生物語~すざくギアス~(上) ◆1aw4LHSuEI



 D-5南部住宅街を歩く三人の人間がいた。
 枢木スザクを先頭に、C.C.と戦場ヶ原ひたぎが並んで続く。
 三者の間に流れる空気は重く、会話はあまりない。
 それも、当然のこと。
 先程仲間の一人が自殺し、思想の違いからまた一人の仲間と道を別れたのである。
 和気藹々と談笑するなんて雰囲気ではとてもない。
 元々、相性のいい組み合わせとは言い難いことも相まって、事務的なこと以外は言葉を交えることも僅かだった。

 日付が変わる直前――今が一体何月の何日なのかは分からないが――あと、30分といったところだろうか。
 住宅地に並ぶ街灯はまちまちで、暗い道をぽっかりと切り取ったように照らす灯がどこか印象的である。
 何かしら、人ではないものと出会ってしまいそうだと想起させるほどの雰囲気の中、
 それらを一切合切、意にすることなく――勿論、暗闇に敵が潜んでいないかの警戒ぐらいはしているだろうが――突き進む三人の足音だけが静寂を乱し、あるいは調和しながら響いていた。
 そのハーモニーが不意に侵される。
 一番前を歩いていたスザクが停止したのだ。
 それに伴い残りの二人も足を止める。

「―――何か、あったのか?」

 その様子から何か気付いたことがあるのだろう、と予測した魔女は口を開く。

「足音が、僕たちの他にも聞こえる。―――誰か近くにいるみたいだ」

 低い声でそれに答えるスザク。
 なるほど、確かに微かではあるがこうして立ち止まり耳をすませば聞こえてくるアスファルトを叩く音。
 しかも、徐々に大きくなりつつある。
 誰かがこちらに近づいていると言うことで間違いはないだろう。

 では、それは敵か、あるいは味方か―――?

 どちらにせよ不用意な接触は避けたい。
 レイ・ラングレンが最早いない以上、敵との交戦はなるべく避けたいところであるし、上条当麻の際のようなすれ違いからの対立などもっての他である。
 慎重に対応すべきなのは間違いない。
 とはいえ、ここは左右をずらりと並ぶ家屋に挟まれた一本道。相対は避けられないだろう。
 いざ戦闘となった時のため、ひたぎとC.C.にいつでも逃げられるようにと指示をしておくことをスザクは怠らなかった。

 足音は徐々に近づいてくる。その足取りに迷いはない。
 たった一人で、この場でそのような行為をとるということがどういう意味を持つのか。
 かの人物はよほどの強者か、或いは只の馬鹿か。―――両方、という可能性もある。
 どちらにせよ、一筋縄ではいかないだろうと、覚悟を決めて相手を待つ。
 無論、武器はいつだろうと取り出せるように準備しておいて。

 ―――月が雲に隠れて暗さが増す。
 スポットライトのように街灯で照らされた空間に、それは一歩ずつゆっくりと踏み出してきた。

 こつ。

 まず、黒いズボンに包まれた脚が。

 こつ。

 ポケットに突っ込まれたままの手が。

 こつ。

 黒と白で奇妙に彩られたシャツが。

 こつ。

 ニヤついた口元が。

 こつ。

 そうして、全身が舞台へと上がったかのように光を浴び。
 暗闇に潜むはずのスザク達へと目を向け、唇をさらに吊り上げて、笑ってそいつは言った。

「―――ハッ。二人も女連れやがって、随分とお楽しみだったみてェだなァ、おィ」

 一方通行、ここに見参。


「……一方通行? 無事だったのか」

 公園で別れた彼が十全な姿を持って目の前にいるということにスザクは少し安堵する。
 言動こそ少々過激なところがあるが、実力、知性、そのどちらも最高級で、自分と同じゲームの破壊者であることが分かっているからだ。

「まァな。織田信長ともやってきた」

 結果としては引き分けのようなものだ。殺せてはいないけれど。
 そのような意味のことを言い、一方通行はさも可笑しそうに笑った。

 一歩。
 彼が近づいた。

「―――それで? こちらの方はどなたなのかしらね。説明して貰えるとありがたいわ」

 スザクの反応からどうやら危険な相手ではないと判断したのか。
 澄ました顔でひたぎは問いかける。

 また一歩。
 彼が近づいた。

「ああ、彼は一歩通行。共闘したこともある。……大丈夫、信頼できるよ」
「こンごともヨロシクゥ、ってか。……はァン。なるほどねェ。お偉いお偉い枢木サンはこンな時でも人助けってわけかよォ?」

