混迷への出撃 ◆.ZMq6lbsjI



引き戸を開ける。
途端に流れ込んできた冷気に絡め取られ、火照った肌は瞬間の冷却を強いられた。
トレーズ・クシュリナーダはさて湯冷めせぬ内にと腰に一枚タオルを巻き、服は着ずにそのまま脱衣所を出る。
向かう先は番台の前、備え付けられた冷蔵庫。
扉を開け、取り出したのは茶色の小瓶。

脱衣所に戻り、2mはある大きな姿見の前へ。
傍らの椅子へ小瓶を置き、腰のタオルを勢いよく剥ぎ取った。

鏡に映る裸身。
一切の贅肉のない、均整のとれた身体。程よく筋肉がつき、しかし必要以上に自己主張しない。
OZ総帥、軍人として鍛え上げられたその肉体は決してお飾りの物ではない。
滴る水滴は、まるでその身体に長く触れることを許されなかったかのごとく次々と地に落ちていく。
トレーズは半身を引き、右腕を後方へ。
握るのは空。しかし見る者が見れば、そこに確かに『剣』を見たことだろう。
しばし、静寂。ジッと目を閉じ、精神を統一させていく。
足はしっかりと地を踏み締める。

「……フッ!」

やがて、短い呼気。
足裏で床を蹴り付け、昇ってきた反動を腰を回し上半身へ流す。
全く同じタイミングで突き出された右腕に、しっかりと全身の力が乗った。

ゆら、と宙を舞ったのは腰を隠していたタオル。
雷光のように鏡に向かって打ち出された右腕の先、鏡面にビシッ、とひび割れが走る。

否、鏡は割れてなどいない。
ひびのように見えたのはトレーズの右腕から迸った水滴だ。
右腕を突き出す、その余りの速度に右腕を流れ落ちていた水分が全て弾き飛ばされたのだ。
鏡面を濡らす飛沫。それはまるで、これ以上美の化身たるこの男を己ごときに映すことなど拒んでいるようにも見えた。

満足げに息を吐いたトレーズ。
見えざる剣を手放し、その手に収まったのは先程の小瓶。
包み紙を剥がし、内蓋を取る。
トレーズの鼻をくすぐる、芳醇な香り。


腰にもう片方の手を当て、トレーズはその小瓶――コーヒー牛乳を、呷った。
一糸纏わぬその姿を見ることは、先ほど視界を閉ざされた姿見を含め誰にも許されない。
扇風機が風を送る音だけが響いている。

砂糖のたっぷり入った、子どもが好きそうな甘い味が下の上で踊る。
喉元を滑り落ちる冷たい感触。
ごきゅごきゅと音を立て、一息に飲み干した。

「――ふう。これが日本の銭湯の礼儀か。実に風流だ」

銭湯による新陳代謝の活発化、その後飲む冷たいコーヒー牛乳。
まさに天上の至福、とトレーズはこの場所に配されたことを帝愛グループに感謝した。



衣服を身に付け、脱衣所を出たトレーズが腰を下ろしたのは浴場へと続くエントランスの片隅、小さな食堂だ。
店員はいない。ただ片隅に食券販売機があり、キッチンらしきものは壁に隔てられ客席からは見えなかった。
食券を買い(と言っても無料だったが)、注文した。
食券を販売機の横に備え付けてあった箱に入れる。
すると十秒もしないうちに機械音が響く。ガシャッと壁の一角が開き、そこにあったのは湯気の立つうどん。
サービスが行き届いている、とトレーズは感心し、出されたうどんを受け取りカウンター席へと座った。
天かすと七味をたっぷりかけ、音を立てて啜る。
よく練られたうどんに、ダシの効いたスープ。
コーヒー牛乳を飲んだことで冷えた身体が、再度内から温められていく。

(こうして食料を配給しているということは、食料が争いの種になることはない……決着は早期につく確信があるということか?)

うどんを呑み込みつつ、考える。
トレーズは知らないことだが、参加者の中には寿司だのピザだの明らかに過剰な量の食料を支給された者もいる。
いつの時代も飢えや貧困は戦争の引き金になってきた。
自国の貧しさ故に肥沃な土や貿易上の要所などを求め、隣国に争いを仕掛けた国は歴史上吐いて捨てるほどある。
当然、この殺し合いの場においてもそれは変わらない。
人が感じる最も身近な死の危険とは、飢えと渇きだ。
たとえ命を預ける戦友であろうが竹馬の友であろうが、極限にまで飢え渇いた者にそんな建前は通じない。
一昔前の時代、雪山で遭難したグループが食料を奪い合い、殺し合った。そんなニュースには事欠かなかったのだ。

このバトルロワイアルの中で殺し合うつもりがない者が大半だったとしても、一週間ほど放置されれば当然支給された食料は尽きる。
そうなれば後は言うまでもない。
生き延びたい誰かが誰かの食料を狙い、あるいは優勝して飢えから解放されようと自分以外を排除にかかるだろう。

