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番外編:off stage ◆dKv6nbYMB.


道化師と魔法少女は溜まった鬱憤を晴らすかのように対峙した。

電撃姫は培ってきた因縁を清算し己が求めるものを手に入れんと宿敵を待ち伏せる。

鋼の錬金術師と黒の死神、最後の一般人は、未だ解かれない呪縛たる器を破壊するために前へ進む。

調律者と古の民の末裔は兼ねてよりの因縁を清算するために互いの全てを曝け出しぶつかり合う。


狂宴の根源を降した彼らは、己が目的のために真の最終局面へと盤上を進める。

もはや彼らを止めることはできないだろう。

私もバトルロワイアルに関わった者として結末を見届けたい気持ちはある。

...が、その前に少しだけ話をしよう。

戦いに赴く彼らの誰に知られることもない、誰も知る必要のないとても小さな話を。



果たして間に合うだろうか。

消え入りそうな身体を案じつつ、私はその足を進める。

エドら反殺し合い派や御坂ら殺し合い肯定派の姿は見送っている上に、猫たち意思持ち支給品も生存者たちの後を追っている。

最早、わざわざ私の消滅に誰かが居合わせることはなく、知ることもない。

既に脱落した身としては、これ以上バトルロワイアルに関与するつもりはないため構わないのだが、こうして自我を保っている以上は邪魔にならない範囲でやれることはやっておきたい。

(もはや必要ではないかもしれないが)

電脳化してヒステリカやラグナメイルを探していた折、私はとある音声データを手に入れた。
一刻を争う事態であったため、その記録だけ済ませておいたDISCがここにある。
回収しておいた、エンブリヲ達の使用したPC。
これにディスクを挿入し、再生すれば中身を聞くことができる。

本来ならばイヤホンでも付けて自分一人で聞くべきなのだろうが、お父様が消えた以上私の警戒すべき相手はどこにもいない。
皆、それぞれの戦いに必死なのだ。脱落者である私ごときに構っている暇などないだろう。

私はディスクを挿入し、読み上げられた記録をBGMに歩みを進める。

流れ始めたのは、女らしき声だった。





霧に包まれ、仲間を失い、傷つき倒れていた少年が立ち上がる。

その足に這いよる影も、囁かれる甘言も、全てを払いのけ、威風堂々と私のもとへと歩み寄ってくる。

―――なぜ前に進む。霧の中で見たいものだけを見て望んだままの世界に浸る方が幸せな筈なのに。

そう。幸福。
幾多の人間の願望に触れ、私が出した結論だ。

「なにが幸福か。それを決めるのはお前じゃない」

彼はそれを拒絶する。
真っ直ぐな眼で。確かなる意志をもって。

―――この世にはお前の仲間はもういないんだぞ。一人きりで孤独に生きていくとでもいうのか?

「俺は孤独なんかじゃない」

負け惜しみの強がりか。
否。彼の瞳には絶望の闇は微塵も宿っていない。
本気だ。彼は本心からそう思っているのだ。


―――そんな玩具が無ければ霧の中を視通せぬ者が真実などと。

「なら見せてやる。人間の可能性を!」

彼は霧に対抗する唯一の手段である眼鏡を放り捨てた。
直後、彼の周囲を青白い光が包む。
目を見開き、掌のタロットカードを握りつぶす。
彼の背後に現れるのは、私の与えた力―――違う。
酷似しているが、私の与えたモノを遙かに凌駕している。
アレを進化させたというのか。有り得ない。神でもないたった一人の人間が、何故。

―――神にでもなったつもりか。

私は雷を彼の"力"へと放つが、しかし届く前に打ち消される。
"力"がその手に持つ刃を振るえば、私の両腕はあっさりと斬られてしまう。
何故。有り得ない。



「目を開き、前を向けば誰だって見えるはずなんだ。真実が」

彼の言葉に続き、"力"は剣を盾のように構える。

「それを邪魔する霧は、俺が全て晴らしてやる」

剣に光が宿る。
発せられる光は、様々な形を彩っていく。
"力"の背後に浮かび上がる、多くの人間の姿をした光。
彼が紡ぎ、彼を支え、彼に託された多くの希望。

「その先にある幾万の真言を信じて!」

放たれた光は、霧を晴らし、私の身体を崩壊させていく。

―――幾万の真言...フフッ

私は理解した。
私は彼に、彼らに敗北したのだと。


―――この世界の霧も、現実の世界の霧も。全てはお前達に晴らされた。

ならば、見届けよう。

それが果たして幸せなものとなるか。今度こそ遙か高みから見物させてもらうとしよう。






「......」

ゆっくりと目蓋を上げる。
眼前に広がるのは、何色も無い真っ白な空間。
空も地も何もない中に、ポツポツと扉がそびえている。

私は、ここを覗き、しかし決して干渉はしない。そんな余興に時折興じていた。
人々にマヨナカテレビと呼ばれるものを作る際に参考にしたこともある。

ふむ。やはりここは中々に居心地がいい。

ここは概念的な空間であり、基本的には生身の人間では立ち入れない場所だ。

そびえ立つ扉からは、それぞれに繋がる世界を覗くことができる。
その先には、異能力も超常現象もなくただ人間が営みを築いている世界もあれば、機械を操り戦いの日々に明け暮れる者たちが文明の中心である世界もある。
人間が存在せず動物だけが営みを築いている世界なんてものもある。
また、二つの世界があったとして、その両方に同姓同名の人間と周囲の環境があったとする。しかし、よく比較してみれば、必ず微妙に異なる点が介在している。
酷似はすれど、全く同じ世界は存在しない。そんな、多種多様の世界を覗ける退屈の無い場所であった。

"彼ら"に敗北した私は、しばらくここに腰を落ち着け、彼らの世界を、また、他の世界を見物し、人にとっての真の願いと幸福について改めて考慮する腹積もりだ。


『―――――!!』

悲痛な叫びがとある扉より届く。それは聞き覚えの無い声だった。
よもやこんなところに干渉しようという物好きが他にもいようとは。

『嫌だ...私は...こんなところに...』

その口ぶりからして、彼もまた誰かに敗北し、無理やりここに送り込まれたようだった。

ふむ。興味深い。
彼はなにを為そうとし、誰に、どうやって敗北したのか。
私は好奇心に煽られるまま、声の主から話を聞くことにした。

声の主―――フラスコの中の小人は、扉を潜り姿を現した私に面食らったようだが、事情を話してくれと頼めば堰を切ったかのように、過去から現在に至るまで洗いざらい話してくれた。
まるで私に取り入るかのように。精一杯に気を惹くように。


―――勝てよ、兄さん

それは、まるで自分の体験の焼き直しのようだった。

―――じゃあな...魂の友よ

個の力はちっぽけな人間。それが連なり合わさることで、足りない箇所を埋め合うだけでなく何倍もの成果を見せつける。

―――立てよド三流。俺たちとお前との格の違いって奴を見せてやる!!

