080

少女不十分 ◆5brGtYMpOk



肌寒い早朝の時間は過ぎ、陽が街全体を包み込む朝の時間がやってくる。
郊外にある小さな駅。そこから歩いて五分と経たない場所にあるファミリーレストラン。
会合した少女たちが始めるのは、放送が始まるまでの休息の時間。
クロエ・フォン・アインツベルン里中千枝ヒルダ
出身も人種も違う三人の朝食は、何者も邪魔することなく進もうとしていた。

「……驚いたわ」
「あぁ? そりゃどういう意味だ」

店内には空腹を刺激する香りが漂っている。発生源は窓際にあるテーブルの上からだった。
ふわふわとした卵を閉じて沢山のお肉が入ったオムライス。キャベツやもやしといった素材に、ニンニク風味を加えた野菜炒め。
イタリアントマトとモッツァレラチーズを使用したピザに、色とりどりの海鮮が入ったクリームパスタ。カリカリに焼いたベーコンに、トマトと粉チーズを混ぜたシーザーサラダ。
青海苔が入った卵焼きに、小皿に盛り付けられたエビチリ。
熱々の鉄板の上にガーリックを乗せたチキンが音を鳴らしている。隅に置かれた味噌汁は湯気を出していた。
テーブルにはレンジで温めるだけの物だけではなく、手間を加えた物もある。
それらを全て作ったのはヒルダだった。お腹が減ったと二人にせがまれた彼女は、多少の調理の経験を活かして料理を振舞っていた。

「んー、いい匂い。ファミレスでもバカにできないなぁ」
「材料だけはあるからな。簡単なものならあんたたちでも作れるよ」
「料理は腕だけじゃない、だから大丈夫だよクロエちゃん」
「料理は愛情……そうよね、お兄ちゃんもそう言ってたし」
「……あんたらはなにを言ってるんだ」

自分がいない間になんの会話に華を咲かせていたのかと悪態を付きつつ、自ら作った料理に取り付く。
腹が減っては戦は出来ない、というように目の前の料理をお腹に掻き込む三人。
朝食の提案をしたのはクロエ。きっかけを作ったのは千枝。二人のお願いに首を縦に振ったのはヒルダ。
時間が限られている世界とはいえ、食べれるうちに食べておいた方がいいと判断した為だ。
意外な特技にクロエが口を挟み、美味しいと言いながら手を休めない千枝に、相槌を打ちながらもご飯を口に運んでいるヒルダ。
その姿は殺し合いの場にいるとは思えないくらいに和気藹あいあいとしていた。

「ーー私たちに必要なことは明確な目的を持つこと」

テーブルの上に並ぶ料理が少なくなってきた頃を見計らってクロエが声を鳴らした。
綺麗にお皿を空にしたヒルダは、一瞬だけクロエと視線を合わせ次の料理に取り掛かる。
話は聞くが箸を止める気はないということだ。余程お腹が空いていたのか、千枝は口いっぱいに放り込んだ食べ物をジュースで流し込もうとしている。
そんな二人を見て、気が抜けるわ……と、クロエは張り詰めていた肩の力を抜く。


テーブルの上に並ぶ料理が少なくなってきた頃を見計らってクロエが声を鳴らした。
綺麗にお皿を空にしたヒルダは、一瞬だけクロエと視線を合わせ次の料理に取り掛かる。
話は聞くが箸を止める気はないということだ。余程お腹が空いていたのか、千枝は口いっぱいに放り込んだ食べ物をジュースで流し込もうとしている。
そんな二人を見て、気が抜けるわ……と、クロエは張り詰めていた肩の力を抜く。

「言い換えれば、このゲームにおけるスタンスを確かなものにする。迷いは自分が思う最高の結果はついてこない。あの夜の出来事みたいにね。
あの時ああしていれば……なんて馬鹿なことは考えないけれど、わたしなりにやれることはやったわ。
では何故あんな結果になったか。世の中どうしようもないことはあるけれど、あれはどうにか出来ないものではなかった。
そう……わたしたちに足りなかったのはーー」

