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どうせ最初から結末は決まってたんだ ◆BEQBTq4Ltk


『その質問にはお答えできません』

機械的な電子音声が響くと、続く音は何一つ鳴らない。
動作音や歯車が動く訳でも無く、人間が発する仕草の音や漏れる声も響かない。

さて、どうしたものか、と参加者の一人である魏志軍は考える。答えが想像の端数にも到達していない。

「理由は」

尋ねてどうにかなるものだろうか。機械相手に新たなる結果を導き出すべく問を投げるのは得策と言えない。
人間と違い、顔も、空気も感じ取れない。全てが相手に有利な状況である。

『首輪の価値と情報が釣り合いません』

「……片方を削れば答えがもらますか」


《BK201...黒と、その周辺の参加者の居場所を教えなさい》


少し前に機械に呟いた。
対する返しは黒の居場所も、他の参加者の情報も含まれていなかった。
含まれていないだけならまだましだったが、本当に何も得ない返しだった。

しかし首輪を対価に、情報が何一つ得られないのは等価交換と言えないだろう。

『このシステムは稼働してまもないため、現在は一度発言された質問の訂正ができません。
 改良されれば後に可能となるかもしれません。ですが、現状では貴方の質問にお答えできません』

「無駄足でしたか」

『新しい情報が知りたければ首輪の提供が必要となります。
 なお、先の首輪と同価値の首輪の場合、お答え可能な範囲は対象が滞在している方角のみとなります』


その音声を最期に魏志軍は立ち去り、新たな首輪を求める。











 知り合いは誰も死んでいない。
 二回目の放送を聞いたタツミの率直な感想であり、アカメが生きているのは彼にとって嬉しい知らせであった。


 ジュネス店外のフードコートの一席に腰を下ろし、得た情報を整理する時間を確保に務める。
 タツミの仲間――アカメの名前が呼ばれていないことは、こんな狂った空間の中で数少ない喜ばしい情報だ。

 しかし別れた同士達……ジョセフや初春の仲間が呼ばれていた。
 彼らは放送を聞いてどう動くか、捉えるかは解らないが、人は死ぬ運命でありそれが早まっただけ。
 割り切れずに現実を拒んだ存在から死んでいく。四方を囲まれ安息地の無い殺し合いに漂う暗黙の規則だ。
 それにキリトも死んでいる。別れた後のたった数時間で、だ。
 危険人物が近くに潜んでいるかもしれない、気を引き締め直す。

 知り合いから死者が出たジョセフと初春がしっかりと己を保ってくれれば問題は無い。
 この殺し合いを拒むタツミが現地で得た仲間だ、共に朝日を拝みたいものである。


(知り合いの名前を呼ばれたのは他にも……いる)


 首を少し動かし、遠くの席に落ち着いている青髪の魔法少女を見つめる。
 無論、戦闘態勢ではなく、制服と呼ばれる服装をしているが。


 美樹さやかの知り合いの名前。
 唯でさえ、悲しみの少女は精神が不安定で、危険要素を己に潜めているかのような状態であった。
 追い打ちを掛けるように読み上げられる友の名前。それは冥府に旅だったことを知らせる煉獄の地鳴り。


 死んだ人間は生き返らない。


 世界の鉄則。変えられない現実。受け入れるべき事実。拒めない真理。
 殺し合いを最期まで生き延びた参加者に与えられる褒美、それは森羅万象全ての願いを叶える奇跡の業。

 もし、美樹さやかが友を生き返らせるために、殺し合いを加速させるならば。


 悪は葬らなければならない。


 死んだ人間は生き返らない。何でも願いが叶うならば既に誰かがやり遂げている。
 褒美に目が眩み道を踏み外した外道に、天の光を浴びる権利など無いのだ。
 法が裁けぬのなら、法が適応されなければ、例え殺し合いの状況であろうと。

 悪は葬る。









 鹿目まどかが死んだ。
 この事実は必ず受け入れなければ――いけないのだろうか。


 美樹さやか。
 喉元に溜め込んだジュースを、身体の中で渦巻く不安と一緒に飲み干す。

 思えば、殺し合いに巻き込まれてから自分は何をしたのか。

 何もしていない、そう何も、何も、何も成し得ていない。

 放送で目を覚まし、眠気覚ましになると思っていたが、奈落の底に叩き落とされた気分だ。
 目何て簡単に覚めてしまい、心も何処か冷めているようで。
 自分だけが取り残される感覚が無慈悲に襲う。それは生き残ることや何もしてないこと。全て色々と引っ括めて。

 殺し合いに来てからまともにした行動は鳴上悠の手当をしたぐらいだろう。

 けれど。



(あたしがやること……今のあたしに残されている、もう一度、全てをやり直すためには……っ!)



