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夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB.




ソウルジェムが、静かに音を立ててひび割れていく。

あたしの視界には、もはや死にかけの道化師など映っていなかった。

今わの際に微睡むは、豪快な老人やステッキをはじめとするこの会場で出会った仲間たち、同郷の者たち、モモと母さん、そして敬愛した師。

そこに父さんの姿は無かった。一抹の寂しさと悲しさを覚えるが、しでかしたことを思えば妥当なのかもしれない。

師―――巴マミは労いの言葉をかけ手を伸ばしてきた。

お疲れ様、あとはあの人達に託しましょうと。

拒む理由なんてなかった。

あのふざけた殺し合いがこの手で崩壊するのを見届けたかった。
その想いは強いが、それは他の大多数の参加者たちも同じだ。
全てを終えてから宴会というのも、先に散った者達の夢の先にあったに違いない。

御坂とエドワード達の、タスクエンブリヲの決着の助力もしたかった。
だが、もうどうしようもないほどに燃料切れだ。
仮に運命を歪めて生き残ったとしてもそれは望まぬ結果を生むことになる。
奇跡がもたらすのは良いことではない。それは身に染みて理解しているのだ。

悔いがないとは言い切れないが、彼らの結末はあの世で見届けるとしよう。

微笑みすら浮かべつつ、差し出された手を握り返すように手を伸ばす。

「本当にそれでいいのかい?」

割って入ってきたのはあの飄々とした契約者だった。
思えば、このムカツク男との出逢いから全てが狂い、廻りまわって元のレールに戻ることができた。
ファーストコンタクトは最悪の一言で腹が立ってしょうがないものだったが...

「―――あっ」

マミの手へ触れる直前、あたしは思い出す。
まただ。また、この男に思い出させられてしまった。
その事実にやはり微かに苛立つが、その分感謝の想いもある。
まあ、差引で殴るのは1発だけにしておいてやろう。


「悪い、まだやり残してたことがあった」

伸ばした手を引っ込め、一言だけ詫びを入れる。
どうしたの、と微笑むマミに、照れくさそうに頬をかきつつ返す。

「や、そんな大層なことじゃないんだよ。ただ、放っとけないやつがいるんだ」



ドクン



―――か...



ドクン



―――たまるか...



ドクン



―――死ンで、たまるか...!!





ド ク ン






力が入らない。
元の世界で敗れた時の様に。この会場で承太郎達に追い立てられた時の様に。後藤に嬲られた時の様に。この会場で宿敵にマガツイザナギを斬られた時の様に。
ただ、違うのはその時は大半がペルソナを介したダメージであり、今回は生身である本体を刺されたということだ。
刃物で刺されれば死に至る。その常識は当然彼にも当てはまる。

自身にリンクするように、傍らではマガツイザナギもノイズを走らせ地にへたりこんでいた。

痛い。眠い。疲れた。しんどすぎ。

そんなどこぞの学生アイドルのような文句が脳内を占めている。

実際、自分はこのクソゲーの中でかなり頑張った方だと思う。
ペルソナが使えない状態且つクソ支給品から始まり、スタンド使いや魔法少女のトンチンカン集団に囲まれて。
ペルソナが使えるようになった途端、ひたすらに追い立てられて、巻き込まれて、謂れのない風評被害で追い立てられて、痛めつけられて、支給品も奪われて...
そんな中でキチガイ将軍様や巨大な変身モンスターたちより生き延びて、別の世界のとはいえ"アイツ"にリベンジできて。
そんで自称神様のホムンクルスとやらをどうにか倒して。このコンディションでチート魔法少女も倒せた。
出来過ぎだ。自分にここまで根性なんてスポ根染みたものが秘められていたとは思えなかった。

ただ、まあそれもここまでだ。
他の奴らの決着が着くまで意識すらもたないだろうし、全員が同士討ちなんて奇跡がある筈もない。
この様では残った一人にトドメを刺されておしまい。それに抗う気力もなにもない。

自分は間もなく死ぬ。
悔いは大いにあるが、変に生き延びて苦しみながら死ぬよりはこのまま楽になってしまった方がいいかもしれない。
というか、なんで一度は自殺すらしようとしたのにここまで生きることにしがみ付けたのか。
死ぬこと自体だって、、DIOや前川みくという奴らが仮初めとはいえ蘇生していたことから、死後も己という存在は確立されており、完全に消滅する訳でもない。
だったらその分、恐怖は無い筈だ。なら、どうして...

