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心の仮面は罪と罰:◆BEQBTq4Ltk


 彼は男を救いたい。男は彼を殺したい。
 決して合致することのない二つの意思が、己を彩る影となりて姿を現し信念を振るう。
 彼が操る様々な心を持った仮面の自分と男が使役する禍津の影。時に雷光が、火炎が戦場を蹂躙する。
 重なる刃達は引く意思を示さず、両者は歯を食い縛り耐え抜いていた。負けてたまるか、死んでたまるか。
 救ってみせる。殺してやる。

 殺し合いの幕が開かれてから日数にして一日が経過している今、生存者は大幅に減少している。
 此処まで彼らが生き残ったのは何かの示し合わせか。こうして対面している現状は因縁なのか、偶然か。
 絡みあった運命を紐解く瞬間が迫っているのだ。そう、この時こそが大極を左右する一世一代の大勝負であり、運命分岐点だ。
 何にせよ終わりが近づいている。それは個人のしがらみを含めて、事象の終結も含めて全てが終焉へ向かっている。
 乗り遅れたものから涙を流し、選択を誤った者から死んで行く。
 可能性が僅かでも残っているならば、生命を賭けて叶えろとは言わん。しかし拾わなければ明日への道は見えないだろう。

「イザナギッ!」

 ペルソナを変化させ新たにイザナギを展開した鳴上悠は手に握られたソレを振るうと同時に己の右腕をも開いた。
 力強く、自分に絡み付く重たい鎖を引き千切るように。その動きに呼応するようにイザナギの獲物がマガツイザナギへ迫る。
 対する足立透はいつまで経っても倒れない鳴上悠の生命力と諦めの悪さに舌打ちをしていた。
 元の世界に居た時から知っていたのだが、改めて対峙すると認めたくないが、この男は強いのは事実だ。

「しつこいんだよォ!!」

 宙で火花を散らすペルソナの刃。
 衝撃が地上を揺らしそれぞれの学生服とスーツが風に揺れていた。
 地力で考えれば鳴上悠の勝利だ。けれど外因や精神的要素、これまでの積み重ねを考えればどちらに勝利の女神が微笑むかは解らない。
 足立透が守るものは己だけだ。捨てるものも、背負うものも自分だけである。 
 鳴上悠は全てを背負っている。倒れていった仲間と共に道を歩む友、未来を託す希望の全てを背負っている。
 けれど彼は戦闘による消耗の蓄積と仲間との別れを経験し、立っているのが流石と賞賛する段階だ。
 それでも倒れず、諦めずに前を向いているのが彼の強さである。しかし足立透が情けを掛ける訳ではない。

 鳴上悠と比べればまだ体力は残っている。無論、今まで楽をしてきた訳ではない。
 一人だけペルソナが使えない状態で始まり、スタンド使いや魔法少女、ホムンクルスや様々な異能と対峙して来た。
 それでも先程の学院では比較的身体を休めることが出来たのは大きかっただろう。精神面も鳴上悠よりはマシな部類である。
「友情努力勝利が本当に好きだよなあ!?もう立たなくていいんだよ!」
 攻撃と共に声を上げる。少しでも勝利へ近づけるために出来ることはなんだってやってやる。
 振られた刃から放たれる疾風の如き圧を正面から受けたイザナギは後方へ飛ばされるものの、いち早く体勢を立て直す。

「まだだ、足立さん……俺は諦めない!」

「そうかい……馬鹿だよねえ」

 まただ。この男は何度だって立ち上がって来る。
 鳴上悠は初めて足立透と一戦交えることとなっているが、後者は既に経験済みである。
 それも敗北と云う振り返りたくない記憶であり、結局は駄目だった世界に対する灰に染まった絶望でしか無い。
 殺し合いに巻き込まれたのがその瞬間であり、鳴上悠はどうやら何の因果が働いたかは不明だが、ソレ以前の記憶しか持ち合わせていない。

 繰り返しで何度も、見飽きた顔だ。
 どんなに傷付こうが鳴上悠は立ち上がる。鬱陶しい程までに、この男は向かってくる。
 死なない。この男の瞳はどんなことがあっても光を失わず、希望に満ちていた。

「マガツイザナギィィィィイイイ!!」

 ペルソナが獲物を天高く掲げると周囲を照らす雷光が溢れんばかりの収束を果たす。
 鳴上悠はこれから起こるであろう攻撃を知っているため、流れる汗も拭わずに距離を取るために走り出した。
「あの光は……まずいッ!」
 石に躓こうと倒れないよう必死に体勢を整えながら、遥か向こうの彼方まで体力のある限り。
 周囲を取り巻く風の変化で解ってしまう。マガツイザナギのソレが振り下ろされたことを。
 マハジオダイン。
 鳴上悠が数秒前に居た地点に降り注ぐ雷光の輝き。直撃を避けても衝撃が彼に襲い掛かる。
 風圧により身体が浮くと、空中で身動きが取れる筈も無く、大地を転がる
 しかし受け身を取り素早く立ち上がると後方から駆け付けたイザナギが禍津へと迫り、追撃を防ぐ。

「何で君と似てるかなあ……嫌になるよ」

 足立透は己の影であるマガツイザナギと鳴上悠の心であるイザナギの姿が瓜二つなことに言葉を漏らす。
 彼の発言から名前まで似ていると判明し、しかも己には禍津が付加されているのだ。
 お似合いだと笑えばいい。けれど、元が鳴上悠のイザナギだと考えると虫唾が走ってしまう。
 仇も足立透にイザナギが元だの禍津だの意味合いの真意は解らない。
 ただ、目の前の憎い存在が自分と似たようなペルソナを持っていることが、ただそれだけが気に食わない。

「どうしてこんなことを続けるんですか!
 今はそれどころじゃない……俺達は生きているんだ」

「生きてるよ? で、それがなにか問題でも?」

 足立透は煽るように調子の高い声で、それも両腕でやれやれと謂わんばかりの振る舞いだ。

「足立さんが許されるなんて甘えたことは言わない、でもまだ生きているんだ……罪を償える」

「誰が罰をくれたのかなあ?」

「俺達は生きている……まだ、やれることがあるんだ」

「そりゃあ全員殺して元の世界に帰ってさ、ついでに願い叶えるって話? それならねぇ悠くん……一人だけだよ?」

「みんなで協力すれば……希望はまだ残っている!」

 青臭いねえ。それが足立透の抱いた最初の感想であり、受け入れたくない感情でもある。
 こんな状況で、残りの人数が二十にも満たない佳境の中で何を協力するというのか。
 エルフ耳と呼ばれた魏志軍エンブリヲキング・ブラッドレイ、後藤、足立透自身に学院で遭遇した電撃女。
 少なくとも六人は殺し合いの中で最後の一人になろうとしている存在がいるのだ。みんなで協力?笑いが止まらない。
 大げさに腹を抱えて笑う足立透を鳴上悠は軽蔑すること無く、揺るぎない瞳を持って目視していた。

 足立透が人を殺していようと。彼が足立透であることに変わりは無い。
 殺人を犯したことも変わらなく、例え転生しようとその罪は残るだろう。そして、彼は生きている。
 まだ償える、やり直せる、もう一度、前を向いて、踏み外した道を歩める可能性が残っているのだ。
 諦めてなるものか、少しでも可能性があるのならば泥に塗れてでも掴み取ってやる――鳴上悠の魂に呼応するようにペルソナが吠える。

「目を覚ませ……足立透ッ!!」

 地獄へ片足を突っ込んでいようと。
 取り戻してみせる、帰ってみせる。
 例えそこにクマが、天城雪子が、里中千枝が消えていようと。
 それでも、生きているならば――もう一度、みんなで笑い合える日を、足立透も一緒に笑える日を。