 さらに一歩。
 彼が近づいた。

 言外に足手纏い扱いされたことに若干苛立を覚えるひたぎ。
 自覚がないわけではないので反論はしないけれど、彼女の中で一方通行の評価が下がる。

「いや、それは……」
「あァ? で、あの死んだ魚みてェな目をした奴はどこだ?」

 取りなそうとしたスザクを遮りレイ・ラングレンの不在について問う一方通行。
 三者の表情は少し暗くなる。

「―――レイさんは、死んだよ。次の放送で名前が呼ばれるだろう」
「―――……ハ。そうかよ。どうにも長生きしそうにねェ面してたしなァ」

 そして一歩。
 彼が近づく。
 後、二歩程度。

 残念だったな。
 片目を瞑って白い彼はそう言う。

「……そのあたりも含めてよォ、情報交換といかねェか? コイツの話もある」

 コツコツと首輪を叩きながら一方通行はそう告げる。
 それは、首輪解除の手がかりが掴めたと言うことか。
 その意味を察した三人に拒む理由はない。
 少し顔を見合わせた後、代表のようにスザクが頷きを返す。

「ああ、それは願ってもないことだ。是非聞いておきたい」
「―――立ち話っつーのもなンだ。そこらの家でもに入らねェか」

 彼は一歩分だけ近づいた。
 そう、彼我の距離は一歩分。
 手を伸ばせば届く距離。

 そして、必殺の距離。

 す、と飽く迄さりげなく。
 枢木スザクに手を伸ばす―――。

「―――え?」

 しかし、伸ばされた腕は彼に届かず空を切った。
 バックステップ。いきなりの後ろへ向かっての跳躍。
 その瞳に映るのは赤い色。ギアス―――文字通りの呪い、強制の力―――の光。
 自己思考することなく、忠実に「生きろ」という命令に従うのみ。
 飛びずさり、着地し、そこで初めて正気に返ったように自分の行動を再認識する。
 この反応に対する四者―――スザク自身も含む―――は、皆一様に驚き。

 戦場ヶ原ひたぎは純粋に行動の意味がわからず。
 C.C.はとある可能性を思いついてしまって。
 枢木スザクは、それを確信してしまい。

 そして、一方通行は。
 憤怒の表情を、ほんの一瞬だけその顔に浮かべた。

「……おいィ? 流石に傷ついちまうぜ、枢木さンよォ? 俺ってば軽いスキンシップも許されないほど嫌われてた―――」
「―――……一方通行」

 目を剥いた表情を一瞬で殺し、ニヤニヤとした笑いを浮かべて白々しく続ける一方通行を妨げて、スザクは身構えながら尋ねた。
 そう、「生きろ」ギアスが発動した。
 それは、自分に命の危険が迫ったと言うこと。
 一方通行に触られそうになったとき、自分は死にかけていた、という事実。
 つまり。

「君は―――殺し合いに乗ったのか?」

 ―――ヒュッ。
 風を切る音が響いた。
 言い終わる、直前か、直後か。
 それほどの時間に、パチンコ玉がスザクへと飛来したのだ。

「く―――ッ」

 自発的な行動を取っている間、人間は普段以上に無防備になる。
 その隙をついた、完全なる不意打ちが、スザクに襲いかかった。
 普通人ならば到底対応出来ないだろうこの攻撃。
 だが、ある程度攻撃が来ることを予測し、ギアスで反応強化されているスザクならば躱すことも不可能ではない。
 瞳を染めながらも近距離のそれに対応し回避に成功するが―――。

「ぎゃは」

 避けた直後に自分のミスに気付かされる。
 そう、スザクが回避したことにより開いた射線上には、未だ事態を把握しきっていない戦場ヶ原ひたぎがいた。
 勿論、普通人の枠を逸脱しない彼女に、不意打ちで放たれた弾を発射された後に躱す能力などありはしない。
 驚いた顔のままで、無様にそれを受けるのみだ。

