集落の付近を探索して数十分。
(なんでこんなところにコインが...助かったからいいけど)
御坂美琴は、探索の末に得られた成果であるコインを懐にしまったところで、己を取り巻く違和感に気が付いた。
いや、それは違和感などという曖昧なものではない。
異臭。ともすれば生理的嫌悪を抱くモノに近い。
まさか、毒ガスかなにかだろうか、と何者かの襲撃を予感し御坂は戦闘態勢に入る。
チラリ、とレーダーへと目を移すが、変わった反応は無し。
自分の普通の首輪とありくんの赤首輪の反応、それぞれ一つだけだ。
だが、レーダーの探知しない距離から敵を害する方法などいくらでもある。先に挙げた毒ガスなんかがいい例だ。最初に罠を設置しそこに誰かがかかればいい。
御坂の緊張は自然と高まり、戦闘の予感に冷える頭の一方で心臓の動悸が早くなる。
ありくんもまた、己の緊張感が高まるのを実感する。
―――バレたらどうしよう。
尤も、彼のソレは御坂にこの匂いの主が自分であることがバレたらどうしようという不安からだが。
御坂が嗅ぎ取った異臭は、前話にてありくんがHSI姉貴の写真に欲情した際に発射されたエキス、即ち精液のものである。
生理的興奮から年頃ならば誰しもが自慰してしまうものだが、もしそれを他者の面前で行えばその先は想像に難くない。
手に入れた信頼は変態の烙印と共に凋落し、二度と表社会を大手を振って歩けなくなる。
いくらありくんとはいえその程度のことは理解しているつもりだ。
一時のリビドーに身を任せて果ててしまったが、それはそれ。この島にいるらしいHSI姉貴と共に脱出するにはこの御坂という貧乳だが強そうなJCからの信頼を損ねる訳にはいかない。
どうにかしてごまかさなければ...
「ねえ」
かけられる声にビクリと震えあがる。
「やっぱり、あんたも気が付いてたんだ。なにか変な臭いがするって」
バレた訳ではないことにホッとしたのも束の間、御坂は偽HSIさんの手を取りジーッと見つめ、次いでクンクンと匂いを嗅ぐ。
身体が貧しいとはいえ美少女が己の精液の匂いを嗅いでいるこのシチュエーションに、ありくんは再び股間に手を当て動かしかけるが、しかしどうにか思いとどまる。
「...やっぱり、ここからだ。なにかもの凄いベタベタしてるし」
気付かれた―――いや、まだだ。
まだ御坂はその正体にまで至っていない。それはそうだ。
いくら小型犬サイズとはいえ、ありが欲情して自慰するなど想像もつくはずもない。
だが、偽HSIさんがありくんを抱いてたらかけられたとでも告げればそれだけでも不信感を抱かれる。
射精がバレずとも何故かベトベトな粘液を発射する生物など溜まったものではないだろう。
「ねえ、あんたなにか心当たりない?」
御坂はHSIさんに問いかける。
マズイ。彼女が正直に答えればもう言い訳が聞かなくなってしまう。
頼むから答えてくれるな、頼むから!
HSIさんはコクリと無言で頷いた。
終わった...とありくんはしょんぼりと身をすぼませた。
これから自分は御坂に『キモイのよ変態あり!』『虫けらの分際でそんな汚いモノみせるな!』『私に近づいたら黒こげにするからね、変態!』と一方的に強く罵られ、今後は養豚場の豚に群がる小蝿を見るかのような冷めた眼で見られるだろう。
いや、まあ、そのシチュエーション自体はおかずにできるので悪くないが、この殺し合いで味方を失うのはヤバイ。
どうする、どう答えれば逃れられる―――!
だが、ありくんの予想とは裏腹に、偽HSIさんはありくんではなく後方の大木を指差した。
「あの樹の樹液に触ったの?」
無言で頷く偽HSI。
「そっか。...ごめんね、なんか変に騒ぎ立てちゃって。けど、ああいうのは肌がかぶれるかもしれないから無闇に触っちゃダメよ」
無言で二度頷く偽HSI。
御坂はそれきり異臭のことには触れなかった。
―――助かった?
ありくんは思わずパチクリと目を瞬かせた。
信じられない。完全に詰みだと思っていたが、何故か偽HSIさんは嘘を憑きありくんを庇ったのだ。
困惑するありくんの意図を察したのか、偽HSIさんはありくんを見つめ、Vサインで答えを示す。
―――HSIさん...!