結局、考えるのも面倒だと意識を手放そうとしたその時だ。


異変は起きた。



(な...なんだよ、おい)

閉じかけた目を再び見開かずにはいられなかったほどの異変が飛びこんだ。

立ち往生している杏子の身体を、異様な鱗が異常な速さで浸食しているのだ。


既に前兆はあった。
角まで生えているのだから、誰の眼から見ても一目瞭然である。
それでも完全にはのまれず佐倉杏子を己たらしめていたのは、彼女の魂が生きており身体の浸食に抵抗していたからだ。

ならば。
その杏子の精神が消え失せれば。抵抗する枷が外されたならば。
鎧は嬉々として彼女の肉体を食らい、ひび割れたソウルジェムを体内に押し戻すかのように鱗の内に取り込み―――再びこの世に躍り出る。



「――――――――――!!!!!!」



叫ぶ。叫ぶ。
再び生を授かったことに狂喜するかのように。
俺はここにいると刻みつけるように。
己を奪い蹂躙してきたものたちへの恨みを知らしめるかのように。
インクルシオ―――否。危険種『タイラント』は、いまこの時を持って復活を遂げた。




「ォォォォオオオオオオオオオオォォォォォォアアアァァァァガアアアァァ!!!!!!」

咆哮が大気を揺るがし、足立の鼓膜を揺らす。
竜の生誕に、足立の喉が恐怖で鳴る―――だが、まだ終わりではない。

竜の進化は留まらない。

この会場で、使い手の意思と帝具を取り込んだ鎧は、かつては雷神と成り、はたまた主を屍と化し生死の壁すら突破してみせた。
そしてここに至るまで、魔法少女の魔力に触れ続けた危険種は更なる変化を遂げる。

体色はソウルジェムの濁りのようなドス黒さと血のような赤色の入り混じったものに変貌し、身体は巨大化。腹部が蠢き脚のような何かが中から突き破り、その下半身が馬のような異形を為していく。
鎧染みた鱗に包まれた上半身に、馬に跨るような形で形成された下半身。
それだけならば、中世代の騎士かそれともお伽噺かなにかの竜騎士とも見ることが出来るだろう。

だが。

そのドロドロと身体から滲みだす赤色も。地の底より響き渡るかのような雄叫びも。

魔女と呼ぶにはあまりに雄々しく。竜と呼ぶにはあまりにも禍々しい。

魔獣―――的確に表現するならば、これほど相応しい名もないだろう。


「反則、だろうが...ッ」

そう毒づくも、新たに現れた脅威に、足立の顔はもはや絶望に呑まれていた。
魔女化を防ごうが防げまいが、どの道こうなっていたとは考えもしなかった。
一刻も早くあの脅威を排除しなければ。だが、倒す手段は見つからない。
気休め程度にしかならないかもしれないが、マハジオダインを放とうと標的へとマガツイザナギの掌を向ける。

ポスッ。

電撃の代わりに漏れたのは、間抜けな音と微かな煙。
エネルギー切れだ。これまで散々に電撃を放ってきたツケがいまここにまわってきたのだ。

「アアアアァアァアアアアアアア!!!」

雄叫びと共に突進し迫りくる魔獣の爪を、マガツイザナギが受け止める。
が、姿が消え失せつつある彼に主人を守りきれるほどの力は無く。

魔獣が腕を振り抜けば、マガツイザナギはあっさりと弾かれ足立の視界から消え失せる。

もはや足立透にマガツイザナギを再召喚できるほどの余裕も余力も残っていない。
視界に入るのは、雄々しく禍々しい怪物だけだ。

緊張と恐怖で動悸が早さを増し呼吸が乱れる。

「な...なあ、もう気は済んだだろ。俺も、いまお前が殺さなくてもたぶんもうすぐ死ぬ。なら、さ、わざわざ、こ、殺して罪を犯さなくても...」

震える声で訴えかける。
もはや彼に策は残されていない。
直に死ぬと言うのも理解しているし、時間を稼いで自分が死ぬ前に他の参加者が全滅してくれるのを期待している訳でもない。
それでも尚死にたくない―――そういう気持ちも多分に強いが、それ以上に避けたいことがあった。