 ―――白い肌を貫き、血が舞った。

 ぽたり、血が落ちる。
 ばたり、と力なく体が倒れる。
 貫かれた体には力は入っておらず、即死とは行かなくとも常人ならば放っておけば死に至るだろう傷。

 横たわる二人の体が、赤く染まっていった。
 ―――二人?
 そう、二人だ。
 倒されたことで空を見上げ、驚いた顔のままのひたぎに被さるように、C.C.が体を重ねている。
 ひたぎよりも状況を把握していた彼女は、咄嗟にパチンコ玉からの盾となったのだ。

 ―――どうして?
 純粋な、そんな疑問の言葉すら発することが出来ずに固まるひたぎを見て、C.C.は苦しそうに息を吐きながら、それでも得意げに言った。

「だから、言っただろう。―――お前の盾代わりになってやるって」

 ……それを言ったのは私だったような。
 そんな、現実逃避じみた感想を浮かべてしまうひたぎ。

「ぎゃははははははははッ!? なンだなンだ、お涙頂戴感動の名作ってかァ!? くゥッだらねェんだよォ!
 さァッさと素直に死ンでろっつーンだよォッ!!」

 今まで纏っていた仮面をかなぐり捨てて、一方通行は攻撃を続けようとする。

「―――そう、何度もさせるかっ!」
「あァ!?」

 一方通行が攻撃の姿勢を見せるよりも早く、スザクはデイパックからとりだした「何か」を視線を遮るように投げつけた。
 一つではない。二つ、三つと幾つもそれを飛ばす。
 反射的にそれを迎撃してしまう一方通行。
 追い打ちをかけるつもりで用意しておいたパチンコ玉が「それら」を貫いていった。

 パン。と軽い音がしてそれは弾けて、中に詰まった白い粉が飛び出してくる。

(―――小麦粉?)

 解析により粉の成分を割り出した一方通行は考える。
 何が狙いなのか。
 思い出すことは、かつてのアイツとの戦い。
 粉塵爆発を発生させることで、危うく自滅しかけた。
 どうしても、心に一抹の警戒心が浮かぶ。
 もっとも、密閉空間ではないし、空気中に充満していると言うほどに散らばっているわけでもないから粉塵爆発を起こすことは難しいだろうが。
 などど考えているうちに、響く足音。
 それを聞いて、一方通行はひとつの可能性に思い当たる。

「―――あァ、なンだ。そういうことかよっ!」

 轟、と音を鳴らせベクトル操作。
 大気中の空気を操り風を作って小麦粉を吹き飛ばす。
 一瞬で舞う小麦粉を吹き飛ばして視界を晴らした一方通行の目に映ったのは。誰もいない道路。
 そう、単純に小麦粉の意図は煙幕であり、目的は逃走だったと言うこと。
 笑わせるほど単純なその意図を見て、一方通行はほくそ笑む。

「ハハッ、いいぜいいぜェっ! やってやろうじゃねェか鬼ごっこォ!」


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「―――で、一体どういうことなのかしら」

 現在、とある民家の中。
 そこの彼、枢木スザクの機転でなんとかあの場から逃げ出すことが出来た私たちはひとつの部屋に集まって相談をしていた。
 それと並行しながら、C.C.、あの魔女の手当も行っている。私が。
 女性の手当を男性に任せるわけにもいかない―――。それだけ。別に他意なんてないわ。
 ―――それにしても、これだけの傷。
 お腹に二発、胸に一発、右足に一発。抉るような傷口が開いている。
 普通だったらすぐに死んでいても可笑しくはないと思うけれど、そこはさすが魔女と言ったところかしら。
 自分で運動することはしばらく出来そうも無いにしても、暫くは死にそうにない。
 誰かを彷彿とさせるようなしぶとさで、治療と言っても止血して包帯を巻くぐらいしかすることはなさそうだった。

「―――すまない。理由はわからないけれど彼は殺し合いに乗ってしまったらしい。
 それにすぐに気がつくことが出来なかったのは僕の落ち度だ。責めてくれていい」
「肝心なところで使えないわね。愚図な男。このブタ野郎。……どうも悪意の調子が今ひとつだわ、いい言葉が浮かばない」
「……お前の冗談は……わかりにくい……。……で、これからどうするんだ……スザク?」

 あら、ちゃんと冗談だって分かってるじゃない。むかつくわね(←ツンデレ)。
 息も絶え絶えになりながらも彼女が尋ねた質問に、一瞬考えたあとで枢木さんは答える。

「戦場ヶ原さん。C.C.のことを連れて逃げてくれませんか?」
「……あなたはどうするの?」
「僕は、残ります。彼の移動速度は能力を最大限に発揮すればかなり早い。
 三人で逃げたところで途中で捕まってしまう。だったら、ここで僕が一人残った方が……」