「覚悟……そういう事だろ、クロ」

クロエの言葉を遮ったのはヒルダ。紙ナプキンを手に取り口を拭いていく。

エンブリヲに操られているとはいえ、所詮モモカは素人。訓練を受けているあたしと、異能を持った二人。
助けることが出来ないなんて言えねぇよな。やりようはいくらでもあった。考えれば頭の中に次々と浮かんで来る。
ああ、これも馬鹿なことに入んのか。そうだな、ほんとうにクロの言う通りだ。あたしたちには覚悟が足らなかった」

情報の整理をしていく中で、二人が結論を付けたのは図らずも同じものだった。
悩んでいたのが馬鹿らしくなるとても簡単なこと。気が付いたのは沸騰した頭が冷えていった一人になっていた時。
そしてそれは二人だけの話ではない。もう一人。箸を止めじっとクロエを見つめている千枝は、自らの考えを持って口を開く。

「きっと、クロエちゃんの言う通りなんだと思う。誰かを守りたい。それがわたしの夢なのに、目の前の危機になにも出来なった。
わたしのペルソナなら……何か出来ることはあったんじゃないかって、後悔しても遅いんだって分かっていても、どうしてもやりきれなくて。
だからもう迷いたくない。一人でも多くの人を助けたい。
だけど、それでも助けられない人たちはいる。この手は一つだから、どうしても溢れちゃう。
だから二人に手伝って欲しい。これがわたしの覚悟。独りよがりに巻き込みたくない……ちょっとでもそんなことを思っていたから」

語るのは力のない自分を責め、一人の力ではなにも守ることは出来ないということ。
頭を下げて彼女は言う。このふざけたゲームを止めるのに協力してほしい、と。
音が止み沈黙の時間が流れる。千枝は心臓がどくどくと鳴り止まないのを手で押さえる。
鼓動は早まるばかりか勢いを増していく。額にはいつの間にか大量の汗が出ていた。
断られるかもしれない。そんな思いが胸に渦巻いていく。
沈黙を切ったのは話のきっかけを作ったクロエ。軽く息を吐いて、答えを出した。

「元からそのつもりよ、なに言ってるの」
「乗りかかった船ってやつだ。手伝ってやるくらいのことはしてもいいぜ」

花が咲いたような千枝の笑顔に二人は笑った。
この三人なら何があって乗り越えられる……そんなことを思いながら。
そうして少女たちの決意は固まっていく。
揺らぐことのない覚悟を持って、三人は殺し合いに挑む。

そして、放送の鐘が鳴った。




店内にいるというのに、どこからかはっきりと耳に残る男の声。
死者の数は十六人。参加者七十二人から捉えれば、六時間でこの数字は多いと感じた。
あたしが思ったことはそれだけ。モモカの名前が呼ばれたことについて、動揺はもうなかった。
白状なのかもしれない。かつての仲間に対して抱くのはちっぽけな喪失感一つ。
そういう環境であたしは生きてきたから。あそこで死んだ人間は海の藻屑となって消える。飾りだけの墓の下には一本の骨すら埋まっていない。
ああはなりたくないから。何がなんでも、元の幸せな日常に帰りたいって必死で生きてきた。

何度も心の中で吐き出していた言葉。
変わらないってことか。ここも、アルゼナルにいたあの頃のあたしと。
殺し合い、生き残れるのは一人。ああ……やっぱり対して変わりはしないか。
どちらであろうと命の危険に違いはない。相手がドラゴンから人間に変わっただけ。

十六人、この死者の人数について深く考えてみる。やはり多いか。このままのペースなら一日と経たずゲームは終わる。
禁止エリアを考慮して三日持つかどうか。十七人という数字は殺し合いに乗る人間が多いということ。
ゲームの危険度が跳ね上がっていくのを感じる。その中には、エンブリヲやクロみたいな特殊な力を持った奴がいる。
殺された参加者に、モモカとアンジュみたいな人間もいたのだろうか。自分の命にも見劣りしない関係を持った人間が。

