052
儚くも美しい絶望の世界で ◆BLovELiVE.
「なるほど。とりあえず
アンジュ、
タスク、モモカって人は大丈夫ってことね」
「ああ、
エンブリヲのやつはヤバイからな。気をつけとけ。あと
サリアのやつは…今更変なことしねえとは思うんだが、何かよく分かんねえんだよなぁ。
で、そっちの知り合いはイリヤスフィールなんちゃらと美遊なんちゃらってやつか」
「名前くらいフルで言いなさいよ。
イリヤは私の妹で、美遊は友達ね。どっちも大丈夫のはずよ。ただ、ステッキが手元にあるかどうかですごく不安があるのよね、二人は…」
クロと
ヒルダの二人は情報交換をしつつ、移動を開始していた。
地図を開いて位置を確かめた結果、場所がかなり孤立していることが判明。
まず駅に移動、電車に乗って陸地に移ることから始めなければ他の皆と合流することから始めなければならないと判断。
情報交換は移動をしながら行っていた。
本来ならばこちら側にある電車に乗って移動すればいいと思っていたのだが――――
『おい、乗れば動くんじゃねえのかよ!』
『えっとなになに?線路上に障害物を確認。こちらの路線の運転はしばらく見送らせていただきます、だって』
『何だよ!石でも線路上に置いたバカがいるってことかよ!何だそりゃ!』
電光掲示板に表示された運転見合わせの文字。どうやら北へと向かう路線はしばらく利用不可能ということらしい。
幸いなことに東西にかかっている線路では運行中で、もうしばらくで到着するということ。それに乗れば移動することは可能だろう。
進行方向は東。ジュネス、闘技場などという施設のある市街地だ。
「で、さっきの話の続きだけど、エンブリヲってやつはどうやばいのよ?」
「あー、何て言ったらいいんだろうな」
と、ヒルダは自身の経験したことをクロに説明し始めた。
色々聞いた今でも全てを理解しているわけではない。ただ自身が経験したことはそう説明が難しいものではない。
「何それ。冗談?」
「嘘じゃねえよ。実際何度殺しても生き返るわマナが使えるやつは自由に操ってくるわで本当大変だったんだぞ」
そうしてクロが聞いた情報だけでも、正直信じられるようなものではなかった。
だが、ヒルダが嘘を言っているようには見えない。本当のことなのだろう。
「なるほどね。だけど一つだけ分かってることはあるわ」
「何だよ?」
「この場所にいるエンブリヲってやつは、あんたの知ってるやつよりは殺すのは容易いだろうってこと。
じゃないと不公平でしょ。一人だけそんな死なないようなやつなんて。
逆に言えば、あの広川って男、あるいは協力者はそのエンブリヲ以上の力を持っているってことになる」
「マジかよ…」
カーン
と、無人の駅で鐘のような音が鳴る。
どうやら電車が近くまで来ているようだ。
「止まるのかよ?そのまま素通りってことは?」
「大丈夫みたいね。少なくとも今のこの電車に関しては」
視線を外に向ける二人。
真っ暗な線路の上を照らすライトが、駅へと近づいて来ていた。
◇
「ん……」
ガタガタ、と。
まるで電車に乗せられているかのような音を耳にして意識を取り戻す千枝。
「ここは…、……っう」
ふとうなじ辺りに鈍い痛みを感じ取り、顔を顰め。
目の前にいるモモカが青白い顔をして千枝を見つめていた。
「モモカちゃん…?一体何が…」
「千枝さん…。早く私から離れてください」
「え、何を言ってるのモモカちゃん」
「早く!私が私でなくなる前に―――――あっ」
そこまでモモカが口を開いたところでまたさっきのように彼女の言葉が途切れた。
首をカクン、と下に落とすモモカ。
「だ、大丈夫?!モモカちゃ―――」
と、モモカに駆け寄る千枝。
ギュッ
しかしいきなり顔をあげこちらの腕を握りしめたモモカの瞳を見て言葉を止めてしまう。
意識ははっきりしているように見える。しかしその顔には恐ろしいほどに表情がなく。
こちらを見つめる瞳は闇のように虚ろだった。
やがてその口がニヤリ、と釣り上がって開かれる。
「初めまして、かな。お嬢さん」
「モモカちゃん…じゃない……、あなた、誰!?」
「モモカから話を聞いていないのかな?私の名はエンブリヲ」
「エンブリヲ…、まさか…モモカちゃんの体を…!」
「察しがよくて助かるよ。こちらで説明する手間も省けるからね」
その声はさっきまでのモモカの声ではなかった。
エンブリヲ。モモカの言っていた危険人物。
確かマナを持つ者を操ることもできる、と言っていた。
「しかし、こちらで人格表出をさせてみたがどうにも不思議な感覚が残っているな。
