『私の名前はバラライカ。この殺し合いから抜け出したい者は私のもとに集いなさい。場所はI-3の高層ビルよ。繰り返すわ』

そんな放送が彼らの耳に届いたのは、朧が恥を承知で承太郎と共に行動して欲しいと頼もうとしたその時だった。

「......」
「あ、あの...いまのは...」

朧は上目遣いで承太郎へと問う。
いまのは救援の呼びかけなのではないのか、本当に脱出の手はずが進んでいるのではないのか、自分達は向かうべきではないのかと。

承太郎は、数瞬の間を置き答える。

「少なくとも、あれはあんたの期待する呼びかけじゃねえことだけは確かだ」
「何故でございますか」
「簡単なことだ。あんたとは時代が違うから分かり辛いかもしれないが、あれは誰かに協力を頼む口ぶりじゃねえ。自分に従う駒が欲しいって謳い文句だ」
「この催しからの脱出方法を見つけたのでは...」
「そいつも可能性はかなり低い。わざわざ違う時間軸の人間を集めてるんだ。主催の奴がどこまで神経を張り巡らせてるかはわからねえが、まだ始まってから6時間も経過していねえ。
そんな短時間でこの首輪を外し脱出できるような技術や能力を持っている奴を参加させるとは思えねえし、支給品にしてもテメェで配る物を一切把握していないことはねえだろう」

「じゃあ、どうするの?」

春花の問いに、承太郎は帽子を深く被り直し、背もたれに体重を乗せる。

まともな感性を持っていればあの放送を聞いてそのまま信じる人間はいないだろう。

あれは挑発だ。
おそらくバラライカという女は、自分を殺しに来た赤首輪の参加者かゲームに乗った者を狩ろうとしているのだろう。

となれば、だ。

「知らんぷりしてりゃあいいんだよ。ほっときな...」

空条承太郎は善人ではあるが聖人ではない。
承太郎としては極力犠牲者は出したくはないと思っているが、あのような好戦的な輩の面倒は見切れない。
仮にあれで自分と戦ったあの怪物に狙われることになろうとも、あそこまで派手にやってしまえばもう自業自得である。
彼女に赤首輪であろうとなんだろうと仕留められる自信があるが故に、あのような放送を流したのだから、わざわざ怪我を圧してまで向かう必要はないと判断を下した。

そして、朧と春花も、進んで危険人物のもとへと向かう必要もないと考えているため、素直に承太郎の言に従うこととなった。



再び一同に訪れる沈黙。

承太郎は朧たちの返答を待ち、朧は沈黙の重い空気におされつつも、いつ切り出そうかそわそわと落ち着かない様子を醸し出す。
春花は一人で行動するつもりではいるが、朧が引き止めるのは容易に想像ができ、かといって嘘をついて抜け出すのも迷惑をかけてしまうと危惧し、結局言い出せず今に至る。

それから数分後、結局切り出したのは、落ち着かない様子で機を窺っていた朧だった。

「く...空条殿。恥を承知で申し上げます」

ようやくの返答に、承太郎はジッと視線を朧へと向ける。
承太郎は別に威嚇しているつもりはなければ急かしているわけでもない。
ただ、生来の力強く鋭い眼光により、穏やかな気性である朧は否が応でもプレッシャーを感じずにはいられなかった。

「その、私も春花殿も、このような忌み場では非力でか弱き存在でございます。空条殿が許すのならば、どうかご同行をお願いいたします」

弱者ゆえの願い出。
恐怖からの思考放棄からなる依存ではなく、彼女なりに冷静に現状を分析し、下した判断だ。
承太郎はそれを拒否するつもりはなく、むしろ変に気を遣い何処で屍を晒されるよりは断然マシだ。

「...1つだけ忠告しておく」

それを承知の上で承太郎は言う。
ともすれば横暴とも捉われかねない忠告を。

「あんたらが俺と行動するのは構わねえ。だが、いつでも守って貰えるという考えだけは持つな」

空条承太郎は強い人間だ。それはスタンドや自身の身体能力だけの話ではない。
決してブレない精神力や物怖じしない度胸もその要員として挙げられる。
また、常に冷静でありながらも、その内にはジョースター家から受け継がれた勇気と熱き魂が宿っており、如何な場面においても仲間を見捨てることは決してないだろう。
それは朧と春花に対しても同じだ。
足手まといだから切り捨てるだとか、重症を負ったから諦める、といった行為は決してしない。
誰から頼まれずとも、同行した以上は全力で彼女達を守るだろう。

