第六回定時放送 ~Loreley~ ◆ANI3oprwOY








懐かしい記憶がある。


それは私の手を引いてくれる彼であったり。
それは私の世話を焼いてくれる彼女であったり。
優しくて、大好きだった母や、父であったり。

どれも、幸せだったいつかの思い出たち。
どれも、今は無き記憶だけの日々。

今は辛かったりする。
今は楽しくなかったりする。
だからつい、思い出してしまうけれど。

戻れないことは知っている。
知っていて、それに納得してはいた。


だけど、気になってしまったから。
見ることができてしまったから。
私はついつい、覗いてしまって。

ああ、本当に、見なければ良かったと今は後悔している。
その景色。



私の知らない記憶がある。

それは心臓を抜き取られる誰かであったり。
それは一人静かに世界の扉を閉める誰かであったり。
静かに朽ちていく、今の私の未来であったり。

どれも、辛く哀しい誰かの思い出たち。
どれも、私の辿る運命の縮図たち。

どこかに、何処かにあるのかもしれないと。
探してしまったのだ。
無数にある世界の中で一つくらい、あってもいいと。

願ってしまったのだ。
理想のカタチをした、終わりがあってもいい筈だと。
今の私が救われないことは知っている、納得している。
それでも幾つもに重なりあったこの世界で、どこかにるんじゃないかって。


思った。
願った。
期待してしまった。


希望を掴んだ私が。
未来を許された私が。
幸福を与えられた私が。

一人くらいは、いるんじゃないかって。
そういう愚かな、祈りだった。


そして、ああやっぱり。
探しても探しても、何処にも見当たらなかった。
報われない私しか、どの世界にも存在しなくて。


じゃあ私には最初から、私という存在の生まれたその時から、それは用意されていなかったのだと。
最初から知っていたことを、私は再確認して。
そしてただ、それだけだった。


納得行かないなんて、今更な話。
不満なんて、無駄なことは言わないつもり。
私はきっと、答えのない答えを求めていて。
だけど、それでも私は、誰かに教えて欲しかったのかもしれない。












――私の救われる結末は、どこにあるのだろうか?











  ○  ○  ○










「――――……じゃあ、あなたはいったい、何を望んでいるのよ?」










  ○  ○  ○






「――――聞こえているのかしら?」



 誰かに尋ねるような言葉が何の前触れもなく届いたのは、バトルロワイアル開始より三十六時間が経過した、正にその時であった。
 この場所に残る者は誰ひとり聞いたことのない少女の声で、それは始まった。
 こほんと咳払いをして、声は少し無気力に、こう続けた。


「――聞こえていたところで意味があるのかしらね。
 でも、ゲーム開始から三十六時間が経過したので……第六回定時放送を始めるわ」


 定時放送。今一度この時間が起こると予想できていた者は、それほど多くはないかもしれない。
 首輪というルールが破られた今、抑止力は失われ、このままの勢いでゲームは終了するだろう。
 そう、考えられていた。

 しかし違った。
 たとえ首輪が外れようが、どれほど参加者が死に至ろうが。
 まるで関係なく、『いつもどおり』に放送は行われる。
 バトルロワイアルに揺らぎはないと、証明するように。

 一方で、この放送を聞く幾人かはある言葉を思い出していたのかもしれない。
 神を名乗る者、リボンズ・アルマークより予告されていた存在。
 神と対になる者―――女神。

「ああ、申し遅れたわね。……はじめまして。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

 はじめまして。たしかにその通りなのだろう。
 もはやこの放送を耳にする者達の中に、彼女を知るものは存在しない。
 彼女を知る参加者はもう全て、舞台を降りてしまっているが故に。

「けど名前なんて、きっとどうでもいいことなのでしょうね。
 どうしてまた放送の担当が変わったのか……なんてことも、今のあなた達にはどうだっていいはず。私もあまり興味が無いし。
 それよりもっと気にすべきことがあるはずよ」


