天夜奇想譚

第2話   ~遙か彼方の平穏な日々~

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作者:扇

タイトル:王と騎士と魔法の剣


 「必ず誰にも文句を言わせないくらい強くなるから、私を信じて待っていて欲しいの」
 「姉さんは今でも十分強いよ。何も出来ない・・・要らない子供の僕と違って」
 「それは違います。例えば米国の大統領は誰でも知る“強力無比な力”を操ることの出来る強い人ですよね?でも、彼自身は只の弱い人間でしかありません」
 「うん」
 「もしも私を強者と言うのなら、全身全霊忠誠を誓う“私”の力はせー君の力だよ?この意味判る?」
 「・・・うん」
 「強さの形は数え切れないほどあり、人心掌握だって紛れもない強さです。だから胸を張って前を向いてください。私の主は立派に無敵ですからね」

 これは夢だ。微塵も良い想い出のない、幼少期の記憶。
 小さな自分と、それをあやす少しだけ年上の少女の姿を眺める今の自分。
 すっかり忘れていたはずなのに、何処かで覚えていたかった部分があったのかもしれない。
 だから少年の台詞が読める。
 幼く素直だったからこそ言えた、成長して少しは大人になった今では口に出せないあの言葉を。

「でも・・・僕は、僕だけで人に誇れる力が欲しい」

 そうだ、それが永遠に変わることのない本音だ。

「姉さんは僕を守ってくれるけど、僕だって男だ。借り物の力だけに頼るのは苦痛なんだ!」
「で、でも――――」
「大統領の地位だって自分の力だけで上り詰めた上で得た力さ。人たらしの才能って言われてる秀吉だって、一番下から実力だけで這い上がったじゃないか!でも、僕にはそれが出来ない。何も無いんだ・・・僕には」

そう言いながらも、この時点ではまだ僅かながらも希望があった。
成長すれば伸びる余地がある。これから才能が開花するという根拠のない希望が。

「ちゃんと自覚があるからさ、見限ったって素直に言っていいよ」

 客観的に現場を見てみると、何と自虐的だろうか。
 すると初恋の少女は笑うこと無く、しかし悲しげに微笑んで頭を撫でてくれた。

「・・・せー君がどう思っても構わない。でも、一つだけ覚えておいて欲しい。私は絶対に裏切らない。嫌われても、憎まれても、一降りの剣としていかなる敵にも牙を向きます。そして私の選んだ使い手は・・・誓一君は・・自分を卑下する必要のない立派な男の子だと言うことを」

 思えばこの少女だけだった。打算も無しに裏表のない真っ直ぐな好意を向けてくれたのは。
 これは仮定の話だが、少女がずっと側に居てくれたならもう少し違う自分になれたかもしれない。
 だが、それは所詮夢物語。何故なら納得した上での事とは言え、この後直ぐに姉と慕う少女は姿を消すのだから。

「でも・・・そんな姉さんだって僕の隣に居てくれない。ずっと一緒にいる為とか言って父さん達と同じように見捨てるんでしょ?」
「そ、それは違います!口約束しか出来ませんけど、例え死のうと幽霊になって絶対に戻るからっ!だから・・・信じてください」
「本当に?」
「はい。身分の違いを埋められたら、せー君の元に飛んで帰ります」
「僕にはよく判らない話だけど、姉さんが約束を破った例は無い・・・はず。何をする為に何処へ行くのかは聞かないよ」
「ありがとう・・・こんな私の言葉を信じてくれて嬉しい・・です」
「なら、僕も少しは姉さんに相応しい男になれるよう頑張ってみる」
「じゃあ、いつものようにね?」

 小指同士を絡め、約束を契る。
 親兄弟よりも全幅の信頼を置く少女が裏切るはずがない。そう信じて疑わなかった。
 が、現実は残酷である。
 少女の性格ならば、手紙の一つでも寄越すはず。少なくとも何らかの形で絆を確かめられる手段を取ってくれると楽観視していた。
 しかしその実、一日千秋の思いでそれを待っても音信不通が続く。
 最初の一月は忙しいのだと自分を納得させ、二ヶ月目に入ると疑惑に代わり、一年を過ぎる頃には騙されたと諦めの極地に辿り着いた。
 振り返ってみると、今の自分を形作る決定的な事件がコレだったと思う。

