進め、骸横たわる荒野 ◆IVe4KztJwQ



第一章 月の光の下で


夕闇が辺りを包みこみ、戦場ヶ原ひたぎC.C.の居るビルの屋上を
冷たい風が吹き抜けてゆき、ひんやりとしたそれは微かに肌寒さを感じさせる。

C.C.は冷え切った食べかけのピザひと欠片を腹の中に放り込み、
戦場ヶ原の腕の中では二匹の猫が体を必死に温めようと
まるで赤子のようにその身を寄せ合っていた。

そんな二人を此処に残して上条当麻の元に向かった枢木スザク
レイ・ラングレンからC.C.が手にしたハロに未だ連絡がない様子をみると、
おそらく彼らは今も戦っているのだろう。

空を見上げて物思いに耽っていた戦場ヶ原。
彼女はなんとはなしに南の夕暮れを見つめていた。
その表情に何かを感じたのか、同じように茜色の空を見やった
C.C.が戦場ヶ原に声をかける。

「心配か?」

「いいえ、信長相手ならいざ知らず。
 あの二人だってそう簡単にはやられないのでしょう」

「違う。わたしが言っているのはスザクとレイの事じゃあない」

戦場ヶ原が少しだけ顎を上げる。その瞳を見返しながらC.C.が問いかけた。

「お前の想い人。阿良々木暦とやらの事だ」

C.C.の口から唐突に飛び出した彼の名前。
戦場ヶ原はほんの少しだけ眉をひそめ、微か呼吸を置いて、
冷静な表情をつくりながらも声を発した。

「あら珍しい、あなたが他人の事を心配してくれるなんて
 さっきから一体どういう風の吹き回しなのかしらね」

私に媚びても無駄よ、あなたに返せる物なんて何もないのだからね。
戦場ヶ原の瞳からはそんな感情が読み取れるが、
彼女の態度をさして気にした様子も見せずC.C.は話を続け。

「こう見えてもわたしはお前ほど冷血じゃあないんだ」

遠くに見える地平線は夕暮れにまみれて、
月と星のような小さな明かりがちらちらと揺れていた。

「…あの男が死んで」

柄にもなく感傷的になっているのかもしれない。
星空を見上げたC.C.が物憂げに首を傾けて、
冷たい風から身を守るように肩を抱き寄せながら語りだす。

この島に放り込まれた直後、ライダーに襲われたC.C.を救ったアーチャー
彼とC.C.は半日以上という、短いようで長い時間を共に過ごしてきた。
深い黒色を湛えた瞳と褐色の肌、力強い意思を感じさせる背中を思い出す。
しかし、そのどれもがほんの数刻で過去のものに変わってしまった。

「お前の瞳には、常に物憂げな哀しみと後悔のようなものを感じていたよ」

彼はこの場所で一体何を願っていたのだろうか。
それは結局C.C.にわからず仕舞いだったけれど。

「お前は満足して死ねたのか、アーチャー」


◆◇◆◇◆◇◆

──月の雫が落ちた。

目の前の光景に戦場ヶ原ひたぎは驚きを隠せない。

「可笑しいな、なんにも哀しくないはずなのに。
 あいつとはほんの少しだけこの島で一緒に過しただけなのに」

わたしの胸が痛いのは何故なんだろう。

悠久の刻を生きてきた魔女C.C.。
彼女は人の死などとうの昔に慣れていたと思っていた。

それなのに、アーチャーの姿だけではなく
会って間もないC.C.を助ける為に最後の力で紫電を解き放ち
勇敢に吼えながら死んでいった御坂美琴という名の幼き少女や、
廃屋の中で友人である彼女の遺体と再会を果たし、
その死を否応なしに見せ付けられた上条当麻の光景が次々と浮かんできた。
あの時の彼も今のC.C.と同じような気持ちだったのだろうか。
きっとそうなんだろうと思う。

ここは戦場ではない。悪意の玩弄者によって創られた偽りの血戦場。
幾度となく終わりを願い、今まで死ぬことのできなかったをC.C.を残して、
仕組まれた偽物の舞台で皆が死んでいく。