「取り戻してみせる!」

「さっきからなに言ってるかわかんねえ……わかんねえんだよォ!!」

 禍津に染まりし災厄が灰色の心を握り締める男の声に応えるように、獲物を振り廻す。
「取り戻す?目を覚ます?協力する?勝手にやってろよバーカ!!絆って意味も無い言葉に一人で憑ってろォ!!」
「違う!俺は、俺達はまだやれることがあるんだ!足立さんだって心では解っている筈だ、間違ったことをしているって!」
「はあああああ!?…………あぁ、お前のために声を張り上げるのもめんどくせえ」
 言葉の弾丸が地上で、空中では刃が火花を散らし何度も交差している。
 どちらの物も届かない。ぶつかっては地に落ち、相手に届くまで何度も想いは放たれる。
「間違ったことをしている?誰がそんなこと決めたんだよ、人の生き方に文句をつけないでくれる?」

「足立さんは間違っている……貴方が間違っている道を進んでいるなら、俺は何度だって貴方を否定して、目を覚まさせる」

 イザナギの振るった一撃がマガツイザナギの体勢を崩す。
 想いと共に繰り出された一撃は均衡を破壊し、好機を逃さまいと連続で刃を振るう。
 防戦一方となる禍津は直撃を受けないように、迫る連撃を必死で捌く他の行動が取れない状況となっていた。

「んだよ……なんだよ……!
 俺の中に入ってる来るな……心ン中にずけずけと近づいて来んじゃねえ!!」

「目の前で困っている人がいるなら俺は助けます」

「お前のせいで困ってんだよなあ!?」

 両腕で力を込めて握り締め、隙が生まれようと関係なく大振りで禍津はイザナギに反撃を行う。

「さっきもそうだよ、学院でよォ! お前やエンブリヲ、それにヒースクリフのせいで台無しになった……ッ!」

「足立さん、貴方はやっぱりまどかとほむらを――殺したんですね」

「へっ……へへ、どうせここで悠君も死ぬんだからね。
 いいよ、そうだよ。俺があの二人を殺した……ははっ、騙されたぁ?」

「――ッ、どうしてそんなことを」

 風が変わる。
 マガツイザナギの一撃がイザナギを刃ごと吹き飛ばし、足立透は叫ぶ。

「どうして……?
 そんなの生きるために決まってんだろ……最後の一人しか生きられないなら殺すしかないよなあ!?」

 形勢逆転だ。
 禍津は距離を詰めると猛攻を仕掛け、イザナギを追い込んでゆく。

「何を言って……そんなこと、正しい筈が無いッ!」
「そうだよ正しい訳無いだろ! 正論ばっか言っても解決しねんだよ!」

 自分がさぞ英雄のように振る舞うその姿が気に入らないと足立透は一蹴した。
 誰が救いの手を求めたのか。勝手に差し出す鬱陶しい存在へ苛立ちを募らせながら、まがつは攻める。
「殻に閉じこもって、何でも自分一人で抱え込むから周りが見れなくなる。そして自分は違う存在と言い聞かせるんだ」
「知ったような口で適当ぶっこいってんじゃねえよォ!!」
「足立さんだってまだやり直せるんだ、俺は貴方を救って――」
「だーかーら……いい加減にしろよ鳴上悠ゥゥ!!」
 心を閉ざした男は纏わり付く言霊を拒絶するように叫び、全てを無に帰すかのように怒りの表情を浮かべている。
 それでも鳴上悠は何度でも手を伸ばし、声を掛け、足立透を引き寄せようとしている。踏み外した道を正すために。

「貴方は学院へ戻って卯月に謝ってもらう、だから此処は!」

 応酬を崩したのはまたもイザナギの一撃だった。
 渾身の力で振るわれた刃はマガツイザナギの体制を崩し、間を置かず接近し更に追撃を行う。

「ごめん、だね。誰が謝るもんか。俺が謝る必要なんてどこにも無いんだよ」

「貴方が嘘を憑いて自分を守ったせいで、卯月は傷付いたんだ……けじめはつけてもらいます」

 己の犯した罪から逃げずに、全てを背負って向き合う彼女がいた。

「俺には関係ないね。どっちにしろあのキチガイは遅かれ早かれ死ぬでしょ」

 決して許される事では無い。彼女が犯した大罪が消える事も無い。

「死体と死体をがっちゃんこ……イカレテルとしか思えないでしょ」

 殺人を犯している足立だが、何も死んだ後にまで嫌がらせや奇行を加えている訳ではない。
 マヨナカテレビの中へ無理矢理に入れ込んだ時も、魔法少女を殺めた時も。
 それに比べ一介のアイドルである島村卯月の所業はどうだろうか。狂人の凶悪犯と何一つ変わらないでは無いか。

「例えあの女が殺してないとしても、どうせどっかで裁かれる。
 自分の犯した罪に耐えられないでしょ。それに自分で言ってたじゃん――他にも殺してるって」

 数時間前の出来事を振り返るように空を見つめる足立透は何かを思い出すように呟いた。
 あれは島村卯月が殺し合いの中で自分の行いを供述し始めたところだ。
 ヒースクリフとエンブリヲに妨害された忌々しい記憶が蘇るのだが、葬る対象はこの場にいない。

「まどかちゃん達を繋げる前に……マキだっけ? 一人殺してるでしょ。
 学院で聞いた時は驚いたよ。まさか罪を擦り付けようとした彼女が本当に殺人鬼なんだもん」

 けたけたと笑い声が木霊する。
 足立透が偉そうに発言する義理も、資格も無いが追い詰められた男は止まらない。
 失う物が無い故に、目の前の鳴上悠にいくら嫌われようが、心は痛まないのだから。

「酷いよね悠くぅん。どうして教えてくれなかったのさ、君が教えてくれれば俺はもっと楽になれたのに。
 本当に酷いよねえ。付き合いはこっちの方が長いのに君は島村卯月を庇ったんだ。ショックだよ……嵌めようとしてたのか」

 どの口が言えるのか。
 足立透にとって重要な事は二つ。一つは鳴上悠に反論する隙を与えずに言葉を流し続けること。
 出鱈目だろうが相手の精神を少なからず削る言霊の連発だ。自分が悪かったなどと僅かにでも覚えさせれば勝利に繋がる。
 お人好しの人間にとって、自分が行動すれば救われていたであろう他人の不幸は後悔を抱く。
 勝手な自己満足に近い罪悪感だが、鳴上悠は特に自分を責めるだろう。ならばその人間性を利用し、追い込め。

 もう一つは彼の選択肢を潰すこと。
 一つの疑問に対し、回答は無限に存在する。
 選択によっては光を浴びることとなり、逆に闇に染まることもあり得る。
 逃げ道を失くせ、起死回生の好機も与えるな。正論を振り翳そうとその上から塗り潰せ。

「結局のところ、君は俺を見捨てようと思ってたんだ。それなのに今は救うだのなんなの……矛盾してて恥ずかしくないの?」

 相手を潰すことだけを考えろ。
 嘘をどれだけ並べようと、信じられればそれが真実となる。
 学院で鳴上悠を追い詰めた時と同じように。どの道、この場を切り抜ける事が出来なければ足立透に明日は無い。

 皮肉にも同じだった。
 殺し合いに巻き込まれようが、元の世界のままだろうが立ち塞がるのは鳴上悠だ。認めたくは無いが因縁すら感じてしまう。
 だが、今回で大きく異なる点は彼の周りに仲間がいないことである。

 鳴上悠はあの特捜隊の中では口数が少ない印象があった。それは彼自身が口下手な訳では無い。
 周囲を取り巻く仲間が必要以上に口を開き、数の暴力で圧倒するような正論攻撃だった。
 その中で鳴上悠は比較的口数が少ない中で、重要な発言――物語を取り巻く真意を撃ち抜いてくる。
 彼の言葉が全てを左右し、幾多なる運命の螺旋を紐解き答えに繋がる舵取り役だ。

 だからこそ、彼が発言出来ぬよう捲し立て、全力で責める。
 足立透とて己の人生を賭けた大一番であるのだ。簡単に負けを認めるなどあり得ない。
 元より最初に出会い、他の参加者の中で一番の好印象だったヒースクリフに見限られた現状では仲間はこの会場にいないのだから。