だが、それはあくまでも互いの信頼あってこそだ。
彼の元の世界での仲間、己の祖父ジョセフ・ジョースター、花京院典明やモハメド・アヴドゥル、J・P・ポルナレフにイギーは常に対等な仲間だった。
対等であるが故に「守られて当然」といった考えは誰一人として抱いてはいなかった。
だからこそ、互いに守りあい、絆を深め、背中を預けられるほどの信頼を築き上げることができた。

だがこの殺し合いの場ではそうもいかない。
朧や春花のように戦う力を持たず殺し合いに反する者達は、戦闘においては無力も同然だ。
そんな非戦闘員ですら戦うことを強要される可能性が高いこの殺し合いにおいて、自分は守ってもらえるから平気だというお姫様然とした考えは、いざという時に破滅を導きかねない。
彼女達にかつての仲間たちのようになれとは言わないし言いたくもないが、最低限、危機が迫ったときに己の判断で動ける程度はできなければ困るのだ。

そんな承太郎の心境の詳細まではわからずとも、甲賀伊賀の争いにおいておんぶに抱っこの状態である己を顧みれば、彼に頼り切るなどという選択肢はとれるはずもなく、温厚な彼女にしては珍しく力強く頷いた。



「春花殿、私達はできることに尽力致しましょう」
「......」

健気に呼びかける朧とは対照的に、春花は浮かない面持ちを浮かべる。

承太郎に頼りきるつもりはないのは春花も同意だ。
しかし、同行を志願した朧と同行するつもりはない春花とはそもそも方針からして違っていた。
春花を取り巻くのは殺人者であるという自己嫌悪。
無論、それを口にすることはできない。できるとすれば、それは強迫観念に襲われた時だけだ。


「なにか言いたいことがあるのか」

問いかけた承太郎と励まそうと声をかけてくれる朧に申し訳ない思いを抱きつつ、春花は口を開く。

「ごめんなさい...私は、1人で行動したいと思います」

その告白に、朧は目を丸くする。
自分と同じく非力な、その上破幻の瞳を持たない彼女が、怪物の闊歩するこの会場を一人で行動したいとはなにごとか。

「な、何ゆえそのようなことを」
「...こうしている間にも、しょーちゃんや相場くんたちが、酷い目に遭ってるかもしれないから」


探し人がいるから別れて探したい。
確かに理には適っているが、それは互いの戦力が均等もしくは近しい場合にのみだ。
現状、承太郎以外の二人のどちらかが単独行動に出れば、それはもはや自殺行為に等しい。
善意の行動を取ったが為に命を散らすなどあんまりではないか。
朧は春花を引きとめようとするが、しかし承太郎は彼女とは逆の対応をとった。

「野崎。オメーの行動にとやかく口を出すつもりはねえ。だが、何も出来ずに死ぬかもしれねえ覚悟は出来ているのか」

数瞬の沈黙の後にコクリと頷く春花を見届けた承太郎は、そうかと呟き黙りきってしまう。

「空条殿?」
「あいつが決めたことだ。なら、俺が無理に引き止めることもねえ」
「そんな...」

承太郎の言は正論だ。
春花が一人で行動したいと言ったのは、自分なりに考え出した答えであり、それを邪魔する権利は誰にもない。
これが彼でなく、伊賀の里の者、一番朧によくしてくれる朱絹でも承太郎と同じ結論を述べるだろう。
だが、眼前の死地へとみすみす送り出すのはやはり憚れる。



狼狽する朧と真っ直ぐに見据え送り出してくれる承太郎へとペコリと会釈し病室をあとにしようとする春花。
そんな彼女を見た朧は、思わず手をとり引き止める。

「朧さん...?」
「え、えっと...」

反射的に手をとってしまったため、朧は特別なにかを言おうとしたわけではない。
ただ、理屈や正論よりも、このまま彼女を危険に晒したくはないという善意のみが朧の身体を動かしていた。

これからどうしようか。次の言葉を捜し、朧はあわあわと春花を引き止める材料を探し出す。
やがて目に留まったのは、彼女の痛々しく傷ついた右耳だった。

「その耳は?」
「あ...さっき、あの怪物に...」
「であれば、手当ていたしましょう。傷は捨て置けば、後の憂いになります故。ささ、こちらに」

朧は引き止める口実が出来たのを皮切りに、春花が反論を口にする前に手当ての準備にかかる。
こうして手当てをしている間に心変わりをしてくれれば。そんな思いを抱きつつ、朧は医療道具へと手を伸ばした。