言うなれば、絆。私が敗れた少年が見せつけた真実だ。


全てを語り終えた小人は、目を瞑り俯いた。
なるほど。彼もそうして敗北したのか。
不運としか言いようがない。あんな強大なものを相手にしては敵わないに決まっている。
正しき道を進む者に、絆をもたない私たちが敵う道理はなかったのだ。


『私は...あの狭い世界にはとどまりたくはなかった。なんとしてでも広い外の世界を見たかった。遍く全ての事象を知りたかった。教えてくれ、イザナミよ。私はあの狭く小さな檻(フラスコ)で、人間たちに都合よく採取されて終わらなければならなかったのか?』

......

小人の成り行きを、言葉を聞いて思う。

本当に、彼らの示した道は正しいのだろうか。
"絆"や"繋がり"は確かに強大な力だ。それは疑うべくもない。
だが、敗北した小人の夢はそれだけで全てを否定されなければならなかったのか。
彼の全てが過ちであったとでもいうのだろうか。

打ち勝った彼らは己の道が正しかったと肯定し敗者の道を否定する。
だが、そもそもフラスコの中の小人が国土錬成陣を完成させるために暗躍しなければ、ホーエンハイムを利用し身体を得ただけで満足していれば、彼らは繋がり合うこともなくその大半が錬金術に携わることもなかっただろう。
彼という大敵がいたからこそ、彼らは彼らの主張する道を紡げたことに間違いはないだろう。
それは私の世界にもいえる。
鳴上悠は、シャドウに関する事件を通じて他者を理解し絆を紡いできた。
だが、もしも足立透が山野真由美を落とした時点で罪を認め自首でもしていれば。
特別捜査隊の彼らは真に絆を紡ぐことはできなかっただろう。

これらのことから、敗北した彼らも全てが間違いではなかったと私は考える。

仮に、運命だとか抑止力だとかを抜きにして考えてだ。
もしも私や彼が絆に打ち勝ち、目的を達成した場合、それでも正しいのは絆だといえるのだろうか。
本当は、私が敗北したから彼らが正しいと錯覚しているだけではないのだろうか。

いや、まて。そもそも真の願いとは勝利しなければ手に入らぬものなのか?
勝者のみがなにかを得ることが、真の願いの、幸福の本質なのだろうか。私が人々のためにと探し求めたものは、そんな独善的なものだったのだろうか。

『...私ではその問いに答えられない』
『なぜ?』
『私もまた、答えを探している最中だからだ』


故にもう一度確かめたくなった。

観察方法は変わらない。ある人物に力を与え、私が直接関与するのを避け、遠巻きに観察する。
唯一違うのは、その対象とは私と同じ要因に敗北した者であり、合意の上で力を授けることだ。

私は小人に提案した。お前に再び立ち上がる力を与える代わりに、私の求めるものを見せてくれと。
小人はにべもなく頷き合意した。私が与えたシャドウから賢者の石を創り、再び前へと進む力を手に入れた。


それから彼になにをしたいかと尋ねれば、自分の世界に戻るのではなく、別の世界を見てみたいと答えた。
どうやら、私の連れてきたシャドウを見て興味が湧いたらしい。
私がここから他の世界を見る方法を伝えれば、彼はすぐさま扉を潜っていった。

最初に見たのは、やはりというべきか私の世界だった。
私はてっきりそのまま侵略にでも乗り出すのかと思ったが、意外にも小人は干渉せず、ただ世界を観察していただけだった。
小人は、私の世界の『ペルソナ』や『シャドウ』にとりわけ関心を抱き、それの性質や特性を理解すると、次の世界の観察へと向かった。

彼は主に『スタンド』や『契約者』といった特殊な能力を有する世界を周っていた。
かと思えば、なんの変哲もない学生やアイドル達が暮らす世界を覗いたりもしていた。彼の暮らしていた時代を考えれば、現代価値的にありふれた世界でも物珍しいものなのだろうか。

やがて20を超える世界を見て周った彼は、箱庭が欲しいと提案してきた。
マヨナカテレビでは駄目なのかと問えば、それでは広すぎると拒否。
精々、人の脚で歩いても一日もあれば周れる程度の広さでいいとのことだった。

そういったものも作れなくはないが、私の直接的な干渉は極力減らしたい。
そこで思い当たったのが、周ってきた世界のひとつに存在していた『茅場晶彦』という『ソードアート・オンライン』のゲームマスターだった。
あれは電脳世界とはいえ、よくできた世界だった。あれほどのものを技術のみで創造してみせた男だ。
彼ならば小人の要望にも応えられるかもしれない。
幸い、彼もまたキリトというゲームプレイヤーに敗北し、己の意識を電脳化しようとしていた。
肉体から解き放たれた、ある種概念的な存在になりかけていたために、こちらからの干渉は容易かった。

『ここは...?』

目を覚ました―――この概念的な世界でそう表現するのも可笑しな話ではあるが―――彼は、突然の覚醒に流石に驚いたのか、キョロキョロと周囲を見渡していた。
その様子は、四千人の命を奪っても眉一つ動かさなかった男とは思えぬほど滑稽でもあった。

『目を覚ましたかね、茅場晶彦。突然ですまないがわたしに力を貸してほしい』
『...?』
『まあ、疑問に思うのも仕方のないことだ。詳しいことは後で説明しよう』
『詳細は最初に説明するのが筋だと思うが』
『それ以上にきみに見て貰いたいものがあるからだ』

小人は、シャドウを数体呼び出しそれを錬金術で賢者の石に錬成。
その魔術さながらの光景を見た茅場の目は驚愕で見開かれた。

『きみは確か、アインクラッドという幻想の城を思い描き、実現しようとしていたそうだな。私たちならばその夢の力になれると思う...どうだ、私の話を聞く価値はあると思うかね?』

茅場はにべもなく同意した。
彼は自らの空想の産物を実現化させようと躍起になっていた。
その足がかりに為り得るものを見せつけられたのだ。例え裏があるとわかっていても、その甘い誘いに乗らずにはいられなかった。


茅場は、廃棄しかけつつも捨てられぬ未練のままに残されていた箱庭を持ち出し調整にかかった。
これをなんのために使うのか、そんなことすら口にせず、淡々と外装を整え、施設を設置し、小人の要望を越えた範疇の細部まで見事に仕上げてみせた。
その様は、まるで褒美という餌につられ邁進する子供のようですらあった。

『素晴らしい出来だ。礼を言おう、茅場晶彦。きみは私の予想を超えたものを作ってくれた』
『こういったものに手は抜けない性分なのでね。...さて、そろそろあなたがなにをするつもりなのか、聞かせてもらいたいのだが』