「君は僕を助けたい。でもあの時は島村卯月を庇って僕を陥れようとした。
 それでいざ対面になったら救いたい……周りの目を気にして真実を黙ってた君の言葉なんて僕に届かないよ。
 はぁ……付き合いの長い僕を見捨てて、君はあんなキチガイ女を守ってたって訳。嫌だねえ……人間不信になりそうだよ全く」

「――そんな事はない」

「……は?」

 例え自分自身が潰れる重圧の中でも。
 この男は諦めずに、全てを背負って困難を撃ち破ってきた。

「卯月は貴方が思っているほど腐っちゃいない」

 瞳が死ぬ事なんて無かった。
 多重の外因で心を蝕んでも、全てを乗り越えてくる。

「嫌なことから、自分の醜い部分から目を反らさずに全部を話してくれた。
 辛さから逃げ出さなかったんだ。足立さんと違って、卯月は心を開いてくれた」

 信じている。
 絶望の中にいようと、心が折れぬ限りは明日へ辿り着けることを。

「足立さんの言うとおり卯月は人を殺してしまった……償っても罪が消えることは無い」

「そうだよなあ、償えば全部許される話になるなら僕達警察は必要ないからね」

「――それでも卯月は」

「ん?」


 一度は下を向いた鳴上悠が顔を上げ、迷いなき瞳を持って答える。


「貴方みたいな臆病者じゃなくて、真剣に自分と向き合っている」


 そしてこの一言が、長きに渡る彼らを終焉へと誘う汽笛代わりの音を響かせた。


「お……お前はどうしてそんなにも……鳴上悠ゥゥゥゥウウウウウウウウウ!!」


 顔をぐちゃぐちゃに歪ませまるでこの世全てが憎いが如く、負の感情を顕にした足立透。
 怒り混じりに大地へ足を落とすと、それを合図にマガツイザナギが両腕で刃を握り振り下ろす。

「正論ばっか並べてるだけじゃ何にも解決出来ねんだよ! ガキが調子に乗ってドヤ顔してんじゃねえ……ッラァ!!」

 反吐が出る。綺麗事だけを言っていれば成功すると想っている青臭いガキに足立透の怒りは最高潮を迎える。
 怒号と共に暴れるペルソナの挙動を鳴上悠は臆すこと無く、全てを捌き己の声を相手に届けていた。

「正論で、綺麗事で何が悪い!
 我儘ばかりで自分を正当化させて、逃げているだけのお前よりもずっとマシだ!」

「テメエェエエエエエエエエエ!!」

 幾多に交差する刃が一方を押し飛ばし、反逆するように己を奮い立たせ立ち向かう。
 二つの影が空中で火花を散らすと共に、地上では二人の人間が誇りを、魂を、生命を燃やし意思を示す。

「罪から逃げるな、言い訳ばっか並べても、都合の良い記号で自分を整えても――お前の罪は消えない!」

 イザナギはその場で旋回しマガツイザナギの頭部へ上段回し蹴りをお見舞いし、後方へ弾き飛ばす。
 間を置かずに刃を天へと掲げ、空気を斬り裂くように具現化した雷光を一身に纏い始めた。

「テメェみたいなガキが空想妄想理想ベラベラ喋り尽くしやがって……何も解っちゃいねえ!
 またこうやって俺の前に立ち塞がって、また追い込みやがって、お前は、テメェは……いい加減にしやがれええええええ!!」

 同じだ。マヨナカテレビの世界で追い詰められた時と何が違うのか。
 ただの高校生にやられ、拳銃で自殺を図ろうとしたあの時と何が違うと言うのか。
 明確に異なるのは周りの存在であり、あの時と違って鳴上悠一人に足立透は負けている。
 その事実が彼のプライドを傷付け、トラウマのように蘇る過去の記憶が心を必要以上に煽り立て、焦りを生んだ。

「つまんねえ……つまんねえよ。
 やっぱお前だけは殺さないと駄目なんだよ……俺がさ、悠くん」

「夢から覚めろ、現実から目を逸らすな……自分と向き合え!」

「テメェをぶっ殺す……ウゥ……俺が負けてたまるかよ……ッ!!」

 禍津に染まりしイザナギもまた天へ刃を突き立て、空間を引き裂くような雷光が周囲を照らし始めた。
 今にでも全てに怒りの鉄槌を下す勢いであり、足立透の感情も相まって降り注ぐ雷撃は鳴上悠のソレを超えていた。


 一斉に空間を駆ける二心は向かい風など気にせず、目の前にある対象を救う/殺すために。
 天翔ける雷光を刃に秘め、振るうと同時に全てを開放し、衝撃と共に辺りを轟かす。
 大地が揺れ、空間が揺れ、まるで会場全体に響いたようだった。それでも彼らは倒れずに前を見ている。


「鳴上悠ゥゥウウウウウウウウウウ!!」


「足立さん……これでええええええええええ!!」


 雷光が降り注ごうと、大地が焼かれようと彼らは立っていた。
 それは救うため、殺すため――そんな大義名分の名の下では無い。
 最終的にはそうだろうが、違う。意地だ、目の前の男に負けたくない思いで彼らは立っている。

 絶対に負けるものか。
 仲間を信じた鳴上悠も、仲間を作らなかった足立透も最後は己の意思で動いている。
 先に倒れた方が負であり、目の前に立つ男に対し敗北を認めるなど、神が許しても己が許さない。

 時が幾多に流れた殺し合いは彼らに様々な出会いと別れを齎した。
 神の所業により身体を弄られた男。狂気を秘めた氷の女王に振り回された男。
 一人の少女を救えずに後悔した男。気に食わぬ瞳を持ったスタンド使いと戦った男。
 何もかもが手遅れで己の弱さを実感した男。最後には独りとなり誰にも信じてもらえなかった男。
 それでも前を見続け倒れた仲間の思いも背負う男。最初から最後まで己のために現実から逃げ続けた男。

 雷光の果てに心の仮面は同時に消え去った。
 これまでの消耗と浪費が重なり、彼らの肉体と精神にも限界が近付いていた。
 大地の焼けた匂いが刺激する中で、崩れそうな膝に渾身の力を込めて、彼らは立っていた。

 そして先に崩れたのが――それもそうだろう。
 何せこれまでに積み重ねた疲労の蓄積が違うのだ。幾ら精神が鋼だろうと限界は存在する。
 方や電車の爆発に巻き込まれ、スタンドに拳の嵐を受け、氷の女王を始めとする多くの騒動に巻き込まれた男。
 それでも身体を休める時間は少しばかりは存在しており、何より全力で戦う機会が彼よりも圧倒的に少なかったのだ。

 対照的に神に身体を少しばかり変動させられたことから始まった男は、休む暇も無かった。
 その後は気を失いバッグの中で多くの時間を過ごし、その間に救えなかった仲間がいた。
 神と称された下衆から解放された後に出来た仲間との休息は襲来した契約者により斬り裂かれた。
 ジュネスを取り巻く乱戦により、魔法少女は魔女へと成り果て、殺し屋は心に匿っていた闇を増幅させてしまった。
 合流出来た唯一の友達も、魔女との戦闘により生命を落としてしまい、またもや彼は仲間を救えなかった。
 それも今回は自分の手が届く範囲での失態であり、無力を感じるには十分過ぎる程の喪失だった。
 戦いの中で気絶した結果、目を覚ました時には魔女が死んでいた。元に戻すために全力を尽くしていたが、幕切れはただの気絶。
 無力だ。自分は何一つ救えていない。共に肩を並べた殺し屋も生命を落としていた。自分が意識を失っている間に、多くの生命が消えてしまった。
 そして極附にはたった独りの少女を救えずに、過程で更に仲間を失い、挙げ句の果てには本人の知る由も無いのだが、学院でも一人の少女が死んでしまった。

 度重なる戦闘と別れは鳴上悠の身体に憑物として纏わり付き、それは彼の限界値を知らずの間に削ぎ落としていたのだ。

 マハジオダインを刃に乗せた彼らの衝突によって――限界を迎えてしまった彼は膝を崩し、意識を手放してしまった。

「はは……ざまぁ、みろ……ざまぁみろ!
 結局はガキの強がりだったんだよ……脅かせやがって」

 宿敵が倒れる瞬間を見届けた足立透であったが、彼とて無事では済んでいない。
 足は震えており、左手で頭を抑えこみ、今にも消えそうな意識を必死に身体全体で繋いでいるのだ。
 限界だ。気を抜けば彼も気絶するだろう。鳴上悠が倒れたことにより浮ついている心だが、此処で油断しては全てが無駄になる。

