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マッド・スプリクト ◆w9XRhrM3HU


「撒いた、のか……?」

あの赤い髪の少女の姿はもう見えない。
キリトはその事に安堵し、そして自己嫌悪に陥る。
メイドの少女を斬った感触が手にこびり付く。あの時の少女の苦しそうな顔は忘れられない。
死は何度か見てきた。だが、今回の死は何かが違う。
死の重みに押しつぶされそうになる。自分の足で立つことすらままならないほどに。

「俺、は……」
「君! どうしたんだ!?」

今のキリトの顔は、余程酷いものだったのだろう。
心配そうな表情をしながら、一人の男性がこちらに駆けてきていた。
高級そうなスーツを纏い、長髪の髪が印象的な男性だ。
彼はキリトの元に寄ると、少し戸惑いながらも口を開いた。

「何があったんだい? ただごとではなさそうだが」
「それは……」

言い出せるわけがない。人を殺した事など。
自然と村雨を握る手が強まる。刀を振るって怯んだ隙に逃げれば……。
だが、それでどうする。いずれ、この罪と向き合わなければならないのに。
けれども、キリトの頭は今まともに思考できず、ただ逃げることだけを考えてしまう。

「言いたくないのかい?」

男性はそんなキリトの思いを察してか、無理に話を聞こうとはしない。

「でもね。君はその苦しみを、誰かに聞いて欲しいと思っているんじゃないかな?」
「そんな、ことは……」
「君が、何をしていようとも構わない。私は受け入れよう。だから、無理にとは言わないが話してみてはどうかな?」

気付けばキリトの瞳から、涙が溢れ出していた。
この場に来て、初めて出会えた頼れる大人。それがキリトの知らぬ内に、安堵感を増していたのかもしれない。
全てを話す。最初に出会った少女との誤解、殺めてしまった少女のことを。
男性は黙って話を聞き続けた。

「そう、か……」
「俺、最低だ……」
「……辛かったね」
「え?」

男性はそっとキリトの肩に手を置いた。

「君は今まで良く頑張った」
「俺、俺……」
「泣いていい。君は今泣いていて良いんだ」

その手はとても暖かく感じられた。
男性は優しく微笑む。

「大丈夫だ。私が付いてる」
「う、……うわああああ……!!」

その優しさ温かさにキリトは涙を止められない。
ただ、ひたすら泣き続ける。
男性はキリトの背を擦りながら、何時までも見守り続けた。



「すいません、見苦しいところを見せてしまって」
「気にする必要はないよ。誰しも苦しいときは泣いた方が良い」

数分経ち、赤くなった目を擦りキリトが謝る。
情状不安定になっていたキリトだが、思い切り泣いたお陰か落ち着きを取り戻せた。
最初の頃に比べれば随分と冷静にもなれた。

「俺、キリトと言います。貴方は……」
「私か……そうだな、だが名乗る前に君にいくつか話しておきたいことが……」

「死ね! エンブリヲ!!」

銃声が響く。
とっさに男性がキリトを突き飛ばし銃弾を回避する。

「エンブリヲ!?」

確かクロと名乗る少女と一緒に居た赤い髪の少女から聞いた名前だ。
メイドの少女を操った元凶。まさかこの男性が?
いや、それだけじゃない。
キリトは思わず目を疑ってしまう。何故なら、男性はキリトの目の前に二人居たからだ。

「どうなってるんだ一体……」
「キリト君、恐らく君が殺めた少女を操っていたのはこのエンブリヲだ!」
「どういうことなんですか!?」
「こいつはシャドウ! タスクという男が私の姿を模倣させた怪物だ!!」
「そう、私はエンブリヲ! タスク様からこの姿を頂いたのだ!」

シャドウの方のエンブリヲが銃を発砲する。
エンブリヲが銃弾を避けて行く。
しかし、その動きはぎこちない。放って置けば人間のエンブリヲが殺されるだろう。
キリトは意を決し刀を握り、シャドウのエンブリヲへと躍り出る。