まるでモモカに表出させた人格が私から独立してしまっているかのような違和感だ。
パスは繋がっているようだが、情報共有には少しタイムラグが発生してしまうようだね」
「モモカは…、モモカはどうしたのよ?!」
「安心するがいいさ。今彼女の意識には眠ってもらうだけ。体も健康そのものだよ。
まあ、君が抵抗するというのならば私としても少し手荒なことをしてしまうかもしれないが、その時はモモカの安全は保証しないよ。ほら」
「…っ!」
ペルソナを発現させようとした千枝は、しかしモモカの手に握られた手榴弾を見て息を飲み込む。
「私とて勝手のいい駒は失いたくないのだが、どうしようもなければ仕方がないからね」
もし下手な抵抗をすればここでそのピンを外す、と言っているのだ。
ニヤリ、と笑うように口を釣り上げるエンブリヲに悔しさのあまり歯軋りをする。
「何、抵抗しないというのならこちらとしても手荒なことをするつもりはないよ。それに君の友達、鳴上悠君には世話になっているからね」
「鳴上君…?あんた、鳴上君に何をしたの?!」
「そう怒鳴らなくても別に彼を傷付けたり、というわけでもないさ。すぐに会える」
出てきた名前は自分の友人。
エンブリヲが世話になっている、という言葉に心中で不安が広がっていく。
「理解してくれたようでなによりだよ。
では――――む。どうやら駅に停車するようだね。
くれぐれも誰か乗ってきても迂闊なことは口にしないように、いいね?」
「………」
モモカを操り続けるエンブリヲに対し、怒りを隠すことなく睨みつける。
その視線を飄々とした顔で受け流すエンブリヲ。
そうして、電車は停まりその入口の扉を開いた――――
◇
クロとヒルダの二人が到着した電車に搭乗した時、既にそこには先客が存在していた。
客席に座り込んだ二人の少女、片方は給仕服のような特徴的な衣装を纏っている。
「お、モモカじゃねえか。よかった、早めに合流できたな」
「あんたが言ってた知り合い?」
「ああ」
手を上げながら近寄るヒルダ。
しかしモモカは口を開かない。じっとこちらを見つめたまま静かに座っているのみだ。
何かおかしい、とヒルダは近寄る足を止める。
確かにアンジュ一筋な女だったが、決して無愛想ではなかったはず。
と、怪訝そうな顔を浮かべるヒルダに、隣にいた少女が口を開く。
「あ、あの。初めまして。私、は―――」
「あんたの自己紹介は後でいい。おい、お前、本当にモモカか?」
「ち、ヒルダか。まさかよりにもよって君とはね」
舌打ちするように開かれた口から出たのは少女の外見とはかけ離れた男のような声。
そしてこちらに向けられた視線は虚ろで、自我が宿っているのかすらも怪しいぼんやりとした表情が顔に宿っているのみだ。
「…てめえ、エンブリヲか!」
手にしていた銃口をエンブリヲへと向けるヒルダ。
しかしエンブリヲは焦る様子を見せることもなく、涼しそうな口調でヒルダへと話しかける。
「おや、撃つかね?だがそれをしたところで傷付くのはモモカだけだ。私には何の影響もない。
まあ私としても君の存在は邪魔でしかない。もしやるというのなら、ね」
と、その手に握った手榴弾をちらつかせるエンブリヲ。
「…てめえ…、汚えぞ!」
「私とて好んで争おうというつもりはない。君がおとなしくしてくれているなら別に何をすることもないさ。
それに、一緒にいる子もなかなか興味深いじゃないか」
と、モモカ(エンブリヲ)は視線をクロへと移す。
「なるほどね、あんたがエンブリヲか。女の子を操っていいようにしてるなんて、随分といい趣味してるわね」
「年の割には随分と肝が座っているようだね。君のその佇まいは戦士のそれに近い」
「そりゃどうも」
無造作に手を上げたりしつつもクロはモモカから目を外すことはない。
それがほんの少しでも隙を伺っている様子であるのは明白だ。
「ふむ、そろそろ出発の時間だ。君たちは支給品を置いて電車から降りてもらおうか」
「ふざけんな!」
「おおっと、指が滑ってピンを外してしまいそうになったぞ」
「ち……」
モモカの体を人質に取られている現状、ヒルダは手を出すことができない。
悔しさでギリ、と歯軋りをするヒルダ。
ギュッ
そんな握りしめられたヒルダの手にクロは自分の手を重ねる。
収まらぬ苛立ちのままクロに目をやるヒルダ。
しかし。
「…………」
クロは静かにヒルダをまっすぐに見つめている。
あくまで冷静に、そしてじっと何も語らずに。
「お前…」
と、クロはポンとエンブリヲの元に自身のバッグを放り投げる。
「ほう、そこの君はなかなか聞き分けがいいじゃないか」
