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道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB.
対峙した道化師と魔法少女。
一見、縁の深そうな組み合わせではあるが、実は彼らの間に大した因縁はない。
道化師は魔法少女を二人殺害した。
だが、そのどちらも
佐倉杏子とは違う時間軸から連れてこられた者達であり、杏子からしてみれば大して縁の深い者達ではない。
逆も然り、
鹿目まどかにとっても美樹さやかや巴マミほどに友好関係が深い訳ではなく、暁美ほむらにとっても
鹿目まどかほど縁が深い間柄でもない。
敵討ちといっても、固執するほどのものではないのだ。
では、
エドワード・エルリックと
御坂美琴のように積み重ねてきたものがあるかといえばそうでもない。
なんせ、彼らが出会ったのは五回目の放送の数十分前。
そこに至るまで遭遇どころか互いの存在さえ認識していないも同然だったのだ。
そんな彼らの間に因縁などある筈もない。
互いに無駄な消耗を避けるために戦いを止めようとすれば止められる程度のものだ。
ならば彼らがこうして争う理由はなんだ。
それもある。
だが、それ以上に両者に共通する想いはただひとつ。
『コイツが殺したいほどに気に入らない』。
それだけで、彼らはこうして向かい合う。
それだけで、彼らはこうして武器を交わし合う。
それだけで、彼らは彼らのバトルロワイアルを執り行う。
最終決戦第一幕、開演。
「さっさと死ねよクソガキが!」
禍津の力を振るい、激昂する傍らで、足立は冷静に現状を分析する。
敵・
佐倉杏子は魔法少女。正真正銘のバケモノだ。
それも、未熟で隙だらけの
鹿目まどかや妙な能力以外に特筆することのない
暁美ほむらとは違う。
何度も死線を潜り抜けた熟練の戦士だ。
ただ、いくらバケモノだとはいえマガツイザナギの十八番であるマハジオダインをまともに食らって無傷ということはありえない。
死なないにしても、重傷を与えることは可能だ。それは
暁美ほむらや先の杏子との戦いで証明済みだ。
だが、それを阻むのはインクルシオの鎧。
あの鎧は、単に頑丈なだけではなく、受けた攻撃に適応し進化し続けるらしい。
実際、
御坂美琴の電撃を防いだのをこの眼で見ている。
更に、あの鎧は使用者の身体能力を底上げできる。
魔法少女が使えば、あのアホのようにでかいシコウテイザーとそこそこ殴り合える程度には、だ。
ふざけるな。ただでさえゾンビ並みにしぶといのに鎧も上等とかチートにもほどがあるだろうが。
それを口にしたところで現状が覆る訳でも相手が同情して手を抜いてくれる訳でもなく。
足立透にとって絶対的に不利であるという事実は変わらない。
だが、あくまでも不利。勝機は零ではない。
インクルシオの鎧は確かに凶悪で強力だ。
しかし、
エスデスや
キング・ブラッドレイをはじめとする度重なる激戦を潜り抜け、且つそれ以上にシコウテイザーの攻撃を何度も受けたのだ。
その外装は、胸元や肩など、ところどころから崩壊が始まり欠片が落ちつつある。
流石の化け物鎧も、短時間で吸収できるダメージを越えているようだ。
あの分なら、めげずに攻撃を当て続ければやがて崩壊させられるかもしれない。
それに、話を聞くところによれば、あの鎧は長時間の使用は不可能らしい。
持久戦に持ち込めば勝率はあがるだろうが、果たしていまの自分にそれが出来るだろうか。
いや。それは厳しい。
なんせ自分も承太郎を始めとした連戦の疲労と怪我は完治しておらず、"あいつ"との戦いやエルフ耳に負わされた怪我、そして広川に撃たれた傷にお父様からの攻撃のぶんもある。
正直、いまここに立っているだけでも奇跡のようなものだ。
もしもアドレナリンが切れたらと想像するだけでも怖気が走る。
それでも、
足立透に降伏の二文字は無い。
自分にもマガツイザナギだけでなく新たな力『イザナギ』がある。
あの気に入らない影がチラつくのは癪だが、使い心地は悪くない。
『マガツイザナギ』と『イザナギ』。
この2つを使いこなせば必ず勝率は上がる筈だ。
(なにより、あのガキは気に入らない...絶対に殺してやる)
それは、足立の不運の発端である魔法少女というだけでなく。
かといって、『奴』のように明確な恨みや敵対心がある訳でもなく。
ただただ気に入らないのだ。
屑のくせに、子供の癖に一端の大人みたいに口をきいてくるこのガキが。
その口を塞げるのなら、なんだってやってやる。
「いい加減に死ぬのはあんたの方だクソヤロウ!」
佐倉杏子からしても、この戦いは有利とは言い難い。
確かにインクルシオは強力だ。崩壊が始まっているのを考慮しても、未だにこれだけ動けるのだから大した問題ではない。
最大の敵は時間である。
それはインクルシオによる浸食のみではない。
ソウルジェムの濁り、魔法少女としての寿命である。
グリーフシードは全て使い切った。
もはやあと数回魔法を使えば完全に濁り切ってしまうのは目に見えている。
せっかく思いだせたロッソ・ファンタズマも、使える魔力が無ければ意味を為さない。
かといって、下手に焦ったところで相手の思うつぼ。
ペルソナ・マガツイザナギは決して楽な相手ではない。
少なくとも、最初に戦った
空条承太郎のスタンド『星の白銀』とほぼ同等の総合力のスペックを有している。
狙うは短期決戦、しかし勢い任せで攻めることはできない。
着実に、無駄なく攻めきらなければ勝機は薄い。
マガツイザナギの剣と杏子の槍が交叉する。
拮抗は一瞬。
マガツイザナギが徐々に後退していく。
そこには技術や理屈などは介在しない。
単純な力押し。
ただそれだけで、人智を超えた力であるペルソナが人間体に押されているのだ。
杏子は地を蹴り、槍を支点に宙返りする。
落下地点は、マガツイザナギの背後の足立。
彼の頭を踏みつぶすべく、勢いのままに踵落としを放つ。
流石にアレを生身でまともに食らって生き延びれる気はしない。
足立が反射的に横っ跳びで離れれば、その後にできるのは小さなクレーター。
衝撃で飛び散る砂塵と小石が足立の目に入り、数秒だが視界を奪う。
その隙を突き、杏子は跳びかからんとするも、それを防ぐのはマガツイザナギの腕。
偶然だった。
視界を塞がれた足立は、ここで追撃をされてはたまったものではないと、マガツイザナギを我武者羅に暴れさせた。
それで杏子が警戒して止まってくれれば儲けもの、程度に考えていた。
だが、杏子の追撃は彼の想定よりも早かった。彼女は、足立の視界が塞がるのを織り込み済みで地面を砕いていたのである。
その早さがかえって致命的であり、杏子が地面を蹴った瞬間、マガツイザナギの腕が横なぎに振るわれたのだ。
偶然が重なり起きたのがこのラリアット。ダメージこそはないものの、跳躍した瞬間に出鼻をくじかれた杏子の身体は地に落ちる。
目を擦り、視界を晴らした足立は倒れた杏子に向けてマガツイザナギの剣を振り下ろさせる。
それを槍で受け止め、仰向けの体勢のまま放たれた杏子の前蹴りがマガツイザナギの腹部に当たる。
そう。当てただけだ。だが、それだけでもダメージは本体の足立へと伝わり動きを鈍らせる。
舌打ちと共にマガツイザナギを己のもとへと戻し、追撃を中断する。
仕切り直しだ。再び、杏子の槍とマガツイザナギの剣は交叉する。
またしてもマガツイザナギは押され後退していく。
(たしかあいつはこうやって...)
