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Shining effect ◆HOMU.DM5Ns 



調査報告。
本日昼頃において商業地区にて火災が発生。
現場は清掃も録にされてないビル同士の隙間にある寂れたバスケットコート。
通報があった時点で火は鎮火しており、急行した時点でゴールポストも炭化しコート全体が黒く焦がされていた。
犠牲者は発見されていないものの、発見者及び先行した救急隊員から次々と吐き気、怖気、等の体調不良を訴える声が多発。
更には精神に異常をきたしたような言動・行動に走ったことから燃焼物から幻覚効果をもたらす有害ガスが発生したと考えられる。
現在は警察と連携して早期に封鎖線を敷き二次被害者を防いでいる。

日本から来訪したアイドルグループも参加したスタジオ裏が現場という背景から、過激なファンによる悪質な嫌がらせの類の可能性も考慮されている。
検証していく過程で延焼もせず一瞬で燃え広がった炎がこつ然と消えたかのような状況に、むしろ爆発物によるものではないかという声も散見しており、さらなる調査が求められる。


また、ほぼ同時刻、現場上空で突発的な落雷が発生。同様のアイドルグループのいたスタジオ屋上を直撃した。
今日のアーカムの空は雲が覆っているが、当時兆候となる積乱雲は見られず、目撃者(こちらも一部情緒不安定になった者が確認されている)からは、
まるで直接現場で雷が発生し、『意思を持って真下に落ちた』かのようであったという。
スタジオ内の人員は一時パニックに見舞われたが、一時心神喪失状態が数名出るのみで治まり犠牲者は出ていない。
屋上にも火災の痕跡があるが既に鎮火しており、水気があることから貯水槽が破損したのが原因だと思われる。

いずれも自然現象によるものとは考えにくく、事件と事故両面の線から捜査を開始している。
アーカム全域で警戒されている一連の連続変死事故との関連性も視野に入れ、より一層解決の手がかりを得るため警備の増員を要請するものとする。



(報告員044(役職:消防員)よりの報告書)




                   ▼  ▼  ▼




「……だから、そもそも私、喘息持ちなの。体力なんてないに等しいの。頭脳労働者なの。肉体労働なんて断固拒否よ」
「大丈夫だ、ずっと病弱だったけど今や看板娘にもなったアイドルもいるぞ」
「いやこれ持病だから。治ってないから。舞台の上で死なせる気なの?新手の拷問?それともそういう演目かしら?」


雑多に賑わう室内。飛び交う声に快音。視界の隅から隅へせわしなくあちこちを行っては返す人、衣装やカメラの機材。
見ているだけで、気が滅入ってくる。
元々、騒がしいのは好みじゃないのだ。本を読むのに集中できないし大勢走れば埃が舞って肺に障る。はっきり言って嫌いである。
すぐにでも席を立って出て行きたいのだが、事情が諸々に被さっていてそれも許してくれない。

自分達はミスカトニックに潜むランサーのマスターを見つけるべく生徒の顔を使って調べに行く予定であったはずだ。
それがどうして、アイドルプロダクションが催す舞台スタジオで、芸能会にスカウトされてるという状況に陥っているのか?
今までの経緯を振り返って、どこに原因があったかを考えても、パチュリー・ノーレッジにはこれがまったく分からなかった。


「心配しないでくれ、当プロダクションはいつでもウェルカム、君の席はいつでも空けてるぞ」
「どうして入る前提で話を進めているのよ……」


日本から渡米してきたグループだとか次の公演や舞台の日程だとか、さりげなく契約書も混ぜ込んだ資料を流し目で通す。
熱心に聞き入る気は無いがとりあえず知識として記憶してしまうのは習慣の悪癖といえる。書式に悪辣な罠がしかけられてないかと注視してしまうのもまた、魔術師の性であった。

そもそも、歌や踊りなら幻想郷にはもっと適任がいるではないか。騒がしい三妖精や、新顔にもちらほらいる目立ちたがり屋は頼まれなくても出張ってくるだろうに。
紅魔館にしたって咲夜は器用だから瀟洒にそつなくこなすだろうし、美鈴だって演舞くらい出来るだろう。……いけない、思考が明後日の方向に傾いている。


