このゲームの本質について、僕はそろそろ考える必要があると思う。
殺し合い。生き残り。奇跡の報酬。その意味するところ。
なぜ、殺し合いなのか。なぜ、生き残った一人なのか。なぜ、報酬が与えられるのか。

人生は有限だ。誰にだって死ぬときは訪れるし、赤ん坊でもなければその事実を知っている。
長寿を全うして逝く人。道が途切れるように、不慮の事故や病気によっていなくなってしまう人。
時に劇的に、時に呆気なく。
理由や形は様々だけど、とにかく人は死ぬし、それが当たり前だ。

人じゃなくても変わらない。
どんな動物だってそう、生きているものはみな死ぬ。
獣だって、昆虫だって、空想の生き物だって、怪奇だって、例えば不死身の吸血鬼だって、死んでしまうのだから。
不死身すら、死んでしまうのだから。

だから誰もが強く意識し、そして知っている死生。
それを賭けるゲームとはすなわち、生きる理由を賭けるゲーム。
この場所で生きる誰もの、『願い』を賭けたゲームだったのでは、ないだろうか。


『―――――』


神を名乗る者、リボンズ・アルマークは語る。
未だ地上で生きるもの全て、崇高な願いの糧になれと。
自らの正当性を疑わない、絶対的な自信と力を感じさせる声で、彼は僕ら全員に死ねと命じた。

殺し合い。これほどの理不尽と残酷を押し付けて、それでも自らが正しいと信じられる願いとは何だろう。
なんて、今更のように僕は考える。
ここに集められた全ての命よりも尊いと信じられる願いとは、どれだけ膨大で強大な物なのか。

願望(りゆう)には、裏と表がある。
神原の一件で、身に染みて学んだ教訓だ。
帝愛の、どこまでも身勝手で残虐な趣味的願いがもしも、殺し合いにおける表の願望だとするならば。
リボンズ・アルマークの崇高に語るそれは、あるいは裏の願望だと言うのだろうか。

裏の願いが、表よりも悪辣になるとは限らない。
真実が清廉ってこともあるだろうし、だからこそ残酷な事実もあると僕は思う。
僕らを地獄に突き落としたゲームの実態が、実は綺麗な目的なんだよと言われても、
だから死ねと言われても、どうして納得できるというのだろう。

少なくとも僕は納得ができなくて。
それでも事実は揺るがず。
納得できないと言うならば。
死にたくないとゴネるなら。
方法は、一つ。

女神の役を担うもの、イリヤスフィールは語る。
誰かの願いによってのみ、己は奪われ使われるのだと。
それによってのみ、天より降り注ぐ死に抗せよと。
ならば納得できない僕たちは、等しく、定めなければならないのだろう。

最後の戦いに挑む、その理由。
誰にも太刀打ちできない主催者の誇る、強大な願い。
それに対する回答を。
決して敵わない彼を打ち破るべき個々の、ちっぽけな身勝手を。

僕も、阿良々木暦も、また、決めなければならないのだろう。

僕の、僕だけの、定める、願い。
彼女(せいはい)に懸けるべき、祈りの形を。






    ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






       COLORS / TURN 4 :『終物語』






                 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆    




波の音が聞こえる。
暗い洞窟を進みながら、僕は目的の場所が近づいていることを予感していた。

エリア【F-2】、孤島に浮かぶ遺跡へと繋がる地下道。
経路は出立前にインデックスから教わった通り、デバイスの表記にしたがって、迷うこともなく進むことが出来ている。
放送が終わり、そして直後に起こった『アレ』を見た後、僕は一人、駆け足気味にここまで来た。
その間ずっと、僕に残された役割を考えながら。

「……さむっ」

雨が降っても常春のような気温だった地上に比べ、洞窟内は空気が冷えている。
もう少し厚着してくれば良かっただろうか。
まあ後悔したところで遅い、服なんて取りに戻ってる時間はない。さっさと洞窟を抜けてしまうしかないだろう。
体も温まるし、と駆け出そうとしたところで、何かが足に当たり、僕は思わず動きを止めていた。

僕に蹴られ、こんっ、こんっ、と間の抜けた音を出しながら暗がりに消えていったそれは、見間違いでなければ空き缶だった……のだろうか。
確証はすぐに得られた。
見下ろせば、僕の足元には散乱した缶コーヒー(それもすべて同じメーカーで同じ種類の物だった)。
そして同じように残されていた、缶詰など、少しの食糧。
ついさっきまで誰かがここに居た事を意味している。