静寂の時が流れる。
小人から放たれるプレッシャーを意にも介さず、茅場は返答を待った。

『...効率よく、適正量の血を流す。それが私の目的だ』
『それは何故』
『私が求めるのは力。以前よりも、更に強大且つ膨大な力だ』
『あなたが私に見せた錬金術が関係することかな?』
『察しがいい。単一の世界だけでなく、幾多の世界を錬成陣で繋ぎ、強大な力を得る。そして、私は再び真理へと挑むのだ』
『それならば、わざわざ殺し合いなど起こさなくともあなたが出張れば早い話だと思うが』
『それが出来れば苦労はない。今は辛うじてきみと話すこともできるが、現実世界においては私はまだ無力だ。
贄たちを全て取り込めば肉体も完全に復活するが、急激な変化にはその肉体がついてこれない。歯がゆいが、徐々に再構成していく他ないのだ。それに"抑止力"のこともある』
『他者の力を抑制する力...それがなにか?』
『運命にもそういったものが組み込まれておるのだよ。集合無意識によって作られた世界の安全装置としてな。
強力な力を持つ者が現れば、その力を叩くように物事がつじつま合わせのように転んでいく。きみも似たような経験があるだろう』
『キリト君やアスナ君が理屈を抜きにしてシステムに抗ったあの時のように、か』
『私はその抑止力に敵視されているようでね。下手に動けばまた邪魔をされてしまうだろう』


小人は一度敗北を見せつけられてもなお神に至らんと暗躍している。
それも、誰かのためだとか他者的な理由ではなく、どこまでも己の為のみに、幾多の人間の運命を狂わせることも厭わない。
なんとも貪欲で愚直な存在だろう。

『抑止力に邪魔をされないよう、個々人の有する"世界の意思"をぶつけ合わせ潰す。そのための箱庭か...しかし、ただ人をここに入れるだけではあなたの望みを叶えるのには不足していると思うが』
『なに?』
『異世界間という、常識の価値観が統一されていない多種多様の人間が集まれば争いが起きやすい。確かにそれは間違いではない。
だが、多数の人間はなにかしらの目標が無ければ即座に争う可能性は低い。あなたの望む殺し合いに発展するには時間を要するだろう。
あなたは以前、計画の実行に時間をかけすぎたせいで、ホーエンハイムという男に対抗できる余地を残してしまった。となれば、可能な限り早期に決着をつけたいはずだ』
『ふむ。間違ってはいない』
『それを叶えるためには時間制限をつけるのが手っ取り早い。そうだな...参加者には爆発すれば死ぬ首輪でも巻くのはどうだろうか』
『ほう、首輪。なるほど、それなら死の脅威を身近に感じられるため殺し合いに賛同する者も出やすいか』

直接手を下した訳ではないにしろ、かつて四千人もの命を奪った経験があるせいか、彼は殺し合いに対して嫌悪の表情を出さなかった。
...いや、彼はおそらくその経験がなかったとしても、おそらく同じような反応を示しただろう。
茅場晶彦もまた、小人とは違う方向性で純粋で貪欲だ。
己の幻想的な夢を叶えたい。そのためには他の人間の運命を狂わせても罪悪感など感じない。
小人と違い、最初から他者の犠牲を織り込んで計画する男ではないのかもしれないが、第三者から見れば小人と同じかそれ以上に不可解な男だ。

二人の思惑に如何な差異があろうと、これより巻き込まれる者たちからしてみれば、なんともはた迷惑で醜悪な存在に映るだろう

だが、不思議と私には、ひたむきに前を見据える彼らの姿に嫌悪は抱かなかった。



ザー

(音が途切れていて聴き取り辛いが...ある程度は仕方がないか)

どうやら、これはある人物の記憶の記録データらしい。
何故そんなものが電子の海の片隅を漂っていたのかは分からない。それを知るためには、続きを聞かねばならない。
聴覚だけが霧道に迷い込んでしまったような奇妙な感覚を抱きながら、私は私の作った箱庭を目に焼き付けつつ次なる言葉を待つ。

声は再び語り始める。




箱庭を調整し終えた二人は、贄となる参加者の選定に移った。
23の候補の世界から、効率と手間を考え15に絞り、参加者候補も何人か削った。
先に作ってしまった箱庭から幾らか施設を削ることになった際には、流石の茅場も渋い顔をしたものだが、仕方ないと嘆息と共に改めて施設を調整した。


参加者の選定の際、小人は死の記憶を有した魂も欲しいと提案した。
彼曰く、魂は酷似したものだけで満たすことはできないらしい。

そもそも、殺し合いを成立させるためには、極論を言えばそれに適した人材のみを選定すればなんら問題は無い。

わざわざ高坂穂乃果や島村卯月、比企谷八幡らのような他者の殺害に忌避感を持つ一般人、白井黒子やエドワード・エルリックのようなほぼ確実に殺し合いに反対する者を選ぶ必要は無い。
それこそ浦上のような欲望の塊の殺人鬼や後藤のような戦闘にしか興味のない者だけを集めればいい。
アカメ空条承太郎たちの世界にはそういった我欲で動き且つ強力な力を持つ者はいくらでもいるため選別には困らないだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
そういった欲だけで動く、所謂『悪』の魂も幾らかは必要なのだが、それだけでは器は満たされない。
それに、彼らの結末の大多数は敗北であり、そんなもので器を満たしてしまえばより一層運命には抗えなくなってしまう。
それを防ぐために、可能な限り、幅広い種の魂と記憶が必要だ―――それがお父様の論だった。

とはいえ、茅場には死者を蘇らせる力は無い。というよりも、彼の持論に命を軽々しく扱うべきではないというものがある。
それ故、小人の要望には応えられないし応えるつもりもないと言う方が正しいだろう。

ちなみに私にもそのような力は無い。こうして扉を見ることはできるが、異世界の現界へ直接的に関与することは許されていない。
神とはいえそこには序列や力の差がある。
もっと上位の神ならいざ知らず、私程度には人間の摂理に携わる事柄へと干渉できる力はないのだ。

となると、新たな協力者が必要となる。
小人の要望に応えられる『死者の蘇生』か『時間を遡る』手段を有するものが。
だが地力が強大過ぎては小人が力を手に入れるまでに謀反でも起こされてはどうしようもなくなる。
故に、手におえる範囲の力を有した者の中で協力者の候補にあがったのは、『暁美ほむら』『アンバー』『エンブリヲ』だ。


真っ先に外したのは暁美ほむらだ。
一番非力である上に鹿目まどかの存在をチラつかせれば制御も簡単なのだが、彼女の時間遡航は他者の記憶を引き継ぐことができない上に戻す時間が指定されている。
この時点で外さざるを得ない。それよりも、因果を束ねた結果として神をも脅かせる可能性を有しているという事実の方が魅力的だ。
素直に参加者として放り込み魂を取込んだ方が有意義だろう。