 チッ、と。
 不快感を隠そうともせずに私は舌打ちする。

「つまりなにかしら。私たちは足手纏いだと?」
「―――そうですね。そういうことです。大丈夫、最悪でも時間ぐらいは稼いでみせるので、その間に逃げてください
 戦場ヶ原さんにはC.C.のことを背負ってもらわななければならなくなりますけど……」
「……それぐらいなら、やるわよ。さっき命を救って貰ったばかりの相手を見捨てるほどに、人間をやめてはいないもの」
「―――ありがとうございます。では、早速……」
「待て」

 毅然とした、だがどこか力のかけた声がまとまりかけていた私たちの相談を遮る。
 当然、この場にいる全身包帯になったもう一人の女だ。

「私抜きで話を進めるな……」
「何よ。他に何か案があるとでも言うのかしら。そんな死にぞこないの体で。……まあ、さっき庇ってもらった礼もあるわ。
 いいでしょう。聞いてあげます。ほら、話してみなさい。私が聞いてあげると言っているでしょう?」
「……私が言うのも何だが……お前は、つくづくコミュニケーションの下手な奴だな……」

 ……こういう見透かしたようなセリフはどうにも腹が立つわね。
 分かったような気にならないで欲しいわ。本当に。

「それで、結局何が言いたいのかしら?」
「ああ―――私を連れて行く必要はない。ここに置いていけ」

 耳を疑うような言葉が、聞こえたような気がした。

「……どういうつもり?」
「どういうつもりも何も……。戦場ヶ原、お前は阿良々木暦と合流することが目的なのだろう。
 だったら、私なんか連れて行っても邪魔になるだけだぞ」
「―――阿良々木くんはあなたに惚れたりなんかはしないわよ。自惚れないで」
「足手纏いになる、と言ってるんだ。私は暫くまともに動けそうにないしな」

 私のボケをスルーして彼女は答える。
 ……何よそれ。

「何が、したいの?」
「だから、阿良々木―――」
「阿良々木くんを理由にしないで頂戴。それは私の理由よ。あなたがどうしてそんなことをしたいのかって聞いているのよ」
「…………」

 沈黙。心底意外そうな顔を見せる魔女。

「……どうしたんだ。お前こそ。そんな風に私なんかのことを気に掛ける奴じゃなかっただろう」
「命の恩人を都合がいいからと喜んで見捨てるほど不義理だった覚えはないわね」

 いいから早く話しなさい。
 そう言うと彼女はすごく嫌そうな顔をしたけれど、なにか思い直したような表情になり、ぽつぽつと話し始めた。
 本当、面倒くさい女ね。

「―――私は、死にたいんだ」

 かすれるような声で、懺悔するような顔で。
 あの女はそう言った。

「不老、不死。私は長く生き過ぎて疲れてたんだ。死のうと思っても死ぬことは出来ず。
 私を愛した奴も、憎んだ奴も。みんな、私を残して死んで行った。だから―――。
 だから、私はずっと死にたかったんだ」

 そんな私に生き残りをかけた殺し合いなんて馬鹿げているだろう。
 と、彼女は濡れた瞳で笑いながら唇を吊り上げる。

「どうやらここなら私も普通に死ねるらしい……。それなら、と積極的に生き残るつもりもなかった」

 ふうん、と。
 何となく納得する。
 そう言われてみれば、だけれど。彼女の危険意識は確かに低かった。
 そんなことが理由だったらしい。
 まあ、長く生きるほどに生を疎ましく感じるだなんてありがちな話だものね。
 枢木さんの方を横目で見るけれど、特に反応はなし。
 知り合いが自殺志願者だって分かったというのに、無反応?
 ふうん……。まあ、いいわ。

「私を手伝う、と言ったのはどうして?」
「他にやることも……なかった、からな。だったらいたいけなな少女の手伝いも、悪くないか……と思っただけだ」

 ……いたいけ。痛い気?
 ああ、幼気ね。
 ―――え、それ、私のこと?
 どうにも似合ってないような気がするわ。

「じゃあ、私を庇ったのはどうして?」
「ちょうどいい機会だと思ったんだ。……誰かを、庇って死ぬなんて」

 …………へえ。
 ヒロイズムかしら。
 まあ、お話としては綺麗なのかも知れないわね。

「ここに、置いていけっていうのは?」
「もう、私のような死にたがりに付き合う必要はないってことさ。―――だから」
「だから、何かしら」
「戦場ヶ原ひたぎ、私のことなんて気にするな。私はお前が背負うには重すぎる女さ。ここに、捨てていけ」