その一連を眺めつつ承太郎は考える。
この殺し合いにおいて危険人物は『DIO』『牛型の怪物』『バラライカ』の三人が存在していることが判明している。
三人。そう、既に承太郎が出会った人数の中で半数に達しているのだ。

無論、偶然危険人物が側に飛ばされていただけの可能性もあるにはある。
だが、最悪の可能性というものは避けてはならないものだ。
極論をいえば、この参加者の中で殺し合いに反する者が自分達だけしかいない可能性もあるのだから。



(...いや、今は違うとしても、そうなる可能性は高い、か)

承太郎が危惧する事態。それは、DIOによる参加者の統一だ。

DIOにはスタンドとは別の、吸血鬼としての能力として、『肉の芽』というものがある。
これは、DIOの細胞を対象の脳に打ち込むことで、忠誠心を引き起こし、忠実なる下僕と変貌させる脅威の技だ。
これを埋め込まれた者は決してDIOに抗うことが出来ず、かつて花京院典明やJ・P・ポルナレフがそうであったように、DIOの為ならば平気で殺人も犯せるようになってしまう。
なにより厄介なのが、肉の芽自体の防衛反応だ。
下手に引き抜けば植えつけられた者の脳は破壊され、引き抜こうとした者にすら危害を加える。
放っておいても肉の芽は着々と脳を侵食し、いずれは破壊してしまうというのだから非情にタチが悪い。

とはいえ、だ。
洗脳されたはずの二人が承太郎の仲間として共に旅を出来たのは、承太郎が肉の芽に対抗する手段を会得しているためである。
承太郎の何事にも動じない強靭な精神力とスタンド『星の白銀(スタープラチナ)』の機械以上に精密な動作に強力なパワー。
これらが合わさり、肉の芽を植えつけられた対象が大人しくしていれば、肉の芽を引き抜くことは可能である。

しかし、それは決して楽な仕事ではない。
ただでさえ針の先を通す以上に繊細な作業だ。
少しでもブレが生じれば、対象の脳は破壊され承太郎も危険に晒される。

仮に、DIOが出会った先々で肉の芽を使い、大勢の参加者と敵対することになれば、戦況は絶望的だといわざるをえない。

(目安は最初の放送といったところか...)

いつまでもここに篭城しているわけにもいかない。
最悪のケースを考えれば、多少無理をしてでも可能な限り早急に傷の治癒を切り上げ、DIOの討伐へと向かうべきだろう。

(だがそのためには)

チラ、と朧たちへと視線を向ける。
あの二人、特に朧はその性格やヌけている様の所為で見ていて非情に危なっかしい。
このまま朧たちがついてくるにせよ、やはり別行動をとるにせよ、せめてあと一人は彼女達をカバーできる戦力が欲しい。

朧たちの保護。
DIOや化け物への対処。
殺し合い自体の破壊方法の探索。

これからこなさなければならないちとヘヴィなスケジュールに、承太郎は小さく溜息をつかざるをえなかった。



【H-3/一日目/早朝】


【朧@バジリスク~甲賀忍法帳~】
[状態]:腹部にダメージ(中)、疲労(中~大)
[装備]:リアカー(現地調達品)
[道具]: 不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:弦之介様と会いたい
0:春花の手当てをする。どうにかして共に行動して欲しいが...
1:脱出の協力者を探す。
2:陽炎には要注意。天膳にも心は許さない。

※参戦時期は原作三巻、霞刑部死亡付近。
※春花、承太郎と情報を交換しました。

【野崎春花@ミスミソウ】
[状態]:右頬に切り傷・右耳損傷・出血(中)、頭部から消毒の匂い
[装備]:ベヘリット@ベルセルク
[道具]:不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:祥子を救い、佐山流美を殺す。その後に自分も死ぬ。
0:できれば一人で動きたいけど...
1:祥子、相葉の安全を確保する。
2:小黒さんは保留。南先生は...


※参戦時期は原作14話で相場と口付けを交わした後。
※朧の眼が破幻の瞳であることを知りました。
※朧、承太郎と情報を交換しました。


【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ、出血(止血処置済み)、帽子から消毒の匂い
[装備]:
[道具]: 不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを破壊する。
0:主催者の言いなりにならない。
1:ある程度休憩をとったら行動を開始する。
2:DIO・先程の化け物(ゾッド)には要警戒。

※参戦時期は三部終了後。
※朧の眼が破幻の瞳であることを知りました。
※春花、朧と情報を交換しました。


時系列順で読む
Back:LOOK INTO MY EVIL EYES Next:TOP OF THE WORLD(前編)


小休止 Sign
野崎春花
空条承太郎
最終更新:2018年12月03日 17:41