「ヒルダも。あの友達助けたいんでしょ?」
「………」
関心するエンブリヲの声に苛つきながらも、クロの言葉を受けてヒルダは自身の銃を仕舞いエンブリヲに向けてバッグを投げた。
勢いよく放られたそれは、モモカが手をかざしたことでゆっくりと静止してパサリ、と床に落ちる。
「さて、じゃあ君たちは電車を降りてもらおうか」
そうエンブリヲが命じると同時に電車内にブザー音が鳴り響く。
どうやら発車が近いらしい。
抵抗する時間もない。
キッとエンブリヲを睨みながら、ヒルダはクロについて電車を降りた。
直後、電車のドアが閉まり線路上で動き始めた。
◇
「フ、これで邪魔はいなくなった」
「あんた…、覚えてなさいよ…!」
「威勢のいい娘だ。嫌いではないよ」
発車した電車の車内。
敵意を向ける千枝の言葉も受け流しながらチラリ、と後ろの降りた二人の姿を見る。
「ハハハハ………む?」
一瞬だけ後ろを確認したエンブリヲは、しかし疑問の声を上げながら再び振り向き直した。
駅のホームに立っている人影は一人分、ヒルダのものだけ。
「さっきの小娘はどこに行った?」
そう思った瞬間だった。
ビーッビーッ
響くような警告音のようなブザーが鳴り、加速段階にあった電車が急停止。
まだそこまでの速度ではなかったとはいえ停止させられた電車の衝撃にガタン、とバランスを崩すモモカの体と千枝。
「あぅっ」
その衝撃で転び込み、意識を暗転させた千枝。
そして次の瞬間だった。
電車の側面に向けて何かが飛来し。
それが赤い炎を上げて爆発したのは。
「…っ!何だ!?」
爆風が電車の扉を吹き飛ばす。
熱と風がエンブリヲの顔を捉え思わず目を閉じ。
「エンブリヲ!!」
しかしその開いた場所から飛び込んできたヒルダ。
苛つきながらもその手の手榴弾のピンに手をやる。
「私を謀るとはな!いいだろう、これはその罰だと―――――」
ドン
だがそれが抜かれることはなかった。
誰もいないはずのエンブリヲの背後から、何者かがその体を締め上げ押し倒したのだから。
床を転がる手榴弾。
その手を抑えるのは赤い外套を纏った褐色肌の少女。
「貴様……」
「支給品を全部取り上げて安心してたのかしら。だとしたら随分な慢心ね」
モモカの体を抑えながら、クロはその手に一本の縄を投影。
抵抗を防ぐために腕と足を縛り上げた。
その最中で電車の線路上に目をやったエンブリヲの目に入ってきたもの。
電車の進行を防ぐように巨大な岩でできた剣のような物体が突き刺さっている。
「なるほど、やってくれたな」
「てかクロ、お前そんな芸当できるんならもっと早く言ってくれてもよかったんじゃねえか?」
「いくら何でも目の前でやったらダメでしょ。やるなら不意打ちのようにやらないとまずい状態だったし」
電車が発車したところでクロは転移魔術を以って電車の前の線路へと転移、まず進行を封じるために可能な限り巨大な岩剣を投影。
もし緊急停止しなければこれで電車を殴る必要があっただろうから、安全装置のようなものがあってくれたのは幸いだった。
あとは投影した矢を壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)で爆弾へと変換、電車への侵入口を作りヒルダを向かわせ。
そちらに意識を取られたエンブリヲの背後に転移して取り押さえる。
「あんたが察しのいい人間で助かったわ」
「ふん。……おい、お前しっかりしろ」
ヒルダが気絶した千枝へと声をかける。
少し打ちどころが悪かったようではあるが外傷はない様子。呼吸は安定している。
すぐに目を覚ますだろう。
「フ、私を拘束してどうするのかね?」
「とりあえずその子の意識が取り戻せるまでは縛らせてもらうわ」
「そうだな、たぶんアンジュに会えば嫌でも目覚させることできるだろ」
少なくとも抵抗させずに、いずれ自我を取り戻すことができることを信じるしかない。
「なるほどな。しかし、果たしてそううまくいくかな?」
「どういう意味よ?」
クロとヒルダ。ドアが吹き飛んで吹き抜け状態になった場所に背を向ける二人は気付かない。
その向こう側に見える線路から、うっすらと人影が迫ってきていたことに。
唯一そこを視界に捉えていたエンブリヲだけがそれに気付いていた。
その人影に向かって。
「――――――た、助けてください!!殺される!!!」
エンブリヲはその体を操りながら、しかし声色だけはモモカのそれで思い切り叫び声を上げた。
◇
―――――ふざけないでっ! 人殺した事があるんでしょ。そんな人を信用出来ないっ!!!