魔獣が、口を開きその牙を覗かせる。

「せ、せめてひと思いに...お願いだ、それだけは、か、勘弁してくれ」

獣が傷付けた獲物をどうするか。
考えるまでもないし、考えたくもないことだが、彼は既に理解してしまっていた。

微かにでも彼女の心が残っていれば―――そんなありもしない奇跡に縋っての懇願。

それを拒否するかのように、唾液が足立のスーツへと滴り落ちる。




人間の武器のひとつに"言葉"がある。
直接的な殺傷力はないものの、それひとつで精神的に追い詰め、犯罪を犯すように唆すこともできる。
足立がペルソナでの戦闘以上に得意とするのもその"言葉"を用いた話術だった。

今まで出逢ってきた者たちは、その誰もが言葉を介する相手だった。

自分の世界から連れてこられた連中に、島村卯月たちのような一般人、空条承太郎やアカメ達のような所謂"正義の味方"は言わずもがな、戦闘狂のエスデスは感情のままに敵を煽り戦い続けていたし、感情が希薄に思えたお父様も参加者たちを罵り、自分が追い詰めた時には怒りすらのぞかせていた。

最も獣に近い後藤ですら、考えるだけの知能を有し、自ら言葉を発し、挑発し、感情を利用しようとしていた。

眼前の魔獣は違う。

アレはただの殺意の塊だ。言葉を発さず知能も無いただの化け物だ。

山中で熊に遭遇した時の恐怖とはこのようなものなのだろうか。

言葉が通じない相手とは、それだけでここまで恐ろしいものなのか。

マヨナカテレビに落された者達もこんな恐怖を味わったのか。

「や、やめろ...」

魔獣は言葉を介さない。己の欲を、生存本能を満たすためだけにその牙を剥く。

「やめてくれええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

牙が足立へと迫りくる。

嫌だ。食われたくない。

その極限状態が、全ての光景をスローモーションに映し出す。

暁美ほむらのマスティマの羽根で囲まれた時の様に。

音乃木坂学院で御坂美琴に電磁砲を向けられた時の様に。

あの時のペルソナの発動は、己の限界を超えているといっても過言ではない。

だが。

奇跡は何度も起こらない。
余力もないいまの彼にあの刹那でのマガツイザナギの再召喚は不可能。
仮に間に合ったところで、もはやその力は絞りカス同然。数秒持ちこたえるのが限度だ。

無情にも魔獣の牙は迫る。

足立は己の運命を受け入れたくないとばかりに涙ながらに目を瞑った。



そして―――――――





■■■■

―――――――カッ


甲高い金属音が鳴る。

「......?」

全てを投げ出しかけた足立が、おそるおそると目を開ける。

ぼやけた視界に映るのは、見覚えのある黒の長学ラン。

ソレは、魔獣の牙をその手に持つ大剣で防ぎ、必死に持ちこたえていた。


"彼"はどんな窮地に陥ろうとも、どんな相手であろうとも救おうとすることを止めなかった。
例えその対象が絶望に身を落し友を殺した人魚姫でも、殺戮演戯の果てに失った全てを取り戻そうと戦う少女でも、己の命を狙い幾度も裏切ってきた道化師でも。
目に映る者を『殺す』のではなく『倒してでも救う』ために、眩いほどの光と覚悟をもって全身全霊で己の身を削ってきた。