そのため、実質はアンバーとエンブリヲの二択となった。
最初はエンブリヲが候補だった。
エンブリヲの死者を蘇らせる能力は非常にお手軽且つ彼の性格を考えれば条件次第ではアンバーよりも協力しやすそうではある。
問題は、こちらにつくということは彼がほとんど自由の身であることだ。
あの男について調べれば調べるほど、規格外の能力を有していることが判明した。
直接的な戦闘力ははっきりといえば大したことはない。生贄候補たちの中で贔屓目に見積もっても中堅がいいところだ。
だが、世界を滅ぼせるヒステリカや異空間への『扉』を介さない自在な干渉など、知識や能力だけを見れば、小人やヒースクリフはおろか、見様によっては私すらも上回っている。
そんな男が自由の身であれば、まず間違いなく小人は力をつける前に処断されてしまうだろう。


正直にいえば、どんな形にせよ彼を殺し合いに関与させるにはリスクが高すぎる。
しかし彼の知識や能力はやはり魅力的ではあったため、小人は彼を参加者として扱いその力を手に入れたいと目論んだ。


消去法で残ったのはアンバーだ。
小人としては、正直に言えば気が進まなかった。能力こそはエンブリヲに次いで適しているものの、候補者の中では一番裏切る確率が高かったからだ。
彼女は他者のために行動している。その点におけば暁美ほむらと同類なのかもしれないが、アレよりは視野が広く思考も単調ではない。
単に黒の死神をダシにするだけでは制御は難しいだろう。
だが、現状では彼女以外に適任者がいないのも事実。
加えて、合理的判断のもとに動く契約者である彼女を力づくで能力を行使させるのも難しい。
彼女とはあくまでも対等の立場に立ち、能力を行使してもらうしかないのだ。
小人はいまにも溜め息をつきたくなるような心境でアンバーへの交渉に赴いた。

ここでアンバーに断られてしまえば全てが水の泡だ。
必ずや成功させねばならぬ。



アンバーがEPRの面々と共に組織との全面戦争へと臨み、魏に黒たちを案内させる傍らで、独り地獄門で待ち呆けていた時を見計らい、小人は彼女に接触した。
本来ならば、肉体を持たない小人たちではまだ肉体を有し生存しているアンバーに接触することは不可能だが、不可能を可能にする地獄門の空気がそれを可能にした。
小人は依頼した。
これから私のやろうとしていることにお前の力が必要だ。協力してほしい、と。
当然、これだけではアンバーにメリットがない。
若返りの対価を緩和する手段を与えると告げても、それではつり合いがとれていない。
そこで小人は黒を引き合いに出し、彼女の返答を伺った―――が、やはりというべきか反応は薄い。
アンバーは特に表情を変えることなく、それを即座に承諾することもなく、沈黙が両者の間に流れる。
迷っているのか、それとも勿体ぶって小人を挑発しているのか。時折、どうしようかなーと漏らしているあたり、後者なのだろう。
だが、彼女が私の存在に気がつき―――小人がその様子に気が付いたかはわからないが―――なにを考えたのか小人の提案を承諾した。

小人は訝しんだが、なにはともあれこの成功を無為にはできないと、彼女への詮索をすることはなかった。

フラスコの中の小人、茅場晶彦、アンバー。
こうして彼らは殺し合いの舞台を整え固めていく。
小人は全体像の設計図を。
茅場は会場となる箱庭の最終的な整理を。
アンバーは小人の要望に応えた参加者の調整を。

そうして、茅場が表向きの主催となることでバトルロワイアルの準備は整う、はずだった。


だが、小人にとって予想外のアクシデントが発生する。

茅場晶彦が謀反を起こしたのだ。

いや、正確には起こしてはいない。

実際に行動に移す前に小人が抑え込んだからだ。

『残念だ。お前はもう少し利口な男だと思っていたが...欲に目が眩んだか』
『否定はしない。少なくとも、あなたに操られるだけのマリオネットは御免だったのでね』

捉えられた最中にあっても、茅場はその態度を崩さなかった。
彼は、己の結末が、用済みになれば処分されるかお父様に賢者の石として取り込まれるか、その二択しかないことを勘付いていた。
だから、小人の力が完全ではないいまの内に処分し、会場はそのままに別のゲームを開催するか、名実ともにバトルロワイアルの主催にでもなろうとしたのだろう。
本心は彼のみが知ることではあるが。

『...まあいい。お前には随分と世話になった。その礼として、チャンスは与えよう』
『チャンス...つまり、このバトルロワイアルに放り込むという訳か』
『その通りだ。もちろん、これまでの記憶は没収させてもらうがね。夢を叶えたいのならばもがくがいい。では、しばしのお別れだ茅場晶彦』


チャンス。その言葉を耳にした時、茅場の頬が微かに緩んだように見えた。
ほんの僅かな、しかし確かな緩みに、小人は疑念を抱くこともなく彼を会場に送り込んだ。
第三者の私から見ても茅場の真意は測りかねるが―――もしかしたら、彼はこれが本命だったのかもしれない。
元々、彼はソードアートオンラインの世界に、ゲームマスターでありながらギルドの団長として他の参加者と接していた。
その理由のひとつに、他人のやっているゲームを眺めているだけなどつまらない、というものがある。

今回もその欲が絡んでいるのかもしれない。
自身の傑作であるこのゲームを、なにも知らない立場で攻略してみたいと思っていた―――そんな欲があったのかもしれない。
真相は、最早闇の中だが。


『無駄な手間をかけさせおって。...だが、あの男なら、殺し合いにおいても、参加者間の混乱をきたす役割を果たしてくれる筈だ』

そう語った小人には哀愁の欠片も感じられない。
例え、共に箱庭を調整した間柄だとしても、どうしてもゲームの要素を取り入れたかった茅場の要求を渋々呑み受け入れた経緯があろうとも。
所詮は駒、それが消え去ろうが動く情などない。そんな傲慢な思惑が透けてみえるようだった。

『さて、こうなると新たな進行役が必要となるが...』

小人は参加者の関わる世界から、適当に経歴を謁見し、目についた者を候補にあげていく。
選ぶのにそれほど時間が経っていないことから、最低限のことができれば誰でもいいのだろう。
幾らかリストアップし終えた彼は、アンバーに代わりの主催を連れてくるよう依頼した。

『器は得た。箱庭も茅場晶彦から乗っ取った。残りは時が満ちた時、今宵は忘れられぬ約束の日となる』

その際、尊大な言い回しを放ったのは、アンバーに対するけん制も込めていたのだろう。
裏切れば、お前もすぐに消してやる。いまの私にはそれくらいの力は戻っている、と。
アンバーは、特に不満を漏らすことなく、リストアップされた人間を舞台に招待した。

その人物こそが、広川剛志であった。


この殺し合いの根源・フラスコの中の小人。
茅場晶彦に代わる表向きの主催・広川剛志。
細部調整係・アンバー。

かくして役者は集い、幻想殺しの少年の死をセレモニーとして殺し合いが始まった。

人の真の願いと幸福を求める私にこのようなものを見せるとは如何なものか。
そう思わないこともなかったが、これもまた力を手にしたホムンクルスが見せてくれる経過。
その結末まで見届けなければならない。