「……なにやってんのよ、美遊」

そんな珍しい連中の一人。
小さくクロが呟いた名前は、放送で呼ばれた十七人の内の一人。
美遊・エーデルフェルト。そいつはクロの友人だという魔法少女。




状況は想定していた範囲内に収まっている。予想外だったのは死人の数。ゲームに乗っている参加者が多いかも知れないということ。
あれを見せられたんだから仕方のない話だが。少しでも潰し合いになっていることを祈る。願うだけなら金も苦労も掛からない。
問題が出たのは放送後。脱落者の読み上げの部分から固まったままの二人。
これは予想していたことで、ここには友人も呼ばれているのだと二人は言っていた。殺す奴がいる以上、死ぬ奴もいるというだけの話。
でもな、これはちょっと酷いんじゃねぇか。休みなくあたしたちに重石を重ねてくるかよ。

「おい」

いつまでも動きがない二人に声を掛ける。反応……これといって無し。
テーブルの上に置いてある飲みかけのグラスを手に取り腕を振る。クロに向けて放ったジュースは、そのまま頭から被っていた。

「ねぇ、ヒルダ」

なんだよ。言いたいことがあるのなら言ってみろ。文句以外なら聞いてやる。

「相談したいことがあるのだけど、いいかしら」
「辛気臭い話じゃなければな」

釘を刺しておく。悩んでいることを聞かされたところで、あたしにはなにも出来ないから。
髪の先から雫が垂れて、顔を下げたまま視線を合わせない姿にイラつきを感じる。
そんな弱かったのかよ、おまえは。そんな脆かったのかよ、てめぇは。

「例えば、これは例えばの話よ。妄言だと思ってくれてもいいわ。だけど、可能性としてはゼロではないと思うの。
十六人だったかな。これは結構な数字よね。それこそ三日持たないくらいに。
ゲームに乗る参加者の増加。これは首輪による影響が大きい。誰も死にたくないもの。生き残るために行動を起こすのは必然と言える。
それで、ここからが本題だけど。果たしてこの死者の放送は本当なのか、っていうね」
「は?」

なにを言っているんだこいつは。
それは放送で呼ばれた十六人は死んでいないかもしれない……そういうことかよ。
どこか頭でも打ってイカれちまったのか。知っている名前でも呼ばれて狂っちまったのか。
余りにもアホくさくて言葉が出ない。

「分かってる、貴方の言いたいこと全部分かってるわ。言っていることは、理想を上げているだけだって。
でも、絶対とは言い切れない。わたしは確かな確信に近い考えを持ってる。一説として、ここに集められた参加者は全て人格をコピーされた人たち。
これはわたしの世界だけの知識でも不可能なことではないわ。なによりここには、様々な可能性が重なった世界がある」

ああ、もういい。これ以上喋るな。

「どこかに連れ去られた、姿を隠している。決して死んでいるとは限らないのよ。こんな大規模な舞台。わざわざ苦労して集めたわたしたちを殺すなんて惜しいわ。
だからみんなは生きている可能性はある。きっと何処かにーー」
「ーーそれは」

我慢が出来なくなった。

「それはモモカにも言えることなのか」

目の前で死んだあいつは生きているって、そう解釈していいんだよな。あれは悪い夢だったと、そう言いたいんだな。
なに惚けた顔してるんだ。自分でもあり得ないと思うことは言うんじゃねぇよ。おまえはそこまでアホだったのか。
あまりの腑抜けぶりに腹が立った。だから立ち上がって、思いっきりぶん殴った。
言葉でこいつの頭を冷やすには足りないと思ったから。理由はそれだけで十分だった。