「…………………………救えねんだよ、クソ」

 勝利はしたが表情は喜んでいない。
 その場に座り込んだ足立透は唾を吐き捨てながら、倒れる宿敵を見つめ殺し方を考えていた。

 これで終わりだ。
 マヨナカテレビから続く戦いが、因果を超え時間軸をも超越した殺し合いの中で、直に完結を迎えることになる。








































 まず感じたことは身体に力が入らず、痛みはおろか風を受けている感覚すら無かった。
 無。一言で表すなら無だ。何も感じない。自分が生きていることさえも認識出来ずにいる。
 夢のような、それでも自分の存在だけは保っており、己が鳴上悠であることはしっかりと理解していた。

 負けた。雷光が消え去り足立透の姿が視界に映ると同時に限界を迎えた身体は倒れてしまった。
 糸が切れたように抗いようの無い疲れに逆らうことなど当然不可能であり、倒れること以外に選択肢は無かった。
 足立透に自分の言葉は届かなかったのか。救いの手を伸ばしても、歩み寄っても心を開いてくれる瞬間は訪れないでいた。

 彼が殺人を犯した事は何があっても覆す事の出来ない事実であり、それを受け入れなくては為らなかった。
 けれど、自分を守るために嘘を何度も並べ、真実を塗り潰し己の罪を因果地平の彼方へ投げ出そうとしていた彼を止めることは出来なかった。
 鳴上悠の力が及ばずに彼はまた他人を救うことが出来なかった。足立透はこのまま生き続けるだろう。
 それは己の生き方を何一つ変えずに、更に嘘で事実を塗り潰し我儘でこの世界に反発しながら、誰とも心を通わせずに時を歩み続ける。

 それで良い筈が無い。
 人間は何処まで歩み寄っても最終的には独りになってしまう。
 だからこそ他人を求め、心を温めあい、出会いと別れを繰り返し成長していくのだ。
 足立透は己の殻に籠もり、自分以外の世界はつまらない曇り空のようだと見つめているだろう。
 浮きもせずに沈み続ける毎日を過ごし、誰にも心を開かずにただ、この世界はクソだと言い続けて一生を終える。

 駄目だ。
 それは己を崩壊させる時計の針である。時間が進む限り、心は壊れ続けるだろう。
 罪を犯そうが、それが死ぬ理由にはならない。
 生命を失ってしまえば償う事すら不可能であり、現実から逃げる事と同義である。

 自分を偽る仮面を付けたまま死ぬ人生。それこそつまらない鉛色の空である。
 燕が飛んでいようと、所詮は日常に紛れ込んだほんの少しの外部要素であり、心は揺るがない。
 罪を認めずに罰から逃げる。本当の自分がやるべきことに対し仮面を付け、偽ることで無理矢理にやりたいことを付加させる。
 本心に背いた生き方は精神を摩耗さえ、行末など語る必要も無いだろう。

 現状で止められる可能性があったのは鳴上悠だけである。
 彼が倒れてしまった今、誰も仮面の道化師を救うことが出来ない。
 しかし、肝心の鳴上悠は立てない。限界にまで振り絞った力が途切れたのだ。
 足立透を止めなければ仮に彼が殺し合いを生き抜いたとしても、元の世界に戻ればいずれは自滅の運命を辿るだろう。
 抗いもせずに流れに身を任せる姿は簡単に想像出来てしまう。人間らしく生き抜くことですら放棄した男だ。待っているのはそれこそ無である。

 そんな人生、誰にも送ってもらいたくない。
 とうに青春を謳歌する時代は終えているだろう。
 だが、このまま世界に明るさを見出だせずに生きるのは狂気の沙汰である。
 足立透自身は認識していないだろうが、存命し永遠に楽しみの無い人生は罰といえよう。

 させるものか。
 この手で止めてやる。止めようとした。けれど、倒れてしまった。
 鳴上悠に出来る事は消えてしまった。立ち上がれない身体は、意識を闇の中から引き摺り上げることも不可能である。

 出来る事はこのまま死を迎えるだけである。
 何もなし得ぬ手ぶらの王様で死んで行く。誰も救えなかった。
 友一人を、仲間一人を、少女一人を、孤独な彼女一人を。

 絆を信じていた鳴上悠は、糸を切らして物語から退場する。
 築いた信頼の先にある力も活かせないまま、伸ばした腕で何も掴めずに。

 もし、もう一度。
 神が運命を歪ませる冒涜を許してくれるのならば。
 例え己の身体を焦がし、磨り減らしてでも、多くの人間を救うために走り続けるだろう。

 けれど、それはもしもの話でありIFである。
 人生は一度きりだからこそ、感動があり、出会いと別れを伴った冒険譚だ。
 二度目の生を授かる事など、奇跡や魔法を会得しない限り永遠に訪れることは無い。

 鳴上悠の舞台に幕が降りる。
 彼を主人公と捉えた物語は多くの人間が救えぬままこの世を去ってしまった。
 観客は下衆な三文芝居と罵るか。現実に抗えない無力を描いた名作を褒め称えるのか。
 受け取り側によって色が変わるのも物語の特徴であり、価値観の差異があるからこそ創作の世界は奥が深いのだ。

 彼の生き様を創作と捉えるかも、個人の自由である。
 この舞台に最低の烙印を押し込み、世界中に駄作だと広めてしまう人間が現れるかもしれない。
 それも自由である。
 しかし、その中に一人でもこの物語を体験し、好意的な感想を述べたとしたら。

 鳴上悠は救われるかもしれない。













「おいおい……ずっと寝てるつもりかよ、相棒」











 透明よりも質が悪く、曇り掛かった灰色の無において聞き間違えだろうか。鳴上悠の耳には聞き慣れた声が届いていた。
 本来ならばあり得ぬ話である。殺し合いに巻き込まれた特捜隊の中に彼は含まれていない。
 まさか……幻聴か。極限状態に追い詰められた自分には冗談だと言い切れなかった。








「反応してくれないと困るぜ、悠」

「陽介……本当に陽介なのか……?」

 鎖で何重にも絡み取られたように重たい瞼を開けると、やはりというべきか。
 声の持ち主は花村陽介だった。転校した鳴上悠にとって最初の友達であり、相棒と呼べる存在が立っていた。

「ほら、手貸してやっから立とうぜ」







 差し出された腕に対し警戒しつつも握ると、人間の感触が、暖かさが鳴上悠を包み込んだ。
 本物だ。本物なのか。少なくとも彼の記憶と齟齬の無い花村陽介が居ることは確かである。

「悪い……けど、本当に陽介……なんでこんな所に」

「こんな所にって……こっちの台詞だってーの。
 お前にクマ、それに里中と天城まで急に消えてビビったっつーの」

「――答えになってないぞ、陽介」

「お! いいねその返し。それでこそ相棒って感じがするわ」

 慣れたやり取りを繰り返すと、やはり目の前に居るのはあの花村陽介である。
 お調子者で、目立ちたがり屋で、臆病な一面も持っているが、困難を乗り越えた仲間が居る。

「その調子でよ、頑張って来い」

「………………………………………」

 その気持はある。
 鳴上悠とて、このまま終わるつもりは無い。
 けれど、限界だ。万策が尽きた所の話では無く、人間としての活動限界が目の前にまで押し寄せているのだ。