その心配がないとすれば、理由は一つ。
それほど長くゲームは続かない。そんな悠長な理由を考える必要がないほどに、戦いは頻発するということ。

(それはつまり戦いを生業とする者……おそらくは軍人や傭兵、殺し屋と言った殺人を躊躇しない者が多数いるということか)

うどんを食べがてら名簿を見た限り、日系人が多いようだ。
このU.C.195年の時代においても、日系人にはかつての自国の敗戦のショックからか戦争を肯定する者は少ない。
トレーズの記憶でも、宇宙産業の発達した現在、あの島国にそれほどの軍事的価値はなく平和そのものだった。
であればこの平沢唯、憂(おそらくは姉妹だろう)、池田華菜東横桃子上条当麻御坂美琴といった名前はそこから呼ばれたのだろう。
彼ら彼女らが殺し合いという非現実を容易に受け入れられるとは思えない。
そのような者たちを戦いに駆り立てる要因の一つたる食料を重要視しないということは、そういうことだ。

(気になるのはこの織田信長伊達政宗、そしてアーチャーライダーという名の者達)

前者は遥か古代とすら言える過去の偉人。当然生きている訳がない。
後者は偽名ですと言わんばかりの名前。
両方がおそらくはどこかの工作員のコードネームなのだろう。

これらの者達は弱者を屠ることになんら忌避感を持たぬはず。
殺し合いに乗るかはともかく、そうなった場合には即時対応が可能だろう。

そしてトレーズの友ゼクスと、ガンダムパイロット達。
彼らがどう動くのか、気になるところではあった。
リリーナ・ドーリアンがいる以上、ゼクス・マーキスヒイロ・ユイの動きは朧げながら予測できる。
デュオ・マックスウェルという、ガンダム02のパイロットとは直接顔を合わせたことはないから予想は付け難い。
残る一人、ある意味ではトレーズが最も期待していると言えなくもないのがガンダム05のパイロット、張五飛だ。
直接剣を交え、打ち破った少年。その後目立った活動もなく、姿を眩ませていたはず。
しかし最近になってガンダムパイロットが終結し、その中で再起を果たした彼の姿があったと聞いている。

(五飛……君は今どうしている? 君の正義は、この殺し合いを……そして私を認めるか?)

トレーズの知る時の五飛のままなら、今も彼だけの『正義』を貫くために奔走していることだろう。
会えばきっと、再度の戦いを求められるはずだ。

(決着はモビルスーツで……と、いきたいところなのだがな)

そう思いつつトレーズもまた再会を楽しみにしていることに気づく。
どこにいるかはわからないが、人の集まるところならば邂逅の可能性は高いはずだ。
地図上、この太陽光発電所は隅の隅というところ。
もたもたしていれば、トレーズは誰とも会わず殺し合いが終結に近づくという事態にもなりかねない。
本来、こんな場所でうどんを啜っている暇などないはずなのだが――

(そろそろ、刹那・F・セイエイも充分距離を離したことだろう。動く時が来たか)

再会を約束した青年。
彼が彼なりの答えを貫くことができるのか。それもまた、トレーズの求める疑問の内の一つ。
会えば戦うことになる。だから、今はまだ会うべき時ではない。
少なくとも、彼がトレーズを討つ明確な理由を見出すまでは。

「……っ、……んむ。…………ふう、中々の味だった」

汁の一滴まで飲み干し、トレーズが席を立とうとしたその時。
ちょうど対面に設置されていたテレビが点いて、映像が流れ出した。


     ◆


「…………」

黒衣の人物からの宣戦布告。
一度終わったそれはリピートされ、今もトレーズの鼓膜を震わせている。
帝愛グループの協力者。
この世界に貫くべき自らの『正義』を求める者。
名はゼロ。標榜するは参加者全ての抹殺。

こんなことをすれば、参加者の誰もに敵として狩り立てられるのは明白。
そもそもにして主催者側の人物というだけで敵意を煽るには十分だ。
何故、自らが不利になるような行いをするのか?

「仮面を外せば誰かは分からない。表面上は友好的に振る舞い、ゼロなる人物を仕立て上げることで結束を深めようとしている……?」

誰の目にもわかりやすい脅威があれば、それに対する敵意を持つことで手を結ぶのは容易いことだ。
あるいはその意思は本物で、本気で参加者を殲滅させようとしているのか、はたまた仮面と素顔を使い分けることで人心に取り入ろうとしているのか。
可能性はいくらでも考えられる。少なくとも会って言葉を、剣を、実際に交えてみないことにはその真意を掴めはしないだろう。
変声機でも使っているのだろう、声色からは男とも女とも判別がつかない。
モニターに映っていたのはその仮面だけだ。体格もまた不明。

