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アンバーリファイン ◆QO671ROflA


ノーベンバー11が、この突飛な殺し合いへの参加を強制されて以来、ここまで疲労感を覚えたのは初めてのことだった。

「ここらで一度休んだ方がいいんじゃないか?」

先に対峙した佐倉杏子の支給品・猫(マオ)は、ひたすら足を進める彼に語りかける。
確かに、ここ数時間の彼の辿った苦労を考えてるだけでも、相当に感慨深く感じる。
しかし、彼はその足を止める事はなかった。
当然、彼にも思惑はあった。ましてや彼は何より合理性を重んじる“契約者”である。




ノーベンバーは佐倉杏子を氷漬けにして足止めした後、彼女の支給品であり生前、度々目にする事のあった猫(マオ)から自身の死後に“何”が起きたのかを聞かされていた。
それにも驚愕はしたが、更に彼を驚愕させたのはノーベンバー宛てに支給された地図の右端に記載された“あの表記”の存在だった。

“地獄門(ヘルズ・ゲート)”

間違いなく“それ”は日本の東京都心部に存在していた筈だ。
しかし明らかに“ここ”は東京ではない。
空には若干雲は出ているものの、星空が広がっており、明らかに生前に何千回と見た偽りの星の覆われたあの空とは異なっていた。

ノーベンバー11はふと考える。
当然、この異常事態に察し、行動を起こす契約者は相当数居るだろう。
必然的に、それらの契約者は地獄門を目指す筈だ。現に自分もそうしようとしていた。
自分が認知出来る限りで、この殺し合いへの参加を強制されている契約者は猫の語った「黒(BK201)」・「銀」・「蘇芳」。「魏志軍」という名前もMI6の事件資料にて見聞きした事がある。
おそらくこの4人は、よっぽどの事でもない限りは地獄門を目指すものと、そうノーベンバーは目星をつけていた。
つまりは彼ら4人よりも早く地獄門に先回り出来さえすれば、間違いなく状況は有利に進むだろう。
そうともなれば、ノーベンバー11はすぐさま地獄門へと足を進めた。
ただでさえ現在位置が掴めない状況だったが、逆に先回りされる方が厄介だ。




そのノーベンバー11の行動は功を奏する結果となる。
彼がデイパック片手に走り続けて、まず発見した施設は「コンサートホール」。
支給された地図の座標に例えるならD2に当たるポイントである。
対する地獄門は地図の右上端であるH1。距離としてはそう遠くはない。

彼はコンサートホールを尻目に地獄門へと足を進める。
その間、猫(マオ)は何度か話しかけてきたが、ノーベンバーは殊更に無視し、ひたすら小径を駆け抜けた。
既に佐倉杏子との戦闘で体力を一気に消費している彼にとっては、危険な状況下だからこそ隙を見計らって休息を取り、いざという時に万全の態勢で臨めるコンディションを維持する事が重要事項の筈ではあったが、事態は刻一刻を争う。
この殺し合いが始まってから相当な時間が経過している。
もしかしたら既に、自分と同じ事を考えた契約者が地獄門で陣取っている可能性も否定は出来ない。
そんな本能的な猜疑心が、無意識にノーベンバーの歩調を更に速めていた。
尤も、結果としてそれはただの杞憂であり、最も地獄門に近い地点にいた魏志軍が武器庫へと移った時点で地獄門から最短距離にいる契約者は正真正銘ノーベンバー11であったのだが。




「…」

立ち眩みにも似た感覚を覚えて、彼はようやく歩調を緩めるに至った。
やはり先の戦闘の疲労は早いタイミングで消化すべきだ。
まずノーベンバー11にとって最大の武器になるであろう飲料水は残り僅かとなっていた。
地図上における地獄門の最寄りの施設《潜在犯隔離施設》・《能力研究所》・《ロケット》のどこかしらで水を調達しなければ、ベストコンディションで陣取る事はほぼ不可能と言える。

