I hope so... ◆hqt46RawAo


/I hope so...



少女は徐々に感覚を取り戻していく。
すると包み込まれているような感覚にふと違和感を覚えた。
現在進行形で与えられている、この温もりはなんだろう。
今の自分に、こんな優しい感覚が得られるわけ無いのに。
そんなふうに芽生えた疑問が、少女――東横桃子にとっては目覚めの切符となった。

『――――』

どこからか、歌が聞こえる。


『教科書で重たい鞄 日々が詰まった携帯電話』


まどろむ意識の中に、小さな声が聞こえてくる。


『これが今の私自身のようで そうでないようで』


深い泥の底で眠る桃子をゆっくりと引っ張り上げるように。
その歌が意識に浸透する。

「…………んっ……」

桃子はぼんやりとした意識のままで、目蓋を薄く開いていく。
ぼやけた視界。世界が輪郭を失っていた。
脳が上手く回転しない、自分が何をするべきか、この歌がなんなのか。
早く考えなくてはならない筈なのに、意識はとろんとしたままで。


『いつかはなれるのかな 夢に見た素敵な女性』


聞こえてくる歌だけが、淀む意識にじわりと染み渡る。
視界に色を与え、感覚を一つまた一つと取り戻させるように。
その音を追うように、桃子は未だに霞んだままの視線を動かしていった。

「…………あ……れ……?」

徐々に実態を取り戻す、世界の姿。
桃子は最初、まだ夢を見ているのだろうと思った。
そうでなければ、こんな光景はありえない。

だだっ広い部屋。廃墟のような場所。僅かに家具屋の名残を残す空間の壁際。
そこで桃子は寝かされていた。
身体を預けているものは、ボロボロでありながらも間違いなくベッドと呼ばれるもので。
桃子の身にかけられている物は、そのベッドと同じくらいくたびれた毛布。
そして何よりも、横たわっていた桃子の傍らで、アンティーク椅子に座って窓の外を眺めていた人物は紛れもない、

「澪……さん……?」

離別を告げたはずの、秋山澪だったのだから。


桃子が寝ていたベッドに負けず劣らずボロボロな骨董品の椅子。
そこに座っている澪は、いつか桃子が手渡したあのベースを抱えていた。
傍らの桃子の目覚めにはまだ気がつかない様子で、開け放たれた窓の外へと視線を流している。
よく見れば手元も小刻みに動き、ベースの弦を弾いていた。
そして、もっとよく見れば口元も小さく動いて。

『光る遥かな一番星 早足に帰り道』

ようやく明らかになる旋律の原点に、瞠目する。
何もかもが違って見えていた。
そこにいる少女姿は、桃子が知る秋山澪とはまるで違っていた。
小さな声で歌い続ける澪。その姿に何故だか桃子は見入ってしまう。
別人のような彼女の姿に、視線が釘付けになる。

『だけど本当は帰れない 知ってる 未来へ行くだけ』

桃子の知る。オドオドと慌てふためくだけの、心弱い彼女はそこにいなかった。
悲痛な覚悟と共に、傷だらけで泣きながら、無理して強い自分を作って進む少女でもない。
見たことも無い、自然体の振る舞いと憂いを帯びた瞳。そして不安の無い毅然とした表情。
埃や血で汚れた黒髪と傷だらけの制服姿に、『綺麗』という表現が当てはまるのは何故だろう。
そこには今までに無い力強さと、輝きがあった。
桃子はこの時初めて、桃子自身の中の澪のイメージと、憂や唯が話していた澪のイメージが合致したような気がしていた。


「だけど本当は帰れない」


澪は不意にベースの旋律を止めて、その言葉をもう一度なぞる。
瞳の憂いがいっそう濃くなったように見えた。
窓の外を見ていながら、違うものを見ているように。

「……………」

そこで澪の視線がすっと動き、ようやく桃子の視線と交差する。

「…………あ」

次の瞬間には、もう元の澪に戻ってしまっていた。
桃子のよく知る彼女。
照れたような顔で視線を逸らしつつ、ベースを傍らのソファに置いて、

「お、おは……よう……」

そんな、たどたどしい挨拶を告げるような。


■ ■ ■


時間の経過と共に、桃子にもこれが現実であることが理解できていた。
そして同時に、状況がいかに異常であるかも実感していた。

いくら記憶を掘り返してみても、
ルルーシュを裏切り、ショッピングセンターを目指して歩き出してからのことが思い出せない。
おそらく体力の限界に達して倒れたのだろうとは思い至るのだが。