「前々から思っていたんだ。うちにはクール成分が足りないと。
 例えるなら古書店で店番にかこつけて日がな読書に夢中になってる、自分の魅力に無自覚なダイヤの原石タイプとかが!」
「えー?クールなら蘭子ちゃんともいるんじゃないの?」
「それはそうだがあの子は全属性完備みたいなところあるしな……。無論そこが最高にカワイイけどな!」


ただの惚気か。他所でやれと言おうとして、余所者は自分だったと気づいて口を噤む。
隣の金髪娘も交えて熱意ある答弁は勝手に盛り上がっており、このままさらりと断りづらい空気を形成している。異様に粘り強く交渉する男といい考えてやっているなら相当なやり手だ。

よもやこれも自分達を捕捉したランサーのマスターの妨害工作なのではないか。ふつふつとそんな妄想も頭に湧き上がってきている。
そうであればまだ気が楽であるのが逆に頭が痛い。敵と見れば相応に話の取り合う余地も出るというのに。
―――それに、丸きり現実逃避の産物ばかりというわけでもないのだし。


(おい)


耳元、いや直接脳内に伝わってセイバーの声が伝わる。

(来たぜ)

稽古場の隅にいたパチュリー達の前に一人の男が姿を見せた。前を切り揃え、後ろ髪を編んでまとめている青年だ。
身につけた中世風の衣装や装飾を見て、先程までパチュリーが見せられていた舞台稽古で主演らしき位置の役者だと分かった。

「どうやら、さしものプロデューサーも苦戦していると見ましたが」
「ああ、クリム君か。さっきの代役お疲れ様だね」
「あっ、クリムちゃんおっつー!」
「当然ですともプロデューサー。万事こなせてこその私があるというもの。そしてユイ、今日もチャーミングだね」

ウインクを飛ばし、鼻につく気障な台詞がすらすらと恥ずかしげもなく並び立てる。余程に自信過剰なのか、本物の実力の表れなのか。
豪胆とも間抜けとも取れる態度がパチュリーこの男の第一印象を決定させた。まずもって自分と気が合う相手ではない、と。

「紹介するよ。彼がクリム・ニック、今観てた劇だと主役の王子役を代理でやってくれてたんだ」
「代理とつけずとも、キャスト変更のオーダーはいつでも受け付けております」

大仰に礼をするクリム。来ている衣装は軽装で狩人のようであるが、その仕草は何処かの貴族めいた風気を感じさせる。

「それで、どったのクリムちゃん?唯に呼び出し?」
「いやなに、プロデューサーが連れ歩く見慣れぬ少女がいたものでね。またぞろ地元のカレッジからスカウトしたかと思えばこそ、ここは天才の出番と直感したのですよ」
「またまたそんなこと言って、ホントは女の子と仲良くしたいだけじゃないのー?」
「そうともいうが!ハッハハ!」

などと快活に笑い合ってはいるが、実態はパチュリーに言わせれば質の悪い勧誘である。非合法、暴力的手段に出てないと言うだけでほぼ拉致にも等しい。

「さて、私は名乗った。次は君の番だよ。名前を聞かせておくれ」
「ああ、彼女は――」
「パチュリー・ノーレッジ。ミスカトニックの生徒よ」
「ほう、やはりカレッジの」

そう言ったクリムの口角が、僅かな高揚により微笑の形に歪む。パチュリーに翠の視線を合わせたまま離そうとしない。
汚れのない水面の透明さを備えた瞳は男慣れしない田舎娘でもあれば頬に熱を帯び思わず顔を背けてしまうのだろうが、今パチュリーが感じているのは、まったく別のものだ。

「あちらでは何やら陰気な事件があったと聞いているが」
「大学には向かう予定だったわよ。そこの勧誘男に無理矢理連れてかれたんだけど」
「なるほど、そういう。なら気分転換に場所を移すべきかな。よいですね、プロデューサー?なに、ひとつの社内見学というやつですよ」
「む……それもそうだが……」

顔を男の方に向けつつもクリムの視線はこちらに向いていた。
単なる出歯亀、興味本位とは違う。色目の類でもない。自分に見せつけている意思表示の意図は。
セイバーからの耳打ちの内容と合わせても―――用件はまず間違いあるまい。