「なにつまんねー面してんすか先輩」

「完二……!」

 背後に振り返れば後輩である巽完二が腕を組み、此方を見つめて立っていた。
 また本物だ。この感じと振る舞いは花村陽介と同じく、彼もまた真実の巽完二である。

「アンタはどんな時でも諦めない男だった。
 無理だったとしても、泥に塗れてでも、神様に土下座してでも運命を切り開く男だった……違うか?」

「運命を切り開く……巽君はやっぱりロマンチストとしての一面を秘めていますよね」

「お、おう……ありがとな」

 巽完二の横には探偵王子の異名を司る白鐘直斗が笑みを浮かべていた。
 巽完二が発言した内容に感心しており、それを受けて彼は頬を赤らめ照れていた。

「夢じゃない……のか?」

 意識を失った鳴上悠に待っていたのは地獄や天国、黄泉への案内を仕る受付会場では無かった。
 特捜隊の仲間があの頃と同じように、もう二度と訪れないであろう日常の風景が目の前に広がっているのだ。
 まるでこれから死ぬ自分に見せられた現世への未練を表したかのような光景に、安心と悲しみを覚えてしまう。

「夢じゃありませんよ先輩。
 でも、現実でもありません……どちらかと言えば夢ですかね」

「……すまん、わからない」

 白鐘直斗の発言は鳴上悠の頭を余計に混乱させるだけであった。
 夢ならば納得出来る。現実ならば納得出来る説明を求めた。その両方とも違うとなれば、全く見当がつかない。

「せーんぱいっ!」

「うぉ!?」

「もう会えないかと思ってた……でも、お楽しみは帰って来た時にとっておくね!」

 疑問に対し新たな疑問が生まれ悩んでいるところに、突然抱き着いてくる女性がいた。
 鳴上悠は悟る。出てくる人物は皆、特捜隊の仲間達であり、共通点は殺し合いに巻き込まれていないこと。
 裏を返せば……生きている仲間だけがこの無とも呼べる空間に現れていた。
 久慈川りせも同じである。身体の暖かさは人間と同じであり……それでも、夢なのであろう。

「俺を……励ましに来たのか?」

「流石ですね、その通りです」
「心配したんだから……絶対に負けないで、先輩!」
「足立の野郎に一発かましてやってくださいよ、それが出来るのはアンタだけだ」

「全部終わらせて帰って来いよ、相棒。
 俺達に出来ることは何も無いけど……一緒に里中と天城、それにクマを弔ってやりたいんだ」

「――ッ、知って……いるんだな」

 自分は恵まれている。
 例え幻想だろうと、自分が勝手に創り上げた幻だろうと、こうして仲間と出会えている。
 幸せだ。過ごした青春の煌めきの証が時空を超えてでも具現化されている。
 それ故に全員揃わない事実が胸を苦しめる。助けられずに死んでしまった、仲間の面影が。

「先輩が責任を感じる事なんてないよ……仕方なかっただなんて言いたくないけど……それでも」

「そうですね。会場の広さや位置を考えれば仕方ありません。何より貴方も被害者の一人です」

「……それでも俺は近くに居たのに、里中を……」

「……なあ、悠。あの里中がお前の事を恨んでいると思うか?」

「そこんところどうなんすか、先輩」

「全然だよ、鳴上くんに責任あったら寧ろ私が困っちゃうよ」


「…………………………………………………………………………里中!?」


 目を疑った。色素は確認出来ている。
 耳を疑った。鼓膜は破れていない。
 己を疑った。狂って――いないと信じている。

「ねえ鳴上くん。もしあたしが死んだことに責任を感じているならそれは無いからね?
 なんならあの場所に居たタツミ?」

「あ?」

「違う!!
 それにあの魔女だった――美樹さやかちゃん。彼女達の責任でも無いから」

「俺は傍に居たのに救えなかったんだ……俺がしっかりしていれば里中は」

「そんなことは無いクマよ、先生」

「そうだよ鳴上くん。私の事もみんなの事も責任を感じる必要なんて無いよ」

「おっ、これで全員揃ったじゃん」

 奇跡だった。
 夢の世界だろうが関係ない。二度と交差することの無い意思が、人間が、仲間が揃った。
 笑い合って、青春を共に謳歌し、大切な時間を過ごした仲間とこうしてまた出会うことが出来た。

「せ、先生!? 泣いてるクマか!?」

 瞳を擦る鳴上悠の姿にクマが気付き、焦りを感じたのが急にあたふたし始める。
 きっとハンカチでも探しているのか周りを歩いているものの、何も無い空間でナニカに躓いたかのように体勢を崩す。

「あーれークマー……」

 ごろごろと置物のように転がるクマを見ると、特捜隊の仲間は一斉に笑い始めた。
 その中で鳴上悠ただ一人は、やはりもう揃うことが無いと受け入れてた現実が一瞬でも覆ったことに涙を流していた。

「もう鳴上くんったら……まだ、泣いちゃだめだよ」

 天城雪子の一声に鳴上悠は我を取り戻し、少々粗めに袖で涙を拭うと彼女と向き合った。

「天城……最期は聞いた。ごめん……助けられなくて」

「いいの。別に私は恨んでいない……あの人――マスタングさんだって悪気は無かった。 
 本当の犯人は仕組んだエンヴィーだったけど、もう仇は取ってもらったから大丈夫。あの人は私のことなんて知らなかったと思うけど」

 天城雪子の最期は他人越しに聞いていた。
 焔の錬金術師に死ぬまで何度も焼かれ、その最期は消し炭のように風で消え去ったと。
 初めて耳にした時は悪い冗談かと思っていた。そして、想像すればするほど、助けられなかった自分に腹が立っていた。

「ちなみにクマは変なトリにやられたクマー……むー!
 今度は絶対に負けないクマ! トリよりもクマが強いことを証明してやるクマ!!」

「お前はなんか受け取り方間違ってないか……ったく。
 その、アレだよ悠。誰もお前を責めるつもりは無いし、お前自身が責任を感じる必要も無い。
 だからウジウジしてないでよ。足立を一発ぶん殴って止めてよ、生きているみんなのために頑張ってくれ」


「みんな……!」


 自惚れていた。
 心の奥底の何処かでは独りで戦っていると思っていた。
 それはとんだ間違いであり、仲間との絆はどんなに離れようと繋がっている。
 帰りを待ってくれている仲間が、死して尚、自分に期待してくれている仲間がいる。
 寝ていられない。鳴上悠はこのまま黙って、死ぬ訳にはいかない。

「あたし達がどうこう言える義理なんて全く無いし迷惑を掛けてごめんなさい……だから、頑張ってね」

「さやか……俺は大事な時に傍に居てやれなくてすまなかった」

「全然! 寧ろあたしって本当に馬鹿だからこっちがごめんなさいなんですよー……はは、ごめんなさい」

 身を焦がし魂を黒く穢した人魚姫の魔法少女が頭を掻きながら、鳴上悠に謝罪していた。
 美樹さやかと鳴上悠は彼女が魔女へと変貌する数時間前から行動を共にし、悲劇を防げなかった。
 募る不安と絶望。希望を感じることが出来ずに肥大した憎悪の感情は正を負へと変動させてしまった。
 彼とタツミがアクションを起こした時には手遅れだった。
 周囲は哀しみの旋律が遥か地平まで余韻を残す閉ざされた舞台へ昇華し、閉鎖された隔絶空間までもが発生してしまった。

「でもね、あの後は色々あってあたしは元に戻れました」

「……本当か?」

「奇跡も魔法もやっぱあるんだなって思いましたよ。
 ……えへっ、偉そうな事を言ってるけどタツミを始めとした沢山の人達がいなかったら、そのまま死んでいたけど」

「元を正せば俺がジュネスでグリーフシードを使っていればこんな事にはならなかったからな。
 さやか、それに悠……改めて本当にすまなかった。もう少し柔軟に行動出来ていれば結果は変わっていたと思う」

「タツミ……いや、あの時はみんなが生きる事に必死で、誰も悪くないんだ」

 これまでに培った経験と紡がれた物語。それに積み重ねた信頼は輝きを失う事無く、生者を照らす心の太陽となる。
 この世から消えてしまえば物語からも退場することとなる。そして主人公は舞台から身を引く。
 だが、思い出までもが消える事は無い。

「あたし達はすっごい迷惑を掛けました。だから口が裂けてもこんな事は言えないんだけど――」

「――勝ってくれ、悠。お前がみんなを導いてやるんだ」

 ああ!
 短く。その中で絶対的な崩れない意思を表明した鳴上悠は彼らに背中を向ける。
 勇気を貰った。元気を貰った。力を貰った。輝きを貰った。何よりももう一度、前を向ける希望を貰った。 

