063
サイコパス見し、酔いもせず… ◆jk/F2Ty2Ks
地図上に載っている最も近い建物まで、特に問題なく到着した。
数年来刑事として、そして僅かな期間とはいえ犯罪者として積んだ経験は、この殺し合いの場では大きな武器となる。
他人は無駄だと笑う鍛錬を積み、息を殺して周囲を探索するのに慣れた甲斐はあったといえるだろう。
目の前の建物の名は図書館。昨今では廃れた類いの公共施設だが、何より驚いたのはその外壁だ。
(外装環境ホロが施されていない?)
日本国内ならほぼ例外なく、エリアストレスの増加を防ぐ為に最も適切な外観を模す環境ホロは実装されているはずだ。
自然が多いエリアとはいえ、これだけの建築物にまで精神衛生上必須のそれがないのは明らかにおかしい。
建物に入る前にこの区画を調べたが、ドローンの中継器や設置式のサイコパススキャナーすらここにはなかった。
俺は呼吸を整え、支給されたデバイスをもう一度取り出した。こちらもやはり、数世代などというレベルではなく古い。
まさかここは国外なのか? これだけの規模の会場ならばそう考えたほうが自然ではあるが……。
(拉致されてから一日以上経っているとは考えられない)
槙島との交戦時に強打した体の痛みは、朱と別れた後と今とで全く変わらない。
それほどの短時間で俺と槙島を無力化して国外まで移送することが可能なのか?
だがそれを考えても仕方がない。俺はガラスの押し戸を開き、図書館に足を踏み入れた。
内装も、やはり前時代的なものだ。人間の気配がないことを確かめて足早に受付に進み、見取り図を眺める。
分けられている区画の一角に目が行き、自然と言葉が漏れる。
「……『電子書籍コーナー』?」
わざわざ分けている以上、他の区画にあるのは全て紙の本なのだろうか。
印刷物の出版が激減した現在の人間社会では考えられないことだ。
情報を印刷して雑多個別に分割し、実体のある紙束を突っ込む棚空間というデッドスペースを大量に生成して
保管しているのならば、この建物の広さも頷ける。槙島がここに来たならば、時間も状況も忘れて徘徊するだろう。
(モノがあれば、罠を仕掛けるんだがな)
歩いて回ると、紙の本を収めるために背丈の高い棚がずらりと並んでいる。
死角も多く、燃える物が沢山あるので爆弾などを効果的に配置すれば槙島を追い込んで殺すのに使える場所だろう。
本の背表紙を見ながら進む。ミステリー、詩集、戯曲、怪奇系から歴史書、百科事典、聖典に到るまで蔵書は幅広い。
「……?」
そういった一度は読んだことのある情報の断片の中に、ふと目に止まるものが一冊。
『シビュラシステム30年の歩み』という題名の、なんということはない装丁の文庫本。
その隣、『大覇星祭の7日間で学園都市を歩きつくす!』という新書に手を伸ばす。
学園都市。このバトルロワイアルが始まる時に、広川の口から出た単語だ。
パラパラとページをめくって内容を頭に叩き込む。
「ジョーク本の類にしか見えないが……」
この書籍では、学園都市という巨大な都市が日本の中心部に存在する前提で、その観光案内を行っている。
だが、当然こんな都市は実在しない。職業訓練課程に入りたてでも、日本の地理は知っているだろう。
そんな子供騙しにもならない前提であるのに、内容には一切の緩みがない。
ノンフィクションであるという確信の元に綴られた文章が最後まで連なっている。
「……」
ディバッグの中に本をしまい、足を進める。
この建物は入念に調べる必要があると、直感じみて嗅覚が告げていた。
施設を歩き回り、『大7歩き』に類似する特徴を持つ本を探す。
数時間ほど経っただろうか。2階の北側の区画で5冊目を見つけて中身を精査している最中、闖入者に気付く。
俺が扉に仕掛けた、音を鳴らす仕掛けが作動したようだ。
ただの一般人なら、この状況下にあることを鑑みれば仕掛けを設置した俺の存在を察知して逃げ出すだろう。
だが窓枠に体を寄せて階下の入り口を覗き見ても、走り去る人間の姿は確認できない。
「行くか」
本を銃へと持ち替える。願わくば、弾倉を空にするべき相手であって欲しいものだ。
侵入者の行動は素早かった。
入り口の脇に倒れて転がっている消火器は噴出していたが、床に広がったピンクの粉塵には足跡が残されていない。
つまり仕掛けが作動して粉が撒き散らされるより早く、入り口周辺から奥まで走り抜けたということだ。
二階のエントランスまで駆け上がるほどの時間はなかったはずだ。
つまり今、階段を俺が抑えている以上、まだ相手が一階にいることは間違いない。
(ここから見えるところにはいないようだな)
吹き抜けの階段を下りている最中に攻撃されないことを確認して、階段に足を踏み出す。
足早に降り切って、一刻も早く正体を確かめる……そんな俺の思惑は、次の瞬間に打ち破られた。
4段目を駆け下りた時、僅かな違和感を感じて立ち止まる。木製の段差部分に、ワイヤーが巻きつけられていた。
ギュン、と伸縮するワイヤーは、吹き抜けの階段の真下に隠れていた侵入者を宙に浮かばせる。
俺が振り返ると同時に頭上を越え、階段の最上部に降り立ったのは、少女を脇に抱えた全身黒一色の男。
その病的な服装よりも、俺の目はその男の目に引き付けられていた。
(潜在犯……!)
