

「ゆっ!? ゆゆっ!!」

バッ、バッと巣の中に視線を向ける子れいむ。顔を四方八方に向け、妹れいむを捜す。
だが、どこにも妹れいむがいない。つい先ほどまで側にいたのに。
まさか外に行ったのか。子れいむは嫌な予感を覚えて外へと視線をやった。
そこに、

「ゆ゛っ……お゛、お゛ね゛……ぢゃ…………」

体中から餡子を漏らして死に掛けた、妹が居た。

「ゆ゛っ…………?」

子れいむが思考停止したその隙に、子れいむはバクリと喰われて姿を消した。
巣の外からは、あの紅い双眸が子れいむをジッと見ていた。
チロチロ、と長い舌が口から出したソレが、巣の中の子れいむを〝掴んだ〟。

「蛇相手に隠れるなんて、無意味だよ」

















この日、ゆっくりの群れの一つが全滅した。



















ゆっくりの群れを壊滅させた一人の妖怪が山の麓から草原へと姿を現した。
それは蛇の妖怪だった。外の世界では伝承も文献も全て失われて忘れ去られた妖怪だ。
隠れること、見つけることに特化し、人間の食べ物、特に甘味などの嗜好品を喰らう傍迷惑な妖怪だった。

つい先日幻想郷に流れ着いたばかりの、新入りである。
妖怪は露出の高いくノ一のような黒い装束を着込んでおり、その表面は鱗のような模様でてかっている。
双眸は紅く光っており、チロチロと長い舌を口から出し、開いた口の隙間から八重歯が垣間見える。

「あーっ、喰った喰った」

満足そうに腹をさするその妖怪の少女は、今のような人間形態と大蛇形態、自由に変化出来る。
その両方の特性を活かして、よく人間の食べ物を盗み食いしたものだ。

そんな、豪勢な食事を終えて、満足そうに歩いている妖怪の少女の眼前に、一人の人間の少女が現れた。
腋を露出させた、紅白の巫女衣装を着込んだ少女であった。

「ちょっとそこのアンタ」
「えっと、私?」
「アンタしかいないでしょう」

未だ餡子の臭いが立ち込める草原で、紅白巫女少女は蛇妖怪少女に詰め寄る。
その口調には、明らかな怒りが感じて取れた。

「えっと、貴女博麗の巫女さんですよね? 私何かしました? 人間襲ってませんよ?」
「問答無用」

本当に問答無用だった。巫女少女は至近距離から弾幕を放った。
蛇少女は咄嗟に飛翔しそれを避けつつ、懐から数枚のカードを取り出した。

「えぇ!? まったく! こっちの決闘は初めてだってば!!!」


















数分後、そこには巫女少女にボッコボコにされた蛇少女の姿が!

「いった~、何するのさ」
「喰いすぎ!」
「ハッ?」
「ゆっくりの事よ! 一人で群れ全部食べるとか何考えるの!」
「えっ? えっと、つまり……?」
「独り占め禁止!」
「あっ、そうですか…………」





















一つの群れが全滅したこの事件は、次に発行された『文々。新聞』の片隅に載ったが、人々の話題にはとんとのぼらなかった。
所詮、ゆっくりの存在などその程度である。






おわり



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これまでに書いたもの

ゆッカー
ゆっくり求聞史紀
ゆっくり腹話術(前)
ゆっくり腹話術(後)
ゆっくりの飼い方 私の場合
虐待お兄さんVSゆっくりんピース
普通に虐待
普通に虐待2~以下無限ループ~
二つの計画
ある復讐の結末(前)
ある復讐の結末(中)
ある復讐の結末(後-1)
ある復讐の結末(後-2)
ある復讐の結末(後-3)
ゆっくりに育てられた子
ゆっくりに心囚われた男
晒し首
チャリンコ
コシアンルーレット前編
コシアンルーレット後編
いろいろと小ネタ ごった煮
庇護
庇護─選択の結果─
不幸なゆっくりまりさ
終わらないはねゆーん 前編
終わらないはねゆーん 中編
終わらないはねゆーん 後編
おデブゆっくりのダイエット計画
ノーマルに虐待
大家族とゆっくりプレイス
都会派ありすの憂鬱
都会派ありす、の飼い主の暴走
都会派ありすの溜息
都会派ありすの消失
まりさの浮気物!
ゆっくりべりおん
家庭餡園
ありふれた喜劇と惨劇
あるクリスマスの出来事とオマケ
踏みにじられたシアワセ
都会派ありすの驚愕
都会派ありす トゥルーエンド
都会派ありす ノーマルエンド

byキノコ馬

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最終更新:2022年04月16日 23:55