有体にいえば、当初は私はこの殺し合いに乗り気ではなかったといえるだろう。
だが、時が経ち、参加者が行動を重ねていく内に、私の内心もまた変化していった。


「ちが……私はみんなで帰れるならそれでいい。汚れるのは私だけでいいかなって……。だから、ね。卯月ちゃん。みんなに会ったらよろしくって……穂乃果ちゃんにごめんね――」
「……これ、……しか、なかった、ろ……」
「あとは、頼んだクマよ、皆……」
「……気付いてたら、動いてたにゃ……皆を頼む、にゃ……」
「……生きて、真姫。私たちのμ'sを、どうか――」
「こっちでs……だ!!」
「みんなを、いりやちゃん、を」
「――それでも、人は生き残るぞ。広川」
「ま、またあのはしたない行為をなさるんですの? うう……記憶を消したいですわ」
「お願い、生きて――」
「ふふ…、暖かいね…」
「あぁ……あたしもそっちにい、くぜ……っ」
「……よ、か――」
「なにやってんだ、このまぬけはやくいけ!」
『後は頼んだぞ』
「救えなくて――すま、な……い」
「ありが、とう……。エンブr―――」
「そろそろ、かな」

最期まで他者を想い続け散った者たちがいた。



「サファイアを、お願い――――」
「アンジュリーゼ、様……。先立つ不幸を……お許しくださ―――――――」
「ありがとう……」
「一人じゃ、ないから」
「ころして、やる...!」
「お願い。絆を、捨てないで……。 大丈夫、君は空っぽなんかじゃないよ。だから、こんなところで負けないで―――」
「ずっと、一緒に――――」
「そうですわね……。私は寝ますわ。フフ、良かった。お姉さまが……戻ってきてくれて……」

形は違えど、兼ねてより抱いていた想いに殉じた者たちがいた。


「あんたたちなんかに、絶対負けないから」
「貫け――ッ!」
ノーベンバー11。それが私の―――――」
「テメェを殴らねぇと死んでも死にきれねぇ」
「奇妙じゃったが――充実した人生だった」
「―――行け、BK201」

揺らぐこと無き信念とプライドに殉じた者たちがいた。


「っそ……届かないか……」
「――葬るッ!」

信念に従い刃を振るい続けた者たちがいた。



「お」
「接近戦を仕掛けてくると思っていたよ。挟み撃ちの形にすれば。既にわたしの周囲には、ハイエロファントグリーンの『結界』が張られているとも知らずにね」
「あ…DIOさん……」
「だけど大丈夫!みくはアイドルだから、御坂のことも笑顔にしてあげるからにゃあ!」

その最期まで傀儡として生を終えた者たちがいた。



「がっ!?」
「ぁ……」
「たすぇ……ち、ぇ……なるか……ぁ……ぁぁ……」
「――ちぃ、痺れ――ッ!」
「あが、あ……ぐぅ」

不意を突かれ、呆気なく命を散らした者達がいた。


「目を……覚ましてよたまむん……っ」
「死にたくない――死にたくないよ、ぉ……」
―――ルビー、サファイア、美遊、クロ……ごめんね、みんな……。
「穂乃果ちゃんと未央ちゃんにありがとう、それとごめんなさいって伝えて下さい」
「.........ごめんね......みんなのこと......裏切っちゃって」

擦り切れた果てに道を違えた者達がいた。


「ああ、頼んだぞ皆。生きて、こんな場所から、絶対に――――――」
「ごめんなさい、アレクトラ―――」
「そうか……マ……マ……」
「私が全てを焼き尽くす――もう誰も失わせないために、まずは貴様からだエスデスッ!!」
「う、 うん……お願い……ね」
「まあ、お前達人間のお陰で、多少……やりごたえのある、良い人生であったよ―――」

糾弾や挫折を経て、己の道を見出した者達がいた。



「お前は人間に負けた」

再び授かった命から、抱いていた疑問の答えを見出した者がいた。


「私はちゃんと正義の味方だったかな」

己の信じた正義を振りかざし、悪を滅ぼすために戦い続けた者がいた。



「もっと見ていたかった、が、致し方あるまい......。ゲームの幕引きは自分自身ですることにしよう――」
「や、つ、は...」

刻まれた因縁に拘り続けた者達がいた。




「破滅の天使の誕生だ」
「じゃあなエドワード・エルリック。精々あがけよ、この腐った世界でニンゲン共がどれだけ醜かろうと」
「ブドーをも超えるその雷光――素晴らしい!素晴らしいぞ御坂美琴!!あぁ、私は今、最高だ」
「■■■■■■■■■■■ッ!!」

徹頭徹尾己の欲望と本能に従い動いてきた者達がいた。


陰惨で悪趣味ともとれるこの殺し合い。
私の望みとは無関係だとすら思われるこのバトルロワイアルの参加者たちの姿は、目を離さずにはいられなかった。

惹かれている。そう表現してもあながち間違いではないかもしれない。
彼らの死に興奮しているのではない。
彼らの誰もが願いを叶えようと足掻いていたからだ。

かつて私は、生田目太郎に『絶望』、足立透に『虚無』、鳴上悠『希望』の因子の力を与え事の成り行きを見守り人々の真の願いを見極めようとした。
人々の幸福のためにととった観察方法ではあるが、思い返せば気にかかる点があった。
テレビに人を入れる力。私は、あの三人にそれがどういったものか、何故授けたのかといった説明を一切していない。
勿論、説明してしまえば私情が入り観察がままならないため仕方のないことではあるが、問題なのはこの力で人を殺せるということだ。

テレビに人を入れれば、入った人間が己のシャドウと向き合い受け入れられなければ死に至ってしまう。逆に受け入れればテレビの中限定とはいえ、ペルソナを習得することができる。
だが、いきなりテレビに入れられて、果たして何人が『己のシャドウと向き合いペルソナを手に入れる』という発想に至れるだろうか。
それは、力を与えたあの三人にも言えることである。
テレビに人を入れたからといって、その人間が死ぬ可能性があると予想できると断言できるだろうか。
おそらくほとんどの者がその発想にいたれないだろう。
現に、なにもわからぬままテレビに放り込まれた山野真由美と害意を持って入れられた小西早紀の二人は本来の望みを叶えることもなく命を落とした。



つまり、私は人々の幸福を求めておきながら、死者が出るのを折り込んだ上で力を託したことになる。

これでは、善悪の判断がつかず使い方もわからない子供にダイナマイトとライターを手渡し爆発が起きるかどうかを実験しているようなものだ。

そう考えると、私はあの三人に死者が出るのを許容し、むしろそれを望んでいた節がある。

何故か。
恥ずべきことだが、神とて自身の全てを理解できている訳ではない。
あの時とった行動で状況が悪化してしまっただとか、理性で抑えきれずに堕落するハメになったなんて話も珍しくは無い。
私自身、私のことを理解しきれていないため断言はできないのだが、おそらく私は人間は追い込まれた時にこそ本当の願いを見いだせることを無意識下で知っていたのかもしれない。