 絶望。
 どうしようもない現実の目の前で塞ぎ込んだ美樹さやかに訪れた、宴。

 希望。
 嘗て自分が身を堕とした時と同じように、奇跡の前触れに触れる機会。


 殺し合いを生き抜けば願いが叶うと広川は告げた。
 信じられない戯れ言なのに、本当なら絶対に信じ切れない言葉。けれど、美樹さやかは信じた。
 その身に一度体験しているのだ。奇跡は存在する。本当に、引き起こせると。

 奇跡に縋らなければもう一度、笑顔で彼の前に、皆の隣で笑うことが出来ない。
 最初から決まっていた――いや、選ばさざるを得なかった。
 こんな境遇で奇跡を餌に釣られてしまえば、美樹さやかは修羅の道を歩むことは決まっているも同然だった。


 それでも、迷いはあった。


 この剣で、魔法で、手で。人を殺すことが出来るのか。
 怖い。自分が誰かを殺めることが無性に怖くて、その場から消えたくなった。
 しかし消えることは許されておらず、帰るにも最期の一人にならなければならない。



 弱い心を押し殺し、馬鹿な自分を救うためにこの身を闇に染める。

 美樹さやかが最初に出会った男。
 まだ心に迷いが生じていた彼女は弱さを見せた。
 溢れる言葉は偽りの無い本心であり、まだ中学生である魔法少女は同情を求めていたのかもしれない。
 傍で支えてくれる、励ましてくれる、慰めてくれる存在がほしかった。ただそれだけなのに。


 男――タツミは弱い美樹さやかと違い、既に覚悟が出来ていた人間だった。


 彼がどんな境遇で育った人間かは知らないが、彼は人を殺めることに戸惑いが感じられなかった。
 願い――殺し合いに少しでも興味を示せば、危険人物として扱い、襲い掛かる。
 それが普通だ。乱暴ではあるが、目の前に願いを求める人間がいれば排除したい気持ちも解る。

 しかし美樹さやかは黙って殺される訳にもいかない。
 どんなに辛いことがあっても、逃げ出したいことがあっても死んでしまえばそれで終わってしまう。
 生きたい。昔は無かったが今となっては生に対して執着心を持つようになってしまった。

 魔法を駆使した戦い。けれど生身の人間であるタツミに敗北してしまった。
 背中に斧の一撃を受けた重症だ。魔法少女じゃなければとっくに絶命している。


 タツミが斧を回収した時。
 心臓が止まると思ってしまった。息を殺し、出来るだけ自分の身体から生命の波動を消す。
 死体に成り切り遣り過ごした後は、リターンマッチ。と表せば聞こえはいいだろう。

 実際は《こんな奴なら殺してもいい》。
 奇跡を求めたいが殺人に迷いのある自分を正当化するために、少しだけ背伸びするためだけに彼を狙う。

 それでも美樹さやかは誰一人殺せていない。
 その後にタツミ、ジョセフ、初春と複数の人間と交流を得た。

 だけど、それが美樹さやかを救うことは無い。


 追い打ちを掛けるように巴マミの死が――名前が放送で読み上げられた。
 自分の目の前で死んだ銃撃の魔法少女。
 美樹さやかにとっては憧れの先輩であり、全ての元凶であり、大切な存在だった。

 巴マミが蘇生されている事実が裏付けるのだ、広川が持つ奇跡の力を。





 そして――鹿目まどかが死んだ。



 自分の大切な友達。唯一無二の親友。
 彼女を表す言葉など幾らでも存在する。


(友達とか親友とかじゃなくてさ。まどかが……死んだ……………はは)


 大切な存在が消えるのは慣れない。
 慣れてしまえば本当に自分が人間としての心を失いそうで、怖い。

 そして、今も結局は自分のことを考えている自分が嫌いだ。

 心を失いそうで怖い? 違う、まどかが死んだことを悲しめ、と心に叫ぶ。
 けれど拒絶する。まどかが死んだ事実を受け入れられない。何故、彼女が死ななければならないのだ。