「こんなことは間違っているだろう」

必死に生きようとする者が本来は生き残るべきはずなのに。

胸いっぱいに夜の風を吸い込み小刻みに震えるC.C.の頬が濡れていく。

彼女は上条当麻を連れ戻し必ず帰ってくると言った
アーチャーをとても赦す事が出来そうになかったけれど、
上条当麻が無事に生きていたというその事実こそ、
彼を必死に守り抜き、その結果あの魔王信長と最後まで
勇敢に戦ったであろうアーチャーの褐色の背中が容易に想像できる。
だから、その努力に免じて、ほんの少しだけ許してやろうとおもう。

憂いの表情を浮かべる彼女の中を察したのか。
まるで慰めるかのようにC.C.の足元でアーサーが「ニャー」と鳴き声をあげた。

「…そうね、あなたの言うとおり、こんなことは間違っているのでしょうね」

こんな時どんな声をかけたらいいのか、声をかけるべきなのかが判らずに、
戦場ヶ原はそれを黙って見ている事しかできなかった。

暫くして、月の光に輝く雫を拭い、C.C.は少しだけ赤く腫れた頬をみせる。

「二人だけとはいえ、お前にこんな顔を晒してしまうとは」

とんだ生き恥だな。そう語るC.C.の瞳は未だ濡れていた。

「馬鹿ね、いくら私でもそんな顔のあなたに悪態を付く気はないわ」


◆◇◆◇◆◇◆

第二章 決意と選択


「戦場ヶ原ひたぎ、もう一度だけ聞く」

いつになく神妙な顔つきで迫るC.C.の気配に
戦場ヶ原は唇を結び彼女の瞳を見つめ返す。

「お前は想い人が心配か?」

その問いに、努めて冷静になりながら、戦場ヶ原がゆっくりと口をひらいた。

「ええ、もちろんよ。
 ちなみに阿良々木君ったらね、前にこんな事を言ったのよ。
 私たち二人が付き合う時、これからはお互い一切の隠し事は無しにしよう。
 もしも意見が食い違ったら、その時はお互い話し合おう」

珍しく女の子の顔をみせた戦場ヶ原は
まるで夢見る少女のように阿良々木暦の事を語る。

「なるほど、いい男なのだな」

その表情を見たC.C.は遥かな昔には、自分にもああいった乙女のような頃が
あったのだろうかとつい思い返してしまう。しかし、かぶりをふり今更だなと苦笑した。

「でもね、阿良々木君ったら自分が傷つくのは一切お構いなしで
 いつも無茶を繰り返してばかり。その癖わたしの前では
 そんな様子をカケラも見せずにやせ我慢ばかりしているの」

隠し事は一切無しにしよう。そう約束したはずなのに酷い話よね、と語る。

こんな場所じゃあ、きっと今も体を張って、何処かで誰かを助けようとしている。
そんな事をしている阿良々木君の姿が目に浮かぶ。
だからとても心配、心配してないといったらそれは嘘になる。
だから阿良々木君の無事な姿を早く見たい。
早く彼に会いたいのだと、己の心境を吐露していった。

「ふふっ、それは男の子だからしょうがないのだろう」

「あら、あなたと意見が合うなんて珍しいわね」

戦場ヶ原の言葉には確かな想いが在った。
高校生活の二年間、誰ともふれあう事のできなかった彼女。
その戦場ヶ原のことを、脇目も振り返らずに助けようとしてくれた男の子。
誰でも助けようとする。とても優しいお人よしな彼。

「そんな阿良々木君だからこそ。私の心は彼に夢中になったのだけれど」

だから私は阿良々木君と必ず一緒に元の世界に帰る。
力強い意思の炎を瞳に宿しながら戦場ヶ原がその決意を語る。

「それで、私のデレ話を聞いたあなたは一体どうするつもりなのかしら」

緑色の髪を風に揺らしながらC.C.は静かに立ち上がり。彼女の真実を告白した。

「戦場ヶ原ひたぎ、わたしは魔女だ」

「ええそうね。知っているわよ」

「いいや、お前は本当の意味でわたしの魔女たる所以をまだ知らない」

真剣な面持ちのままC.C.はその言葉を紡いでいく。

「戦場ヶ原ひたぎ、お前はこんなところで終わりたくないのだろう。
 お前には生きるための理由がある。力があれば生きられるか?」

もしも自身の生を願うのなら、力があれば生きられるのなら。

「わたしの願いを一つだけ叶えてもらう。その代わりお前に力を与えよう」


◆◇◆◇◆◇◆

それは王の力《ギアス》

アーチャーのような超人でもなければ、スザクのような達人でもない。
ただの一般人に過ぎない戦場ヶ原ひたぎが、魔女と契約する事により
人の世の理から外れ絶大な力を手にする事ができるのだという。

