やれることを全てやって ◆Ok1sMSayUQ


 無人の駅のホーム。
 割と新しい風に見えるけれども、行き交う人もなく物音の少ない構内では却ってそれが寂しさを引き立たせた。
 時折吹き込んでくるひゅうひゅうという風音も演出に一役買っている。
 そのせいか、ここにいる自分も孤独なように感じられ、福路美穂子は我知らず溜息をついていた。

 隣にはまだ半分ほど中身が入っているペットボトルがある。
 一息にその量を飲み干した片倉小十郎が残していったものだ。
 持っていかなかったのは美穂子にも飲めという気配りなのかもしれない。

 もしそうだとするなら、些細なことでも自分がこのように気遣われるのは実に久々のことで、
 飲むのは勿体無いなとわけもなく思ってしまった美穂子は、呆れられそうだと思いながらもペットボトルに手をつけることはなかった。

 電車とやらが来るまで周辺を探ってくる、と言い残してすたすたと行ってしまった小十郎は、
 駅のホームを登ったり降りたりして抜かりなく危険を探っているようだった。
 電車が来たらどうしよう、と少し美穂子は不安になったがそれ以上にひょいひょいと身軽に行動している小十郎の姿を見ていれば、
 だんだんとその気持ちも薄れ、それどころか好奇心旺盛な子供のようにさえ思えてきて、
 美穂子は微笑ましい気持ちで小十郎の様子を追っていたのだった。

 もっとも今はホームの下に行ってしまい目で追えなくなり、少し残念な気分なのだが。
 のんびりと時間を過ごしているが、華菜は今頃どうしているのだろう、とふと人懐っこい後輩の姿を思い出した美穂子は、
 焦ってはいけないと分かっていながらも手に握っている小刀に力が入るのを抑えることが出来なかった。

 池田華菜は風越高校麻雀部の主力であると同時に大切な後輩でもある。
 陰口を叩かれるようになり、上手く友達も作れないようになって、他人行儀同然の付き合いしか出来なくなった自分に光を与えてくれた後輩。
 愛想笑いしか浮かべられなくなっていたのに、華菜と一緒にいるようになってから泣くこと、怒ること、悲しむこと、喜ぶことを思い出すことが出来た。
 それまで自分のためにしか優しさを向けなかったのが、初めて本当の意味での優しさを向けられるようにもなった。

 先輩がうざいって言われてるのなら、あたしがもっとうざくなって、図々しくなってみせますよ。

 調子に乗って失敗することも多く、何かと自分とは対照的な華菜だがその根底は殆ど同じと言ってよかった。
 勘の鋭い華菜は、自分の抱える負債を請け負ってくれたのだ。

 だから私は、華菜を守らなければいけない。
 自分を守るためにではなく、救ってくれた恩を返したいから。
 優しさに、優しさで報いるために――

 ……そうしたいからこそ、今はもう少し待たないといけない。麻雀もそうだ。
 急いて焦ったツモ切りをするから振り込む。
 寧ろこの状況だからこそ、と美穂子は前向きに考える。

 片倉小十郎という味方をつけたことで、間接的にではあるが華菜も少しだけ安全にはなっている。
 長い目で見れば、味方を増やすことは華菜を守れることにも繋がるのだ。
 他人を利用しているようで心苦しく、自らの不甲斐なさを自覚させられるようで情けないが。

 それでも、やれることを全てやろう。

 風越のキャプテンとして、池田華菜の先輩として。
 せめて自分だけには恥じない人間でいたい。
 故に今はこれでいいと結論して、美穂子は手にかけていた力をようやく緩めることが出来た。

 また、華菜に助けられたのかな。

 苦笑しかけたところに、目の前のホームの下からもぞもぞと這い上がってきた小十郎の姿が見えて、美穂子はきゃ、と驚きの声を上げてしまった。
 言ったそばから情けないという思いがあったが、「失礼」と多少引け目を感じているらしい小十郎に、いえ、と美穂子は笑った。