「大丈夫か?」

そんな現状も顧みず、デイパックからひょっこりと顔を出す猫(マオ)は彼を気遣う。

「とりあえず地獄門までは真っ先に向かいたかったが、どこかで休息を取るべきかな」
「そうした方がいいんじゃないか?」

猫(マオ)の面持ちを見るに、真意にノーベンバーを気遣っているように思えた。
ノーベンバー11は、「ふぅ」と一筋の溜息を付き、施設の散策に取り掛かった。




施設の発見は比較的容易なことだった。
鬱蒼とした平坦な地形を抜け、そこより直線距離にして数百メートル先に見えた一筋のおぼろげな光は、どうやらその施設が出処らしい。
墨汁の如くねっとりと行く手に広がる暗闇の中、その光は異様に目立って見えた。
ノーベンバーは早速、その施設へと向かう。
その施設の正体はどうやら例の三つの休養地候補の一つである《潜在犯隔離施設》に間違いはないようだ。
あの光の光源であろう滔々とした潜在犯隔離施設の入口から漏れる妖艶な灯りは、まるで彼を中へと引き込まんとしているかのように思えた。
極度の疲労は、確実にノーベンバーの思考を鈍らせていた。

もしかしたら、この施設の中では誰かが他の参加者を殺そうと待ち構えてるのではないだろうか。
もしかしたら、自分よりも早くあの佐倉杏子がここに到着して、自分を殺す隙を伺っているんじゃないだろうか。
あの年齢であれだけの多節棍の槍を悠々と操っていた程の少女だ。
いくら足場を氷で固めようとも、その気になれば脱出は容易だろう。
そう言えば、佐倉杏子の支給品である猫(マオ)もあれ以降、異様なまでに大人しくなり、今となってはまるで話そうともしなくなった。
もしかしたら、猫(マオ)は予め佐倉杏子との何らかしらの連絡手段を持っており、自分が地獄門への道を急ぐ間に連絡を取っていたのではないか。

答えの出ない思惑のループに、形のない苛立ちを懷き始めたノーベンバーはようやく決心を決め、入口の自動扉の前に立った。
しかし自動扉は開かない。どうやらセンサー機能が点で機能していないらしい。
ノーベンバーはそっと爪を立て、アクリル製の自動扉をこじ開けた。

ガシャン。
自動扉は予想以上に頑丈であり、ノーベンバーの力加減のミスによって、その轟音が辺り一面に響き渡った。当然周りは夜特有の静けさが広がっており、そのドアの衝突音は想像以上に響き渡る。

「お前、本当に大丈夫か?」

人の苦労も知らずに、どこまでも勝手気ままな猫(マオ)の言いように、彼は呆れて溜息を付いた。

「至って健全さ」

口元を歪めながらも、彼は彼なりに優雅に振舞ってみせた。




その後も施設内を散策するノーベンバーと猫(マオ)だったが、彼らにも徐々に分かって来た事実があった。
この潜在犯隔離施設。「潜在犯を隔離している施設」という事は名前のニュアンスから理解出来るが、何処を見ても潜在犯は誰一人いない。
ただ所々にロックの掛かっていない意味を持たない障壁が聳え、それによって通路が仕切られている。少し大きめのフロアに出ると、防弾ガラスと鉄格子に覆われている牢屋が何個か見受けられたが、中を覗いても『潜在犯』らしき人影は見受ける事が出来なかった。

内心、寧ろ人影なんてない方が良いと思っていたノーベンバーではあったが、不意に彼のすぐ背後にそれは現れた。
周囲の物陰からウィーンという何かが移動する音が耳に入ったのだ。
ノーベンバーは反射的にデイパックに手を伸ばす。