"彼"の分身―――『イザナギ』は、足立透を護るかのように、"彼"の意志を受け継ぐかのように、魔獣と向き合っていた。

自分の意思で召喚したのか。しかしそんな余裕はなかった。
まさか、自動で現れたのか。そんなことがあり得るのだろうか。
己の掌を見れば、タロットカードが納まっている。無意識的に召喚したとでもいうのだろうか。

だが、わざわざ使い慣れていないイザナギを召還するだろうか―――そんなことを考える間もなく、イザナギの剣にヒビが入る。

当然だ。身体の半分ほどは構築されておらず、満身創痍といった言葉がピッタリな有り様だ。
もって数秒。
それでどうにかできる相手ではない。


「ガボッ」

地面を血が赤く染める。
足立のものではない。魔獣の吐血だ。突如、大量の血を吐きだしたのだ。

元々、佐倉杏子の身体はシコウテイザーとの一戦でそのほとんどを破壊されていた。
骨折、などという生易しいものではなく、文字通りのバラバラ。更に内臓は幾つも千切れ更に鎧の中でシェイクされたことで器官が元の位置にあるのかさえ疑わしい。
それを慣れない治癒魔法で補強しどうにか人型に留めていたに過ぎない。
それでも動けていたのは魔法少女が魂を抜かれた存在であり、且つインクルシオとの同化に依るところが大きい。
だがそのインクルシオも度重なる激戦で無視できないダメージを負い、崩壊も始まっている。
杏子の肉体を食らいつくし受肉しようにも、その素体が壊れかけの死体なのだ。
完全なる復活にはほど遠く、ほどなくして身体は砕け散り、魔獣もまたもとの鎧に戻るだろう。

魔獣にとっては全てが遅かった。
あと少しでも早ければまだ違う未来があったかもしれない。


これを好機、とみられるほど足立に余裕はなく冷静でもいられない。
未だに身体を再構成しきれていないイザナギもまた、時間が経てば有利になる、などと単純な問題ではない。
もう、そんな力は残されていないのだ。

絶望と恐怖に晒された人間にできることなど一つしかない。

「ヘ、黒!エド!タスク!雪乃!ヒースクリフ!誰でもいい!誰か助けに来てくれ!」

よろよろと、重い足取りのまま一歩でも脅威から離れようとする。
不様でもなんでもいい。みっともないと唾を吐きかけられてもいい。
ただ、この絶望しかない現状をどうにかしたい。その一心だ。

「あいつは、お前らの仲間だろうが!ゲホッ...あ、あいつがあんなことになってんだぞ!なんで誰も来ねえんだよ!?」

恐らく、自分で思っているほど声は出ていない。仮に誰かが側にいても聞き逃す他ないと思うほどだ。
彼の行為は一言で言えば『無駄』。そんなことはわかりきっている。
それでも、あらんかぎりの力を振り絞って叫ぶ。

「誰か...」

誰の返事もない。
ある筈もない。元はと言えば、お父様を斃したあの時、自分から彼らを拒絶したのだから。
ただ己のかき消されそうな声と、イザナギを破壊する魔獣の雄叫びだけが空しく響くだけだ。


「あっ、ガァッ」

イザナギを介して足立にもダメージが伝わる。
魔獣は、足立本人よりもペルソナのエネルギーに惹かれているのか。悶えるの足立には目もくれず―――イザナギへと牙を突き立てた。

「――――――ァッッッ!!!」

激痛が走り悲鳴と共にたまらず開口してしまう。

ペルソナはスタンドとは違い、ダメージがそのままフィードバックするのではない。
ペルソナが傷つけば使用者も傷つくが、それはあくまでも内面的にだ。ペルソナが上半身を両断されれば、それに伴う激痛は味わうことになれど、使用者の身体が同じように斬れる訳ではない。
もしも彼の能力がペルソナではなくスタンドであれば、とっくにこの地獄から解放されていたかもしれない。
だが、彼の能力はペルソナだ。
いくらペルソナを傷付けられても、苦痛はとめどなく流れど即死はできない。
命尽きるその時まで、苦痛から逃れることは許されない。

