想い の 翼(前編) ◆aCs8nMeMRg
揚陸艇の格納庫内に、向かい合わせに座っている少女が二人居た。
東横桃子と
秋山澪だ。
秋山澪の傍らには、
平沢唯の死体が寝かせてあり、その上には診療所から拝借してきたシーツが掛っている。
「…………」
「…………」
しばらくの間、黙って座っていた二人。
その沈黙を最初に破り、口を開いたのは桃子だった。
「それ、手当てしないんすか?」
そう言って、桃子は自分の頬を指さす。
澪の顔についている傷の事を言っているのだろう。
「これは、いいんだ」
澪は頬を軽く押さえながらそれだけ言った。そして、再び沈黙する。
それから少し経った後。
「そろそろっすね」
そう言って桃子は何かを探すように格納庫内を見渡しながら立ち上がり、
格納庫の壁面に設置されているスイッチを見つけると、そちらへ歩いて行った。
その際、桃子がチラッと見た時計の示していた時間は18時直前。あと数分で放送というタイミングだった。
「んー、多分これっすね?」
ただの女子高生である桃子にも、この格納庫の天井に当たる部分がシャッターのように開閉できる構造だという事は中から見て分かった。
なら、壁面にあるスイッチはそれを操作するためのものだろうと見当をつけての行動だった。
自信無さげに首を傾げながらも、桃子はいくつかあるスイッチの内OPENと表示されているスイッチを押すと、
桃子の思った通り、格納庫の天井が稼働した。
「な、なに?」
澪はそのことに驚いたような声を上げると、慌てた様子で立ち上がった。
桃子がステルス状態を解除しているといっても、それは意識して気配を消そうとしていないだけで、
近くにいても気付かれないほど影が薄いという、彼女の体質が変わったわけではない。
どうやら、澪は少し前から桃子の事を見失っており、天井の動作が桃子の操作によって起こった事だとは分からなかったようだ。
そんな澪をよそに、桃子は自分の位置から空が見えるくらいに天井が開いたところでSTOPスイッチを押し、天井の動作を止める。
「もうすぐ放送っすから」
「えっ? あ、ああ。東横さんか」
その後、桃子の方から近づいて声をかけたところで、ようやく澪は桃子の事を認識し、天井が動いた事も桃子の仕業だと理解した。
「はい。さっきのままじゃ放送が聞こえないと思いまして」
「そうか」
「もし、三つ編みさん達が来たら、あなたがやった事にしておいてくださいね」
「ああ、わかった」
………………………
…………
……
…
「残り26人、か。あいつ、呼ばれなかったな……」
放送を聞き終えた澪は、死者にしるしを付けた名簿と禁止エリアにチェックを入れた地図に視線を落としながら呟く。
桃子はその横で、なにやら端末を操作し始めた。
「ん? なんだ、それは?」
「これっすか? 死んだ人とおくりびとの顔写真が表示されるっす」
放送が近づき、桃子は【死亡者・おくりびと表示端末】を人に見られないようにするという黒の騎士団行動方針の元、
ルルーシュからこれを預かっていた。
そして、澪は桃子達と合流してからこの【死亡者・おくりびと表示端末】を見るのは初めてであり、当然の質問を投げかけたと言える。
桃子は澪の質問に答えながら、その端末の説明書をペラっと澪に手渡した。
「おくりびと?」
「そこにも書いてありますけど、死んだ人の最も近くにいた人のことらしいっすよ」
「そんな物を持っていたのか…」
澪は受け取った説明書にさっと目を通すと、桃子の持つ端末を覗き込もうとする。
「あ、ちょっと待つっす」
しかし澪の動きを見て、桃子は端末の画面を自分の胸に押し当て、隠した。
「え? 見たら駄目なのか?」
「いいえ、見るのは良いっす。沢山の人が見た方が、表示される人の顔と名前は一致するでしょうから。ただ……」
「ただ?」
澪は、一度言葉を切って視線をそらす桃子に、相槌を打って先を促す。
「ただ、これを見るのって、少し覚悟が必要っすよ。死んだ知り合いの写真を見るのって、結構キツイっす。
