068
弱肉強食の主従 ◆QAGVoMQvLw
万物の霊長。
人間は自らをそう呼ぶ。
本来、人間は自然界でも特別に強大な種族ではない。
長い生物種としての歴史の中で、より強大な外敵に怯え、少ない獲物を続けていた。
しかし人間は地球上のいかなる生物種よりも優れた知能を発達させていく。
その手に持つ道具を、より高度で強力な機械に進歩させていき、
その群体としての性質を、より高度で強大な社会に進歩させていった。
やがて人間は長い歴史の中で、地球上に比肩する生物の居ないほどの力を得る。
この世に自分たちを脅かす生物など存在しない。
この世で自分たちが最も優れた生物である。
その認識ゆえ、人間は自らを万物の霊長と呼んだ。
その生物が、何を由来に発生したのかはわからない。
自然な進化の結果とは思えない。
人類の科学でも創り出すのは不可能だろう。
あるいは地球外から飛来した物かもしれない。
その生物は人間の体内に侵入すると、頭部と同化して、
更に神経系を通じて身体の制御を乗っ取り、全身を自らの意思の支配下に置く。
頭部は完全に寄生生物の細胞へと変質。
寄生生物の最大の特徴は、正にその細胞の特異性にあった。
その細胞は人間の脳のごとくに高度に思考する。
その細胞は極めて強力であり硬質化も可能である。
その細胞はどれだけ集合しても自由自在に変形や分裂や融合を行える。
生体として極めて強力であり、ゆえに宿主の人間の細胞を圧倒して支配する。
頭部全体が脳の役割を果たせるために、人間を超える知能を発揮できることで、
容易に人間の言語・文化・文明などを理解学習して、極短期間の内に人間社会に潜伏。
頭部全体が極めて強力且つ、自由自在に変形するため、
人間はおろか、ライオンであろうと圧倒する戦力を誇る。
寄生生物は人間のごとき感情を持たない。
喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、
昆虫のごとく一片の感慨も無く獲物を殺して食らう。
そして捕食対象は人間である。
彼らの本能が訴えるからだ、人間を食い殺せと。
それは人間単体では敵わない天敵。
それは食物連鎖における万物の霊長の更に上位種。
その肉体には複数体の寄生生物が宿っている。
頭部のみならず両腕脚あら体表全域、内臓器官以外のほとんど全てが寄生生物と化している。
複数の寄生生物は一つの意思の元に統合されていた。
その意思は後藤と呼ばれている。
寄生生物の中でも特に秀でた知能を持つ
田村玲子が創り出し、
その田村玲子をして無敵と称した最強の寄生生物。
しかし殺し合いにおいての後藤は、明らかに尋常ではなかった。
何故、
戸塚彩加と戦った際は、パンプキンの砲撃を受けて飛ばされるに任せたのか?
何故、
空条承太郎と戦った際は、その身を刃にも変えられるはずの後藤がスタープラチナの拳を人間の手のように受け止めたのか?
何故、
セリム・ブラッドレイや
婚后光子と戦った際は、人間の手足の動きで容易に攻撃を回避されたのか?
後藤は未だその全様を見せてはいない。
何しろ後藤は、この殺し合いにおいて未だに一度も、
命の危険に晒されてはいないのだ。
☆
ペット・ショップは殺し合いの世界の中に生きてきた。
それはおそらく卵の頃の生存競争から遡ることができる。
弱者は殺され、強者の糧となる。
果ての無い命の奪い合いの世界。
弱肉強食こそペット・ショップの生きる世界だった。
それは現在も変わらない。
しかしその中でも、異例とも言える存在、
ペット・ショップが自ら服従する主が居た。
一世紀以上の時を生きる吸血鬼・
DIO。
ペット・ショップはDIOに仕える番犬ならぬ番鳥なのだ。
ペット・ショップにとってDIOは親ではない。
鳥には刷り込み(インプリティング)などによって、異種でも親と認識する場合があるが、
ペット・ショップの場合はそれに当てはまらない。
飼育され調教されたという場合も考えられる。
猛禽類は人間に飼育調教されて、狩猟などに使役される場合があるからだ。
しかしそれも実はペット・ショップには当てはまらない。
飼い慣らされた鳥とは、あくまで後天的に与えられた命令をこなしているに過ぎない存在である。
ペット・ショップは自分の意思でもってDIOに従い、
ペット・ショップは自分の本能に違わず殺し、
ペット・ショップは自分の本分に従って生きている。
ペット・ショップがDIOに飼われた由来は今となってはわからない。
それでもペット・ショップがDIOを主に定めているのは、自らの意思によるもの。
ペット・ショップがDIOに忠誠を誓うのは、DIOの持つ魔性とも言えるカリスマゆえでもあるが、
何よりDIOの強さに惹かれているからだ。
弱肉強食の世界の住者ゆえ、強者に惹かれているからだ。
何かに忠誠を持つ。そのような観念は、しかし野生動物の世界には存在しない。
野生の弱肉強食の世界でも羊が狼に、兎が獅子に仕えるなどと言う話はありえないのだ。
ただ野生であるのでも、飼い慣らされているだけに尽きるのでもない。
その意味で、実のところペット・ショップは、
極めて特異な存在と言えるだろう。
そのペット・ショップは現在、主であるDIOの館を守っている。
先刻、得体の知れないクマを仕留めたが、
クマの声が拡声器によって周囲のかなり広範囲に響き渡った。
DIOの館に留まるべきか逃げるべきか、決断を迫られていた。
しかし答えはすぐに出た。
殺気。
それ自体はペット・ショップに慣れ親しんだ物。
しかしその強大さと昆虫のような無機質さを併せ持つ殺意・殺気は、ペット・ショップにとってすら初めて経験する物だった。
自然に発生できうる殺意・殺気の量を超える異常な存在。
