幻想(ユメ)の終わり(前編) ◆mist32RAEs



「で、たしかシモ条君がいたのはここら辺だったかしら」

「うむ、ビルの上から見た限りでは、ここからあちらのほうへ向かって走っていたようだ。
 しかし自ら動くといったからには目標へ向かって一目散なのかと思ったが」

「失礼ね、いくらなんでもそこまで不義理な女ではないつもりよ。
 象の像に行くついでに挨拶くらいはね。とりあえず近くに銃声とか激しい物音は聞こえないし……一旦、通信してみようかしら」

「まあ戦闘が行われていた音は止んだようだが……時に戦場ヶ原」

「なに、人の名前を気安く呼んだからには、くだらない用事では承知しないわよ」

「お前はアララギ君とやらのどこに惚れたんだ?」

「…………」

「冗談だ。その文房具をしまえ」

「時と場合を考えてくれないかしら。
 お惚気がお望みなら、貴女が世界中の絶望をかき集めたような深いため息をするまで延々聞かせてあげてもいいけれど。
 今は空気の読めない童貞野郎のシモ条君の生死がかかっているかもしれない時なのよ」

「あいつを童貞と男汁、いや断じるお前はさぞかし経験豊富なのだろうな」

「……………………」

「何故黙る」

「ええ、そうよ。わかるわ、わかるわよ。長く生きた魔女だからってバカにしないで頂戴。
 昨今の進んだ女子高生をなめていると痛い目に合うわよ。ヤリまくりよ。だからわかるわ。きっとそうよ。そんな顔してるもの」

「あいつが童貞かどうかはともかくとして通信は悪くない手段だと思う。では早速――」




 BANG!




「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……なにかしら。貴女が通信したせいで銃声が響いたということは……
 つまり貴女が迂闊にも発信した音声のせいで危険人物に発見されたシモ条君は哀れゲームオーバーに――」

「台詞だけのパートだからといって、わざとらしい説明口調で誰かの誤解を招くような事を言うな。
 まだ何も喋ってないし、ハロを持ってるのはスザクだ」

「……律儀に突っ込んでくれるなんて、貴女って以外と付き合いがいいのね。ちょっと阿良々木君を思い出してしまったわ」

「お前のような女と付き合うその阿良々木君とやらのことが、今ので更に分からなくなったよ。とにかく慎重に近づいて様子を見るぞ」

「そうね…………あら? あの声……」


   ◇   ◇   ◇


ビルの向こうで轟々と風が唸るような遠い音がする。

「何やってんだよ……」

そこに重い声。
剣呑な響きを込めた、一人の少年の声。
その背に少女の亡骸を抱えあげながら、足取りは一切ふらつくことはない。
一歩一歩、地をしっかりと踏みしめて歩いてくる。
ジャリ、ジャリという足音がやけにハッキリと耳に響いた。

「……」

枢木スザクは沈黙。
傍らに立つ金髪の美丈夫に向けた銃口はブレることなく。
それを向けられた金髪の男――レイ・ラングレンもまた口を開かず。

「てめぇら、一体何やってんだって聞いてんだよ!!」

一喝した。
見るからに自分よりも年下の少年だろうに、どうしてここまでの迫力を出せるのか。
声に迷いは一切無く、岩のような頑強な信念を感じ取ることができる。
自分とは違う、とスザクは思った。
贖罪のため、愛した女のため、友のため――。
何のために戦っていたのか、自分ですら定められない迷いの時があった。
この少年は、そんな自分とは、違う。

上条当麻――」
「うるせェ! お前ら一体何がしたいんだよ!? 銃を向けて、刀を振り回して、そんなに傷つけ合いたいのかよ!」

上条はこちらとレイの事情は知らないはずだ。
サーシェスとの戦いが終わるまで、こちらがC.C.たちの知り合いであり、味方であることすら彼は知らなかった。
そして先ほど罠に嵌って同士討ちをしたミスを指摘されたばかりでもあるというのに。
なぜ彼はこうも向かってこれるのだ。