ありくんはHSIさんにひれ伏した。
愛しのHSI姉貴にクリソツなだけではなく、彼女の腕の中であさましいことをした自分を庇ってくれた菩薩の如き器の大きさに感激したのだ。
「なにやってるのよ。写真の子を探しに行くんでしょ」
そんな事情を知らない御坂が溜め息をつきつつ後方の二人へ呼びかけたその時だ。
「あっ」
レーダーが反応する。
何者かが近づいてきている証拠だ。
その色は赤。人外を示すものである。
(赤首輪か...どうしよう)
御坂は赤首輪とて殺すつもりはない。
ここにいるありくん同様無害な者もいるのなら尚更だ。
しかし、もしもあの主催の男が言っていた吸血鬼のような怪物ならば、無警戒で接触する訳にもいかないだろう。
(どの道、会ってみなくちゃわからないか)
果たして現れるのは彼女達にとって友好的な者か、それとも火種となる者か。
やがて現れたのは、金髪の男。
凍りつく目ざし、黄金色の頭髪、透き通るような白いハダに男とは思えないような妖しい色気...
まるで芸術品のようだと御坂は場違いな感想を抱いてしまった。
「きみも参加者だね?私の名はDIO...きみは?」
「...え?あっ、み、御坂美琴」
呆けかかっていた御坂だが、DIOの言葉に意識を引き戻される。
見惚れていた、というよりは吸い込まれていたと評するのが正しいだろう。
しかし、DIOに意識を奪われていたのは、なにも外見が好みだったからとかそういう意味ではない。
御坂とて、学園都市で多くの人間と関わってきた人間だ。その中には当然、所謂美人やイケメンと呼ばれる者達も大勢いる。
確かにDIOもそういった者達にひけをとらない美貌と肉体を有している。
だが、彼から感じるのはそんなモノではなく、もっとおぞましく、それでいて神秘的ななにか。
何者にも塗りつぶされない漆黒の真珠とでもいうべきだろうか。とにかく得体のしれないものを感じていたのだ。
「御坂美琴か。後ろの彼女は?」
偽HSIさんは相変わらず答えない。だが、今までとは違い、ピースサインは作らず、眉を吊り上げDIOを睨みつけている。
「答えるつもりはないか...まあいい。私はこの殺し合いからどうにか脱出したいと思っている...少し、力を貸してもらえると嬉しいのだが」
言葉自体はなんてことのない普遍的な協力要請だ。
しかし、御坂はほぼ反射的に警戒態勢をとると共に左手に電気を走らせていた。
なにか確証があったわけではない。
しかし、この男と相対しているだけで直感していた。
この男を己の領域へと招いてはいけない、これ以上近づかせるのは危険だと。
「なんのつもりだ?」
「勘違いなら謝るわ。けど、あんたは『普通じゃない』。赤首輪だからとかじゃなくて、もっと根本的に私とは違う気がする」
「ほう。わかるか。ならば隠していても仕方がない。私は吸血鬼だ。その気になればきみを捻り殺すことなど容易い」
「ッ!」
ざわりとDIOの髪が蠢き、醸し出す威圧感は更に邪悪に変貌していく。
御坂の警戒心は一気にピークに達し、いつでも電撃を放てる構えをとる。
間違いない。コイツは、そこらのチンピラ同然のスキルアウトなんか比にもならない程の、純粋なる『悪』だ。
「動かないで!それ以上近づけばあんたを撃つ!」
「そんなに怖がることはないじゃあないか。安心しろよ、御坂美琴」
微笑みを浮かべつつも、DIOはゆっくりと御坂へと歩み寄っていく。
かけられる言葉は声音も合わさりとても甘く優しいものに思える。
だが、それを信頼することはできない。信頼できないのに、それに身を委ねてしまってもいいと思えることがなお恐ろしい。
電撃を身に纏わせバチバチと放電をするも、威嚇にすらなりはしない。DIOは変わらず御坂へと歩み寄ってくる。
「...警告はしたわよ!」
単純にDIOを倒そうとしたのか、それとも恐怖に押しつぶされたのか。
御坂自身、どちらも確証は持てなかったが、攻撃事態は驚くほど冷静に放つことができた。
ここに連れてこられる前にも、学園都市レベル5第4位の麦野沈利率いる『アイテム』や学園都市レベル5第一位の一方通行等々、命のやり取りの経験を積んでいたのが活きたのだろう。
放たれる電撃の威力は、かつて一方通行へと立ち向かう御坂を止めようとした上条当麻へと放ったものと同レベルだ。
まともに当たればロクに動けやしない。それは吸血鬼であるDIOとて同じことだろう。
「なるほど。中々の威力だ。私の部下にもここまでの威力を出せる者はそうはいない。きみさえよければ部下に欲しいくらいだ」