「オイ!!」

どうやら間違えて飲料水入りのペットボトルではなく、猫(マオ)の尻尾を掴んでしまったらしく、さっきまで黙り込んでいた猫(マオ)も思わず声を上げていた。

「これは失敬」

ノーベンバーは平謝りしながらも、今度こそ飲料水を手に取った。
奴が自分を狙っているなら、まずは下手な追跡はせず、次に様子見に来るだろう奴を確実に仕留めるのが最善策とノーベンバーは考えた。
相手が自分の視界から消えた方角の死角に陣取った彼はすぐに飲料水入りのペットボトルの蓋を緩める。
万が一、これで仕留められなかった時は自身の最大の攻防武具に成りゆるインクルシオを再装備するのが必然化するだろう。ただ、そうなれば彼の体力はもう持たない。
ここは何としてでも一撃で仕掛けなければならない。
そんな不安がうやむやにノーベンバーの脳裏を過る。
時間の経過と共に彼の額からは夥しい量の汗が流れ始めていた。
そんな緊迫した現状であったが、一匹の能天気な猫に憂いなどは更々なかった。
全く動けずに佇むノーベンバーを尻目にバックから悠々と飛び出したその猫はその影を追って走り去っていった。

(まさか本当に佐倉杏子と内通していたのか!?)

流石のノーベンバーにとってもこの猫(マオ)の行動は不意打ちに等しく、彼も猫(マオ)よろしく謎の影を追うしか術はなかった。




何度も曲がり角が交差する廊下を抜け、到頭ノーベンバーと猫(マオ)はその影を追い詰めるに至った。
追い詰めたというよりは誘導された形に近かったが、結果的に追い付いたという事実に変わりはない。
その影を追い詰めたその一室は、部屋一面が黒一色の晦冥に覆われ、所々に青々とした仄かな光が目に入った。
ただでさえ見通しが効かぬ闇の中、ノーベンバーはその影に歩み寄る。
ちょうど“それ”のうっすらと全貌が見え始めたその刹那、部屋の灯り以上に散目される赤々とした閃光がノーベンバーの目を照らした。
一瞬で目を覆ったが、どうやらその光はパトカーなどで良く見かける回転灯のように思えた。
やがて時間の経過と共に徐々に目が慣れて行き、その赤光がその光源の全貌を表していく。
そして、その正体は彼の予想に反する“モノ”であった。
どうやらそれは人間ですらなく、如何にもマスコットのような風貌をしたロボットのようだった。

「これ、何だ?」

そのマスコットのようなロボットを尻目に、周囲の物陰から猫(マオ)は声を上げた。
遠目で見るに、それはこの部屋に入った時にうっすらと見えたあの青白い光源あたりの話であるらしい。
ノーベンバーは、マスコットが回転灯を回すのみで、その場から動かない事を確認し、猫(マオ)の元へ向かう。

その猫(マオ)の語った「これ」の正体は随分と機械的な銃床のようだった。
見た限りでは銃床は3つあり、どれも挿入口のような部分に銃口が収められている状態にあった。
ノーベンバーは不意にその銃床に手を掛ける。

「携帯型心理診断・鎮圧執行システム、ドミネーター起動しました。
ユーザー認証、ノーベンバー11。本実験参加ユーザー。使用許諾確認。適正ユーザーです。
現在の執行モードはノン・リーサル・パラライザー。
落ち着いて照準を定め、対象を無力化してください」

突如として機械音を発したその機械的な銃に、ノーベンバーは困惑を隠せない。
しかし、ノーベンバー11は、そのまま隣の銃床にも手を掛ける。

「携帯型心理診断・鎮圧執行システム、ドミネーター起動しました。
ユーザー認証、ノーベンバー11。本実験参加ユーザー。
エラー。
ドミネーターは1ユーザーに付き1挺までと使用許諾によって定められています。
トリガーをロックします」

その銃は最初に手に取った銃とは異なり、手にする以前から点灯していた青々とした光まで消えてしまった。
さっきの銃から流れた女声の機械音が正しいのなら、この銃を所持出来るのは1人につき1挺までらしい。
ノーベンバーはその銃を再び挿入口に仕舞おうとする。
しかし、どうやら挿入口は閉じてしまっているようだ。
ノーベンバーはその銃をそこに置いたままにする訳にも行かず、その機能しない1挺の機械銃を自身のデイパックへと仕舞い、依然として機能を続ける最初の機械銃を手に取った。