それにしても、だ。
おかしい。なぜぜショック死はおろか、気絶すらできないのか。
自分は魂を抜かれた魔法少女なんかじゃなく、アカメやエスデスのようなイカれた世界で鍛え抜かれた肉体を持つ訳でもない。
ペルソナを使えること以外はただの現代社会に生きる人間だ。
そんな人間がこれほどまで頑丈な筈はないのに、何故。
まるで、何者かに無理矢理舞台で踊らされているかのように―――



―――クス、クス、クス

どこかで聞いたような笑い声が木霊する。

『不様ね、足立透』

右腕が魔獣によるものとは違う激痛に苛まれ、ドス黒く変色していく。
この声を、あの黒い翼で腕に刻まれた痛みを忘れる筈もない。
思えば彼女が現れてから全てにケチがつき始めた。元凶と言ってもいい。
彼女が、あの時に呪いをかけたとでもいうのか。

『変に大人ぶって、意固地になって、他者をひたすら突き放して、リアリストを気取って現実から目を背けて...そして、独りになれば自分は大したことないちっぽけな存在だと気づかされ他者に縋るしかなくなる。私と同じような道を辿っている...本当に、不様極まりないわね』

愉快だと云わんばかりに上機嫌な声色で語りかけてくる彼女に、普段ならば怒りをぶちまけているところだが、いまの彼にそんな余裕はない。
よもやお迎えがあの女とはと皮肉すら思う暇もない。
なんでもいい、はやくこの地獄から解放してくれと切に願うだけだ。

『...そうね』

パンッ、と両手を叩くような音がした。同時に。

「ッアアアアアアァァァアアアアァァ―――!!」

右腕をはしる激痛に、再び悲鳴が上がる。

『私があなたの望み通りに動くと思った?どこまであなたは愚かなの。誰があなたを殺そうがどうでもいい。私は、まどかを殺したお前が最期まで苦しめばそれでいいのよ』

まるで悪魔のような憎悪に塗れた声に、ヒッ、と喉が鳴る。

『お前をまどかのところには行かせない...その息の根が止まったら、似た者同士、地の底でたっぷり可愛がってあげるわ』

いまもこの身を苛み続ける魔獣にも。
死して尚ここまで纏わりついてきた悪魔にも。

もはや憎しみ以上に恐怖しか感じられない。
いまの彼にできることは、悪魔の宣告通りに不様な悲鳴と嗚咽を放つだけだ。


それが食事の癪に障ったのか。
魔獣は、もがく足立の右腕を踏みつけ引きちぎった。

この世のものとは思えぬ激痛が走るも、もはや喉は潰れ、悲鳴すらあげられない。

『あら、残念。どうやら私のおまじないもここまでのようね。あとは精々苦しみながら死んでちょうだい―――また地獄で会いましょう、足立透』

これを最期に悪魔の声は消え失せる。まるで嫌がらせの為だけに出てきた彼女の幻影に、悪態をつく気にもなりはしなかった。
ただ、彼女の言う『おまじない』をかけられた右腕から解放されたためか、彼の身体の感覚はほとんどなくなり、意識はもはや朦朧としていた。

千切られた自分の右手を咀嚼されるのを、かつて己の壁として立ち塞がったイザナギが蹂躙されるのを涙で歪む視界で見届ける。


もう誰の繋がりもない。

敵も。味方も。己自身(ペルソナ)でさえも。

足立透には、あのつまらない灰色の空以外はなにも残されていない。



『足立さん』

魔獣がペルソナを食らう傍らで、"彼"はそう名前を呼んだ。
最期の最期まで、道化を救おうとした"彼"が、慈愛を湛えた微笑みで、足立へと手を差し伸べていた。


(きみは、まだ手を差し伸べるのか)

身体の震えが止まらない。

(わかってるの?俺はきみを裏切ったんだよ。殺したんだよ?)