だが、如何な攻撃でも当たらなければ意味は無い。
何時の間に移動したのか、前方にいた筈のDIOの声が御坂の右方から耳に届く。
「しかし、引き金を引いた以上、その代償は払うべきだ」
ドスリ。
慌てて振り向くのと同時、ぐっ、と小さく呻き声が漏れる。
「ぁ...」
「言っただろう?私は吸血鬼だ。こうやって他者から血を吸い取ることで空腹を満たしている」
御坂は絶句した。
喉に刺さっていたのは、DIOの中指と人差し指。
「ふむ。中々悪くない血だ。しかし微妙にしっくりこない気もするのは残念だ。例えるならイタリアンピッツァに乗せられたブディーノといったところか」
御坂の隣にいた少女、偽HSIさんの虚ろな目が御坂を見つめていたのだから。
「なにをしてんのよ、あんたぁぁぁぁぁ!!」
怒りのままに電撃を放とうとする御坂の視界に、しかし黒い影が映り込む。
その数は、10、20...いや、咄嗟には数えきれないほどの軍勢だ。
その正体はあり。大量のありだ。
そしてそれを指揮するのは、ここまで存在感を消していたありくん。
彼は、万が一DIOが危険人物だった時の為、ひっそりと近場の影に身を隠していたのだ。
「ムゥッ」
流石のDIOも突然のありには少々驚愕し、つい偽HSIさんを離してしまった。
DIOの脚に大量のありが纏わりつき彼の動きを封じる。
その隙を突き、幾分か冷静になった御坂はHSIさんを回収しすぐにDIOから距離をとる。
咄嗟に呼吸と出血箇所を確認する。
見た目ほど重傷ではなく、正当な手当をすれば助かる見込みは高い。
御坂はホッと胸を撫で下ろした。
(助かった...あのまま撃ってたら、この子まで巻き添えにしちゃうところだった)
あの至近距離で電撃を放てば、HSIさんの巻き添えは免れない。
ありくんが御坂よりも早く攻撃に転じてくれたのは幸いだった。
「待っててね。あいつをどうにかしたらすぐに手当するから」
心配そうな目で見つめる御坂へ、HSIさんはやはりピースサインで応えた。
DIOの脚に纏わりついたありたちは、DIOの脚に齧りつき、中には剣で刺したり、火を噴いたりしてDIOを攻めたてる。
ありくん自身もまた、小型の機関銃染みたなにかで攻撃に加わる。
「虫けら如きがこのDIOに歯向かうか」
ありくんは怒っていた。
偽者とはいえ優しいHSIさんを傷付けられ、怒りに満ち溢れていた。
その怒りが、御坂の電撃が発動する前への攻撃に繋がり、結果的にはHSIさんの命を救ったのだ。
「だが、いくらありが群がろうとも無駄無駄無駄ッ!」
しかしDIOも黙ってやられる男ではない。
腕で払い、潰し、剣や火を両こぶしで弾き。受けるダメージを最小限に抑えている。
次々に剥がされていくありたちに、さしものありくんも冷や汗をかいてしまう。
だが、負けるわけにはいかない。偽者とはいえ優しいHSIさんを傷付けた罪、必ず償わせてみせる。
「ふんっ、まるでゴミだな。所詮はありごときがこのDIOに歯向かうこと自体が間違っているのだ」
「なら、そこに常盤台の超電磁砲が混じればどうかしら」
DIOの視界の端に移るのは、コインを指に挟みこちらへと向ける御坂の姿。
ありくんは御坂のしようとしていることを何となく察し、万が一のことがないようにDIOから距離をとり御坂の右方に並び立つ。
先程はHSIさんを巻き込みかけたが今は違う。
冷静さを取り戻し、範囲を狭め群がるありを巻き込まないようにできる。
「食らいなさい、DIO!」
放たれるは、彼女の通り名を表す得意技。『電磁砲(レールガン)』。コインを電磁誘導で高速の3倍以上で撃ちだす技である。
彼女の通り名を知らぬ者でも見ずともわかるだろう。アレをまともに受けるのはマズイ、と。
だが、DIOは違う。
電磁砲の危険性を直感しながらも、不敵な笑みを浮かべているのだ。
「マヌケが...知るがいい。このDIOの前では、虫けらも電撃使いも等しく路傍の石にしかすぎないことを」
そして電磁砲は放たれる。眼前の醜悪な吸血鬼、DIOを倒すために。
「『世界(ザ・ワールド)』」
カラン。
「...!?」
御坂は己の目を疑った。
あり達に纏わりつかれて動けなかった筈のDIOが、何の前振りもなく姿を消してしまったのだから。
瞬間移動?いや違う。それならありたちもどこかへ行っているはずだ。
だが、あり達はDIOのいた場所にいる。見た限りでは全く減っていない。
ありたちは纏わりついていた相手を探すかのように、辺りをうろうろと蠢いている。
(そういえば、さっき何かが落ちたような...)