「――――」

 私は一瞬だけ沈黙した。
 でも、一瞬だけ。
 殆ど即断と言っていい速さで返事をする。

「嫌よ」
「―――は?」

 あら。はっきりと発音したつもりだけれど聞こえなかったのかしら。
 年をとって耳が悪くなっているとか。いいえ、この場合悪いのは頭なんでしょうね。
 頭の悪い人は嫌い。大嫌い。本当に―――腹が立つ。
 込み上げてくるのは、押えきれないほどの怒りの感情だった。

「気に入らないのよ、大体。なんなのかしら、その上から目線。私は貴方を気遣ってあげています。年長者としての余裕です^^
 みたいな。何よその顔文字。単純な癖に腹が立つわね」
「……え、おい?」
「それに!」

 戸惑いの声も、驚いた顔も、知ったことじゃない。
 気に入らない。

「……私の前で、もう死にたいだなんて言わないで頂戴。冗談じゃない、冗談じゃないわ。
 ―――神原が死んだことで、あなただって生きているのよ。その命を必要ないだなんて、言わせない」

 神原の名前を口にすると、少しだけこの女の表情が変わった。
 見えてくるものは悼み。
 神原のことを心苦しく思ってないわけではないらしい。
 そして、そのまま口を閉じる。そのことについて言い訳をするつもりはないらしい。
 ……ああ、でもそれは私も同じか。
 勝手に理由にしてごめんなさいね、神原。
 あなたはあなたがそうしたいからそうしただけで。
 きっと憐れまれるなんて本意ではないでしょうに。

「―――話はまとまったかな。それじゃあ、改めて。戦場ヶ原さん、C.C.のことをよろしくお願いします」

 そして、いきなり話に入ってきて、勝手にまとめていく枢木さん。
 …………。
 なんというか、時折、うざったいわね。この人。

「……ええ、わかったわ」
「…………」
「なによ。あなた、不満なの?」

 しかしこの展開に納得はしてなさそうな彼女。
 ……まあ、いいわ。
 早いところ出発しましょう。あの男が追ってこないうちに。
 そう考えて無理矢理に彼女を担ぎ上げる。
 意志に沿わない、とはいえそこまで強情な態度をとるつもりはないらしい。
 特に抵抗はせずに、ちゃんと掴まってきた。
 包帯越しの柔らかい感触が背中に触れる。
 ……あのボロボロの拘束衣は捨ててしまったし、余裕ができたらどこかで服をちゃんと調達してあげたほうがいいのかしら?
 余り現状に関係の無いことを少し考えた。

「―――C.C.」
「……なんだ?」

 最後に、といった感じで呼びかける枢木さん。

「今の君にこんなことを言っていいのか分からない。だけど、聞いていて欲しいことがある」
「…………」
「ルルーシュは、君の望みを知っている」
「…………え」
「その上で。それでも君に生きていて欲しい、と願ったんだ。だから」

「―――生きろ。いや、」

 頼むから、生きてやってくれないか。
 そう、彼は彼女に頭を下げた。
 背負ったから顔は見えないけれど、彼女も目を伏せているらしい。
 ―――随分と込み入った人間事情があるようだけど。
 私には、関係ないわね。多分。
 空気を読まないで、或いは空気を呼んで。
 意図的にそれを無視して私は発言した。

「それじゃ、あとのことは任せたわよ、枢木さん」
「ええ、そちらも気をつけて」
「ああ、それと」
「?」

 これは、なんとなく言っておかなければ。


「あなたは時間を稼ぐって言ったけれど……別にあいつを倒してくれても構わないのよ?」


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 民家のすぐ近くにある少し開けた公園。
 そこで彼を待っていれば……さほど待たずに足音が聞こえた。
 ゆっくりと。
 最初に会った時と同じぐらいの速度で彼は歩いて登場した。