 仮に死んでいてもいい。駄目だが諦める。
 優勝すればいい。優勝すれば願いが叶う。全員殺せばまどかを救える。


(でも、それじゃあたしは何も変わらな――)










「奇跡を起こせるのは知っている、だからさ……後何回起きても問題は無いよね」



 嗚呼、なんて自分は馬鹿なんだろう。
 奇跡が何度でも叶う保障や根拠は無い。そもそも願いは一つの筈だ。


 なのに、願いを複数叶えればいい、だなんて馬鹿げた思考をしている。



 そんなのあり得ない。叶う願いはきっと一つだけだろう。




 けれど、そうでもしなければ。





 正気を保っていられない。たとえどんなことがあっても――鹿目まどかが死ぬ理由には結び付かない。



 席を立ち、魔法少女に変身し、剣を精製し、震えながらも握る。
 願いを叶えるには最期の一人になる。その一歩のために、タツミには踏み台になってもらう。

 遠くの席にいるタツミも立ち上がり、鋭い空気を纏いながら美樹さやかの方へ歩く。
 さやかは殺気など出しているつもりは無いが、焦って変身したのは失敗だったと心に汗を浮かべる。
 タツミは強い。不意打ちでも奇襲でも仕掛けて殺さなくては、今の自分には身に余る存在だ。


(近っ……!?)


 気付けば対面にタツミが立っている。
 足音を殺していたのかどうかは定かでは無いがほんの一瞬で距離を詰められていた。
 美樹さやかが焦っていたことや未だに抱く迷いも関係はしているが、それでも接近に気付けなかった。

 タツミが伸ばす右腕に視線が集中する。
 この腕で私が殺される、そんな曖昧で具現化して欲しくない現実を思い浮かべながら――。


「お前、気配を察知したのか。ちょっと見直した。ソウルジェムを返したのに気付いたのもだけどさ」

「……え?」


 何を言っているか解らない。そんな表情を浮かべる魔法少女をよそに殺し屋は空きグラスを掴んで放り投げる。
 さやかが飲み干したグラスはジュネスの壁に当たると、当然のように音を響かせながら割れる。

 辺りは飛び散った欠片がバラバラに散布され、撒菱のような形になっている。
 何故そのようなことをしたのか訪ねようとするさやかだが、更に音が聞こえる。


 ガラスを踏み躙る音だ。


 つまり人が歩いている。


「首輪が二つ……貴方達の生命の重さ、期待させていただく」


 黒を基調に己を纏った男が、薄気味悪い笑みを浮かべさやかとタツミに走りだす。
 この時彼女、美樹さやかはやっとタツミの言葉を理解したのだ。遅い。

 気配を察知した。
 そんな訳無いだろう。お前と一緒にするなと悪態をつきたいが、そんな暇は無いようだ。



 戦闘は魔法があれど、技術的な面では圧倒的にタツミが上である。
 ならば彼を基本に立ち回るのがベストであり、さやかは漁夫の利を――少ない消費で他の参加者を削る方法を選択する。









 息を止めたタツミは迫る火傷の男との間合いを図り、一歩踏み出す。
 重心を乗せて放つ拳は首を捻られ回避されてしまい、敵は身を低くし懐に飛び込んで来た。
 しかし此処はフードコートだ。障害物は幾らでもあり、タツミは椅子ごと男を蹴り飛ばす。

 敵は両腕を交差し防いだようで、傷は一切覆っていないどころか、余裕の表情でナイフを投擲し始める。
 タツミはナイフを拳で叩き伏せると、落ちたナイフをつま先で蹴り上げ、宙に浮いた所を掌で掴むと、彼もまた投擲。


「お返しだ」


 火傷の男の額に吸い込まれるナイフだが――消える。


「な――俺の右足に刺さって……ッ!?」


 気付けばタツミの右太腿にナイフが刺さっており、敵は奇妙な鉄を持って嘲笑っている。
 何が起きたかは不明だが、あの男が細工をしてタツミが投げたナイフを空間ごと転移させたのだろう。


「手品師かい、あんたは……っ」


「生憎私もタネは解っていませんが、それでも手品師を名乗れと?」


「知るか!」


 ナイフを引き抜き、痛みを気にせずにバッグへ仕舞い、己を走らせる。
 近接戦闘ならば妙な転移に巻き込まれる必要も無い。一瞬で終わらせいいだけだ。

 火傷の男はナイフを手に取り、振るうことによってタツミの生命を刈り取ろうとする。
 拳で対応するタツミは一切の攻撃を喰らわずに攻防を繰り返し、徐々に敵を追い詰めていく。