「そうね、騒がしいのは好みじゃないし」
「あれあれ-?あっさり食いついちゃって。パチェちゃん、メンクーイ!」

こうも堂々と見せられてしまえば無視してしまう方が危険が及ぶというものだ。
戦いになると決まったわけでもないし、少なくともこのまま無意味に生殺し状態が続くよりもずっと有意義なのは確実だ。

「ここにいるよりましなだけよ。あと、なに今の呼び方」
「パチュリーだから、パチェちゃんだよ。ちゃんパチェの方がいい?それともパッチェちゃん?」
「ぜんぶ却下よ」
「落ち着きたまえよ。私に見惚れてしまうのは仕方ないにしても、争いの火種になるのは遺憾だな」
「あ、それは本当にないから」

さりげなくついて行こうとする金髪娘を手で追い払って外に出ていこうとする。
なおもめげずに追いかけようとして、その時にわかに周囲のざわめきたった。
舞台上であれば騒がしいのは当たり前だが、そうした活気とは違う種類の空気が流れるのが肌で感じた。

「ん?プロデューサーちゃんー?」

スタッフが焦った様子で駆け回って連絡を取り合い、さっきまでの男も呼び出されて深刻そうな雰囲気を見せている。
少女も不穏さを感じ取ったか気になって男の元へ戻っていく。


「頃合いだな。出るぞ」

小脇に荷物を抱えたクリムが早に人の群れを抜け、パチュリーもそれに続く。
先導されてるのは癪だが、タイミングそのものは完璧だった。
スタジオ付近で起きた謎の出火騒ぎ―――その事実を知りはしない二人だが、その騒ぎとなる前兆は既に感じ取っていた。
心胆を震わせる程の魔力の波動が、現実で某かの事態を引き起こす先触れであればこそ、間隙を突く形で利用できている。
目をやる暇もない事務員達は慌ただしく傍を通り過ぎていき、非常階段に向かう二人の動きは誰の目に留まることなくスタジオから姿を消した………………。






                   ▼  ▼  ▼





スタジオ"ル・リエー"屋上は開放スペースとなっている。
椅子や机も置かれ骨休みの場に使えるだけでなく、機材を持ち込んで写真やPVの撮影にも多く使われる。
そういった訳で広いスペースが設けられており、敷地外に落とすリスクさえ気をつければ、チームを組んでバスケットだってできる。
ノースサイドやダウンタウンには劣るがそれなりの高層であり、周囲の建築物から一方的に上から観察されるということもない。
サーヴァントを戦わせるでもなく、マスター同士が密談を交わす場所の条件にはなるほど合致していた。


「待たせてすまなかったね」

扉を開けて、舞台衣装を解き普段着に変えたクリムが出てきた。

「別に、いいわよ。こっちも準備する時間もできたから」

外で待っていたパチュリーは周囲の把握を止め、クリムに顔を向ける。

幻想郷の魔法使いとして、一度無様を晒した汚名を注ぐ為にも、パチュリーはあらゆる状況と手段を想定した。
準備とは迎撃と撤退の下ごしらえだ。魔法、魔術は万物の根源を読み解く。魔を知りし者は多くの手段を知り得、実行し得る。
本腰を入れて挑むならば、百年培った魔法の腕を存分に奮い土台を固める他にない。
具体的には簡易的な人避けの術。戦闘に入った場合場に最適となる呪文の選定。いざという時の逃げ道の確保。
クリムがどう行動しようとも、不測の事態が起きたとしても即座にカバー出来るだけの策を事前に用意していた。


「そうか。騒ぎの原因は火事だったか」

飛び出し防止のフェンスから乗り出してクリムが眺めているのは、この建物のすぐ近場で起きた火災の後だった。
黒煙は屋上に届く前に消えているが……パチュリーには嗅ぎ慣れないゴムとコンクリートが焼けた刺激臭が目につんと染みた。

「話の前に聞きたいんだけど、アレは貴方の仕業かしら?」
「火事場泥棒如きでマスターの誇りが示せるものか。勝利と誇りは己が手で手に入れてこそ。私とは常にそうであるべきだ」