線路の上で、キリトは一人心の迷いを精算することもできずに佇んでいた。
「…どうして、あの子はそのことを知って……」
もしかして彼女もSAOサバイバーだったのか。それともその人と何かしらの関わりを持った誰かだったのか。
分からない。しかしあの子を放っておくことはできない、そう頭は告げているのに足が動いてくれなかった。
人殺し。
もし彼女とまた会えば、きっと同じことを言って拒絶してくるだろう。
それが何よりも怖かった。
人を殺した過去と向き合わなければいけないということが。
竦む足はキリトの動きを止め続ける。
そんな時だった。
キリトの背後側の線路から、電車の動くような音が響いてきたのは。
電車。ここは線路の上だ。それくらいのものは走っているのだろう。
本来ならむしろこうしてこんなところで佇んでいるということが危険。
名も知らぬ少女を追うことが最優先であったはずのキリト。
しかしその足は反対側へと向かう。
迷いと焦燥、そして若干の恐れを抱いたままゆっくりと振り返り足を進めた。
◇
エンブリヲが助けを求める叫び声を上げたと同時にクロとヒルダは後ろを振り返る。
そこからは真っ黒な衣装を纏い片手に刀を携えた少年が走り寄ってきていた。
「てめえ…」
「――――!!ヒルダ、危ない!」
咄嗟にクロがヒルダの体を押し倒す。
その瞬間、地面に倒れこんだ二人の頭上を日本刀による突きが通り過ぎていった。
「大丈夫か?!」
「はい…。そちらの二人が、いきなり…。そこの千枝さんも二人に襲われて…」
刀で腕を縛った縄を切りながらモモカは乱入してきた男に説明する。
「分かった、ここは俺が引き受ける。君は早く逃げるんだ」
「ありがとうございます!」
モモカはそう、屈託のない笑みを浮かべ。
そしてキリトがこちらに視線を向けた瞬間、嘲笑するような笑みをこちらに投げた。
「ちょっと待って!落ち着いて話を―――その刀……」
「あんたら…、何やってんだよこんな時に!」
「くっ…」
怒りをぶつけるようにこちらにその刀を振りかざす男に対し、クロはその手に白黒の双剣を投影。
振りかざされた剣を受け止める。
「っ…ぅ、何こいつの力……、それにずいぶんヤバイもの持ってるみたいじゃない……。
ヒルダ!あんたはあいつを追って!あんたにこいつの相手はヤバイわ!」
「…分かった」
剣を受け続けるクロは逃げるモモカにも目をやりながらヒルダにそう指示する。
自分のバッグを拾って駆け出すヒルダ。
「行かせるか!」
しかしそうはさせないと言わんばかりに男はヒルダの方に意識を向けて飛び退こうとし。
キィン
その目の前に回転しながら迫った双剣を受け止めた。
「ちょっと落ち着きなさい、話を――――」
「何でだよ…。あんたたち何でこんなことやってんだよ…!」
冷静に説明すれば分かってくれるはずだ、とクロはそう思っていた。
だが、男、キリトが向けてくる視線は怒りの混じった戦意のみ。
もしキリトが結衣との遭遇で人殺しという過去を抉られてさえいなければ。
それによる逃避の選択を取った罪悪感を完全に押し殺せていれば。
まだクロの言葉を聞く余裕もあったかもしれない。
だが、そうはならなかった。
振るわれる剣はその外見や武器の特性からは想像もつかないほどの威力を吐き出している。
干将莫邪で受け止めるクロの両腕がその衝撃だけで痺れるほどに。
「お前ら何が楽しくてこんなことやってんだよ!」
剣の技量は高く、受けるだけで精一杯。
いや、正確にはクロには受けることしかできないというべきだろう。その手にした刀の持つ力を読み取ったからこそ。
「待ちなさいって!てかその刀ヤバイっての!ちょっと聞きなさいよ!」
「うるさい!」
振りかざされた刀の衝撃を後ろに逃しつつ下がって後退。
同時に両手の双剣は砕け散った。その剣の力に耐え切れなかったようだ。
(…仕方ない、少し痛いかもしれないけど我慢してね)
あの技量と能力に対して剣技で抑えることはできないだろう。
ならば。
と、クロは宙に向けて6本の剣を投影。
キリトに向けて一斉に投射する。
「うおおおおおおおお!!」
それを難なく弾く、どころかそのうちの一本をキャッチし己の武器のように構えて攻め込んでくるキリト。
二刀流を構えてクロへと突撃をかけ。
しかしその途中でクロの投影した剣が爆発。
不意の出来事に後退を余儀なくされる。
「な…!」