その男の両眼は、シビュラによって最大幸福を保証され、合理性のみに生きるまともな人間とは似ても似つかない。
非合理性を孕む、犯罪者に到る因子を持つ男であると、ドミネーターがなくとも即座に判別できた。
少女の方からは、それらしい脅威は感じない。サイコハザードを受けている様子はないが、人質にされる危険はある。
うかつに銃を向けて刺激するのは悪手……ただしそれは俺が刑事の頃ならば、の話だ。
迷いなく銃を突きつけ、発砲する。初手で殺せればそれで終わる。
だが、男は銃弾の軌道を予測したかのような動きで初弾をしのぐ。回避したのではない。
黒いコートを翻し、銃弾をまるで体で受け止めるかのように受けて弾き飛ばしたのだ、
「防弾か!?」
「離れていろ」
少女を突き飛ばし、階段から飛び降りるかのように突進してくる男。
その僅かな挙動に、違和感を覚える。この男にとって少女は戦闘に巻き込みたくない存在なのか?
一瞬の迷いが、男の突き出した手を払うチャンスを逃す。
吹き抜けの階段から足を踏み外し、宙に浮く感覚。銃を取り落とす。
男の右手は俺の首下を掴み、左手には階段に巻きついたワイヤーが保持されている。
このままでは俺だけが地面に叩きつけられるだろう。咄嗟に両手で男の右手を掴み、小手返しをかける。
空中で一回転して態勢を入れ替え、左手に手刀を撃つ。しかし、ワイヤーを放させる目論みは不発に終わった。
なんと男は自分からワイヤーを放し、左手で俺の左手を掴む。地面に激突する瞬間に閃光。左手に痛みが走る。
「ぐっ!?」
パラライザーを彷彿とさせるそれは、高圧の電流だった。
直後に地面に激突して離れたので大事には到らなかったが、左腕の感覚が吹き飛んでいる。
男の手からはどういうからくりか、まだ紫電が走り続けている。接触し続けていれば、感電死は免れなかっただろう。
防弾コートを身に纏う男が俺の下にいたからだろうか、落下の衝撃はそれほどでもない。
6歩分ほどの距離で向かい合う。男はまるで痛みに耐える素振りを見せず、悠然と立っている。
落とした銃は、すぐには拾えない位置にある。だが、仮にすぐ傍にあっても拾っていただろうか。
仕掛けたのはこちらだが、相手は今まで対処してきた潜在犯の様に、殺気に塗れた本性を出してこない。
すぐさま襲い掛かってこないことから見て、相手もこちらの戸惑いを察しているのかもしれない。
「……」
「……」
耐え難い沈黙が続く。
すでに交戦が始まってしまった以上、互いに薄々戦う意味がないと分かっていても、そう簡単には引けない。
自分の予感が全くの勘違いで、戦意を緩めた途端に相手が襲ってくるかもしれないからだ。
体の重心が、俺の意思とは関係なく、積み上げた戦闘経験から攻め込む為のものに移っていく。
男が音もなく、懐から包丁を取り出す。もはや、数瞬後の激突は避けられないだろう。
互いの呼吸がゆっくりと重なり、気が吐かれる。同時に、俺と男は踏み出し――――。
「「……!」」
一条の光が、二人の間を通り抜ける。床が削れ、石の焼ける臭いが広がった。
光の出所は頭上、吹き抜け階段の中腹。男の連れの少女が、涙目で巨大な銃を構えていた。
殺傷が目的でない事は明白の、明らかに牽制の一撃とはいえ、あまりに異質な攻撃に背筋が凍る。
対する男は、包丁を下げて少女を制止にかかっていた。
「下がっていろと言っただろう」
「で、でも……二人とも、嫌々戦ってるように、見えました。こんなの、納得できません!」
少女は、俺と男の
すれ違いを看過していた。それほど表情に出ていたのだろうか。
納得、という言葉に、かっての上司の顔を思い出す。
彼女もシビュラシステムの統治する世界で、ただその裁定に従うだけだという諦めをよしとしなかった。
たとえどのように立場が変化しようとも、その心底に変わりはないだろう。