御坂の耳が確かなら、さきほど何かが地面に落ちた音がした。
それを示すように、先程までDIOのいた場所にはなにか円形のものが落ちていた。
「...?」
御坂は疑問を抱きつつも、落ちたソレを手に取り検める。
(これ、どこかで見たような...)
その答えに辿りつく前に、御坂の指はボタンのようなでっぱりに触れてしまう。
『おめでとうございます!あなたは見事赤首輪赤い首輪を手に入れました!』
そんな陽気で場違いなアナウンスがファンファーレと共に鳴り響く。
そこで、御坂はようやく既視感の正体に気が付いた。
これはつい先ほどまでDIOも着けていた赤い首輪である。
(殺しちゃった...のかな)
姿が見えないということは、先程の電磁砲で身体ごと消し飛んでしまった。そうとしか考えられない。
流石にそこまでの範囲では放っていない筈なのだが、いまの御坂にそこまで考慮する暇はなく。
ただ、後からやってくる罪悪感と嫌悪感に苛まれるだけだ。
(やっぱり、いいものじゃないわね)
御坂はこれまで多くの死闘を繰り広げてきた。
しかし、そのいずれの戦いも敵の命まではとらなかった。
だから、御坂としてはDIOも少し痛めつけて降参してくれればそれが一番だった。
だが、それは敵わず。結局、こうしてDIOを消し飛ばしてしまったのだから、如何な理由があろうとこれは殺人である。
「...あの子を手当しないと」
重くのしかかる罪という名の十字架を噛みしめつつ、御坂はHSIさんの手当のために顔を上げる。
パチ パチ パチ
そんな彼女の耳に届いたのは、一定の間隔を置いた、小馬鹿にするような拍手。
慌ててふりむけば、そこには五体満足で微笑むDIOの姿が。
「あんた、どうやって...!」
御坂は驚愕しつつも、殺していなかった事実に無意識的に安堵し胸の重みがスッと消えていくのを実感した。
「まあいいではないか。そんなことより...」
DIOが指差した方を見れば、巨大な黒球がいつの間にか現れていた。
パッ、と液晶に光が灯り、御坂のデフォルメされた画像の横に『ビリビリ』という文字が並べられる。
「な、なによコレ」
「おそらく奴が言っていた赤首輪殺害への報酬という奴だろう」
「そっか、これが...」
DIOの言葉に違和感を抱いた御坂は思わず言葉を噤む。
これは赤首輪の参加者殺害の報酬?
(じゃあ、なんでDIOは生きているの?)
DIOへと視線を戻し、首を確認。首輪は―――ある。相変わらずの赤い首輪だ。
彼が首輪を外した訳ではない。
じゃあ、この首輪は?