「こちらの話だ。事情を知らない君は引っ込んでいろ」
「馬鹿野郎! 知るも知らないも関係あるか! そいつは銃だぞ、引き金引いたら死んじまうんだぞ!」

上条当麻は引かない。
絶対の信念を掲げ、ずけずけと無神経なまでに、こちらに踏み込んでくる。

「テメェこそわかってんのかよ枢木スザク! 死んだらもう御仕舞いじゃねえのかよ!
 悲しむことも怒ることも悔やむこともできないんだ!
 俺は確かにあんたらに何があったかなんてしらねえよ。けどな! あんたらなら知ってんだろ、人が死ぬって事の痛みを!
 辛かったはずだ。苦しかったはずだ。痛かったはずだ。恐かったはずだ。震えたはずだ。叫んだはずだ。涙が出たはずだ。
 死んじまった奴も、死なれちまった奴も……だったら、それはダメだ。
 そんなに重たい衝撃は、絶対に誰かに押し付けちゃいけないものなんだ」

そんなことは言われるまでも無く分かっている。
上条当麻は正しい。どうしようもなく正しい。
そのときスザクの胸中に、優しく微笑む一人の高貴な女性の姿が浮かんだ。
ユフィ――ユーフェミア・リ・ブリタニア
彼女の死はまさしく上条の言う『痛み』だった。

スザクという男の、夢の理解者。愛したひと。騎士の誓いを捧げた主。そして亡くした時の、例えようもない空虚な喪失感。
だが――なのになぜ彼の言葉を聞くたびに、心の底で煮立つような苛立ちが生まれるのか。

「ならば、どうするというんだ」
「それでも……それでもやるっていうんなら目ェ覚まさせてやる……! この右手で……その幻想をぶち殺す!!」
「上条当麻……君はいつもそうやってきたというのか?」
「ああ、そうだ! それぞれにどんなやむを得ない事情があったって!
 それが誰かを傷つけて、泣かせていい理由になんかならねえだろうが!!
 それは……それだけは何があろうとも絶対に間違ってる!! だから壊してやる……その幻想をな!!」

そうだ。
どんな事情があっても、それで日本国民全てを死地に投げ出していい理由などあるわけがない。
そう考えて、スザクは全ての罪を背負う覚悟で、己の父を殺したのではないか。
ナナリーを幸せにしたいと願って、そのために優しい世界を作り上げようと暗躍したかつての友、ルルーシュ・ランペルージ
スザクはそんなルルーシュをかつて皇帝に売った。そのことを後悔などしていない。
どんな事情があっても、それが日本を、スザクを愛し、理解してくれたユフィを殺していい理由にはならないのだから。
上条当麻は正しい。正しいのに――、

「幻想……ユメか……」
「……?」

レイが口を開いた。
静かな声だった。
声とは音であるのに、静かという表現は不適当かもしれない。
だがそれはあまりに穏やかで、周囲の大気に染み渡るような響き。
それでありながら重く、周囲の人間が押し黙るしかない迫力があった。
数拍の静けさの後、再び同じ声がレイの口から発せられる。

「上条当麻。お前が今までそうやって幻想を殺してきたことに後悔はあるのか」
「後悔……? そんなもんあるかよ。誰かが泣いてるんだ。助けを求めてるんだ。
 心の底では皆、誰もが笑えるハッピーエンドを望んでるんだ! そこに手を差し伸べるのに後悔なんざ――」

そうだろう。
だからこそこの少年は残酷なまでに無邪気に、幻想(ユメ)を殺すなどと言い切れる。

「ならば聞かせてもらおうか。俺にも幻想(ユメ)があった。一人の女と平和に、穏やかに暮らしたい。そんなささやかなユメだった。
 それを、あの男が引き裂いた。自分に協力しないというただそれだけでだ。そいつには多くの賛同者がいた。
 そいつらにとってのユメには、俺の幻想なぞどうでもいいことだったんだろう」
「それは……ッ!」
「だから必要ないと、殺されていいというのか、俺のユメは!! 
 なあ、どうなる。幻想を、夢を殺された者は、その先どうなると思う」

大義を成すために――わずかな人間の夢を裏切り、踏み潰してもいいのか。
スザクはそれを選んだ。赦されるなどとは思っていない。
その罪を背負って地獄まで堕ちていく覚悟はできている。
だからこそレイ・ラングレンに銃を向けた。
だがそれは間違いだと上条当麻は吼える。
しかしその咆哮に対し、レイは氷のような眼で、どこへも向けられない煮えたぎるような怒りをぶち込んだ嘆きの声で問う。

「違うだろ……! だからって、殺し返したって……!」
「ああ、そうだ。どうにもならない。俺の大切なものが戻ってくるわけじゃない。だが問題はそこじゃない。お前は勘違いをしている。
 大切な何かのためだろうが何だろうが、誰かの幻想(ユメ)を殺すということの罪深さを、お前はまったく理解していない!!」