殺気のみならず、明らかに異常な戦力の持ち主が、
DIOの館に向かってくるのを感じ取った。
それを感じ取ったペット・ショップは、迷うことなく殺気の主へ向かうことを決断した。
おそらくこの殺気の主との戦いになれば、館そのものが無事では済まないだろう。
館を守るためにも、相手が到達する前に迎え撃つしかない。
逃げると言う選択肢も選ばない。
何よりペット・ショップの戦闘者としての本能が、殺気の主に惹かれていた。
ペット・ショップがしばらく飛んでいると、それは見付かった。
一見したところ、変わったところの無い人間の男。
しかしその昆虫のように無機質で強大な殺気は、およそペット・ショップの知るいかなる生物にも持ち得ない物だ。
「鳥か。餌としては期待外れだが……」
男はまるで感情の篭もらない声で話し掛けてくる。
余計な感情を一切持たぬ、揺ぎ無き殺意の主。
この上なく危険な生物――後藤が牙を剥く。
「……戦う相手としては期待できそうだ」
後藤の殺気にペット・ショップも殺気で答える。
殺し合いの世界に生きるペット・ショップは、どれほどの危険にも怖じることは無い。
後藤の前に降り立つペット・ショップ。
後藤とペット・ショップ。
生命を宿した二頭の殺戮機械が睨み合う。
◇
この二頭にとって、今が殺し合いのルールの中であることすら関係ない。
互いの闘争本能が、互いを共存の許さぬ危険な、しかし得難い獲物だと認めているのだから。
ペット・ショップは自らの傍らに精神力の像(ヴィジョン)・スタンドを顕現する。
ペット・ショップ自身の数倍の巨躯。それもまるで翼竜の骨格の氷像がごとき威容。
古代エジプトにおいても最古の神『ホルス神』の名を冠するスタンド。
ホルス神の眼前に空気中の水分が相転移。
沸点はおろか融点も瞬時に下回り、氷柱を形成する。
氷柱は不自然な鋭利さで円錐を形作っており、なおかつその突端は地面と平行に後藤へ向けられていた。
それはホルス神の、氷と冷気を自在に作り出して操作する能力ゆえ。
ホルス神は空気中の水分を氷柱にすることも、そして弾丸のごとくに撃ち出すことも思いのまま。
氷柱は棒立ちになっている後藤へ撃ち出――――
「やはり”異能”持ちか。実験の最終段階としてはちょうどいい手合いだな」
――――せなかった。
棒立ちの状態だった後藤の右腕が、一瞬で触手のごとく変形。
そしてその先端の刃を、弾丸のごとき速度でペット・ショップに撃ち出していた。
ペット・ショップは咄嗟に精製した氷柱を盾にして刃を塞ぐ。
ホルス神が作る氷は、人間が飲食物などに使うそれとは硬度が違う。
その氷を後藤の刃は事も無げに貫き通す。
幸い刃はペット・ショップまで届かなかったが、それで安穏としてはいられない。
後藤の両腕は無数の触手へと変形しながら、ペット・ショップへ向かって来ていた。
ホルス神もまた氷柱を作っていたが発射に間に合わない。
後藤は変形と攻撃を同時に行えるため、そこにタイムラグが存在しないが、
ホルス神は氷柱の精製をしてから攻撃しなければならないため、そこにタイムラグが存在する。
どうしても後手に回らざるを得ない。
その上後藤の変形は生物の運動とは思えないほど速さの上、筋肉の予備緊張や予備動作などが無い。
尋常の生物を相手にするように攻撃の気配を読むことができないのだ。
頼れるのは純粋な反応速度のみ。
人間を超える隼の動体視力、その隼の中でも更に破格のペット・ショップの動体視力でようやく防御が間に合った。
ペット・ショップは再度、作り出した氷を盾に回す。
氷柱に次々と刃が刺さっていく。
ペット・ショップにとって都合が良かったのは、向かって来る刃に対して細長い氷柱の形状である。
刃は氷柱を容易く貫くが、貫通し切ってペット・ショップへ届くに至らない。
結果、後藤の触手先端の刃は氷に覆われる形になった。
刃を覆う氷柱は形状と、そして大きさを変えて行く。
触手を伝っていくようにして氷が伸びて行った。
ホルス神は何よりそのスタンドパワーにおいて、ずば抜けている。
触手を伸ばした後藤ですら、数秒と掛からずに全身を氷付けにできるだろう。
しかし次の瞬間には、伸ばしていた触手が急角度で湾曲した。
ペット・ショップにとっては全く予想外の動き。
伸び切ったはずの触手が曲がるのは、生物の常識から完全に外れた運動だからだ。
そしてペット・ショップの高い知能は理解する。
後藤の肉体は触手状に伸びても、それは根元の操作で動くような不随意体ではなく、
自由自在に動かせる随意筋としての性質を保っていることを。
後藤の伸ばした触手は六つ。
それら全てが先端の氷塊でホルス神を殴りつける。
ホルス神の全身を襲う打撃はペット・ショップも襲う。
そしてその反作用で触手の刃を覆う氷も砕け散った。
剥き出しになった刃が、痛みに呻くペット・ショップへ向かう。
◇
刃が届く、その寸前。
痛みに呻いているはずのペット・ショップが急発進。
刃を置き去りにして後藤へ向けて飛行する。
鳥のセオリーを無視したかのような急発進はペット・ショップの得意技でもある。
背後から迫る車に向けて急発進して、その車の下を潜り抜けるような真似もペット・ショップには可能なのだ。
ペット・ショップはそのまま伸ばした触手の横を逆に辿るように後藤へ向けて飛行。
触手に沿って飛べば、先端の刃が届かないと言う計算ゆえ。
しかしその触手が突然、途中から山のように盛り上がる。
触手が湾曲ではなく、更に変形してペット・ショップを殴ったのだ。
触手の変形部分はペット・ショップを殴り飛ばしてからも変形を続けて、鋭い刃を形成する。
一瞬でも遅ければあの刃に貫かれていた。どうやら全身を自在に刃へ変えられるらしい。
ペット・ショップは後藤の脅威に改めて戦慄した。
