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無題『刹那』 ◆BEQBTq4Ltk
二人の男が屋根と壁を求めている間に交わされた言葉は無かった。
くだらん腹の探り合いなど、今ここですべきことか。行うならば何も立ち話という訳にもいかないだろう。
何から話そうかと発言した手前ではあるが二人は近くにある建物へと移動し、ある程度落ち着いた状況を整えた。
しかし、その建物には屋根が一部吹き飛ばされており、断面は焦げている。焼却の表現には些か面積が狭い。
焼き切られたと言うのが適切だろうか。例えば雷撃だ。言葉無くとも想像は出来る、何せ雷光の持ち主を見たのは本の少し前だ。
一悶着を超えた一戦が発生していたのは確実だろう。元にヒースクリフは他者から情報を聞いている。
最も屋根が吹き飛ばされたと耳にしておらず、考えてみれば情報を受け取ったのは南の建物である能力研究所だ。
彼らが腰を落としたのは潜在犯隔離施設である。能力研究所は壁が崩壊しており、一目で迂回の対象となった。
会話の場を求めているのだから、壁が無い建物は論外であったが、潜在犯隔離施設もそう変わらない崩壊をしている。
壁が白いだけに汚れや破損が目立っているものの、電気系統は通っているらしく、壁と屋根が無事な部屋にて彼らは視線を交えた。
コーヒーメーカーを起動させる僅かな音がスピーカーに繋がれているのだろうか。本来ならば小さい音が、部屋を包み込むように響いていた。
そんな施設も無ければ器具がある訳でも無く、あまりの静けさが僅かな音を強調し、一帯の支配者であるかのように誇張されている。
空気は重くけれども不快な要素は見られない。彼らの思惑と言葉の魔力は生存者の中でも頭一つ抜けており、互いに常人の域を超越しているのだ。
方向性は異なるが匹敵するのは
エドワード・エルリックと御坂美琴ぐらいだろう。しかし、精神的に幼さが残る彼らを考えれば、ヒースクリフと
エンブリヲ。
この二人こそが現状の鍵を握る生存者と表現してもなんら不思議なことは無い。
神を名乗る男と天才的な頭脳を持つ男。陳腐な表現であるが、両者共に一筋縄で終わるような男では無い。
「飲むか?」
「……ああ、頂こうか」
慣れた手つきで珈琲を淹れたエンブリヲは奥に座るヒースクリフへ声を掛ける。若干の空白を置いて返答が来るとカップを掴み近寄る。
表面が波立ち反射によって映るエンブリヲの真剣な表情。ヒースクリフの隣に到達すると何か凝視し、カップを彼の目の前に置いた。
一切の動揺が現れることも無く、ごく自然に置かれたカップを掴むと、躊躇いもなくヒースクリフは口へと運んでいた。
「首輪でも気になるのか?」
「当然だろう――この忌々しい存在は私をくだらない世界に閉じ込めているからな」
ヒースクリフはエンブリヲの視線に気付いており、想定しているであろう思案をも見抜いている。
殺し合いを構成する中で最も簡単に参加者へ生命の危機を与えているのが嵌められている首輪だ。主催者に生命を握られている事実を常に押し付ける。
「どうだヒースクリフ、お前はこの首輪についてどう思う」
「急にどうした」
「単純な疑問だよ。気付いていると思うが私の力は何かしらの負荷が掛けられている。忌々しいことだが突破は現時点まで不可能。
会場そのものに仕掛けがあるか――参加者に共通で科せられている首輪が疑いの対象になるなど不思議なことでもあるまい。お前の意見はどうだ」
「変わらないさ。会場だろうが首輪だろうが参加者に干渉している現象があるのは間違い無い。特にお前のような存在ならば尚更だろう。
我々の魂を霊子のような物質で繋ぎ止めているのか、若しくは霊基のように形を負荷させた存在にさせているだけかもしれないがな……どうにも私の知る技術や知恵では無理だ」
「お前は何を言って……霊子……仮にそうなるとすれば身体は――」
ヒースクリフの言葉を脳内で噛み砕くエンブリヲが何かを言いかけたその時、カチャンと小さな音が部屋中を支配した。
わざと音を立てカップを口元へ運んだヒースクリフは相手を睨むように見続け、珈琲を喉元へ押し流すと席を立ちホワイトボードの前に移動した。