マガツイザナギの姿が掻き消え、鍔迫り合いの最中だった杏子の体勢が崩れる。
足立がタロットカードを握り潰し、再び現れるのは白の巨人。
イザナギ。マガツイザナギと対を為す新たな力だ。
姿かたちは同一であれど、その性質は異なる。
長所や短所―――勿論、保有する能力も。
「それがどうした!!」
それも、単純なパワーの前には意味を為さない。
もしも相手が
御坂美琴や黒であれば、マガツイザナギには不十分であるイザナギの電撃耐性を存分に発揮できただろう。
エドワード・エルリックや
エンブリヲのような特殊技能を主とする者であれば性質の違いも上手く活かせただろう。
だが、インクルシオは電撃や氷などの異能を取り込み進化しているものの、あくまでもその主体となるのは打撃。
同じ経験値を踏んでいるという条件の上では、純粋なパワーと耐久力に関してイザナギもマガツイザナギもほとんど変わらず、むしろマガツイザナギの方が上である。
杏子は眼前に現れたイザナギの顔面を殴り飛ばし、その衝撃は足立にもダメージとして伝わり脳を揺らす。
足立は忌々しげに魔法少女を睨みつけ、使えねえな、と内心で毒づきつつペルソナをマガツイザナギにチェンジする。
せっかくの新たな力ではあるが、戦局を変えることが叶わないならば、あの気に入らない影が纏わりつくイザナギよりも、使い慣れているこちらの方がまだマシだ。
「クッソ、死にぞこないの癖に...!」
やはり単純な力勝負では分が悪い。
搦め手を使い精神を揺さぶるのが一番なのだが、相手は思ったよりも冷静だ。
既に彼女を幾度も煽ったが、効き目はかなり薄い。
タチの悪いことに自分の非を認めた上で開き直っているのだ。
これでは戦況を有利には運べない。
だったら。
「なあ、
エンブリヲに集められる前、お前は俺を殺したいから、仇を取りたいから残ったって言ったよな」
「言ったよ。それがどうした」
「わからないなぁ...お前が俺にそこまで執着するのがさぁ」
周りの壁から崩していくだけだ。
「お前はあのガキ共を友達って言ったよな。けど、お前からしてみれば、最初はあいつらを見捨てて生き延びてもいいって程度の関係だったんだろ?殺し合いに乗ってたんだから否定できるはずもない」
マガツイザナギが剣を振るい、杏子は槍で防ぐ。
だが、そこから押し合うのはでなく、すぐに離れてマハジオダインを交えつつ再び刃を振るう。
ヒット&アウェイ。
純粋なパワー勝負で分が悪ければ、手数で勝負だ。
「少なくとも、俺が知ってる中ではオトモダチって単語を口にした奴らは、最初からオトモダチを殺そうって考えてた奴はいなかった。
鹿目まどかにイリヤに
高坂穂乃果、あんなことしでかした
島村卯月にしたってそうさ。そいつらは最初は金髪チビみたいに殺し合いに乗らなかった。互いに見捨てられられないほど深い付き合いですーとか思ってたんだろうねェ」
本当の真実なんて知らない。彼女達は、実は最初から他者を殺しての優勝を狙っていたのかもしれない。
そんなことはどうでもいい。捏造を交えてでも、矛盾が生じていても、それが相手に響けばそれだけで意味を為す。
それらしい事実を悪意を込めて口にして相手が動揺すれば、それだけで糾弾は成立する。言ったもん勝ちと言う奴だ。
「だからなんだ。最初から乗ってたあたしは屑だって言いたいのか?」
なにを今さら、ソイツはさっきお前から既に聞いていると云わんばかりに杏子は鼻であしらう。
何度も聞かされたことでイチイチ動揺できるほど純粋ではないし、かけられた言葉を素直に受け入れられるほどできた人間じゃない。
それを自覚しているしそれでいいと思っているから、戯言だと平然としていられる。
足立もまたそんなことで腹を立て激昂するような真似はしない。
その余裕ぶったツラが崩れるのが楽しみだ―――そんな想いで、再び口を開く。
「ああ、別にお前の気分が変わってチビの側にまわったことはどうでもいいんだよ。気分ひとつで言動が180度変わることはいくらでもあるし。ただ、そんな程度の付き合いなら、お前が仇を討とうとしてる奴らにそこまでする価値はあるのかなってこと」
対象は彼女ではない。彼女の目的である敵討ちだ。
その根幹さえ揺らいでしまえば、彼女の精神も揺さぶりやすくなる。
「さっき、魔法少女は皆の笑顔のために戦う、俺のようなクソみたいな存在じゃないって言ったよな。確かに一面だけを見てたらそう言えるかもしれない。けどさ、本性をしってもまだそんな甘いこと言えると思う?」
「...どういうことだ」
(ノッてきた。やっぱりこいつにつけこむには他人を利用する方が効果的みたいだ)
足立の口元は愉悦に歪む。
「まどかちゃんは人を殺したよ。
暁美ほむらも殺人の経験はあるって自白した」
彼女達の末路は聞かせていても、彼女達自身の罪は伝えていない。
殺人―――如何な場合においても聞かされれば嫌悪を抱く、紛れもない罪状だ。
凄惨な遺体に変えられた彼女達だが、殺人を犯したと知れば同情心は薄くなる。
さあ、仇をとりたかった彼女達が汚れていると知ったら、拭えぬ罪を犯した罪人だと知ったら、
佐倉杏子はどんな顔を晒すだろうか?