 ひたすらに無気力に聞こえる言葉はしかし、事実なのだろう。
 この声に、この言葉に、この放送にすら、きっと本質的には、意味が無いのだから。
 女神の役を担う少女はそれを十分に知りながらも、声をかける。
 放送という、仕組みを回す。続けていく。続けることにのみ、意味があるかのように。 


「―――さて、それじゃ連絡事項を伝えておくわ。
 聞いているのなら、一度しか言っちゃいけないから、聞き逃さないようにね。

 ………………。

 それでは禁止エリアを発表するわ。


 【C-5】【F-6】【B-4】


 首輪が外れた以上、これも意味はないでしょうけどね。


 それじゃあ次に、前回放送から今までの死亡者の発表よ。


【天江衣】
【織田信長】
【ルルーシュ・ランペルージ】
【東横桃子】


 以上、四名。残りは八名ね。


 …………そして、最後の連絡事項。
 既に一度聞いているとは思うけれど―――あなた達の首輪は既に外された。
 それはこのバトルロワイアルを放棄する行為と解釈された。
 よって、今より六時間後、第七回定時放送が終了したそのときから『リボンズ・アルマーク』さっき降りていった奴が、そちらに向かうわ。
 殺し合いを放棄した者から順に、彼によって討たれることになるでしょう。
 それを理解した上で、これからどうするのか決めなさい。

 …………それと。
 疑っている人も多いでしょうけど、本当に奇跡はここにある。
 穢れ無き奇跡、どんな願いでも叶えられる願望機がここにはある。
 そして、優勝したものには確かにそれを使用する権利を与えることを保証する。
 証明は十分にしてきたはずよ。殺しあうかどうかは、あなた達の勝手。
 だけどその結末に、確かな奇跡が残されているということを、どうか忘れないで欲しい。

 私からは、それぐらい。第六回定時放送を終了するわ。
 ああ……もしもあなた達の中から勝者が現れるとするならば―――その願望とともに、会いましょう。

 それじゃあね」



 そうして、始まった時と同じぐらいに唐突に。
 第六回定時放送は終わりを告げた。


  ○  ○  ○










「――――……決まっているさ、僕の望みはね……」










  ○  ○  ○




 かちりかちりと時計は刻み、くるりくるりと時間は巡る。
 カウントダウンは始まった。
 程なく待望の終末が訪れ、願いはようやく果たされる。
 それが誰のものにせよ。

 其は全にして一。一にして全。
 あらゆる願いを叶える奇跡の器。
 究極にして至高にして完全なる願望機。

 聖杯は誰がために血を注ぐ。
 座する勝者は未だ決まらない。
 だが焦らずとも遠からず、手は届くだろう。
 たとえ、那由他の彼方の果てにある希望だとしても。





 時は放送が終わり間も無く。
 『この場所』に帰還したリボンズ・アルマークは、気がついたことがあった。
 それは傍らに在る少女の、細微な変化だった。


「…………イリヤスフィール」
「何よ」

 返事は即答。

「気に障ることでもあったのかい」
「別に」

 きっぱりとした即答が二連。

 しかし声色に微量の揺れがあった。
 それは――極小の怒気、あるいは苛立ちに分類されるものか。
 感情の機微には疎いリボンズではあったが、それを察することはさほど難しいことではない。
 人の感情というものは彼にとって最も遠く、同時に最も身近なものなのだから。

 つまりイリヤスフィールはいま、機嫌が悪い。と、彼は察していて。
 しかし、だとするならば、少女がなぜ怒っているのか、その理由には思い至らない。
 幾つかの候補こそ思いついてはいたのだが。


「前の賭けが気に入らなかったかい? そうだね、まあ確かに、僕が僕に賭ける。なんて詭弁だということは認めよう、しかし――」
「違うわ」
「そうかい。だったら、無意味な放送を、君にさせたことを怒っているのかな。
 だけどアレは必要なことさ、無意味でも、必要だ。君の存在は知らされるべきだ。彼らが、一人残らず消える前にね」
「……あなたの、そのあたりの考えは分かっているのよ。だから違うわ」
「ふむ。だったら――」