「大した速さだ。刃が間に合わなかった」
後藤はペット・ショップに対して感心したように呟く。
ペット・ショップは知らなかったことだが、後藤の変形とは予め決まった形状のみしか選択できないようなものではない。
後藤の五体を構成する寄生体は、細胞単位から自在に形状や硬度から性質まで変化させることができるのだ。
ペット・ショップの傍らに再びホルス神が現れる。
以前のスタープラチナを操る空条承太郎との戦いと併せて、寄生生物の高い学習能力を持つ後藤は、
スタンドの性質をかなり掴んでいた。
氷柱はホルス神が作り出している。おそらく弾丸の要領で撃ち出すために。
だから後藤の目的にとっては、氷柱が発射されてからでは遅いのだ。
ホルス神が氷柱を作り出す。
そのホルス神を操作しているのはペット・ショップの意識。
ペット・ショップの意識が働くと同時に、後藤の意識も動く。
後藤の意識は人間の脳神経系を凌ぐ速さで、五体を動かし触手を差し向ける。
ホルス神の氷柱が発射される前に触手の刃で貫いた。
氷柱を刺した刃は瞬時に二股に分かれる。そして変形の圧力に耐えられず、氷柱は砕け散った。
(まだ遅いな)
後藤は人間の眼球や手元の動きから、銃撃を回避することができる。
人間が銃撃に要する眼球や手元の動きは僅か。銃撃の訓練を重ねた人間なら尚更だろう。
それを後藤は軍事訓練を積んだ自衛官を相手にこなすことができる。
瞬時に人間の顔形の細部から声までを記憶して再現できる寄生生物の認識能力と、
その寄生生物の中でも更に破格の戦闘センスを有する後藤だからこそ可能な芸当。
しかし銃器とはまるで使用条件が違う”異能”が相手では、勝手は変わってくる。
事実『空力使い』の婚后光子を相手にした際には、その能力への対応を訓練しながら戦ったためにかなり手間取った。
余談になるが本来人間には認識も追いつかないはずの寄生生物の攻撃があれだけ回避されたのもそのためである。
無敵の寄生生物・後藤。
戦闘を嗜好し、それに特化した知能を持ったこの寄生生物は更なる戦闘能力の向上を求める。
現在の急務は異能への対応能力。
それも異能全般に対応する能力を身に着けるためには、個々の異能の発動条件に対応するのではなく、
『異能を発動する際に生物が行わざるを得ない極僅かな予備動作を確実に認識する』程度のことはしなくてはならない。
ここでの要点は”生物が行わざるを得ない”程の確度の水準が求められることだ。
例えば銃撃なら使用者が意思してから照準して引き金を引き、そして発射される。
その途中工程があるからこそ、予測も回避も容易だった。
しかし婚后光子の能力を推測するに本人が意思すれば、それと同時に能力が発動するのだろう。
意識と発動の間が存在しないのだから、意識の段階で予測するしかない。
ほとんど不可能に思えた難事。
しかし後藤の才覚は光子と、そしてペット・ショップとの戦いの内に、
その骨子を掴みつつあった。
未だホルス神を現出させているペット・ショップは戦意を失ってはいないようだ。
◇
ペット・ショップの戦意に応えるようにホルス神は氷を作り出す。
しかしその氷が作り出される直前に、鉤状になった後藤の刃が割り込む。
そして氷は形成と同時に、その鉤の無秩序な変形によって破砕。
破砕されたのは一つだけではない。
ペット・ショップは他に五つの氷を作っていたが、全て形成する空間に予め割り込ませていた刃に破壊されたのだ。
これにはさすがのペット・ショップも驚いた様子だった。
「速さも精度も上々と言ったところか」
後藤の実験は成功した。
ホルス神が氷を作る場所とタイミングの両方を予測したのだ。
それは人間の銃撃を予測した技術を応用したもの。
後藤は眼球や手元などの微細な予備動作から銃撃の弾道やタイミングを予測できる。
そして微細な予備動作を伴うことは”異能”においても例外ではない。
どれほど途中工程を伴わない異能でも、使用者は攻撃箇所を視認する必要があるなら、
それには眼球運動が伴うはずだ。
更に動物ならば攻撃意思を実行に移す際、筋肉などの予備緊張を起こす。
それは実のところ人間でも認識を行っていることなのだ。
ボクシングなどの打撃格闘技で、敵の拳を避ける際には、人間の反射神経では拳が放たれてからでは間に合わない。
その直前の肩などの微細な動きから拳を予測して避ける。
無論、異能発動の眼球運動や予備緊張は人間には明確に認識できない。
しかしそもそも寄生生物は人間に明確に認識できない水準で、人間の顔や声などを精確に記憶して再現できる。
寄生生物の認識能力ならば極僅かな予備動作も知覚できる。
そして後藤の戦闘能力ならばその機先を制することができた。
最も異能とは物理法則を超えた現象となるから、使用者の意識を伴わない能力発動も想定されるため、
どれだけ正確な予測でも過信はできない上に課題は残っているが。
ペット・ショップが再び飛び立つ。
しかし今度は後藤に背を向けてだった。
疲労とダメージがあるらしく、ペット・ショップの飛行速度は先ほどより落ちているが、
それでも見る間に後藤を引き離していく。
(逃げる? いや、誘いか)
最初はペット・ショップが逃亡を選んだと思ったが、
ホルス神が氷柱を撃ってきたことから、まだ戦意を失っていないようだ。
おそらくペット・ショップのようなタイプは命のある限り戦意を失わないと、後藤は踏んでいた。
そして命のある限り油断できない相手だとも。
氷柱を腕で弾き飛ばして、後藤は足を変形させる。
猫科の獣のごとく踵を伸ばしたそれは、最も高速走行に適した下肢の形態。
後藤の身体は、ほとんど本能的と言っていいレベルで目的に最適化された形態を選択する。
ピシュン、ピシュンと機械のごとく硬質な足音を立てて走り出す。