腹を割るつもりになったか。首輪に盗聴機能が搭載されていることは既に気付いており、最早常識のような扱いになっている。
マーカーを掴んだヒースクリフは調子の良い音を奏でた。首輪を叩く音だった。
「お互いのことを知らないと言っていたが私は……そうだな、肩書は量子物理学者と言えば分かるか?」
「なるほどな……ならば――」
『本体《オリジナル》の身体は別に存在すると言うつもりか』
「そうなのか?」
「さあな。勝手に話を飛躍させ過ぎだろう。私は何も言っていない」
多くを語らないヒースクリフであるが聞き手である神の男は断片的なワードでとある解に辿り着いたらしい。
僅かな会話で見抜く彼らの会話には単語や意思など必要なものが省かれているため、第三者が傍聴すれば理解に追い付かないだろう。
常人を超えた知識や知能を持つ彼らだからこそ許される真意を口に出さず、他者を揺さぶり腹に溜まった真実を引き摺り出すのだ。即ち負けを意味する。
一癖所では済まない偏屈者とも言えるこの二人、例え世界が滅んだとしても目の前の存在に負けを認めるなど有り得ないと断言しても問題は無いだろう。
赤いマーカーをホワイトボードに滑らせる。エンブリヲが示した一文を見るとヒースクリフは立ち上がり返答を書き込む。
『主催者との接触を試みたのは私だけじゃあるまい』
『つまりお前は接触したのか』
『返答は無い。お前はどうなんだ、学院のパソコンを使って企んでいただろう』
「……分身を始末した件か」
「ふん、今は後回しにする。質問に答えろ。
キング・ブラッドレイの襲来を予知するなど不可能だろうに」
意外にも小細工無しに正面から話題を投げるエンブリヲに若干面を食らうも、冷静を保ちつつヒースクリフは対応する。
キング・ブラッドレイが学院に迫っている。トイレへ向かっている僅かな間に仕入れる情報の重さでな無く、何故そのような事を知っているのか。
疑問に思うのは当然だろう。御坂美琴も同じ思考だったと簡単に予想出来るが、リスクを考えた場合、話し合っている時間が惜しい。
こうして比較的安全な時間と場所を確保したからこその問であり、ヒースクリフとて嘘を吐くつもりなど無い。
『質問にはYESと答えよう』
「支給品を使用した可能性もあるだろう?」
「そんな物があれば
島村卯月と
本田未央が死ぬ前に使用するだろう……鳴上悠も含めてな」
『材料と目的を答えろ』
「彼はまだ死んだと確定している訳じゃない」
『材料か』
「あの男の妄言を信じるつもりは無いが此処に至るまで我々は遭遇していないじゃないか」
『餌だ、何を餌に主催者と接触した』
「
足立透か……ふむ、確かに信じるに値しない男ではあるな」
『答える義務は無い』
「貴様――舐めた真似をッ!」
エンブリヲの腕がテーブル表面を殴打し鈍い音が部屋中を満たす。震動に揺れるカップが並立ちあわや溢れるところだ。
盗聴機能の搭載を前提としてホワイトボードによる本音と会話による建前を混ぜていたが、先に怒りが漏れてしまう。
この期に及んで情報を開示しない男に怒号を飛ばすも顔色一つ変えずに珈琲を口に含んでいる。その事実が更にエンブリヲを逆上させる。
無論、逆の立場ならば彼もヒースクリフに情報を簡単には渡さないだろう。自分を棚に上げているのだが、神は構わずに言葉を紡ぐ。
「……条件は何だ」
静かに。怒りで我を忘れる愚かな失態を神は晒さない。冷静に、あくまで冷静に。目の前には喉から手が出る程の情報が漂っているのだ。
手を伸ばさない訳が無かろうに。下手に出るのは癪であるが、主催者の情報を欠片でも手に入る事が出来たならば、状況は幾らでも組み立てられる。
枷である首輪を外し、生還のために必要な因子を揃わせ、邪魔者を排除すれば、世界に帰還し新たな創造を行えばいいだけの話だ。
「面白い事を言う。お前は言った筈だろう。私達は情報交換をしているのだ」
締めに向かうに比例し語尾を強めるヒースクリフは嘲笑っているようだった。
エンブリヲの眉が動く。どうやら話の主導権は相手が握ってしまったらしい。気に食わぬが情報の重要さは相手が上手のようだ。
以前に首輪の盗聴を利用し主催者との接触を試みたが、進展は見られない。しかし、ヒースクリフは既に接触済みだ。
それがパソコンを通した時間なのか、或いはそれ以前の段階で何かしらのコンタクトを取っているかは不明である。