どうやらこちらのセイバーと同じタイプらしい。力自慢、技自慢、ご大層に名誉や誇りを掲げ、戦場を駆け巡る。
サーヴァントならともかくマスターの方にもこうした戦バカがいるのは予想外だったが、戦争と名がつく限りはこうした手合も出て来るものか。

「もうひとつ質問。どうして私がマスターだと気づいたの?」
「天才の眼の成せる技さ」
「……目的は?」
「私の誇りを証明するために。だからこそお相手願いたい」

裏が見えぬ答えとおちょくるような口調に苛立ちが募るが、ここは堪える。
そしてクリムの方は裏のない本心を伝えてるのに過ぎないことは、知らぬが仏と言うべきか。


「へっ、話が早いじゃねえか。俺がいてお前がいる。剣をぶつける理由なんざそれで足りるってな」

案の定、これだ。
我が意を得たりとばかりに実体化する戦バカ(セイバー)。眼光は鞘から抜かれる直前の刀にも似て、鋭さと獰猛さを隠そうともしない。
刀剣同田貫の御霊がサーヴァントとなったのだから当然ではあるが。

「待ちなさいってば。どうして刀を振る以外の考えが及ばないのかしら」
「敵がいるなら斬る。それで話は終いだろうが。大体それ以外に俺に何をしろっていうんだよ。
 あんただってやる気なんだからわざわざ誘いに乗ったんじゃねえのか?」
「武器を振りかざすだけを戦いとは言わないの。少しは知識人らしく振る舞わせてよね」

臨戦態勢に入っているセイバーを諌める。従者の粗相はその主にまで及ぶものだ。
ひとりでいきり立つならともかく、自分まで脳筋みたく思われるのは心外である。質実剛健を謳うならもう少し口を閉じて欲しい。


「あら、勇ましいサーヴァントに比べてマスターはとんだ臆病者ね。せっかくのセイバーの名が泣くわ」

弄うような声は、新たに姿を見せた第四者からだった。
例える象徴は氷の彫像。セイバーと同じく霊体を紡ぎ壮麗なる戦装束に身を包んだ女性。
濃密な魔力を放つそれこそは、紛れもなくクリム・ニックが従えるサーヴァント。ランサー。真名リュドミラ=ルリエに相違なかった。

「ふっ戦姫さま。逸ってるようですが今は私とパチュリー・ノーレッジによる話し合いと決めています」
「分かってる。判断は任せるわ」

戦姫は得物を見せもせずに、クリムより前には出ず成り行きを見届ける位置でいた。
自身のマスターの真価を鑑定するためこの交渉では見に回る。マスターの存在を感知した時にそう決めていた。
実体化したのは臨戦態勢のサーヴァントへの牽制のため。挑発を吹っかけてきたのは誘いと、プライド高い本人の気性の問題といえた。

セイバーもパチュリーに制され不服そうにしながらも手を柄から離し殺気を収めた。クリムの言う通り、会話は互いのマスター同士に委ねられた。


「……挑発のお礼は後で返すとして、戦う気がないのは本当よ。というよりもう先約済み。悪いけど相手はまた今度にしてもらえない?」

即刻戦闘はお断りだとパチュリーは告げる。真っ先に狙うべきは大学のランサー。その方針は変わらない。
異変騒ぎが起きればとりあえず邪魔する奴を蹴散らしていき黒幕に辿り着いて倒せばそれで解決。ごく単純な道筋だ。
しかしここはアーカム。殺傷せず勝敗を決める、華やかにきらびやかに魅せるかが重要な弾幕勝負のルールは通用しない。だからこそ戦う相手は選定しなくてはいけない。

「叩きたい相手を前に消耗するわけにはいかないという狙いか。しかし、それで君の眼の前にいる男が見逃すとは限らない」

対してクリムの方は逃げる暇など与えないと戦意を張り巡らせている。
事実クリムは戦いの相手を探していた。失墜した誇りを取り戻すランサーもそれは同じ。許可が取れれば今すぐに氷槍を抜き英霊の首級を挙げてみせるだろう。

「なら逃げるしかないわね。ここからなら飛んでも下から見られる事はそうそうないし」
「ん、君は飛べるのか?」
「最近の少女は空を飛ぶものなのよ」
「なるほど初耳だよ。リギルド以前の文化とはかくもファンタスティックな。一度拝見したいものだ」