C.C.から《ギアス》の説明を聞いた戦場ヶ原は思案する表情を見せた。

「たしかに悪い話ではないわね。
 でもそのギアスという力は
 そんなに都合のいいものなのかしら?」

「お前がそう警戒するのもわかるが、
 わたしの願いなど此処では簡単に
 叶えられるかもしれないものだから安心していいぞ」

疑念を捨てきれない戦場ヶ原に対してC.C.はさも簡単な事のように話す。
しかしそんな力があるのなら、どうして今まで話さなかったのだろう。
その力ゆえに誰かに狙われるのを恐れて今まで隠してきたということなのか。

「ひょっとして、その力にはあなたの願いを叶える。
 それ以外にも何か代償があるのじゃないかしら?」

頭の悪い者ならば、目先の力に惑わされあなたの言葉に
すぐにでも飛びつくのでしょうけれど。
そう底意地の悪い言葉を付け加えながら、戦場ヶ原は胸に抱いた疑問を声にする。

「流石に鋭いな、まぁ普通に考えれば
 魔女との契約の代償がそんなに安いわけがない」

別に騙すつもりはなかったと、C.C.は肩にかかる
長髪の毛先を弄びながらなんのことはない様子で話す。

契約すればお前は人の世に生きながら人とは違う理で生きることになる。
異なる摂理、異なる時間、異なる命、王の力《ギアス》はお前を孤独にする。
それが本当の代償。

それでもこの煉獄を生き延び想い人と再会できるのならば、
この契約を断る理由などないだろうとC.C.が笑う。

「でも、今まで黙っていたその契約を
 どうしてわたしに持ちかけてくれたのかしら」

「どうしてだろうな。それはきっとお前の瞳が常に揺るぎない
 生きる意思を持っていた、それをわたしが感じたからなのかな」

神原駿河が死んだ時に深い哀しみを堪えた戦場ヶ原はとても危ういように見えた。
それでも愛する男の下へ行く為に、未だ一切の揺らぐ事のない意思を秘めている。
そんな彼女の姿を今まで見てきたからこそ、
C.C.はこの力《ギアス》を授ける事を良しとしたのかもしれない。