 少しだけリボンズは考えるふりをしてから、言葉を続けた。


「―――僕が、殺し合いに参加することを。優勝者となることが気に入らない、そういうことかな?」


 リボンズ・アルマークは、思いついていた。
 この少女は自分が参加して優勝者となることを望んでいないのではないか、と。
 だとするならばそれは少々、困ったことになるが故に、自然、苦笑いが表情に浮かんでいる。

 それはもしかすると、彼の存在や背景をよく知るもの――いるとすればだが――にとって見れば、酷く奇特な表情だったことだろう。
 『あり得るはずのない』と言ってもいい程の。
 だがここで、それを知るものも、まして認識するものもいない。

 故にただ、言葉が交わされている。あくまで、少年と少女の、少し変わった会話のように。
 それはきっと、酷く歪で、数奇なものかもしれず。
 それすら、誰も認識しない。この場所では。誰一人。ここには彼らしかいないのだから。


「……だから、言ってるでしょ。別に怒ってるわけじゃないのよ、あなたに」

 そしてイリヤスフィールが呆れたような顔で少し笑う。
 このときリボンズの顔に浮かんだ表情こそ、彼を知るものが見れば、おそらく最も奇異なもので。
 やはり誰もそれを、知らぬまま。

「ちょっと、あなたが何やってんのかよくわかんないな。……って、思ってるだけで」

 笑顔で告げるのを見てリボンズは確信していた。
 イリヤスフィールはいま、怒っているのだ、と。




  ○  ○  ○










「――――……それ、本気で、言ってるの?」










  ○  ○  ○




 この殺し合いの果てには報酬がある。
 積み重なった死体の上で最後まで生き残り、優勝することができたなら。
 無限とは言わずとも、奇跡とは言えるだけの願いを叶えられる。
 10億ペリカと定められた金額だけの。

 10億ペリカの願い。
 1億ペリカで世界移動。
 4億ペリカで死者蘇生。
 そういった願いがなぜ金額によって定められているのか、それは奇跡が有限のものだからだ。
 正確に述べるのならば、聖杯を一度起動することで得られる奇跡が、それだけということになる。

 そもそも、此度のバトルロワイアル―――擬似的な聖杯戦争―――で出現する聖杯はオリジナルである冬木のものと大きく性能が異なっている。
 英霊の代わりに異世界人を召喚し、それぞれの並行世界との壁に風穴を開けてそこから魔力を抽出する、といった性能は既に述べられていたとおりである。
 更にそれに加えて、この聖杯は様々な異世界の技術を加えることで、異世界との穴を固定して安定起動させることができる、という利点を得ている。
 つまり、必要なときに必要なだけ、それぞれの世界のマナ(魔力)を枯らさない程度に抽出して使用することが可能なのだ。

「―――リボンズ。あなたはこの殺し合いが終わって、優勝者が願いを叶えたならば、その後この聖杯を自由にする権利を得る」

 それが、聖杯を作る方法こそ知っていても実現出来るだけの力がなかったイリヤスフィールが、リボンズに提案した報酬。
 共犯者たるリボンズは、イリヤスフィールの死後、彼女が残した聖杯を自由に使用することができる。
 つまり、無限の奇跡をその手に掴むのだ。

「だから、この優勝賞品の「10億ペリカ分の奇跡」っていうのは、実際のところは聖杯を最初に、リボンズ・アルマークよりも先に使用する権利、ということ」

 だとするならば、リボンズが殺し合いに挑むことに合理的な理由など、どこにも存在しないことになる。
 参加者が叶える10億分の奇跡、それを妨害する必要などないのだ。
 聖杯の魔力は無尽蔵。何度でも使えるのだから、最初の一度を温存したところで、大して意味はない。
 参加者が多少余分なペリカを持っていて、少しばかり追加の奇跡を願おうとも、それは変わらないことだ。
 何度使われようが、何人生き返らせようが、それで摩耗するような代物ではないのだから。