「なんで、澪さんがここにいるんすか……?」

それが分らない。まるで道理が繋がらない。
何故澪がここに居るのか? 何故己がここに居るのか? 
黒の騎士団に追いつかれたのだろうかと考え、だとしてもおかしいと思いなおす。
東横桃子は裏切り者だ。考えるだけでなく遂に実行に移したのだ。忘れもしない。
ルルーシュを撃ち、平沢憂と銃口をむけ合い。同盟相手の秋山澪すら欺いた。
そんな自分がなぜこの状況で介抱などされているのか。

意識がはっきりとした事によって、脳裏で連鎖爆発のように湧き上がる疑問符と警戒心。
急激な緊張が全身を駆け巡る。
こんな事をしている場合ではない。のうのうと寝ている場合ではない。
ささくれ立つ意識に突き動かされた桃子は両手に力を込め、ベッドから身体を起こそうとして。

「待てモモ! お前まだ……!」
「っ……ぁあぁッ!?」

まるで電流のように全身で弾けた激痛によって、身を跳ねさせていた。

「……ぐ……痛ッ……ぁ……」

絶望的な心地で息を吐く。
なんとか上半身を起こすことは出来た。
しかしそれが限界だった。限界だと確信してしまった。
これ以上の動きは無理なのだと。
証明するように、体にかけられていた毛布が落ちた。

「…………な」

毛布の下にあった身体は服を着ていない。
桃子が自分で脱いだ覚えもなし、誰かが脱がせたのだろう。
けれどそれは重要ではなく、問題はその体の惨状にあった。

「は、ははっ……そういえば、そっすよね」

笑うしかない。
思い出させられた、怪我のことを。
左腕の火傷は悪化の一途を辿っていた。痛みを通り越して感覚すら曖昧になっている。
右肩の裂傷も未だに痛みが引き切らない。両腕、少なくとも左腕はもうまともに機能すまい。
両足は深刻な傷こそ負っていないものの、
ここに至るまでに挫いたのだろう、片足が腫れ上がっていて俊敏な動きなど望むべくも無い。

こんな体で、この先どうやって戦っていけばいいのだろう。
まして、既に敵対した勢力に捕まってしまっているとすれば、状況は剣呑極まりないというのに。

「……ここ、どこっすか?」

桃子は目の前の少女を睨みつける。
狙いはなんだ?
生かしておく理由はなんだ?
何も分らず、抵抗する術もなく、けれど桃子には諦めるという発想は浮かばない。

「ショッピングセンター、だよ」

対する澪は、最大限の警戒を注ぐ目線を真っ直ぐに受け止め、
じっと桃子を見返していた。
言葉を選んでいるようにも見える。


桃子は一旦澪から視線を切り、毛布を身体に巻きつけながら周囲を見渡した。
ぐるりと辺りに目を配り、何か有効な物は無いかと思考を働かせる。
この場所でいったい何が起こったのか、転がされた家具や壁紙はズタズタに切り裂かれており、あげく天井まで破損している。
まるで建物の内側で竜巻でも発生したかのような有様だ。
とはいえ、ざっと見回した結果。
窓からの景色と高度から、ショッピングセンターの内部であるという澪の言葉はある程度信用できる。
しかし、そこまで考えたときに、桃子の中に見過ごせない疑問が増えていた。

「他の……」
「いないよ」

桃子の思考を読んだように、澪が口を開く。
けれどそれは、いつもの調子とは少し違っていて、桃子の視線は半強制的に澪の瞳に戻される。

「ルルーシュさんも、憂ちゃんも、式も、デュオも、ここにはいない」

普段のように目を伏せたりせず、彼女は毅然と、真っ直ぐにこちらを見据えながら――

「私とモモの二人だけだ。
 これ、私が一人で決めて、勝手にやってることだから」


そんな、不可解なことを言ったのだ。


「…………え?」
「そういうことだ。そして、もう私があの人たちを仲間と呼ぶことはない」

――そう、考えてみれば、やはり不自然だったのだ。
ここに至って桃子を利用しようなど、最早ルルーシュと言えど考えないだろう。
わざわざ裏切り者を追って介抱するような無駄、あの男は実行すまい。
しかも今や桃子の機能は大きく減衰している。ただの死に損ないの危険要素だ。
ルルーシュが知れば間違いなく『利用』以前に『処理』にかかるだろう。
セイバーや五飛を顔色一つ変えず死に追いやった手腕を忘れはしない。
桃子にははっきりと断言できた。
黒の騎士団には桃子を助け、生かしておく理由がない。