「や、やるじゃん……」

 その光景を見てさやかは観客のように声を漏らす。
 タツミが何故、自分にソウルジェムを返したのか。今なら解る。

 自分が襲い掛かっても返り討ちに出来ると算段していたのだろう。





 ナイフの一撃を上体反らしで回避したタツミだが脚が止まってしまい、敵の膝蹴りが容赦なく腹に響く。
 身体を折り曲げた所に頭を掴まれると、槍のように投げられてしまい、ジュネスの店内へ放り込まれる。



 幸い自動ドアのため、ガラスを突き破ることにはならなかったが少々身体に痛みが響く。
 間髪入れずに距離を詰めてくる敵の攻撃を捌きながら反撃の狼煙を挙げるべく、青果コーナーのオレンジを積み上げたカゴをぶち撒ける。

 床一面にばら撒かれたオレンジで敵の動きが止まればいい。
 浅墓な知恵だ、そんな表情で火傷の男が嗤うも、少しでも止まればタツミの勝ちだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 調理実施コーナーの雰囲気づくりのために置かれたパラソルを畳み、即席の打撃武器にし振り下ろす。
 ナイフだろうが防ぎようのない、それも定石どおりではなく野蛮な即興の一撃を簡単に防げる筈もない。

 だが、相手も修羅場を潜って来た人間だ。簡単にやられるタマじゃないのは本能が察知している。

「っ!」

 目潰し代わりに飛んできたオレンジの汁に瞳を閉じてしまう。
 戦闘で相手から目を離すのは自殺行為であり、死を招く簡単な方法である。


 苦し紛れにパラソルを開くと、傘の部分に液体が付着した音が聞こえた。
 片腕でオレンジの汁を拭き終えると、何故か指が弾く音が響いて――傘が光る。


「や、ヤバイよな……!」


 危険を察知したタツミはバク転の要領でその場を離れる。
 自分で撒いたオレンジが邪魔だが関係無く距離を取り男に視線を合わせる。


 するとパラソルはこの世界から存在を消すように弾け飛んだ。一切の欠片を発生させずに。


「ワープがお前の能力か……おい、随分なチートじゃねえか」

「それはどうでしょう……しかし運のいい男だ」

(あいつ、腕から血が流れてる……知ったこっちゃ無いけどよッ!)


 その場を蹴り飛ばし一気に距離を詰める。
 長い間戦闘を続ければ、タネも解らない敵相手には危険過ぎる。

 ならば一瞬で殴り飛ばし意識を飛ばす。その後に情報を聞き出して殺せばいい。


「喰ら――――――!?」


 タツミの表情が強張る。敵の背後に美樹さやかが回っていれば誰だって驚くだろう。
 彼女は剣を振り下ろし、火傷の男を斬り裂こうとするも、簡単に避けられてしまう。

 あろうことか首の後ろに腕を回され、男の前に――盾代わりにされている始末だ。


「仲間を殴れますか?」








「もう止められない――このまま殴り抜けるッ!!」







 タツミ、美樹さやか、火傷の男。
 跳んでいるタツミに勢いを殺す方法もない故に、彼らはまとめて家電コーナーへ吹き飛ぶことになる。





 信じられない。
 埃が吹き荒れる中、さやかは殴られた胸を抑えながらタツミに毒を吐く。
 あの男は自分ごと敵を殴り飛ばした。あわよくば自分も始末しようとでも思ったのだろうか。


 やはり殺す対象に変わりはない。ソウルジェムを返却した行いを後悔させてやる、さやかの感情に憎しみが渦巻く。


「血……あたしのじゃない」


 左腕に付着している血液に疑問を浮かべる。殴られこそしたが出血はしていない。
 切傷かもしれないが、痛みは打撃のみであり、この血は自分のものじゃない。ならば誰の血だ。