「まどかのことは知ってるよ。アヌビスから聞いてる。ほむらも、まあ、あいつならやってるだろうな」
―――開き直りやがった。どんだけ屑だコイツ。お友達だから多少のことは目を瞑りましょうってか?穂乃果ちゃんに聞かせたら間違いなく銃弾が飛ぶだろう。
足立は多少苛立ちもしたが、ここでこちらがブレては意味がないと気を取り直し言葉を紡ぐ。
「あっそう...まあいいや、俺が言いたいのはそこじゃない。俺からみたら、最初のまどかちゃんの印象は、お人好しで優しそうな子だった。お前の言ってた『皆の笑顔のために戦う』番組の主人公みたいな子だと思ったよ。お前もそうだったんじゃない?」
杏子の返答はない。その反応が、暗に足立の言葉を肯定している。
厳密に言えば、杏子の時間軸のまどかは魔法少女になっていなかった為、笑顔の為に戦う主人公ではないものの、彼女に悪い印象は抱いてはいないのは確かだ。
「そんな子だったらさ、自分を殺しかけた相手でも笑って赦して受け入れてくれるはずだよね。特に操られての行動ならしょうがないかで済ませられるはずだよね?」
自分で言っておいて気持ち悪いと思う。
相手にどんな思惑があるにせよ、どんな状態にせよやられた方からしたらたまったもんじゃない。
そんなこと出来る奴がいたら、それは最早人間じゃなく神様仏様の領域かキチガイかというレベルだ。
足立の脳裏にそんなことをやってのけそうなあの少年の影がよぎるが、それを即座に振り払う。
「けど、あの子はそうじゃなかった。自分を殺そうとした奴が怖かったから逆に殺したんだ」
一度殺されそうになったから殺してしまった。
普通のことだ。こんな状況でなくても有り得て然るべきだ。
けれど、友達に幻想を抱いている奴に見せつければ拒絶されることでもある。
むしろ、普段が温厚な者がそれを犯せば幻滅する度合は桁外れに高くなる。
「そうさ。どんな綺麗ごとを吐こうが、結局、追い詰められれば自分を優先する。俺だって、元の世界だったら街の治安を守る刑事だし、この力を持ってても積極的に犯罪を犯すことはない。ピンポンダッシュすらしないと思うよ?
けど殺し合わなきゃ生き残れないから自分を優先する。俺も彼女も変わらないさ。お前の言ってたクソみたいな存在に仇だのなんだの義理立てする必要ないんじゃない?」
ケタケタと足立の嗤い声が木霊する。
どうだ、お前のお友達の本性を知った気持ちは。
信じられないか?納得できないか?腹が立ったか?失望したか?ソイツを知って、敵討ちなんて偽善も揺らいだか?
そりゃそうさ。他人の醜い部分や駄目な部分、そんなものを好きになれるはずもないのだから。
チラリ、と杏子の顔へと見下すように視線を向ける。
さて、このガキはどんな表情をしているか
「馬鹿かあんた。なにを言い出すかと思えば...死にたくないなんて当たり前だろうが」
先刻までの激情はどこへやら。彼女は呆れ返っていた。
まどかはそんな奴じゃねえ!と怒るのでなければ、あいつはそんな奴だったのかと失望するのではなく。
そんなことをダシにしようとしている足立への呆れの感情を醸し出していた。
「死ぬのが怖くないとか、死んだこともない癖にそんなこと本気で思ってる奴がいたらイの一番にブッ飛ばしてやりたいね。お前、何様だよって」
杏子の脳裏に平然と言って退けるであろうあの元・ゲームマスターの顔がよぎり、やっぱりあいつは気に入らないし一度ブチのめしたいと思いつつ続ける。
「だってそうだろ。自分が死んだらどこに行くのか、後のことはどうなるか、遺された奴はどうなるか...考えただけでも嫌になる」
杏子の父が自分を残して心中した時、彼女はこれまでにないほど絶望した。
飢餓で飢え死にしそうになりそうだった毎日よりも、父に悪魔だの魔女だのと罵られた時よりも。
家族という繋がりを突如絶たれた彼女は気が狂う寸前だった。
もしも
巴マミという存在がいなければ、魔法が使えなくなるだけでは済まなかっただろう。
この殺し合いに連れてこられる前、また殺し合いでの放送で
巴マミが死んだと聞かされた時はなんとも言えない虚無感に襲われた。
これ以上大切な者を傷付けたくないと袂を別った所為なのか。
どうして差し出された手を素直にとれなかったのか。彼女はどのように死んでしまったのか。今際の期に彼女は自分を恨んだのか。
とめどない疑問と後悔に襲われた。
あんな想いは自分の家族や友人には絶対に味わわせたくはない。
好んで味わわせたいと思う奴がいるのなら、それはただの人格破綻者だ。
「それを目を背けるにせよ考えた上で言うにせよ、それはそいつが強がってるか考えるのを放棄してるだけだ。
誰かを庇って死んじまったバカ共もいるが、あたしにはそいつらがハナから死んでもいいと思ってたとは思えない。
ただ状況的に覚悟するしかなくなったってだけさ。少しでも繋がりがあれば、死ぬのが嫌なのは当然なんだよ。ほんとになにもないなら恐くないなんて戯言も吹けるんだろうけどな」
他者を護るためにその命を燃やしつくした
巴マミも。
己の死を受け入れ最期まで飄々とした態度を崩すことなく食われたノーベンバーも。
最期に杏子を庇って雷撃にのまれたアヴドゥルも。
杏子を逃がすためにあの
DIO相手に一人で残ったジョセフも。
皆を守るためにその身を捧げたサファイアやセリムも。
別れた途端に死んでいった
ウェイブと
田村玲子も。
雪乃から聞かされた
泉新一や
アカメたちも。
彼らは決して己の死になんの拒否感も持っていなかった訳ではないはずだ。
ただ、何も残さず死ぬよりはマシだから誰かを守ることを選び、それなりに満足して逝けた。
少なくとも杏子はそう思っている。そうであって欲しいと思っている。
「あんたもやたらと生きるのに必死だけどさ、なにかそういう繋がりがあるんじゃないのか?そんなもんあろうがなかろうが殺すけど」
繋がり―――その言葉を聞いた瞬間、湯沸かし器のように足立の顔に激昂の色が浮かぶ。
知ったような口を聞くんじゃねえよ、クソガキが!