クリムはその言葉に強く興味を惹かれた。
グライダーもモビルスーツも、何の外付けの装置も用いず人が飛ぶ技術を、魔術に縁遠い世界の人であるクリムは知らないからこその反応。

「ただじゃないわよ。魔術の世界は等価交換。そうでなければ取引は成立しない」

流れを掴んだ。主導権を握る切っ掛けをパチュリーは逃さなかった。
自らの術法をみだりにひけらかすのは、正直に言って憚られるのだが、得られるリターンはそれなりに旨味がある。
どうやら、クリムは魔術に詳しくはないらしい。魔術師でもない者がマスターになれるかは疑わしいが、そこも含めて交渉の材料にもなる。
アーカムの奥底の神秘を解明する事が最終目的であるからには無駄骨になりもしないだろう。

パチュリーの言葉には半分嘘を含んでいる。それはアーカムに来て以降、飛行の魔力能率が極度に落ちていることだ。
現代の社会では魔術は廃れ人は単独では飛行できない、という常識が浸透している影響か。街の端から端まで一直線で超えることも難しいだろう。
飛行も難しい。魔力の調子も良くない。懸念材料が多くある中でいつものように道中勝負三昧をしては一日と身が持たないのは明々白々だ。
英霊との戦闘は可能な限り避けるべきである、というのがパチュリーの見解だ。そのため非戦にせよ同盟にせよ、ここで恩を売っておきたいところだった。


「ふむ」

クリムとてパチュリーの持ちかけに乗るのは利があると理解していた。
魔術に神秘、そうした背景が消え去った文明に生きるクリムが聖杯戦争という魔術の戦いに挑むには、その部門の知識の不足は深刻な痛手である。
無論、天才たると自負する己であれば多少の苦境は乗り越えられると疑わないが、それ故に更なる研鑽を求めるのもまた道理。
ランサーに教えを請えば最低限の教養は得られようが……頭を垂れる可能性は問うまでもない。

「どうするのかしら、マスター?」
「戦にも作法がある。民間人を巻き込んで街中での戦闘よりも、軍人の筋の方を通すさ。逃げる背中を撃つのも興が乗らないしな」
「見逃してくれる気になった?」
「そう結果を焦らずとも。ここで顔を合わせていれば、心変わりもあるやもしれんだろう?」
「いや、さっきの話を聞いてなかったの?私はもうこんな場所に用は―――」
「私というマスターとの繋がりが出来たのだ。みすみす機会を手放す愚を犯しはしまい?」

これは、厄介な物件に手を出してしまったかもしれない。パチュリーに早速後悔の念が押し寄せてきた。
適当に情報を与えればあしらえると踏んでいたのだが、この自信満々な男は掴んだ腕をどこまでも離しはしない。舞台上で女優を胸元に引き寄せる、先程の歌劇のように。
考えてみれば、スカウトの時点で名前も身元も明かしてしまったのだ。こうしてマスターだと割れてしまえば、この先幾らでも狙われる可能性すら考慮のうちに入ってしまう。

つまりは、この建物に連れ込まれた時点で、自分に何事もなく逃れるという選択肢は無かったのだ。
今までの強引な勧誘がマスターの手引という妄想が、予想外の方向に現実味を帯びてしまった瞬間だった。

この狸、と歯を軋らせる。
クリムはしてやったりの顔で笑みを見せており、ランサーに至っては尊大に見下した表情を隠しもしない。ようするにドヤ顔である。許されるなら今すぐ両方殴りたかった。
が、背後でセイバーの鯉口を切る音が聞こえた事で頭が冷えてきた。そろそろ結論を出さねば本気で痺れを切らしてきそうだ。
大げさにため息をついて、考えを切り替える。


「―――いいわ。取り敢えずは、手を組む方向で行きましょう」
「おいおい本気かよ。これから刀を振るいに行くって時によ」

セイバーは大いに不満ありとばかりに嘆く。

「決めてるからこそよ。狙いを見つけるまでは余計な手出しを出されるのも困りもの。露払い役ぐらいはあっても困らないわ」

なにも一朝一夕でマスターが見つかるとは思ってない。大学応用科学部の関係者にまで絞れているが、だからこそそこからは慎重にならざるを得ない。
そして時が長引くほど、血の気の多い他のサーヴァントに出くわす回数も増してくる。無用な戦闘が増え、辿り着く頃には消耗する。
なので戦いを引き受ける役を得ておくのは大変ありがたいことだ。