「案外お茶目なんですね」
「そんなつもりはなかったんですがね」

 言いながら、ペットボトルに目を走らせた小十郎は「飲まなかったんですかい」と尋ねてくる。

「あ、ええ……一つで十分だと……」
「飯がなけりゃ戦はできません。水だって同じです。飲めるうちに飲んでおくべきです。特に福路殿は少々疲れてらっしゃる」

 本当に軍人みたいなことを言う人だ、と美穂子は思った。伊達政宗、と小十郎が主君の名として語った、歴史上の人物の名前が頭に広がる。
 まさかと感じながらも、腰に刀を差して堂々と語る姿は男の貫禄というものがあり、無下に断る気持ちは持てなかった。
 それに、勿体無いと思ったときの気持ちを説明できる自信はなく、美穂子は蓋を開けてちびちびとお茶を口の中に入れる。

 お茶の味が喉に広がり、体を潤してゆく感覚があった。
 どこにでもあるはずなのに、ひどく美味しいと感じてしまったのは、考えていた以上に喉が渇き、緊張で疲弊していたということなのだろうか。
 自分の驚きを敏感に察知したらしい小十郎は僅かに口の端を緩める。

「美味いもんでしょう。上等の茶に喉が渇いてるとなりゃ、尚更格別ってもんです」

 上等、という言葉から、こんなものでも格別だと感じているのかと思い、まさか、の気持ちが薄れてゆく。
 そもそもペットボトルの存在も知らなかったような男だ。もしかすると……と考えかけて、やめようと思った。
 小十郎が戦国時代の人間かどうかはこの際関係がない。知るべきは小十郎がどういう人間かということだった。

 自分達は知り合って間もなく、名前以外には知っているようなこともない。
 ここはお互いに親睦を深め合い、なるべく知識、見解に対する溝を埋めておくべきなのだ。
 電車にしても説明はしたもののあまり要領は得ていなかった。知識の差は大きいと見て間違いない。

 つまりここで親睦を深めておくことは、この先どう行動するかを話し合うときでも役に立つ。
 この会場については、少なくとも自分の方が知識的には詳しいという自覚がある。
 上手くフォローしてあげられれば行動にロスが少なくて済むはずだった。
 お茶を飲み終えた美穂子は「美味しかったです、ありがとう」と礼を述べる。

「福路殿がお持ちになったのに、礼を言われるとは可笑しな話ですな」
「勧めてくれたことに対してのお礼ですよ」

 なるほど、と頷いた小十郎に、美穂子は掴みが上手くいったのを確信しつつ、先程から気になっていたことを尋ねてみる。

「あの、お座りになられてはどうですか? 立ちっ放しというのも……」

 小十郎はホームの中央に仁王立ちしたままだった。
 時刻表を見てみるともう少しで電車が来るという時間帯だったが、
 それにしても無人なのだから座らないのだろうかと疑問に思ったのだ。

「いえ、この程度物の内に入りません。……それに」
「それに?」
「ご婦人と、その、恥ずかしながら……あまりお近づきになった事がないもんでして」

 言葉を詰まらせながらの、それまで男ばかりの世界でしか生きてこなかったことを匂わせる小十郎の発言に、くすっと笑みを漏らしてしまう。
 笑う美穂子の姿を直視出来なかったのか、視線を反らして鉄面皮を気取ろうとすることが余計に可笑しかった。
 それまであった壁のようなものが一枚剥がれたような気がして、美穂子は「それは失礼しました」と多少意地悪なものを含ませて言ってみた。
 今度は無言で顔を反対側に向けられる。言わなければ良かった、という雰囲気まで見え隠れする始末で、
 正直な人なのだなという感想を抱いた美穂子は、今度は真面目な声色で次の質問を尋ねる。