私も、憂さんも、これを見てちょっと辛い思いをしましたから」
真剣な表情でそう言う桃子の実体験から来ている言葉は、澪にも十分な真実味を感じさせた。
「そういうことか」
桃子の言葉を受け、澪は軽く俯いてギュッと拳を握りながら軽音部の仲間達の事を思い出した。
確かに、澪以外全員が死んでしまった軽音部の仲間達の顔写真を見て、澪が何も思わないはずが無い。
それは澪自身にも容易に想像ができる。
だが、しかし。
「大丈夫、私は決めたんだ。もう逃げないって。全力で戦うって!」
気の弱い澪にそんな決心ができたのは、
明智光秀に飲まされた麻薬、ブラッドチップの後押しがあったおかげだったのかもしれない。
しかし、ブラッドチップを呑まされてからそろそろ4時間が経ち、薬の効果が消えかけている今でも、その決意は澪の中に残っていた。
そんな決意を桃子に伝えた澪は、語気を和らげ、続けて言った。
「優しいね、東横さんは」
「え?」
「私の事を、心配して言ってくれたんだろう?」
「それは……」
桃子はそこで、自分の胸に端末の画面を押し当ることをやめ、澪にも画面が見えるようにした。
澪の言葉に対して肯定も否定もできず、返答に困っての行動だ。
そして、見えるようになったその画面を見て澪は、はっと息を飲み込んだ。
「まあ、こういうことなんすけど」
その画面には、よく似た少女の顔写真が二つ並んでいた。
片方が平沢唯、もう片方が
平沢憂だ。
(くっ……これは、確かに)
こうして端末に表示されてしまうと、死んでしまったんだという実感がどうしても高まる。
それに、死んでしまった友達の元気だった頃の顔写真は、その友達との思い出も一緒に連れて来る。
一緒に部室で過ごした時間。
文化祭や新入生歓迎会のライブ。
クリスマスや正月も、高校生になってからは軽音部の皆と一緒に過ごした。
次々と思い出が蘇る中、澪はこみ上げてくる感情を必死に抑えながら、飲み込んだ息を苦労して吐き出す。
そこから深呼吸を二、三回。
「大丈夫。大丈夫だ」
どうにか自分の感情を抑え込み、澪がそう口にしたところで、格納庫の出入り口の方から二人とは別の声がした。
「澪さん、桃子ちゃん」
その声の主は、身体についた血を洗い落とし、着替えを済ませた平沢憂だった。
「憂さん、駄目っすよ。あんまり大きな声で私を呼んじゃ。一応、私はいない事になってるんすから」
桃子はそう言いながら出入り口の方へ歩いて行き、それとなく憂が唯の死体の方へ近付かないように誘導する。
「あ、そうか」
「それにしても、その服。相変わらずのゴスロリさんっすね」
「朝、ルルーシュさんからもらった服に、近いのが良いかなって思って」
桃子とそんなやり取りをし始めた憂を見て、澪もそちらへ歩み寄りながらポツリと呟いた。
「……唯」
髪を下ろした憂は、普段から唯と一緒にいる軽音部のメンバーにも見分けがつかないほど、唯に似ている。
唯と先に出会っていたために、政庁では澪にも唯と憂を見分ける事が出来ていたが、
その時点で既に憂は髪を下ろしており、もしも出会う順番が違っていたら、澪に見分ることができたか分からない。
それに加えて憂が着てきた服では、澪からはどうしても憂が唯に見えてしまう。
「……憂ちゃん。……その服って」
「はい。澪さんから渡された衣装セットの中に入っていました」
「っ…………」
憂が選んだその服は澪や唯が一年生の時、文化祭のライブで唯が着用したものだ。
憂本人に他意は無かったのだろうが、そのチョイスは確実に澪の心を抉った。
こんな殺し合いの舞台の中で奇跡的に生き残り、再会を果たすことが出来た澪と唯だったが、結局、大した話も出来ずに死に別れた。
そして今、姿のそっくりな唯の妹が、かつて唯がしていたのと同じ格好をして隣にいる。
こんな状況は……。
「なんで……」
澪は「なんでその服なんだ?」というセリフを飲みこみ、一瞬でもこんな状況は耐えられないと思った自分を、心の中で叱咤した。