「ふざけんじゃねぇぞっ!! クソがっ!!」

勢いのまま胸倉を掴んで床に叩きつける。体は軽く、まだ子供だということを思わせる重さだった。
殴る前の躊躇も、殴った後の罪悪感もなかった。あるのは自分でも言い表せない怒り。
クロの顔は赤く腫れ上がっている。あいつにとって幸い、鼻血らしきものは出ていない。
受け身を取る暇がなかったのか、息が詰まって噎せていた。知ったこっちゃねぇ。
拳が赤くなっている。痛ぇ。殴った方もこうなるのはどこか納得がいかない。
あたし、こんなことする奴だったけかな。こういうのはあいつの役割だってのに。
柄じゃねぇよ、ほんと。

「頭は冷えたか? ぐだぐだと戯言抜かしやがって」
「落ち着いてヒルダ……わたしは冷静に話がしたい」
「下手な仮面被ってんじゃねぇよ」

見え見えなんだよ。隠したいならもっと上手くしやがれ。
そんな、なにかを押し殺すような顔されたこっちの身にもなってみろ。余計な感情だ? それはどっちの台詞なんだ。
クロは胸倉を掴まれたまま抵抗しようともしない。ジュースで濡れて乱れた服も気にしないで口を開いた。

「呼ばれた」
「……なにがだ」
「わたしが探していた友達が、さっきの放送で呼ばれた」


「ううん、友達……って言えるのか分からない。あの子はイリヤに夢中だったから。
でも、最近は周りも見るようになってきたの。イリヤだけじゃない。クラスメイトとも少しづつだけど距離は縮まってきてた。
自分のことのように嬉しかったわ。基本仏頂面な顔が、コロコロ表情が変わるんだもの。
わたしさ美遊のこと何にも知らないんだ。どこかよそよそしくて一線を引いてる感じがして。
踏み込むんじゃなくて、自分から理由を言ってくれるまで待ってあげる……そんな考えだった」

口から出てくるのは、美遊って奴の思い出ばかり。
……いや、違う。これは後悔か。みじかな存在で交流はあったみたいだが、そいつの深いところにまで入れなかった。
友人と断言出来るほどそこまで仲は良くなかったのか。それにしては随分と近く親しげだな。
語っているクロは誰に向けても話していない。

「けど、それももう終わり。本人がいなくなっちゃったんだもの」

掴んでいた胸倉を強く挙げ、じっとクロの目を見る。瞳は揺れていない。
そうかよ。我をなくしてあんな馬鹿みたいこと言ってた訳じゃないんだな。
真面目な顔して現実逃避していたと。本気で考えて出した結論がああだと。
自分がおかしいことを自覚しながらも止められなかったのか。
冷静さは失ってはいなかった。けど、それは馬鹿になっていた方がよっぽどいい方向性だ。
本来なら今のあたしみたいに諭す側の人間なんだろう。それが、これだ。見ちゃいられない。

……だから、目を覚ましてやる必要がある。


長ったらしい名前を、声を大きくして言う。
クロがこっちを向いて、あたしと視線を合わせる。

「こいつはお前にとってどんな存在なんだ」
「どんなって……」

節々にクロの口から出ていたイリヤという名前。
まだ、お前にはいるじゃねぇか。

「……美遊と同じくらい大切な友達で、家族で」
「じゃあ、どうしてーー」

どうして、こんなところにいやがる。

「ーーじゃあ、どうしてこんなところにいるのっ!?」

開きかけた口は、怒声によってかき消された。




割って入るつもりなんてなかった。ヒルダさんに任せておけば綺麗に終わっていた話に。
第一、それどころじゃなかったのに。でも、我慢出来なかった。放ってはおけなかった。
二人は驚いた顔をしている。そうだよね。暗く沈んでいたやつが急に大きな声出してるんだから。

「クロエちゃんのいるべきところは、ここじゃないでしょ」

こんな場所でゆっくりしてていいの。その間にもゲームは進んでるんだよ。
時間は無限じゃないんだから。やりたいことは、やれる内にやっておかないと。
目的、あったんじゃなかったっけ。それを見失ったらダメじゃん。