「やめろぉ!」

刀がシャドウのエンブリヲの髪と服を掠る。
舌打ちしながらシャドウのエンブリヲはキリトから飛び退く。

「おのれ、私の邪魔を……タスク様の為に奴は殺さねばならないというのに!」
「お前が、あのメイド服の娘を?」
「ああ……モモカのことか? お笑いだったね、君が出しゃばらなければ彼女は死ななかっただろうに」
「シャドウよ! それ以上の戯言は許さんぞ!」

声を返すより速くキリトが肉薄し刀を振り上げる。
シャドウのエンブリヲはニヤリと笑い、姿を変えた。

「俺を殺すのか? キリト」
「なっ!? 俺……?」

その姿はエンブリヲのものから黒い剣士、キリトのものへと変わっていく。
ただ一つ、酷く歪んだ狂気染みた笑顔を除けば。


「そうだよなぁ? お前は人殺しだもんなキリト……」
「ち、違う……俺は……」
「俺はお前なんだよ。だからお前の事は良く分かる。お前は……」
「止めろ!!」
「いかん! キリト君、否定するな! それは―――」

「お前は、俺なんかじゃない!!」

シャドウのキリトはその言葉を聞き、笑う。
闇がシャドウの周りに充満していく、その姿はキリトの整った容姿を歪め、そして異形の怪物へと変化する。

「我は影、真なる我」

闇が消し飛び姿を露にしたそのシャドウの姿は見るのも耐え難い醜悪すぎる巨大な化け物。

「何だ……こいつ」
「遅かったか! おのれタスク! こんな場所でもシャドウを……!」

化け物はキリトへと向かい、その手を振るう。
如何にアバターの体と言えど、そのまま潰されれば一瞬でHPが0になるであろうそれを、エンブリヲが割り込みシールドを張った。
手が触れた瞬間、シールドが罅割れ、シールドを支える両手から血が吹き出る。

「え、エンブリヲさん……」
「キリト君、こいつは君の影だ!」
「影……」
「こいつを倒すには、君自身がその影を認め、先に進む意志を見せなければならない!」

エンブリヲの顔が苦痛に歪む。シールドはそう長くも持たないだろう。

「行け! キリト君! 君なら絶対に出来る!!」
「なんで、そこまで……」
「決まってるだろ。子供を守り、その背を押してやるのは大人の仕事だ」

キリトの体に強い力が漲ってくる。
そうだ。ここで腐っていて何になる? また誰かを、自分を許し、こうまで信頼してくれている恩人を死なすのか?
否、そんなことさせない。もう誰も死なせたくない。
あれが自分の影だというならば認めよう。だけど―――

「だからこそ、もう誰も殺させない!!」

キリトが駆けシャドウの頭上へと飛び上がる。
一気に刀を振り上げ、一斬必殺村雨が妖しい剣閃を奔らせた。

「ば、馬鹿なぁ……」

一筋の剣閃は見事にシャドウを一刀両断し、その醜悪な姿が消滅していく。
無念そうに怨念を込めた悲鳴を上げ、僅かに残った腕をキリトへと伸ばすが届く前に無へと還す。

「俺の、影……」

消えて行く自身の影、これは映し鏡のようなものだったのかもしれない。
もし、キリト一人でこれと対峙していれば今頃は死んでいた。

「世話になりっぱなしだ、俺」

自嘲してしまう。だがもうそれも終わりだ。
急いで、エンブリヲの元へ駆け寄る。
手からの出血は酷いが、幸い怪我はそう深くない。

「良くやった。キリト君」
「エンブリヲさんのお陰です……エンブリヲさんが居なかったら」
「それは違うな。君の道を切り開いたのは、君自身の意志だろう? 私はただ考える時間を稼いだだけさ」

それから傷の治療をし、エンブリヲから話を聞いた。
シャドウと呼ばれる化け物、それらを操り暗躍していたタスクなる非道な男。
更にエンブリヲの妻アンジュを狙い、延々とストーカー行為を繰り返したどころか陵辱までしでかした。
それだけじゃなく、エンブリヲの悪評を広める為に、シャドウをエンブリヲに化けさせ悪事を行わせるなど、聞けば聞くだけ最低な男だ。
キリトは嫌悪感で背筋に嫌なものが走った。