その窮地こそが知人や己の生死であり、脅かそうとする者の存在である。

テレビの中では、己のシャドウを受け入れた者はシャドウへの対抗手段であるペルソナを使えるようになる。
対人としては強すぎるこの力だが、相手もペルソナを使えれば釣り合いがとれ、条件は五分の戦いが展開できる。
仲間内ならいざ知らず、敵対する者同士であれば瞬く間に殺し合いの始まりだ。
生田目は救済のために。
足立は己の苦悩も苦痛も放棄できるよう全人類をシャドウに染めるために。
鳴上は真実を追い求め霧を晴らすために。

彼らは全力でぶつかりあい、己の道を正しいものにするために、私の望み通りに己の願いを見せつけてくれた。


このバトルロワイアルの参加者たちもそうだ。
彼らは誰一人として、願いを求めることをただ放棄した者はいなかった。

誰も犠牲者を出したくないというのも、ただ闘いと殺戮を求めるのも、ただ生きて帰りたいというのも、日常を取り戻すのも。
その全てが真の願いであり尊重すべき願いだ。
その何れにも過ちなどなく全てが正しい願いなのだ。


...きっと、これが殺し合いでなくともよかったはずだ。
もっと生ぬるい、血の一滴も滴らない遊戯でもよかったはずだ。

だが、少なくともこの場では、あの彼らの姿こそが私の求めていたものだと断じよう。
鳴上悠の言った通り、幸福を、人々の真の願いを決めるのは私ではない。
願いそのものよりも、願いを叶える為に全力で臨むその姿こそが、私の求めた真の―――





「満足したようだな、イザナミよ」


突如、私の身体を黒い影が包み込む。
これは、と驚く間もなく私が『彼』のもとへと引きずられていく。

「お前との契約はこれで果たした...私の願いを叶えるために、私が幸福になるために、その力を頂くぞ」

私の意識が加速し、『彼』へと瞬く間に吸い寄せられる。
最早抵抗もできない。

そうか。これが、多くの人間の人生を狂わせた私への罰か。
ならば、甘んじて受け入れよう。
足立透や生田目太郎と違い、人の身ではない私は人の世界の法律では裁けないのだから。






声ガ きこえる

小人 の

ものでh nk

たくさ ん  の声 が

そrrrrrれは、 わらひにマトわ る つ き

わたあああああし kらぁ ワタシwお ぅばつて イ く

ソレ、は、 わ  たし ガ ミス テ ta

も ノたち    の

怨 嗟 ノ コエ




ta




音声はここで途切れている。

「...なるほど。不審には思っていた。なぜアンバーが『イザナミ』の神話を持ち出したのか。それは、単に鳴上悠と足立透のペルソナの関連性を示した訳ではなかった」

あの時は、エンブリヲがそれで抱いていた興味を満たされたが故に、それ以上踏み込むことはしなかった。
だが、思い返せば、それを自分達に伝えたところで、その本人である鳴上悠が既に死んでいる以上、情報価値は半減する。
貴重な時間を割いてまで伝えるようなものでもなかった筈だ。
彼女は言外に伝えたかったのだ。
お父様の他にも斃すべき敵がいる。それをエンブリヲに始末してほしい、と。

彼の性格ならば、ホムンクルスさえ倒し元の力さえ取り戻せば、参加者の力を借りず、一人でことに当たるのは目に見えている。
そして、生存者の中ではエンブリヲが一番神を倒せる可能性が高いとふんでいたのだろう。
なぜそんなことを目論んだのか...他の参加者にはイザナミに関わってほしくなかった、とも見ることが出来る。
顔見知りらしい黒くんか、イザナミと関わりが深い足立あたりかと見当はつくが、彼女との連絡が取れない以上真相は闇の中だ。


そして、音声データの内容から察するに、イザナミは既にお父様に取り込まれた後のようだ。
なんとも呆気ない。これが仮にもこの壮大な殺し合いの根幹だった者の末路なのか。
この様を他の者に聞かせれば呆れを通り越して情けないとすら思うだろう。
だが、参加者たちから存在すら認識されておらず、この殺し合いの根本の一人でありながら徹底的に傍観者の立場でいようとしたのだから、この最期は妥当なのかもしれない。
彼女の存在が知られなかったお蔭で、お父様を倒した参加者たちは各々の戦いに集中しこのゲームのケジメをつけることがでいる。
それが果たされれば、彼女は真の『第三者の傍観者』でいられるのだから。

(もしもエンブリヲがアンバーからイザナミの存在を聞いていればどうなっていただろうか)

もしもエンブリヲがイザナミの存在を参加者たちに知らせていれば、お父様を倒した後も同盟は続き、何人かの犠牲者が出て現在の戦況にはならなかったかもしれない。
場合によってはイザナミを倒したところで殺し合いが終幕を迎える、といった可能性もあったのかもしれない。

(いや...彼なら、あのやり取りで既にイザナミの存在を理解していたかもしれないな)

彼は人間的には欠片も信用できない男だが、その知恵と知識、技術に関しては素直に尊敬している。
彼はそのことを知らず、私の元主催という立場を妬んでいたようだが。


残る参加者たちと共にお父様へと挑む数時間前のやり取りを思いだす。

「ひとつ聞かせろ」
「なにか?」
「あの死体人形...まどかとほむらとか言ったか。貴様は何故あんなものを持ち歩いていた」

アンバーとの交渉を終えたエンブリヲは、そう私へと詰め寄った。
エンブリヲの眉間には皺が寄っており、その眼光も鋭く私を見据えている。

「島村卯月がやったのを知らなかったことを差し引いてもだ。あれが見られれば混乱と不和が生じるのがわからないほど愚かではないだろう。
貴様はアレを埋葬したいとほざいていたが、貴様が殺し合いの関係者という事実があればそれすらも疑わしい」
「...つまり、私が殺し合いを促進させるために、わざと彼女たちを持ち運んでいた...そう言いたいのかな」
「そう思わざるを得ん。あれさえなければ学院での諍いはもっと穏便に済み戦力を徒に減らすこともなかった筈だ」

当然の疑問だ。
いくら主催としての記憶が無いとはいえ、それはあくまでも本人の告発。第三者から見ればそれが真実か否かの根拠はゼロに等しい。
私がエンブリヲの立場でもこの件に関しては問いただしただろう。

「最早争っている余裕はない。あの場に居合わせた連中...といっても、残るはあのゴキブリだけだが、奴に問い詰められればはぐらかすくらいのことはしてやる。
だがそれには貴様が敵ではない保証が必要だ。もしも貴様に害意が無かったのなら、ここで証明してもらおう」
「...そうだな。あの件に関しては私の落ち度だ。正直に話すべきだろう」

私は、あの死体を持ち歩いていた経緯を語る。
兼ねてより異能力に関して強い関心を抱いていたこと、魔法少女のソウルジェムの仕組みについて興味を持っていたこと、そのために彼女たちの身体を分析しようとしたこと。
その答えを聞いたエンブリヲは、眉間の皺を更に深め、小さな舌うちと共に嫌悪を更に顕にした。