そう叫びたがる喉元をどうにか抑え、どうにか感情を抑制する。
これだから達観したように気取っているガキは嫌いだ。
こっちの言う事なんざ聞き入れずに自分は間違ってないといわんばかりに主張する。
根拠なんてない癖に、事実を無視してでも自信ありげに平然と謳う。
ウザったくて仕方ないよ。
繋がり―――そんなもんあったら、こんな苦労はしてないんだよ。
「...面白いこというね、きみ。けどさ、結局あの子と俺が変わらないのを否定できてないよね」
「まどかもあんたも同じ動機の人殺し。そいつは間違ってないのかもしれない。だったら、あとは好みの問題だ。
これまで見てきた上で、あたしはそれでもまどかの方があんたよりイイ奴だと思ってるし、あんたのことはあいつらの仇云々を抜いても大嫌いだ。これ以上にあんたを殺す理由はいらないだろ」
なんとも自分勝手な言いぐさだろう。
自己中を通り越して傲慢すら感じ取れる。
「ウザッてぇ...ここまで話が通じないのは後藤や
エスデス以来だ、よ!!」
マガツイザナギが電撃を乗せて剣を振るい、鎧の上から叩きつけて杏子を吹き飛ばす。
おまけだと云わんばかりに、掌をかざしマハジオダインを撃ち放つ。
がっ、と杏子の悲鳴が漏れるが、その鎧自体を崩壊させるには至らず杏子もまた健在だ。
無傷とはいかず、眩暈がするも、追撃するマガツイザナギの剣を槍で防ぐ程度にはダメージは軽減されている。
すかさず杏子は反撃に出る。
手にした槍が、ガキンという金属音と共に多節棍と化し、その柄と穂先が蛇の如く足立へと襲い掛かる。
槍をマガツイザナギで防御するも、残された柄を止める術は無く、生身の足立の腹部に減り込んだ。
込み上げる異物をたまらず吐きだし、追撃をかけようとする杏子へとマガツイザナギで牽制をかけその隙に激しく咳き込んだ。
(焦ってるな、足立のやつ)
兜を掌で軽く叩きブレる視界を調整しつつ、杏子は足立の心理を推測する。
先程、彼は後藤と
エスデスの名を出した。
この二名とは杏子も遭遇しているし両者に碌な思い出がない。
そんな彼らを悪印象の引き合いに出したのだ。いまの状況にさぞ苛立っているのだろう。
好都合だ。焦れば焦る程、杏子の勝率はグンと跳ね上がる。
そしてそれは足立もよく自覚している。
できれば早めにケリを着けたいとは思ってはいるが、兆発にのって隙を作れば思うつぼだ。
だが、まともにやり合えばやはり絶対的に不利。あの死に体を支えている精神を折らなければ戦況は覆せない。
相手の言葉や仕草から探り出す―――まるで探偵気取りのあのガキ共のようだ、と流れかける悪態の念を抑える。
降り注ぐ槍を、拳を、蹴りでマガツイザナギで必死に捌きつつ思考をまわす。
だが、全てを捌ききれず、マガツイザナギに蓄積されていくダメージは本体である足立の思考力を奪っていく。
そしてついには杏子の拳がマガツイザナギの頭部を捉え、そのダメージが本体の足立の脳すら揺らす。
―――
空条承太郎。ヒースクリフ。コンサートホール。
意識が飛び、とりとめのない単語が脳内を駆け巡る。
自分が見聞きした単語が。名前が。モノを選ばず、本来なら意識の外にまで追いやっているものまでが引きずり出される。
―――グリーフシード。ソウルジェム。
鳴上悠。エルフ耳。怪物。
『魔法少女ってのは自らの願いを叶えて、皆の笑顔のために戦うんだ。お前が言うような――クソみたいな存在じゃない』
単語に重なるかのように、今度は先程の杏子の台詞が再生されていく。
『お前にもう一つだけ教えてやる。あたし達、魔法少女ってのは――目先の欲に本質を見失って、自分の魂を地獄の閻魔大王様に売り飛ばした奴等のことさ!』
まるでパズルのピースのように、空白の台座へと単語と言葉が重なっていく。
『どんな悲劇が待っていようと、それは自分が馬鹿だったから仕方ないんだ。夜になると絶望の未来に何度も泣いてたよ。その度にもう何も怖くないからって自分に言い聞かせた』
重なる欠片が導く道はひとつ。
『そして、頼れる魔法少女の先輩があたしから離れて、殺し合いでも、どんどん皆が離れて自分だけが残った。ははっ、もう少しで皆の元へ行けそうだ――その前に、お前を倒すっていう役目を果たしてからな!!』
佐倉杏子は、魔法少女を否定しきれていない。むしろ、苦難や悲劇を耐えてでも戦おうとする程度には誇りを持っている。精神の支えとしている。
自分はクズでも、他の奴は違う。頼れる先輩とやらのように、尊敬すべき魔法少女もいる、と。
だがそれがわかったところでどうしようもない。
足立は杏子のことをほとんど知らない。
そんな男の言葉を聞いたところで彼女には薄っぺらの世迷言にしか聞こえない。
―――否。
足立の脳裏は晴れ渡り、歪んだ笑みさえ浮きあがる。
あるじゃないか。魔法少女を否定できる、自分しか知らない最悪の材料が。
もし彼女がそれを知っていれば、あんなことを口にできる筈もない。
マガツイザナギが杏子の頭部を掴み、叩き付けるように後方へと放り投げる。
鎧に身を包まれているためダメージは軽減できるものの、衝撃は感じる上に脳が揺れるために視覚も麻痺する。