「よォ……。わざわざ待っててくれるとはなァ、随分と余裕あるじゃねェか!」
「予定通り、なんじゃないのか。君にとっては」

 その言葉に笑みを広げて笑う彼。
 そう、C.C.の治療のことを考えれば、ずっと逃げ続けているわけにもいかない。
 どこかで留まり治療行為を行う必要がある。だから広範囲の移動はできない。
 ならば、後は地面に落ちる血の跡をたどられればいけば遠からず見つかってしまう。
 だからこその、待ちの体制。
 きっと彼も同じように考えたのだろう。
 できるだけ、移動に能力は使わないに違いない。
 僕の予想ともあっている。

「―――ハ。どうしたンだよ、枢木。いい感じに覚悟決めた顔しやがって。てめェまさか俺に勝てると思ってンのか?」
「―――勝つさ。そして、君をここで排除する」

 彼は今やルルーシュと敵対しかねない存在となってしまった。
 だったら、ここで取り除いてしまうべきだ。

「……くか。言うじゃねェか。だったら!」

 彼の方から湧き上がる殺意が、黒い意志が増大するのを感じる。
 これは……!

「素敵に愉快にブチ殺してやンよォォォォォ!!」

 轟ッ―――!
 先程のパチンコ玉よりも重たい風を切る音が響く。
 ―――コーヒー缶!
 質量、体積ともに大きくなったことで、単純に避けづらく、また威力も高まっている。
 ……だけど、それは知っている。
 当たれば命を落すだろう一撃を、ギアスを発動させながら余裕を持って回避する。

「どっっっこ見てンだ、おらァ!!」
「な―――!」

 しかし、回避した先には一方通行がいた。
 超高速で移動して、先回りした?!
 いや、それだって投擲した瞬間には移動をはじめてないといけない。
 つまり、これは。
 こっちが回避する方向を予測して……。
 いや、最初からそう避けるように誘導されたってことなのか!?
 ギアスの反応から予想する所、触れるだけで死ぬらしい彼の手が迫る―――!

「くっ、あああああああああぁああっ!」

 回避行動の勢いのまま、慣性により彼の方向に近づいてしまう体を強引に動かす。
 地面を蹴り、彼を飛び越えて着地。
 今、上を飛び越えた隙に攻撃してこなかったということは。
 やはり移動速度事態は高速でも、彼の反応速度事態は大したことはないようだ。
 飛び越え着地することで、彼の無防備な背中が目に入る。
 ついでなので彼の背後から銃弾を叩き込んでやった。

 ―――が、反射。

「だっっっから、効かねえんだよ、そういうのはよォォォ!」

 反射された銃弾と振り向きざまに放たれたコーヒー缶を僅かな動きのみで回避。
 大げさな動きは隙を作るだけだな。
 しかし、能力発動はやっぱり自動、か。
 いや、それならそれで都合はいい。

「死ね死ね死ねしねェェェ!!」

 先程とは打って変わって真っ直ぐに飛び込んでくるだけの彼。
 単純な突撃、避けるだけなら容易い。
 最小限の動きだけで、それを回避するが―――。

「ははッ、お上手上手ゥ! ほうら、次だぜェェェ!!」
「な、そんな角度で……?!」

 回避は容易い。
 それは少々甘い考えだったのかも知れない。
 空中での方向転換すら可能な彼に慣性なんていう常識は通じない。
 避けた、と思えば即座に進行方向が変更。
 物理法則的にありえない動きをして、こちらにむかって再突撃してくる。

(まずい……! 近距離じゃ、分が悪いか……!)

 一度、二度、三度。
 連続での突撃。
 単純な速度だけならば彼の方が早いと言うのも不利な状況に拍車を掛ける。
 こちらは彼に攻撃を加えることすら出来ないと言うのに、彼は僕に触れるだけで殺せる。
 不利なんてレベルの問題じゃない。
 反応速度の速さで今のところなんとか回避しているけれど、それだってこのままじゃ時間の問題だ。
 だが、こんなところで、死ぬわけに……

「―――俺は、生きなきゃいけないんだ!!」

 明日を、作るために!

 完全に避け切れなくなる前に彼に向かって突っ込んで行く。

「―――ァ?」

 そして、そこに正面からの蹴りをブチかます!

「……何してンだ」

 当然、反射されるけれど……その反射を壁の反動と見立てて三角飛び!
 足にかかる負担は当然尋常ではないはずだが……タイミングよく体を動かせばなんとかなるだろう。
 これが最善の選択肢だと、ギアスが確信させる。
 ―――そう、触れられないなら触れなければいい!
 反射がオートなら、反応速度が遅いなら。こっちからの近距離攻撃も反射してしまうはず!
 これで―――!