「奴は倒さねばならないが、その力は強大でもある」
「なら、俺も手伝います!」
「キリト君?」
「俺も一緒にタスクを倒します!」
「そうか、すまない。だが、ありがとう」

そう言い笑うとエンブリヲはキリトへ手を差し伸べる。

「これで、君と私は仲間だ」
「はい!」

強く手を握り合う。
こうして孤高の黒の剣士は唯一無二の仲間を得た。







(最高の脚本、最高の演出、最高の役者。全て完璧だ)

キリトに悟られぬよう、エンブリヲは笑い出すのを堪えるので必死だった。
シャドウなど全て嘘だ。鳴上から引き出した情報から、分身をガイアファンデーションで化け物に変え、全てでっち上げた出鱈目。
この場にシャドウなど居ない。

(モモカを失ったのは痛かったが、こうして手駒は増やせばいい。
 フッ、彼の戦闘力は高いからね。味方にするだけの価値はある。しかも変わった体をしているお陰か死に辛いらしい。これ以上ない手駒だよ)

その万能の力だけでなく、人心掌握もまたエンブリヲの得意とするもの。
少なくとも、今のキリトにエンブリヲの嘘を見越せる余裕はなかったとエンブリヲは思う。

(いや一つだけ本当の事があったな。アンジュの陵辱、これだけは事実だ。あの猿め! 何故アンジュを抱いたのだ……!!
 ……アンジュ待っていてくれ。手駒を揃え、邪魔者を排除したらすぐに君を迎えに行くよ)

ティバックの中がモゾモゾ動く、まだ鳴上は抵抗を続けているようだ。
感度を更に高める。聞こえないが、鳴上は更なる喘ぎ声を上げていることだろう。
いや、あまりの快感にまた失神したのかもしれない。

(エンブリヲ……!)

ペルソナすら出せないほどの感度の中、エンブリヲへの憎悪だけを募らせ鳴上の意識は闇に落ちた。




(そうか、やっと分かった。今のも全部イベントなんだな)

キリトは確信する。
先ほどのシャドウもこのエンブリヲも、ゲームのイベントなのではないかということを。
考えれてみれば、出来過ぎていた。殺し合いの惨劇を目の辺りにしたと思えば、このような助っ人が登場しプレイヤーの覚醒を促すなど都合が良すぎる。
まるでゲームのシナリオそのものだ。
つまりキリトは今プレイヤーとして、ゲームのストーリーを進めているのだろう。
広川は王道的なゲームが好きらしい。
そうなるとタスクというのは、当面の倒すべきボスになるはずだ。

(多分、PC(プレイヤー)とそうでないNPC(ノンプレイヤーキャラ)が混じっているに違いない。
 エンブリヲさんはPCに有益な情報をくれるNPCだな。タスクって奴はボスキャラで倒せば、何かアイテムが貰えるのかも)

ここはあまりにもアバターの性能に差がありすぎる。
キリトと互角の戦いをしたクロはまだしも、ヒルダ、千枝はキリトと殺しあうには弱すぎる。
あの最初に出会った少女も、キリトがこのゲームに不慣れでさえなければ銃弾を食らうこともなかった。
これはプレイヤーの技術以前に、アバターの性能差自体がプレイヤー間の殺し合いとして、ゲームバランスを壊しすぎているのだ。
だから弱い、あるいは強すぎるアバターがNPC、逆にキリトと同じ強さのアバターはPCと考えられる。

(このゲーム、殺し合いと見せかけているだけで、本当は何か別の方法でのクリア方法があるんじゃないか?)