「あなたには、私の傭兵をやってもらう事にしましょうか」
「……ハッ!」


目を見開いてクリムが吹き出した。パチュリーの提案が可笑しくて仕方がないと。だが目に宿らせた炎はより一層燃え上がり。

「よくも笑えるものね、マスター」

逆にランサーは不快極まりないといった念をありありと放っている。

「私なら露払いだの、よりにもよって傭兵呼ばわりした事への侮辱の贖罪に最低でも令呪のひとつふたつは要求したところよ」
「いや私とて返上したい気持ちは同じですよ。しかしここでは喜びが勝る、気骨ある言葉というものには」

誇りを何よりも至上とし、人生の指標とするのはクリムもリュドミラも同一である。
リュドミラは怒りを抱き、クリムは獰猛な戦意に転化させている。そこだけの違い。

偶然の因子に依るところが大きい戦姫の選定において唯一、代々家系が戦姫を継承する歴史を重んじるリュドミラ。
国家大統領という約束された栄達の名を借りた七光を疎い、血筋に頼らない己のみで培った力を自信の源としたクリム。

その差異の顕れとして、クリムはパチュリーに好感を抱いた。
権謀術数は大いに結構。望むところである。だが彼女はそうした策謀を打っては来なかった。
優先するのは自分の意志。こちらを焚き付けて主導権を譲ろうとしない負けん気の強さ。
性格は一致しないが、その姿勢にかつてのベルリ・ゼナムを思い起こさせるものが気を引いたのか。

「いいだろう。この私と肩を並べる資格は十分にある!
 宜しいですかな、戦姫さま?」
「マスターの決定には従うわ」

クリムの決定に胃を申し立てることなくそっけなく認めるランサー。戦姫たるもの一個人の感情で盟を振るのは言語道断。
マスターの差配とて、決して考えなしの愚策というわけでもない。むしろ評価している部分さえもある。後は背中を蹴落とされないように気をつければいい。お互いに。


「じゃあひとまず同盟締結ね。短い間になるけど」
「契約の印にクラス名ぐらいは開示しようか?私はランサーだ」
「あっ先に言うのはずるい。……こっちはセイバーよ」

またランサーか。パチュリーにとっては変な因縁を感じる。
……ふと。目の前のサーヴァントを視界に収めていて、思い出したことがあった。
あのランサーの宝具を目視した瞬間の恐怖。這い寄る混沌の衝動。
思い出すだけでも吐き気がこみ上げてくるような、知識による理解を超えた領域を犯してくる冒涜の気配。
あの宝具だけが異常なのか。それとも他のサーヴァントの宝具にも同じ機能が備わっているのか。その真偽を確かめずには迂闊に足を踏み出せない。

「……あなた、他のサーヴァントの宝具を目にした事はある?」
「いや、ないが?」
「そう。それじゃあ依頼料代わりに教えてあげましょう。いい、この聖杯戦争はね」











「――――――何だ。戦わぬのか。つまらぬ」












体の中を焼き尽くす電流が駆け巡るが如く、その声は聞く者に不可視の衝撃をもたらした。
すぐ傍を得も言われぬ力の塊が暴虐的な速度をもって掠めて過ぎたような、紙一重で致命的な結果を免れた危機感が脳の痺れと共に残る。


「不届きなり。わざわざこうして来てやったというのに、遊興の一つに武闘でも舞って見せるのが道化の務めであろう」


全員がその方向を見上げる。屋上階のさらに天辺、広告の看板の上に、その存在は肘を立て横になって寝そべっていた。
それは、目にした者の眼球を潰し、焼き焦がし、融けて落ちるほどの熱と光が実体を持っていると錯覚する、およそ信じがたい雷気を纏っていた。
およそ人の神経で許容される範囲を逸脱して余りある雰囲気は、落雷が直撃するのと変わらぬ破壊のイメージを植え付ける。