「それで、どうする。戦場ヶ原ひたぎ」

王の力《ギアス》その契約をするか否かを問いかけた。

魔女の呼び声に、戦場ヶ原ひたぎの決断は──。


◆◇◆◇◆◇◆

「あなたの好意はその、とてもありがたいのだけれど。
 でもごめんなさい、わたしにその力は必要ないわ」

C.C.の金色の瞳を真っ向から見返しながら、はっきりと答える。

「…何故断る。お前は想い人と無事に再会したくはないのか」

生きる可能性が高まるならば、この契約を断る理由などないだろう。
しかし、その言葉に返ってくるものはどこまでも冷ややかな視線だった。

「あなたって本当に魔女だったのね、その事には少し驚いたけれど。
 でもあまり人間を見縊らないでもらえるかしら」

私に《ギアス》はいらない。

「そうは言っても、ただの女に過ぎないお前はやはり無力だろう。
 お前を守る為に死んでいった神原の事を忘れたわけではあるまい」

馬鹿にしたように、戦場ヶ原がせせら笑った。
いや、怒ったのかもしれない。

「ふざけないで、もしも安っぽい同情で言っているのならなおさら真っ平よ。
 私と神原の関係を知らないで、軽々しくその名を呼ばないでもらえるかしら」

「ああ、確かにわたしにはお前たち二人の仲など知る由もないさ。
 でも神原は死んだ、それは紛れもない事実だろう」

普段からの毒舌が禍してしまったのか。
責めるようなC.C.の言葉に戦場ヶ原の中で何かが切れた。

「軽々しくその名を呼ばないで、私はそう言ったばかりよね」

体中の血液が逆流して、怒気を孕んだ声が静かに響く。

黙って聞いていれば、あなたと契約して当然だとでも、
その力で私を救おうとでも思っているのかと声にだす。

「傲慢もいいところだわ。冗談は口だけにしなさい」

ピシャリと言い放ち。想いが決壊したかの如くC.C.を捲くし立てた。

「はっ、この私が無力ですって。あなたの方こそ本当の私を知らないのもいいところね」

唇を噛み締め、戦場ヶ原の身から沸き立つかのような、微かな殺気が溢れてくる。
その気配に、彼女へ擦り寄っていた二匹の猫が脱兎の勢いで離れていった。

戦場ヶ原の方こそ傲慢ではないのか、その態度にC.C.はむっとした表情を見せた。

「お前がそんなに激情家だったとはな。
 図星を指されて憤ったのか」

彼女と自分は水と油、それどころか女としては全くの同質。
だからこそお互いの相性は最悪だと思っていた。
C.C.は今更ながらその事実を再確認してしまう。

戦場ヶ原がとても緩慢な動作でゆらりと立ち上がる。
目の錯覚か、背後の風景が揺らぎ、怒りに震えながら、
無知で哀れなあなたに教えてあげると言わんばかりに声を張りあげた。

「魔女よ、よく聞きなさい」

殺気を宿した片目が輝き、乾いた音を音を立てて、
彼女の左足が『ダンッ』とビルの屋上を踏みしめた。

「銅四十グラム、亜鉛二十五グラム、
 ニッケル十五グラム、照れ隠し五グラムに、
 悪意九十七キロで、私の暴言は錬成されている」

それが私という女、戦場ヶ原ひたぎだと。

「ほとんど悪意じゃないかそれは…」

C.C.の突っ込みを、無視して動じず、戦場ヶ原が言葉を続ける。

「でもね、それは阿良々木君と出会う前の私。
 いまの私はその総てを阿良々木君への愛で出来ている。
 そう言っても過言ではないのよ、いいえそれが真実」

揺るがない意思とその蒼い眼差しに一瞬だけ哀愁が浮かぶ。

でも、本当はあなたの事もその中に入っているのだと。

彼女は今は亡き後輩のことを静かに想う。


◆◇◆◇◆◇◆

「これは驚いた、いつもの鉄面皮がまるで嘘のようだな。
 それで、そこまで啖呵を切るくらいなんだ。
 神原を死なせたお前の何処が無力じゃあないのか。
 無知なこのわたしに是非教えてもらえないだろうか」

そんな暴言や愛の言葉だけで、一体なにが守れるというのか。

挑発めいた言葉を返してしまった自分を不思議に思うC.C.。
気が立っているのはどうやら戦場ヶ原だけではないらしい。
それならばと彼女は魔女らしく、嫌な感じに頬を歪め嘲るように笑ってみせる。

二人の間に走る決定的な亀裂。

怒りで体が震える、知らぬうちに掌を握り締めて、
挑発とも受け取れるその笑みと戦場ヶ原は真正面から対峙した。

「まだわからないようね」

ならその体に私が直接教えてあげる。

戦場ヶ原が吼えながら、ゆっくりと腰を落とし両手を背中の後ろにまわし、
それらを左右に勢いよく取り出した。

その両手には、カッターナイフと、
ホッチキスを始めに、様々な文房具が握られていた。
先の尖ったHBの鉛筆、コンパス、三角ボールペン、シャープペンシル、
アロンアルファ、輪ゴム、ゼムクリップ、目玉クリップ、ガチャック、
油性マジック、安全ピン、万年筆、修正液、鋏、セロハンテープ、
ソーイングセット、ペーパーナイフ、二等辺三角形の三角定規、
三十センチ定規、分度器、液体のり、各種彫刻等、絵の具、文鎮、墨汁。
etc…、etc…。