「オイ、あれはどうしたんだ?」

その猫(マオ)の言葉でノーベンバーはようやくあのマスコットのような小型ロボットがその部屋から出て行ってしまった事に気付いた。

「はぁ、一体どうしたものやら…」

ノーベンバーは溜息を付きながらも、再びあの小型ロボット──ドローンを追うべく、廊下を駆け出すのであった。





【F-1/潜在犯隔離施設/1日目/早朝】


【ノーベンバー11@DARKER THAN BLACK黒の契約者】

[状態]:インクルシオを装備した事による疲労(大)、黒にエイプリルを殺された怒り?
[装備]:猫@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、ドミネーター@PSYCHO PASS-サイコパス-
[道具]:基本支給品一式(飲料水一本消費済み)、狡噛のタバコ&ライター@PSYCHO PASS-サイコパス-、悪鬼纏身インクルシオ@アカメが斬る!、ロックの掛かったドミネーター×1@PSYCHO PASS-サイコパス-
[思考]
基本方針:契約者として合理的に判断し行動する。今の時点で殺し合いに乗る気はない。
0:ドローンを捕まえる。
1:地獄門を目指す。その過程で拠点を確保する。
2:水が手に入る施設を見つける(見つからない場合は川の流れるエリアを目指す)。
3:参加者と接触し情報を集める(特に黒、銀、蘇芳)。
4:極力戦闘行為は避け、体力を温存する。
5:黒と出会った場合は……。
6:蘇芳に興味。
7:万に一つ、佐倉杏子が自分を追跡して対峙した場合は猫(マオ)を猫質に使う。
[備考]
※死亡後からの参戦です。
※黒の契約者第23話から流星の双子までの知識を猫視点で把握しました。
※杏子と猫の情報交換をある程度盗み聞きしています。
※悪鬼纏身インクルシオはノーベンバー11が本来の所有者ではなく鍛錬も積んでいないのに加えて相性もそんなに良くはないので、長時間の使用は不可です。
※ノインテーターと奥の手(透明化)も使用できません。
※猫は黒猫の姿ですが、流星の双子での知識もあります。
※Cー2に蓋の開いた缶ビールが放置されています。


【ドミネーター@PSYCHO PASS-サイコパス-】
有事の際に監視官と執行官だけが携帯・使用可能な大型拳銃状の装置。
正式名称は「携帯型心理診断・鎮圧執行システム・ドミネーター」。
銃口を向けた対象の色相(犯罪係数)を即座に割り出し、その数値によって「パラライザー(麻痺銃/ノンリーサル)」・「エリミネーター(殺人銃/リーサル)」・「デコンポーザー(分子分解銃/デストロイ)」の3パターンに形状が変化する。
潜在犯隔離施設に3挺完備されており、ロワ参加者のみが1人につき1挺持つ事が可能(2挺目を手に取った時点でロックが掛かる。別の参加者にこれが譲渡された場合は、ロックは解除される)。
うち2挺をノーベンバー11が所持しており、残る1挺はそのまま潜在犯隔離施設に設置されている。
3挺共にロックが解除されるまではフル充電状態であり、一切使用しなかった場合は、最長で10時間の使用が可能。
ただし、それぞれのモードの使用毎に電池の消費量は激しく、それぞれパラライザーは3発、エリミネーターは2発、デコンポーザーについては1発の発射が限度である(要するにデコンポーザーを一発撃つだけで電池が切れる。エリミネーターについては一発撃つと、デコンポーザーは使用不可になり、エリミネーターは残り1発、パラライザーは残り2発撃つと電池が切れます。)。
一度ロックを解除したドミネーターを他者に譲渡する事は出来ません(仮に譲渡してもロックが掛かり、使用は不可能)。
シビュラシステムが破壊されない限りはドミネーターは使用出来ます。シビュラシステムの設置場所については後続の書き手にお任せします。
ドミネーターが執行対象と識別するのは人間のみです(頭部が寄生生物で構成されている寄生獣出典参加者や本体がソウルジェム化している魔法少女等の効力を有する人間の定義についても後続の書き手にお任せします)。




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042:純白のスーツは、少女の決意と黒猫に染まる… ノーベンバー11 083:幸せ砂時計
最終更新:2015年07月22日 03:02