『お前さ・・表面上だけ上手く取り繕うけど、根本的な部分で人を信じてないだろ。来る物拒まず、去る者追わず、自分からは決して求めない無欲・・・違うな、無関心が近いか。俺から見て壊れてるなぁと真剣に危ぶむのは、その枠内に自分をも含んでいる所だ。自己破壊願望とも、内向的な引き籠もりとも違う虚無感が実に興味深い』

 これは今の学校に入学し、初めて出会った友人に言われた言葉である。
 一方的に絡まれるようになった相手ながら、よくよく確信を突いてくる。
 信頼するから裏切られる。
 期待するから失望する。
 ならば最初から何も持たず、一切合財を信用しなければ傷つく事が無い。
 とは言っても世捨て人に成りたいわけでもないので、最低限度の荷を持たなければならないのが面倒ではあるのだが。
 それはしがらみであったり、一方的に破られたにしろ交わした約束と言う重荷だ。

(それもこれも弱いから悪い)

 弱さは罪だ。力こそが正義であり、世界を支配する確固たるルール。
 それを誰よりも理解している誓一だからこそ、もはや力を望まない。
 が――――

(ならば、不本意ながら力をくれてやろう)

 耳を貸してはいけない、悪魔の囁きが聞こえた気がした。
 しかし誓一は驚きもしない。何故なら、夢とは本心をさらけ出す鏡だと理解している。
 この程度、深層心理で望んでも何ら不思議ではないだろう。

(信じずとも構わない。我とて喰っても喰われるとは思っていなかった。本当に人間なのかね、君は)

 意味の判らない独白が続く。
 正直、気障ったらしくて癪に障る声と口ぶりだ。
 まさか己の一部にこんな部分が含まれているとは露にも思いたくない。

(酷い言われようじゃないか。しかし我らは統合され、もはや一つの人格だ。追々、我の言い分も理解できるだろう)

 声の主に向かい黙れと一喝。

(これは手厳しい。そう敵意をぶつけるな。自己否定に未来はあるまい)

 そう言うのであれば、こちらの望みも叶えて欲しい。
 本質で繋がっているのなら、意図を正しく理解しているはずではないか。

(これから長い付き合いになる半身の願いを無視する筈がなかろう)

 声がそう告げると、代わりに聞こえてくるのは現実の音の数々だ。
 やっと目が覚める。この意味不明な夢ともおさらばできると思わず安堵する誓一だったが――――

「わしが思うに、失敗したのでは?」
「机上の成功率は8割超えだったんだがのぅ・・・」
「・・・後始末タイム?」

 三種三様の不安を煽る会話が耳に飛び込んでくるのは、つまるところ夢の続きでいいのだろうか?
 少なくともいまいち状況を掴めていない誓一にとって、現実も夢も等しく良いことがなさそうだった。