言うなれば、仮面さえあれば誰もがゼロになり得るということだ。
記号としての、実体のない65人目の参加者。

「……面白い」

真意は分からずとも、利用することはできる。
歩き出したトレーズがその懐から取り出したのは、チェスのキングの駒を模したスティック状のもの。
刹那が荷物を探った時に発見できなかったのは、トレーズが風呂場へと持ち込んでいたからだ。
同じく風呂に入る前に隠していた最後の支給品、日本刀を回収し温泉を出た。
発電所の裏へと回り、倉庫の前で足を止める。
倉庫という割に入口がない。ただのコンテナのように見えるその目前で、トレーズはスティック――否、スイッチを押し込んだ。

バシュッ、と炸薬が弾ける音。
倉庫の内側で爆ぜたそれは、衝撃で己が身を崩していく。
外壁が剥がれ落ち、現れたのは一回り小さくなった倉庫――ではなく、巨大なトレーラーだ。
大型のダンプカーよりもさらに大きいその車体は、小さい物であれば車ですら積み込めそうなほど。
トレーズは満足げにその威容を見やり、手にしていたスイッチをもう一度押し込むと今度はトレーラーの扉が開いた。

一通り見て回ったところ、このトレーラーは言ってみれば移動基地のようなものだとわかった。
睡眠・炊事やシャワー室などの生活設備に加え、大型の通信機を備えた情報管制設備。
そして一番のキモと言えるのは、KMFなる機動兵器を整備することのできる開発設備だ。
首輪の解析に大きな助けとなるのは間違いない。

普通に考えれば大当たりといえる支給品。
だが――

(何故こんな物を支給する? 首輪を外されても構わないということか?)

これが脱出を望む者の手に渡り、広く存在を知らしめられれば参加者間の戦意は著しく低下するはずだ。
そうなれば殺し合いなど破綻する。害悪でしかないはずだが。

(あるいは、このトレーラーを奪い合うこともまた計算の内、か……)

首輪を外す方法は何も一つではない。優勝すればいいだけの話だからだ。
そういう輩に対しては、このトレーラーは何の価値もないだろう。あるいは、獲物を集める体のいいエサか。

「まあ……いい。どの道私にはさしての使い道のない物だ。私を打ち破った者に、褒賞として与えるとしよう」

理由にはなる。
脱出を望むのなら、トレーズを打倒したその先に脱出への糸口があると言えば奮起し向かってくることは間違いない。
このトレーラーは、トレーズを含む殺戮者が駆逐された後に予想される帝愛グループへの反攻の際に拠点して活躍することだろう。

運転席に入る。
目に飛び込んできたモノに、トレーズは苦笑した。

「何という僥倖……彼に続け、ということか」

それは仮面。
さきほど目にしたばかりの、しかし細部が少々違うゼロの仮面と、漆黒のマント。
仮面を被ってみれば意外に快適な付け心地。
ボイスチェンジャーは標準装備されているようだ。

トレーズの美学からいえば、仮面を纏い素顔を隠すのは美しくはない。
だがこの状況、ゼロなる道化の存在をアピールすることにかけては役に立つと言える。
同じ時間に違う場所にいる二人のゼロ。
その情報は大いに参加者達を畏怖させ、惑わせることだろう。

まずはこのトレーラーで市街地へと移動する。
その後どこか人に見つかりにくい場所に隠し、トレーズに打ち勝った者にのみ存在を示唆することにしよう。
エンジンに火を入れる。
唸りを上げて走り出したトレーラーはまるで小山が動いているかのようにも見えた。

トレーズの向かう先、はたして誰との、どのような出会いが待っているのか。
その答えはまだ、薄明の彼方。

【F-2/工業地帯/一日目/早朝】

【トレーズ・クシュリナーダ@新機動戦記ガンダムW】
[状態]:健康
[服装]:軍服
[装備]:サブマシンガン、片倉小十郎の日本刀 ゼロの仮面 マント
[道具]:基本支給品一式×2、薔薇の入浴剤@現実 一億ペリカの引換券@オリジナル×2 黒の騎士団のトレーラー
[思考]
基本:全ての参加者から忌み嫌われ、恐れられる殺戮者となり、敗者となる。
1:この争いに参加する。生き残るのに相応しい参加者を選定し、それ以外は排除。
2:ゼロの存在を利用する。
[備考]
※参戦時期はサンクキングダム崩壊以降です。



【片倉小十郎の日本刀@戦国BASARA】
片倉小十郎が使う日本刀。業物だが特に変わった能力はない。

【黒の騎士団のトレーラー@コードギアス】
黒の騎士団の活動開始時にアジトとして使っていた大型トレーラー。
ある程度の生活設備に加え、簡易基地としての設備も備える。
KMFの整備も可能。

【ゼロの仮面(一期)@コードギアス】
ルルーシュが最初に使用していた仮面。
神根島にてスザクに破壊された物。


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061:いやあ……兵藤は強敵でしたね トレーズ・クシュリナーダ 118:ひとりにひとつ




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最終更新:2009年12月01日 06:26