耐えられないなんて事は無い。むしろ耐えねばならない。
もう逃げないと。全力で戦うと誓ったのだから。
なんでその服を選んだかなんて、さっき憂が桃子に言っていた理由が全てだろう。
ルルーシュに少しでも気に入られようとした、いじらしい努力じゃないか。
「?」
憂は、しばらく黙りこむ形となっていた澪の前でキョトンとしていた。
「えっと……憂ちゃん、何か用があったんじゃないのか?」
「あ、そうなんです」
無理矢理取り繕って澪が言ったその言葉は、どうやら当たりだったらしい。
「あのー、澪さん。替えの下着って持っていませんか?」
「へっ?」
「さっき脱いでみたら、下着も汚れていて……今、私、穿いていないんです」
自分のスカートを押さえながら、憂はそんな事を言った。
「あぁ、どうだろう?」
一瞬、呆気にとられた澪だったがすぐに気を取り直し、自分のデイパックを開く。
「実はこのデイパックって、私が気絶している時に他の人が色々入れたみたいでさ、私も中身を全部は把握していないんだ。
ちょっと待って、今見てみるから」
「はい。えーっと、桃子ちゃんは着替えとか持ってなかったよね?」
澪が自分のデイパックの中身を確認する間にと、憂は桃子にも話を振ってみた。
「え、ええ、まあ。前に憂さんとルルさんと三人で持ち物を見せ合った時から、私の荷物はあんまり変わってないっすよ」
桃子はこの時、話の内容がイマイチ掴めていなかったのだが、とりあえず事実だけを述べた。
「そうだよね。はあ、やっぱり落ち着かないな」
「…………」
憂が残念そうにため息をつき、しかし桃子は何と返したらいいか分からず、微妙な沈黙が漂い出した次の瞬間。
澪が「あっ」と声を上げた。
その声で桃子と憂が澪に視線を向けると、既に澪の周りにはデイパックから出てきた絵本やモンキーレンチの他、
仮面やジャンケンの絵柄が入ったカードなどが散乱しており、澪自身は何か小さな布を左手に掴んでいた。
「これ……多分、未使用だと思うけど」
澪は、その布を両手で持ちかえて広げてみる。
それは、紛れも無くパンツだった。
汚れも何も無い、真っ白な。
「憂ちゃん。これで、良いかな?」
「あ、はい」
憂は澪の手から純白のパンツを受け取るとさっそく靴を脱ぎ、それを穿いてみた。
「うん、サイズも大丈夫そうです。貰っちゃっても?」
「ああ。どうぞ」
「はい、ありがとうございます。助かりました」
少し恥ずかしそうにしながらも、素直にお礼を言う憂に頷き返しながら、しかし澪は怪訝に思った。
(なんで、パンツなんか入っていたんだ?)
結果的には良かったものの、澪にはそんなものをデイパックに入れた覚えが無かった。
なら、澪が気絶している間に
伊達政宗が入れたのだろう。
政宗は「役に立ちそうなもんは全部入れた」と言っていたが、これも役に立つと思ったのだろうか?
(伊達政宗、か)
澪には絶対に敵うはずが無いと思ったあの明智光秀と互角に渡り合った隻眼の男、伊達政宗。
彼のような強い人に守ってもらえたら、どんなに心強かっただろうと思ったりもした。
しかし、あんなに強かった政宗も、先の放送で死者として名前が呼ばれた。
この島で生き残ることはそんなにも難しいのか……。
「澪さん? どうしたんですか?」
再び黙り込んでしまった澪に、憂が声をかける。
「いや、何でもない。そうだ、それより東横さんにおくりびとが見られる端末を見せてもらってたんだけど……」
「あ、そうだったんですか……桃子ちゃん?」
桃子は先ほどのパンツのやり取りが始まったあたりから、なぜか戸惑ったような表情で黙り込んでいた。
「どうかしたの?」
「いや、えーっと……」
「ん?」
「それじゃあ、憂さんも一緒に見るっすか?」
「あ、うん」
こうして、三人は【死亡者・おくりびと表示端末】の表示を確認していった。
今回新しく表示された死者と送り人は、この三人で確認するとかなりの人物の顔と名前が一致した。