 これ以上、彼らから受け取る希望は何も無い。
 逆に決断が鈍ってしまう。此処はもう二度と訪れる事の無い理想郷である。
 遥か遠くに存在し、運命を強制的に歪めなければ出会えない死者との邂逅を実現する魔の空間だ。

 後は足立透を止めて、生存者と協力し殺し合いを打倒して脱出するだけである。
 問題は山積みであるが、やってやる。鳴上悠の瞳には光が灯っている。
 どんなに辛いことがあろうと、見上げる程に高い壁があろうとも乗り越える確固たるを決意を宿して。

『頑張ってください――私は、貴方に出会えてよかったです。
 こんな私を最後まで信じてくれて、見捨てないでくれて、本当にありがとう』

 風に流されるように消えた声。
 聞き間違えてたまるものか。この声を、己の罪と向かい合い罰を受け入れた彼女のことを。
 そして言葉から察するに彼女はもう――これ以上、誰も死なせない。

 鳴上悠が足立透と向かい合っている間にシンデレラの魔法は解けていた。
 階段に転がっているガラスの靴。誰も動かさないカボチャの馬車。それでも彼女を待ち続けるように照らされているダンスホール。
 精一杯の頑張りを見せた等身大の少女。彼女のためにも、負けられない。

『頼んだぞ悠……足立を止めてくれ。
 戻ったら俺が叩き直してやる……それが見抜けなかった俺の役目だ」』

「おじさん……はい、必ず」

『お前に頼むのは情けないんだが、頼む。
 あいつの心に声を届けることが出来るのはお前だけなんだ。
 必ず二人で帰って来い。家では菜々子と一緒に待っている……お前も大事な、家族なんだからな』

 解けないパズルのピースは全て揃ったようだ。
 後ろを振り返りはしないが、沢山の絆と暖かさを感じる。
 独りじゃない――自分は決して孤独に戦っている訳では無い。
 支えてくれる仲間が、信頼している仲間が、帰りを待ってくれている存在がいる。

 特捜隊の仲間や美樹さやか達だけではない。
 小泉花陽を始めとする出会いと別れを繰り返した仲間達の存在を後ろから感じる。
 彼女達は生きていた。物語は終わってしまったが、意思を引き継いだ自分はまだ生きている。
 思い出までもが消える訳ではない。消してなるものか。永劫に紡いで見せる。

 ただ、独り戦っていた少女の姿は無かった。
 救えなかった孤独の魔法少女は、今も――もう、同じことは繰り返せない。

 拳を強く握り締めた鳴上悠はただ一言だけ告げ、光の中へと消えて行った。


 ――行って来る、と。












 君は本当に馬鹿だ。
 最後まで自分を犠牲にして、死ぬんだ。
 今時はそんなの流行らないよ、もっと合理的に生きなきゃ人生を損するよ?

 現にこのまま俺に殺されるんだから、お前は本当に馬鹿だ。
 途中で俺を見捨てて、殺す気で挑んでいれば未来は違っていたかもしれないのに。
 少しでも救おうとするからだ。犯罪者全員に救いの腕を伸ばすなんて神話時代の王様かってーの。


 ま、最後までソレを貫き通したのは尊敬するよ。狂ってるね、教科書に載るんじゃないかな。


 罪を認めろだとか、罰を受け入れろ、償え……はぁ。
 そんなの嫌に決まってるじゃん。怖いもん、痛いもん、辛いもん。
 世の中全員がお前みたいに青臭くて、前だけを見ている訳じゃないんだよ。ガキが、社会を知れ。

 ……俺もそんな風になってたら苦労しねえんだよ、クソが。

 知り合いのアレコレって訳で楽にしてやりたいけど、恨むなよ。
 凶器はテニスラケットなんだから、一発で殺せるとは俺も思っちゃいない。
 意識を取り戻したら痛いだろうけど、少し我慢すれば死ぬんだから――泣くなよ、ガキ。


 さようならだ。
 二度と会いたくないね。その方が俺もお前も幸せだ――――――――ッ!!













「帰りましょう――足立さん」













「黙って寝ていれば楽に死ねたのにさぁ……本当にお前って馬鹿だよ」










 立ち上がるなよ、クソが。





















 立ち上がった鳴上悠に対し足立透は多くを語らない。
 無言でマガツイザナギを展開すると一目散に飛ばし始め、刃を構え彼の生命を刈り取らんとする。


『馬鹿はお前だって―の! 自分を受け入れろ!』


「――マダ!」


 仲間との絆を掌に収め、魔術師の名前を詠ずることにより新たな力を具現化させる。鳴上悠はもう、独りで戦っていない。
 情熱の業火と蒼き肉体を持つペルソナが放つマハラギダインは全てを抹消する地獄の焔だ。
 マガツイザナギは急停止後に刃から放つ疾風で掻き消そうとするも、熱い魂の炎が楽に消えるはずなど無い。
 包み込まれ必死に離脱したものの半身が焼かれ、損傷は誰が見ても一目で解る段階だった。


『逃げてばかりで責任を世界に押し付けるなんて……間違っている!』


「――スカアハ!」


 女教皇の異名の名において現世に召喚された影の国の女王は不敵な笑みを浮かべる。
 実体が掴めぬような不規則な動きを見せると禍津を追い払うべく放たれるは鋭利なる疾風マハガルダイン。
 焔による火傷の傷に当てられる疾風は確実に身体を蝕み、明らかに禍津の速度が低下していた。


「くだらねえ……仲良しこよしのペルソナごっごなんてよォ!」


『仲良しこよしで何が悪いのよ! みんなとの思い出があったからこそ、今がある!』


「――イシュタル!」


 見せつけられる自分が一生を捧げても得ることが不可能だった絆の力を目の前に、限界突破など軽々しい足立透の怒りは更に限度を引き上げる。
 もう二度と感じられないようにと悪意を込めて放たれた風の斬撃に対し現れるはイシュタルだ。鳴上悠を守るように目の前へ躍り出た。
 全てを受け入れるように風を我が身に受け、その表情は安らかな微笑みだった。
 対照的に攻撃が不発に終わった足立透の表情は修羅の如く、目の前に立つ男を恨んでいた。


「絆とか信頼とか目に見えない不確かなモンを語りやがって……ンなモンはクソの役にも立たねえんだよ!」


『自分に都合の悪い現実から目を背け続けた貴方なんかに、僕達の真実が見えるはず無いでしょう』


「――ノルン!」


 二極の疾風怒濤――マハガルダインが空中で衝突し、大気を斬り刻み会場に衝撃が走る。
 復讐に燃え上がる禍津はたった一つ純粋な感情である憎悪によって、鳴上悠の絆に抵抗している。
 嘗て足立透は鳴上悠に敗れた。運命は再度、試練を与えるのだろうか。
 絶望を味わった男は、這い上がるために手段や思想は問わず、目的を達成するのみだ。鳴上悠の殺害を。


「倒れろよ……消えろよォ! さっき限界で倒れていた奴が元気に、偉そうに立ってんじゃねえ!!」


『先生は倒れないクマ! お前が思ってるより何倍も強くて、絶対にお前を倒すクマ!!』


「――ルシフェル!」


 天使を連想させる三対の翼は民衆の瞳を奪うかの如く美しさで羽ばたくと、裁きの業火が吹き荒れる。
 衝突する疾風怒濤の最中に放たれたマハラギダイン――風を炎を吹き上げその存在を遥か高みに引き上げる。
 灼熱旋風は禍津へ迫り、傷を負ったその容物を更に追い込み、足立透の表情には不安からか汗が吹き出ていた。


「ッ……ナメてんじゃねえ……ナメてんじゃねえぞ!」


『それはこっちの台詞! 自分は他と違うって勝手に気取ってるから誰からも相手にされないくせに!』


「――フツヌシ!」


 灼熱旋風を通過した禍津と剣戟を演じるは無限の剣製を駆る刀神である。
 禍津が放つ空間を超越する斬撃全てを受け流し、防戦一方になること無く、刀身は確実に刻みこむ。
 一瞬の剣戟ではあったが、禍津の容物には数本の刀身が刺さり込んでいた。