野獣はおろか車両をすら凌ぐ後藤の走行速度。
それでも隼であるペット・ショップが全力を出せば、容易には追いつかなかっただろうが、
疲労とダメージの抜けない今のペット・ショップとの距離は徐々に縮まっていった。
しかしペット・ショップを捉える前に、後藤は巨大な水源――池のへりまで来ていた。
「ほう、ここなら大量の水分を確保できるな」
地図上のエリア分けでC‐6からC‐7にかけて存在する巨大な水源。
河川にも繋がっていないことから地理上は池に分類される。
その辺縁まで誘導されていた。
身体を傾けて旋回するペット・ショップ。
ちょうど池と自分で後藤を挟む位置まで来たペット・ショップは、ホルス神を顕現させる。
◇
ホルス神は再び氷柱を発射。
後藤は発射された氷柱を迎撃するため腕を振るうが、
氷柱は腕の前で急旋回して、後藤の存在を無視してあらぬ方向へ飛んでいった。
後藤は知らぬことだが、ホルス神はスタンドとしては精密動作性は高くない。
しかし本体であるペット・ショップの技能がそれを補って余りあった。
ホルス神の氷柱はペット・ショップの技術で以って、まさにミサイルの精度で目標へ投射される。
今回の氷柱も決して目標を外した訳ではないことを、すぐに後藤は知る。
変則的な軌道を描く氷柱の群は、揃って後藤の背後の池に着弾。
その威力で盛大な水柱を上げる。
更に水柱は音を立てて氷結していく。
後藤の背後を覆うように、半円状の氷壁を形成した。
着弾時の水柱を制御した上、それを瞬時に凍結させる能力の強さと応用性は、
後藤をして内心感嘆させるものだった。
しかしペット・ショップの戦術はこれからが本番である。
氷壁と同時にホルス神は更なる氷柱をも形成する。
作り出したのは、ただ一個の氷柱。
しかし先ほどまでの物とは、大きさがまるで違った。
ペット・ショップ自身はおろか、ホルス神を超え、
後藤の体躯をすら凌駕する巨大な氷柱が顕現していた。
宙空に浮くその様は兵器のごとき禍々しさを放っている。
そしてまさにミサイルのごとき急加速で発射された。
横も後ろも凍りに覆われた後藤は、その場で迎撃のために触手を伸ばす。
幾つもの刃が貫くが、大質量の氷柱は止まらない。
氷柱の質量はミサイルの速度で後藤の胴体に激突した。
まるで交通事故のような重苦しい金属音が周囲に響き渡る。
その異様な音に、ペット・ショップは訝しがるように目を細める。
「……逃げ場を奪ったまでは良いが、氷が荒削りの上に大きすぎる。これでは貫通力を保てないな」
後藤の機械染みた感情の篭もらない声が鳴り響く。
後藤は僅かに後ずさっていたが、それ以外は何事も無かったかのように平然としている。
大質量の氷柱は確かに後藤に直撃した。
しかしその先端は後藤の胴体の、表面で止まったまま阻まれていた。
後藤はその体表全体を寄生生物の細胞で覆っている上、それを硬質化したプロテクターを形成している。
その堅牢さは生物どころの話ではなく、軍用兵器の装甲すら上回る。
寄生生物の細胞が硬質化すれば、大型の軍用散弾銃『AA-12』の直撃を至近距離から受けて、衝撃まで完全に防ぎきり、
対戦車ライフル『デグチャレフPTRD1941』の直撃を至近距離から受けて、完全に受け流せるほどだ。
後藤は氷柱を両腕で抱えると全身の筋力を使って氷柱を押し返す。
触手の小手先ならばともかく、全身の寄生生物の力を使えば大質量の氷柱でも容易に押し勝てた。
しかしもう一つの巨大な氷柱が、再び後藤に襲い掛かる。
おそらく池の近くのために空気中の水分量も多いのだろう。
ホルス神は即座に大質量の氷柱を再び形成していた。
巨大な氷柱は、後藤の押し返した氷柱に後ろから追突。
氷柱は玉突き事故の要領で運動エネルギーを移され、再び後藤の方向へ押し出された。
今度は甲高い破壊音を立てて、後藤の背後にあった氷壁を破壊する。
しかしその時にはすでに肝心の後藤はその場に居合わせていなかった。
後藤は氷柱の上空、約二十メートルの高さに居た。
その両脚には、膝間接がそれぞれ三つも付いている。
後藤は直立した状態から脚を多関節に変え、直上に急跳躍を果たしていたのだ。
その後藤の様を見て、ペット・ショップは口角を吊り上げた。
ホルス神は三度、巨大な氷柱を作る。
後藤は今、空中に跳躍している。ペット・ショップのように飛行している訳ではない。
空中を自在に飛行していない以上は、ホルス神の追撃を回避することは不可能。
空中と言う刑場に囚われた後藤に、氷柱が発射された。
ペット・ショップはここである思い違いをしていた。
◇
それは後藤、と言うより寄生生物を過小評価していると言った方が相応しいかも知れない。
この世で最も強力にして、応用力に富んだ生命体の。
何しろ後藤は、この殺し合いにおいて未だに一度も、
命の危険に晒されてはいないのだ。
氷柱が後藤を撃つべく、精確な照準に沿って飛ぶ。
パン
と、破裂音が鳴る。
氷柱が遥か遠方まで飛んでいくのを見守る後藤。
両腕があるべき場所からは、蝙蝠のごとき翼が生えていた。
後藤は翼で空を飛行し、氷柱を回避していた。
それはかつて犬に寄生した寄生生物が、
泉新一との戦いで行った変身。
あらゆる体組織を兼ねた寄生生物の脳細胞は、目的に沿って瞬時に最も合理的な形態を判断して自ら選択する。
複数の寄生生物をその身に宿す後藤にできないはずが無い。
後藤は殺し合いにおいて未だに一度も、奈落に落ちた時すら命の危険に晒されてはいない。
後藤はかつてヤクザの事務所を襲撃した際、人間の形状を保ったまま戦った。
それは後藤の能力を確認するための戦闘実験だったのである。
この殺し合いにおいても、広川の語っていた異能などの存在や効果を確認するため、