それを踏まえた上でも尚、先のやり取りではマガツイザナギが受けたダメージ総量が遙かに上回っている。
もう一度攻めたてられれば確実に疲労とダメージで足立は死ぬ。
だというのに、彼の笑みは崩れていなかった。
眼前の怨敵を否定できるというのだから当然だ。
(お前が『魔法少女』である限り、お前はなにがあっても折れないんだろ。そいつは痛いほどわかったよ。だからさ)
殺してやる。お前が抱いてる魔法少女の幻想を。
「...なあ、魔法少女ってのはさ、魔女と戦ってグリーフシードを手に入れて、ソイツで『皆の笑顔のために戦う』んだろ?まどかちゃんから聞いたよ」
「チッ、アイツ余計なことを」
「だったら、その『みんな』を食いものにしてるのはどこのどいつなんだろうねぇ」
愉快気に語りはじめる足立に、杏子は怪訝な表情を浮かべる。
この期に及んで、追撃すらせずにまたなにを語りはじめるというのだろうか。
面倒は御免だ。そんな思いと共に、杏子は地を踏みしめる足に力を込め
思いがけぬ名前に、つい足が止まる。
あいつの最期はエドから大まかに聞いている。そこには
足立透の名はなかった。
あいつとなにも関係のないこの男がなにを語るというのか。
「ソイツさ、エルフ耳のやつ...って言ってもわからないか。とにかくゲームに乗った奴だよ。ソイツと敵対して、エルフ耳はその子を殺せる機会があったにも関わらず見逃した。なんでだと思う?」
「...さやかがゲームに乗ったから、だろ」
「違うね。少なくとも、表向きだけは悠k...脱出派の奴が助けたいと思う程度には大人しくしていたらしいし、エルフ耳も、完全に乗った側とはみなしてなかったみたいだよ。けど、あいつは見逃した...なんでだと思う?」
「なにが言いたいんだテメェは」
その言葉を待っていたといわんばかりに足立の口端が釣りあがる。
「答えは簡単さ。ソイツは化け物になったから、自分が手を出さなくても勝手に場を荒らしまわる。そう判断してあいつは見逃したんだ。ここまで言えばもうわかるよね?」
化け物に、なった。
目を見開き、つい口に出してしまう。
彼女もインクルシオを使ったというのか。いや、インクルシオもそれに類するグランシャリオも
DIOとの戦いで揃っており、流石に同じような鎧が三つも存在するとは考えにくい。
それとも、足立が適当なホラを吹いている?可能性は高い。そのエルフ耳とやらが勘違いしていた可能性もある。
だが、わざわざ『化け物になる』などという突拍子もない嘘を吐くだろうか。ゲームに乗った男が、化け物になったなどと勘違いして敵対している
美樹さやかを放置するなどあり得るのだろうか。
そもそもだ。そんなことエドワードに聞けば真偽は分かるというのに、嘘を吐く意味がない。
実際に彼はさやかと一時的に行動を共にしたのだから、間違いない。
―――そのエドが、さやかが化け物になったことを伝えなかったのは何故だ?
時間が無かったから。これが恐らく正解だ。
一度お父様のもとから帰還した時も、両手足を失った御坂の治療やお父様の倒し方を考えることに時間を割いていたため、さやかのことは大まかにしか話せなかったし、杏子自身全てが終わってからじっくりと聞けばいいと思っていた。
だがその根底に。
いま杏子が知れば精神的に負担がかかると容易に察せる出来事があれば。
それを知らされれば、平気でいられるはずもないと思えるほどの残酷な真実があったとすれば。
その答えは―――
「魔法『少女』が大人になれば魔『女』になる...なんの捻りもない。文字通り、そのまんまじゃん。こんな単純なことになんで気付かないのかねェ!
なぁにがみんなの笑顔を守るーお前みたいなクソのような存在とは違いますーだ、テメエらさえいなけりゃ世界はもっと平和なんじゃねえか!」
杏子の理解した答えを足立は意気揚揚に放つ。
それが、まるでどこかで聞いた覚えのある忘れてしまった声に重なり、ぐにゃり、と視界が歪むような錯覚を覚えた。
「普段は正義面してるぶん余計にタチが悪い...そんなこと知りませんでしたなんて通用しないよ。お前らが無責任に余計なことをするから人々に禍いをもたらし犠牲者が出ている...その事実は変わらない」
聞く者が聞けばどの口が言うのやらと呆れ果てるだろうが、そんなことは足立の知ったことじゃない。
やはり魔法少女は自分と同じかそれ以上のクズである。その認識さえ植え付ければ、杏子を杏子たらしめる魔法少女像は崩れ去る。
「自分達でバケモノ生み出しといてソイツを狩って自己満足のヒーローショー。いやー素晴らしい自作自演だねえ。僕が観客なら上手にできましたって花丸あげたいくらいだ。付き合わされる側からしたらたまったもんじゃないよ、まったくさぁ」
小馬鹿にする拍手ももう杏子には届かない。
「お前がとびぬけてクソなのは間違いないけど、そもそも魔法少女の存在自体がクソなんだよ。お前がこのまま俺に勝ったところでもうどうしようもない。
魔女になったお前は生き残ってる奴らも殺すんだ。だったら、もうここで終わっときなよ。その方があいつらの為になる」
杏子の返答はない。
けらけらと足立のせせら笑う声のみが空気を支配している。
(あ...)