「クソ……クソ! ふざけんな、認めるかよ――倒れろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


『倒れるのはテメェだ! 本当の自分すら見つめられない奴に先輩が負ける訳ねえだろ!!』


「――オーディン!」


 離脱するように天へ翔ぶ禍津は己を旋回させることによって、体内に刺さり込む刀身を吹き飛ばす。
 掲げた刃に収束するは全てを滅する怒りの雷光だ。忌々しい存在をこの世から焼き殺すために。
 呼応するように具現化した神オーディンもまた、天へ槍を捧げ雷光を纏い、裁きの時を待っていた。
 振るわれた刃から放たれる怒りの雷撃と槍から放出された裁きの迅雷は数多の物質を巻き込み――爆発を引き起こす。


「俺は倒れない、貴方を救って――堂島さんの元へ送り届けるまで!」

「ど、うじ、ま……調子に乗るんじゃ――ねえええええええええええええええええええ!!」

『あたしの力も使って! タツミや鋼の人に助けられた――もう一人のあたしを』

「……ああ!」

「笑ってんじゃねえぞクソがあああああああああ!!」

「――オクタヴィア!」


 爆風を吹き飛ばし、全てを貫く速度で翔ける禍津に対し鳴上悠が具現化させるは新なる一枚。
 殺し合いの中でもう一人の自分と向き合い、全てを受け入れた魔法少女が操る真なる影だ。
 人魚姫――オクタヴィアは握る剣をタクトのように振るうと数多の車輪が禍津へ放出された。
 四肢を押さえ込み速度を低下させ、役目を果たしたかのように消え去ると鳴上悠は最期のペルソナを――己の仮面を召喚する。


「――イザナギ!」


「そうやって何回も何回も……背負ってる数だけ強くなるってか? 冗談じゃねえ!
 俺は最初から何も背負わないで独りで生きて来たんだ……負けて、死んでたまるかよォ!」


 車輪に拘束され暴れる禍津へイザナギは距離を詰めると刃を振り上げる。
「や、やめろ……」
 禍津が全ての車輪を弾き飛ばし臨戦態勢へ移行するが、時間は戻らない。
 手遅れだと悟る。既に刃は振り下ろされている最中であり、待っている未来は斬られるのみ。
「クソ……クソ、また……俺は……クソォ!」
 その瞬間は刹那である。けれど体感の時は悠久のようで、永遠の刹那と呼べる程に遅く感じた。
「これで――終わりだッ!」

 禍津の身体を斬り裂いた。
 イザナギの刃が駆け抜けた後には血液――と呼べる代物かは不明だが、何かがマガツイザナギから吹き出ている。
 やがて形を保つことすら放棄した道化師の仮面は消え去り、足立透はこの世の終わりが来たと錯覚するような絶望的表情を浮かべていた。

「……は?」

 終わってはいない。
 大地を駆け抜け迫る鳴上悠の姿が瞳に映る。
 嗚呼――俺は殺されるんだと思い込んだ足立透の顔面を鳴上悠の拳が捉えた。

 衝撃により身体が空中へ浮いてしまった足立は数度転がってしまう。
 終わりだ。生きる気力も、最期の戦いにも敗北した彼はもう、人生を諦めていた。
 マヨナカテレビの真実を暴かれてしまい、全てが終わったと絶望していた。
 自殺を図った瞬間に気付けば殺し合いに巻き込まれ、ヒースクリフと出会っていた。
 自分に訪れた魔法とも呼べる奇跡に賭けていたのだが、皮肉にもまた、鳴上悠に敗北してしまった。


「さぁ――帰りましょう、足立さん」


 ――理解出来ないね、本当に。
  まさかこの期に及んで俺を救おうと手を伸ばしている。
  あれだけ傷めつけたのにね。勝者の余裕だってんなら殺したいね。

「どこにさ」

「まずは学院に戻って今後の対策を練りましょう」

 ――笑っちゃうよね。
  どの面下げて戻れって言うのさ。
  罪を擦り付けようとした島村卯月。見捨てられちまったヒースクリフ。気に食わないエンブリオ。
  俺が戻ったところで居場所なんてあるわけないだろ。寝てた女二人も一緒さ一緒。
  しかも今後の対策だよ。俺を『仲間』として扱っている。本当に信じられないね。何回も『本当に』って言ってるけど、本当に理解に苦しむ。

「俺が戻ってもエンブリヲに殺されるだけでしょ」

「そんなことは俺がさせません」

「……根拠はあるのかい。自信でもいいよ」

「俺がエンブリヲを止めます。足立さんには一緒に元の世界へ帰って罪を償ってもらう必要がある」

 ――帰っても刑務所かあ。そりゃあそうだよな。
  しかし学院に戻っても俺は死ぬ。死なないにしても居場所は無いし発言力も最低だろう。
  ……あれ、なんで学院に戻ること前提で考えてんだろ。

「俺が足立さんを守ります。貴方は俺が絶対に死なせません」

「はは……きみ、本当に面白いよねえ――どうなっても知らないよ?」

「――! こっちの台詞です。脱出のために足立さんには働いてもらいますよ」

「年上で怪我人なんだから少しは遠慮してね?」

「それはみんな同じです」

「違いない」

 ――クソ、何を言っているんだ俺は。
  あの瞳だ。どんな絶望があろうと諦めない希望に満ちてやがる。
  吸い込まれんだよ、俺も賭けたくなっちまうじゃねえか……クソ、クソ。
  このまま生きていても俺に未来は無い。だったら騙してでもこいつらの輪の中に入って足掻いてやる。
  ついでに主催もぶん殴ってやる。俺の人生を滅茶苦茶にしやがって、殺すぞ。

「手、必要ですか?」

「……悪いね」

 無視していた鳴上悠の掌を足立透が掴むと陸上に引き上げられる魚のように。
 立ち上がったものの、殴られた衝撃が抜けきっておらず、覚束ない足取りで転倒しそうになるが鳴上悠が肩を貸すことにより免れた。
 足立透の顔は終始驚いていた。本当にお人好しだ。数分前まで殺そうとしていた自分を助けるのだ、馬鹿かとも思ってしまう。

「いいのかい――このままなら誰かに見られると君と俺は共犯者って思われるかもしれない」

「ある意味共犯者ですよ。これから一緒に戦う仲間なんですから」

「……一本取られたよ」

 本当に馬鹿だ。
 そんな馬鹿に説得されて簡単に改心する自分も相当な馬鹿だ。
 足立透が自身を嘲笑っていたことに、鳴上悠は気付くことなく、二人は学院を目指し始めた。



【F-5/二日目/黎明】



【鳴上悠@PERSONA4 the Animation】
[状態]:疲労(極大)、精神的疲労(極大)、ダメージ(大)、胸に切り傷(治療済み)、イリヤに負けた事・さやか達を救えなかった事への後悔、困惑
[装備]:なし
[道具]:千枝の首輪
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを止める。
0:足立透を止める。
1:その後に学院へ戻り仲間との合流。
2:死者の分も生き残り殺し合いを止める。
3:エンブリヲへはまだ警戒を続ける。
[備考]
※登場時期は17話後。
※ペルソナの統合を中断したことで、17話までに登場したペルソナが再度使用可能になりました。ただしベルゼブブは一度の使用後6時間使用不可。
※スラオシャを会得しました。一度の使用で6時間使用不可。
回復系、即死系攻撃や攻撃規模の大きいものは制限されています。
※ペルソナチェンジにも多少の消耗があります。
※イザナギに異変が起きています。
※特捜隊のコミュペルソナ及び美樹さやかのペルソナ(オクタヴィア)が使用可能となりました。