第2話「~遙か彼方の平穏な日々~」





 最初に目があったのは老人だった。

「・・・お主の名は?」
「はい?」

 酷く警戒され、返答次第では一戦も辞さないと言った風で問われる。
 ここは偽名を名乗るべきか。否、それで殺されては割に合わない。直球勝負が無難だろう。

「神原誓一ですが・・・」

 すると老人ことウルカルヌスは、同様に臨戦態勢を取っていた連れに向かってサムズアップ。触れれば切れそうな緊迫した空気を、穏やかなものへと変化させていた。

「今更ながらヤバイ橋渡った!これで奴の名前が出てきたら洒落にもならんかった!」
「その時は尻尾巻いて逃げる気満々だったがの。白は赤と喧嘩しとればいいのだよ」
「某の赤が余所で倒されたのか・・・寝てるのか・・前と同じくわしらが徒党組んで再戦とか勘弁じゃのう。本当にリスクの割にメリットが薄い実験じゃったわい。なして蛇はもうちっと手頃な品を準備せんのかと小一時間問いつめたいぞい。むしろ埋め込み終わってから“言い忘れたけども、かなーり昔に死ぬほど苦労して潰した白の核だよ”なんぞと言い出した件について問いつめたいのはわしだけか?」
「け、結果オーライで。これもまた遠大な計画の一環なんですよよよ?」
「きょどるな蛇。そうそう、我関せず的な態度だったどこぞの金細工師も同罪だぞい。後ほど説教タイムじゃかんな・・・・」
「冤罪だ!?」
「落ち着いてクールになるのだよ爺様。さて、そこな人間。余と愉快な仲間達が人外だという点についての説明は必要なかろう?」

 名前だけを聞いておいて、そのまま放置されていた誓一へと振られる急展開。
 顎をさすりながら前に出てきた締まりのない表情の青年がリーダー格らしい。
 だが、幸か不幸かこの手の唯我独尊な生き物との付き合い方を心得ていたりする。

「そりゃもう大絶賛両手を上げて降伏したい今日この頃ですが何か」
「話が早くて助かるわー。ひとまずこれまでの経緯を、ざっくり五行で教えよう」
「はぁ」
「鍛冶仕事をやっとのこと終わらせて、打ち上がった剣をテストしていたら
 不可侵結界を敷いていたのにも関わらず人の子が迷い込んできてしまった。
 するとあら偶然、流れ弾がドンピシャリと炸裂して人間即死。
 本当にしんどく、喰って無かったことにしようか悩んだ末に蘇生させた我らです。
 ちなみに打ち上げは焼肉の予定。何故って?微妙に焼けた人の子に食指が沸きました」
「五行目関係ないと言うか要らないだろ!?」

 駄目だ駄目だと思いつつ、反射的に吐き出したのは保身を考えないツッコミだ。
 あ、これ死んだかな?と、やっちゃった感に苛まれるも、言ってしまってからではもう遅い。
 つくづくボケを見逃せない体質が恨めしいと思う瞬間である。

「着眼点がそこだと!?」
「長きに渡って人に手を貸してきた我でも、初めて出会う反応なのだが!?」
「まぁまぁ、最近じゃレアでも希に生息するタイプだよ。うちの巫女なんぞ素で“狂ってる”だの”死ねばいいのに”と言いながら手を出してくるわけで。それに比べれば可愛いものよ。して人の子、もう一度余の言葉を反芻してみるがよい。特にラス前」
「・・・・『流れ弾がドンピシャリと炸裂して人間即死』?」
「うむ」
「人間って誰の事?」
「ユー」
「ミー?」
「イェス。実は心臓動いてないと言うか、そこに収まっていないのだよ」
「・・・そーだね。ドクンもトクンも何一つないよ。道理で限りなくバットエンド目の前なのに動悸が静かな訳だ!」

 実感が欠片も沸かないが、こうも判りやすい証拠を突きつけられては納得せざるを得ない。
 しかしそうなると、逆に疑惑が芽生えてくる。

「その割に五体満足で違和感が無いなぁ。ひょっとしてゾンビ?」
「惜しい」
「うーん、それなら无的な何か?」
「残念ながら獣魔術は使えんの。望むなら竜Verのベナレス風味でも用意するよ」
「ノーサンキュー・・・小ネタはどーでもいいので、そろそろ回答を」
「では正解を。じゃじゃーん、人の子は異形にクラスチェンジした!力が5000上がった!賢さが2上がった!扱える魔力の桁が100桁くらい上がった!石仮面を被った貴族の養子並に人限度が下がった!宿敵が追加された!」

 どこからともなく聞こえてくる馴染み深い、某DQっぽいレベルアップのファンファーレ。
 色々とステの変動がチートなのは仕様なのだろうか?