幾度も聞いてきたその問いに応えるかのように"彼"は微笑みを崩さない。

(なのに、きみはそれでも手を差し伸べるのか。重ねた罪も罰も、僕が償うのなら受け入れてくれるのか。きみを殺した相手でも、改心すればきみは微笑んでくれるのか)

"彼"は無言で頷く。俺はそのためにあなたを止めようとした、罪を償うのに耐え切れなければ一緒に向き合おう、と言外に肯定しているようだ。




(...ほんと、馬鹿だよね、きみ)



足立は差し伸べられる手に微笑みを浮かべ、ふらふらと、しかし確かにその温かい掌を握り返すように己の手を差し出した。






...本ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ当にどうしようもない馬鹿だよねえお前はさぁ!!





その上で、全力で振り払った。




掌のタロットカードが赤黒く染まっていく。




なんでわからないかなぁ、何度裏切られれば気が済むのかなァ!?
俺はお前が大嫌いだ。一度は殺した今でも憎んでる。お前のことなんか絶対に受け入れてやるもんか!
お前が白なら俺は黒。お前が正しいと言ったことは、俺が意地でも否定する。
お前が手を差し伸べるんなら俺は何度だって振り払ってやる!!

そうさ、俺たちは決して交わらない平行線だ。
あそこまでやってそれに気付かないとか、頭がお花畑としか思えないんだよ気持ち悪ィ!!

...気持ち悪い!ああ、気持ち悪ィ!!

だからさ

全部消し飛ばしてやるよ、鳴上悠



もはや足立の視界には魔獣など映ってはいなかった。
その眼球に移すは、いまだ脳内にこびりつき離れぬ、希望を武器に戦う怨敵の幻。


足立が掌を握りしめると同時、イザナギが掻き消え、代わりにドス黒い赤―――禍津の腕が体現する。

全身を模る余力も無い―――充分だ。

掌に光が集まりはじめる。
それは電撃とは全く異なり、エネルギー体へと変貌し巨大さを増していく。
魔獣はその存在に気が付き、喰らおうとするも全てが遅い。

前兆はあった。

アカメに押し付けられた後藤との戦いの最中、足立は鳴上悠への憎しみを糧に限界量以上の雷撃を放ってみせた。
それだけではない。
コンサートホールでのペルソナの復活も。学院での逃亡劇の際の瞬間的なペルソナの召喚も。
本来の鳴上悠に敗れた時間軸のままでは到底為し得ぬ"成長"だ。
鳴上悠が仲間との絆を紡ぎ"正"の感情によりペルソナの成長を促すというのなら、マガツイザナギの成長を促すは足立の抱く負の感情。
それを肥やしに、マガツイザナギはより黒く染まり、最後のステージを迎える。


ドス黒く変色したタロットカードを握りしめる。
命を。
怨念を。
殺意を。
己の持つ全てを燃やしつくし、あらんかぎりの力を振り絞る。


禍津の掌が地面へと向けられ、放たれたエネルギーは足立も魔獣も、全てをのみこんだ。


メギドラオン。それは全てを無に帰す万物の光。




進化が追いつかない。

放たれた光は、打撃とも電撃とも氷ともとれない。
無。
どれにも属さぬただ一つの性質だ。

本来のコンディションなら取り込み進化できたかもしれない。
だが、この傷つきすぎた身では、間に合わず溶解してしまうのが先だ。


嫌だ。

遙か昔、危険種として討伐された時の感覚が蘇る。

恐い。

また死ななければならないというのか。せっかく肉体を手に入れたのに、またあの恐怖を味わえというのか。

危険種として、武器として、鎧として築き上げたあの不様な骸たちのように命を散らせというのか。

このまま、なにも為さずに消えていくしないのか。

××は、害為す鎧として誰からも悲しまれることなく消えるのか。
散々に扱われた挙句に死を望まれるだけの存在でしかなかったというのか。

嫌だ。死にたくない。嫌だ。嫌だ。嫌だ―――



イ ヤ だ ! !






