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ヘミソフィア ◆QO671ROflA


その男───魏志軍は途方に暮れていた。
彼の周りでは、気が遠くなるくらい広大な闇が広がっている。

いつ終わるかわからない無限の暗闇の中で、魏は後悔していた。

つい30分ほど前、魏は偶然自分以外のゲーム参加者の一団と遭遇した。
魏は、何の躊躇いもなく彼らに手を掛けた。
この殺し合いゲームを真摯に受け入いれていた魏であったため、制圧は容易だった。

魏自身もある程度の消耗はしたが、リーダー格と思われる青年の殺害に成功した。
他の参加者らには逃げられてしまったが、これ以上の消耗を避けたかった魏にとっては好都合な事だった。

不都合はその後に生じた。

時を経たずして雲が次第に月を隠して行き、辺りが真っ暗になってしまったのだ。
現在位置を把握していなかった魏は、いとも簡単に道に迷ってしまう。

(あの戦闘の後……“あの男”を探し出すよりも、現在地を特定する事を優先すべきでしたね……)

契約者らしくもない後悔を浮かべながら、魏はとぼとぼと歩を進めた。




このゲームの参加者の一人である“黒”という男の存在が、魏を徹底的に焦らせていた。

遡る事、ゲームに参加する数ヶ月前。
魏は自身が所属していたマフィア《青龍堂》を完全掌握すべく、ボスの一人娘を利用してクーデターを起こした。
彼女自身、青龍堂を嫌悪していたため扱うのはいとも容易かった。

しかし、結果は魏の思惑とは裏腹に散々なものであった。

突如介入してきた《組織》のエージェント“黒の死神”らの乱入によって計画は破綻。
魏は、黒の死神の攻撃によって電撃を浴びてしまう。
今でも、その時に負った傷痕が痛々しく、彼の左半分を覆っている。

クーデター失敗後。
魏は命からがら逃げ延び、裏社会で“伝説の情報屋”とまで形容された凄腕の情報屋マダム・オレイユを尋ねた。

彼女より、「黒の死神が、《黒(ヘイ)》というコードネームを与えられていること」や「組織に密かに敵対し、行動を起こそうとしているイブニングプリムローズという別組織の存在」を知らされる。

黒に味合わされた屈辱を晴らすべしと、魏はイブニングプリムローズに接触を試みようとするも、突然意識を失ってしまう。
気付けば拘束されていて、『殺し合いゲーム』の説明を受けていた。
その長い説明も終わった後、魏は再び意識を失う。

目を覚ますと、今度は辺り一面不気味な草に覆われた草原に横たわっていた。

傍にはデイパックが転がっており、中からはそれなりに役に立ちそうな武器が何個か見つかった。

その中でもナイフが何本も見つかったのは、彼にとっては好都合な出来事だったと言えよう。

魏はすぐさまそのナイフで指先を切ってみた。
痛い。
痛覚が正常に機能している。
この馬鹿げた殺し合いは幻覚の類ではなく、本物の殺し合いに違いないと魏は確信した。

さらに、デイパックの底にあった参加者名簿から『黒』の名を見つけたことにより、彼の殺戮衝動は一層と奮い上がった。

かくして魏志軍は、この殺し合いに身を投じる事を決意したのであった。




そう思いたったまでは良かったが、問題はその後である。
彼は明らかに夜道に迷っていた。
引き返す事も考えたが、まずここがどこなのか分からない以上、それすらも叶わない。
かといってここで夜が明けるのを待つのは危険過ぎた。

今夜襲を受けてしまったら、ただでさえ先の戦闘で消耗している魏にはほぼ勝ち目は無いと言えよう。
今の魏には、デバイスのライトを頼りに暗闇を突き進む以外道はなかった。






かれこれ何時間歩き続けただろう。

月を隠していた雲も晴れてきて、徐々に視界は良くなっていた。

そんな折り、魏の視界を光を発する何かが遮った。
目を凝らして見る。
月光に照らされ発行するそれは、どうやら鍋のようだった。

(そう言えば、あの青年が構えていたのも鍋でしたね)

魏はその鍋に手を伸ばした。
鍋は欠けており、この痕から見てあのリーダーが手にしていたものと見ていいだろう。

(ようやく戻って来れましたか……)

魏は安堵した。
そのうえに、さらなる幸運が重なる。

鍋の下から、青年のものであろうデイパックを発見することができたのだ。
もっとも、デイパックの損傷は鍋以上に激しかった。
中でペットボトルが破裂したらしく、地図や参加者名簿・支給品の取扱説明書などは字が滲んで読めなくなっていた。
食料も到底食せるような状態ではない。


しかし、最後に見つかった見つかった双眼鏡と、眼鏡を掛けた女性の写真が写るIDカードが、彼の興味を一層惹き立てた。

「先進状況救助隊(MAR)隊長兼付属研究所所長 テレスティーナ=木原=ライフライン」という長々とした肩書。
その横の写真の右下に「3」という赤文字がでかでかと記載されている。

(このIDカードは……一体何なんでしょう?)