両手いっぱいに広げられた、それら文房具を一体何処に隠し持っていたのか。

あまりに非常識なその姿に唖然とした表情でC.C.は声を出せない。

そのほんの一瞬の隙を見逃さず。

両手に凶悪無比な悪意を込めて、戦場ヶ原ひたぎが地を駆ける。

「なっ…」

直後、二人の距離が刹那で詰り、体を庇おうとC.C.はとっさに両腕を
前へ掲げるが、十字に交差する腕の動きを完全に読んでいたのかと思えるように、
戦場ヶ原は目の前の左手首を素早く強引に掴むと
その腕を逆関節へと捻りあげながら叫ぶ。

「つまりはこういう事よ」

ぞっとするくらいに冷えた視線がC.C.を捕らえた。
瞬間、光る刃を湛えた戦場ヶ原の左手が
狙い澄ましたかのようにその腹部へと吸い込まていく。

「…っ!!」

体中を駆け巡る鈍い痛みと熱にC.C.に苦悶の表情が浮かぶ。
次の瞬間、左手首を掴まれたまま全力で蹴っ飛ばされ、空中で視界が反転した。
直後、無理やり地面に叩きつけられて背中を襲う衝撃に肺から空気が搾り出され、
一気に過呼吸に陥り、刺された腹部を戦場ヶ原の足が容赦なく踏み抜いた。


◆◇◆◇◆◇◆

「かはっ…」

C.C.の咽から息が漏れ、声なき悲鳴を噛みしめる。

その光景を。そ知らぬ顔で。

「悲鳴を上げないのね、立派だわ」

戦場ヶ原が上から見下すように言った。

「私はね、阿良々木君に再会する為であれば
 たとえ相手が誰であろうとも、容赦をするつもりなんて一切ないわよ」

曰く、人間は本来の力を理性という名の無意識下で制限をかけている。
それがこの女、戦場ヶ原ひたぎには完全に欠落しているとしか思えない。

いくら油断していたとはいえその躊躇ない先制攻撃を
捕らえる事ができなかったという事実をC.C.は痛みと共に認識した。

「これが、お前の力か…」

「そうよ、これがわたしの力よ」

アーチャー達のような超人と比べたら確かに私程度の力なんて
微々たるものでとても非力なものなのかもしれない。
だとしても、彼女の悪意とその刃はこの世界を確実に侵食し深く傷付ける。
私は誰かに守られているばかりの甘っちょろい女ではないのだと。
戦場ヶ原ひたぎは高らかに宣言する。

C.C.は血反吐を吐き、刺し傷のある腹部を庇いながら体を上向きに捻る。
瞳に映るは空に広がる満天の星空、ではなく戦場ヶ原の凶悪な笑み。

「…まったくなんて女だ」

「どう、これで少しはわかったかしら」

「ああわたしが間違っていたようだ、今のままでお前は十分強いよ」

如何に油断していたとはいえ、街のゴロツキ程度ならば
軽く組み伏せられるだけの実力を持った自分がこうも無様を晒してしまうとは。
戦場ヶ原の攻撃性や気性を彼女の毒舌や暴言で知っていながら
C.C.はそれを今まで少し勘違いしていたらしい。

あまりに一切躊躇のないその動きは人を傷付けることに全く迷いがなく、
例え相手を殺してでも自分の成すべくことを成す。
そういった類のものが感じられたからだ。
悔しいが認めるしかないだろうと、C.C.の顔には苦笑いしか浮かばなかった。

少しだけ不満そうな態度の彼女に戦場ヶ原は解ればいいのよと、
軽く声をかけながら、まるで悪びれた様子もなく自分の右手を差し出し肩を貸す。

「ごめんなさいね、やっぱり痛むのかしら」

「当たり前だ、お前が刺したのだろう」

唇の血を拭い、気だるそうに緑色の髪をかきあげた。

「それでも容赦してあげたのよ」

体を起こしたC.C.の傷口に応急手当をしながら言う。
だってあなた、その程度の傷くらいなら放っておいても治るのでしょう。
便利なものね、まるで阿良々木君みたい。
さして興味もなさそうに呟き、そして言葉を続けた。

「本当は、あなたの提案が好意だという事も解っているの」

戦場ヶ原は今まで話していない過去をC.C.に少しだけ語った。
蟹に行き会い、心の重荷を肩代わりしてもらう代わりに
本当に大切な想いを失くしてしまったという事や、
大切な想いを取り戻す間の心の空白が、如何に苦しいものだったのか。
もう二度と誰かの特別な力を借りて楽をするような真似はしたくはないのだと。