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
「どうした?そんなに浮かない顔をして」
御坂の背に冷たいものが走る。
そんなバカな。
ここにいた赤首輪の敵はDIOだけだ。
もう一人の『彼』は自分の隣にいたはずだ。
だから、巻き込むなんてありえない。首輪があの位置に落ちるのもあり得ない。
なら、この首輪は―――
「『君があのありを殺した』報酬なんだ。もっと素直に喜べばいいじゃあないか」
必死に目を背けていた事実を突き付けられた御坂の膝は、ガクリと力なく地に垂れた。
【ありくん@真夏の夜の淫夢派生シリーズ 死亡】
『めにゅ~
1.元の世界に帰る。
2.武器を手に入れる
3.情報をひとつ手に入れる。
4.その他(参加者の蘇生は駄目よ)』
「なるほど。赤首輪の参加者を殺しても脱出以外の道もある、か」
項垂れる御坂を余所に、DIOはまじまじと黒球を見つめたり画面に触れたりと興味深げに観察する。
「ふむ。どうやら殺した本人しか操作が出来ないようだ。そして私が思うに、これは制限時間がついている筈だ。ずっと放置する意味もないからな。これが消えてしまう前に早く一番を押すといい」
動こうとしない御坂の腕を掴み、無理やり画面に触れさせようとする。
バチリ。
DIOの左腕に電流が走り、突然の痛みに思わずDIOの顔が歪む。
「あんた...なにをしたぁぁぁぁぁ!!」
御坂は己の電撃能力を応用し、土から砂鉄を引き寄せ、みるみる内にその手に砂鉄の剣が模られる。
怒り。悲しみ。困惑。恐怖。絶望。無力感。罪悪感。その他諸々。
ぐちゃぐちゃの感情の渦に奔流されながらも、彼女はいまやらなければならないことは理解していた。
―――この男は、必ず倒さなければならない。
感情の赴くままに振るうは、チェーンソーのように振動する剣。
舌打ちと共に弾こうとしたDIOの右腕に切れ込みが入り、肉を切裂く感触が剣を通して御坂にも伝わる。
その嫌悪感に浸る間もなく、DIOの右腕を半ばほどで断ち、胴へと迫り―――
「図に乗るんじゃあない、小娘」
高速で放たれた拳が御坂の顔面を捉え後方へと大きく吹き飛ばす。
激痛と共に鼻血が吹き出し、歯は数本吹き飛ばされ、唾液と血の混じった液体が空を舞いつつも、御坂は必死にDIOを見据える。
左腕は痺れ、右腕はたったいま切り裂いた。
だというのに放たれたこの拳はなんだ。
激痛と困惑に惑わされながらも、御坂は見た。DIOの傍に立つ、守護霊の如き像を。
それこそはDIOのスタンド、『世界(ザ・ワールド』である。
DIOはフン、と鼻を鳴らし千切れかけた右腕の切断面同士をスタンドにつけさせる。
すると、たちまちに彼の皮膚と血管のようなものが蠢き修復されていく。
「こんなものは容易く治る。...さて。きみはこれでもまだ私を倒せるつもりかな?」
「......」
御坂は答えられない。
相手の能力の正体が皆目見当がつかない。現状ではどうまかり間違っても御坂の勝ちの目は薄い。
「仮にきみが私に勝とうというなら、ここは大人しく恩恵を受けるべきだと思うが」
「ふざ、けんじゃ、ないわよ」
顔面を苛む激痛に、ありくんを殺してしまった罪悪感に耐えながらも御坂はフラフラと立ち上がりDIOを睨みつける。
本当は今すぐにでも泣き出したい。投げ出したい。楽になりたい。
DIOの言う通り、脱出し一度体勢を立て直しリベンジするという言い訳染みた考えがよぎらなかったとも言えなくない。
だが、この男を野放しにしておけば、今度はこの会場にいる上条や黒子が危険に晒される。
そんなことはあってはならない。許さない。
だから御坂は立ち上がる。彼らの道を切り開くために、いまの痛みを耐え抜く。
例え自分が死のうとも、せめて彼らが少しでも有利になれるように手傷の一つも負わせてやる。
「そうか。...もう少し利口なら長生きできたというのに...残念だ」
もはや自分で戦うこともないとでもいうのか、DIOは側に侍らせていた『世界』を御坂へと向かわせる。
(ごめん...面倒なこと押し付けることになるかも)
この場にいない、この会場のどこかにいるあの二人に内心で詫びながら覚悟を決める。
フラつく身体に鞭うち御坂は電撃を放つ。
だが、頭部にダメージを負った御坂の身体では、脳が正常に働かず正確なコントロールはとれず、『世界』はあっさりと電撃を掻い潜る。
そして、ほとんど無防備な御坂の腹部に拳を数発叩き込み吹きとばし、身体は地面を数バウンドしてようやく止まった。
御坂はピクピクと痙攣するのみで立ち上がれない。
もはや勝負ありだ。
「さて。では血を頂こうか」