「……何が聞きたい」
意味ありげな含み笑いを浮かべるヒースクリフに半ば投げやり気味に言葉を吐き捨てるエンブリヲはマーカーを揺らしていた。
苛立ちの仕草だろう。コツコツとホワイトボードを叩く音が刻まれており、ヒースクリフはソファに腰掛け要求を言い放つ。
「お前は何者だ」
「どの段階から聞いているかハッキリと言え」
「人間としての成り立ちから――いや、お前は人間か?」
例を上げれば瞬間移動たる能力を所持していれば自然と彼に対する疑いの目が厳しくなるだろう。
ヒースクリフが殺し合いを通し、多くの参加者がフルダイブの知識を持っていない事を、最悪の場合には己とキリトにしか存在しないことを確信している。
巻き込まれた世界――各々が生きている世界が異なるのならば当然だろう。世界の数だけ、人間が存在する。
心の仮面を具現化し使役する者、氷を自在に操る者、精神を具現化させ傍にもう一人の自分を確立させる者、電撃を操る者。
多くの人間を見て来たが、エンブリヲは立ち振舞を含め彼と違う。異質ながらもその中において最も異質な男だ。
自分がまるで人間よりも優れたような言動が多く見られる。まるで雑種などと見下しているようにも感じてしまう。
「神――と呼ぶ者も居たが、私は調停者と名乗らせてもらおうか」
◆
語られる調律者の言葉。
己を組み立てる要素を紐解いた時、耳にする単語は魔法と変わらない。
マナの力。人類の創造。異なる世界への超越。
一介の科学者が持ち得る能力を超え、蓄えられた知識は太古に存在する賢者の石にも匹敵しよう。
恐るべきは彼が個人の存在であること。組織でも無ければ数字上の存在では無く、個体として世界に形成されていることだろう。
「全てを信じるなら神と同義……信じ難い話だがな」
「神か。気に食わない響きは止めてもらおうかヒースクリフ」
「お前を指す記号に興味は無い。興味が沸くのはその証明だけだ」
揺れる珈琲の表面には疑問を浮かべるヒースクリフの顔が映る。当然だろう、何を信じればいいのか。
調律者とやらが紡ぐ物語は聞き手としては満足出来よう。言ってしまえばSFに分類される次元の話だ。
物語は物語にこそ似合う物語が存在する。現実の世界へ持ち込んでしまえば、その未知に対する探究心は急激に冷める。
「時空を飛び越える力があるならば早々に首輪を外し脱出するだろう。では、何故それをしないのか。
お前の言葉が嘘なのか……或いは主催者が神の力とやらを凌駕しているかの二択に絞られる。そして言葉が本当なら後者が正しいか?」
飛ぶ虫を落とすような鋭い指摘。
呼応するように響くエンブリヲの舌打ち。後を追うように彼の険しい視線がヒースクリフへ注がれた。
「虚偽を述べている訳でも無いだろうに。私はあくまで事実を述べているだけだ……時にエンブリヲ」
視線を意に介さず、相手の反応を伺うような切り方で調律者へ投げかけるも、彼は黙っている。
仕方ないと謂わんばかりの表情でヒースクリフは更に言葉を紡いだ。
「ゲーム……ゲームと仮称しよう。お前はゲームに巻き込まれた時の記憶があるか」
「お前は……貴様はどうなんだ、ヒースクリフ」
「質問しているのは私だが、まあいい。答えが残念ながらNO」
「貴様は何が言いたい、先から含みが多く真実に辿り着くまでに無駄が多すぎる」
「その言葉、調律者とやらにも当て嵌まるようだが?」
「――貴様ッ!」
机を叩く音と共に立ち上がるエンブリヲは険しい表情を浮かべており、ガチャンと振動するカップの音が部屋に響く。
「その反応からお前も……君も記憶が無いのだろう。つまり主催者は神をも超越している力を持っているのは確定事項になる」
「……くだらん仕掛けだ。私に対する制限を解除するのも時間の問題だ」
「嬉しい宣言だが、生憎進展は見られないな。何にせよ私達が策を練った所で、相手はシステムそのものを弄れる立場になる」
仮に全ての障害を排除した場合、首輪や殺し合いへ積極的に参入する参加者全てが消えた時間での話だ。
残されるべきは最後の一人になるまで殺し合うか、主催者を手に掛け生還の方法を引き摺り出すことだろう。
普通の人間ならば前者を選ぶ。当然だ、運命に抗うなと結果は知れており、勇気と無謀は異なる証であることも現実的な見方で判別するだろう。