今俺を止めた少女と彼女の姿が一瞬重なり、俺の戦意は急速にしぼんでいく。
「……悪かった。こちらの早とちりだ。落ち度を弁済させてくれ」
「……」
我ながら、もう少しマシな言い草は出来ないのかと思う。
男は警戒は解かないまでも、包丁を懐にしまい、受付の椅子を指差した。
思わぬ助け舟に感謝しながら、俺は交渉の席についた。
少女は、男だった。
ここに槙島がいれば、『風に紅葉』辺りを引用して、
戸塚彩加の個性を揶揄しながら賞賛しただろう。
だが彼女は傾国の悪女の類では決してない。ただ面相が可愛らしいだけの、男気のある人間だと俺は思った。
黒ずくめの男は黒(ヘイ)と名乗り、日本人である俺に『地獄門』の存在を知っていますか、と問いかけてきた。
俺はその領域を知っている。東京都心に突如出現した正体不明の空間異常現象。
ディバックから一冊の本を取り出して、これで得た情報だ、と説明した。
シビュラシステムを知っているか、と問うと、予想通り戸塚と黒は目を点にした。
「どうやら、俺達の基礎知識には大幅な差があるようだな」
「というより、まるで違う世界で違う価値観の元に過ごしてきたように思えますね」
「パラレルワールドってやつかなぁ?」
戸塚がSFじみた事を言う。だがそうでもないと説明がつかない、不可解な状況であることは確かだ。
戦闘が一段落してから少し人当たりがよくなった黒も、その説が正解に近いと感じているらしい。
『地獄門』がある世界と『シビュラシステム』がある世界。そしてその何れもない世界。
存在が確認できた三つの世界の他にも、『学園都市』がある世界は高確率で実在するのだろう。
推測交じりで俺が集めた本の中にも『マナ』『アメストリス国』『危険種』が存在する世界で書かれたと思しき物がある。
「名簿に載っている名前の中にも、これらの本で言及されるほどの有名人がいるようだ」
情報として使ってくれ、と本を手渡す。俺はもう内容を覚えたし、所有権を持っているわけでもないので未練もない。
それより重要で有用なのは、ここへ来る前の知り合いと、ここに来てから出会った者の情報だ。
黒たちは"後藤"という、怪物のような参加者に襲われたらしい。
黒も戸塚も仲間を探しているらしいが、俺が語れるのは槙島のことだけだった。
槙島聖護。シビュラシステム下で自然発生した逸脱者であると同時に、極めて危険な殺人者。
奴のことを語っていると、自分でも少し熱くなっているのが分かる。
「槙島は思想犯で、生きているだけで周りの人間に殺人衝動を誘発するような奴だ。なるべく関わらない方がいい」
だが、奴への殺意は表面に出さない。
黒はともかく、戸塚の前でそれを臭わせれば必ず咎められるだろうし、槙島はただ死ねばいいというわけではない。
俺の手で殺すことに意味があるのだから、悪評をばらまいて動きにくくするのが重要なのだ。
この場所がシビュラシステムの監視下にないことは恐らく間違いない。
そして、参加者が俺の知る日本から集められた人間だけではない事にも確信がある。
ドミネーターが用を成さないのだから、支給される武器も間違いなく狙う相手を選ばないタイプの物ばかりの筈。
槙島の脅威は、社会システムの穴を突く体質と、それを背景とした妥協と躊躇のないある種純粋な性質にある。
肉体的には、黒たちの話に出ていた後藤とやらのように人間を超越しているわけではない。
(俺が手にかけるまでもなく、のたれ死ぬ可能性もあるというわけだ……)
強迫観念が胸を焦がす。だが、冷静さを欠いては俺は猟犬ではなく狂犬に成り下がるだろう。
平静を装って黒たちと会話を続ける。二人は知り合いを探しながら、イェーガーズ本部を避けて地獄門に向かうらしい。
同行しようかとも思ったが、まだこの施設の探索は途中だ。