 ならば下等と見下す人間に奇跡を譲ることが我慢がならないか。
 他人に所有物を先に使われることを厭うような心境か。

 ―――どちらも、この傲慢な男にはあり得る思考ではある。
 が、わざわざ数多の仕込みを行う理由になるとも思いがたい。
 簡単だから、手間がかからないから、残りの参加者程度なら軽く殺せるから。
 取れるものはとっておこう、とでもいったような軽い気持ち程度で、この殺し合いに参加する。
 そのような理屈は成り立たない。あまりにも容易では無いからだ。

 イリヤスフィールにも、遠藤ら通常運営陣にも気付かれないように、首輪を解除させるための仕掛けを会場に仕掛けることは、非常に手間がかかる行為だ。
 ヴェーダを掌握していて情報操作に長けているリボンズであっても、それは簡単なことではない。
 しかも、内容はともすればバトルロワイアルの根幹を揺るがしかねない事態。
 もしも漏洩してしまえば反乱や混乱を生み、バトルロワイアル実行を大きく阻害したかもしれない。
 それらのリスクを天秤にかけるなら、これは決して軽い理由などで行えるものではないのだ。

「―――わからない、っていうのはそのこと。気になってたのはそのことよ」

 さらに、彼が参戦するまでは六時間の余裕があるという。
 六時間。明らかに、長すぎる猶予だった。
 その六時間で、何かが変わるとは思えない。
 既にリボンズの勝利はほぼ確実で、参加者にできる事は限りなく少ない。
 だがリボンズもまた、自身の敗北など欠片も思考してはいないだろうが、無駄を省くという合理性はしっかりと備えているはずだった。

 これほどの時間を参加者に与えることに何の意味があるというのか。
 多量の手間を掛けること、不可思議な余裕を見せること。気まぐれなのか。
 どうにも筋が通っていない。そんな理屈では、ちぐはぐな行動を説明することはできない。

「リボンズ、私にはね。あなたが、あのとき言った願いを叶えたいとは、思えないのよ」

 彼と彼女が初めて出会ったあの日、彼が語った『願望』。
 そこに生じた懐疑。少なくとも。必死さが感じられない。
 切実な思いを抱えているとは思えない。
 それを望むというならば―――聖杯を手にするべく真っ当に運営を行うことが一番の近道だったはずなのだから。

「ねえ、あなたは、何を望んでいるの?」

 問いかけていると言うよりは、答えを求めていると言うよりは、疑念だ。
 分からなくても、理解が及ばずとも。それでもイリヤスフィールはリボンズのことを解釈していたのだ。
 彼が語った願いは、彼女には理解できない願いだったけれど。しかし、それは、尊い願いであるような気がしたから。
 彼女なりにリボンズを共犯者として認めていた。それが、裏切られたのではないかと。


「もう一度―――答えなさい、リボンズ」


 鋭さの滲んだ問に、少し驚いた顔でリボンズはイリヤスフィールを見た。
 何に対して驚いたのか、それは定かではなかったが、そのような顔を一瞬だけ、した。
 そして、すぐに引かせて、いつもどおりの薄い笑顔を作ってみせた。

「別に、あの日君に語った事は、嘘ではないよ」

 そう言って微笑みかけるものの。

「………………」

 じっと胡散臭げに睨みつける視線に、苦く笑う。

「…………そうだね、話をしようか。イリヤスフィール」

 ほんのわずかな空白の後に述べられた言葉はそのようなものだった。

「……話、ですって?」
「ああ、今更だけど、僕たちはあまりにも自分の共犯者のことを知らないみたいだ。……思えば君と、ちゃんと話をしたことなんてなかったしね。
 だったら話をしよう、イリヤスフィール。
 僕を信じられないなら、僕も君に信じられるように、語るしかないのさ。もうここまできたんだ、隠し事はなしにしてね」
「……なにそれ。リボンズ、本当にどういうつもりなのよ。
 どうして、今さらそんなことしろっていうの? どうせ私はもうすぐ……」
「そうだね―――君は死ぬ。もうじきに」

 リボンズはイリヤスフィールを見つめた。微笑みは消えていた。
 それがどういう意味なのか。イリヤスフィールには分からない。

「―――だけど、それまでには充分な時間があるだろう? 僕が会場に行くまで、まだ六時間ある。
 だったら、残る時間を僕と一緒に過ごしてくれてもいいだろう。他にやることがないなら、ね」
「…………リボンズ?」
「嫌なら嫌でも構わないが。―――君は、どうしたい?」