『よう。置いて行きそうになっちまって悪かったな』







声が聞こえた。最後の主であった少女の声が。

『なんだよその顔。仲間が迎えに来たんだからもっと嬉しそうにしてくれよ』

ナカマ?初めて向けられたその単語は、××に疑問を抱かせるには充分だった。
だってそうだろう。気を抜けば己の身体を乗っ取り意識を喰い尽くす鎧。そんなもの、拒絶はすれど感謝の気持ちなどないはずだ。
今まで××に抗いきれなかった者達は皆そうだった。

『そりゃあ、あたしがあんたと一緒に戦ったのはほんの数時間だけさ。けど、あたしはあんたに命を賭けた。あんたはそれに応えてくれた。なら、もうあたしらは仲間だろ』

微笑む彼女の言葉が、消えゆく××に恐怖を薄れさせていく。

『いっしょにいてやるよ。ひとりぼっちは、寂しいもんな』

...そうだな。ひとりよりは、きっと―――



『なあ、あんた名前はなんていうんだ?』


そうか。お前は知る筈もなかったな。

タイラント―――否、■■■■。それが、××の名だ。




××の名前を聞き笑みを零す彼女に手を引かれ、光の中へと歩き出す。
その中で。

××が最期に感じたのは、決して味わう事のなかったであろう温もりだった。



あいつが光にのまれて消えていく。
完全に消え去るその直前まで、あいつの目は俺を見据えていた。名前を叫んでいた。
この期に及んでまだ、あの自己満足のうざったい眼光で俺を救おうとしていたらしいが―――今度こそ終わりだ。

(は、ははっ、ようやく消えやがった。ざまあ...)

気分爽快、とはいかなかった。むしろただ空しくなった。アレは所詮あいつの幻で、だから本物よりも酷く弱かったから。

...わかっていた。
暁美ほむらも"あいつ"も、今さらになって見えた幻影は、全て自分の生み出したものだってことは。
それでも、あいつらのせいにしてしまえば楽だった。
そうすれば、俺は悪くないって思えたから。俺を苦しめるのが俺だなんて認めたくなかったから。
そうさ。俺は間違っていない。こんな状況で、知り合いに事件の犯人だってバレてる状況で。どうして見ず知らずの他人を信頼できる。
見ず知らずの他人に首輪嵌められて命握られているこの状況でなんで他人を信頼できる。
ありえる筈がない。どれだけ綺麗に取り繕っても、信頼なんてできないししたくもない。
罪だの罰だの贖罪だのと高尚染みたことを言ったところで、起きたこと全部を清算なんて出来る筈もないしただ辛いだけだ。
散々イイ子ちゃんぶってきた連中も俺と同じ立場ならそうした筈さ。

そうだ。俺は間違ってなんか...

――――ザザッ

脳裏に壊れたビデオを再生するかのようなモザイクが奔ると共に視界に人型の影が映る。
また幻影か。死ぬ直前だというのに懲りないな、と半ば呆れつつも俺は目を離せなかった。

そしてそれをひどく後悔した。

その人型の影は、もう一つの影とガラス越しに向かい合っていた。
狭い部屋にガラス越しに向き合う二人。この状況、警察の俺がわからないはずがない。
面会だ。じゃあ誰の?
あの黒スーツ、寝癖だらけの髪、全体的にだらしない雰囲気を醸し出す影。
間違いない。俺だ。
罪を認めて敗北を受け入れたとでもいうのだろうか。


なら、もう一人は?

モザイクが次第に晴れ、やがてその姿もまた露わになっていく。

「あ、あああぁああああああああぁぁあああ」

浮かび上がったのは、"あの人"だった。

頑固で、いつも怒鳴り散らしてて、一児の親としても不器用で、捜査は足で稼ぐがモットーの昔ながらの暑苦しい刑事で、合わないタイプだと思っていた。

ただ、あの人だけは俺を俺と、代用品じゃない"足立透"として認めてくれていた。

もしも、あいつに敗れて俺が素直に刑務所に服して罪を償っていたら。

あんな風に、あの人が面会に来てくれていたというのか。

複雑な面持ちながらも、いつものように怒鳴って、最後には笑い合えたというのか。

"あの人"の中には、"あいつ"に負けない俺という繋がりがあったと知ることが出来たのか。


「なんでこんなもん...ありえねえだろうが...!」

そう、有り得ないのだ。
"あの人"は犯人に容赦しない生粋の刑事。
そんなあの人が何人も殺してきた俺に、あんな微笑みを向けてくれるはずがない。

けれど。もしも"あの人"がそれでも殺人犯の俺には違った顔を見せてくれるとしたら。
その有り得ないことを"あの人"が覆してでもあの微笑みを向けてくれたとしたら。
"あの人"を裏切った俺を、それでも「足立は自分のケツは自分で持てる奴だ」と信頼してくれるとしたら。
そんなことがあり得たのだとしたら。