しかし、ゲームに選定された参加者の多くはそれぞれの色があるものの、何かしらの異能と呼ばれる一般人を超越した能力を持っている。
下手な力を持っているため彼らは夢を見てしまう。勝てる、抗える、最悪の運命を変えられると。
そうして力を持った人間が死ぬ。若き世界を変える原動力を持つ者が多く、夢半ばに朽ち果ててしまう。
遙か先に辿り着いた理想郷であろうと、現状では主催者のたった一手により全てが崩壊し、形も跡も残さず消え去るだろう。
「システムにゲームと表すか。ヒースクリフ、貴様の意見を述べ――む」
立ち上がったヒースクリフに気付くと調律者は口を閉じる。マーカーを持った彼は一つの文を書き込んだ。
『解除と言ったが何処までが可能か』
ほう――声を漏らしたエンブリヲも追うように青いマーカーを握り返答するための一文を書き込む。
『私に言わせるな。全てを解除出来るならこのような殺し合いは形を既に崩している』
『逆に「何が出来る」今のお前に』
『あと一手が足りん。この首輪さえ外してしまえば賭けにも出れる……が』
「生命のリスクか。分身のように個体としての生命を移動することは不可能なのか?」
「これが――無ければ、な」
コツンと首輪を叩く。多くの参加者によって枷になる邪魔者は神を人間へと堕とさせる効力を持ち合わせているらしい。
現に本来のエンブリヲならば真っ先に首輪を解除し黒幕たる人物を排除しているだろう。そして彼は本来の力どころか黒幕さえ知り得ていない。
神にとって最高で最悪の侮辱だろう。
『会場のロックとやらもその場に訪れないと無理だ。先に言っておく』
『ロック……ロックか。そうか、解除の先にお前は何を考える』
『さあな。大方、脱出への手掛かりか首輪の解除だろう。
最も未だに誰も達成していないとみた場合、生存者の数も含めると、宝の類だろう』
『褒美は当然だろうな。殺し合いの優勝に対する褒美が願いだとするならば探索の対は餌だろう。
希望を捨てさせないために参加者のモチベーションを殺させないためにも、夢を抱かせるために全貌を明かさない。
加えて数箇所に設置するのが定石だろう。簡単に解除するには惜しい。
今回のゲームならば弱者が鍵となるように設定するだろう。強者による一方的な展開を止めるためのカウンターか。
そして設置箇所は分散させゲームを盛り上げるためにエンカウント率を上昇させるために……四つ角に設置するのも定石か』
「……ヒースクリフ」
視線の先に描かれる文面を一通り眺めた後に。一瞬の沈黙が生まれ、エンブリヲが一つの疑問を投げかける。
目の前の男が情報を握っているのは確かだ。それが自前の知識なのか、主催者と接触故に得た知識かは現段階で判別不可能である。
それを踏まえた上でも、ヒースクリフが描く仮説に一つの疑問を抱く。引っかかりとも言えよう。この男は何を知っているのか。
「それは全て貴様の知識なのか」
「何が言いたい」
「仮説に筋が通っている。ゲームと考えるならば娯楽要素も当然のように必要だろう。だが、まるで全てを知っているかのような口ぶりだな」
「何を言い出すかと思えば……私が全てを知っていると仮定すればゲームの設立者は私になるだろう。何故自らの身をゲームに投げ出す必要が……いや、何でも無い。
私程度で思い浮かぶ仮設が罷り通るなら……神である君も辿り着く境地では無いのか、エンブリヲ」
彼自身にも疑問はある。
ヒースクリフに有利過ぎるのだ。厳密に言えば彼とキリトに対し殺し合いに於ける生命の重さが違う。
現実世界とは異なる電脳世界。しかし虚空はあらず、殺し合いは現実である。1と0の狭間に存在する不可視の現実が浮かび上がる。
人間は心臓を貫かれれば死ぬ。当然の事象である。けれどもダイブした先の空間ならば、彼らは電子の存在となり傷はダメージへと返還される。
この絡繰りによりヒースクリフはキング・ブラッドレイとの戦いを生き延びたのだが、電脳空間限定の現象が現実の世界にて発生している。
調律者の言葉を借りれば平行世界の可能性もあるだろうが、全ての可能性を考えた上でも有利過ぎる。ヒースクリフとキリトにとって条件が整っている。
明らかな強者であるエンブリヲや御坂美琴、ペルソナやスタンドを使役する参加者に対する措置かもしれない。