夢を殺された者は、残された者はどうなるのか。

レイの言葉によってスザクの心中に生まれた、泡立つような感情の正体がはっきりと分かった。
血に染まり、青ざめたユフィを抱いて嘆いた時のことをスザクは忘れない。
忘れることなどできるものか。
できることなら自らの身を剣で貫き、果てたかった。
だが虐殺皇女と呼ばれたユフィの汚名を雪がぬまま死ぬことを、そして彼女を裏切り、撃ち殺してのうのうと革命の大義を語るゼロを許しておけるものではなかった。
せめて、せめてその罪を思い知らせてやらなければ、彼女の死があまりにも哀れに過ぎる。
世界の全てから誤解されたまま、ただ汚名だけが残り、彼女の優しさも、夢も、誰にも理解されぬまま、汚名と憎しみだけが遺された。
それでいいのか。真実が消し去られたままでいいのか。その死が誰にも顧みられぬほどに無価値と断ぜられたままで許されるのか。

「罪深さ…………だって?」
「幻想を……ユメを殺された者は、どうなるか知っているか?」
「……」

知っている。
スザクはそれを知っている。
だが上条当麻は知ろうとすらしていない。
まるで彼女を裏切り、殺して、詫びの言葉すら口にしない、かつての友だった男のように。
それが……たまらなく腹立たしい。

「どうにもならない。決して埋まらない苦しみに、怒りに、悲しさに、心と体をさいなまれるんだ。
 それがどれほど苦しいか、知れ! 誰かのユメを殺すことの重さを! 俺が――――お前の幻想を撃ち殺す!!」
「やめろ――――――――ッッ!!!!」

言いながら、レイは自らの腰に差した奇妙な形の銃を抜いた。
スザクはそれを受けて警告の叫びを発する。
いくらなんでも銃を向けるのはやりすぎだ、と思ったが故だが、殺してでも止めるというつもりはなかった。
心情的にはレイの方に共感していたこともあったし、そもそも無駄に命を奪うという考えをスザクは持っていない。
撃つとしても肩か腕を狙うつもりで、だから狙いを付け直さなければならないために引き金にかける指が緩み、そして銃口が僅かに揺れた。
その僅かな隙――銃を構えた腕が、下からきた突然の衝撃で跳ね上げられる。

「レイさんッ……!」

レイが銃を構えていない方の腕で、下方からこちらの腕をかちあげたのだと気付く――その時にはすでに上条へ向けて引き金が引かれていた。
炸裂するマズルフラッシュの閃きが瞳を焼く。一瞬の早業。
銃口から放たれた弾丸が、あの少年の眉間を貫くのだろうと、スザクは半ば諦めたように考えていた。
――どさりと、重い何かが地面に落ちた音がした。


   ◇   ◇   ◇


固い岩盤のような床すら軽々と貫通するこの愛銃は、ヒットすれば人間の頭蓋など柔らかい果実のように撃ち砕く。
赤い血と脳漿の花が咲いた。
着弾の衝撃で上半身がのけぞるように跳ね上がり、そしてすぐ後ろの地面へと叩きつけられた。
それは赤い液体に塗れた何か。
その液体はどんどんこぼれていき、地に染みて水たまりを作っていく。
それはピクリとも動かない。

動きだけでなく、気配すらなく、生きて動くモノではないのだと誰もが一見して理解する。

「な……」

呻き声の主はそれを見下ろし、固まったように動かない。
どろどろと柔らかい内容物がこぼれていく様を、為す術も無く凝視している。
ビルの向こうで轟々と風が唸るような遠い音がする――していた気がするが、今は何故か音が遠い。
この空間が世界から遮断されたような錯覚。現実味がない。
いや――現実味がないのは、この自分自身の方かもしれない。
感じられないリアリティを確かめるように、この手に構えた銃の引き金を引く。そう、もう一度。
炸薬が破裂する音、硝煙の匂い、マズルフラッシュの閃光。標的が弾丸を受け止め破裂する。
それらは確かにここにある。視界に映る結果がそう示す。
なのに、やはり実感というものが失せていた。


「てめェえええええ――――――――――――ーッ!!!!」


二発目の着弾と同時、その傍らに立ち尽くしていた少年が吼える。
その瞳には怒りの炎が燃え盛っていた。
大切なものを壊された怒り。
そうだ。それでなくてはならない。
それを知らず、この身に受けた苦しみと、生まれ落ちて膨れ上がった憎しみを否定するなど許されない。
こちらと戦うときですら、自らの背に抱えながら立ち回っていた。そして今もそうだ。
だからそれを撃った。
御坂美琴という少女の亡骸の額を、この銃で撃ち抜いたのだ。