 気付けば周りにはタツミも火傷の男もいない。
 気配は感じるが倒れているせいもあり、洗濯機や冷蔵庫に視界を阻まれており、確認が出来ない。




 立ち上がり、警戒しながら周囲を伺うと後ろから指を弾く音が聞こえる。



「これってさっきタツミの持ってたパラソルが――い、いや、嫌だ……っ」


 パラソルはまるで世界から消えるように、欠片も残さずこの世から――ならば。


 美樹さやかの腕も同じように――弾け飛んだ。



「い、ぁぁぁぁあああああアアアアアアアアアア!!」



 左肩から下が全てこの世から消える。
 痛みに耐え切れず倒れこみ、狼狽えうように転がるも痛みが軽減されることはない。


 転がる度に付着する己の血液が纏わり付いて、この世の地獄を演出し始める。
 止血しなければ、魔法で、魔法で回復を。


「ソウルジェムが濁って……いやぁ、う……そ、なんであたし、あたしあ、あ、あ、あ……グリーフシードは……あぁ!!」


 魔法少女にとって生命と等しいソウルジェム。響きどおりの魂が泥のように穢れている。
 完全に穢にそまり輝きを失えば、魔法少女として死亡し、人間としてこの世を去ることになる。


 魔法の使用で穢が蓄積されるのだが、これ以上魔法を酷使すると生命の保障がない。
 それに穢れは感情に絶望が芽生えることによっても蓄積されてしまう。つまり今のさやかは当然のように穢れる。


 穢れを浄化するにはグリーフシードと呼ばれる物が必要だが、生憎持ち合わせていない。
 タツミが持っているのだが、素直に渡してくれるとは思えない。


 出来るだけ。
 歯を食いしばりながら治療を始める。出来るだけ、魔力を最小限に。


 生き残るために。魔法少女の力を残すために。人間のカタチを保つために。








 ドサクサに紛れて火傷の男のバッグから零れ落ちたライフルと弾薬をくすねたタツミは容赦なく引き金を引く。
 敵は冷蔵庫の裏に廻るように横へ移動し弾丸を回避、タツミは邪魔なライフルをバッグにしまい込み男の出方を伺う。


 叫んでいるさやかを気にしている暇など無い。
 敵の動きは完全に完成されている人間、つまり修羅場を潜り抜けている動きだ。

 相手が本物ならば、此方も真剣に、手を抜けない。
 殺しの世界では甘い奴から生命を落とすことになる。


「ッラァ!」


 洗濯機をぶん投げ男を炙り出すタツミ、投擲物を追い掛けるように自分も走る。
 冷蔵庫に直撃すると轟音を響かせ、家電製品あら怪しげな煙が立ち始めるも気にはしない。
 その背後から飛び出した男と再び近接戦闘に突入し、拳と共に言葉を交わす。


「お前は何で俺達を狙う!?」


「殺し合いで尋ねる内容に相応しくない、首輪が欲しいだけ――そもそも理由を問う必要が感じられない」


「そんな屑野郎共を何人も見てきたがどいつもこいつも自分の利益しか考えてないってのが特徴だった」


「利益を追求しなければ他に何を……合理的に考えるのが」


「何が合理的だ、それが他人を殺す必要に――その指輪は!?」


「おや……知っているのならこれから起こる展開も予想出来るッ!」


 火傷の男はペットボトルを取り出すと、それを上に放り投げる。
 対するタツミは急いで距離を取り、視線は敵ではなくペットボトルに集中する。

 男の指輪は忘れることなどしない忌々しい帝具、ブラックマリン。
 大切な仲間であるブラートを死に追い込んだあの帝具、その能力は――。


「水を操ること……水流が迫ってきやがるっ!」


 ペットボトルを突き破るように水流が暴れ狂う――戦況は圧倒的に不利だ。




 まず最初の選択は家電を投げつけ水流の勢いを殺すこと。
 しかし暴れ狂う螺旋水流は簡単に家電を貫きタツミを追い掛け回す。

 家電コーナーを直線ではなく縦横無尽に駆け回るが、水流はびったりと追尾してくる。
 急停止を掛け、旋回するも水流は多くの家電を貪り、破壊しながらタツミに迫る。


「くっそ……頭を潰す!」


 近場の冷蔵庫に飛び乗ると、跳躍し空中から火傷の男に接近し拳を構える。
 本体を狙い水流を防ぐ、永遠の鬼ごっこを続けるほどタツミにくだらない趣味は無い。



「発想はいいかもしれないが、私は後ろに」



 シャンバラ。
 タツミは知らないが火傷の男が持っているもう一つの帝具。
 空間転移を能力とするそれは先のナイフでも応用され、今もタツミの背後に回り真価を発揮している。