驚きながらも爆風の向こう側からの攻撃を警戒して構えるキリト。
しかし。
ドゴッ
放たれた蹴りはキリトの背後からのもの。
目眩ましで視覚を奪った後、後ろに転移したクロがキリトの首を横から蹴り飛ばしたのだ。
そのままキリトの体は宙へと浮かび座席へと叩き付けられて倒れこむ。
「……さすがにあれだけの力あるんなら死にはしないでしょ。しばらくそこで寝てなさい」
確かに冷静さは足りていなかった様子。
だが、少なくとも助けを求める者を助けようとしたのだ。悪い者ではないだろう。
であれば殺す理由もない。別に殺さねばならないほど切羽詰まった戦いというわけでない。意識を奪う手段くらいならある。
「さて、ヒルダを追いかけないと……」
と、電車から出ようとしたその時だった。
ガタッ
「―――――!」
背を向けた一瞬で、後ろに聞こえた足音。
咄嗟に振り返ったクロの視界に入ったのは、こちらに刀を振りかざして迫るキリトの姿。
(…間に合わな……っ)
投影も間に合わない。対応できる距離ではない。
その剣筋はまっすぐに腕に迫り―――――
「―――ペルソナ!!」
クロの体にその剣が触れるかどうかといった辺りで周囲に響き渡る声。
そして次の瞬間、二人の間に仮面で顔を纏った女のような影がキリトの刀を受け止めていた。
声の主をたどると、気絶していた
里中千枝が意識を取り戻していた。
キリトの刀を受け止める影、それこそが彼女のペルソナだった。
「君、大丈夫か?!こいつらに変なことされたって…」
「…やっぱりそんなことに。違うの!その二人は私達を助けようとしてくれただけで!
あの子を、モモカを操ってるエンブリヲってやつが元凶なのよ!」
◇
「その程度かね、ヒルダ?」
「ちっ、ちょこまかしやがって……」
「この体は限界を越えての運用ができるからね。例え君がいくら鍛えていようと、それ以上の力を出すことは難しくないのだよ」
牽制のつもりで銃を向けると明らかに銃弾が急所を撃ちかねないような場所に移動してくる。
加えてその身体能力は自分以上にちょこまかと素早く動く。
おかげでろくに武器も持っていない素手の相手に対してこうも苦戦を強いられている。
「ほら、どうした?撃たないのかい、その銃を?」
「舐めるなぁ!」
頭を狙うように回し蹴りを放つがあっさりと避けられ、軸にした足を逆に払われて地面に転がり込むヒルダ。
「フ、サリアのように使い道のある娘でも、アンジュのような愛すべき者でもない、そして私の邪魔をするというなら別に死んでもらっても構わないのでな。
いっそここで死んでみるか?」
「く…離せ!」
そのままエンブリヲはヒルダの首を絞めながら持ち上げ、線路の端、奈落へと続く闇へと掲げる。
腕を殴り抵抗するが、エンブリヲは離す様子を微塵も見せない。
いくら腕を殴ろうと、それでダメージを受けるのはモモカであり、エンブリヲには何の影響もない。
「では、さようならだ」
そのまま、抵抗する腕を振り解いたエンブリヲは、放るように腕を振るってヒルダの体を投げる。
闇の中に落ちていくヒルダの体。
どこに続くかも分からぬ奈落。しかし待つのは死だろう、と諦め。
ドサッ
しかしその体を何者かが受け止めるような衝撃がヒルダに届く。
目を開いたところにいたのは、謎の仮面を被った人間とは思えぬ何か。
「…よかった、間に合った……」
千枝が浮遊するペルソナ・トモエを動かしながら安堵する。
「お前…、よくも騙してくれたな!」
「ふん、もう少しは時間を稼げるかと思ったのだが」
「観念してその体をその子に返しなさい」
背後から剣を突き付けながら警告するクロ。
「ふん、忘れてはいないかね?この体を攻撃したところで傷付くのはモモカ本人だけだ、ということに」
「………」
しかし、エンブリヲの言うように状況は好転こそしたが逆転したというわけではないのだ。
いかに追い詰めようとも、モモカの体そのものを人質に取られている現状。
追い詰め取り囲んだところで、状況が静止してしまっている。
「そうだ、私にはいくらでも手はあるんでね。例えば――――」
と、エンブリヲはモモカの体の下に隠していた手榴弾を放る。
モモカに支給されていた手榴弾は5個。うち一つは電車内に取り落としてしまった。
よって残りの数は4つ。しかし今ここにいる人数は自分を除けばちょうど4人。
状況を切り抜けるにはちょうどいい。