けれども、本来底上げするべき存在は先に亡くなった島村卯月や本田未央達であるべきだろう。彼女達に比べればヒースクリフは強い。テコ入れなど必要ない程度には。
解せない事項が多過ぎる。ゲームの設定者としてロックや優勝者への褒美は当然だ。しかし、この待遇は何だと言うのか。
調律者に明かしていない主催者との接触も同じだ。何故、自分が選ばれたのか。偶然だとは到底思えない。明らかに機会を図られていた。
会話を通じ人間を超越した存在を改めて知覚すると、自身に対する好待遇の疑問は深まるばかりである。
しかし、全くの心当たりが無いと言えば嘘になる。殺し合いをゲームと仮定した場合、最も真実或いは本懐に辿り着くのは己であろう。
アンバーはゲームを掌握するための糸口として自分に接触した可能性すらある。黒の生存はおそろく個人的な案件だろう。
ヒースクリフに接触するメリットを考えた場合、茅場晶彦としての知識や頭脳であることは間違い無いだろう。常人を逸脱した存在で在ることに異論は無い。
最も現段階で答えを出せる事項では無く、結果として主催者との取引に成功したのだから脱出に向けて前進したと言えよう。
黒の生存は果たされている。何か行動を起こした訳では無いのだが、条件は達成しており、アンバーからの接触があれば首輪解除の道も見えるだろう。
苦い表情を浮かべるのは調律者たるエンブリヲである。
問答を続けた中で相手側の素性が明かされず、一方的に情報を開示している状況に納得出来る筈も無い。
ヒースクリフは意見を述べているだけだ。ゲームに巻き込まれる前の話を一切行わず、場に出された情報に色を付けているだけに過ぎない。
話を持ち掛けた側として身を切り崩し情報を与えてはいるが、わざわざ手の内を明かしてまでの代償があるというのか。口を開かない相手に嫌気が刺してくる。
しかし、学院にてキング・ブラッドレイの襲撃を知っていたことから外部との接触を果たしたことは限りなく、黒に近い。
実際にエンブリヲ自身の分身がパソコンを通じ情報収集をしていた所、襲撃に遭ってしまい犯人はヒースクリフ本人であった。
パソコンを使用するためにわざわざ殺人に手を染めるだろうか。知られたくない秘密を守るために行動した可能性が高く、警戒するのは当然のことであろう。
分身とは言え人体を殺めたことに変わりはない。その気になれば他者を殺せる人間相手に手の内を明かすなど、本来の状況ならば避けるだろう。
進展の無い現状が調律者を自然と焦らせているのだ。
仮にキング・ブラッドレイとの戦闘が行われていた場合、一度は深手を負わされた相手だ。無傷で勝てる未来は簡単に導けないだろう。
エンブリヲに味方する生存者は限りなく無に近い。可能性があった
高坂穂乃果は勝手に堕ちて行き、本田未央を犠牲にし、ヒースクリフを選んだ。
女一人の生命に今更とやかく言うつもりは無いが、本田未央を見殺しにした代償――ヒースクリフから奪い取らなければ割に合わない。
たかが人間の一人に抱く感情など、人智を超えた調律者にとっては些細なことに過ぎないが、最後まで抗った存在に対する敬意は少なからず存在する。
何も皆殺しの方針を定めていない。興味も無ければ無関心でも無いのが、生命を宿す者にとって、糸口は掴むべきだろう。
「貴様は黒、なのか。私が求めている真実に気付かない男でも無いだろう」
「ほう……君にしては好意的な意見だな」
「世界の数だけ知識が存在する。貴様はその分野においてどうやら私の一歩先を歩いているらしい」
「…………」
「最も現時点で私が超えたがな」
ゲームの観点から見た殺し合いを彩る仕掛けや仕組みに対する言及。ヒースクリフが語ったソレは調律者からしても筋が通っていた。
推測であり、確定たる保証など微塵も存在しないが、妙に納得してしまうような裏付けにわざわざ幼稚な反論を持ち出す彼でも無い。
ロックの解除の先を考える材料としては十分に価値のある情報だったと言えよう。けれども、求める真理は遙か先の終焉だ。
「黒か。そうだな……灰《グレー》と言えば、正解だろう」
「やはり貴様――ッ、黙っていたのか」
口端を崩したヒースクリフは調律者が求めていた言葉を簡単に言い放った。
推測は誰にでも出来る。真実を立証するための言霊が調律者の耳に届くと、灰色とは対象に表情を堅める。