「どうした……そいつはお前にとって大切なものだったんだろう? ならば、それを傷つけられたらお前はどうするんだ」

少年は――上条当麻は全身を怒りでこわばらせた。
そして右手を固く握り締め、

「テメェをぶっ飛ばすッッッッ!!!!」

モンスターマシンが全開でモーターをふかしたかの如く怒り、吠える。
そして弾丸のように跳ねた。
一直線に真っ直ぐに、あまりにも馬鹿正直に。

「レイさん!」
「……止めるつもりならば勝手にしろ」
「……!」
「引く気はない」

突き放したような返答に対し、スザクは明らかに鼻白んだ。
だがどうでもいいことだ。撃とうが撃つまいが勝手にすればいいと先に言ったはずだ。
そして視線を正面に向けると、すでにあと一足飛びで届く距離まで上条当麻は突っ込んできていた。

「――!」

目を離したのは一瞬だった。そして予想外のスピード。
だが、対応不可能ではない。
すぐさま銃口を向ける。

そこから引き金を引く余裕はかろうじてあるはずだった。


「――うぅおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


銃弾は放たれた。
同時に心の底から響くような、あまりにも真っ直ぐな怒りの咆哮とともに上条当麻はさらに踏み込む。
大気を切り裂く音速の弾丸が、黒髪をいくつか散らすのが見えた。
だが血の徒花は咲かず。

「歯ぁくいしばれ!!」

最後の一歩。ついに辿り着かれたクロスレンジ――接近戦。
まぎれもない上条当麻の土俵だった。
銃口を向けようとして、その腕をガシリと止められる。
レイの腕を握り締める左腕、そしてもう片方の右腕。
握りしめた右拳。
上条当麻の必殺の一撃。

――来る。

そう思った瞬間、顎にガギンという固い衝撃がきて、レイの視界が上へと跳ね上がった。
頭上は夜空。暗い色。
それがチカチカと瞬いて見える。
首から上が吹き飛ぶような錯覚を覚えた。
あまりの威力のせいか膝から下が半ば痺れたように力が入らず、だがそれでもレイは踏みとどまった。
強引に痺れを押さえ込み、振りかぶるようにして上から殴りつける。
撃てないなら殴るだけだ。ゴキンと固いものが激突する音がした。

「がっ…………ああぁっ!!」

まともにこめかみに入っても上条当麻は揺るがない。
がっしりと踏みとどまるその両足は、まるで地に食い込んだ鉄杭のようにびくともしない。
そして再び幻想殺しの鉄拳が唸る。

「ぐ……がァッ!!」

受けた。
耐えた。
レイの反撃。

「ッ………………ッッだらあ!!」

受けた。
耐えた。
上条のボディブロー。
みしみしと体の芯まで食い込む威力。
膝はがくがくと不安定で、地面を踏みしめているのかどうか、確たる感覚がない。
視界は明滅し、夜のはずなのに白い光が見える。
内臓に鉛を埋め込まれたようで、体の節々は動かす度に鈍痛が走る。
折れたアバラはまるで心臓の鼓動のように、絶えず激痛を脳へと送る。


――だから、どうした。


そんなことは止まる理由にはならない。
向こうもそれは同じはずだ。
大切なものを理不尽に奪われた。
いや、それが本当に大切なものなら理屈はもう関係ない。
自分の半身に等しい存在がぽっかりと消え失せた空白の感覚。
埋めるためには憎悪をそこに流しこむしかなかった。
悲しみに向き合い、それに浸ることはできなかった。
だって、奴は――、
シノを殺したカギ爪の男は――、
おそらく俺の大事なものを奪って何の後悔もしていないのだろうから――。


思い知らせてやる。


殺してやる。


お前が何をしたかを、五体をバラバラにしてでも分からせてやる。


だから動け。


俺の身体。


その憎悪を燃料にして。


結果、焼き付いて朽ち果てようが構わない。


奴を殺すまで、もてばそれでいい。


なのに――――なぜ、動かない。


「――おぉらぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」


咆哮とともに放たれた上条当麻の右拳が、自身の顔面に叩き込まれるのを他人事のように見ていた。
まるでスローモーション。身体はすでに動かなかった。
兆候はすでにあった。
漆黒の殺意という、レイ・ラングレンを動かす燃料はすでにない。