「多分、運が良かった、のか」

いったい誰がここに居たのかは、ハッキリしない。
だけど現在生き残っている人物を考えると、わずか数人に絞り込むことは容易だった。
きっと、僕がこのタイミングで出会うべきじゃない人物だったと思う。

同時に出会わなかったことも必然めいているように感じられた。
ここで体を休めていた人物が何故居なくなったのか。
その理由が天から降り注ぐ死、そして地から這いだした何かに、起因しないはずが無いのだから。

とにかく今は誰もない洞窟の中を進んでいく。
人の名残を感じたならば、いよいよ近い。
僕の予感を裏付けるように、洞窟の終わりが目前に迫っていた。




◆ ◆ ◆





神を名乗る者の宣誓は、僕の耳の中でリピートされる。




『せめてその魂の価値を磨き、疾く女神の糧となれ』




女神の役たる少女の放送は、僕の頭の中で反響している。




『――私はここで、誰かの願いを、ただ待っている』




僕は思う。少し見え始めた自分の役割。
その先にあるもの。
生き残った、天に抗う者達のことを。

そして、平沢憂
憂いの名を持つ少女のことを。

彼女は今、どうしているのだろう。
最後の戦いを目前にして、彼女が行かなきゃいけない場所。
それが何かは分からない。だけど僕が触れていい事じゃないと、それだけは明らかで。

だから僕は、彼女の手を離し、違う場所で歩んでいる。
もう一度、出会う、と。
『もう一度君の手を引く』と、そんな約束だけを置き去りにして。

果たせるだろうか。
後戻りできない戦いを間近に控え、簡単な口約束にすら自信を持つことが出来ない。
だけど、果たしたいと、僕は強く思う。
彼女との約束。
それが、それだけが、失うばかりだった殺し合いの中で、最後に唯一得られた物かもしれないから。

平沢だけじゃない。
枢木スザク両儀式
そして座り込んだグラハムさんと、雨の中一人で佇むインデックス。
全員と、僕は約束をした。もう一度、生きて出会う、と。
一人一人の顔を思い浮かべる。
そして彼ら彼女らとの、長いようで短い交流を通して、少しずつ分かり始めた僕自身のこと。

果たしてこの物語は、短いようで、長く続いたこの物語は、『何』物語なのだろう。
一体どういうお話として、完結するのだろう。
誰かが、誰もが、生きる意味を、願い、賭け、戦い、そして失われ続けた物語の向かう果て。

主催者、リボンズ・アルマークはきっと、高尚な神話として終わらせようとしている。
奴自身がそう言った。
全てを救う。僕らにその為の贄となれと。

ならば僕たちは、どういう終わりを望むのだろう。
長く続いたこの物語を、いったい何物語として、終わらせたいのだろう。
僕たちの、僕の、望む、終わりとは――――

「さて、と」

思考は、目的の場所に到着したことで途切れてしまう。
来る途中、壁越しに聴いていた波音はもう直に聞こえるし、発生源も見渡せる。
四方海に囲まれた孤島、遺跡エリア。その中心に僕はいる。
小高い丘の上、設置された自販機と首輪換金装置、そして施設サービス。

日暮れ間際。
落ち行く太陽に照らされる本島を、ここからならじっくりと眺めることも出来た。
だから分かる。
もうすぐ、物語は終わるのだと、その光景が目の前に広がっているのだから。

太陽から現れた巨大な城と、守護するように降臨する天使。
まるで地上に残された僅かな命を断罪する剣のように、強烈な光を発しながら下降するそれは結構真面目に、本当に神々しくて。
他らなぬ自分自身がアレに抗おうとしている事実を顧みれば、変な苦笑いが表情に出てくるのを抑えられない。

そして更に、その真下に在るモノ。
黒き塔。天の白と対極にある、黒。神を名乗る者と互するほどの異様が、最後の放送終了と同時に湧き上がっていた。
確か地図上では展示場が建てられていた辺りの場所から、禍々しく空へと伸びたそれは挑戦するように、天の神威が降りてくる座標にある。
浮かぶ女神の城を掴まんというように、泥の手を伸ばした黒は、胎動を続けながら少しずつ大きくなっているように見えた。