「だから、あなたの契約は受けられないわ」

その瞳は揺るぎない、確固たる意思を秘めていた。


◆◇◆◇◆◇◆

これまでの経験の中でC.C.が《ギアス》の力を拒まれたのは初めてだった。
己の願いを叶える為に、ルルーシュと出会う以前にも
マオや数々の人間達と幾度となく結んできた《ギアス》契約。

C.C.は考える、一体この女の強さは何なのだろう。

王の力を拒み、あくまで自身の力のみで想い人との再会を願う女。

「…そうか、お前はもう持っているのだな」

遥か悠久の彼方、C.C.がまだ人間だった頃の思い出が甦る。
卑しい奴隷であった少女は人々からの愛が欲しいと一心に願い、
結果、人々から愛される《ギアス》力を手に入れ、少女の願いは叶うはずだった。
しかし哀しいかな《ギアス》で手に入れた愛は、少女が本当に望む物ではなく、
真に愛されたいという少女の願いは、終ぞ叶う事がなかったのだ。

戦場ヶ原ひたぎ。
阿良々木暦に対してどこまでも真っ直ぐなこの少女は、
C.C.が手に入れる事のできなかったソレを既に手にしているのだろう。
故に《ギアス》の力など必要とせず、あれだけの力と意思を見せ付けられるのだ。

「まったく羨ましいかぎりだよ」

C.C.は短く息をついて軽く首を振りながら
改めて戦場ヶ原の想い人のことを考えてみる。
よくもこんな恐ろしい女と付き合える男がいたものだ。
女の情のが深すぎるのは考えものだぞ。
まだ見ぬ阿良々木暦に内心で毒づいてやった。
そんなC.C.の心の内を察したのか。

「何か、不快なことを言われた気がするわ」

「なあに。お前の想い人に、わたしも少しだけ会いたくなってきただけさ」

本当に、一体どんな男なのだろう。
もしもC.C.が阿良々木暦に会う事が出来たなら、
彫刻刀で刺された事や、散々暴言を吐かれた文句を言ってやろう。
そして人間を誑かす魔女らしく、一言こう言ってやるのだと。

『この女だけはやめておけ』

まるで子供が悪戯を考えるような笑みを浮かべて楽しそうに笑う。
そんな様子のC.C.を、戦場ヶ原が冷ややかな眼で見つめた。

「もしも貴方が阿良々木君を誘惑しようものなら、
 今度は一切の手加減と容赦をしないわよ」

軽く睨み付けながら釘を刺す。

「ははっ、そいつは恐いな」

しかしここに来てからのわたしは踏んだり蹴ったりだと、
開始早々に血を吸われるわ、怖い女に腹を刺されるわ、
もし本当にここで死ねるのならばそれもありだとそう思っていたはずなのに。
せっかくお前に助けてもらったこの命、もう少しだけ生きてみるのも悪くない。
今は心からそう感じるよアーチャー、と心の中で語りかける。

その瞳に月の雫を湛えながら、それが零れ落ちる事はなかった。


◆◇◆◇◆◇◆

第三章 戦火の中で


「これからお前はどうするつもりなんだ」

戦場ヶ原ひたぎの心中を察したように話しかける。

「そうね、守ってもらうばかりなのも正直飽きてきたわ」

戦場ヶ原が髪留め用のゴムを新しく取り出して
数時間前に一度纏めた後ろ髪をゆっくりと解いていく。
両肩から背中にかけてその黒髪が流れるように広がっていった。
それらを両手で軽く揉みしだき、気合を入れるように纏めて縛りなおす。