「そんなことのためにあんな厄介毎を持ち込んだのか」
「誤解のないように言っておくが、分析はあくまでも余裕のある時に行う予定で、時間が無ければ諦めて埋葬するつもりだった」
「貴様があんな小娘たちの死体を煮ようが焼こうが知ったことではない。そのくだらない好奇心とやらのせいで、私たちはこんな綱渡りの状況に晒されていることがわかっているのか」

憤慨するエンブリヲだが、しかし私へと危害を加えようとするのではなく、舌うち混じりに「五分時間を寄越せ」とだけ告げ、紙上にペンを奔らせる。
よどみなく書かれていく文字列と図に、つい疑問符が湧く。
宣言通りに五分が経過したところで、エンブリヲは紙を押し付けるように突き出した。

「弱点を露出させ、キュゥべえとやらが『作った魔力』という回復の効かない力に縋ることしかできない戦士としても未完成な不良品。これが貴様の大好きな魔法少女とやらの正体だ。どうだ、これで満足か?」

紙には、彼の知識を総動員して作られた彼なりの『魔法少女システム』が記載されていた。
それには私が思い描いていたファンタジックな要素はなく、エンブリヲの要する『技術』がふんだんに詰め込まれていた。


「どんな異能力にも必ず原理は存在する...それは貴様も承知の上だろう。それが証明できないほど、その能力が魅力的に見えるというのわからんでもない。
だが、それは言い換えれば、魔法という曖昧で不可思議な力として括られているのではなく貴様の知らない技術というだけ。原理と手段さえ揃えばいくらでも再現できる程度のことだ」
「......」
「私は如何な手段を用いてでもホムンクルスを抹殺する。それこそアンバーとやらの依頼が無くとも、必要とあらばあのチビやゴキブリに手を貸すこともしよう。
主催の立場というある種不利な状況の貴様が協力できるようにも取り計らってやろう。だが、いざという時にホムンクルスから異能力を餌に足を引っ張られては敵わん。今後、くだらない好奇心で場をかき乱すような真似は決してするな」

まるで百年の夢から覚めたようだった。
この殺し合いに参加者として目を覚まし、モハメド・アヴドゥルと出会ってからというもの、自分は異能力に対して強い興味を惹かれていた。
そこには、科学と化学では解明できない魔法があり、かつて夢見た城はそんなおとぎ話染みたもので作られていた。
だから、いくら自分が電脳空間でアインクラッドを再現しようとも、科学技術の枠に捉われる自分が一番違和感を感じてしまう。
理屈が通じない異能力を複数用いればあの城を改めて作り上げることができるかもしれない―――だからこそ、自分はこの会場での異能力に惹かれていたのだ。

だが、エンブリヲは異能力の構造をあっさりと解明してみせた。
異能にも理屈や理論は必ずあると思い知らされたのだ。

考えてみれば、エンブリヲは科学者的存在でありながら、瞬間移動や分身など、異能力染みた技を披露していた。
技術を用いて奇跡を引き起こす。
そういう意味では、エンブリヲはあくまでも現代技術の域を超えることのできない私の上位互換と言ってもいいのかもしれない。
今はまだ限られた技術手段と資源しかないため大差がないが、もしもより多くの資源を用いて比較すればその差は浮彫になるだろう。
ヒースクリフに出来てエンブリヲに出来ないことはないが、エンブリヲに出来ることがヒースクリフにも出来るとは限らない、と。

「...エンブリヲ。話がある」

だからこそ、私は期待した。
彼ならば、かつて自分が遣り残した実験を実現できるのではないかと。

怪訝な顔で振り返るエンブリヲに対し、微笑みさえ浮かべて提案する。

「きみもアンバーに対して全幅の信頼を置いている訳ではないだろう。そこでひとつ、保険をかけてはみないか」
「保険だと?」
「記憶人格の電脳化―――それが成功すれば、必ずや盤面を覆せる」

例えその終着点が破滅だとわかっていても、持ち掛けずにはいられなかった。

その結果、エンブリヲの手により消滅の時が迫っているが、私には微塵も後悔などはない。

エンブリヲには遠回しに非難されている気がしないでもないが、それでもこの箱庭や施設はどれも自分の持ちうる能力を本来の限界以上に活かし、創り上げた最高傑作だという評価は変わらない。

自分の理想郷でかつての夢の膝元でひっそりと消え去る。

命尽きるその時までかつての夢に溺れていられるのだから、なんとも素晴らしい最期ではないか。


音声は全て聞き終えた。
景色も可能な限り記憶に焼き付けた。
心残りはあるが―――これだけやりきれば、結末を見届け消え去る身としては充分だ。

「全ての決着までは、あとわずか、か」

どうやら、結末を見届けるまではこの身体も保ってくれそうだ。


これはなんだ?

獲物を狩る絶好の機会だというのになぜ彼らは銃を突きつけ動かない。

いや、そもそもなぜ私は生きている。

「流石のあなたでも驚いてるみたいだね」

そう声をかけてきたのは、いつの間に檀上にいたのか、緑色の髪をした美しい少女だった。

「きみは?」
「気になるだろうけど、とりあえずここから離れようか」

少女は悠々と軍人どもの合間を闊歩する。
だが、彼らは少女の存在には何の反応も示さない。
いや、まるで動画の一時停止の瞬間のように微動だにしないのだ。

「大丈夫、あなたがそこから動いても彼らはなにもできないよ」
「......」

少女の言葉を信じ、私もまた檀上より降りて彼女の後に続く。
それでも軍人どもは微動だにしない。誰もいなくなった空席に銃を突きつけているだけだ。

(彼らの動きだけでなく音も聞こえない。いや、まるで空気そのものが停止しているよう...本当に不可思議な事象だ)

少女の後に続き辿りついたのは、内装が朱で染まった一つの部屋。
寄生生物・後藤が散らかした人間どもの血だまりと残骸を踏みしめ、開放されっぱなしの扉を閉める。
これで、傍からはこの部屋の中を見ることはできない。


「この辺りでいいかな」

少女のその言葉と共に、空気が再び生を取り戻し周囲が騒がしくなる。

「協力してほしいことがあるの」

私がなにかを問いただす前に、彼女はそう切り出した。

「これから、72人の参加者の殺し合いが始まる。あなたにはその主催をやってほしい」
「殺し合い...?」


彼女は大雑把ながらも殺し合いについて説明してくれた。
『お父様』と呼ばれるホムンクルスが、肉体を手に入れるために殺し合いを計画していること。
彼女―――『アンバー』は、そのために必要な駒を揃えるために働かされていること。
殺し合いの主催となるはずの男が欲をかき裏切り欠員が出てしまったこと。

「その代理として私に白羽の矢がたったというわけか」
「理解が早くて助かるよ。...それにしても、錬金術とか魔法とかにはあまり驚かないんだね」
「疑念は浮かんだが、実際に体験してしまったからな。そういうものだと受け入れるべきだろう」
「合理的だね。だからあなたが候補に上がったのだけれど。...それで、あなたはどうする?」