暫し黙考するも、彼の記憶に思い当たる節はない。

(とりあえず、IDカードは保留にしておいて……双眼鏡も、こんな暗闇では役に立ちそうもありませんが……)

念のためと、魏はデイパックの中からIDカードと双眼鏡を抜き取り、自身のデイパックの中に放り込んだ。

その時だった。

魏のいる場所からそう遠くない所に、月明かりとは違う光が見えたのは。

(あそこに、施設でもあるのか?)

魏は、すぐさまその光源へと駆け出した。






「能力研究所」
その建造物が地図におけるその施設である事を魏が知ったのは、屋内に入ってから数分後の事であった。
屋内に入るなり、まず目に入るのは妙に近代的な化学機器の数々であった。
その中には、時より裏社会で耳にする事のあるかなり大型のパワードスーツやドローンなど、今所持している武器よりも役に立ちそうな武器が相当数見受けられた。
そして、それら全てに共通する事は、どれも動かせないという事だった。
魏は何度もそれらに手を掛けたが、まるで機能する気配はなく、機器からは「認証エラー」という耳障りな機械音だけがひたすら連呼されるばかりである。

(あのIDカードはもしや、これらの機器のキーロックのような効果を果たしているのでは?)

魏はそうとも思ったが、現実は違った。
IDカードをまずどう使用するのか。IDカードを読み取るような挿入口などの設備はどこにも見当たらない。
魏は思惑が外れ舌打ちする。
そんな矢先、パワードスーツが成す列の後方部分に能力研究所のフロア見取り図の張り紙があるのを発見する。
そこには確かにその表記はあった。

《先進状況救助隊付属研究ラボ》

手元にあったIDカードを再度確認するが、やはり先進状況救助隊というワードが両者共に共通している。
しかもこの見取り図を見る限り、ラボまではそう遠くはないらしい。
元より夜をこの研究施設内で明かすつもりだった魏は、そのラボの方へ足を進めた。




研究所内に別のゲーム参加者が居ないか警戒しつつ、それでも可能な限り小径を駆け抜けた魏は、案外すぐにラボに足を踏み入れた。
どうやらあの青年ら一団はこの研究施設内には居ないようだった。
尤も青年の死体がなくなっていた以上、自分同様彼らは一度この付近まで戻って来て死体を何処かへ運んだのはほぼ明白な事実だったが。
となればそう遠くへは行っていないはず。
そんな疑念を内心浮かべつつ、魏はラボ内を渉猟する。
いざ入ってみたラボ内は、今までのフロアとは明らかに一線を画しており、ラボにはさっき見てきた物とは比べ物にならない程大型のパワードスーツが列を成していた。
パワードスーツは数機ずつに分割されて半透明な格納庫に収納されており、その格納庫だけでもラボの大部分の面積を占めているように思えた。
魏は、まずその格納庫へと足を運ぶ。
やはりそこにもIDカードが使えそうな設備は見当たらない。
相変わらずパワードスーツを無理やり動かそうとすると、「認証エラー」という機械音が耳に響く。

(まあ現在地も特定出来たわけですし、いいとしますか)

魏はその場を後にしようとする。
しかし帰り際、魏はラボにもう一つ部屋がある事を発見した。
そしてその部屋には銀色のプレートが貼ってあり、そこには「テレスティーナ=木原=ライフライン」の表記があった。

(この部屋かもしれませんね)

魏は再び片手にIDカードを持ち、その部屋のドアノブに手を掛けた。
「認証エラー」。もはや聞き飽きていたその機械音がまた響く。
だが今回は今までとは少し異なっていた。
ドアノブのすぐ上の部分が発光し、赤いポイントと「IDカードをかざしてください」という文字が表示されたのだ。
魏はIDカードをそこにかざす。
「テレスティーナ=木原=ライフライン、認証」
その機械音と共にギィというまた異なる耳障りな音を立てながら、その部屋の扉は開かれた。