一度認めてしまったから。
ユメの終わりを。
カギ爪の死を。
だからそれは、もう、二度と砕けて戻らない。
もう――動けない。
レイは今、気付かされた。
自分を突き動かすものはすでになく、自分自身の存在すらもとっくの昔に壊れた幻想であったと。
それを上条当麻の、幻想殺しの拳によって気付かされてしまったのだと。


   ◇   ◇   ◇


「……はぁ……はぁ……」

自身の荒い息遣い。
見下ろす視線の先には地に這うレイ・ラングレンの姿があった。
やや離れて、枢木スザクが無言で立ち尽くしている。
眉間に皺を寄せて、ひたすらに沈黙を守り続ける。
ビルの向こうで轟々と風が唸るような遠い音がする。

「……上条当麻」

風にかき消されそうな声はレイのものだった。
かろうじて息を整え、己の拳で打ち倒した男の顔を見る。
そこには感情が無かった。見たことのない表情で、語りようもない顔をしていた。
少なくとも若く、しかも記憶喪失の上条当麻が刻んだ極めて短い人生経験では、それは測りかねた。

「見事に幻想を殺されたよ。いや、気付かされたというべきなのか」

今度ははっきりと聞こえた。
しかし変わらず感情は読み取れない。淡々と言葉を紡ぐ。

「ひとつ聞きたい。俺が撃ったあの娘は、お前にとってどんな存在だった」

あまりに意外だった。
レイがそんなことを聞くとは思わず、上条はとっさに短く呻き、そしてわずかに考える。
夏休みの終わりに約束をした。
学園都市での、もうこの世にはいないであろう若き魔術師との戦いの後のことだった。
たぶん、おそらく、あいつはあの場にいたと思う。
そうでなくては説明の付かない事があった。
だから聞こえることを承知で約束をした。


――いつでも、どこでも、誰からでも、何度でも。このような事になる度に、まるで都合のいいヒーローのように駆けつけて彼女を守ると、約束してくれますか。


上条当麻は頷いた。
もちろんハンパな気持ちで答えたわけではない。
本気でそう思ったし、それ以前に起こった事件では実際に命をかけて一方通行と戦い、守ってみせた。
彼女を――御坂美琴が泣くような事があったら、何があろうとも助けてみせる。

それを……守れなかった。
もう、どうあがいたところで、それは元には戻らない。
幻想は殺せても、死んだ人間を生き返らせることなんかできない。
突然、無力感が全身にまとわりついてくる感覚があった。
レイに対する答えを口に出そうとする度に挫けそうになる。
夏休みのわずかな記憶しかない今の上条にとって、どんな辛い戦いでもこれほどの苦しみを味わったことは無かったと思う。
それでもきっと、これは答えなくてはならないことだ。
上条当麻にはきっとその責任があると、理屈抜きで思う。
もう動かない御坂美琴の亡骸を一瞥して、決意を固めた。
己が罪を告白する覚悟だった。

「……絶対に守ると約束した。それを、俺は、果たせなかった」

口にすると同時に、喩えようのない何かが自分の中で壊れた気がした。
それがきっと、御坂美琴を守れなかったという罪の、約束を果たせなかった罪の代償なのだろう。
レイはそうか、と頷いてそれ以上は何も言わなかった。
上条は歯をくいしばるしかなかった。

「そしてお前はあの死体をどうする気だったんだ。換金するつもりなら首だけ落とせばいいはずだろう」

立ち上がった金髪の男は、改めて見るとすぐにわかるほどボロボロだった。
この殺し合いに放り込まれてから連戦に次ぐ連戦だったのか、全身に夥しい傷と、服に染みた血の痕。
それでも足取りはゆっくりと、しかしふらつかず、まっすぐ上条の横を通ってスザクの方へと歩んでいく。

「……」

この男が何を言おうとしているのかは、上条にはわからない。
だが、きっと何かを求めている。
今まで幻想を殺してきた相手は、全てのものが答えを求めていたからだ。
幻想は殺された――ならば、どうすればいい?
その度に答えを提示してきた。
それしか道が見つからず、やむを得ず傷つき苦しむ選択肢を選ばざるを得なかったのだとしても、やり直せばいい。
心の底ではきっと自分も、他人も、誰も傷つけずに幸せになれる道を求めていたはずだと信じて、己の信念を見せつけてきた。