マナの念動力で一斉にピンを外して各々のメンバーの元に手榴弾を射出。
気付いた一堂が一斉に離れようとするが、そこは線路の上、外れた場所にあるのは奈落の闇。対処するには狭すぎた。
各々に向けて飛んでいった手榴弾がほぼ同時のタイミングで爆発。
周囲に爆風をまき散らす。
その爆風でモモカの皮膚が焦げるような熱を感じていたが、操っているだけのエンブリヲにとってはどうというものではない。
この周囲を覆う煙に紛れてこの場から離れよう、とふと空を見上げたその時だった。
空中に浮かぶ謎の光が見えたのは。
「何?」
目を凝らして見ると、そこにいたのは背から羽のような形の光を放つ何者か。
この場においていた唯一の男、キリトだった。
手榴弾による爆発があくまでも牽制でしかないことを把握することは容易い、しかし実際に対処できるかは別問題だった。
だが、キリトだけはこの場において自在に3次元的に動くことが可能な参加者だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そのまま、逃がすものかと言わんばかりに刀を振り下ろすキリト。
迎撃せんとマナの力で石を飛ばすが牽制にすらならぬまま弾き返される。
そしてモモカの体へと迫ったキリトは、刀を振り下ろして―――――――――
爆風が晴れた頃、キリトを除く3人、クロ、ヒルダ、千枝は。
「…危なかったわ」
咄嗟にクロが手榴弾の爆風から身を守るように自分、そして千枝とヒルダ、そしてキリトの付近に剣の束を盾のごとく地面に投射。
どうにか爆風によるダメージを軽減させることはできた。
それが逆に視界を封じて逃げ道を作ってしまうというエンブリヲの狙い通りになっていることが逆に癇に障っていたが。
しかし目の前で飛行するキリトの存在を確認して、キリトはエンブリヲの裏をかくことには成功していたらしいという事実に安堵し。
「―――――――!」
直後、その振りかざしている刀が刀身むき出しの状態であるのを見て顔色を変えた。
『ちょっと説明してる時間がないし確信が持てないからはっきりとは言えないけど、その刀の刃は絶対に鞘から出しちゃダメよ。
相手を殺すつもりでもないんだったら、絶対に』
『どうしてだよ?』
『何か、私の勘が告げてるのよ、それ相当ヤバイやつだって』
それはここにくるまでの短時間の間にキリトにした警告。
もしそれを振り回すのならば決して鞘から抜くな、と。
その鞘はどうやら爆発の際衝撃で吹き飛んでしまっていたらしい。
そして、その刃を、今モモカへと振りかざしている。
◇
キリトの中にあったもの。
それは恐怖と焦りだった。
恐怖―――人を殺したことを他者に知られること、向き合わされることに対する強い恐怖。
焦り―――その恐怖が自分の判断を誤らせてしまい、事態を悪化させたことに対する焦り。
つまるところ、その時のキリトは冷静ではなかった。
だから意識すらしていなかった。
空を飛んでモモカに迫る自分の刀、村雨が鞘を失ったむき出しの状態であるということも。
そしてモモカの反応力がいくら優れているとしても、キリトの一撃を完全に回避できるほどのものではなかった。
一つ一つは小さなこと、しかしそれらが積み重なった上でのキリトの心境は決して戦いに赴いていい者のそれではなく。
だからこそ、事態の解決には最悪の結末をもたらすことでの終焉を迎えることとなる――――――。
◇
キリトの一閃は、モモカの前腕部を一直線に切り裂いた。
もとより殺すつもりはない。だからこそ警告のつもりでの一撃。
そのはずだった。
「………え?」
傷口から血が流れるより早く、そこから謎の黒い模様が浮かび上がる。
それはまるで呪刻のように広がり、モモカの体目指して奔っていく。
「……!何だこれは……」
エンブリヲすらも驚愕し動きを止める。
「この、バカ――――――――」
一人事態が把握できたクロが駆け出す。
走りながら詠唱と共にその手にギザギザの刀身を持った短剣を作り出し。
モモカの首筋へと黒い呪刻が到達し。
キリトを押し退けてモモカの元へと駆け寄るクロは。
その傷口に向けて、短剣を突き刺し。
「――――――――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)……!!」
ビクン、とモモカの体が痙攣すると同時、その真命を唱えた――――――