その部屋はどうやら倉庫のようで、さっきのドア前のネームプレートを見た限り、あのメガネの女の個室と見て間違いないようだった。
部屋の中は相当な数の紙で散らかっており、その紙に大まかに目を通すと「能力体結晶」というワードが何度も書かれた、それは謂わばレポートのように思えた。
辺り一面、紙で覆い尽くされた部屋を更に奥へ進むと妙にスペースを取っているその機器はあった。
その機器の形状は電話ボックスに良く似ていた。
そして遠目でも分かったが、その機器にもあのドアで見たような赤いポイントと「IDカードをかざしてください」という文字が表示されている。
魏はその機器にすぐさま足を運ぶ。
ただその機器に関しては、さっきまで見てきたパワードスーツやドローンとは違い、使用用途がまるで理解出来なかった。

(IDカードでロックが解除出来そうな機器はこれのみのようですね。
もしやこれはあのパワードスーツ以上の効力を示すんじゃないのか?
そもそもこれしかIDカードが使えそうもない以上、使うに越したことはないですかね)

魏はIDカードをポイントの上にかざす。
「テレスティーナ=木原=ライフライン、認証」
ガチャッという音と共にキーロックは解除される。
その時、IDカードの数字が1に切り替わったのだが、魏はその事実に気付かない。
どうやらこの機器はドアの開け方まで電話ボックスと変わらないらしい。
魏はそのボックス内に入るやいなや、内側からはまるで見えなかったこの機器の使用用途をまとめた張り紙を目にする。
その張り紙を要約すると、
【この機器は物質転送装置であり、この機器を使用すればラボから武器庫まで瞬間的に移動することが可能】らしい。
随分と突飛な用途説明が書かれていたが、魏自身の契約能力の本質も【物質転送】であるだけあって、懐疑心は全く持たなかった。
寧ろ、魏の契約能力では自分自身の転送は出来ないのに対し、この物質転送装置はそれを可能にしているのだ。

(これを使えば、想像以上に黒と早く接触出来るかもしれませんね)

到底合理的とは考えられない契約者らしからぬ考えが魏の脳裏を過る。
それだけ魏志軍は黒に固執していたのだ。
魏は「能力研究所の付近にある筈のない地獄門(ヘルズゲート)が存在しており、黒は地獄門を目指しているので、このまま待ってさえ居れば遭遇する可能性が高い」という現状を無視し、感情論に走った。
再び内側に赤いポイントと青いポイントが表示される。

【転送を実行しますか?実行なら赤を。キャンセルなら青をタップしてください】

魏は何の迷いなく、赤をタップした。
刹那、魏の身体は青白いポリゴン片と化し、次第に転送が始まった。



【F-2(→A-4)/能力研究所(→武器庫)/1日目/黎明】

【魏志軍@DARKER THAN BLACK黒の契約者】
[状態]:健康(顔に火傷の傷)、黒への屈辱、右腕に傷(止血済み)
[装備]:DIOのナイフ×9@ジョジョの奇妙な冒険SC、スタングレネード×2@現実
[道具]:基本支給品×2(一部欠損)、テレスティーナ=木原=ライフラインのIDカード@とある科学の超電磁砲、暗視双眼鏡@PSYCO-PASS、ランダム支給品(確認済み)(1)
[思考]
基本方針:全ての参加者を殺害し、ゲームに優勝する
1:BK201(黒)の捜索。見つかり次第殺害する。
2:合理的な判断を怠らず、消耗の激しい戦闘は極力避ける。
[備考]
*テレスティーナ=木原=ライフラインのIDカードには回数制限があり、最大で使用できる回数は3回です(残り1回)。
*上記のIDカードがキーロックとして効力を発揮するのは、本パートの劇中に登場した“物質転送装置”のような「殺傷能力の無い機器」・「過度な防御性能を持たない機器」の2つに当てはまる機器に限られます。
*暗視双眼鏡は、PSYCO-PASS1期10話で槙島聖護が使用したものです(魏はこれを暗視機能のないごく一般的な双眼鏡と勘違いしている)。


【物質転送装置@オリジナル(世界観:とある科学の超電磁砲)】

テレスティーナ=木原=ライフライン率いるMAR(先進状況救助隊)が独自開発した装置。
学園都市における空間転移系能力者の能力を解析し、それを応用している。
2つの機器でワンセットとなっており、片方から片方へ指定した物質を転送する事が可能。
転送の過程で時間にロスが生じ、送る側から送られる側へのロスタイムは大凡30分である。
1つは能力研究所内のテレスティーナのラボにあり、もう1つは武器庫内に設置してある。


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021:こうして彼らのまちがった殺し合いが始まる。 魏志軍 081:曇天

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最終更新:2015年08月28日 05:25