「わたしは阿良々木君に会いたいの」

両腕を軽く伸ばし背伸びをして、まるでこれから体を
動かすのだと言わんばかりに体中の関節を鳴らしはじめた。

「行くのか?」

「ええ、そのつもりよ」

体を動かし、肺から深く息を吐き出しながら戦場ヶ原は迷いのない声で答える。

「スザクやレイ、無鉄砲なツンツン頭はどうするつもりなんだ?」

「あの二人がついているのなら上条君も平気でしょう」

当たり前のように言う戦場ヶ原ひたぎ。
スザクとレイならば確かに赤毛の男サーシェスと対峙しても
そう簡単に遅れを取る事はないだろう。
それでもC.C.は知っている。上条当麻らを助ける為に一人で行動した
アーチャーがその結果、還らぬ者になった事を忘れない。
そしてその三人より本当に心配なのは、お前なんだ戦場ヶ原ひたぎ。
その言葉は口に出さず、C.C.も自分の行動方針を決める事にした。

「いいだろう、いい加減わたしも少しは働くとしよう。
 なに心配するな、こう見えてもお前よりは戦えるのさ」

一旦海上に出たルルーシュとはどうせ暫く合流できそうもない。
戦場ヶ原の想い人、阿良々木暦の顔も見てみたくなった。
なによりお前のような凶暴な女の一人野放しにはできないだろう。
だからわたしはお前に付き合ってやるさ、と付け加える。

「あらあら、ほんの少し前、私に簡単に刺された挙句。
 無様に地べたを這い蹲っていたのは、一体何処の誰だったかしらね」

「まいったな、それがお前の錬成する悪意というわけか」

「それとも私の盾代わりになってくれるのなら、居ないよりはマシなのかしら」

「その捻くれた物の言い様を少しは直せ。想い人に嫌われても知らないぞ」

阿良々木君なら平気。
だって彼ったら、私の暴言に尻尾をふって喜ぶような変態さんだものと
戦場ヶ原はくすりと笑い。C.C.は呆れた様子で頭を振る。
二人は珍しく緩やかな笑みを交わす。

「柄にもなく湿っぽいのなんて、あなたには似合わないのよ」

魔女は魔女らしくしていなさい。
微かな声で呟く戦場ヶ原の様子に眼を丸くするC.C.。

「驚いた、まさかお前、わたしを慰める為にあれだけの暴言を吐いたのか」

「それはあなたの気のせいだわ」

神原の事を好き勝手言われて、腹が立ったのは事実だと口を濁す。

戦場ヶ原はそう言ったけれど、C.C.は何となく理解してしまった。
ここにいない戦場ヶ原ひたぎの恋人である、阿良々木暦が知っている真実。
この女が吐く容赦ない暴言の数々は、確かに聞く者の心をえぐる。
しかし、それは彼女が心を許した相手にしか決して口にしない、
素直に感謝の言葉を言えない彼女のなりの、
一種のコミュニケーションなのだという事を知る。


◆◇◆◇◆◇◆

東に行けば恐らく放送で呼ばれなかった信長がいるのだろう。
西に見えた海上の揚陸艇に阿良々木暦の姿はなく。
南に有る民家周辺ではスザク、レイらの放つ銃撃音が遠く鳴り響く。
北に位置する政庁跡地、崩落の様子に釣られた人間が集まっているかもしれない。

一切の予断を許さないその状況下。
戦場ヶ原ひたぎは放送で呼ばれた死亡者を数えながらその思考を重ねていく。

現在の生き残りは64人中、27人。
たった18時間で37人もの命が奪われたこの現状を再確認した。

政庁から揚陸艇で海上に脱出した人間が6人。
戦場ヶ原やC.C.、南にいるスザク、レイ、上条当馬、赤毛の男で6人
おそらく未だ東にいるであろう信長。
スザクらと別れ単独で信長の元、同じく東へ向かった一方通行
更には昼の戦いでスザク達と戦い東へ逃亡したという、二人組の女で4人。
これだけでも計16人、状況を振り返るだけでも生き残りの半数以上、
その現在位置を彼女は予想する事ができた。

そして崩壊したD-6駅以降、行方の全くわからない阿良々木暦の足取り。
禁止エリアや目撃情報が一切無い事や、阿良々木暦を一緒に探してやる、
そう言った上条当麻がたった一人で姿を現した状況を総合していく。

自分達が移動してきた島の東側に彼が居る可能性は限りなく低い。
ここはやはり当初の目的通り、島の西側にある象の像に向かう方が
彼と再会できる可能性が高いのか。
しかし集合予定の第三回の放送は既に過ぎており、
これから移動するにしても、一体何時間かかるのだろうか。
その間にすれ違いになってしまえば意味がない。