実験を行っていた。
故に、砲撃を受けても飛ばされるに任せた。
故に、拳を人間の手のように受け止める様な真似をした。
故に、手で引いたり足で払ったりしただけで容易に回避される速度で攻撃した。
故に、奈落に落下した時も、翼で飛ばずに暢気に腕を伸ばした。
しかしその実験も、そろそろ切り上げ時だと後藤は考えている。
『空力使い』や自分の動きを封じた(おそらくセリム)の能力を鑑みれば、
能力による攻撃を一度でも受けることは、極めて危険性が高い。
何より目の前のペット・ショップが油断のならない相手なのだ。
ペット・ショップの瞠目は一瞬。
一流の戦士たるペット・ショップはすぐに状況を受け入れて対応する。
ホルス神の氷柱が後藤に襲い掛かる。
後藤の翼が羽ばたき、再び破裂音を立てる
変形は他の寄生生物と同じ原理であり、飛行の原理も大筋は鳥と変わらない。
しかし後藤の強力で羽ばたくならば、翼で空気を叩いて急旋回できる。
飛行よりもむしろ空気中を泳ぐと形容した方が適切だった。
その機動力は、ミサイルの氷柱を容易く潜った。
氷柱は後藤の頭上を通過する。
しかしそれはペット・ショップの狙い通りだった。
ホルス神は氷をただ発射するだけでなく、ある程度制御できる。
後藤が翼を生やす前に放った、三つ目の巨大な氷柱。
回避されたはずのそれは、後藤の背後で旋回してその直下に付けていた。
そして頭上を通り抜ける氷柱に意識が向いている後藤へ向けて、直上方向に急加速。
ペット・ショップに予想外だったのは、後藤にとって直下すら死角ではなかったことだ。
寄生生物の細胞の応用力は、生物学の常識の範囲内ではない。
◇
筋肉として構成されていた物が、一瞬で脳細胞になり、感覚器官になり得る。
後藤の足先の一部が、光の受容感覚器官である眼球を形成して、
背後の氷柱の行方を追っていた。
眼球で得た視覚情報は、人間の神経系より効率的に全身を伝わり、
合理的に最適化された状態を細胞単位の組成していく。
両脚が八本の触手に分化。更にそれらの間を細い網を無数に渡らせる。
氷柱は網に囚われ両脚の力で止められる。
巨大な翼を広げ両脚のあるべき箇所から触手を伸ばすその姿は、
もはや人間とは程遠い、創作の怪物そのもの。
しかし人間への擬態の用を失くし、状況に適応したその姿こそ、ある意味寄生生物の自然な様とも言える。
そして翼と化した腕に代わり、脚を触手としたのは攻撃のためでもある。
触手の一つがペット・ショップに伸びる。
その刃はホルス神の急造した氷の盾を、今度こそ完全に貫き通した。
しかしその時に生じた一瞬の遅れを衝いて、ペット・ショップ自身は刃を回避する。
ペット・ショップはそのまま、自分の飛行能力の全霊をもって後藤から逃げる。
その後ろで鳴る破裂音。
後藤の翼は一度の羽ばたきで、ペット・ショップとの距離を詰めて射程に捉える。
単純な瞬発力なら後藤が上。
それを悟ったペット・ショップは小回りを利かせる。
曲線を描きながらも、傍目からはほとんど百八十度の軌道で急旋回。
追いかけて来る後藤の下を通り抜ける。
後藤の脚が触手として伸びる。
刃が胴を掠めるが、ペット・ショップは速度を落とすことなく後藤の下を通り抜けた。
後藤と逆方向に飛ぶペット・ショップは再び距離を離していく。
後藤の左の翼が、天を衝くように高く掲げられる。
そして振り下ろす。今まで最も大きい破裂音。
発生した絶大な衝撃波は、反作用で飛行する後藤の身体を、
こちらは真に百八十度の方向転換させた。
慣性も力学も捻じ伏せるがごとき、文字通りの力技。
ペット・ショップの本領を発揮させるはずの空中でも、後藤は機動力で上回ってきた。
空中でも後藤を引き離せないと悟ったペット・ショップはそこから更に方向転換する。
直下の水中に向かって。
「隼が泳げるとは知らなかった。しかし、まさか水中なら俺をまけるとは思っていまい。
池の水を使う戦略か……」
ペット・ショップが潜って行った池に、後藤も躊躇なく飛び込む。
◇
着水と同時に全身の細胞が組成を変更。
翼は腕に、両足の先から鰭を生やし、そして肩から管を上へ伸ばす。
管の内部は気管を形成して、水上から突き出された。
それは水上の空気を取り込み呼吸するための物。
偶然にもそれは胸と肩の違いはあったが、宇田守に寄生したジョーが水中で行った変形とほぼ同じだった。
人間ならば水中では極端に視界を失くし、そもそも長時間目を開けてはいられない。
しかし寄生生物たる後藤の目にはほとんど支障は無い。
見付ける必要すらなく、ペット・ショップが水中に入ってからの動向を追えていた。
不可解なのはその動きだ。
後藤から一定の距離を取りながら、左右に動いている。
両足の鰭で泳いでペット・ショップを追うが、その前に氷が見えた。
(なるほど、こいつをばら撒いていたのか)
後藤が改めて見付けたのは氷柱。
それだけならば先刻までに見飽きた物だが、異なる点は二つある。
一つは大きさ。
先刻までの物より、はるかに小さく細い。
形状と言い大きさと言い、まるで氷のライフル弾である。
どうやらホルス神は、自在に氷柱の大きさを変えられるらしい。
もう一つは数。
氷柱は一つや二つではない。
十、いや百をも超えるであろう氷柱が水中に浮かんでいる。
それが後藤を囲むように、先端を向けて並んでいた。
氷柱の方位は、いつの間にか後藤の背後から上下方まで及んでいる。
おそらくペット・ショップがホルス神を伴って、左右に泳いでいたのはこの布陣を敷くためだろう。
幾らホルス神と言えども、これだけの氷柱を瞬時に用意できるとは思えない。
氷柱が小さい理由を推測するに、一つは後藤に見つけ難くするため、一つは広く布陣を敷くため、
そして何より――