笑みなど浮かばず、神格的存在お得意の上から見下すような嘲笑う悪魔の表情も浮かべていない。鋭い視線がヒースクリフを貫いていた。
「時にエンブリヲ――改めて聞くが神の力でも無理なのか?」
責め立てようと口を開いたエンブリヲよりも先にヒースクリフが場を支配する。
コツコツと首輪を指先で叩く音が響き、軽快に鳴らされている。馬鹿にされているようで調律者の怒りが更に膨れ上がるようだ。
先から言っている、ヒースクリフも知っているだろう。首輪は外せない。解除出来るのならば、とうに外している。
虚偽を語る可能性も当然のように勘ぐるべきだろう。しかし、調律者たるエンブリヲがわざわざ現時点まで偽る必要が無い。
雑に言ってしまえば切羽詰まっている状況で神が己を過信し未だに手を抜いている――それこそ馬鹿げた話であろう。
調律者は言葉に怒りを含め投げやり気味に言い返す。
「何度も言わせるな」
「そうか……約束を果たしてもらおうか」
「……何を言っている」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたヒースクリフの発言に調律者が思い当たる節は無い。
約束――相手は何を言っている。思考の海を弄り、記憶を洗い直している状況の中で相手はテーブルに手を伸ばしていた。
珈琲カップを通り過ぎると最初に置いていたバッグからデバイスを取り出していた。今更何を確認するのかと内心馬鹿にしていたが、視線が一点に集中する。
「それは……貴様、まだ何かを隠しているのか!」
「此方は依頼を成功させたが……言葉の綾を突いている自覚はある。しかし、報酬は報酬だろうに」
「依頼、報酬……? 貴様、誰と会話を――まさか」
灰色と己を象った男のことだ、大方主催者とのやり取りであろう事を推測するのに時間は掛からない。
ヒースクリフが瞳を落とすデバイスの液晶画面が数度切り替わっていることをエンブリヲは見逃さなかった。他者と連絡を取っている。
デバイスにそのような機能は搭載されていない。偶然にも特別仕様が支給された可能性もあるが、この状況で拾い上げるべき真実の欠片では無い。
「礼を言う……なあ、エンブリヲ。神の君に今の私はどう見えるかな」
神と呼ばれた男の腕は力が抜けたようにテーブルへ落ち、置いてある珈琲を表面に零す。
水面が反射し彼の顔を映すのだが、一滴の汗が垂れ落ち、水面に波が立つ。目の前の事実に驚きを隠せない。
デバイスに表示された一文は『約束は約束。これで貴方は自由の身。これからも協力してくれるよね?』明らかに主催者と繋がっているだろう。
「……くく」
左の掌で顔面を覆う。抑えても漏れ出す声は世界を嘲笑うように部屋中を満たした。
この事を嘲笑わずに、何を嗤えと言うのか。腹を抱えるように身体を折り曲げた神は全身で表現するように嗤い続ける。
「茶番に付き合わされた」
何が情報交換だ。この時間に意味を見出すなど不可能だ。何を得した、くだらぬ妄想を聞いただけだ。
引き出せる限りの情報を得て、何も吐き出さない。その癖に主催者と繋がっている男は、目の前で予定調和のように首輪を外した。
「馬鹿にするのも大概にしろ」
最初から意味など無かった。ヒースクリフからすれば役立つ情報さえ引き出せば、用済みなのだろう。
首輪を外す事は主催者の掌から脱する事を意味する。生命を握られる心配が消えるのだ。爆発に怯える必要も無い。
デバイスに映し出された一文は明らかに女性、或いは少年少女の文体である。広川とは別の存在と繋がっているのだろう。馬鹿げた話だ。
ホワイトボードにわざわざ言葉を文字に書き起こした理由は何処に消えたのか。盗聴を恐れたからであろう。黒幕と繋がっている男が何を気にするのか。
ふざけるな。散々、神経を逆撫でされている神の怒りは更に膨れ上がり、会話の対象から殺害するべき対象にシフトする勢いだ。しかし。
「わざわざ私の前で外すのだ――何か、あるのだろう?」
見下すように。馬鹿にするように。嘲笑うように。所詮貴様の存在はその程度だと言わんばかりに。
その目で確かめさせるためにわざわざ見せびらかせるように目の前で解除したのだ、情報を与える先に何か仕事とでも明け渡すのだろう。
「自称の神とやらの上に立ちたかった……と、言ったらどうする」