 少しの静寂。
 そして、


「嫌じゃないわよ、別に」

 提案を受け入れるという、解答がイリヤの口からは発せられていた。
 別に嫌というほど嫌なわけではなかった。
 意図がわからなかったから聞き返してはみたけれど。
 よく考えたらここで話すことでリボンズの思惑が分かるというのなら、それはイリヤスフィールにとって望むところだった。
 冥土の土産なんて洒落たものでもないだろうけれど、心残りはなくしておきたい。

「そうかい。それじゃあ、話をしようイリヤスフィール。
 長いかもしれないし、短いかもしれないけれど。どちらにせよ、最後の猶予期間だ
 ―――悔いの残らないように」

 六時間。
 放送一度分の猶予。
 ただ話す時間としては長いけれど、死を前にした語らいとしては短い。
 けれど、どちらにせよ話をするには充分すぎる時間かもしれない。
 そんな風にイリヤスフィールは思う。何しろ、六時間もあるのだから。



 ―――そう。六時間あるのだから。
 あまりにも都合がいいぐらいに、六時間という時間が猶予として残されているのだから。
 リボンズ・アルマークにも。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンにも。
 そして、生き残った者たちにも。


 話をするといい。整理するといい。覚悟を決めるといい。
 時間はあまりないけれど、それでも。
 確かに残されているのだから。
 その先に明確に死が迫っていようとも。
 確かに今は生きている。明確に鼓動を刻んでいる。
 いずれ死んでしまえばなにもかも無意味だというのなら、生きている価値なんてどこにもない。
 だとすれば……たとえ僅かでも時間があるのなら、その中で生きることが無価値であるはずがない。

 だから。


  ○  ○  ○










「――――……本気だよ、イリヤスフィール。僕はね、世界を救いたいんだ」










  ○  ○  ○



 嘆くことはない。
 悔やむことはない。
 絶望する必要はない。

 哀れな犠牲者も、打ち倒される悪役も、
 勧善懲悪の英雄も、愛されるヒロインも、

 この世界では、その役柄は意味を成さない。

 何も決まってなどいない。
 努力が才能を凌駕するとも、正義がかならず悪に勝つとも、騎士が姫を守るとも、決まってはいない。
 物語の主人公が道半ばにして死すことも、聖者が殺され悪党のみが救われることも、恋人たちが報われぬ別れを迎えることも、起こりうる。



 未来は常に白紙だ。



 そんな安っぽい言葉すら、ここでは真実になる。

 予定調和なんて存在しない。
 ここはもう、彼らを称えるための物語ではないのだから。
 善なる主役も悪なる敵役も存在しない。
 これはもう、彼らの価値観の物語ではないのだから。


 この混沌の坩堝にはあらゆる可能性が混じっている。
 ここでならきっと、世界を、因果の理念をも超えられる。



 ――――……だから、心配することはないんだよ、イリヤスフィール。




 君は幸福な最後を望んだって、構わない。






 ◆  ◆  ◆






 夜よりも深い闇に満ち満ちた宇宙(そら)に一隻の船が存在した。
 しかし、それを見て船と判別できる人間がどれほどいることだろう。
 それは、船というイメージとはかけ離れた姿をしていて……何よりもあまりに巨大だった。



 ―――コロニー型外宇宙航行母艦「ソレスタルビーイング」



 全長15kmを誇る超巨大航行艦である。
 内部に超高速演算システム・ヴェーダの本体、多数の戦術兵器を有し、正に人類最高技術の結晶の産物と言えよう。
 ―――しかし。


 「ソレスタルビーイング」すら、矮小に見えるほどの巨大な物体が、宇宙(そら)に並び立つようにして浮かんでいた。
 ああ、それは最早巨大ということも烏滸がましく感じてしまうほどの大きさがある。
 宇宙空間に置いてすら存在感を放ち、傍らの「ソレスタルビーイング」の10倍以上の大きさがあるように見えるそれは―――