となると、澪の言葉通り、黒の騎士団はここにいない。
この不可解な状況は秋山澪の独断、という事になる、のだが。

「なに……考えてんすか……?」

それは、より不気味な事態だった。
なぜなら澪の言葉を全て額面通りに受け取ればつまり、
秋山澪はこの瞬間、桃子と同じ立場――裏切り者――になっている、ということになるのだから。

「何を……馬鹿なこと……」
「そ、馬鹿やったんだ。私は」

真顔で断言する澪に、桃子は動揺を隠せなかった。
事実ならば目の前の存在はあまりに愚か過ぎて、馬鹿らしすぎて。

「発信機も潰した。
 そろそろあっちも、私が離れた事を知る頃だと思う。
 これを証明なんて……出来ないな。でも、私がここにいる理由なんて他にないだろ?」

こんな無駄を、こんな愚かを、ルルーシュ・ランペルージは許すまい、絶対に。
ゆえに彼女が言うように、状況がこんなふうになっている理由は他に無い。
秋山澪はあの集団を裏切ることを選択した。

「じゃあ……つまり、澪さんは自分からルルさんや憂ちゃんを切った……ってことっすか?」

だが信じられるわけが無い、そんな不条理を。

「澪さんは頭がおかしくなったんすか?
 じ、自分が今どれほど馬鹿なことやってるか、分かって言ってるんすか……?」

澪には桃子と違い、
裏切らなくてはならない切迫した理由など無かったはずなのに。

「マトモな計算が出来れば、決まりきった選択じゃないっすか。
 私とルルさん。どっち選ぶかなんて。
 それに澪さんは見てるはずっすよ? 私の身体の状態だって……!」

かたや策を常備した男が先導する、武装豊富、人員豊富、戦力豊富で移動手段にも恵まれた黒の騎士団。
かたや片腕を駄目にして、身体は既にボロボロで、ステルスも満足に出来るか怪しい状態の東横桃子ただ一人。
どちらを取るか。馬鹿でも分る二択問題。
それに澪は不正解を叩き出したのだから。多少、頭を疑ってもおかしく無いだろう。

「全部、承知してる」
「じゃあどうして!? 私はこのざまで、澪さんには裏切る理由なんて一つも無くて! 
 何より向こうには憂ちゃんだって居るじゃないっすか!? なのに――」

秋山澪の心が、桃子にはまるで理解できなかった。
道を別った筈だろう。『さよなら』を告げたはずだろう。
なのに何故、追いかけたりしたんだ、と。いつの間にか声を荒げていた。

「……ッ……」

激昂は痛みに変わり、自らに跳ね返る。
気が高ぶっているのは不気味な状況と、体の状態を知った事による強烈な危機感によるものか。
桃子は痛む腕を押えつつ、蟠る苛立ちをぶつけるように澪へと鋭い視線を投げた。
対して澪は、


「……理由なら、あるよ」

空を仰ぐように視線を逸らし、ぽつりと呟いた。
それは小さく、けれど強い感情の込められた声だった。

「そう言うと思ってたからさ……。
 どう説明しようかって、ずっと考えてたんだけど」

いっこうに警戒を緩和させないどころか強める桃子に苦笑いを浮かべ、
言葉を捜すように紡いでいく。

「とりあえず、お前やルルーシュが得意な損得勘定じゃないよ。これは……」
「じゃあ……いったいなん……」

そこで、すっと苦笑いを消した澪は椅子から立ち上がり。
一歩踏み込んで、
桃子の両肩を、傷を気遣いながらもしっかりと掴んで、じっと目を見つめる。
急に身を乗り出して見つめてきた澪に、桃子は口をつぐんで身を硬くするものの、
じっと注がれる真剣な視線をつい、見つめ返していた。



シンと冷えていく空気のなか。
澪はすっと、空気を吸い込んで。


「私には、お前が必要だから。ただ、それだけなんだ」


まるで告白でもするかのように、言い切った。


「――」

「――」


しばし、沈黙。









「…………は?」


しかし全く、全然意味が分らなかった。
桃子は疑念を通り越して、完全に言葉を失ってしまう。
目が点になるとはこのことか。
しかも、キョトンとする桃子をよそに、澪は勝手に慌てていた。

「ん、あ、あれ……? なんか違うなこの言い回し。
 ええっと……ちょ、ごめん今のなしっ!」
「なしって……。なんなんすか、ほんとに……」

わたわたと取り乱した澪から、桃子もため息混じりに目を逸らす。
しかし何故だろうか、毒気を抜かれれている己を自覚していた。
澪自身にすら意図せぬ形で彼女のペースに巻き込まれていないだろうか、とも思う。
こんなことは今まで無かった。
桃子が澪を自分のペースに巻き込んで、上手く使おうとしたことは何度かあったけれど。
今みたいに澪に心を振り回されるようなことは無かった。