死者の方では、放送で呼ばれた名前の中で澪達の知らない名前が、海原光貴、アーチャー、神原駿河の三人。
このうち海原光貴と神原駿河という名前を、それぞれ日本人の少年と日本人の少女の写真に当てはめれば、
残った褐色の肌の男性の写真がアーチャーだと分かる。
100%ではないが、まず間違いないだろう。
おくりびとの側で澪ら三人が見ても分からない人物は、海原光貴のおくりびとに表示されている少年と、
アーチャーのおくりびとに表示されている少年だった。
伊藤開司のおくりびとは、ルルーシュから聞いていたユーフェミアの特徴と一致。
神原駿河のおくりびとは、炎のような意匠の少し変わった兜をかぶった、いかにも戦国武将といった雰囲気の男だ。
もう戦国武将は他に残っていないし、この男が織田信長なのだろう。
「……私達に分かるのはこんなとこっすね。後でルルさんにも見せてみるっす」
「うん、そうだね」
ひととおり【死亡者・おくりびと表示端末】の確認を終えると、桃子と憂はそう言って頷き合った。
「澪さん、大丈夫ですか?」
「…………」
澪はというと、一人格納庫の壁に寄り掛かって、目を押さえながら上を向き、涙を堪えていた。
今回追加分のおくりびとを確認した後、澪が加わったという事で、以前の時間帯の死者とおくりびとを遡って確認したのだが、
その中で
中野梓、
田井中律、
琴吹紬と、次々に表示されていった桜高軽音部メンバーの顔写真を見て、
とうとう澪はこみ上げてくる感情が抑え切れなくなり、格納庫の隅に座り込んでしまったのだ。
「えっと、失礼します」
そんな澪に一声かけると、憂は澪に抱きついた。
「え、あ、憂ちゃん?」
憂の姉である唯にはやたらと人に抱きつくという癖があり、澪も唯に抱きつかれた回数は一度や二度では済まない。
しかし澪は、憂に抱きつかれた事など今まで無かった。
だが、この憂も小さい頃は、姉の唯と同じようにやたらと人に抱きつく子だった。
性格的に大きくなってからは、やっていなかっただけで、平沢姉妹の趣向はとてもよく似ているのだ。
「桃子ちゃんはこうしたら落ち着いてくれたので、澪さんもどうかなって思って」
「ちょっ、憂さん。恥ずかしいっすよ」
「あは、ごめんね」
憂の言葉に、桃子が後ろから軽く抗議の声を上げたが、憂は軽く振り返ると笑顔で流した。
(憂ちゃん……やっぱり唯みたいだな)
一方、澪はそんな事を思っていた。
唯と憂は体格も近くて、抱きつかれたときの感じもよく似ている。
とても温かくて、何だか安心する。
「…………ふぅ。ありがとう、憂ちゃん」
澪はしばらくそのぬくもりを堪能した後、ゆっくりと立ち上がった。
必死で堪えても目からあふれ出していた涙は、いつの間にか収まっていた。
立ち上がるとき、憂の身体が妙に軽く感じたが、その事を言及する余裕は、この時の澪には無かった。
「どういたしまして」
そう言って笑う憂の笑顔がやっぱり唯にそっくりで、澪はまた辛くなりそうな気がして、憂から目をそらした。
「ん……あ……それは!」
澪が目をそらした先には桃子が立っていた。
そして桃子は、澪がとても見慣れた物をその手に持っている。
「これ、私の支給品にあったんすけど、あなたのなんすよね?
今まで渡しそびれていましたけど、良い機会なんで渡しておくっす」
そう言って桃子が澪にさし出したのは、澪愛用のレフティ(左利き用)ベースだった。
桃子も桃子なりに、澪を元気付けようと考えたのだ。
「あ、ああ」
澪は桃子からベースを受け取ると、軽く弦を鳴らしてみた。
アンプに繋がっていないエレキベースから出る音は大した音ではなかったが、この音も澪にとっては聞き慣れた音だ。
「うん、私の、だ」
そう言いながら、澪はしっかりとベースを持ち直し、右手で弦を押さえ、左手の指で弦を弾く
(そうだ、戦うんだ。私は……)
ベースを弾きながら、澪は自分の決意を改めて思い返す。
(律が居て、ムギが居て、こっちに梓、それでそっちに唯が居て……そんな軽音部を取り戻す! そのために戦うんだ!