会話など不要だ。バッグから斧を取り出したエンブリヲは瞬間移動を用いてヒースクリフの目の前へ身体を座標へ飛ばした。
予測していたようにヒースクリフは剣を構えており、着地と同時に邪魔であるテーブルをエンブリヲは後方へ蹴り飛ばすと、空間を斬り裂くように斧を振るう。
衝撃。部屋中の機材や家具が共鳴を起こし小物類が弾け飛び、ガラス細工が飛び散り特有の金属音が静かな二人の中に眠る野生を演出していた。
「冗談だよ。君にも話すことがあるらしい」
「黙――らしい? 貴様の口から語れ」
「私も初めて聞くのでね、これからは互いに未知なる領域へ足を踏み入れようと言う話だ」
デバイスに表示される『貴方達にお話があるの。勿論、悪くない話。ゲームそのものをひっくり返すことが出来るかもしれないの』一文を見つめるエンブリヲの表情は穏やかで無い。
「嵌めるつもりかヒースクリフ。今の私が信用するとでも思うか?」
散々コケにされたエンブリヲがすんなりと主催者と思われる存在の案に賛同出来る訳など無い。
しかし、ヒースクリフは何も発言せずに、薄い笑みを浮かべエンブリヲを見つめていた。調律者の舌打ちが響く。
此処で信用しなければ前には進めない。主催との接触を試み失敗しているエンブリヲにとって、最初で最後の機会となる可能性もある。
ヒースクリフを処分した所で何も解決しない。寧ろ、全ての可能性を白紙に戻し、ゲームを最後まで遂行するしか未来は無いだろう。
元からその気であるため問題は生まれないのだが、主催者に生命を握られている事実は消えないため、結果として最悪の未来が待ち受けている可能性もある。
「……解った、話だけは聞いてやる」
最初からエンブリヲは主催者の言葉に耳を貸すしか道は無い。神たる力を抑制する技術或いは神秘を破壊する唯一の可能性を掴むしか無い。
予定調和のように斧を降ろすと、近くにあった椅子を無造作に引き寄せふんぞり返るように腰を降ろす。
「早くしろ、私の気が変わらない内にな」
茶番に付き合わされ、ヒースクリフの掌の上で踊らされたエンブリヲの内心は怒りの炎で燃え上がっているだろう。そのような陳腐たる表現がよく似合う。
見下していた一介の参加者に出し抜かれた現実など、心地いいものと思う訳が無い。キング・ブラッドレイからの一撃から続く忌々しい記憶に新たな傷が加えられた。
早くしろ。そう言われた所でヒースクリフとてアンバーからの指示を待っているのだから、エンブリヲに返す言葉は無い。
剣を降ろしデバイスを机に置くと、表示される一文を待つために自然と視線は液晶に注がれていた。
調律者は告げられた内容次第ではヒースクリフを殺害し、殺し合いを勝ち抜くために、全ての参加者を殺めるだろう。
単純な戦闘能力で優劣を付けるならば、調律者は生存している参加者の中でも上位に存在し、ヒースクリフよりも遥かに上である。
この場でエンブリヲが本気になればヒースクリフは殺害されるだろう。故に彼からしても賭けなのだ。アンバーの言葉が不適切ならば、エンブリヲに殺される。
両者が生命を賭けるに値する可能性がデバイスに表示される。
どう転ぼうが、状況が動くのは確実だろう。チェス盤を文字通り裏返すような出来事が待ち受ける。
人生において一日とは短い些細な出来事に過ぎない。凝縮された刹那に込められた劇場に対する全ての精算が――始まる。
【F-1/潜在犯隔離施設/早朝】
【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、服を着た、右腕(再生済み)、局部損傷、電撃のダメージ(小)、参加者への失望 、穂乃果への失望、主催者とヒースクリフに対する怒り
[装備]:FN Five-seveN@ソードアート・オンライン
[道具]:基本支給品×2 二挺大斧ベルヴァーク@アカメが斬る!、浪漫砲台パンプキン@アカメが斬る!、クラスカード『ランサー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ
各世界の書籍×5、基本支給品×2 不明支給品0~2 サイドカー@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[思考]