桃子は毛布の内側、適当な処置をしていたはずの傷口へと『新しく巻きなおされていた包帯』に触れながら、
椅子に座りなおして息を整えている澪をちらりと見やる。
この少女は何を考えているのだろう。桃子にはいよいよ本格的に分らない。
けれどなぜか、訝しむような感情は浮かばなくなっていた。

なんとなく今のやりとりで、目の前の少女が間違いなく桃子の知る『秋山澪』なのだろうと思えたから。
外面を繕って、でも本当は怖がりで、ずっと無理をしている彼女。
桃子には思いもつかない、きっと理解の及ばない理屈があろうとも、あくまで彼女が考えた事だと言うのなら。
脅威は無いのではないか。そんなふうに思えていた。
そして、しばらくお互い黙ったまま、静寂の時間をすごした後である。


「ゴメン、こんなの慣れてないし、やっぱり上手くは言えないけどさ。
 ちょっとだけ……長い話を聞いてもらっていいか……?」

ようやく澪が言葉を発した。
桃子はそれに答えないが、元より選択肢など無いだろう、と。
無言の肯定を視線で示していた。

「ありがとう」

澪は椅子に深く腰掛け、思案するように天井を見上げる。
その目に、熱が灯る。

桃子はそのとき不意に、一つの予感を得ていた。
多分、これより語られるのはきっと、
とても平凡で、そして目の前の少女にとって、一番大切な物語なのだろう、と。


「――私には、一つだけ夢があったんだ」



■ ■ ■


語られたのはなんのことは無い、ただの何気ない日常だった。
友人と出会い、共に交流して絆を深め合う。
ただそれだけの当たり前の日々。けれど輝いていただろう世界。
少なくともそれを語る澪の表情は、これまで彼女が見せたどの表情よりも明るく楽しげだった。

ただの思い出話。
そう語った澪の前置きに偽りは無く。
記憶をなぞるように、少女は個人的な話を続けていく。
友人を一人、また一人と語りながら。
平等に、優劣のつけられない宝物なのだと澪は言った。

「楽しかったんだ……」

毎日がカラフルで、決して彼女を飽きさせない。
それまでの人生が退屈だったわけでは無いけれど、高校生活は別格だったと言う。
桃子も同じような思いを知っていた。
忘れはしない。確かに高校生活は別格だった。
桃子の全てが一変したのも、澪と同じような時期であった。

「でも、楽しい思い出はここまで」

展開は一変する。
ずっと続いていくはずだった日常は非日常へと急転していく。
ここからは誰もが知っている物語。
秋山澪にとっての悲劇の始まりだった。

最初に死んだのは後輩だった。
次に死んだのは親友だった。
狂気の果てに殺されたという友人。
桃子も現場に居合わせていた、少女の死。
そして、何かを捨てていた誰かのこと。
ありきたりな、宝石のような日常は、あっけなく砕かれた。


「私には、一つだけ夢があったんだ」


子供じみた夢だけど、と澪は笑う。


「軽音部に入ったばかりの頃、律のやつがホワイトボードに『めざせ武道館!!』
 なんて、書きこんでさ」

思い起こせばちっぽけで、現実感もあったもんじゃなくて。
遠く離れすぎている、だけど確かに、そこにあった夢の欠片。

「でも私の夢は、気が付けば終わっていた……」

叶える前に、噛み締める暇もなく。

「……だから澪さんは戦っていたんすか?」

自然と、桃子は尋ねていた。
思い返してみれば、澪に戦う理由を聞いたのはこれが初めてだった。
最初に会ったときも、同盟を結んだ時も、お互いに語ることは無かった。
知る必要も無いことだと断じていた。