「お前達の知り合いに会ったら、地獄門に向かったと伝えるよ。槙島の事はなるべく多くの人間に話してくれると助かる」
「善処しますよ。あなたも気をつけて」
別れ際の黒の声には、その暗く濁った目からはイメージが繋がらない優しさが感じられた。
……やはりシビュラシステムのない、人間がパッケージ・プログラム化されていない世界の住民ということか。
黒や戸塚のような人間ばかりが集められているのならば、俺の知る社会とは別の秩序がここにはあるのだろう。
シビュラシステムがない社会について思いを馳せれば、必然的に槙島が頭に浮かぶ。
あの男がこの場でどれだけはしゃぐかは想像に難くない。そしてはしゃぐだけはしゃいで、急にクールダウンするだろう。
シビュラシステムという敵がいない事に気付いたあの男は、満たされた環境に困惑し、己の孤独の欠如に気付く。
そうなれば、俺が殺すべき槙島という存在はどうなるのか。揺らぐのか、保つのか。
どちらにせよ、できればあの男が何らかの変容を見せる前に殺したいものだ。この焼きついた殺意のままに。
「……」
タバコに火をつけながら、図書館の中に戻る。
かって正義と信じて葬ってきた潜在犯たちの姿が、煙に一瞬浮かんで消えた。
【D-5/図書館/一日目/黎明】
【
狡噛慎也@PSYCHO PASS‐サイコパス‐】
[状態]:健康、左腕に痺れ、槙島への殺意
[装備]:リボルバー式拳銃(4/5 予備弾50)@PSYCHO PASS‐サイコパス‐
[道具]:基本支給品、
ノーベンバー11のタバコ@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、ライター@現実
[思考]
基本:槙島を殺す。そして殺し合いも止める。
1:槙島を見つけ出す。
2:槙島の悪評を流し追い詰める。
3:首輪解析の為の道具とサンプルを探す。
4:銀、八幡、雪乃、結衣に会ったら黒と彩加の事を伝える。
5:後藤を警戒。
6:図書館を探索する。
[備考]
※『超電磁砲』『鋼の錬金術師』『DTB黒の契約者』『クロスアンジュ』『アカメが斬る!』の各世界の一般常識レベルの知識を得ました。
※黒、戸塚の知り合いの名前と容姿を聞きました。
【D-5/図書館前/一日目/黎明】
【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(中)、右腕に刺し傷
[装備]:黒のワイヤー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、包丁@現地調達×3
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
1:銀や戸塚の知り合いを探しながら地獄門へ向かう。銀優先。
2:後藤、槙島を警戒。
[備考]
※『超電磁砲』『鋼の錬金術師』『サイコパス』『クロスアンジュ』『アカメが斬る!』の各世界の一般常識レベルの知識を得ました。
※戸塚の知り合いの名前と容姿を聞きました。
【戸塚彩加@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】
[状態]:疲労(中)、黒への信頼
[装備]:浪漫砲台 / パンプキン@アカメが斬る!
[道具]:基本支給品、各世界の書籍×5、不明支給品0~1
[思考]
基本:殺し合いはしたくない。
1:八幡達を探しながら地獄門へ向かう。
2:黒さん!
[備考]
※『超電磁砲』『鋼の錬金術師』『サイコパス』『DTB黒の契約者』『クロスアンジュ』『アカメが斬る!』の各世界の一般常識レベルの知識を得ました。
※黒の知り合いの名前と容姿を聞きました。
最終更新:2015年07月22日 03:04