「だいたい、さっきの話はなんなの。放送で呼ばれた人は実は生きている? 頭が悪いわたしでもそんな事は考えないよ」


夢見るのは小学生まで……って、クロエちゃんは小学生だったか。
じゃ、許す。だってまだ子供だもん。正しい方向に導くのが大人の役目だから、怒らないし笑わない。

「もしかして、わたしのことでも気にしてるの。そうなら、余計なお世話だよ」

安心させるように笑って、突き放す。
ちゃんと笑顔、作れてるかな。まさか崩れてないよね。
お願い。あと少しだけでいいから、もって。

「大切な人、いるんでしょう」

ずっと灰色だった瞳に光が灯った。
揺れていた。今、クロエちゃんの目は確かに揺らいでいる。
ほら、頑張れ、わたし。もう相手は膝を折る寸前だぞ。あと、一押しだ。

「後悔してからじゃ、遅いんだよ」
「……っ!」

ヒルダさんの腕から抜けて、立ち上がったクロエちゃんは落ちたデイパックを掴む。
赤く腫れ上がった横顔に迷いはなかった。

「ここでさよならよ」
「……そっか」

さよなら、か。もう会う意思はないという言葉。
うん、それでいいんだよ。そうでもしないと、きっと後悔する。
それが、クロエちゃんの覚悟なんだね。

「うん、さようなら」

四人が二人になって、二人が一人になって、一人が三人になって、三人が二人になって。
ここに来てから、出会ってはまたすぐに人が離れていく。

窓ガラスに映った顔は少し固くなっていたけど、いつもの里中千枝だった。

あぁ、よかった。最後までわたしのままでいられた。




鈍く光る銀色のコインを弾く。
クルクルとテーブルの上で円の軌道を描きながらコインは回り始める。
どこまでも自由に動いている様は、首輪を付けられて縛られているあたしたちと正反対で。

つい、余計なことを考えてしまう。

目的を明確に。そう、クロは言った。このゲームにおけるあたしの目的とは一体なんなのか。
言うまでもない。あたしはまだ死にたくない。あの場所から生き延びて、ようやく命が脅かされることのない今を掴めたのに、こんなところでくたばる訳にはいかない。
だから、あたしのこの殺し合いにおけるスタンスは……絶対に生き残る。
エンブリヲを倒してハッピーエンド……とは言えないが、そう悪くない未来を手に入れた。
その矢先にこれはないだろう。地獄から這い上がって安心した途端、また叩き落とされるなんて夢にも思わない。だから何としてでもあたしは生きて帰りたい。

協力をしたのはちょっとした気紛れ。少し寄り道をするだけで、芯はなにも変わっていない。

同僚であり、使い捨てのノーマの中に混じった数少ない人間。
いつものようにアンジュの心配をしてこの世を去ったモモカの最後の姿を思い出す。
あたしは何もしなかった……なにも出来なかったのか。王女の側近だっていうあいつの顔は、これで良かったと言いつつも死にたくないという意思は確かにあった。
それは限りなく死に近い日常を生きてきたあたしだから分かったこと。

つまりさ。あの死の瞬間のモモカは、生きたいと思ってたんだ。
死んでよかったなんて、アルゼナルにいた連中が聞けばぶん殴って来そうな言葉。
どんなクソみたいな場所でも足掻き続ければ先は見えてくる。
母さんの件で、命なんかどうでもよかったと思っていたあたしが言う台詞ではないけど。
それだけは、鮮明に記憶に映っている。

死にたくないなら泣き叫んで、生きたいならなりふり構わなければいい。
後悔をしたくないなら他を切り捨ててでも、自分が思った通りに行動しろ。
あたしが背中を蹴飛ばしたのは、前だけを見ていなかったクロに腹がたったから。
あいつが背中を押したのは、自分自身と重ねていたからなのか。

休憩は十分に取ったはずなのに疲労を感じる。ソファに横になって目を瞑ると、軽く目眩がした。
どいつもこいつも、ほんとうにバカなやつらしかいない。
苦労ばかり掛けさせられる。けど、今の気分は不思議と悪くない。