「違うよ、そんな理由じゃない」

澪は首を振る。

「私はみんなの為に戦ってなんか、ないよ。
 こんなこと、誰も望まない」

窓から吹き込んできた海風が、澪の黒髪を揺らしている。

「私は自分のために殺した。
 誰かのせいとか、誰かの為じゃなくて。
 身勝手に、皆に生きてて欲しいと思うから、人を殺したんだ」

実体の無い『魔法』に縋るほどに、欲しい物があった。
誰かを殺してでも、取り戻したい夢があるのだと。

「そして、まだ私は止まる気なんて無い
 誰になんと言われようとも、やり遂げるまでは進み続ける。そう決めたんだ」

『戦い続ける』と、少女は相貌で戦意を告げる。

「言い切るよ。私の目的は優勝だ。
 私の起源は『畏怖』と『逃避』の二つ。
 それでも、色々回り道をしたけれど、もう迷わない」

もう一度、古い椅子から立ち上がる。

「集団から離れた時に持っていいた装備。
 福路美穂子を殺した後に奪ったディパック」

ディパックをひっくり返して武装を床にぶちまける。
更に、内の一つ、片手に握ったコントローラーのようなものを操作して。

「そして機動兵器、ヴィンセント」

次の瞬間、澪が眺めていた窓の向こう。
甲高い駆動音と共に、金色の機動兵器が現れる。
風圧でカーテンと、澪の黒髪が激しくはためき、流れ。

「これが今の私の全戦力。手札の全てだ」

そうして、秋山澪は手を差し出した。

「契約をしよう、東横桃子」

桃子はその手をじっと見つめながら、続く言葉を待つ。

「私は全てを背負って行く。罪も痛みも、捨てたりしない。全部持っていく。
 そうじゃないと私は、どこにもいけないまま身動きが取れなくなってしまうんだ。
 だから……私はいま『進む』為に、お前を選ぶよ、モモ。
 騙し合いも、化かし合いも、もういらない。
 もしもお前がこの手を取ってくれるなら――私はお前を全力で信頼する。
 私とお前、最後の二人になるまでは、一方的に味方だと思い続ける」

お前がどう思おうとも、と澪は告げた。
共に戦い、共に生き残り、そして最後の二人になった時、死力を尽くして殺し合おう。

それは淀みなく、まっすぐな契約。
見つめ返して、桃子は一言だけ問うた。

「それ……もしも憂ちゃんと戦う事になったら、どうするつもりっすか?」

その言葉。
陥穽を突くであろう指摘にも、

「その時は、戦うだけだ」

最後まで、秋山澪は揺らぐことが無かった。



■ ■ ■


「…………はぁ……」

ショッピングセンターの廊下の壁に背をついて、私は一つ息を吐く。
緊張から解放された安堵。
次に進む為の新たな緊張感を取り戻す為の禊。
色々な意味を兼ねた一息だと思う。

モモは『少し一人で考えさせて欲しい』と言った。
だから私はこうして、家具屋の外で彼女の答えを待っている。

「これから、どうなるのかな……」

この道を進むと決めたけれど、先のことに対する不安は尽きない。
そもそもモモが私との共闘を断った場合とか考えてなくて。
やれやれ、我ながら馬鹿なことをしてるよな。苦笑いばかり浮かんでくる。

「でもま……いいか」

だけど今はそれでいいと思えた。
迷った結果、私が選んだのはすべての手札をモモに明かすことだった。
偽らず、『思い』、『目的』、『戦う手段』、『起源』すらも、全て彼女に明かした。

これは一種の賭け。
ハイリスクーローリターンの、だけど私にとっては大きな意味を持つ。
負ければ私はこれ以降たった一人で戦う事になるし、
勝ったところでモモの言う通り戦力的に弱小のまま変わらない。
不安が尽きない事態は、なに一つ好転しないのだ。

「でもその時は、その時だ」

だけど、どうなろうと、やることは変わらない。
私は諦めるつもりも無い。
そして少なくともこの選択に、何一つ後悔は無いのだから――



『―――では、これより――』



「ああ、そっか。もうそんな時間なのか」

不意に、耳に届く声。定時放送。
この殺し合いに、一つの区切りをつける鐘の音が鳴っている。
声は無機質な少女の声から、重苦しい男の声に変わっていた。
色々なことを考えるのは後回しにして。今だけ、私は自己に埋没する。



『死』を想う。



「そっか、死んだのか」


どこまでも澄んでいた、蒼の瞳を想起する。
私はいま、当たり前の死を聞いた。
私が無残にも、容赦無く摘み取った命の名前を告げられた。


「そっか……死んだのか、二人とも」


一人の少年と一人の少女が織り成した、力強いあの言葉を思い出す。
私はいま、壊した心の死を聞いた。
それはかつての希望の光。
なのに、私自身が黒で塗りつぶした、正義の味方達の終焉。

「ああ――」

背中を付けた壁の冷たさで、全部誤魔化してしまおうとして、やっぱり出来なくて。
私の頬を何か熱いものがつたっていく。
しょっぱい物が頬の傷口を抉り、痛みを刻み込んでいく。
その行為がいったいどれほど罪深いか、私は理解しているつもりだ。
この期に及んで壊したものを尊ぶなんて、なにより卑怯者のする事だ。