これがゲームならばキリトのすべき事は一つしかない。
ゲームをクリアし、生還することだ。
キリトはNPCと接触し情報を集め、エンブリヲの言うタスク等のボスキャラを倒していけば
このゲームは殺し合いに優勝しなくとも、クリア出来るのではないかと考える。
いわば、これは広川によるキリトやその他のゲームプレイヤーへのゲームでの挑戦なのだ。

(多分あのメイドの娘もNPCだ。騙されるところだった、俺は誰も殺してなんかいないんだ。
 へこたれてる暇なんかない。早くこんなゲーム終わらせないと)

ソードアート・オンラインと同じだ。
殺し合いの優勝などというのはフェイク。誰かがクリアすることでこのゲームは停止するはず。
そうでなければ、このようなNPCやイベントを混ぜるはずがない。
キリトはそう結論付け、歩を進めた。


エンブリヲのミスは一つ。キリトの心を虜にする為に、下手に非現実な演出を入れたことだ。
これがかえって、キリトにこの世界が電脳でありゲームであると再認識させてしまった。
まさに最悪の脚本(マッド・スプリクト)と言うべきだろう
少なくとも、モモカを殺害しエンブリヲに全てを話した時までは、キリトはこの世界が本当にゲームなのかと疑っていたのだから。
だがエンブリヲの手によって、その当人すら知らぬ間にキリトの懸念を消し飛ばしてしまった。

彼が真実に気付くのは何時になるのか、誰も知らない。



【F-7/1日目/早朝】

【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(極大)、服を着た、右腕(再生済み)、局部(服の下で再生中)
[装備]:FN Five-seveN@ソードアート・オンライン
[道具]:ガイアファンデーション@アカメが斬る!、基本支給品×2
[思考・行動]
基本方針:アンジュを手に入れる。
1:悠のペルソナを詳しく調べ、手駒にする。
2:舞台を整えてから、改めてアンジュを迎えに行く。
3:タスク、ブラッドレイを殺す。
4:サリアと合流し、戦力を整える。
5:キリトを利用する。タスクの悪評もたっぷり流す。
[備考]
※出せる分身は二体まで。本体から100m以上離れると消える。本体と思考を共有する。
分身が受けたダメージは本体には影響はないが、殺害されると次に出せるまで半日ほど時間が必要。
※瞬間移動は長距離は不可能、連続で多用しながらの移動は可能。ですが滅茶苦茶疲れます。
※能力で洗脳可能なのはモモカのみです。
※感度50倍の能力はエンブリヲからある程度距離を取ると解除されます。
※キリトが自分を慕っていると思っています。


【鳴上悠@PERSONA4 the Animation】
[状態]:失神、全裸、疲労(絶大)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:仲間と合流して殺し合いをやめさせる。
0:…………
1:エンブリヲから逃げる。
[備考]
※登場時期は17話後。現在使用可能と判明しているペルソナはイザナギ、ジャックランタン。
※ペルソナチェンジにも多少の消耗があります。



【キリト@ソードアート・オンライン】
[状態]:HP残り5割程度、魔力残り4割
[装備]:一斬必殺村雨@アカメが斬る!
[道具]:デイパック 基本支給品、未確認支給品0~2(刀剣類ではない)
[思考]
基本:このゲームをクリアし殺し合いを止める。
1:NPC(ノンプレイヤーキャラ)と接触しイベントや情報を集めていく。
2:PC(プレイヤーキャラ)は保護。
3:エンブリヲと同行しボスキャラ(タスク)を倒してからアイテムか情報を得る。
[備考]
名簿を見ていません
登場時期はキャリバー編直前。アバターはALOのスプリガンの物。
ステータスはリセット前でスキルはSAOの物も使用可能(二刀流など)
生身の肉体は主催が管理しており、HPゼロになったら殺される状態です。
四肢欠損などのダメージは数分で回復しますが、HPは一定時間の睡眠か回復アイテム以外では回復しません。
GGOのスキル(銃弾に対する予測線など)はありません。
※村雨の適合者ではないため、人を斬ってその効果を発揮していくたびに大きく消耗していきます。
魔力から優先して消耗し、もし魔力が尽きればHPを消耗していくでしょう。
※殺し合いがゲームだと認識しました。
※優勝以外の方法でクリア可能だと思っています。
※エンブリヲをPCに友好的なNPC、タスクをシャドウを操り暗躍しているという設定のボスキャラだと思っています。
※エンブリヲの演技は全てゲームのイベントだと考えています。


時系列順で読む
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045:揺れる水面のアイオライト エンブリヲ 094:黒色の悲喜劇
鳴上悠
052:儚くも美しい絶望の世界で キリト
最終更新:2015年08月08日 00:29