地面に膝をつくクロ、少し遅れて仰向けに倒れこむモモカ。
そんな二人に3人が駆け寄る。
「おい、何が起きてんだよ」
「……今確信が持てたわ。キリト、あんたの刀、どこで拾ったものかは知らないけど、それは斬った相手に必殺の呪毒を流し込む特性を持った刀よ。
例え斬られた相手は、どんなかすり傷だろうと傷を通して毒が心臓まで巡って死に至るわ」
「…え、何だよそれ。どういうことだよ……」
「ルールブレイカーでも相殺しきれるものじゃなかった。まだ息はあるけど、残った毒の効果でまもなくこの子は死ぬわ」
呪いであれば、間に合えばまだ助かったかもしれない。しかし呪毒であるこれはどうにもならなかった。
「おい、待てよモモカ!お前アンジュにずっと仕えるんだって言ってたじゃねえか!こんなところで死んでる場合じゃねえぞ!」
「ごめ…ん、なさい…。皆様に、迷惑をおかけしてしま、って……。だけど、これでよかったのかもしれ、ません。アンジュリーゼ様に、迷惑をかけてしまうところでしたから…」
「待ってよ…、モモカ!」
「千枝、さん……、もしアンジュリーゼ様に会ったら…よろしくお伝えくだ、さい」
徐々に弱っていくモモカの呼吸。
エンブリヲの意識は既に出てくることはない。
だが、こんな結末、モモカ自身の死を持っての終結を求めていたものなどこの場には一人もいなかった。
そのために皆あの手この手で抗っていたのだから。
「アンジュリーゼ、様……。先立つ不幸を……お許しくださ―――――――」
「おい」
「モモカさん…っ!モモカさん!!」
言葉を呟く途中で、そのまま何も口にすることも動くこともなくなったモモカ。
ヒルダの、千枝の呼びかけにも何も答えない。
既に彼女に脈はなく、その心臓も完全に止まっていた。
【モモカ・荻野目@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 死亡】
「…嘘だ」
自分の手にある刀、そしてそこに僅かに付着した血。
それを見ながらキリトは後ずさる。
「おい、テメエ…!」
「ちが……俺じゃ……」
「…残念だけど、その刀がモモカを殺したってのは事実よ」
冷酷にそう告げるクロの言葉に、キリトの思考から様々なものが抜けていく。
そうして残ったのは。
――――人殺した事があるんでしょ。そんな人を信用出来ないっ!!
かつて一人の少女に言われた人殺しという言葉と。
目の前で息絶えた一人の少女、その下手人であるという事実。
人殺し。
そう、人を殺した。
自分が、殺した。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その事実に恐慌状態に陥ったキリトの精神は。
最もその状態から持ち直すことが容易いと考えられる選択肢を体に選ばせた。
それは、逃避。
「おい、逃げんなてめえ!」
呼び止めるヒルダの声も聞こえないかのように逃げるキリト。
こっちを振り返りもせずに線路の上を駆け抜けていく。その速さはかなりのものだ。まるで生身の人間ではないかのような。
無論、このまま放っておける状態でもない。
こちらの問題としてもあちらの問題としても。
「おい、追うぞクロ……ってどうした?」
「ごめん、しばらく追えるような状態じゃない」
と、追おうとしたヒルダ。しかし振り向いた先にいた、膝をつくクロの表情は芳しくない。
「もしかして、さっき言ってた魔力とかいうやつか?」
「ちょっと色々作りすぎたみたいで、ね。ただ今は補給してる暇はなさそうだし。
先に向かってて。少し落ち着いたら追いかけるわ」
「…分かった。早めに追いついてこいよ」
そうしてヒルダは、キリトの去った方に向けて走り出した。
残ったのは、友達・モモカの死を悲しむ千枝と魔力消耗によって動くこともままならぬクロのみ。
(…さすがに今補給できるような空気じゃない、か……)
幾重にも続いた投影の影響で不足した魔力は体の不調に直結する。
その動けぬ状態。しかし場所は線路上、もし電車が来ることがあれば撥ねられて死ぬ危険性も高い。
まずは線路の上から退こう、と重い腰を上げた。
◇
一撃必殺村雨。
それは斬った対象に確実な死を与える日本刀型の帝具。
そもそも帝具というものには相性がある。
それを負担なく使いこなすことができるかどうか、というもの。
キリトに支給されたそれは果たして本当にキリトにも扱えるものであったのだろうか?