「待て、後半部分」
「どうせ数字は適当ぬかしとるので不平不満のクレームは一切合切受け付けん。これでも余達、契約を律儀に守り人間如きを全力で救ったのだよ?生前の姿を保ったまま再構築をしてやっただけでも感謝するがよい」
「ま、まぁ、何となく死んだなぁって記憶は確かに。五体満足なだけで・・・も・・って、異形にされた時点で既に己のままじゃないよ!僕が本当に人だった頃の精神を保っているかも結構怪しいよ!?」
「・・・わ、割と移植した異形核に乗っ取られるとばかり思っていた余です。よくもまぁ喰われずに打ち勝ったものよ。驚きが隠せず、賞賛を送りたい」
「適当だ!雰囲気で高位だって判るけど、ろくでなしだ!」
「安心するがよい。余の知る白は、高貴な雰囲気の堅い奴。お主のようにガシガシ突っ込んでくるタイプではなかった。つまり、人の心のまま今に至る証拠ではないかね?」
「うむ、奴がこれほど砕けた性根の持ち主ならば、儂らも仲間に迎えたじゃろう」
「おい元人間、これを見てどう思う?」

 神経質そうな目つきの男が誓一に突きだしたのは、一つの金細工だった。
 内から輝きを発する美しいチェーンに同じく闇を切り裂く黄金の指輪が通されているソレは、語彙の乏しい誓一には見事と思うほかにない一品に思える。

「綺麗だなぁって素直に思うけど・・・」
「そう感じるならば貴様は白の影響を受けていない。奴は我の作品を無価値と嘲笑う存在だったはず」
「さいですか」

 何やら太鼓判を押されてしまった。

「話を戻そう」
「僕もぼちぼち真相を知りたいと思っていた所さ」
「いいかね、お主は完全に異形となった。但し、あまりにも強い精神が“自分は人間”と定義してしまっている。つまり、今のままでは“限りなく人を模した異形”なのだよ」
「ああ、だから以前と何も変わらない感覚なんだ」
「うむ。故に心臓の位置に埋め込んだ異形核が脈を打ち始めているであろう?」
「いやぁ、異形核なんて本当にあるんだとびっくり。半分、ネタだと思ってた」
「その認識で間違いないのがまた。いいかね、もしもこのまま人として生き続けたいのなら・・・絶対に死なぬ事だよ。一度死を受け入れてしまえば、己が人ではないと否応なく理解してしまうわけでの?その時点で真の意味での異形にお主は変化する」
「その言いぐさだと、致死的な状況に追い込まれない限り人で居られると?」

 主犯格の男・・・ケツァルクァコトルは誓一の胸に拳を置くと、それは愉快そうに嘲笑しながら言った。

「新たな白となった人の子よ、ぬしの本体はもはや異形核。故にその体はもはや飾りでしかないが、人型をそのまま採用しておるので外面のスペックは変わらんよ」
「額面のまま受け取れない。だってその表情・・・リスクもあるってことだろ?ってか、白って何?」
「その辺りは言葉伝えても意味がなかろう。ま、貴重な実験体であるぬしだ。色々とサポートをしてやろうと考えている。てきとーに変わらぬ暮らしを続けるがよい」
「自分で気付と」
「一から十まで手取り足取り導くほど暇ではない。中途半端な異形もどきと、こうして言葉を交わすだけでも感謝してもらいたいくらいだよ」
「・・・まぁ納得した。でも、最後に一つだけ聞きたい」
「何だね」
「さっきは『人間如きを全力で救った』って、言わなかった?」
「言ったのぅ」
「その割に『貴重な実験体』とはこれいかに?」
「・・・・」
「・・・・」
「元人の子、細かいことを気にしていては立派な化け物になれんぞ!」
「全力で無かった事にしたよ!明らかに知識欲優先の善意ゼロだこいつ!」

 誓一は思う。心の底から死ねばいいのに、と。

「さ、さて爺様とエセ職人。ボチボチ逃げ――――移動するかの!」
「うむ、わしもそろそろコントにも飽きて来たところじゃわい」
「初めて来訪したジパング。物見遊山に繰り出したくてウズウズしていたぞ!」

 ウルカルヌス、クレーニュが揃って誓一から目を逸らし、ケツァルクァコトルに同意。
 基本的に人寄りの逸話を持つ彼らは、適当な蛇と違い多少なりとも罪悪感を抱いているようだ。