「こいつには帰る場所があったんだ。だから……元の場所に戻してやらなきゃならねえだろ。
 家族とか、後輩とか、あいつはそうやって見送られなきゃダメなんだと思う」
「先の俺たちとの戦いで、それは余計な荷物にしかならなかったようだが……死の危険を背負ってでもやらなくてはならんのか?」
「そうだ。けどな、俺は死んでなんかやらねえ。こいつを送って、そして助けてやらなきゃならない奴がまだいるんだ。だから――」
「それは……お前にはもうそれしかできないからか?」

ハッとなる。
上条当麻は再び罪を突きつけられた。
守れなかった罪。果たせなかった約束。もう取り戻せない命。

「結局、お前も俺と変わらん。二度と取り戻せないもののために、傍から見れば馬鹿げた真似に命を賭ける。
 もうそれしかできないからだ。亡くした者のために、どう足掻こうがそれしかできないからやるんだ。
 それを悪と呼ぶなら、間違いと呼ぶなら俺はそれでも十分だ…………!!」
「アンタは……!!」

振り返れば、そこにはレイの背中があった。
スザクと一言、二言なにやら言葉を交わしているが、よく聞こえない。

レイが何かを詫びていることだけは、かろうじて判別できた。

「俺はそのためなら、それ以外の全てを犠牲にしてきた。悪だろうが、間違いだろうが、俺にはそれしかなかったからだ。
 それも既に消えて失せた。殺すべき敵はこの世にいないと、俺自身が気付かないうちに、もう認めてしまったんだ。
 そうしたらどうだ。全てを賭けた俺の悪が殺されたら、俺にはもう何一つ残っちゃいなかった……唯の一つも!!」
「じゃあゼロはスタートだろ!! だったらやり直せ!! 生きてるんだろ!! まだ目ェ開いてんだろ!! だったら――!!」

有無も言わさず叫んでいた。
この男はすでに生きることすら諦めていると分かってしまった。
心なしか、その立ち姿すらもが幽霊のようにあやふやに見えた。
そんな馬鹿なことがあるものか――上条はかぶりを振って否定する。そして叫ぶ。
お前は生きているのだ。やり直せ、と。
しかしレイはそれを受けても儚すぎる笑みを浮かべるだけだ。
そして先刻、スザクに突きつけられていた銃――確かベレッタという種類だったはずだ――を手渡され、グリップを握った。

「何やってんだスザク!! やめさせろ、止めるんだよ馬鹿野郎――――ッ!!」

反射的に駆け出そうとして、その一歩目で躓き、失速した。
上条自身もすでに連戦の疲労がピークに達していたからだ。

「スザク!!!!」

なぜだ――という意を込めて叫ぶ。
なぜ、あの青年はレイを止めない。
このままではどうなるかなんて、あの表情を見れば分かるだろう。
全てのしがらみを捨てた静かな瞳だった。
そしてその掌に握る銃を自らの心臓に突きつける。
駄目だ、駄目だ、駄目だ。

「やり直すのはお前だ、上条当麻。お前の幻想――あの娘への幻想は俺が殺した。ならばどうする。
 やり直せると吼えるなら、自分自身の生き様で死体なんかじゃない、あの娘の死をどう背負うか示してみせろ。俺は地獄で見ているぞ」


引き金が引かれる。
到底間に合わないと分かっても、レイ自身が望むとしても上条は認めるわけには行かない。
記憶ではない、理屈ではない、内から沸き上がる言葉にできない感情が、あいつを死なせるなと訴えかける。


「枢木スザク!! 止めろって、聞こえねえのかスザクッ!!!!」


「あの娘を撃ったことは……済まなかった。これだけは、心から詫びておく」


火薬の炸裂音と、むせるような硝煙の香りと、そしてズタ袋が叩きつけられるような音がした。
どうっ、という音を立てて地に伏すそれは、赤い液体に塗れた何か。
液体はどんどんこぼれていき、地に染みて水たまりを作っていく。
もうピクリとも動かない。
動きだけでなく、気配すらなく、生きて動くモノではないのだと誰もが一見して理解する。




ビルの向こうで轟々と風が唸るような遠い音がする――していた気がするが、今は何故か、音が遠い。




【レイ・ラングレン@ガン×ソード 死亡】


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236:進め、骸横たわる荒野 C.C. 253:幻想(ユメ)の終わり(後編)
236:進め、骸横たわる荒野 戦場ヶ原ひたぎ 253:幻想(ユメ)の終わり(後編)
242:夢と復讐 上条当麻 253:幻想(ユメ)の終わり(後編)
242:夢と復讐 枢木スザク 253:幻想(ユメ)の終わり(後編)
242:夢と復讐 レイ・ラングレン GAME OVER


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最終更新:2010年05月09日 15:37