放送が終われば粛清が行われる旨は聞いていたけど、これは流石に聴いてない。
もしも空の主催にとってすらコレが異常事態とするならば、僕ら地に残る参加者の誰にとっても不明の事態が発生した事になる。

降りてくる白。
昇っていく黒。

ゆっくりと、近づいていく、黒白。
遠目に見える光景はただただ異様で、一体何が起きていて、そして起きようとしているのか、僕には全く分からない。
白き城や天使と違って、黒の塔については完全に正体不明。

だけど、分かることはある。
いや正確にはただの直感で、理屈も何もあったもんじゃないけど、だけど感じたのは僕だけじゃないはずだ。
湧きだした黒色を見た瞬間にきっと、ここで生き残っていた誰もが思ったはずだ。

『アレは、アレだけは、存在を許してはならない』

天の白は抗わなければならないもので、僕らにとってどれだけ最悪の存在であっても、本質は聖なるモノだと感じさせる。
だけどアレは、あの黒は、駄目だ、絶対に駄目だと、理屈じゃない感覚で、人間の本能的な部分で確信する。
見た瞬間、全身を支配する寒気、嫌悪、絶対的な死のイメージ。
決して近づいてはならないという危機感。

たとえ主催者にとって害となる存在であったとしても、僕らにとって良いものであるはずが無い。
主催の目論見より尚単純でたちの悪い最悪の代物。
それどころか、もはや主催者を置いてでも、何よりも最優先で対処しなければならない災厄にしか見えなかった。

猿の手の一件で僕が学んだ教訓をもう一つ。
裏の願いは、表の願いを肯定する。
つまり、主催の裏の願いがもしも崇高で清廉なものだと言うならば。
表の、かつて帝愛が語った身勝手で趣味的で至極単純な悪意の願いもまた、このゲームの真実なのだと、あの黒は語っている。

胎動する泥塔はまるで何かを孕んでいるようで、その内側で育つ者の存在を匂わせる。
つまり、まだ『アレは生まれていない』。
これから誕生する厄であると。
おそらく、僕だけじゃない、最後まで抗うと決めた全員が感じている筈だから。

「行くっきゃ、ないよな」

施設サービスの転移を利用し、僕はどこに行くのか。
もうとっくに結論は出ていた。

ペリカというコストを支払い、起動する転移。
体の周囲を魔法陣が覆う。
こういう魔法的なものに詳しくはないけど、雰囲気からしてインデックスの世界の魔法と同じ感覚がした。

「展示場へ」

視界いっぱいに広がる大理石と、その向こうに見渡せる海、そして本島、白と、黒。
あふれかえる黒。
決して近づいてはならないと全神経が危険信号を発する場所。
僕は今からそこに行く。

だって、結局、なんだかんだで、他に、僕に出来ることなんて無かったから。
考えても考えても、他に役割なんて存在しなかったから。
消去法だ。

遠く、空から降りる天使へと、向かい行く彗星の如き光が見えた。
枢木の乗るランスロットだろう、宣言通りリボンズ・アルマークの対処を買って出るべく出撃したのだ。

翼もなくて、機械の鎧もなくて、空を飛べない僕は、そこに駆けつけることは出来ない。
駆けつけられたところで、何も出来ない事実は揺るがない。
なら信じることしかできない。
枢木のことを、そしてもう一人の、翼を持つ人を。

そして行くことしかできない。
翼が無くても行ける場所へ。
空から降りてくる聖なる死は、きっと、ともにまた会うという約束を交わした誰かが留めてくれるから。
いま、阿良々木暦に出来ることは、地から這いだしてくる災厄の権化を止めに行くこと。

覚悟を、決めよう。
この景色が変わったらきっと、僕の、最後の戦いが始まるのだから。


「…………始まっ……うぐぇ……ぉぉっ…!」


転移の開始と同時、ぐにゃりと曲がる視界と五感。
急激に歪む景色、体の内部がかき混ぜられるような錯覚に、一気にこみ上げる嘔吐感。
全身の血管がぶくぶくと泡立つ気持ち悪さに悲鳴を上げかけた。

跳ぶんじゃなくて、繋がるという奇妙な感触の中で、一歩踏み出す。
視界はどんどん歪んでいく。
今まで体感したどんな『酔い』よりも凄まじいそれに堪らず、胃をひっくり返すようにして吐いた。
地面……かどうかすらもう瞭然としないどこかの空間にさっき食べた色々をぶちまけながら。
勿体ないなって、思いながら。