ごぽり、とソウルジェムが濁っていくのを実感する。
杏子のこれまでの戦いも、かつての夢も、家族を失った惨劇も。
全てがあの白い獣の掌の上だった、と理解してしまった。
あの獣の存在は、殺し合いには関係の無いことだ。
だが、彼女には失った家族を、過去は過去だと割り切れるほど利口ではない。
(これヤバ―――)
絶望に浸る間もなく。
杏子へと向けてマガツイザナギはこれでもかと剣を振るい、打ちのめし、弾き飛ばす。
切断には至らずとも、杏子の身体はその衝撃に打ちのめされ痛めつけられていく。
(なんでこいつは―――)
絶望の最中、浮かんだ疑念に答える声などある筈も無く。
弾き飛ばされた杏子へと降り注ぐ雷撃はその衝撃により地に穴を穿ち土煙を舞い上げた。
「...まあ、まだ死なないよな魔法少女(お前ら)は」
煙が晴れ、ゆらりと立ち上がる一つの影。
やはりしぶとさでいえば、残る参加者でもピカイチだ。
だがそれも長くは続かないだろう。
インクルシオの鎧が解除され、己の血と竜の鱗に包まれた身体が露わになる。
先程までマガツイザナギを圧していた力は感じられない。
自分が近い内に化け物になると知らされたのだから当然だろう。
(真実と向き合う、ね)
足立は幾度も聞かされた言葉を思い返す。
"あいつ"は言った。
目を背けるな、罪を償え、真実と向き合えと。
"あいつ"の言う通り、それが出来ればそれにこしたことはないのだろう。
だが、現実は甘くない。
犯した罪と向き合うことに、万人が耐えられると言うのならそれはとんだ理想の押しつけだ。
"あいつ"が平然と真実と向き合えなんて言えるのは、あいつがたまたま罪を犯していなかったからだ。
たまたま"友達"が大勢いたからだ。
だから、ひとつでも罪を背負った上で真実に耐えられるなんてものは戯言だということに気が付けない。
目の前の少女なんていい例だろう。
魔法少女という怪物であり幾多の戦いを重ねてきた彼女ですら、知りたくもない真実と向き合わされればこうも脆くなる。
大なり小なりの倫理観を持ち合わせていれば、一人では耐えられないのが当然なのだ。
"あいつ"は勘違いしている。
仮にまともな奴が罪を背負い耐えられたとしても、それは真実と向き合っていることを意味しない。
もしもこの場に
エドワード・エルリックがいれば、過ぎた力の対価であることを認めさせつつ魔女にならないよう考えを巡らせるだろう。
タスクがいれば、真っ直ぐな言葉で慰めただろう。
雪ノ下雪乃がいれば、毒舌を交えた激励の言葉をかけ奮起させるだろう。
黒がいれば、俺の見てきたお前はそんな存在じゃない、お前はお前だと甘い言葉をかけただろう。
果たして、それが真実と、犯した罪と向き合うということなのか。
都合のいい幻想妄想を仄めかし、罪悪感を緩和させ、本当の重さや重大さを誤魔化して尚、それが真実だと言い切れるのか。
だとすればとんだ茶番劇だ。
結局、罪を犯した本人は自分の力で向き合おうとしている訳じゃない。
絆という抽象的なモノに縋り自分の負担を軽くしているだけだ。
彼らも彼らで自分が傷つきたくないから、自分が見捨てたという罪悪感から逃げたいから、そんな傷の舐めあいにはしることになる。
そんなもの、見ているだけで怖気が走る。
それを正しいと認める世界がどうしようもなく空虚なものに見えてしまう。
改めて思う。
やはり自分の選択肢は間違っていない。
元の世界に帰り罪を認め、刑務所のブタ箱の中で空しく生きるくらいなら、ここで優勝し、善も悪も法律もなにも考えなくていい世界―――全人類がシャドウの世界になってしまった方がいい。
まずはこのガキからその足がかりにしてやる。
足立がチラリと杏子に視線を移せば、彼女は赤く染まった手で口元を抑えている。
(あまりのショックで言葉も出ねえってやつか?いい気味だ)
「ククッ」
思わず漏れる笑い声。出所は足立ではなく杏子からだ。
「ハハッ...は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は ッ!」
訝しむ足立を余所に杏子は腹を抱えてゲラゲラと笑い転げ始める。
その壊れた人形のような彼女に、ついに頭がおかしくなったかと足立は軽く引き始めた。
眼尻に浮かんだ涙を人差し指で拭いつつ、杏子は折りたたんだ背中を伸ばし足立へと向き合う。
「ゲホッ、ハハッ...やっぱ馬鹿だろあんた。あたしを笑い殺したかったんなら大成功だ」
「あ?」
「こんなもん笑わずにいられるか。あたしを煽りたいがために墓穴掘りやがって。いまの発言であんた自爆してんだよ」
さも愉快気に嗤う杏子の言葉に、足立のこめかみがピクピクと動き出す。
「自爆?なにが言いたいんだよ」
「あたしがそろそろ魔女になる?結構なことじゃないか、お望みなら今すぐにでも魔力を使い果たしてなってやる。
けど、そんとき一番困るのは誰だ?魔女になったあたしの一番近くにいるのは、どこのどいつだ?」
魔女に自我が無いのなら、わざわざ眼前の得物を逃がして他の参加者のもとへ向かうはずもない。
自我があれば、標的は変わらず、むしろ1人に絞られる。それは自明の理である。
「仮に魔女に勝てたとしても、更にズタボロになったあんたが誰に勝てる?御坂や
エンブリヲは勿論、黒や
タスクは必ずあんたを殺す。雪ノ下だってアヌビスに任せて今度こそは殺すかもしれないし、ここまできたらエドの奴も止められないだろうさ。
それに比べて、あたしには魔女になってもチャンスが残ってる。さやかを助けたのはエドだ。なら、あたしが魔女になろうがあいつさえ生きてれば元に戻れる可能性は高いんだ。なぁ、ここまで言えばわかるだろ?」
先程のやり取りをそのまま返すかのように嗤う杏子に、足立はまるで自分の鏡を見せられているような錯覚を覚える。
何故だ。なぜ自分の人生の半分程度しか生きていないガキに自分の影がよぎるのか。
そんな彼にお構いなしに彼女は続ける。
「もしもあたしが魔女になることを知らないままだったら、魔力の調整で攻め方も限られて、終いにはヤケクソの特攻に頼るしかなくなっていたかもしれない。そうなりゃあんたの勝ち目の方が高かったさ。
もっと楽にあたしを殺せて、身体休めたら漁夫の利で残った奴らを斃す...そんなこともできたのになぁ。可愛そうになぁ、あんた、せっかくのチャンスを自らドブに捨てたんだよバァァァァァァァカ!!!」
『自分で道を切り開けもしない雑魚ってことさ』
杏子の言葉に、
空条承太郎の声が重なった。
持っているものだけが言える、こちらを見下すようなあの言葉が。
「クソガキが、死んでまで追いかけてくるんじゃねえよ!!」
「なんだ、ビビリすぎて幻聴まで聞こえたのか?ははっ...見なよ、お喋りしてる間にもうこんなになっちまった。いやあ、元に戻してもらった時にあんたがどんな不様な死体を晒してるか楽しみだ」
押さえていた胸元から手を離し露わになるソウルジェム。
その色は専門職でない足立ですらこれ以上濁りようがないと一目で判断できるほどおぞましくドス黒かった。
あれはもう浄化も効きそうにない。インクルシオを解除したあたり、全てが限界なのだろう。つまり―――
目の前にタイマー式の時限爆弾が置かれたこの状況に、足立の背にドッと冷や汗が溢れだす。
「させ、るかよぉ!」
足立はマガツイザナギごと突進し杏子との距離を急速に詰める。
あれが魔女に孵化すれば終わりだ。
ただでさえ不利な状況が完全に詰みになる。
もしもマハジオダインを放って躱され、挙句の果てに身を隠されれば終わりだ。
確実に、接近戦で仕留めるしかない。
(魔女になる前に殺してやる!)