 本来の時間軸ではタツミの仲間を殺すきっかけとなる帝具は、持ち主が違えど、世界が違えど、タツミを追い込むことに変わりない。


「やb……ッッッ!」


 冷蔵庫を殴り飛ばし、ブレーキ代わりに使用すると靴底を地面に抑えつけ更に速度を落とす。
 摩擦音を響かせながら無理に旋回し背後に回った男を見るも、既に水流が迫っている。

(手持ちの道具はラケットにライフル……防げない)

 水流を防ぐ術は無い。大前提として水流に貫かれることになれば致命傷は確実であり、下手をすれば死ぬ。

 さて、此処まで解っていれば何かしら対策を取らなければならないが、生憎手詰まりである。
 一度対峙した時も、ブラートが居なければタツミはとっくに死んでいた。

 仲間に頼らなければ死んでいた。故に。





「イザナギ!」




 今回も仲間に助けられることになる。


「大丈夫かタツミ!」

「悪い……タイミングが良すぎるけど狙ったか?」

「だとしたら?」

「……止めだ止め、それがお前の……えーっと」

「ペルソナだ……それよりもさやかは何処にいる。まさかあの男に……」

「生きてる、あっちの方で転がってるけど左腕が吹き飛ばされた」


「左……っ!
 もう俺の周りからは誰も死なせたくない、死なせてたまるものか!」


 水流からタツミを救ったのは鳴上悠のペルソナ、イザナギであった。
 手に持った獲物で正面から水流を斬り裂き、付近の家電を破壊するだけに収まった。

 興味ありげにペルソナを見つめるタツミだが、詳しいことは戦闘の後にするべきだ。
 今は目の前にいる火傷の男に対処することが専決事項であり――「逃げろ、悠! 巻き込まれ――」



 紫電の光が彼らを包み――誰もかもが消えた。






「此処は……ジュネスが見える」


 タツミが気付いた時には外に身を置いていた。
 ジュネスが見えるものの、お世辞にも近いとは言えないこの地点でどう動くべきか。


「火傷男も悠も消えていた……何処に居るんだ」


 紫電の光に包まれて消えたのは自分だけでは無い。
 彼らも何処かに飛ばされている筈だが近くには感じられず、タツミの周囲に気配は無い。
 ジュネスに残っているのは美樹さやかだけであろう。


「さやか……あいつ大丈夫かな」


 左腕を吹き飛ばされた人間が大丈夫な訳が――魔法少女ならば有り得る。
 実際に交戦した時も、背中を斧で斬り裂いたにも関わらず彼女は生き延び、こうしてまた共に行動していた。


(悠を助けた時……何だかんだで根は良い奴だと思ってソウルジェムを返したけど……)


 その行動が良かったのか悪かったのかは解らない。振ったサイコロの目を見ていなければ意味が無い。
 同じように美樹さやかを確かめる判断材料は揃っていない。


「あのままくたばっちまえば……いや、助けに行くか」


 後味が悪い。仮に美樹さやかがどうしようもない悪だったとして放置してれば被害が出てしまう。
 何にせよ救える生命を捨てるほどタツミは外道では無いつもりでいる。

 しかしそれは褒められるような正義では無く、己を正当化しただけの記号だ。

「ジョセフさん達とも合流するべきだし……遠くから聞こえる音も気になる」



 タツミが選ぶ選択――それは彼の生死を別ける運命分岐点。




【F-6/ジュネス/一日目/午後】




【タツミ@アカメが斬る!】
[状態]:疲労(大)、右太腿に刺傷
[装備]:バゼットの手袋@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ
[道具]:基本支給品一式、テニスラケット×2、グリーフシード×1、ほぼ濁りかけのグリーフシード×2、ライフル@現実(武器庫の武器)、ライフルの予備弾×6(武器庫の武器)
[思考・行動]
基本:悪を殺して帰還する。
0:行き先を決める(八割さやかの救助優先)
1:さやかと共に西へと向かい、第二回放送後に闘技場へと戻る。闘技場が禁止エリアになった場合はカジノ、それもダメなら音ノ木坂学院でジョセフたちと合流する。
2:さやかを監視する。さやかに不穏な気配を感じたら即座に殺すが、現状は保留。
3:アカメと合流。
4:もしもDIOに遭遇しても無闇に戦いを仕掛けない。
5:エンブリヲを殺す。
6:足立透は怪しいかもしれない。
7:悠の散策。
[備考]
※参戦時期は少なくともイェーガーズの面々と顔を合わせたあと。
※ジョセフと初春とさやかの知り合いを認識しました。
※魔法少女について大まかなことは知りました。
※DIOは危険人物だと認識しました。
※首輪を解除できる人間を探しています。
※魔法@魔法少女まどか☆マギカでは首輪を外せないと知りました。
※さやかに対する不信感。