吐き気がこみ上げるほど美しく、全身が震えわななくほど神々しい。
それは、地上にあってはならないものだった。脆弱なる生命が視界に収める事など許されぬと、人が目を背けずにはいられない光輝であった。


天から降り注ぐものが全てを滅ぼす―――――――――妄想の具現が今ここにある。
それは「恐怖」であり、すなわち「神」の降臨そのもの。


騎乗兵(ライダー)のクラスを冠するサーヴァント、神(ゴッド)・エネルが、四人の前に顕現した。





                   ▼  ▼  ▼




(――――――居るな)
「え?」

己がランサー、カルナの内なる声に、神崎蘭子は顔を上げた。
ここはスタジオ"ル・リエー"の一室。一度スタジオを出てから蜻蛉返りで戻ってきた蘭子に、慌ただしいスタジオの中で自分を見つけたプロデューサーに駆け寄られた。
曰く、付近で火事が起きた。防犯とアイドル狙いの嫌がらせも考慮して厳重警戒の態勢に入っていると。
既に火は止まっているがレッスンは一時中止し、避難の準備をしているという。

(我が友よ、如何なる所用か……?)

蘭子は素直に従い、今はソファに座って待機している。自分のサーヴァントに原因があるなどとはとても言えない。
みんなに迷惑をかけてしまった―――そう一人思い悩んでいる時に、沈黙を破ってカルナが念話で口を開いたのだ。

(この階層の上、おそらくは屋上だろう。そこから二体のサーヴァントの気配を感じる。互いに実体化したようだ)

タタリとの邂逅から静まってた心臓が、再び大きく跳ね上がる思いだった。
ビルの真上に、サーヴァントがいる?まだ大勢のスタッフやアイドルが残っているのに?
既に英霊の恐怖を身にしみて理解していた蘭子は、恐る恐るにカルナに聞いた。

(戦ってる、の?)
(いいや。魔力の拡大を感じない。大気も乱れもせず凪いでいる。単なる交渉か盟約かを行っている可能性が高い)

ひとまず胸をなで下ろす。今すぐ戦火が起こるわけではないらしい。

(先のように無差別に食らう魔の類ではないのだろう。いやアレが例外極まる形であっただけでもあるが。
 今であれば、交戦に至る危険は無い――――――……)

そこまで言って、カルナは言葉を止めた。
霊体化していた蘭子にはその姿は見えないが、鋭い視線は遠くに向けているようにも感じた。

(…………そうか。これを予期していたか。混沌を是とする、ある意味でこの聖杯戦争の監督役らしい振る舞いではあるだろうが)
「……?」

蘭子はただ困惑するのみだ。
自身の英霊が察知したただならぬ気配、肌が痺れるような神の息吹きにはまだ気づかない。それを知れたのはこの男であるからこそか。
日輪の神の血を継ぎ、雷神の武装を与えられる、インド神話(マハーバーラタ)の英雄が。


(もう一体、新たにサーヴァントが上に来た。そしてこちらは、ここで仕掛ける気でいる)


蘭子は確かにタタリの脅威を退けた。サーヴァントと絆を紡ぎ上げた。暗黒の神父に対し引くことなく告げてみせた。
それは大いなる前進だ。生き残る未来を引き寄せる糸に手を伸ばす為の工程だ。

だが、それだけだ。所詮呼ばわりせねばならぬほどその歩幅は小さく、芥にすら劣る距離でしかない。
恐怖とは波のようなもの。ひとつの恐怖を乗り越えたところで、時が経てば潮が満ち、より大きな波となって押し寄せる。
斟酌なく容赦なく、小石を飲み込むのと変わりなく命をさらっていく。


神崎蘭子は、新たな選択を迫られる。





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024:Libra ribrary 時系列順 026:The Keeper of Arcane Lore(後編)

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016:BRAND NEW FIELD パチュリー・ノーレッジ&セイバー(同田貫正国 027:Rising sun(前編)
クリム・ニック&ランサー(リュドミラ=ルリエ
021:Pigeon Blood ライダー(エネル
023:Call of darkness 神崎蘭子 :
ランサー(カルナ 027:Rising sun(前編)


最終更新:2018年03月10日 20:07