「誓一とやら」
「はい?」
「すまん事をしてしまったと本当に思っている。故にこの剣、真に完成したならば貴殿に送ろうかと考えているんじゃが・・・・」

 差し出されたのは一目で心奪われた赤の剣。普通ならば喜んで受け取るところだが、誓一は冷静なものであっさりとその申し出を拒否していた。

「剣なんてからっきしです。死蔵させず、所有するに相応しい主を見つけてください」
「まぁ、そう言うものではなかかろうて。オンリーワンのわしらが、四体がかりで作り上げる神剣なんじゃよ?最悪、気に入らなければ手放してもかまわん。人を愛する化け物の気持ちだと思って収めてくれんかね」

 ウルカルスヌの心底すまなそうな表情に、嘘や偽りは感じられない。
 そして同時に脳裏に浮かぶ鮮烈な紅の輝き。自分から求めることを止めた誓一の胸に産まれた”欲しい”という欲求に気づいてしまう。

「元より人の子に与え、馬鹿者共を討つための刃。誰の手に渡ろうと、貴様達も異存なかろう?」
「引け目もある。分類的には既に人ではないが・・・よかろう」
「余の眷属に与えようかと思っていたがのぅ。偶然に支配されるも一興、好きにしてかまわないよ」

 少年が葛藤している間にも、トントン拍子に話は纏まっていた。
 こうなってしまっては、選択の余地は残されていない。

「・・・百歩譲って、結界に迷い込んだ僕が悪い。人に仇を成さないよう配慮していたあんたらだ。そうやって頭を下げられたら、立つ瀬が無いじゃないか」
「それは助かる。もしも我を通して面子を潰すような真似をしたならば、いくら温厚わしでもぶち殺す所だったわい・・・・」
「温厚じゃない!全然温厚じゃないから!?」
「納得したようでなによりじゃ。さきほどからブロックサインを飛ばしてくる阿呆がウザイので、この続きはまたいずれ。さらば、新たな同胞」

 もうどうにでもなれ。そんな諦めの境地に至った誓一は、さいですかとウルカルヌスの後ろ姿を見送る。
 と言うか、話の最中に仲間を置いて先に行くのは如何な物か。
 まぁ、人も人外も唯我独尊系列は同じ思考パターンなのだろう。
 何やら色々と聞きそびれてしまったが、遠からず向こうから訪ねてくると言うのだ。焦らず、ゆっくり待てばいいと判断する事にする。

「・・・帰ろう」

 空を見上げると、空が白み始めている。
 さすがにそろそろ戻らねば、と生まれ変わった気分で誓一は駆け出すのだった。



-寮、自室-



「貴様ぁ、歯を食いしばれぇ!」

 部屋の戸を開けると、涙目の男が飛びかかってくる。
 反射的に扉を全力で閉め、付き合っていられるかと溜息を一つ。
 他に帰るべき場所があるのなら何事もなかったかのように立ち去りたいが、どうしようもなくここが自分の部屋だ。
 ぐしゃっと激突音の後にむせび泣く仕草が鬱陶しいが、覚悟を決めて再突入。

「愚民をパシリにして飲む酒だけが生き甲斐なのに、全然戻らないって何様だ!」
「善意の好意をそんな風に受け取っていたのか!本日二度目だけど死ねばいいのにって本気で罵るぞ!つーか、帰れよ!ここは僕の部屋だぞ!?」
「す、すまん。アルコールが切れるとこの様でな」
「メチルでも飲んでろアル中・・・と言いたいけど、普段と何も変わらないと思うのでスルー」
「まぁ、遊びはこの辺で止めよう。こんな時間に騒ぐと隣からクレームが来るぞ?空気読もうぜ」
「中途半端に常識人だなぁ、ちくしょう・・・」

 途端に表情を真剣に変化させ、自称心の友は言う。

「何があった」
「色々と。まだ自分の中で整理仕切れてないから、今日の昼にでも話すよ・・・」
「そうか。なら、俺は帰って寝る」

 赫枯を知らない人ならば冷たい印象を受けたかもしれない。
 しかし行動と言葉をよく考えると、別の意図が込められている事に気づくだろう。
 わざわざ起きていたのは心配からであり、何も聞かないのは全幅の信用を寄せているからだ。
 あっさりと引き上げていく友の姿に誓一は手を合わせ、こっそりと感謝を形にする。