(狙いは硬質化の隙間か……工夫をしてくれる)
後藤の胴体を覆う硬質化のプロテクターには僅かな隙間がある。
この氷柱の小ささならその隙間に入り込める
当然、ペット・ショップが知識としてそれを知っている訳ではないだろう。
しかし後藤の機敏さから、胴体のプロテクターに隙間があると、
云わば動物的な直感と、戦士としての読みから推測したと思われる。
そこで正解に行き着く辺り、ペット・ショップの戦闘の才覚も天才的といって言い。
無論、隙間の位置をペット・ショップは知らない。
しかしこれだけの量の氷柱を一斉発射すれば、後藤の体表全面を一度に攻撃することができる。
氷柱が水を切り裂き撃ち出される。
百を超える間を作らぬよう、絶妙な時間差をつけて後藤に殺到する。
上から。下から。前から。後ろから。右から。左から。
氷の刃が一寸の逃げ場も無い全方位から後藤に、着弾した。
地鳴りのような轟音が水中に響く。
大量の氷が渋滞事故を起こし砕け散り散乱。
微細な水泡と合わさって視界を完全に奪う。
水泡が晴れて視界が戻ると、そこにはペット・ショップの険しい視線が見えた。
「来ると分かっている攻撃に対してなら、幾らでも隙間の無い盾を作れる」
後藤の居た場所には、表面に目の浮かんだ球体があった。
◇
球体の正体は、後藤を包み込む硬質化した寄生生物の細胞。
後藤が両腕を変形させて作った盾だった。
それは胴体のプロテクターと違い隙間を作る必要は無い。
百を超える氷柱は全て盾と衝突して砕け散る。
それでペット・ショップの戦術が砕け散った訳ではないが。
氷柱は全て、後藤を囲む無数の微細な破片と化した。
しかし砕け散った氷柱の破片は更なる変化をしていく。
微細な破片が周囲の水を巻き込んで氷結していったのだ。
無数の氷片は見る間に巨大な一個のネットワークを形成。
それだけに留まらず、ネットワークは周辺の水を凍らせていき埋めていく。
程なく後藤を囲む巨大な氷解となった。
氷結によって増えた体積は後藤を圧する。
(なるほど、二段構えの作戦だったか)
氷柱による包囲からの一斉射。
それが防がれても、今度は氷の質量で圧殺する。
ペット・ショップの作戦は二段構えとなって、
池の大量の水分は、どこまでも後藤を追い詰める。
池の水分を使った圧力は凄まじく、後藤の盾は各所から軋む音を悲鳴のように上げる。
後藤は胴体から軋む場所へ触手を伸ばして支えるが、
氷は周囲の水を取り込み更に体積と、そして圧力を増して行く。
このまま押し合いを続ければ後藤と言えど、力尽きることは免れないだろう。
もっとも力尽きるまで押し合いを続けることもできないのだが。
水上に伸ばしていた気管が、ついに周囲の氷に押し潰されて閉じる。
これで後藤は呼吸をする手段を失った。
無敵の寄生生物といえど、呼吸無しでは長時間は生きられない。
(……肺の中の空気でしばらくは持つ)
水中で呼吸の手段を奪われた後藤だが、いかなる状況にも恐怖も動揺も覚えない。
これは後藤、と言うより寄生生物の特質だった。
もっとも押し潰され続けている状況は何も変わらない。
そして押し合いの結末は訪れる。
後藤を守り、周囲の氷と押し合っていた盾が――潰れた。
◇
盾は解けるように収縮していき、後藤の腕に収まった。
周囲の氷は拡大を止めている。
むしろ周囲の水に溶けて縮小していっていた。
後藤は水上に突き出た管の先端に眼球を作る。
そしてすぐに見付けることができた。ペット・ショップを。
水面近くを飛ぶペット・ショップは息を荒げている。
余程、息苦しかったのだろう。
後藤はペット・ショップの後に水中へ入り、しばらくは水上に出した気管で呼吸していた。
ペット・ショップは後藤より先に水中へ入り、その間は呼吸をすることはできなかった。
鳥類は気嚢を持っているためにある程度は水中でも呼吸無しで活動できるが、
それでも現在の状況で後藤と我慢比べをすれば、結果は明白だった。
そしてスタンドの射程処理とは別に、ホルス神の能力行使にも射程距離が存在する。
水から出ては、水中への大規模な能力行使はできなかった。
呼吸を整えながらペット・ショップは考える。
また水中に入って同じ手を使っても後藤には通用しないだろう。
後藤の凄まじいまでの戦闘力、適応力、生命力。
あれがいかなる生物であるかは問題ではない。
問題はいかにしてあれを殺すかだ。
野性の世界を生き抜いてきた戦士の本能で、
殺戮機械の明晰な頭脳で、
呼吸を整えたペット・ショップは答えを見出す。
一縷の勝機を見出したペット・ショップは、それを掴むため池の畔にある森に飛んだ。
後藤は水面から魚のように飛び上がると、再び獣のごとく踵を伸ばした足を大地に落とす。
延ばしていた気管は既に収めているが、ペット・ショップの動向からは目を離していない。
後藤はペット・ショップを追って森に向かって走り出した。
ペット・ショップは飛行。後藤は走行。
しかしペット・ショップには相当疲労がある様子で、しかも森の中を木々を縫うように飛んでいるため、
後藤は急激にペット・ショップとの距離を詰めて行く。
射程距離に入ると同時に触手を伸ばす。
ペット・ショップに届く前にホルス神の氷の盾が阻む。
刃で氷の盾を貫通するが、その間に遠ざかっているペット・ショップには届かない。
ペット・ショップは更に木々が濃く生い茂っている森の奥に飛び込んで行く。
密集した木々の間をすり抜けるように飛行するペット・ショップ。
後藤も遅れて密集地帯に走り込む。
そこは足の踏み場も無いほど不規則な地形を為していた。
しかし後藤にとっては支障は無い。
足裏に細かい刃作りスパイクと化すと、木の幹を蹴る後藤。
反動で次の木の幹に到達。そして蹴る。