「……では、お聞きします。片倉さん、貴方は私を、それに私の後輩も守ってくれる、と仰いましたね」

 美穂子の真剣な気配を感じたのか、「ええ」と応じた小十郎の背中はしゃんと伸びていた。

「私は、貴方を利用しているだけかもしれません。用済みになれば貴方を殺すかもしれない……そうは思いませんでしたか?」

 小十郎はすぐには返答しなかった。
 美穂子は逃げ場をなくすために、さらに一言付け加えた。

「女でも、人を殺すことは出来ます。鉄砲を撃てば、人は死にます。それに私と貴方は見ず知らずの間柄です。何故私の言葉を信じたのでしょうか?」

 所詮女なら、という言い訳は要らなかった。
 必要なのは上辺の言葉ではなく、理由だった。

「私の涙は、嘘の涙かもしれませんよ」
「言うまでもありません」

 今度は間を置かず小十郎が答えた。試していることなど先刻承知といった言葉を、美穂子も正面から受け止める決意を固めた。

「例えそうだとしても、ご婦人を守るのが武将の、いえ男の役目ってもんです。正直に申しますと、俺達の時代じゃあ女だって油断ならない。
 かの武田信玄と互角にやり合う上杉謙信もいる。忍として暗殺だってやってのける女もいる。
 ですが、貴女は戦の世界も知らないただのご婦人だ。ならば一人の男として、奥州の武人として為すべきことを為すだけです。
 嘘でもいい、俺は貴女の言葉に誓って貴女と、貴女の大切な方を守る。それだけです」

 それで言葉を締めくくった小十郎には、礼節を重んじる誠実さと、武人としての生き方しか知らない愚直さとがあった。
 あまりにも真っ直ぐ過ぎる言葉に、美穂子は試そうとした自分が馬鹿だったという気持ちを抱く一方、この男とならやっていけそうだという思いがあった。
 どうやら運が良かったのか、巡り合わせとでも表現するべきなのか、またまた自分は似たような人間と出会ったらしい。

 そんな安心感があったからか、美穂子は自然に「片倉さんは実直ですね」という感想を口にしていた。
 それしか能のない男ですから、と照れ臭そうな声色で言った小十郎の背中は、初めて会ったときよりも頼れるものに見えた。

「……あれですかね、電車ってやつは」

 小十郎が右を指すと、遠方からレールの上を走ってくる電車が美穂子にも確認できた。

「ええ、あれに乗るんです」
「しかし、世の中には奇っ怪な馬もあるもんだな……」
「中に乗るんですよ」
「中に……? っと」

 いつの間にか隣に並んでいた美穂子から一歩距離を取る小十郎。どうやら自分に慣れてもらうにはまだ多少の時間がかかりそうだった。

【F-5/駅ホーム/1日目/黎明】


【福路美穂子@咲-Saki-】
[状態]:健康、冷静
[服装]:学校の制服
[装備]:風魔小太郎の忍者刀@戦国BASARA、ウェンディのリボルバー(残弾1)@ガン×ソード
[道具]:支給品一式、不明支給品(0~1)(確認済み)
[思考]
基本:池田華菜を探して保護。人は殺さない
1:電車で小十郎と共に工場地帯に向かう。
2:小十郎と行動。少し頼りにしている。
3:上埜さん(竹井久)を探す。みんなが無事に帰れる方法は無いか考える
4:阿良々木暦ともし会ったらどうしようかしら?
[備考]
登場時期は最終回の合宿の後。
※忍者刀には紐で鞘と鍔が結ばれて抜けません



【片倉小十郎@戦国BASARA】
[状態]:頭部と腹部に打撲の痣。
[服装]:戦支度
[装備]:六爪@戦国BASARA
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2個(未確認)
[思考]
1:美穂子と行動、美穂子を護る
2:政宗と合流する。
3:アリー・アル・サーシェスを必ず倒す
4:殺し合いを開いている帝愛とやらをぶっ潰す
5:帝愛打倒の為の仲間を探す。


[補足]
※名簿を確認して、真田幸村織田信長明智光秀、本田忠勝に気付いているか不明です。
※第11話、明智光秀との一騎打ちに臨んだ直後からの参戦です。



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057:涙――tears―― 福路美穂子 087:Only lonely girl
057:涙――tears―― 片倉小十郎 087:Only lonely girl


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最終更新:2009年11月14日 09:52