「・・・・しまった、一つ雑事を忘れていた」
「へ?」
「レンジの横に預かり物を挟んである。フランス語で宛名が書かれていたせいで、何の因果かこっちに来ていた手紙なんだが・・・」
「妙に歯切れ悪いなぁ」
「あーなんだ、かなり驚いた。さすがの私も動転のあまりZZのOPを口ずさんでしまった」
「何事か判らないけど確かにアニメじゃないよ!ホントの事さ!」
「期待を裏切らない合いの手に感謝する。ああ、中身を見ていないから安心して構わない。私は見ての通り紳士なもので」
「紳士と書いて変態と読ませる生き物が何を。さっさと帰って玩具で遊んでろ!」
「当然だ。では失敬」

 今度は見送りもせず、誓一は淡々と言われた手紙を探す事にする。
 狭い部屋の明確に指定された場所には、果たしてエアメールが一通。
 航空便を見るのも受け取るのも初の誓一だが、こんな物を出す相手の心当たりが皆無である。
 封筒に書かれた本場っぽい“Par Avion”の文字と見慣れない切手から察するに悪戯の線は薄く、宛先も綴りから自分で間違いもなさそうだ。

「差し出し人名は読めないし・・・・開けてみるしかないかなぁ」

 これで中身まで外国語だと面倒だと思いつつ、ペーパーナイフを使い慎重に開封。
 幸いにして記述は日本語のようで翻訳の手間が省けたと軽く安堵するが、違う意味での爆弾が仕掛けられていた。

「・・・このタイミングで!?」

 読み進める内に誓一の顔色が変わり、手の震えが激しくなっていく。
 その震源地は、もはや存在しない心臓の代替物だ。
 困惑と歓喜をベースに恐怖をトッピングしたかのような、言葉に出来ない感情の波。
 もはや少年の精神の均衡は完全に崩れ去っていた。

『やっとそちらへ戻れる事になりました。もしも私の事を忘れていなければ、昔のように迎えに来てくれると嬉しいです。一度も手紙の返事が来なくて不安でいっぱいですけど、私は約束を忘れていません。きっと何らかの事情があったと思っています。』

 どうやら音信不通ではなかったらしい。
 手紙を読む限り、大好きだった少女は今も昔も変わらないまま大切に思ってくれている。
 まだ半信半疑ながら、親兄弟と違い見放した訳ではなかったようだ。

『伝えたいことは山ほどあって、とても書き切れそうにありません。とにかくもう少し、あとほんの少しで帰郷します。願わくば、互いに幸のある再会を祈って文を閉じますね』

 自分ほどではないが少女も村八分側だったことから察するに、この手の郵送物の全てはこちらの手に渡る前に葬り去られていたに違いない。

「・・・寮に直接送られたから届いたって事か。最後の最後、笑って顔を付き合わせられるラストチャンスに間に合ったと思えばツキがあるみたいだなぁ」

 しかし疑念も残る。どうして地元を離れた自分の居場所を少女が把握しているのだろう?どうして一度も返事を返さないのに変わらぬ好意を向けてくれるのだろう?

「あまり実感無いけど人間止めたばかりで一杯一杯なのに・・・イベントが目白押し過ぎる」

 そう呟きつつも、同封されていた到着空港と便の時刻をしっかりと確認している自分の姿に気が付く。
 赤剣の時といい、どうにも捨てたはずの欲が蘇ってきている気がしてならない。

「僕は・・・どうしたいんだろうなぁ」

 再出発の第一歩で過去を振り返るのも悪くない。
 どうせ元より諦めた高嶺の花。手からこぼれ落ちても何ら痛みは無いはずである。
 過去と逃げず向き合う為にも会おう、そう決断する誓一であった。
 こうして『騎士』、『剣』、『王』は点の関係から線の関係へと変わる第一歩を踏み出すことになるのだが、この時はまだ気が付く者は居ない。