※タツミの行き先について(数字が少ない程優先事項)
1:ジュネスに戻りさやかと合流する
2:周囲を散策し悠を探す、また火傷の男に警戒する。
3:戦闘音(北)の方角へ向かう。
4:戦闘音(南(キンブリーの爆発))の方角へ向かう。




「さやか!」


 ジュネスの前に転移した鳴上悠は周囲に誰もいないことを確認すると急いで家電コーナーへ向かう。
 もう誰も死なせたくない。放送では仲間の名前が呼ばれなかった。みんなは生きている。
 けれど、クマと雪子は既に――もう之以上、誰も死なせるものか。

 シャワーを浴びている最中に聞こえた戦闘音。
 水を切りながら走ればタツミが交戦し、さやかは左腕を吹き飛ばされた。


 もう自分の近くで誰も死なせない――そのために、彼は走る。












 後を追うように契約者が首輪を求めジュネスに侵入する――誰にも存在を知覚されずに。




【F-7/ジュネス/一日目/午後】




【鳴上悠@PERSONA4 the Animation】
[状態]:疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:仲間と合流して殺し合いをやめさせる。
0:さやかを救う。
1:里中を見つけないと。
2:未央に渋谷凛のことを伝える。エンブリヲが殺した訳じゃない……?
3:足立さんが真犯人なのか……?
4:エンブリヲを止める。
[備考]
※登場時期は17話後。
※現在使用可能ペルソナは、イザナギ、ジャックランタン。
※上記二つ以外の全所有ペルソナが統合され、新たなペルソナが誕生しつつあります。
※ペルソナチェンジにも多少の消耗があります。


【魏志軍@DAKER THAN BLACK‐黒の契約者-】
[状態]:疲労(中~大)、黒への屈辱、鎮痛剤・ビタミン剤服用済み、背中・腹部に一箇所の打撃(ダメージ:中・応急処置済み)、右肩に裂傷(中・応急処置済み)、右腕に傷(止血済み)、顔に火傷の痕
[装備]:DIOのナイフ×8@ジョジョの奇妙な冒険SC(魏志軍の支給品)、スタングレネード×1@現実(魏志軍の支給品)、水龍憑依ブラックマリン@アカメが斬る(魏志軍の支給品)、次元方陣シャンバラ@アカメが斬る(セリム・ブラッドレイの支給品)、黒妻綿流の拳銃@とある科学の超電磁砲(星空凛の支給品)
[道具]:基本支給品×3(魏志軍・比企谷八幡プロデューサー・一部欠損)、テレスティーナ=木原=ライフラインのIDカード@とある科学の超電磁砲(比企谷八幡の支給品)、暗視双眼鏡@現実(比企谷八幡の支給品)、アーミーナイフ×1@現実(武器庫の武器)、パンの詰め合わせ@現実(プロデューサーの支給品)、流星核のペンダント@DAKER THAN BLACK(蘇芳・パブリチェンコの支給品)、参加者の何れかの携帯電話(蘇芳・パブリチェンコの支給品・改良型)、カマクラ@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。(星空凛の支給品)、うんまい棒@魔法少女まどか☆マギカ(星空凛の支給品)、医療品@現実(カジノの備品)、鎮痛剤の錠剤@現実(カジノの備品)×5、ビタミン剤の錠剤@現実×12(カジノの備品)、ビリヤードのキュー@現実×6(カジノの備品)、ダーツの矢@現実×15(カジノの備品)、懐中電灯×1@現実(カジノの備品)
[思考・行動]
基本方針:全ての参加者を殺害し、ゲームに優勝する
0:男(鳴上悠)を殺して首輪を入手する。
1:BK201(黒)の捜索。見つけ次第殺害する。
2:強力な武器の確保。最悪、他のゲーム賛同者と協力する事も視野に入れる。
3:合理的な判断を怠らず、可能な限り消耗の激しい戦闘は避ける。
[備考]
※テレスティーナ=木原=ライフラインのIDカードには回数制限があり、最大で使用できる回数は3回です(残り1回)。
※上記のIDカードがキーロックとして効力を発揮するのは、ヘミソフィアの劇中に登場した“物質転送装置”のような「殺傷能力の無い機器」・「過度な防御性能を持たない機器」の2つに当てはまる機器に限られます。
※暗視双眼鏡は、PSYCO-PASS1期10話で槙島聖護が使用したものです(魏はこれを暗視機能の無いごく一般的な双眼鏡と勘違いしている)。
※スタンドの存在を参加者だと思っています
※シャンバラの説明書が紛失している為、人を転移させる謎の物体という認識です。
※シャンバラは長距離転移が一日に一度で尚且つランダム。短距離だとエネルギー消耗が激しいですが、通常通りに使用できます。
※ブラックマリン・シャンバラ共に適正を持ち合わせており、特に後者については出典元であるアカメが斬る!での所持者・シュラと同等の高い適正を誇っています。
※シャンバラの大まかな使用用途を理解しました(長距離制限には気付いてない)。
※あらかじめ水源付近(H7北部の河川)にシャンバラでマーキングを行っています。
※プロデューサーの首輪で黒たちの居場所が聞けたかどうかは次の方にお任せします。
※ペルソナとスタンドの区別がついていません。
※タツミと悠&ペルソナ相手に分が悪いためシャンバラを使用しました。