【足立透@PERSONA4】
[状態]:鳴上悠ら自称特別捜査隊への屈辱・殺意 広川への不満感(極大)、全身にダメージ(絶大)、右頬骨折、精神的疲労(大)、疲労(大)
    爆風に煽られたダメージ、マガツイザナギを介して受けた電車の破片によるダメージ、右腕うっ血 、顔面に殴られ跡
[装備]:ただのポケットティッシュ@首輪交換品、
[道具]:初春のデイバック、テニスラケット、幻想御手@とある科学の超電磁砲、ロワ参加以前に人間の殺害歴がある人物の顔写真付き名簿 (足立のページ除去済み)、警察手帳@元からの所持品
[思考]
基本:――。
0:どうすっかなあ。
[備考]
※参戦時期はTVアニメ1期25話終盤の鳴上悠に敗れて拳銃自殺を図った直後。
馬鹿だよね
※支給品の鉄の棒は寄生獣23話で新一が後藤を刺した物です。
こいつ本当に馬鹿だよ
DIOがスタンド使い及び吸血鬼であると知りました。
俺を完全に信頼している
※ペルソナが発動可能となりました。
普通ならあり得ないよ、やっぱり理想だけで、こいつは現実を見れていない。
※黒と情報交換しました。 
























 油断し過ぎなんだよ。数分前までお前を殺そうとしていたんだぞ。


 そんな男に肩を貸して接近させるなんて俺には出来ないね。


 そもそも――俺は改心なんてしてないからな。




 ――人間の目玉って気持ち悪い感触……う………………。














「ああ……あああああああああああああああああ」

 己の左目があったであろう箇所を押さえ込み、鳴上悠の叫びが闇夜に響く。
 指の隙間から鮮血が垂れ落ち、呼吸も乱れ痛みに耐えてはいるが生きている右目には涙が浮かんでいる。
 何が起きたかは解る。けれど理解に苦しむ状況だ。
 犯人は一人しかいない。何故、犯行に及んだのか。心は――未だに仮面を付けたままだったのか。

「はは……ははは!
 馬鹿だねえ、うげぇきもっ……俺が改心したって本気で思ってたのかなあ!?」

 右手に掴んでいた鳴上悠の左眼球を投げ捨てた足立透はティッシュで鮮血を拭き取りながら、鳴上悠を嘲笑う。
 身体を折り曲げまるでこの世最後の日かと謂わんばかりの高笑いだ。端から見れば狂っているようにも見えてしまうだろう。

「数分でころっと心入れ替えるとかヤバいでしょ。俺ならドン引きしてるね。
 君も馬鹿だよねえ悠くぅん……俺を仲間に引き込むとかどんな思考回路してんのって」

 ティッシュを投げ捨て勝利を確信した憎たらしい表情で足立透は鳴上悠へ近付く。
 意識が遠のく中で彼は必死に感覚を繋ぎ止め、迫る道化師を見つめ、言葉を紡いだ。

「ど、うして……足立さ、ん」

「どうしてもなにも俺は! お前を――殺すんだよ」

「くっ……させな――ッ」

「左目が無いから無理しない方がいいよ?
 テニスラケットすら見えてないんだからねえ、立てる? 手を貸すかい?」

 鳴上悠が手を差し伸べたように足立透も手を伸ばす。
 死角からテニスラケットで頭部を強撃し転倒させた所に手を伸ばす。状況が同じでも過程は雲泥の差である。
 足立透は腕をそのまま鳴上悠の首輪に添えると、金属の上から圧力を掛け、締める。
 身体に跨がり鳴上悠を拘束した上で確実に殺すために、憎悪を込めて締め上げる。

「ぐ……あだ、ち……」

「死ねよ……俺はお前が憎かった。
 青臭いガキが……俺の居場所さえも……死ねよ」

 締め上げる。
 足立透も鳴上悠も力は残っていない。
 出し切れる全てを乗せ、一人は殺しに、一人は明日へと手を伸ばす。

「な……ん、で」

「あ?」

「ない、てい、る……?」

 圧倒的酸素不足により意識が闇の中へ消え行く鳴上悠の右目に映ったのは、嗤いながらも涙を流す足立透の姿だった。
 悲しんでいるのだろうか。辛いのだろうか。後悔しているのだろうか。
 彼の心理を確かめる術は持っておらず、時間も足りない。そして何よりも自身の生命が消えかけている。

 もしも足立透が後悔しているのなら。
 助けられなかった。鳴上悠はこれまでどうように、また救えなかった。
 手を差し伸ばしても、一度倒れて這い上がっても、仲間から背中を押してもらっても。
 その腕は何も掴めなかった。画用紙に好き勝手描いた理想郷すら、己の腕に収めることが出来ない。

 後悔の念が胸を埋め尽くす中で、限界が来てしまう。
 左眼球を抉られた衝撃と足立透に身体の上を抑えられてしまった手前、抗う術が無い。
 仲間との約束も果たせず、目の前にいる一人すら救えずに、彼の生命は終わることとなる。

 しかし、その行いは決して無駄ではない。
 想いは道化師の仮面を剥がすことは出来なかった。けれど、確実に亀裂が生じた。
 戦闘における拘束により学院に対する負担も軽減している。
 そして何よりも、彼が居なければ多くの人間が死んでいたかもしれない。

 この物語は幕を閉じる。
 仮に道化師の仮面を剥がせていれば。
 仮に他の仲間が駆け付けてくれれば。
 仮に学院で決着が決まっていれば。
 仮にイザナギが更なる境地へ至っていたならば。
 仮に時間軸の差異が発生していなかったならば。
 結末は変わっていたかもしれない。しかし、幕引き――道化師に次の公演が決まってしまっただけである。


「救えなくて――すま、な……い」


 腕が落ちる。
 足立透の頬に触れていた右腕は力が抜けたように大地へ落ちた。
 それは彼の生命が散ったことを示しており、確認のために脈を確認する足立透だが、鳴上悠は死んでいた。
「ざまぁみろ……へへ、ざまぁ……ざまぁ……」
 立ち上がった足立透は月灯りだけが主役の空を見上げる。
 宿敵を、仇敵を、最も殺害したい存在を排除することが出来た。
 今まで最高の気分だろう。それは間違いない。今にでも嗤いたいぐらいだ。
 それなのに、頬に流れる涙は一体、理解が追い付いていなかった。


「ざけんなよ……なんで、こんなことになってんだよ……クソがぁ!!」


 苛立ち混じりの唾を吐き、怒号と共に大地を蹴り上げる。
 何だこの感情は。素直に喜べないのだ。心の中でナニカが邪魔をする。
 正体は恐らく涙――哀しみだろう。
 これまでに人を殺した事はある。会場に巻き込まれた後にも二人の魔法少女を殺害しているのだ。
 それなのに、芽生えた感情に足立透は自分自身の事でありながら戸惑いを見せ、怒りに繋がっている。


 ――何故、鳴上悠の殺害に後悔している自分がいるのか。


【鳴上悠@PERSONA4 the Animation 死亡】


【足立透@PERSONA4】
[状態]:鳴上悠ら自称特別捜査隊への屈辱・殺意 広川への不満感(極大)、全身にダメージ(絶大)、右頬骨折、精神的疲労(大)、疲労(大)
    爆風に煽られたダメージ、マガツイザナギを介して受けた電車の破片によるダメージ、右腕うっ血 、顔面に殴られ跡、苛立ち、後悔、怒り
[装備]:ただのポケットティッシュ@首輪交換品、
[道具]:初春のデイバック、テニスラケット、幻想御手@とある科学の超電磁砲、ロワ参加以前に人間の殺害歴がある人物の顔写真付き名簿 (足立のページ除去済み)、警察手帳@元からの所持品
[思考]
基本:――。
0:もう――全員殺すしかねえ。
[備考]
※参戦時期はTVアニメ1期25話終盤の鳴上悠に敗れて拳銃自殺を図った直後。
※支給品の鉄の棒は寄生獣23話で新一が後藤を刺した物です。
※DIOがスタンド使い及び吸血鬼であると知りました。
※ペルソナが発動可能となりました。
※黒と情報交換しました。 

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195:純黒の悪夢/小さなShining Star 鳴上悠 GAME OVER
足立透 199:暗闇でラブソングを歌う
最終更新:2016年10月04日 10:14