どうやったら取り戻せるか、まだ分からないけど、でも魔法があるくらいなんだ。きっと方法はあるはず)
ふっと澪が気付いて視線を上げると、唯にそっくりな憂が何かを期待するような眼差しで澪の事を見つめていた。
(そういえば、懐かしいな。)
その視線を受け、澪は唯に初めて演奏を聞かせた時のことを思い出した。
一年の春。部員が足りず、廃部になる寸前の軽音部に見学に来た唯に演奏を聞かせた時のことだ。
(あの時、唯にはあんまりうまくないって言われたんだったな。今はそんな事無いぞ。私もあれから上達したし)
そんな事を考えながら、澪はその時演奏した曲のベースパートを弾き始める。
(それに、あのときはヴォーカルも決まっていなかったけど、今は私だって歌えるし、な)
あの頃、澪は人前で歌ったことなど無かったが、今は違う。
あれから文化祭や新歓ライブを経て、澪は歌に関してもそれなりに自信がついた。
「いまー わたしのー ねがいごとがー」
そして澪は、当時ヴォーカル不在で演奏のみだったその曲の歌を歌い始める。
「かなうならばー つばさが ほしい」
日本の教育を受けた学生ならば、ほとんど誰もが知っているであろう、あの曲を。
「「このー せなかにー とり のようにー」」
そんな曲だから、途中からでも簡単に入ることが出来る。
今回は、憂が澪に合わせて一緒に歌いだした。
「しろいつばさー つけてください」
「しろいつばさー つけてください」
すかさず澪がソプラノパートからアルトパートに移り、その歌は即席の合唱となる。
「この おおぞらにー つばさをひろげー とんでゆきたいよー」
「この おおぞらにー つばさをひろげー とんでゆきたいよー」
元々合唱のしやすいこの曲は、即席でも十分綺麗に聞こえた。
「かなしみのないー じゆうなそらへー つばさ はためかせ ゆきたい」
「かなしみのないー じゆうなそらへー つばさ はためかせ ゆきたい」
こうして二人がワンコーラス歌いあげ一息つくと、桃子がパチパチパチと控えめな拍手を鳴らした。
「歌、上手っすね」
「私は、憂ちゃんが一緒に歌ってくれた事に少し驚いたけどな」
「えへへ、実は私、バンドが……」
そのとき、憂のお腹がぐぅーっと鳴った。
「あぅぅ……おなか空きましたね」
「そう言えば、朝食べたきりだったっすね」
「それなら、私の荷物にお寿司があったな。食べる?」
支給品の中にある保存食よりは、そちらの方がマシだろう。
澪にとっては、その寿司にも嫌な思い出があるのだが、食べ物に罪は無いし、何より澪自身も空腹だった。
「はい、いただきます」
「私もいいっすか?」
「ああ。それじゃあ、みんなで食べるか」
そうして三人は、澪の持っていた寿司を食べ始めた。
その間も三人は、食べながら色々な話をした。
女が三人寄れば姦しいというが、それは普段、口数のそれほど多くないこの三人にも当てはまるらしい。
話の内容は。
「
白井黒子か
戦場ヶ原ひたぎって人に会ったことあるっすか?
浅上藤乃でもいいっすけど」
「うん、白井さんにはこの島に来て最初に会った」
「どんな人でしたか?」
「私よりもしっかりした中学生だったよ」
「見た目は?」
「小柄で、フワッとした茶髪をこう、頭の両側でまとめていたな」
「茶髪っすか」
「ああ。…白井さんがどうかしたのか?」
「いえ、おくりびとに移っていた人の中で、名前の分からない女子が誰なのかっていう話っす」
「そういうことか」
「それなら、白井黒子はシロっすね」
とか。
「私、バンドを組んでみたいんですけど、何から始めたらいいでしょうか?」
「そうだな、やっぱりまずは楽器をそろえないと」
「もしかしたら、ショッピングセンターには楽器を売っているお店があるかも知れないっすね」
「じゃあ、ルルーシュさんにショッピングセンターにも寄ってくれるようにお願いしてみようかな」
とか。
「澪さんのデイパックの中って、色々な物が入っていますよね」
「ルルさんのと、良い勝負っすね」
「これは……シュガースティックですか?」
「いや、どうだろう?」
「この笛は何すか?」
「うーん、わからない」
「あとで、ルルーシュさんに見てもらいましょう」
「あの三つ編みさんもただ者じゃないっぽいし、私達が見ても分からない物は他の人にも見てもらった方が良いっすよ」