「……寝るか」

店の奥に行った千枝が帰ってくるまでの、ほんの少しの仮眠の時間。
時間は有限だから。何もすることのない今は、疲れを取る為に睡眠に当てる。

起きて、そこからは変わらないあたしの日常。




【F-8/ファミレス内/一日目/朝】
【ヒルダ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(小)
[装備]:グロック17@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2
[思考]
基本:進んで殺し合いに乗る気はない。
0:睡眠中。
1:千枝が戻ってくるまで休む。
2:千枝に協力してやる。
3:エンブリヲを殺す。
4:アンジュに平行世界のことを聞いてみる。
[備考]
※参戦時期はエンブリヲ撃破直後。
※クロエの知り合いの情報を得ました。
※平行世界について半信半疑です。






「これでよかったんだよね」

返事は何処からも帰ってこない。当たり前だ、ここにはわたし以外いないんだから。
ファミレスの休憩室。イスとテーブルが置かれた質素な場所。
あそこにいたままだと迷惑がかかっちゃうから。それに、一人にもなりたかった。
考えることが多すぎて、何処から手をつければいいか分からない。
イスに座って何かするわけでもなく、顔を上げたまま時間を無駄に消費する。

あ、そうだ。気分転換に天井のシミでも数えてみようか。
フロアの方では、天井どころか窓ガラスに曇り一つなかったから。
姑になった時に備えてチェックしていこうかな。

「……って、違う、違う」

真剣に考えてるつもりなのに、いつの間にか違う方向に行っちゃう。
集中力が足りないのかな。でも一人なんだから。何しようと誰にも迷惑かけてないんだから好きにしていいよね。

「はぁー、疲れたなぁ」

クロエちゃんに発破をかけたのは自己満足であって。
胸に浮かんだ正義感が放っておけなかった、ってのも理由の一つ。
クマや雪子の名前が呼ばれて呆然としていたわたしが見たのは、目の前で泣いてる小さな子。
涙を流していた訳じゃない。瞳だって、少しも揺れてはいなかった。
だけど、わたしにはそうとしか見えなかったから。なにか出来ることはないのか……そう考えていたら、ヒルダさんが激怒していた。
クロエちゃんの口から出てきたのは、友達と家族の名前。友達がなくなって悲しんでいる子を放っておけるなら、わたしはこんな性格はしていない。

「頑張れっ」

顔を合わせることはもうないのかもしれない。
だからって訳ではないけど、家族に少しでも早く会えるように応援をする。
夢を掴んで欲しいから。二度も大事な人を失うなんて辛すぎるから。

目に映ったのは金色の小さな箱。

壁際に設置してある小物などを置く台。立ち上がってそこに向かうと、薔薇が表面に書かれたオルゴールがあった。
なんでファミレスなんかにこんな物があるのか。誰かの忘れ物だろうかと、手にとって椅子に戻る。
開けてみると、小さな楽器が詰められている。久しぶりに触ったなぁ、これ。
どうやって鳴らすのかやり方が分からず苦戦したけど、中にあるネジを回すことで音が流れ始めた。

オルゴールには人を癒す効果があるって聞いたことがあるけど、そうなのかもしれない。
心地よく耳に残る音は心を洗ってくれる。

もしかして、わたしストレスでも感じてる?
色々あったからなぁ。当然といえば、当然なのかもしれない。
モモカちゃんが亡くなって、追い討ちかけるようにあの放送だったから。

……死んじゃったんだよね、クマも雪子も。つい数時間前に顔合わせてたのにさ。
現実味が湧かない。モモカちゃんのことがなかったら、たぶんそう言って逃げてた。
でも、分かる。分かってしまう。二人はもうどこにもいない。

「……雪子」

もう学校の教室でお喋りをすることもない。
ジュネスで色々と見て回ることもない。
バカなわたしのために勉強を教えてくれることもない。
一緒に笑うことも泣くことも出来ない。

「そんなの嫌だよ」

なにやってんだ、わたし。それでも、警察官を目指してんのか。
みんなを守る、って言いながら誰も守れてない。
モモカちゃんも、クマも、雪子も、放送で呼ばれた人たちも何も救えてない。