木々の間を飛び跳ねながら、全く速度を落とさずに後藤は追跡する。
そして遂に、氷の盾を貫通しても刃が届く距離にペット・ショップを捉えた。
「――?」
後藤の足裏を襲う異変。
◇
足場として踏み抜いた幹の中に氷が有った。
そして踏み砕いた瞬間、氷は纏わり付くように増大する。
それだけに留まらない。
不意の異変に後藤の動きが止まった刹那、
別の幹から脚に、枝葉の陰から腕に氷が伸びる。
後藤の両腕両脚に氷が纏わり付き、拘束具を形成した。
そしてこの状況を予測していたかのように、ペット・ショップがホルス神を伴って、
旋回して後藤の前に戻って来る。
ホルス神の仕掛けた罠だ。
後藤がそう確信した時には両腕両脚を凍結され、木々の間に囚われた。
ペット・ショップにとって、これは賭けだった。
後藤の素早さと隙の無さは戦士として見ても破格。
氷の攻撃を当てることも至難。
だからこそ森の中に誘い込み、抵当な地形で罠を仕掛けることにした。
後藤に森の木を足場として使わせて、そこに地雷のごとく氷を設置したのだ。
しかし森の中に適当な地形があることも、
後藤が木々の間を跳ぶ移動手段を選ぶことも
後藤の足場を予想することも、
ペット・ショップの勘にとっても分の悪い賭けであることには違いない。
賭けに勝てたのは奇跡に近かった。
もっともその拘束も後藤の力を以ってすれば、すぐに破壊される物だろう。
「……こういう場合「手も足も出ない」と言うのか?」
そう呟いた後藤の両腕両脚の氷に皹が入る。
後藤の変容自在な肉体ならば、両腕両脚の筋肉で氷を内部から破壊できるだろう。
しかし今からなら、それより早く攻撃することができる。
ペット・ショップは大きく口を開ける。
その中には予め精製しておいた氷柱が在った。
照準は後藤。
その首に嵌った首輪。
殺し合いの参加者である以上、それを破壊して爆破すれば無事では済むまい。
そして両腕両脚を氷で拘束した今なら回避も防御も不可能。
氷の皹が大きくなるが、破砕に至る前に氷柱は発射された。
氷柱は後藤の首輪に着弾――
「頭は出るがな」
――する寸前に刃に貫かれた。
氷柱を貫いた刃は頭から伸びた触手の先に付いた物。
触手は氷柱を貫いた後も伸びて行き、ペット・ショップを先端の氷で殴りつける。
ペット・ショップは地面に叩きつけられた。
後藤は頭部を人間の形状に戻すと、両腕両脚の氷を内側から破壊した。
後藤の頭部は寄生生物なので当然、自由に変形が可能だが、
戦闘の際は攻撃に加わることは無い。
それは頭部以外の寄生生物部分を統率することに、そのキャパシティを使い切っているからである。
しかし五体の他の部分の操作を一旦放棄すれば、その分余剰となるキャパシティで、
他の寄生生物と同様に変形させることが可能なのだ。
しかしそもそも寄生生物を後藤以外に知らないペット・ショップには、知る由も無いことだった。
ペット・ショップの足元に後藤が降り立った。
◇
殺戮機械が殺戮機械を見下ろす。
叩きつけられた衝撃で、まだ身体は動かない。
ホルス神のスタンドパワーはもう残っていない。
仮に余力があっても、今の状態から逆転の方策は残されていない。
ペット・ショップは自身の敗北を悟った。
ペット・ショップに失策は無かった。
ペット・ショップは確かに戦闘の天才である。
戦略・戦術的な錯誤は無かったし、持てる戦力を的確に運用できていた。
しかし後藤の持つ戦力、と言うより生物としてのポテンシャルがペット・ショップの予想を超え続けただけだ。
後藤の持つ根本的、生物的な能力が戦闘の天才の知見をすら上回っていただけの話である。
猛禽類にしてスタンド使いでもあるペット・ショップは、
野性の世界においてであろうと屈指の戦闘能力を持つだろう。
それでも自然な生物の延長上にあるペット・ショップは、その機能の全てを戦闘に特化されているわけではない。
しかしこの人類種を食い殺すことを自らの目的とした生物の集合体は、
田村玲子が作り出した”無敵”の実験体は、
繁殖能力も持たぬ、五体の全てが戦闘に特化した、
例えるならば完全なる戦闘生物。
戦闘の天才であるペット・ショップだからこそ、それを思い知らされた。
ペット・ショップは僅かに回復した体力で身体を起こす。
反撃をするつもりは無い。
それはもはや無意味なこととなったのだから。
野生の、弱肉強食の世界において、後藤はペット・ショップの上位に位置している。
それは何よりペット・ショップが最も痛感している。
だからこそ行わなければならないことがあった。
「なかなか面白い戦いだったが……やはりこの大きさの鳥では食いでに足りんな」
右腕を刃に変え、後藤はペット・ショップへ冷徹に言い渡す。
お前を今から食い殺すと。
それは野生生物たる後藤にとっては、あまりに当然のこと。
野生生物にとって戦いとは死と捕食をもってしか決着を付くことは無い。
そこには一片の慈悲も酌量の余地も無い。
戦いの最中と同じく、揺ぎ無き殺意を以って、
こちらに伸ばすペット・ショップの首へと刃を向ける。
そして右腕を伸ばして刃を降ろした。
ペット・ショップは後藤へ向けた頭を垂れる。
後藤の殺気にも、微塵も反応することは無く。
それを当然と受け止めて。
そこにはある意思が示されていた。
「……面白い鳥だなお前は。野生なのか飼い慣らされているのか分からん」
後藤の刃はペット・ショップの首を掠める。
ペット・ショップは身動ぎもせず頭を垂れたままだ。
◇
ペット・ショップの体勢は野生の世界では極めて珍しいものだろう。
両脚で地に立っているが広げた翼と頭は地に伏している。
それは自ら負けを認める、云わば降伏ではない。
それは平伏の証。
自ら相手の軍門に下ることを意味する。
自らを命ごと相手に捧げる意思表示。