「……ふ…………ははっ……」

だから私は嗤う。
小さく、薄く、ぎこちなく、それでも嗤った。
『ざまあみろ』と。『私の勝ちだ』と。『これが理想に溺れた者達の末路なのだ』と。
そうやって嗤って。
せめて、散っていった彼や彼女達が、私を悪だと断じる事が出来るように。
決して、私を哀れむことなど無いように。

「……ふっ……うっ……くくっ……」

そうやって、砕け散りそうな自分を保っていた。
泣き笑いの私は、背中に新たな重圧を感じ取る。
いま、背負うものが増えたのだと、私はそう思うのだ。
のしかかる重圧こそが、今ここに秋山澪を立たせているから。


ああ、だから私はいま、こんなにも不確かなものに縋っているのか。





■ ■ ■


「…………はぁ……」


澪さんが部屋を出て行って暫く後、私は一つ息を吐きました。
緊張感から解放された安堵。
思考を次に進める為の禊。
色んな意味が含まれた一息だったと思うっす。

難儀しながらも着替えを済ませてから、目に留まった椅子に腰掛けました。
先ほどまで澪さんが座っていた椅子。
ぎしっと嫌な音を鳴らしながらも、私の体重を支えています。
私はそこから彼女が見ていたモノを追うように、窓の外を眺めました。

「やっぱり……綺麗っすね……」

窓の外では朝日が昇っていました。
そういえば、ちょうど一日前っすね。
先輩の死を聞かされたのも、こんな朝でした。

そして今は――

「そっか、あなたも……」

鳴り響く放送で、先輩を殺した人の死を、聞いていました。

「浅上……藤乃……」

始めて、意志を込めて、その人の名前を口にします。
私から先輩を奪った人。
彼女には言い尽くせないほどの思いが在ったはずなのに。
溜め込んでいた全てを吐き出すつもりで呟いたその名前には、もうなんの熱も存在しませんでした。

確かに、在った筈っす。
胸の奥で滾り沸き立つような狂熱。
それはもしかすると恋慕にも近い情の塊。
溜め込んで、溜め込んで、決して表には出てこないように押さえつけていたモノ。

だけど、彼女が死んだと聞かされた瞬間、すっと身体から抜け出してしまって。
それはあまりにも唐突で、アッサリで。
私は虚無感にも似た心の空洞を感じました。

「変っすね」

もしかすると、浅上藤乃は私の中でその実、大きな核を為していたのかもしれません。
先輩を失った世界で、先輩を奪った人に会うこと、それをわたしは何かの糧にしていたのかも。
そう思うと、急に全てが色あせていくようでした。

結局、私が何をしたかったのか、自分でも良く分りません。
彼女に会うことが出来ればハッキリとしたんでしょうかね。
でももうこれは考えても意味の無いことで。

今ハッキリと言える事はきっと、これで良かったんだってことっす。
これでいい。
私が先輩以外の思いに囚われるなんて、あっちゃいけないことっすから。
だからきっと、これでよかったんすよ。

今の私が考えるべきは、ただ前を見据えて行くこと。
私の戦いは、まだ何も終わっていません。
そう思えるんすよ。
だって、私がこれまで見てきたのは、浅上藤乃一人だけじゃないっすから。

あの朝に出合った、一人の男の人の姿。
終わる事も出来ない夢の果てまで、戦い続けた人がいました。

そしていま、この瞬間。
壁の向こうには、終わってしまった夢を未だにみっとも無く追い続ける人がいます。


「本当に……不器用な人ばかりっすね……」


その人たちに負けたくない。
そう思えるんすよ。

だから、先輩。
私は絶対に、立ち止まったりしないっすよ。




■ ■ ■


「モモ、入るぞ」

意を決してドアを開ける。
再び家具屋に踏み込んだ澪が見たものは、
相も変わらずガラリとした、誰もいない店内。
そして、消えた武装の数々だった。

「…………」

どうやら賭けは負け。という事のようだ。
澪はがっくりと肩を落としながらも、
どこかさっぱりとした表情で、もう一度椅子に腰掛けようとして。

「あの、重いっす……」

そこに座っていた桃子の膝の上に、腰を下ろしていた。

「……うわぁっ!」 

跳ねるように椅子から離れる。

「あ、あのなぁモモ、居るなら居るって言えよ……」
「ごめんなさい。ちょっと考え事してたっす。
 あ、そうそう出しっぱなしの武器とかは全部ディパックに片付けたっすよ」
「ん……そうか……」