足立の意図を察した杏子は、手持ちのデイバックを足立へと向かって投げつける。
足立もまた、ほぼ同時にデイバックを投げつけ応戦。
杏子には相手を確実に殺せる切り札をきれるそのチャンスを作る時間が欲しく。足立には相手を殺せる時間が惜しかったのだ。
その認識の偶然が、デイバック同士の衝突を生み出した。
互いの中身が零れ散り宙を舞う。
落下する物が互いの視界を微かな時間支配し、晴らしていく。
スローモーションのようにも見えるその一瞬。
「これで、終わりだァ!!」
視界を塞いだ最後の障害物をその手に納め、先に動きに生を取り戻したのは
足立透。
間合いに足を踏み入れたマガツイザナギは、剣を握りしめ袈裟懸けに振り下ろす。
迫る剣を、魔力を使い果たしている杏子に避ける術はない。
目を瞑る。避ける必要などない。
その痛みも、なにもかもを全て受け入れる。
斬られることなどないのだから。
袈裟懸けに振り下ろされた刀は、しかし肩に僅かに食い込むだけに留まる。
有り得ない。インクルシオは纏っておらず、ソウルジェムも濁り切っているため魔法もロクに使えないというのに、なぜ剣が進まない。
―――駄目じゃないか。道化の言葉なんて信じたら。
言葉には出していない。
だが、足立には、杏子の口元がそう囁いたように見えた。
(まさか...!)
杏子の魔法は幻影である。
もしもソウルジェムを見せたあの時、濁りが溜まりきっているように幻で見せていたとしたら。
インクルシオは解除などしておらず、幻で解除したかのように見せつけていたとしたら。
いや、それよりもっと以前に。
背丈も声質も違う彼女を、口調を真似ただけで自分の影が重なるように見せつけていたとしたら。
「
エンブリヲに集められる前にあたしが言った言葉を覚えてるか?」
竜の鱗を覗かせる杏子の左腕がマガツイザナギの右腕を掴む。
離れようともがくマガツイザナギだが、杏子の力は微塵も揺らがない。
『アンタやっぱり気に入らないからさ...ここで殺すわ。本当にクッソうぜえ...』
(なんでこいつが気に入らないか、見ててわかったんだ)
バチバチと音を立て、雷が槍を、杏子の全身を覆う。
時間停止に氷。取込み進化した技は他にもあった。
マガツイザナギが電撃を操るのなら、耐性があるかもしれないという考えもあった。
だが、時間停止は足立にトドメをさせるほどの時間は止められず、氷もまた短時間でマガツイザナギを凍てつかせるほどには洗練されていない。
雷ならば。
それそのものは無効化されるかもしれない。
しかし、そこから生じる速さを有した突きならば。
それは何者をも穿つ最速の雷槍と化す。
(こいつはあたしと同じだ。あたしと同じ空っぽだ。だからなにかに依存しなくちゃやっていけないし、持ってる奴には嫉妬して正論ぶって煽ってでも噛みつき散らしたくなる)
この会場で出会った奴らは敵も味方もみんな違った。
ジョセフにノーベンバー、それにここまで生き残ってきた連中は自分の芯を持っていた。
後藤や
DIOに
エスデス、
エンブリヲのような理解及ばぬ危険な連中でさえ、譲らぬ芯は確かに持っていた。
答えを出すのに依存していたのは自分達だけだった。
幼いころ、自分は父の言葉を信奉し、それが正しいと決めつけて憚らなかった。
だから、間違ってるのは周りの奴らだ、父の言葉を聞けば彼が正しいと解ってくれるはずだ、と思いこんで魔法少女の契約を交わしてしまった。
父が壊れ家族に手をあげた時も、力づくで父を止めることもせず、自分が間違っているんだと己の殻に閉じこもった。
父に依存しきっていたからこそ、そんな選択をしてしまったのだ。
美樹さやかを気にかけていたのもそうだ。
他者のために戦おうとする彼女に声をかけたのは、きっと彼女のことを思ってなんかではなく。
彼女を自分のように生かすことで、自分の生き方を正しいものだと認識したかった。
結局、意地でも生き方を変えようとしなかった彼女へと以前のように噛みつきにいかなくなったのは、彼女に正しい答えを出して貰いたかった。
そんな想いも多分に含まれていたはずだ。
足立透も見た限りではそうだった。
他者に正解ばかり求めて、自分からはなにもしようとしない。
かと思えば、自分に有利な状況になった途端、その舌は扇風機のように回りだす。
自分に出来ないことをしてのける者に嫉妬染みた糾弾を空に放つ。
もしも、魔法少女の真実を知らされていなければ。
もしも、
美樹さやかが早々に『
正義の味方』を諦めていれば。
自分は
足立透のような周囲への嫉妬に生きる道化のままで満足していただろう。
世の中はクソだ。そんなわかりきっていることを口ずさみ勝手に落ちぶれた自分を慰めていたことだろう。
「あたしはなによりも、あんたが、あんたみたいな屑【じぶん】が気に入らないから殺すんだ」
目の前の男は壁であり過去の未来の自分だ。
もう二度と惨めで哀れなあの道化に戻らないために。
己の殺意と覚悟を持って、あいつと自分に引導を渡す。
膝を曲げ、槍を握りしめる。
魔力を。
命を。
魂を。
己の持つ全てを捧げ、あらんかぎりの力を振り絞り叫ぶ。
「魔法少女としてじゃねえ、魔法少女のルールなんぞに任せねえ!!『
佐倉杏子(あたし)』がこの手でぶち殺すって決めたんだよ!!!」
刹那。
雷光が奔り、槍が突きだされる。
刺突―――幾多の戦場で振るい洗練されてきた、
佐倉杏子の原初にして基本の技。
敵を屠るために、杏子自身の手で培われてきた経験値の結晶。
その初速にマガツイザナギは追いつけない。拘束された身では防御ひとつとれはしない。
槍は、マガツイザナギの腹部を破り、その身を宙に浮かす。
激痛に片膝を地に着ける足立とは対照的に、杏子は1歩を踏み出す。
一度踏み出せばなにをされようがもう止まらない。
マガツイザナギを串刺しにした槍は、瞬く間に後方の足立にまで迫り、その腹部へと突き刺さる。
胸元に走った衝撃に、悲鳴も、叫びも挙げる暇もない。
杏子が足立を刺したまま歩いた数はたったの5歩。
だがそれは余剰エネルギーで敵を吹き飛ばすには充分すぎる。