「嫌だ...!」


帰る場所はあった。遠回りでも、気付く機会はいくらでもあった。
"あいつ"はそのために何度も手を差し伸べてきた。

けれど、目を背け逃げ、罪を重ねて逃げ、裏切って逃げ。そうして逃げ続けた挙句の果てに"あいつ"を殺してそれすらも目を背けて。

きっとこのことを"あの人"が知れば、"あの人"の中の俺は息の根を止める。

"あの人"の光を奪い、消えない傷を植え付け、俺は憎しみを向けられるだけの"殺人犯"でしかなくなってしまうだろう。

"あいつ"を殺してしまった時点で、俺にはもうなにもなくなってしまった。誰からも悲しまれることすらない真の孤独になってしまった。

それでも、生きていれば、償うことはできた。償い続ければ、"あの人"の傷を少しでも埋めることが出来たかもしれない。

例えそれがハリボテの嘘っぱちの自己満足だとしても、俺が救われなくても、少しでもあの人を救うことが出来たかもしれない。

けど、もう駄目だ。俺は死ぬ。誰にも知られることなく、悲しまれることもなく、なにを償うこともなく消え去ってしまう。

これが目を背け続けてきた罰だというのか。最後の最後まで"あいつ"を信じられなかった報いだとでもいうのだろうか。



「死にたくねえ――死にたくねえよ...!」



いくら悔やんでも。いくら泣きわめいても。

全てはもうあとの祭りだ。

幻として映し出されるIFにはもう届かない。

(ど...じま...さ...)

俺の嘆きも慟哭も、なにもかもをのみこみ、光は全てを消し去った。



命が燃える尽きるその瞬間。

彼らは見た。

荒れ狂う魔獣は、寄り添う者の救いの手を。

救いの手すら跳ね除けた道化は、残されていた繋がりという地獄を。

偶然が引き起こした走馬灯だったのか。

それとも、かつて父の為にと願った少女の優しくも残酷な魔法によるものか。


いずれにせよ、所詮は幻影。現実の世界にはなんの意味ももたらさない。


光が消えた後には、誰も残らなかった。

誰よりも死を恐れた臆病な獣も。

己を欺ききれなかった朱の魔法少女も。

仮面を被り続けた虚無の道化も。

だあれも残りはしなかった。


所詮、それだけが確かな事実であり結末だ。



ひらり、ひらり。

道化師のタロットカードが、地に落ち徐々に燃え尽きていく。



佐倉杏子と足立透。

魔法少女と虚無の因子を与えられたペルソナ使い。

宇宙生命体と神様に踊らされ続けた二人の道化の戦いは、かくして肉片一つ残さぬ両者の死という形で幕を閉じる。

最後に残ったタロットカードもまた、道化たちと同様に、灰塵と化して消え失せた。





【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 死亡】
【足立透@PERSONA4 the Animation 死亡】
【悪鬼纏身インクルシオ@アカメが斬る 完全消滅】

※周囲にあったデイバッグ及び支給品一式はメギドラオンで全て消し飛びました。



過去に縛られた道化たちによる前座はこれにてお終い。

これより先は、まだ為し得ていない希望を掴むための物語。

勿論、その希望が誰のモノになるかは最後の最後までわからない。

善にも悪にも、神様にだって、希望を叶える権利は等しくあるのだから。

だから―――それを掴むまで戦いは終わらない。



【アニメキャラ・バトルロワイアルIF 生存者 残り7(6)名】



最終更新:2017年12月24日 21:53