覚悟、したはずなのになぁ。こんな簡単に揺らいでる。
クロエちゃんは進んで、わたしは立ち止まって。
どうすればいいのか分からない。

いつの間にかオルゴールの音色は止まっていた。

涙は流れなかった。
もう枯れ尽きたのかもしれない。




【Fー8/ファミレス内休憩室/一日目/朝】
【里中千枝@PERSONA4 the Animation】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考]
基本:殺し合いを止めて、みんなで稲羽市に帰る。
0:????????
[備考]
※モモカ、銀と情報を交換しました。






わたしの命は魔力ありきで空になったら消えてしまう。
他人から魔力は吸い取れるが、お腹の足しにもならない微量な量だけ。
魔力が多い人間ほど取れる量が多くなる、という単純な話でもない。
相性の問題が一番で、 対象がイリヤになると普通の一般人に比べて十倍以上違う。
つまり、何が言いたいのかっていうと、わたしの選んだ選択は自殺行為でしかない。
魔力が途切れたらゲームオーバーの状況で、一人になるなんて馬鹿を通り越してアホ。
補給も出来ない状況。戦闘が起こったら使わざるおえなくなる。
生きているだけで、こうして走っているだけで魔力は減っていく人間として不完全な存在。


だけどね。その程度のことで、この足が止まる理由にはなり得ない。
無謀だって理解してる。正しいことじゃないって分かってる。もしイリヤがわたしのために同じことしようとしたら、ぶん殴ってでも止める。
家があって、家族がいて、学校があって、友達がいて、夢がある。
ずっと憧れ続けてきた。そこに混ざったらどんなに楽しいだろうって。
ようやく手に入れた日常。奇跡は本当にあっても、わたしに体と心をくれた。
その一片が壊された。これで大人しく出来るわけないじゃない。

わたしはなにをやっていたのか。与えられた情報だけを甘受してなすがままだった。
この舞台が殺し合いだなんて分かっていたことなのに。
イリヤは強いからきっと大丈夫、美遊はこんな場所でも冷静に行動するだろうから安心出来る。
そんなわけあるか! 大丈夫って、なにに対して言ってるのよ。ノロノロと行動を起こさなかった結果がこれだ。
間抜けにも程がある。守りたいものを失ってから気付いてどうするのよっ。

もう後悔はしたくない。だからわたしはあそこを飛び出した。
イリヤを守る。それだけの為に、さよならの一言だけを残して道を別れる。
二人が背中を押してくれたから、今のわたしがある。それだけは感謝をしなくてはいけない。

わたしの両手は、千枝のように誰彼構わず救うようなものではない。
欲張り者は泣きを見る。責任も持てないのに助けるなんて、おこがましいにも程があった。
たった一つでいい、掴むべき者だけを掴む。そうしなくては、すべて消えてなくなる。
そんなバットエンドは嫌だから。わたしは出来る限りのことをする。

「待ってなさい、イリヤっ!」

美遊が死んじゃって、イリヤまでいなくなる。
そんなことは絶対に認めない。

わたしの日常は、もう誰にも壊させない。




【Fー7/市街地/一日目/朝】
【クロエ・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック×2 基本支給品×2 不明支給品1~3 サイドカー@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[思考]
基本:イリヤを守る。
1:イリヤと合流する。
2:魔力の補給についてどうにかしたい。
[備考]
※参戦時期は2wei!終了以降。
※ヒルダの知り合いの情報を得ました。
※クロスアンジュ世界の情報を得ました。
※平行世界の存在をほぼ確信しました。



時系列順で読む
Back:黄は止まり青は進む Next:曇天

投下順で読む
Back:黄は止まり青は進む Next:曇天

074いろとりどりのセカイ ヒルダ 086:亀裂
里中千枝
クロエ・フォン・アインツベルン 094:黒色の悲喜劇
最終更新:2015年08月08日 00:23