悠然と歩み寄るDIOは、しかし足に違和感を覚え動きを止める。
「なに?」
見れば、いつの間にか大量のありがDIOの脚に纏わりついている。
「チィッ、虫けら風情が」
群がるありを蹴散らし踏みつぶす。
だが、ありたちは怯むことなくDIOへと立ち向かう。
ありくんの仇をとらずにはいられないとでも言うのだろうか。
くだらない。なんの策もない虫けらに、このDIOがなぜ倒されようか。
幾度かありを払い終えて、DIOは気が付く。
動けない御坂を担ぐひとつの影。偽HSIさんが、御坂を連れて逃げ出そうとしていることに。
偽HSIさんは血を吸われたにしては早く、あっという間に距離が空いていく。
(なるほど。それが目的か)
ありたちの目的はDIOを倒すことではなく足止めすること。
ありくんが消え去るその間際まで偽HSIさんを想っていたお蔭で、ありくんネットワークにインプットされた偽HSIさんへの愛に殉じた結果である。
そして、その目的はほとんど達成されつつある。
「フンッ、まあいい。奴如きはいつでも殺せる」
わざわざ死にかけの子供如きを追いかける必要はない。
いまは、この帝王DIOに歯向かう愚か者を一掃するまでだ。
「...だが、このDIOはただでは逃がさんぞ」
DIOは、遠ざかっていく偽HSIさんたちを見つめる。
距離は『世界』の射程範囲を超えており、飛び道具の支給品も持ち合わせていない。
だが、そんなことは大したことではないと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべ、そして―――
☆
「ん...」
上下に揺られる振動に、御坂は目を覚ます。
あのDIOの操る人形に殴られたところまでは覚えているが、そこから先は曖昧だ。
現状を整理するためにキョロキョロと辺りを見回してようやく把握する。
いま、自分は何者かに担がれていることに。
顔をあげれば、視界に移るのはウサ耳で、担いでいる者の正体は偽HSIさんであることは容易く察することができた。
「ご、ごめん...もう大丈夫」
偽HSIさんに下ろしてもらい、周囲を改めて見渡す。
DIOどころかレーダーにも反応はない。
助かった―――いや、彼女に助けられた。
「...ありがとう。あんたもさっき血を吸われたっていうのに」
御坂のお礼にも、偽HSIさんは答えない。だが、応えるために震える腕を掲げようとする。
程なくして力を無くし前のめりに倒れそうになるのを、御坂は慌てて受け止めようと手を伸ばす。
(そんなに無理して応えようとしなくていいのに)
殺してしまったありくんのことを考えるととても楽にはなれないが、こうまでして助けてくれた偽HSIさんには幾らか心が救われていた。
まだ会って間もない間柄だが、今度は自分が彼女を支えなくちゃ。
ベトリ。
そんな想いで突き出した御坂の両手が赤に染まる。
「え?」
信じられない、といった形相で己の両手を見つめる。
(なによ、これ。血を吸われたのは首筋でしょ?)
じゃあこれはなんだ。この鉄の匂いがする、どろどろとした赤いものは。
御坂は偽HSIさんの腹部へと目をやる。その、開けられた穴からとめどなく流れ出す赤色に絶句した。
「あんた、こんな怪我で私を」
現実逃避をするよりも早く、御坂は止血しようとする。
だが、もはやその必要すらない。
彼女の命はもはや風前の灯。流れる血も出尽くしているのだから。
「―――――」
必死に止血しようとする御坂の耳に、か細い声が届く。
滅多に喋らない偽HSIさんの声が。
「ま け な い て゛」
震える手で掲げられたピースサイン。
共に発せられた声を最後に、偽HSIさんの腕がパタリと地に落ちる。
それきり、彼女の鼓動は息の根を止めた。
彼女の死は、そんな呆気ない幕切れだった。
彼女が何故ここまでして自分を助けてくれたのかはわからない。
最後に御坂にかけた言葉の真意も窺い知れない。
だが、いまの御坂にできることは、ありくんと偽HSIさんの死に涙し、己の無力さへの絶望に打ちひしがれることだけだった。
【偽物だが参加者に協力的そうなHSIさん 死亡】
【G-7/一日目/黎明】
※ありくんの支給品とHSI姉貴のブロマイドは電磁砲で消し飛びました。
【御坂美琴@とある魔術の禁書目録】
[状態]:疲労(中)、顔面にダメージ(中~大)、腹部にダメージ(中~大)、鼻血(中)、歯が数本欠けている、混乱 、精神的疲労(絶大)、ありくんを殺してしまった罪悪感、悲しみ
[装備]:なし
[道具]:首輪レーダー コイン×5(集落で拾った)。
[思考・行動]
基本方針:生きる(脱出も検討)。
1:......