「てめェ……」

 ものすごい勢いで僕の体は弾かれて宙を舞う。
 くるくると空中で回転しながらも姿勢制御。
 すたん。と音を立てて僕は着地する。
 5メートルほどは離れることが出来た。
 勿論、彼にかかればすぐに接近することは出来るだろうが、先程の窮地からは脱した。
 それに、もう今度はそう簡単に近づけさせない。

「仕切り直しと行こうか、一方通行―――!」
「舐めてンじゃねェぞ、てめェェェェェ!!」

 そうだ。
 これでいい。
 危ない場面はあるものの、ギアスの力を借りればかわし続けることは不可能ではない。
 時間は稼ぐことができる。

「オラオラオラオラララララァァァァ!!」

 無茶苦茶に振るわれる彼の力。
 絶対防御に絶対攻撃。
 どんな攻撃も防ぐ力と、触れられれば死ぬしか無い手。
 それを、紙一重で去なし続ける。
 たまに銃弾を発射し――やはり、それが効かないことを確認しながら。
 彼の多彩で多芸な技の数々から致命傷を受けないようにする。
 だけど、流石に体力が、厳しくなってくる。
 殆ど全力運動がここまで10分ほど。
 そろそろ、厳しいか?
 いや、まだまだ。
 あと、倍ぐらいならなんとか戦って見せる!

「どうしたどうしたァ!? 動きが鈍ってきてンじゃねェのかよっ! 体もそこかしこ怪我だらけ!
 もう諦めて楽になっちまえばいいンじゃねーのかよォ!!」
「そういうワケにも……いかないんだ!」
「じゃ、さくっつとプチっと、いっちまいなァ! …………あ?」

 彼の手から、缶コーヒーが落ちる。意外そうな顔。
 何が起こったのかわかっていない顔。
 ―――いや、僕には分かる。
 最初から、これが狙いだったのだから。
 銃弾を牽制気味に何発か発射する。

「―――ひ、だああああああああァァァっ」

 大げさな仕草で転がるように躱す一方通行。
 だが、避け切れずに何発か銃弾が腕や足を掠る。

 ―――やはり、時間制限だ。
 そう、彼の能力は強力無比。
 だからこそ、時間制限がある。
 そのためだろう。彼は今までもどうしても必要な場面を除いて能力を使わなかった。
 今回だって、逃げられる可能性があるにも関わらず、追跡するときにあの高速移動を見せなかった。
 それは、能力に時間制限があるからに他ならない。
 彼自身の口からも、それに近いことを聞いたことがあるし、今でもそれは変わらないと思った。
 しかし、彼は本来はそんな能力制限などないのだろう。
 制限時間に関する注意がどうにも薄い。
 通常の場合はある程度意識しているようだが、熱くなるほどにだんだんと考えから外れて使いすぎているようだ。
 時間切れに対する警戒心が薄かったと言うのも、この状況に持ち込めた理由の一つ。
 ―――戦場ヶ原さんには、最悪でも時間を稼ぐ、だなんて言ったけれど。
 時間稼ぎ。
 これこそが、僕に出来る彼を打倒し得る唯一の方法だった。

「……一方通行、チェックメイトだ」

 荒れる息を整えながら宣言する。

「やっべェ……畜生っ!」

 顔をこわばらせて後ろを向いて逃走しようとする一方通行。
 だが、遅い。
 一般人以下の体力の彼では、如何に疲労していようとも僕から逃げるだなんて出来はしない。

「―――終わりだ」

 跳躍し、回転しながら放った蹴りが、ちょうど後ろを振り向いた彼の顔面に吸い込まれるように入っていった。


  ↑↑↓↓←→←→ ↑↑↓↓←→←→ ↑↑↓↓←→←→


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258:夢幻の如くなり(後編) 一方通行 267:生物語~すざくギアス~(下)
261:砕けた幻想/上条当麻の後悔 C.C. 267:生物語~すざくギアス~(下)
261:砕けた幻想/上条当麻の後悔 戦場ヶ原ひたぎ 267:生物語~すざくギアス~(下)
261:砕けた幻想/上条当麻の後悔 枢木スザク 267:生物語~すざくギアス~(下)


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最終更新:2010年06月12日 21:42