槍を手放せば、あまりの速さに足立とマガツイザナギごと光速で空を舞う。
まるで大砲のように道化師たちは飛ぶ。
ただの刺突からの投擲だ。技とはとても言えないものだが、もしも師が見ていたら『ティロ・ランツィア』とでも名付けていただろう。
槍は壁に突き刺さり叩きつけられ、衝撃と雷により壁に亀裂が走り、磔の刑の如き十字架の痕を刻んだ。
足立は衝撃で全身から血を噴出させ、吐血し、マガツイザナギにもノイズが奔りはじめる。
刺さった槍が消え失せ、重力に従い、うつ伏せに地に落ちた。
彼女の魂もまた、終わりを告げようとしている。
佐倉杏子のソウルジェムはいまやもう濁り切っていた。
魔法少女の魔女化。
あまりにも予想外だったそれを聞かされた杏子の精神は乱れに乱れた。
マガツイザナギに一方的に押されたのも演技などではない。
ソウルジェムの濁りは精神の動揺も影響を及ぼす。
ただでさえ万全ではなかったソウルジェムは、その濁りを更に増していった。
だが。
その傍らで思った。
嘲り笑うこの男は、魔女化した自分からどうやって逃げ切るつもりだったのかと。
策があるようには見えない。もしや、魔女化を伝えるリスクに気付いていなかったというのか。
魔女がどれほど厄介で恐ろしいモノかをわかっていないというのか。
その魔女についての認識の差異は、日ごろから魔女と戦い続けている杏子と、あくまでも『波乱を起こしてくれるかもしれない』という存在程度の伝聞でしか知らない足立との差があるのだが、それは詮無きこと。
濁り削られていく己の命と共に深まる絶望の中、杏子は確かに勝機を見出していた。
同時に、やがて訪れる破滅に気付かず高笑いする道化師がひどく滑稽に思え、呆れが絶望を塗りつぶした。
その影響で、精神は比較的安定し、ソウルジェムの濁りもひとまずは収まった。
とはいえ、魔法も何度も使えるほど魔力に余裕はない。
長期戦も望めそうにない。
ならばやるべきことはひとつ。
足立透をこの手で殺す。
そのためだけに、残り少ない魔力で彼を殺すために杏子は賭けた。
インクルシオを幻術で隠し、ソウルジェムを濁り切っているように見せるという、必要であるはずの魔力を徒に消費しうる可能性の高い方法で。
それも、足立が冷静さを失い不用意に接近させる条件を満たさなければならないという圧倒的に不利な条件を踏まえた上で。
一番に避けたいのは足立の逃亡だった。
仮に失敗し、魔女となってしまった時、その相手を誰かに押し付け無駄な消耗をさせてしまう。
これが彼女の考える中で最悪のパターンだった。
そのため、足立から冷静さを奪い、ただ怒らせるだけでなく、逃げるという選択肢も潰さなければならなかった。
煽る足立を逆に挑発した上で、囮をあたかも本命であるかのように振る舞い、接近戦で勝負をつけさせざるを得ない状況へと誘導した。
勿論、それも賭けだ。
足立が挑発を受けても尚冷静で様子見に徹していれば、杏子の幻覚によるささやかな違和感に気が付かれたかもしれない。
分の悪い賭けではあったが、成功する確率は高いと踏んでいた。
道化の考えは道化が一番知っている。
ならば、自分が一番冷静さを失う行為をしてやればいい。
結果、杏子は残り少ない魔力と引き換えに賭けの勝利を勝ち取った。
だが。
魔力切れよりも先に、杏子を死へと導くのは1発の弾丸だった。
互いのデイバックが衝突した時。
足立の視界を最後に遮り手に納めたモノの正体は、穂乃果が最期まで手放さなかった銃であった。
足立が膝を着いた瞬間、彼はなけなしの力を振り絞りその引き金を引き銃弾を放った。
それは奇跡か曲がりなりにも射撃を得意とするが故の結果か。
弾丸は確かにインクルシオから露出した杏子の魂へと掠り、その肉体に撃ちこまれた。
雷槍を止められこそはしなかったが、彼は最後の最後で確かにその命を削ったのだ。
(あー、こりゃ駄目だ)
魂が割れ往く音を聞きながら思う。
手間が省けた。
足立へと発破をかけるため、先程はエドに助けて貰えば万々歳だと言ったが、生憎彼や仲間たちに尻拭いをさせつつもりはなかった。
魔女になって暴れまわり、戦況を悪戯にかき乱し彼らが死ぬよりはマシな結末だろう。
(御坂、あんたとの決着は着けられなかったな。...言っておけばよかったな。自分本位だろうがなんだろうが、他人様の人生に干渉するとロクなことがないって。...ま、あいつら―――特に【あいつ】は全力でそれを邪魔してくるだろうから、やれるだけやってみるといいさ)
仮にあの電撃姫が、妖刀を、ゲームマスターを、神を、黒の死神を、不死身の騎士を葬ろうと、あの鋼の男は彼女を殴り飛ばすまで折れずに立ちはだかるだろう。
そんな光景を思い描き、【間違えてしまった者】の先輩として、彼女にもささやかな激を送る。
血だまりに沈む足立へと視線を移す。
あいつはあのまま放っておけば直に死ぬ。いまここの二人の死は他の参加者が互いの戦いを終えるまで誰にも伝わらない。
悪戯に戦況を揺るがすこともない。
そう理解したのか、杏子は己の魂が崩壊寸前にまで達しているにも関わらず、どこか満足げな表情を浮かべていた。
(エド、黒、猫、雪ノ下、アヌビス、
タスク...頑張れよ。あんたらといた時間、そこまで悪くは―――)
パキリ、と音が鳴る。
それを覆す奇跡を起こす物はなく、起こしてくれる者はいない。
そもそも。
奇跡とは極限状態に極稀に起こるものであり、それを引き起こすために同じように努めたところで同じ奇跡が起きる筈もない。
―――ドクン
それを意図的に引き起こそうとするのなら、奇跡を対価に魂を差し出す程度のことはやらなければつり合いがとれない。
だが、二人にはもはや差し出せるものはなく、差し出したものを受け取り奇跡を約束する者もいない。
―――ドクン
故に、これから起こることは全て奇跡の介入する余地さえ見当たらぬ必然の事象。
――― ド ク ン
彼らのこれまでを台無しにするかのような、悪夢(ナイトメア)の
幕開けだ。
最終更新:2017年12月17日 15:35