「ひとつ聞かせてくれ。私が断ればどうなるんだ?」
「別に。他の人を探すだけ」

アンバーは、お父様とやらの依頼をそのまま読み上げてくれた。

既に舞台は整っている。あとは幕をあげればそれだけで全てが動き出す。
もはや茅場のような特殊な知識や技術を持つ者でなくとも構わない。
できれば無力な駒がいい。
それも、イチイチ倫理がどうとか騒がず情に絆されることのない利口な駒であれば尚更だ。

というのが、主催の条件との話だ。


「つまりは、私は本当に隠れ蓑にしかすぎないというわけか」
「そういうこと。だから、断りたいなら断ってくれてもいいんだよ」

心にもないことを。
いくら先程の窮地を抜けたからと言って、ここはまだ市庁舎の中。
少し歩けば軍人に見つかる可能性は充分にあるし、私の死が確定されていない以上外の警察から逃げ出すことも敵わない。
軍人どもは私を寄生生物だと思い込んでいる以上、見つかれば即射殺だ。
この状況、事実上の脅しととっても構わないだろう。
まあ、死ぬこと自体は別に構わないが、せっかくこうして生き永らえたのだ。
その時間を使って改めて人間どもを効率よく間引きする策を考えればいい。

「わかった。その主催の任、引き受けよう」
「ありがとう。...それでここからがお父様には内緒の本題」
「?」
「私に協力してほしい。殺し合いを途中で止めて、お父様を倒すために」

言っている意味がわからなかった。
彼女はお父様の遣いで、私を殺し合いの主催に勧誘している。
その彼女が、お父様を倒す?

「といっても、あなたには特別に難しいことを頼むわけじゃない。私が動く時にそれとなくお父様の注意を引き受ける。それだけだよ」
「...殺し合いを開かれたくなければ、きみが参加者を連れてこなければよい話では?」
「それが出来れば一番いいんだけどね。けど、いまの私じゃアレには届かないから、一時的にでもお父様に取り入る必要はあるの」
「お父様を倒したい理由は?」
「お父様は、異世界を錬成陣で繋ぎより強力な『神』になろうとしている。それが成功すれば、その神の名に恥じない力を振るうことが出来る」

なるほど。確かにそれだけ強大な力を有したものが側にいて、且つ敵に周れば厄介極まりない。

「だが、私がリスクを冒してまで協力するメリットがない。私はただの人間程度の能力しかない。そんな私からしてみれば、超常的な能力を有する『お父様』もきみも同じく脅威にしか思えない。
多少なりとも命を張ることになるのだから、私がお父様を敵に回す理由が欲しい」
「...『神』の力はとても強力。あなたが敗北した軍隊なんかよりよっぽどね。あの力は徐々に肥大化していき、やがてお父様の意ひとつで容易く生物を根絶できるほどになるかもしれない。人間嫌いのあなたもそれは望まないでしょ?」

アンバーの言う通りだ。
確かに私は人間が嫌いだ。
だが、なにも人間を根絶するために寄生生物を囲って間引きしようとしたのではない。
私の願いは、崩れた生物界のバランスを取り戻すこと。
人間の『天敵』により数を調整する。そうして新たに出来た大自然のピラミッドを生物界の規範にすることで改めてバランスを取り戻そうとしたのだ。

もしも『お父様』が神の力を手に入れ、傲慢にも気分ひとつで生態系を破壊されるようなことがあれば、それこそ人間以上に唾棄すべき存在だと断ずる他ないだろう。
それは断じて許してはならない。

「...わかった。アンバー、きみに協力しよう」

ただしそれはお父様がどんな存在かをこの眼で見極めてからだ。
もしもお父様が私の理想に足る存在であれば私はお父様につき、そうでなければアンバーに協力するとしよう。
それまではセオリー通りに隠れ蓑に徹しよう。
そんな私の内心を知ってか知らずか、アンバーはついてくるように促した。

これが、私がバトルロワイアルに関わることとなった成り行きだ。




「...まさか、このような結末になるとはな」

お父様が崩れ、独り残った私はそうひとりごちた。

イザナミのような神格の存在でなければ、アンバーやお父様のような特殊な力もなく、茅場晶彦のような技術力もない。
いわば存在価値が最も薄い男だ。普通に考えればまず脱落するのは自分の筈だろう。

だが、彼らは散った。
殺し合いの根本の一人であるイザナミは参加者に存在すら知られずお父様に取込まれ、アンバーはお父様に襲撃され消息不明、茅場晶彦も死に残されたコピーも直に消え去る。
そして、元凶であるお父様は今しがた参加者たちに斃された。
本来ならばただの代理であり、ただの隠れ蓑として呼ばれた自分が、最後までこうして五体満足で生き残ったというのだから奇跡という他ないだろう。

「ただ、あのお父様を倒してくれたのは嬉しい誤算だ。お蔭で私の悲願が達成される機会が生まれた」

主催の立場且つお父様という強大な障害がある以上、自分が願いを叶えることは不可能だと半ば諦めていた。
自分にできることは、『神』の力を振るうお父様の御機嫌を取り、間接的に制御することくらいだと思っていた。
だが、彼が倒れた以上、もはや殺し合いの主催の立場など機能はしない。
参加者と主催の垣根が消失した以上、今ならば自分にも願いを叶える権利がある筈だ。

あれだけの参加者の中から鋼の錬金術師が生き残り、お父様の前に立ち塞がり野望を阻止するのが『抑止力』によるものならば。
未だ止まらぬ人間による生態系の破壊を憂う者が残ったのもまた抑止力といえるのではないか。


「終止符をうつとしよう」

それは、この殺し合いだけではない。
広がり続ける人間たちの生態破壊。収まらぬ環境破壊。その全てにけりをつける。

「これ以上余計なしがらみは増やさん。そのためには...」

己の掌を見つめる。
死の寸前に軍人どもに叫んだあの時のように、自然と力が入るのを実感する。
恐れることなどなにもない。今の自分ならばできる筈だ。
私は私の望むように。
開かれた掌を強く握りしめ、静かに宣戦する。

「私が聖杯を手に入れる」




広川剛志。
最も非力な最後の主催者は、かくして人知れず戦線へと踏み出した。


【F-5/二日目/日中】

【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP25%、異能に対する高揚感と興味、真実に対する薄ら笑い
[装備]:ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン
[道具]:なし
[思考]
基本:ゲームの創造主としてゲームを最後まで見届ける
0:最後はアインクラッドと心中する。
[備考]
※数時間後に消滅します。
※イザナミの存在を知りましたが、参加者に影響を与えたくはないため口外するつもりはありません。



【???/二日目/日中】

【広川剛志@寄生獣 セイの格率】
[状態]:???
[装備]:???
[道具]:???
[思考]
基本:聖杯を手に入れる。


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最終更新:2017年10月05日 20:39