曲がり曲がって気色の悪い景色の向こう側に頭の中を投射して。
今迄出会った色んな奴の顔を思い浮かべて。
この場所で失った多くのもの、そしてほんの僅かに得たものが、フルオートで再生されて。

まともな思考なんて出来ないレベルの不愉快の、その真っただ中で。
僕は理解する。
なんとなく、分かった気になる。

阿良々木暦は理解する。
望み。
願い。
賭けるべき、願望。

阿良々木暦が信じる、かくあるべきこと。
それは、とても、とても、とても――――――――



僕は多分、今までで一番の苦笑いを浮かべながら、歪み切ったゲートを抜けた。





◆ ◆ ◆





瞬転。


「うおえええぇぇぇえぇえええぇええええぇええぇぇぇ…………」


目の前には、ついさっきまでは何キロもの距離を隔てて眺めていたはずの、黒き塔。
いや……違う。
周囲の街路樹や民家を飲み込みながら聳え立つそれが、展示場という施設の変わり果てた姿だと、僕はこの距離まで近づいて初めて理解した。
これはもう建造物なんかじゃない、蠢く巨体は、展示場を喰らって成長した泥の怪物、その足元に、今、僕はいる。
近づいてみると、全身を包む嫌悪感はもはや暴走状態と言って良いまで高められ、その証拠に先ほどから嘔吐が止まらない。

「ええぇっぇぇええうぇっ……」

吐き出すものが胃液だけになっても、僕は吐き続けていた。
一瞬にして長い距離を詰め、エリア【F-2】からエリア【F-6】へと僕は来た。
実感は吐き気が保証してくれてる。

というか、この不快感は転移酔いによるものじゃない。
来てみればわかる。
唐突な体調不良の正体はほぼ、この場所に来るという行為そのものに対する嫌悪だったのだろう。

この体は中途半端に怪奇だから、黒い泥の瘴気に当てられて。
この体は中途半端に人間だから、その不快に耐えられない。

せめて完全な怪奇だったなら。
せめて普通の人間だったなら。

ここまでじゃ、なかったんだろうけど。

「おげっ……えっ……がぁ……」

這いつくばった地面には、黒い染みが幾つもある。
周囲に舞い散る黒き灰。
その降り積もったもの、だろうか。

不快感に耐えながらなんとか立ち上がろうと全身に力を込める。
あまり、この場に長くとどまらない方がいいだろう。
この灰に埋もれてしまえば、半吸血鬼の体ですらどんな悪影響が……。


「いやー、嘔吐しながら空間を飛び越えて来るなんて、エキセントリックな登場だね。阿良々木くん」


だけど僕は、すぐに全身の不快感を忘れるくらい、思考を空白にしてしまっていた。

「……ぁ……?」

なぜならそこに、顔を上げたそこに、瘴気立ち込める悪環境の路上で、傘を差しながら立っていた男は……。

「何かいいことでもあったのかい?」

この殺し合いの場所に連れてこられてから、幾度となく思い浮かべていた奴、頼りたいと、心のどこかで思い続けていた。
だけどやっと、僕が僕の理由を見つけられたかもしれないタイミングでやってきたそいつは、

「お……し……の?」

僕の見知った、そして今更過ぎる、アロハシャツだったから。

「久しぶりだね」

数十分前まで一緒にいたインデックスを背負って、目の前に立っていた、忍野メメ
そしてもう一人、彼の背後に佇む、少女。

「彼が阿良々木暦くんだ……って、君は知ってるよね、ほら自己子紹介だよ、原村ちゃん」

体の一部分が中々に存在感を放つ、とあるアウトサイダーな少女との。

「はじめまして……原村和……です」

会ったことのない、だけど聞き覚えのある名前との。
その狙いすましたような遭遇に。
僕は、地面に這いつくばった体制のまま、硬直することしか出来ず。

「あ、阿良々木暦……です」

黒い塔の目前。
そんな、何ともしまらないやり取りが僕の、最後の戦いの、幕開けとなっていた。

















【 TURN 4 :『終物語』-END- 】














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329:See visionS / Fragments 12 :『黄昏』-Index-Librorum-Prohibitorum- 阿良々木暦 338:2nd / DAYBREAK'S BELL(1)
321:See visionS / Intermission 1 : 『LINE』 - Other - 忍野メメ 337:1st / COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
原村和



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最終更新:2015年03月08日 00:00