自分の位置を奪われていた澪は、周囲に目を配った後、
先ほどまで桃子がいたベッドに腰掛けた。

「それで……答えは聞かせてくれるか……?」
「はい、でもその前に……」


何だろう、と疑問符を浮かべる澪に桃子は言った。


「私からも、ちょっとだけ長い話を聞いてもらってもいいっすか……?」

それは澪にとって何よりも求めていた答えだった。

「ああ、聞かせてくれ」

窓から流れてくる風を浴びながら、桃子は語り始めた。

「――私にも、一つだけ夢があったんすよ……」



■ ■ ■


語られたものは澪とは正反対の日常だった。
一人で過ごし続ける人生。
特異な体質を抱えた少女の、孤独な世界。
語る少女の表情には辛みや痛みはなく、諦観があった。

「そんな時に、突然現れたのが先輩でした」

けれどそんな桃子の人生を一変させた人物がいた――加治木ゆみ
澪もその名前だけは知っている。
名簿に記された名前の一つ、そして既に死んでいる人間だ。

「彼女がわたしに夢を与えてくれたんすよ。
 全国に行くっていう――そしてもう一つ……私だけの目標も」

彼女に出会い、桃子は変わったと言う。
桃子曰く、『この世に存在しなかったわたしを見つけてくれた人』。
初めて自分の存在を求めてもらえた瞬間。
嬉しかった。涙が出るほどに、心が震えたのだと。
存在する理由が与えられたのだと、桃子は語った。

「だから私の目的は先輩の蘇生。ま、優勝っすね。
 ついでに起源は『孤独』。
 私はもう、先輩以外は何も要らない」

必要なものはただ一つ。
だから、あなたの心はいらないと。

「そっか……」
「はい。澪さんの信用なんて、私には全く必要ないっす」

きっぱりと言い切って、椅子から立ち上がる。

「それでも力をくれると言うなら……」

そして、今度は桃子が澪へと手を差し出した。


「いいっすよ。結びましょう、その契約」


信頼なんて要らない。情なんて要らない。
少なくとも私は絶対に渡さない。
だけど力は欲しいのだと。
そんな身勝手な言葉を告げながら。

「私を信頼したいのなら、勝手にすればいいっすよ。
 何の責任も持ちませんし。
 最後の二人になるとか、私は特に関係なく裏切っちゃうんで」

それでもいいんすか?
と、桃子は薄く笑った。

「ああ、好きにしろよ。私は私の好きにする。
 もちろん、簡単に殺されてなんかやらないけどな」

澪も笑い返して、その手をとった。
結局この形になっている。逆転されている。
やっぱり主導権は握れないんだな、と苦笑いを止められない。
だから代わりに、澪からも一言言ってやろうと思った。

「それじゃ、私が殺すまではよろしくな。モモ」

「ええ、あなたが死んでしまうまでは、せいぜい頑張って下さい。澪さん」

秋山澪の事情を明かして。東横桃子の事情を知って。
澪には一つだけ分ったことがある。
と言っても、これは至極当たり前のことだけど。

秋山澪と東横桃子の二人は、最終的には殺しあうしかない関係だ。
この問答はそれを再確認し合っただけなのだ。

それでも、と澪は思う。
確かに得たものがあった。
やっぱり、この選択は間違ってなかったのだと確信できた。
この少女と共に戦う道を選んで良かったと。

なぜなら今この時、澪の胸の中に暖かいものがある。
それは勝手な自己満足のようなものだ。
ここに自分と似たような事情で戦う者がいる。
決して共存できない夢を持ちながらも、同じような思いを抱えて生きている。
共に戦うことが出来る。

それは何よりも澪を勇気付けてくれるのだ。
いいじゃないか。ギブアンドテイクだ。
澪は心の上で、桃子と共に戦いたいと思っている。
桃子は力の上で、澪を利用したいと思っている。
お互いがお互いに欲しいものを提供できるのだから。

「契約完了だ」

繋がれた手を軽く振る。
『殺したくない』だなんて、今更考えるのは相手にも失礼だろうと思う。
けれどもし、両立する目的を持っていたならばきっと、『頑張れ』って、言っていただろう。