そして、先程から響く微かな戦闘音や周囲の状況を鑑みる。
おそらく現状で生き残っている人間、その約半数近くが
このエリアに密集しているのではないかとも思える。

「どうする、わたしはスザクとレイを待ち
 彼らと行動するのが今は一番安全だとは思うぞ」

「そうね、でもこうして状況に流されて、
 ただじっとしているだけなのはもう嫌なのよ」

だから私は自分の直感を信じると。

「わかった、お前の背中はわたしが守ってやる」

その言葉に、戦場ヶ原は素直にありがとうと返事をした。

「それにね、阿良々木君は私が本当に困っているときには
 いつだって助けに駆けつけてくれる王子様みたいな人なのよ」

戦場ヶ原の語るその言葉は、まるで愛の告白のように、恋の歌をささやくように流れ。
くるりと振り返ってみせながら、その瞳の片方を一瞬だけ閉じてみせた。

「さ、行きましょうか」

「まったくお前という女は」

戦場ヶ原ひたぎとC.C.。

束の間の休息、決裂、共感を経て。

世界に悪意と毒舌の限りを振り撒まきながら。

幾多の骸横たわる荒野を、その両足で歩んでいく──。

【E-5北東/六階建てビルの屋上/一日目/夜】

【戦場ヶ原ひたぎ@化物語】
[状態]:ポニーテール、戦う覚悟完了
[服装]:直江津高校女子制服
[装備]:文房具一式を隠し持っている、ヘアゴム
    スフィンクス@とある魔術の禁書目録、あずにゃん2号@けいおん!
[道具]:支給品一式 X2 不明支給品(1~3、確認済) 、バールのようなもの@現地調達
[思考]
基本:阿良々木暦と合流。二人で無事に生還する。主催者の甘言は信用しない。
 0:自分の直感を信じて阿良々木暦を探す。
 1:ギャンブル船にはとりあえず行かない。未確認の近くにある施設から回ることにする。
 2:正直、C.C.とは相性が悪いと思う。
 [備考]
 ※登場時期はアニメ12話の後。
 ※安藤から帝愛の情報を聞き、完全に主催者の事を信用しない事にしました。

【C.C.@コードギアス 反逆のルルーシュR2】
[状態]:健康、腹部に刺傷(応急手当済み、治癒中)、戦う覚悟完了
[服装]:血まみれの拘束服
[装備]:アーサー@コードギアス 反逆のルルーシュR2、赤ハロ@機動戦記ガンダム00
[道具]:基本支給品一式 阿良々木暦のマジックテープ式の財布(小銭残り34枚)@化物語
    ピザ(残り54枚)@コードギアス 反逆のルルーシュR2
[思考]
基本:ルルーシュと共に、この世界から脱出。
   不老不死のコードを譲渡することで自身の存在を永遠に終わらせる――?
0:戦場ヶ原ひたぎと行動を共にし、彼女の背中を守ってやる。
1:スザクとレイに放送の内容と特に織田信長の生存を伝える。
2:いずれルルーシュとは合流する。
3:利用出来る者は利用するが、積極的に殺し合いに乗るつもりはない
4:阿良々木暦に興味。会ったらひたぎの暴力や暴言を責める。
5:正直、ひたぎとは相性が悪いと思う
[備考]
※参戦時期は、TURN 4『逆襲 の 処刑台』からTURN 13『過去 から の 刺客』の間。
※制限によりコードの力が弱まっています。 常人よりは多少頑丈ですが不死ではなく、再生も遅いです。
※赤ハロとオレンジハロ間で通信が出来るようになりました。
 通信とは言えハロを通しているため、声色などはハロそのものにしかなりません。

※ひたぎとC.C.が直感にしたがった結果、スザク、レイと合流するのか、
 はたまた違う行動を取るのかは次の書き手氏におまかせします。


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230:待ち猫オーバーイート! C.C. 253:幻想(ユメ)の終わり(前編)
230:待ち猫オーバーイート! 戦場ヶ原ひたぎ 253:幻想(ユメ)の終わり(前編)


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最終更新:2010年05月09日 15:42