 悲しい人魚姫。

 とある奇跡を己では無く、他者に投げ捨てた。

 他者が手に入れたのは笑顔。人魚姫が手に入れたのは笑顔。


 彼は輝いていた。彼女も輝いていた。



 彼は相棒を見つけた。彼女は相棒を失った。

 彼は笑顔になった。彼女から笑顔が消えた。

 彼は輝いた。彼女は穢れを――染まってしまった。



 魔法少女は希望の象徴。


 魔法少女は絶望の調律者。


 魔法少女は――絶望を振り撒く魔女になる前のさなぎ。


 蝶になり羽が生えれば――蛾がばら撒く毒《絶望》は人々から笑顔を――奪う。








「ははははははは…………ははははははははははは!!」


 左腕が再生したさやかは「はははは」立ち上がり、天井を見上げ嘲笑っている。
 これはなんだ、何故、自分は苦しんでい「はははははは」るのか。自分が何をしたと言うのか。

 ただ幸せに――幸せにしてあげたかっただけなのに。

 絶望を背負わされ、殺し合いに巻き込まれた挙句、左腕を消された。



「意味分かんない……意味解かんなくない? 分かる、解る、わかるわけない」


 壊れた時計細工のように似たような単語を何度も呟く。
 時折少し高めに響く薄い笑い声もおまけもついてくる。




 剣は精製していない。
 無駄な魔力はもう使えない。酷使すればソウルジェムが完全に黒になる。

 自分から動けば、全てが黒に染まってしまう。その終着は――魔女。


「ははははははあっははははははは!! なんで! なんであたしがこんな目に合ってるの!?
 殺し合い? ふざけないで、そんなの空想上の話に決まってんじゃん……ゲームのやり過ぎなんだよッ!!
 なのに現実であたしは背中を斧に、今は左腕を飛ばされて……マミさんとまどかが死んだ!! 冗談じゃないよ、こんなの……あんまりって枠を超えてる」


 冷蔵庫を蹴り、苛立ち混じりにバッグを投げ付ける。


 これからどうするか。輝きを、笑顔を、日常を、大切な人達を。



「どうすればいいのさ、ねえ、聞こえてんでしょ誰か。
 あたしはどうすれば《救われる》の…………………………




 どうせ最初から結末は決まってたんだ。願いを叶える方法は一つしかないんだよね……へへっ……はははは」




 精一杯輝こうとした星の煌めきは――闇に飲み込まれた。





 新たな光が訪れる訳も無く、魂の宝石が穢れ崩れるのも、最早時間の問題である。




【F-7/ジュネス/一日目/午後】


【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(極大)精神的疲労(極限)
[装備]:基本支給品一式、テニスラケット×2、ソウルジェム(穢:極限手前)
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:全部殺して、願いを叶える。
0:殺す。
[備考]
※参戦時期は魔女化前。
※初春とタツミとジョセフの知り合いを認識しました。
※DIOは危険人物と認識しました。
※ゲームに乗るかどうか迷っている状態です。
※広川が奇跡の力を使えると思い始めました。
※魔法で首輪は外せませんでした。


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美樹さやか
鳴上悠
133:汚れた指先で 魏志軍
最終更新:2016年01月16日 22:02