ペット・ショップは後藤が野生の、弱肉強食の世界において絶対的な強者であることを知った。
そして野生生物として、あるいは戦士としての純粋さは、
主であったDIOであることも。
それゆえにペット・ショップは後藤を尊敬し、自分の主に相応しい存在だと認めたのである。
だからこそ迷うことなく命も捧げたのだ。
命を捧げたのだから、即座に殺されようと本望。
「変わり者というのは人間にも鳥にも居るらしい」
野生生物たる後藤も、直感的にそれを理解した。
ペット・ショップは後藤の刃にも寸毫の反応も見せず受け入れた。
もしペット・ショップの意思表示に偽りがあれば、微かにでも反応があったはずである。
そもそも嘘があれば、あるいは食い殺すべき種である人間であれば、
後藤は一片の関心も持たず殺しただろう。
偽りも無く人間でも無いことが、ペット・ショップの命を助けたのだ。
「デイパックを寄越せ」
新たな主の命令に、ペット・ショップは自分のデイパックを差し出す。
後藤はそれを片手で受け取ると、その片手でデイパックを開け、
片手の目で中身を検分する。
「名前はなんだ?」
片手からの触手でデイパックの中から名簿を取り出し、質問する後藤。
ペット・ショップは自分の名前が書かれた箇所をくちばしで指す。
「面白い道具があるな。あの時聞こえてきた声は、この機械で拡大された物か。
これ以外は返しやる」
拡声器を取り出した後藤は、デイパックをペット・ショップに投げ返す。
寄生生物にとって拡声器は有用性の高い道具である。
何故なら寄生生物は声を自由に変えられる上、一度覚えた声は幾らでも真似できるからだ。
誰か人望の高い人物の声を複数でも真似をすれば、多数の参加者を集めることも可能だろう。
◇
拡声器の使い方を考えながら後藤は自分のデイパックにしまう。
「ペット・ショップ。お前は俺について来い。お前の仕事は、俺が参加者と戦うことをサポートすることだ。
参加者を見つけたら逃げ場を潰したり誘導したりして、俺と戦うように仕向けろ」
ペット・ショップに、それが当然のごとく命令する後藤。
後藤はペット・ショップが自分に忠誠を誓ったのは理解した。
しかし忠誠心そのものを理解している訳ではない。
寄生生物に他者に対する敬意など存在しないからだ。
それでも”使えるもの”ならば、なんでも利用するのが寄生生物の合理性である。
食い殺すべき種である広川でさえも、利用価値があるなら利用する。それが寄生生物の性質。
寄生生物とはどこまでも合理的で功利的な思考をする生物なのだ。
「ただし誰も殺すな、殺すのは俺の役目だ。怪我もなるべく避けろ」
どこまでも身勝手な後藤の命令を粛々と記憶するペット・ショップ。
主にただ利用されることこそがペット・ショップの本望。
新たな主の命令を聞くペット・ショップは、前の主の命令を完全に忘れていた。
ペット・ショップが敗北するのはこれで二度目。
一度目の敗北と死には少なからぬショックがあった。
しかし二度目の今は、それが無い。
それは戦闘の世界に生きる生物としての当然の帰結であり、
ペット・ショップはそれによって新たなる生き方を見つけたのだから。
ペット・ショップはまるで生まれ変わった気分だった。
新たな主である後藤に仕えるペット・ショップは、前の主であるDIOへの忠誠を完全に忘れていた。
ペット・ショップにとってそれはもはや思い出す価値も無い過去である。
元いた世界における敗北と死によるショックも今は無い。
ただ、
イギーに対する怒りの全てを忘れた訳ではない。
意識の底に沈むかのようなそれは後藤はおろか、ペット・ショップにも自覚できないものだった。
しかしイギーを見た時にそれはどのような事態を引き起こすのか、
ただ主を見て、自らの深遠を覗かぬペット・ショップ自身ですら知る由も無かった。
【C-7/森/1日目/早朝】
【ペット・ショップ@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(大)、ダメージ(中)、後藤への忠誠
[装備]:なし
[道具]:デイパック、基本支給品、不明支給品0~2
[思考]
基本:後藤の指示に従う。
1:後藤について行く。
2:参加者に会えば殺さないように、後藤との戦いへ誘導する。怪我もなるべくさせない。
3:イギーを見付けた時は……
[備考]
※ 何らかの能力制限をかけられています。ペット・ショップはそれに薄々気づいています。
※ 参戦時期は死亡後です。
※ 拡声器が何処まで響いたか後の書き手さんにお任せします。
【後藤@寄生獣 セイの格率】
[状態]:両腕にパンプキンの光線を受けた跡、手榴弾で焼かれた跡、疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、首輪探知機、拡声器、不明支給品1~0
[思考]
基本:優勝する。
1:泉新一、田村玲子に勝利。
2:異能者に対して強い関心と警戒(特に毒や炎、電撃)
3:セリムを警戒しておく。
[備考]
※広川死亡以降からの参戦です。
※首輪や制限などについては後の方にお任せします。
※異能の能力差に対して興味を持っています。
※会場が浮かんでいることを知りました。
※探知機の範囲は狭いため同エリア内でも位置関係によっては捕捉できない場合があります。
※デバイスをレーダー状態にしておくとバッテリーを消費するので常時使用はできません。
※凜と蘇芳の首輪がC-5に放置されています。
※敵の意識に対応する異能対策を習得しました。
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最終更新:2015年10月19日 01:21