2:当麻と黒子を探したい。
3:ごめんなさい...
「無駄ァ!...これで終わりのようだな」
ありを全て潰し終えたDIOは達成感と共にひといきの休息につく。
「あの小娘、あの傷でどこまで逃げおおせたか...まあ、今さら追う気もしないがな」
偽HSIさんが御坂を担いで逃げたあの時。
DIOはありたちの猛攻の隙間を縫い、己が有する技のひとつ、空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)を放ち、偽HSIさんの腹部を貫いた。
その傷が致命傷となり、偽HSIさんを死に至らしめたのである。
(赤い首輪の参加者を殺した者でなければ恩恵はないことがわかっただけでも収穫か)
DIOは、なにも余裕や慢心のみで御坂を脱出へと勧誘していた訳ではない。
そんな理由で、何事もNo.1が好きな彼が、脱出一番乗りという美味しすぎる恩恵を渡そうとするはずもない。
主催の男は言った。赤い首輪の参加者を殺した者は脱出できると。
だが、果たしてそれは本当なのか。どうやって脱出させるのか。
迂闊にその手段で脱出した瞬間に首輪を爆発させ嘲笑う可能性だってある。
それを知るために、わざわざ時間を止め、本来ならそのまま殺せばいいものの、御坂の隣にいたありくんを電撃の中に放り投げ殺させるという回りくどいことまでしたのだ。
結果としては、赤首輪殺害の報酬の譲渡や強奪が不可能ということが判っただけだったが、まあ悪くは無い。
なにも進展がないよりは遙かにマシだ。
(あの様では御坂とかいうガキは意地でも脱出しようとはしないからな。放っておいても構わないだろう)
幾らでもお膳立てはしてやり、諦めて脱出しても良い口実と状況は作ってやった。
しかし、御坂は結局最後まで歯向かった。
肉の芽で洗脳し脱出させてみることもできたが、後々にDIO自身が脱出することも踏まえれば、なるべく精神状態が正常である方がより正確な実験になるだろう。
これらの点から、彼女は実験対象としては不適合者の烙印を押さざるを得なかった。
(実験体に相応しい者は、己の欲のままに動く者か、下手な情に流されず合理的に動ける者か。...部下の一人でもこの殺し合いに招かれていれば楽なのだが)
ないものねだりをしたところで仕方がない。
ないのならば、これまで通り己で見つけ奪うまでだ。
帝王はひっそりと闇夜の中に姿を晦ます。
黒球もとうに消え失せ、戦場に残されたのは無数に散らばるありの残骸だけだった。
【Hー8/一日目/黎明】
【DIO@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:疲労(小)、身体のところどころに電撃による痺れ(我慢してる)、出血(右腕、小~中、再生中)、両脚にありたちによる攻撃痕(小~中、再生中)
[装備]:
[道具]:基本支給品。DIOのワイン@ジョジョの奇妙な冒険、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:生き残る。そのためには手段は択ばない。
0:主催者は必ず殺す。
1:赤首輪の参加者を殺させ脱出させる実験を可能な限り行いたい。
2:空条承太郎には一応警戒しておく。
3:不要・邪魔な参加者は効率よく殺す。
4:あのデブは放っておく。生理的に相手にしたくない。
※参戦時期は原作27巻でヌケサクを殺した直後。
※DIOの持っているワインは原作26巻でヴァニラが首を刎ねた時にDIOが持っていたワインです。
※宮本明・空条承太郎の情報を共有しました。
解説
※空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)
体液に高圧をかけ、眼から光線のように発射する技。要は目からビーム。
その威力は人体を容易に貫き、石柱を切り裂くほど強力。
ディオが編み出し、後に吸血鬼となったストレイツォが命名した。
最終更新:2018年01月25日 23:25