「……なあ、二人はルルーシュって人、信用しているのか?」
「はい。とっても頼りになるんですよ」
「まあ、善人じゃないと思いますけど、今、私達が生きていられるのは、あの人のおかげっすよ。それは認めるっす」
など、今後の行動に多少なりとも関わる話題から。
「流石に少し鮮度が落ちているな。この寿司」
「でも、食べられないほどじゃないっすよね」
「今日中には全部食べないと、駄目になっちゃいそうですね」
というような雑談まで、様々だった。
そして寿司をそれぞれ一人前分食べ終え、どこかのんびりとした空気が流れる中、空腹が満たされた憂がハッと立ち上がった。
「そういえば、ルルーシュさん達もおなか空いているんじゃ?」
「じゃあ、まだお寿司も残っているし、差し入れに行くか」
「あ、私は残るっすよ。私は居ないことになっていますから」
こうして、憂と澪は他の人達へ食べ物を差し入れるために、格納庫を後にした。
□
揚陸艇の船室で眠っていた両儀式は、よほど消耗していたのだろう、放送が流れても目を覚まさなかった。
毛布に包まり、口を空けて泥のように眠り続けている。
その傍らでは、デュオ・マクスウェルが腕組みをしながらウームと唸っていた。
「ゼクスは生き残ったか。なら、象の像に現れるかね。しかし……」
式の状態を見るに、あと一時間やそこらでは回復しそうにない。
それに、
ルルーシュ・ランペルージと平沢憂に対する疑念は、デュオの中に未だ残ったままだった。
前者はあまりにも手際が良すぎることと、どこか計算尽くのような態度。
後者は、
阿良々木暦が襲われたと言っていたことが、疑念の主な原因だ。
秋山澪は置いておくとしても、今のまま他の参加者達と合流する事が、果たして得策かどうか。
「それに、こいつの解析もあるしな」
そうつぶやいて、デュオは二つの首輪を見つめた。
片方は、デュオと同じガンダムパイロットの一人、張五飛が付けていた首輪。
もう片方はルルーシュから渡された、
荒耶宗蓮が付けていたというダミーの首輪だ。
主催者側の人間であったという荒耶の首輪に、他の首輪と同じような爆破機構が付いているとは思えないが、
少なくとも、見た目は同じに見えた。
そもそも、この首輪は参加者全員に装着させなければならない物だし、数が必要になる物だ。
となると、バーサーカーの様な特殊なサイズの物以外、普通の人間サイズの物はおそらく量産されたのだろう。
荒耶の首輪は、そこから主催者側の人間に不要な、爆破機構等をオミットした物であると考えられる。
量産品に手を加えた方が、一から特注品を作るよりも効率的だからだ。
だとすれば、この首輪を上手く分解なり破壊なりすることが出来れば、他の首輪の構造も判明するはず。
しかし、今はロクな工具も無く、解体することもままならない。
(首輪の解析を優先したいってのも、あるにはあるんだよな)
首輪を外さなければ、ゲームの主催者達に命を握られたままという状況は変わらない。
他の参加者と合流する時には、殺し合いに乗っていないかどうかなど、
その参加者へ細心の注意を向けることになる分、首輪の解析などは滞ってしまうだろう。
もちろん、合流する参加者もデュオ達と志を同じくするものであるのなら、後々の事を考えると合流するに越した事は無いのだが。
(ま、他の奴が何か知っているかもしれないし、合流が先でも良いけどな)
そこまで考えると、デュオはすっくと立ち上がり。
「あー、らしくねえな!」
と、地声からして大きな声を張り上げたが、それでも式は眠り続けていた。
デュオはそんな式に背を向けると、船室の扉を開け。
「やっぱ、こんな風に考え込むのはガラじゃねえ。ちょっと、ルルーシュ達と話して来るわ」
と、聞いていないだろうが式に言うと、デュオは式の寝ている船室を後にした。
首輪に関して今できる事は限られているが、ルルーシュや憂に対する疑念は、彼らと直接話すことで解決できるかもしれないのだ。
それに、デュオは独りで黙って考えているよりも、他人と会話する方が好きだった。
こうしてデュオは、この揚陸艇の操舵室へと向かうと、努めて明るく声をかけながら扉を開いた。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2010年04月11日 00:07