確かに剣士である彼にとっては刀という武器は相性のいいものだということに間違いはない。
しかし、キリトは殺人に対する忌避の念が強い少年であり。
与えられたこれは相手に確実な死を与える武器だった。
その噛み合わぬ適合性は、この武器の使用に対して大きな制約をキリトに課していた。
精神不安定状態で走るキリトは気付かない。
自身の魔力が不自然なほど大きく減らされていることに。
確かにキリトが村雨を使えば他者に殺人の呪いを与えることはできるだろう。
しかしそれはキリトに対して大きな消耗をもたらしていた。
スキルの使用に際しての大きな魔力消費、それが不適合な帝具を使うキリトに与えられた代償。
現状魔力消費は40%。うち村雨が消費させた魔力は50%にも及ぶ。もしこのままもう一度使えばキリトの魔力だけで賄うことはできない。
そうなった場合に代わりに奪われる代償は?
それは、キリトにとっての生命線であるHP。
もし村雨を使い続けることがあれば、キリト自身の命を蝕んでいくことになるだろうという事実に。
キリトは気付いていない。
【??? 線路上/1日目/黎明】 (D-7、C-8、E-8のいずれか)
【キリト@ソードアート・オンライン】
[状態]:HP残り5割程度、魔力残り4割、精神不安定
[装備]:一斬必殺村雨@アカメが斬る!
[道具]:デイパック 基本支給品、未確認支給品0~2(刀剣類ではない)
[思考]
基本:このゲームからの生還
1:俺が…殺した…?
[備考]
名簿を見ていません
登場時期はキャリバー編直前。アバターはALOのスプリガンの物。
ステータスはリセット前でスキルはSAOの物も使用可能(二刀流など)
生身の肉体は主催が管理しており、HPゼロになったら殺される状態です。
四肢欠損などのダメージは数分で回復しますが、HPは一定時間の睡眠か回復アイテム以外では回復しません。
GGOのスキル(銃弾に対する予測線など)はありません。
※村雨の適合者ではないため、人を斬ってその効果を発揮していくたびに大きく消耗していきます。
魔力から優先して消耗し、もし魔力が尽きればHPを消耗していくでしょう。
【ヒルダ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(中)
[装備]:グロック17@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2
[思考]
基本:進んで殺し合いに乗る気はない。
1:アンジュ達を探す。
2:キリトをとっ捕まえてクロと合流する。
3:アンジュに出会えたら平行世界について聞いてみる。
[備考]
※参戦時期はエンブリヲ撃破直後。
※クロエの知り合いの情報を得ました。
※平行世界について半信半疑です。
※二人がどの方向に向かっているかは次の書き手にお任せします。
【D-7 線路上/1日目/黎明】
【
クロエ・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]:健康、魔力消耗(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3
[思考]
基本:脱出する。
1:イリヤ、美遊と合流。
2:ヒルダと組む。
3:脱出に繋がる情報を集める。
4:魔力をどうにかしないとキツい。
[備考]
※参戦時期は2wei!終了以降。
※ヒルダの知り合いの情報を得ました。
※クロスアンジュ世界の情報を得ました。
※平行世界の存在をほぼ確信しました。
【里中千枝@PERSONA4 the Animation】
[状態]:疲労(中)、悲しみ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考]
基本:殺し合いを止めて、みんなで稲羽市に帰る。
1:悠、クマを探す。
2:モモカ、銀の知り合いを探す。
3:足立さんは微妙に頼りにならないけど、どうしようか。
4:モモカちゃん……!
[備考]
※モモカ、銀と情報を交換しました。
※モモカの支給品(基本支給品、不明支給品1~2、モモカの防弾フライパン@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞)がモモカの近くにあります。
※D-7ルートの電車は浦上の死体の影響で運休となっています。しかし運転に影響を与えるものではないため運転再開までそう時間はかからないと思われます。
※東西ルートの電車はD-8付近でバーサーカーの岩斧(クロの投影品)によって運休となっています。
※電車の運行について
もし線路上に障害物の存在が確認された場合、一時的な運転休止処置がなされた後必要に応じて障害物の撤去が行われるなどの処置の後運転再開となります。
どれほどの時間で再開となるかの詳細は不明です。
なお障害物には生存中の参加者、意志持ち支給品などといった生きている者に対しては適応されません。
※エンブリヲにモモカからの情報が届くまでに一定のタイムラグが発生する様子です。
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最終更新:2015年06月25日 01:40