秋山澪はいまだ、そんな甘いことを考えながら。
それでも、どこか吹っ切れたような笑顔を浮かべていた。


■ ■ ■


こうして、私達は行動を開始しました。
と言っても、主に動くのは澪さんのお仕事で、
怪我人の私は暫く家具屋の中で待機っすけどね。

私も澪さんも発信機を潰したとは言え、通信機はまだ持ってるわけで。
これを使えば連絡は取り合えるっす。
とはいえ私も手持ち無沙汰っすから。

「んっと、どれどれ……」

こうしてベッドにねっころがりながら、お勉強の時間っす。

「まあ、分っちゃいましたけど、普通にむずかしそうっすね……」

ナイトメアフレームのカタログ。
澪さんにお願いして、見せてもらってます。
今の私の状態を差し引いても、使いこなすのは難しい。分ってるっすけど。
例え使いこなすことが出来なくても、戦略に組み込むことは可能なはず。
戦力として多大な力を持つことだけは間違いないっすからね。

私達は、所詮ただの女子高生二人組。
普通に力勝負したところでまず勝てない。

だから使えるものは、精一杯応用して戦いを有利に進めないと。
澪さんが福路美穂子から奪ったペリカとわたしが黒の騎士団から奪取したペリカ。
合わせて五億を超える膨大な戦力資金。これらを使いこなして戦うこと。
今の私達には、もうそれしかないっすから。
と、そこでふと、自分の思考の違和感に気がつきます。

「……『私達』……っすか……」

なぜだか笑いがこみ上げてきて、考えが止まってしまいます。

「まだ、そんな事が言えるなんて」

もう全部捨てた筈でした。
意図せず築いてた絆を全部砕いて、信頼なんて裏切って。
私は、孤独に戻った筈なのに。
たった一人の道を行くのだと、思っていたのに。

「可笑しいっすね」

どうしてか、まだ続いています。
なんだか奇妙な事に、わたしはまだ人と繋がっています。
本当に……不思議っすよ。

『私には、お前が必要だから』

こんなわたしを未だに求める人がいる。
まったくもって、呆れるくらい馬鹿な人。
何をどう考えたらそんな判断が出来るのか。
やっぱり理解できません。

「せっかく振り切ったのに。ほんと、物好きな人っすね」

でも、まあいいか。なんて今の私には思えてしまえて。
先輩を取り戻す為に力が必要なことは確かっす。
利用させてくれるなら徹底的に使わせてもらおうじゃないっすか。

「それに……」

それに悔しながら、認めなくちゃいけないみたいっすよ。
求められる。必要とされる。
この感覚はやっぱり悪くない。
嫌いじゃない。
わたしが本当に求めるものは、あの人じゃないけれど。


『―――おまえの起源は“孤独”だ。東横桃子』


あの時、押し付けるように突きつけられたその定め。
反感を覚えたことも、また確かっすから。


「もう少しだけ……もう少しだけっすよ」


少しだけ、続けてみます。
あと少しだけ。


そう遠く無い未来に、私が彼女を殺すまで――




【E-1 ショッピングセンター/二日目/朝】

【秋山澪@けいおん!】
[状態]:両頬に刀傷、全身に擦り傷
[服装]:桜ヶ丘女子高校の制服
[装備]:田井中律のドラムスティック、通信機@コードギアス
[道具]:FENDER JAPAN JB62/LH/3TS Jazz Bass@けいおん! 、中務正宗@現実
    ディパック(一億ペリカ引換券×2、二億一千ペリカ、他諸々詰め込んだ)
[思考]
 基本:もう一度、軽音部の皆と会うために全力で戦う。
 0:戦う為の準備を始める。
 1:自分の目的を果たす。
 2:最後の二人になるまでは桃子と協力する。
[備考]
※ショッピングセンター付近に、ヴィンセントが止めてあります。


【東横桃子@咲-Saki-】
[状態]:右肩口に裂傷(処置済)、左腕に大火傷(処置済)、右頬に切り傷
[服装]:鶴賀学園女子制服(冬服)
[装備]:FN ブローニング・ハイパワー(弾数14/15/予備30発)@現実、通信機@コードギアス
[道具]:小型ビームサイズ@オリジナル 、七天七刀@とある魔術の禁書目録、莫耶干将@Fate/stay night
    おくりびと表示端末、ディパック(五億ペリカ、首輪×4、他諸々詰めた)
[思考]
 基本:加治木ゆみを蘇生させる。もう、人を殺すことを厭わない
 0:戦う為の準備を始める。
 1:自分の目的を果たす。
 2:優勝する為に、澪と協力する。
[備考]
※なんらかのギアスを仕込まれました。(現在未発動)


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288:GEASS;HEAD END 『再開』 秋山澪 :わたしとあなたは友達じゃないけど
288:GEASS;HEAD END 『再開』 東横桃子 :わたしとあなたは友達じゃないけど


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最終更新:2012年02月26日 01:36