基本方針:首輪を解析し力を取り戻した後で
アンジュを蘇らせる。
0:主催者の言葉を聞く。
1:舞台を整えてから、改めてアンジュを迎えに行く。
2:広川含む、アンジュ以外の全ての参加者を抹消する。だが力を取り戻すまでは慎重に動く。
3:特に
タスク、ブラッドレイ、後藤は殺す。
4:利用できる参加者は全て利用する。特に歌に関する者達と錬金術師とは早期に接触したい。
5:穂乃果もう切り捨てる。
6:ヒースクリフを警戒、情報を引き出したい。
7:足立のペルソナ(マガツイザナギ)に興味。
[備考]
※出せる分身は二体まで。本体から100m以上離れると消える。本体と思考を共有する。
分身が受けたダメージは本体には影響はないが、殺害されると次に出せるまで半日ほど時間が必要。
※瞬間移動は長距離は不可能、連続で多用しながらの移動は可能。ですが滅茶苦茶疲れます。
※感度50倍の能力はエンブリヲからある程度距離を取ると解除されます。
※DTB、ハガレン、とある、
アカメ世界の常識レベルの知識を得ました。
※会場が各々の異世界と繋がる練成陣なのではないかと考えています。
※錬金術を習得しましたが、実用レベルではありません。
※管理システムのパスワードが歌であることに気付きました。
※穂乃果達と軽く情報交換しました。
※ヒステリカが広川達主催者の手元にある可能性を考えています。
※首輪の警告を聞きました。
※モールス信号を首輪に盗聴させました。
※足立の語った情報はほとんど信用していません。
※主催者とヒースクリフに対する怒りは殺害の域に達しています。
【
ヒースクリフ(茅場晶彦)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP25%、異能に対する高揚感と興味
[装備]:神聖剣十字盾@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン、神聖十字剣@ソードアートオンライン
[道具]:基本支給品一式、グリーフシード(有効期限切れ)×2@魔法少女まどか☆マギカ、指輪@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
クマお手製眼鏡@PERSONA4 the Animation、キリトの首輪、クラスカード・アーチャー@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、イリヤの首輪
[思考]
基本:主催への接触(優勝も視野に入れる)
0:アンバーの言葉を聞く。
1:黒と再度合流したい。
2:チャットの件を他の参加者に伝えるかどうか様子を見る。
3:エンブリヲと何処まで情報を共有すべきか。
4:主催者との接触。
5:ロックを解除した可能性のある
田村玲子とは接触したい。
6:北西の探索を新一達に任せ、自分は南の方から探索を始める。
7: 鳴上と足立のペルソナ(イザナギとマガツイザナギ)に興味
8:キリトの首輪も後で調べる。
9:余裕ができ次第ほむらのソウルジェムについて調べる。
[備考]
※参戦時期は1期におけるアインクラッド編終盤のキリトと相討った直後。
※ステータスは死亡直前の物が使用出来るが、不死スキルは失われている。
※キリト同様に生身の肉体は主催の管理下に置かれており、HPが0になると本体も死亡する。
※電脳化(自身の脳への高出力マイクロ波スキャニング)を行う以前に本体が確保されていた為、電脳化はしていない(茅場本人はこの事実に気付いていない)。
※ダメージの回復速度は回復アイテムを使用しない場合は実際の人間と大差変わりない。
※この世界を現実だと認識しました。
※
DIOがスタンド使い及び吸血鬼だと知りました。
※平行世界の存在を認識しました。
※アインクラッド周辺には深い霧が立ち込めています。
※チャットの詳細な内容は後続の書き手にお任せします。
※デバイスに追加された機能は現在凍結されています。
※足立から聞かされたコンサートホールでの顛末はほとんど信用していません。
※首輪が解除されました。死者扱いとなるため、次の放送で名前が呼ばれます。
最終更新:2017年02月23日 15:50