 ―――スペースコロニーと、呼ばれていた。

 人工的に創りだされた人間が生息するための衛星。
 大気の流れも、水の流れも、重力も、星の瞬きすらも完全制御された密閉空間。
 これほどの巨大建造物を作ることは容易なことではない。
 数多の世界から集めた技術と資金。ヴェーダによるコントロールがあってこその産物。

 そんな広大なコロニーの僅か一角に、水平線が見えるほどの海があり、そして島があった。
 島には一見では自然物にしか見えない、山が、川が、草原が、存在した。
 幾つもの奇妙な建物が存在した。
 櫓があった。発電所があった。駅があった。公園があった。ホールがあった。奇妙な像があった。遺跡があった。
 学校が二つあった。神殿があった。闘技場があった。政庁があった。薬局があった。船があった。廃ビルがあった。
 様々なものが、その島にはあった。
 決して広いとはいえない小さな島ではあったが、そこには確かに様々なものがあった。


 ―――そこでは、殺し合いが行われていた。


 人が死んだ。十四人死んだ。残りは五十人になった。
 人が死んだ。十二人死んだ。残りは三十八人になった。
 人が死んだ。十一人死んだ。残りは二十七人になった。
 人が死んだ。四人死んだ。残りは二十三人になった。
 人が死んだ。十一人死んだ。残りは十二人だった。

 人が死んだ。裂かれて死んだ。残りは十一人。
 人が死んだ。燃え尽きて死んだ。残りは十人。
 人が死んだ。焼け付いて死んだ。残りは九人。
 人が死んだ。死んで消えた。残りは八人。


 八人のもとに言葉が降り注ぐ。
 生き残った彼らに祝福と呪いを告げるために。
 希望と絶望を与えるために。



 力足りず地に堕ちた天使はただ想いだけを胸に沈んでいた。
 矜持なき羅刹は覇気すら喪い空虚な瞳で鉄騎を眺めていた。
 生きる傭兵は響く言葉に笑みを浮かべながら耳を傾けていた。


 殺人鬼の少女が人殺しの少女の隣に居た。
 人殺しの少女が殺人鬼の少女の隣に居た。


 空っぽの少女が棺桶の中で涙も流さず哭いていた。
 死ねない少年が炎の傍らで呪いの様に生きていた。


 愚かで無様な人外未満が己の無力さを悔いていた。



 誰もが、動こうとはしなかった。



 ……ふと、彼らのうちの誰かが気づいた。
 乾いた肌に、水滴が落ちる。
 最初は僅かだったそれは見る間に勢いを増し、やがて一定のものとなる。



 雨が、降ってきた。



 燃えていた戦火が消えていく。戦場に燻るように残っていた熱が引いていく。
 高揚していた思いも、怒りも、どこか冷めていく。
 その手に残る泥や血糊ごと、感情まで洗い流されていくように。
 容赦なく敗残者たちを責め立てる雨を感じながら、誰もが思う。

 ―――終わったのだ。
 戦いは、もう終わったのだと。


 その通り。
 しかし、けれど、だからこそ。


 ―――物語は始まるだろう。
 ―――次の戦いが、始まるだろう。


 数度、終わったぐらいで、生(たたかい)は終わらない。
 それがここに、一つでも残り続ける限り。
 続けよう。絶望を。歓喜を。喝采を。続けよう。
 終わったのなら始めよう。新たに初めから、始めてそして続けよう。

 人が死ぬ話を。
 人を殺す話を。

 そんな話の続きを始めよう。
 あと少し、少しだけ。
 その最後に、きっと幸せなんて無くたって。




 ―――人生(ものがたり)は、死ぬまで終わることはない。













【バトルロワイヤル終了まで――――残り8名】








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314:crosswise -X side- / ACT Reborn:『儚くも泡沫のカナシ』 リボンズ・アルマーク 330:第七回定時放送 ~Another Heaven~
307:junction <異理(コトワリ)の問答(ハナシ)> イリヤスフィール・フォン・アインツベルン


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最終更新:2013年09月27日 01:03